バタフライ   作:非食用塩

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第九話 少年インマヌエル

 ハリーの初試合の日はわくわくして目が覚めた。

 今までずっと練習を見るのも禁止されていたから、ようやくハリーの勇姿を見られるのだ。テンションが上がるのも当然だった。

 身支度を整えて談話室に下りれば、ハリーがいつものようにヘアオイル片手に待っていた。好き勝手に絡む髪を毛先から順に髪を解しながらハリーが言う。

「ハッフルパフの練習、見に行ったんだって?」

「うん」

「どんなだった?」

「すごかった」

 選手が目まぐるしく飛び回るのを見続けるのは結構疲れる。もっと動体視力が良ければ楽なのに。

「ハリーこそ練習どうだった?」

 数拍の間を置いてハリーが答えた。

「えげつなかったね」

 どれだけしごかれたのか知れないが、声に若干の疲れを感じる。

「本番は大丈夫そう?」

「たぶん?」

「そこは『全力で行く』だろ」

 野太く大きな声がした。顔を見るまでもなくグリフィンドールチームのキャプテン、オリバー・ウッドである。ハリー曰く、マクゴナガル教授並みのクィディッチ狂。

「まったく、ハリーはやる気があるんだかないんだか」

 ウッドが腕組みをして、あたしの頭の上──ハリーの顔を見る。

「そんなじゃ優勝なんて夢のまた夢だ! もっとシャキッとしろ!」

「はぁい」

「だからシャキッと!」

 ハリーは基本マイペースでぽやぽやした空気を醸し出していて口では全くやる気を見せないけれど、()()()()()()大抵のことはこなせるタイプだ。それに何より相当な負けず嫌いなので、負ける心配はするだけ無駄だろう。

 朝食も昨日と同じくたっぷり食べたハリーがのんびり試合に備える横で、ウッドがまだ煩く激励しまくっていた。

 十一時。校内にいたほぼ全ての人が観客席につく。

 あたしもロンとハーマイオニーに連れられて空いたベンチに座る。常識外れに大きな応援旗のライオンをディーンが描いたとネビルから聞いて心底驚いた。絵柄はデフォルメしているのに、ちゃんとかっこいい!

 両チームの選手がピッチに現れると同時に観客席がわっと沸いて、耳が痛くなった。

 審判はフーチ先生だ。耳を刺す笛の音が響き渡る。

 やっぱり選手の動きが目まぐるしくて全然追いきれなかった。無理すると眼精疲労になりそうだ。

 実況によれば、おとなしいボールがクアッフル、やたら元気なボールがブラッジャーらしい。

 とするとこの球技、ボールが三種類も使われてるってこと?

 ブラッジャーは危険なボールだ。さっきから棍棒を持った選手が何度も打ち飛ばしている。そうしないと選手を狙って追尾する魔法がかかっているみたいだ。

 スニッチはどこにあるのか、ぐるりと見回しても三つ目のボールの影はない。

 グリフィンドールが点を取ったと声がした。

 ロンの向こう側からハグリッドが現れたので、そっとベンチを降りて端に寄る。あんな巨漢がベンチに座ったら間違いなく押し出されてしまう。

 ハリーはかなり高い所にいた。シーカーはスニッチを取ることを優先しているのかもしれない。

 歓声の合間に実況が「スニッチ」と言ったのが聞こえた。

 どこ? どこにボールが?

 目を凝らしても見えない。と、ハリーが急降下して、スリザリンの選手(おそらくシーカー)とマッチ・レースになだれ込んだ。だからボールはどこよ?

 スリザリンの選手が体当たりした勢いで箒ごと回転しながら弾かれたハリーは、ぴたりと空中で止まって体勢を立て直す。

 スリザリンチームにはスポーツマンシップという言葉は存在しないんですかね?

 グリフィンドールの観客席がブーイングで溢れ返った。

 試合が再開して少し経った頃、ハリーの箒が変な動きをしだした。最初はグラッとか、ゆらゆらっと揺れていただけだったのに、いきなりぐうんと大きく揺れてハリーが箒にしがみつく。

「ねえ、なにあれ? どうしちゃったの?」

 ロンに声をかける。

「わからない」

「フリントの体当たりで箒が壊れたんじゃない?」

 シェーマスが言った。

「んなことあるかい。箒には強力な黒魔術(ダークマジック)でしか悪さができんようになっとるんだ」

 つまり、箒の不調は人為的なもので、しかも大人の誰かがやっているということだ。

 ハーマイオニーが素早くハグリッドの双眼鏡を取り上げて他の観客席を見渡した。ロンが困惑した様子でどうしたのか尋ねると、

「スネイプ教授が呪文を唱えてる」

と震える声で言った。

「ちょっとごめん」

 ハーマイオニーから双眼鏡を借りて、スネイプ教授がいる向かいの観客席を見る。

 確かにスネイプ教授は呪文を唱えている。でも、もう一人、少し離れた所で上空を見つめながら呪文を唱えている人がいた。

「ありがとう。ちょっと行ってくる」

 ロンに双眼鏡を押しつけて走り出すあたしの後ろでハーマイオニーが叫んだけど、内容は聞こえなかった。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 向かいの観客席に上がって二人の先生を探す。

 やや遠くにいるのがスネイプ教授で、少し離れた場所にいるのがクィレル教授だ。

「やっと追いついた」

 息せき切ったハーマイオニーが肩を掴んでくる。

「スネイプ教授なら私が止めるから、」

「そっちは任せる。あたしはクィレル教授の所に行くよ」

 ハーマイオニーの言葉を遮ると変な顔をされた。

「どうして?」

「呪文を唱えてる」

「え?」

「クィレル教授も呪文を唱えてるんだよ」

 ハーマイオニーが青ざめて頷いた。

「わかった。気をつけてね」

 二手にわかれて観客席を走る。先生は呪文に集中しているのか後ろに立っても気づかないので、灰色のローブをぐっと引っ張った。

「何してるんですか先生」

 驚いたクィレル教授が大袈裟に飛び上がって振り返る。

「ミ、ミ、ミス・ポッター、」

 何の呪文を唱えていたのかはわからない。スネイプ教授がいた方から悲鳴が聞こえるのと向かいの観客席から歓声が上がっているのから察するに、ハリーの箒の不調は改善されたようだ。

 じっと先生を見上げる。

「顔色が悪いですよ」

 クィレル教授はビクッとして顔を背けると早口で答えた。

「す、少し寝不足なだけです」

「そうですか」

 くるりと回れ右する。はっきりしているのは、どちらの先生も呪文を唱えていた。それだけだ。

 何をしていたのだとしても、ここで問い詰めたって事情を教えてはくれないだろう。後ろ暗いことがあるならなおさら。

「アレン、」

 名前の方で呼ばれたことに少なからず驚いて足を止める。振り返るとクィレル教授が真っ青な顔で震えながら、ほんの僅か、こっちに手を伸ばしかけていた。

「なんでしょう?」

 先生は口を開いたけれど声を発することなく口を閉ざして下を向いてしまったので、あたしは何も言うことなくその場を去った。

 観客席を降りた所でハーマイオニーが待っていた。

「アレン、ちょっと」

 頷いてついて行った先は控室の裏だった。ここなら誰にも見られずに済むと踏んだらしい。

「どうかした?」

 ハーマイオニーは苦い顔をした。

「あなた、どこまでわかってるの?」

 どこまでとは。

「私はスネイプ教授にしか気づかなかったのに、あなたはどうしてクィレル教授に気づいたの?」

 指で頬をかく。

「クィレル教授については、双眼鏡で確認したらそうだったとしか」

「あの二人、同時に見るには結構離れた場所にいたわよ」

 偶然見つけられるはずがないと言いたいらしい。ハーマイオニーの性格からして、納得できる答えが得られるまで追及の手を止めないだろう。

 さて、どこから話したものかな。

「グリンゴッツに泥棒が入った事件は知ってる?」

 ハーマイオニーはきょとんとして、すぐに頷いた。

「新聞で読んだわ」

「あの日、あたしとハリーもグリンゴッツに行ったんだ。ハグリッドの案内でね」

 校長の手紙。あたしが見ていない二つ目の金庫。先生の警告。

 あまりにもできすぎている。最初からこうなるように仕組まれていたような事件だ。

「じゃあ、クィレル教授はハリーを助けようとしてたってこと?」

「そうとも限らないよ」

「どうして?」

「『漏れ鍋』で会った時から、ハリーは先生にいい印象を持ってないんだ。あたしの人間関係に口を出すなんて、よっぽどのことだよ」

 普段は他の生徒との付き合いにもハリーは何も言わないし、誰と仲良くしようと全く気にしない。でも、先生にだけは、はっきりと警戒を示していた。

「だからって敵だ味方だなんてことで考えるつもりもないよ。もしかしたら、どっちも何か仕掛けてたのかもしれないからね」

 気になるのは別のことだ。ハリーに危害を加えようとしたのが本当だとして、どうしてスネイプ教授もクィレル教授も、あたしに親切にしてくれるのか。

 英雄の片割れでも凡人すぎて取るに足らないと思われてる? それとも情が移るように仕向けてる?

 どっちも違う気がするな。

 最初に魔力供給の処置を受けた時、スネイプ教授もクィレル教授に対して、ちょっときつい振る舞いをしていた。二人が同じ黒魔術系の人だったとして、仲が悪かったら効率が悪くなりそうなものだけど。

 密談を終えて寮に戻ると、ハリーはロンと一緒にハグリッドの所に行ったとラベンダーが教えてくれた。

 

「ニコラス・フラメル?」

 ハーマイオニーが首を傾げた。

 夕食を終え、談話室で寝る前のお茶を飲むのが最近の習慣になりつつある。今夜の話題は午後にハグリッドの所に行ったハリーとロンは頭が三つある犬──もふもふちゃん(フラッフィー)──がハグリッドのペットだったこと、ニコラス・フラメルなる人物が盗難未遂事件に関わっているのを聞き出してきたことだ。

「聞いたことのある名前だわ」

 ハーマイオニーが言うので、

「錬金術師でしょ。あっちでも名の知れた人だよ」

と言ったら物凄く驚かれた。

「何で知ってるの」

「創作物にちょくちょく登場するから?」

 エンターテイメント好きには割と普通の知識だ、たぶん。

「フラメルとダンブルドアがどうにかした何がしかを銀行から持ち出して、もふもふちゃんに守らせてるの? でもどうして学校に?」

「銀行の次くらいに安全だからって言ってたよ。全っ然信じられないけど」

 ハリーが容赦ない言葉を付け加える。本当に安全ならトロールは入ってこないもんね。

 それからしばらくは事件らしい事件もなく、ひたすら勉強漬けの日々を送った。廊下や教室の寒さ対策に、ハーマイオニーが教えてくれた青い火の魔法は魔力の消費が少ないのでとても重宝している。

 クリスマスを前にしてハリーが言った。

「アレンはあっちに帰る気ある?」

「迷ってる」

 先日届いたダドリーからの手紙には「無理すんな」と書かれていたので、何が何でも帰らなければいけないわけでもない。

「今年は君たちだけで残ることにはならないから安心しなよ。僕ら兄弟も居残りなんだ」

 ロンの両親は休暇を利用して、ルーマニアで竜騎士(ドラゴンライダー)をやっている二番目のお兄さんに会いに行くそうだ。やっぱり乗りこなしたりもするんだろうか。

 ファンタジーの王道、竜騎士とかかっこよすぎかよ。

 日に日に大広間がクリスマスらしくなっていく。ダーズリー家でも家じゅう赤と緑になって、外にはライトアップまでしていたけれど、魔術師(ウィザード)のクリスマスもなかなかすごい。

 ぼうっとヤドリギの下に突っ立っていたら声をかけられた。

「意中の相手もいないのにそこに立つな」

 誰かと思ったらドラコだ。今日もツンツンした態度が絶好調だな。

「ここにいちゃいけないの? なんで?」

 リースを眺めるのは魔術師的にアウトなの?

 ドラコは驚いたように目をみはり、

「ヤドリギの下にいる婦女子はキスを求められたら応えなきゃいけないんだ。それとも君は、誰彼構わずキスするような不埒者か?」

「あっ、そういう! ありがとう、全然知らなかったよ」

 ぽんと手を打つ。そういう伝承の類はダーズリー家では教えてもらえなかったから助かった。

「ふん。これだから庶民は」

 ドラコはそう言って、そっぽを向く。なんだかんだいって根っから親切な子だ。

 ニコラス・フラメルについての調査は大して時間を要することもなかった。錬金術師だとわかれば参考書籍を探すのにも苦労しない。

「賢者の石ねえ」

 ハリーは咥えたジンジャースティックをぴこぴこ動かす。

「こんなもの手に入れてどうするんだろう?」

「そりゃあ」

 ロンが勢い込んで言おうとして、

「……寿命を延ばしたいとか、裕福になりたいとか」

と、だんだん自信なさげに声をすぼませた。

 ハーマイオニーが本のページをなでる。

「これがあれば『例のあの人』を復活させることができるのかも」

「へ?」「マジで?」「どうやって?」

 三人の声が被った。ハーマイオニーは「あくまで推測よ」と前置きしてから言った。

「そもそもハリーが一歳の時に何が起きたのかさっぱりわからないのだけど、少なくとも『あの人』はここ十年ほどは暴れられないくらい弱体化してるのは確かよ。だったら、何がしかの手段で復活させたい黒魔術師(ダークウィザード)が現れてもおかしくないでしょう」

「ヴォルデモートの回復に賢者の石が使えるってこと?」

 ハリーの問いにハーマイオニーは深く頷いた。

「ええ。飲めば不老不死になる生命の水(アクア・ヴィッテ)が精製できるんだから、死にかけなり重傷者なりに飲ませれば全回復するでしょうね」

 ああ、それは欲しがってもおかしくないな。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 実家に帰るハーマイオニーを見送るとクリスマス休暇が始まった。

 女子寮はあたしだけなので、男子寮に行って久し振りにハリーと同じベッドで眠ったりもした。

 男子生徒は女子寮に入れないのに女子生徒が男子寮に入れるのは何故なんだぜ。

 人が極端に少ないので談話室は好きなソファに座り放題だ。暖炉の側の肘掛椅子に座って、パンとかクランペットとかマシュマロとか、ジョージがくれたレモンとハーブのソーセージも炙って食べた。

 休暇中、ロンがチェスの名手だと知った。ウィザードチェスは喋るし動くし相手の駒をぶっ壊す凶悪なやつらだ。一度、ポーンをつついて危うく手を切られそうになったからね。油断ならないったら。

 イブの夜、またハリーと枕を並べてベッドに潜った。少し浮かれた声で明日の御馳走は何か、どんなパーティーだろうかと話し合う。

 翌朝、夢の中にいたあたしをハリーが乱暴に揺さぶって起こした。

「どうしたの?」

 欠伸混じりに尋ねる。

「なんか、プレゼントが」

「そりゃあクリスマスなんだから、……ええ?!」

 ハリーが指す足元を見て変な声が出た。ざっと見て二十個は下らないんじゃない。

「なにこれすごい」

「すごいっていうか怖いよ。こんなにもらう覚えがない」

 本人の自覚はともかくハリーは人気者だ。英雄としてもシーカーとしても。

「だいじょうぶ、ファンからだって」

「あ、ああ」

 ハリーに自分の部屋を見てくると言い残して男子寮を出た。

 部屋のベッドを見ると予想以上のプレゼントがあった。それぞれの差出人はハリー、ハーマイオニー、ロン、ラベンダー、パールヴァティ、ネビル、シェーマス、ディーンにフレッド、ジョージ、パーシー、セドリック。マクゴナガル教授にフリットウィック教授。それに名前のないものが二つ。

 ほとんどが間食に良さそうなお菓子だった。それ以外にはハリーがシルバーのピアス、ハーマイオニーは革表紙の手帳、セドリックからはカラフルなビーズのヘアピン。マクゴナガル先生は行儀作法の本、フリットウィック先生は子供向けの簡単な呪文の本だった。

 差出人の名前のないプレゼントも開けてみる。

 ひとつめは誰かすぐにわかった。知り合いで傷薬作成キットなんてものをくれるのはスネイプ教授くらいだ。こっちに疑われてると思いもしないのか、自分の想定外からぶん投げられたいい人っぽい振る舞いにひどく困惑した。

 もうひとつは高級チョコの詰め合わせ。はて、こんなものくれる友達なんていたかなと、ひとつ摘まんでみて差出人が判明した。仕立屋でドラコがくれたのと同じ味だ。

 名前を書かずにお礼のカードを送ってみようか。

 全部のプレゼントを開封して包み紙を退けたところに、もう二つプレゼントが隠れていた。ひとつはダドリーからで中身は『ターミネーター2』のノベライズだ。こっちじゃ観に行けそうにないと手紙に書いたのを気にしてくれていたらしい。もうひとつは封筒で、開けるとメモが入っていた。伯父と伯母の連名だけど筆跡は伯父。クリスマスに帰らないことへの返事が書いてあった。それだけかと思ったら封筒の底に五〇ペンス硬貨が一枚入っていた。

 ええっと、これでたまには電話くらいしろって意味かな? いやいやまさか。

 男子寮に戻ろうとして談話室に降りるとハリーが手編みのセーターを着てソファに腰かけていた。

「あったかそうだね」

 あたしの反応に、ハリーが変な顔をした。

「届かなかった?」

「何が?」

「セーター」

「それらしきものはなかったよ」

 そこにロンが来て「ごめん」と言った。

 あたしたちにプレゼントを贈る人がいないかもしれないと、ロンがお母さんへの手紙に書いてくれたらしい。ハリーにセーターと手作りのファッジが届いたのはその根回しのおかげというわけだ。

 ロンは信じられないと言いたげに頭を抱えた。

「まさか母さんがアレンに贈らないとは思わなくて」

「慈善事業じゃあるまいし、よその知らない子にプレゼントを贈る人なんてそうはいないよ」

 ハリーはロンと同い年で英雄として名が知れているだけに、親近感があるのかもしれない。あたしは世間に名前すら知られていないのでその判断は割と正しいと思う。

「じゃあ、これは?」

 ハリーがポケットから銀色の布を出した。半分透けた布に星と月の模様が織り込まれた美しいマントだ。

「綺麗だね」

「それは『不視(みえず)の外套』っていう、すごく貴重なものだよ」

 ロンがマントを広げてあたしに着せ、壁際の姿見の前に立たせる。

「ほら見て」

「おう」

 びっくりした。マントを被った部分が映ってない。

「光学迷彩みたい」

「えっ?」

「光学迷彩。マグルの技術だよ」

「なにそれすごい」

 これはお父さんの形見だと手紙に書いてあったそうだ。ちなみに差出人は不明。

「これ本当に父さんのものなのかな」

 ハリーは胡散臭そうな目で『不視の外套』を見た。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 御馳走に舌鼓を打って、鼓膜がいかれそうなクラッカーを何発も鳴らしまくり、フランベされた温かいプディングをみんなで食べた。

 パーシーのプティングにはシックル銀貨が入ったようで「歯が折れるかと思った」と苦笑いしていた。

「似合うよ」

 マジカルクラッカーから飛び出したチロリアンハットをあたしに被せてハリーが笑う。テーブルできょとんとしていたハツカネズミに豆をあげると美味しそうに食べた。

 今日は先生方も気を抜いているらしく、ワインが何本も空になってテーブルの上で横倒しになって転がっていた。

 そんな和やかな空気の中、試合の日以来、話す機会のなかったクィレル教授の方を見遣る。周りにいる先生方に話しかけられても短く答える以外は全く口を開かず、丁寧な所作で食事を済ませて長居することなく席を立った。席に着いている間にこっちを見ることは一度もなかったし、あたしも敢えて声をかけていない。

 昼過ぎにみんなで雪合戦やチェスの観戦をして、夜にまた楽しくクリスマスらしい食事をした。いつも以上におなかいっぱいになって、いい気分のままハリーのベッドで眠りに落ちた。

 翌朝、ハリーがなんとも言えない顔をしてあたしを起こした。

「変な鏡を見つけた」

「鏡?」

 談話室にある姿見とは違うのか。

「そこにいない人まで映るんだ」

 ハリーは昨夜寝つけず、ちょっとのつもりで散歩に出たという。

「『不視の外套』がどこまで有効なのか試したいのもあってさ。どうやらフィルチさんには見えてなかったようだけど、ミセス・ノリスにはバレてたね」

 許可なく開くと叫ぶ本があるという図書館の閲覧禁止の棚から逃げ出したハリーは、そのまま廊下を進んだ先にドアが半端に開いた空き部屋を見つけたので、ひと休みしようと中に入った。

「なんにもない空き部屋なのかと思ったら、正面に大きい古い鏡があってね」

 そこにいない知らない人が映った、と。

「どんな人?」

「黒髪に赤い目の美男子。それが僕に笑いかけてきたんだ」

「誰それ」

「知らない」

 ですよねー。

「鏡の縁に『私はあなたの顔ではなく、あなたの心の望みを映す』って彫ってあったのも不可解でさ」

「ハリーはその美男子みたいになりたいの? 外見的な意味で」

「まさか」

 ハリーは笑いながら首を振って、ふと真顔になった。

「でも、あれって見つけたのが僕だったからいいものの、他の生徒が見つけるとまずくない?」

「望みの内容によっては危険かもしれないね」

 顔を見合わせて頷き合う。

「「壊しに行こう」」

 その夜、火かき棒片手に鏡のある部屋に行った。

「これがその鏡だよ。見てみる?」

「うん」

 鏡の正面に立つ。

 そこにはあたしとハリーだけでなく、ホグワーツでできた友達や先生たち、ダーズリー家の三人にプライマリ・スクールの友達もいて、みんな種族の違いなんてないみたいに楽しそうに話したり遊んだりする姿が映っていた。

 見えたものを教えるとハリーはとても嬉しそうに微笑んで、あたしの頭をなでた。

「アレンらしい望みだね」

「うん」

 あたしたちは火かき棒を構える。

「よし、せーのでかち割るよ」

「オッケー」

 せーの、と振りかぶって振り下ろした。

「ちょおっと待ったー!!」

 そこへ叫びながら白い影が鏡の前に飛び出したのを、ギリギリのスレスレで避ける。驚いて見遣れば、鏡の前にビリー・ギボンズより長い髭の老人が膝に両手を置いてぜえはあと肩で息をしていた。

「ええっと……?」

 誰この人。

 困惑するあたしとは逆に、ハリーが不機嫌そうな顔で言った。

「こんな時間にこんな所で何をしてるんですか、校長」

「えっ、校長?!」

 老人があまりにも取り乱しているので気づかなかった。言われてみれば確かにいつも教員席のド真ん中で食事している人だった。

「な、何故『みぞの鏡』を壊そうとするのかね?」

 息を整えながら校長が言う。ハリーは訝しげな顔で答えた。

「危険物を放っておけないので」

 ねえ、と同意を求められて頷く。下手にはっきりと望みが見えてしまうだけに、内容によっては発狂する人がいてもおかしくない。

「心配せずとも明日には別の場所に移すことになっておる。じゃからその、壊すのはやめてほしいのう」

 校長は好々爺のような振る舞いをした。だったら最初からこんな所に鏡を放置しなきゃいいじゃん。せめて戸締りするとか。

 あたしの考えを察したのか、校長がこっちを見て言った。

「儂にも都合があってな」

「例えば、僕にこの鏡の存在を知らせるためとか?」

 ハリーが全く警戒を解いていないので、あたしも改めて身構える。周囲の評価はともかく、あたしたちにとってアルバス・ダンブルドアは得体の知れない不気味な爺さんでしかない。

「おぬしは、……いや、そうじゃな。その通りじゃよ、ハリー。儂はおぬしにこの鏡の性質を知っておいてもらいたかったのじゃ。この先、必ず役に立つ時が来るからの」

 校長が指先で鏡に触れた。

「この鏡は人の心のいちばん奥底にあるいちばん強い望みを見せてくれる。それだけのものじゃ。ただそれだけのものに心を奪われ身を滅ぼした者も多いがの」

 やっぱり危険物じゃないか。

 顔を見合わせるあたしたちに校長が言った。

「アルトリアよ。おぬしの見たものは、随分と平和に満ちておったようじゃが」

「それだけ世の中が不穏なんでしょうよ。こんなちょっとの違いでここまで隔離しなきゃいけないものなんですか?」

 そのせいでいつまでも意識が中世じゃ意味がない。その点においてはまだマグルの方が賢いだろう。

 校長は何らかの感情に目を揺らしただけで、疑問に対する答えを出すことはなかった。

 




自分で書いておいてなんだけど一話ごとの文字数多いな
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