また、駄目だった。友を助ける事が出来なかった。
しかし、それならば別の時間軸で同じ時間をやり直すだけ。これまでと同じように何度も…何度でも…
何かに見られているような…靄が掛かったような黒い何か…あれは妖精?
そして、暁美ほむらは目を覚ます。そこはいつもと同じ病室のはずだった…
「おかしい」
いつもの病室ではない。個室ではあるがレイアウトが全く違う。外から聞こえてくるのは英語だろうか?しかし、意味は理解できる。自分にそんな高度な語学力はあっただろうか…そして、そこで自分の変化に気が付いた。
「ソウルジェムが無い…?」
いや、それどころか魔法少女としての能力を一切使うことが出来ない。これはつまり、今の自分はただの人間だという事に他ならない。未だかつてない異常事態だ。周りを見回すと壁にかかったカレンダーが目に入った。写真付きのそれを見る。地球と違う連星の恒星が写った空の写真、それを見た途端に自分の知らない知識や記憶が流れ込む…これは今のこの体に刻まれた記憶に違いない。
ここは惑星フェアリイ、地球の南極からの超空間通路の先にあり、FAFがジャムと呼ばれる未知の異星人と日々激戦を繰り広げて…
「いや、待って。何このSF世界」
思わず自分からツッコミを入れてしまう程、困惑は大きいものであった。すると、ドアがノックされる。主治医か看護師かもしれないが、思わず身構えた。ドアが開くと、そこには頬に大きな切り傷のある男性が立っていた。
「えっと、ブッカーさん…?」
この体の記憶の片隅からその人物の名前が出てくる。確か、父の友人だったはずだ。
「やあ、ほむら。5年ぶりくらいかな。退院おめでとう。本当ならば君の親御さんが迎えに来るのが筋だろうが、彼らはちょっと地球に長期出張中でね。代わりに迎えに行ってほしいと頼まれたんだ。手紙もある」
「ええ」
手紙を読む。どうやらこの世界の両親はすごい仕事に就いているようだ。
「で、とりあえず自分が君を預かることになったけど平気かい?」
「大丈夫です。荷物を纏めるのでちょっと待ってもらっていいでしょうか?」
「ああ、ゆっくりやってくれ」
そして、ほむらは“いつも通り”退院となった。ただ、いつもとは違う家に行く事となったが。
「なんだジャック、オフィスで託児所のアルバイトでも始めたのか?」
ジェイムズ・ブッカー少佐のオフィスに入ってきた深井零大尉が冗談交じりにそう聞いた。
「いや、違う。友人から退院した子供を預かってほしいと頼まれたんだ」
「フムン。だが、なぜ子供がフェアリイ基地にいる。普通ならだいたい地球に送り返されるだろう」
この惑星フェアリイは戦地だ。軍人と軍属以外の必要のない人間は不要となる。子供が生まれても例外を除けば真っ先に送り返されるだろう。なによりもここは戦地であって危険であるので子供の為でもある。ここに子供がいるだけでも特殊な事態なのだ。
「ああ、彼女は生まれつき体が弱くてな。搬送するのも難しいからと生まれてこの方ずっと入院していたんだ」
「なるほど。だが、そういうのは厚生局の仕事だろう」
「ああ。だが、まともな受け入れ先がない。見ず知らずの人の所に行くよりましだろう」
深井零とほむらの目が合った。軽く会釈をする。零はそれを見て、実に“日本人”らしい反応だと感じたが、戦地で培った直感が『あれは死地を潜った目だ』と零に告げてくる。若干の違和感を覚えながらブッカー少佐に聞いた。
「おい、頼まれたからっていいのか?クーリィ准将が怒るぞ」
「安心しろ。了承済みだ」
「部外者を軽々入れるとは奇妙な話だ」
「ほむらの両親はFAF監理部のお偉いさんだ。准将曰く、『恩を売っておけ』だそうだ」
「現金な話だな」
「そういうもんだ。さて、ほむら。紹介しよう。彼は我が特殊戦第5飛行戦隊のパイロット、深井零大尉だ。とても優秀だから頼りにするといい。ちょっと変わり者だが」
「暁美ほむらです。深井さん、よろしくおねがいします」
深井零、その名前と見た目から日本人だろう。しかし、彼は今までに見たことが無いような不思議な雰囲気を纏っているようにほむらは思えた。
「やめてくれ、ジャック。俺には関係ない」
「そう言うな。面倒を見てやってくれ」
「そういうのならばフォス大尉がいるだろう。彼女は医者だ、俺よりよっぽど専門家だろう」
「とっくに頼んである」
「フム」
「さて、少し散歩に行くか」
「唐突だな、ジャック」
「お前も歩いた方がいい。まだ病み上がりだろう」
そう言われると反論は難しい。そして、三人はオフィスの外に出る。フェアリイ基地の主要な施設は地下にある。ジャムの攻撃に備える為だ。
「ほむら、外に出た事はあるか?」
「いえ、ほとんどベッドの上だったので…」
「じゃあ、せっかくだ。空を見に行こう」
「地上から見て面白いか?」
「地下よりましだ」
そして、地上に出る。エプロンでは特殊戦の主力偵察機FFR-31MRスーパーシルフが2機、離陸準備を行っている。ジェットエンジンの轟音が鳴り響き、燃料であるケロシンの臭いが薄っすら漂う。滑走路脇にある芝生の植物の色は独特な紫色。そして、空を見上げる。真上に輝く恒星は2つの連星。空の色も地球とはどこか異なる。ほむらはここが間違いなく別の星だという確信を得たのである。ある種のショックを受けながら。
そして、エプロンの片隅では一際大きい轟音が鳴った。何事かとほむらはその音が鳴った方向を見る。そこには元の世界では見たことがない不思議な飛行機がいた。いくつもの翼が自由に動いている。
「…雪風」
「ああ、雪風はエンジンと動翼の試験中か。調子が良さそうなエンジン音だ」
「雪風とは?」
「特殊戦の機体にはみんな名前が付いていてな。雪風はそのうちの一機、零の愛機なのさ」
「なるほど」
深井零は静かに愛機『FFR-41 メイヴ』を見つめている。それほどまでに愛着があるのだろうか。
「一つ質問があります。ジャムにあったことはありますか?」
「ある」
「どんな相手なんですか?」
ほむらは疑っていた。ジャムという敵は実は自分が戦ってきた魔女と使い魔の類ではなのではないか。そして、その後ろにはアイツがいるのではないか、と。
「それは自分で直接見て判断した方がいい。あれを理解するにはそれが確実だ」
「?それはどういう…」
「見た目で説明できるほど単純な物ではない」
その会話の最中、ブッカー少佐は時計を見て言った。
「おっと…こんな時間か、戻るぞ。昼飯にしよう」
そして、一同は食堂へと向かった。
そして、その帰り道の事である。ほむらは倉庫の部屋の中で何かを見た。それはひたすら憎い憎いあの白いシルエット…魔法少女を生み出し、それを利用する異星人。インキュベーターであった。
「やあ、君は僕が見えるのかい?」
「インキュベーター…」
「おや、どこかで会ったことがあったかな?」
「私は知っている…あなたが魔法少女を生み出し、それを利用してどうするのかという企み全てを」
「おや、そこまで知っているとは…君は何者だい?」
「答えなさい、このジャムとの戦いもあなた達の仕業?」
「それは違う。ジャムは僕達とは全く違う生命体さ。何もかもが違いすぎて僕たちにも理解することは困難だ」
「では、何故あなたがこの星にいるの?」
「興味深いからさ。人間とジャムと呼ばれる謎の生命体の戦い、そしてその行く末。ジャムと呼ばれる生命体の謎。そして、この星で異常な進化を遂げる機械たち…FAFの技術は魔法少女が契約の願いを使ったわけでもないのに地球上のそれよりもはるか先を進んでいる。今までほとんど起きなかったことだ。実に興味深いと思わないかい?」
「別に。30年もずっと戦っているのなら技術の進歩があっても不思議ではないと思うわ」
「いや、不思議さ。進歩のスピードが異常過ぎるからだよ。だからこそ30年もずっと観察している。それにこの特殊戦という部隊、ここも実に不思議だ」
「何故?」
「普通の人間の組織ではありえない精神構造をした人材の集まり…それなのに集団として機能し、なおかつ他の組織とは違う動きをしているからさ」
「この特殊戦に何かするつもり?」
「何もしないさ。最初に言った通り、観察するだけ。この星で契約はしない。できる相手も限りなく少ないし、なによりジャムに見られたくない。あれらに何かをされたら困る」
「そう。では、失せなさい。私の目の前からすぐに」
「分かったよ。そろそろ誰か来そうだし」
武器さえあればすぐにでも駆除したい気持ちに駆られつつ、インキュベーターの話を聞いた。連中はこの星では何もしない、ただ観察に徹すると言っていた。しかし、彼らでも理解できないと言う存在であるジャムとは何者なのだろう?ほむらは一つの興味を持ったのであった。
ほむらがフェアリイ星の空を見てから2日後のことである。ブッカー少佐は特殊戦のボスであるクーリィ准将のオフィスに来ていた。
「少佐、暁美さんの様子はどう?」
「ええ、准将。今の所特に問題ありません」
「そう、ところで少佐。教育上、同年代の話し相手がいた方が良いと思うのだけどどうかしら?」
「同年代?ここにそんな相手はいたでしょうか?」
「ほら、いるじゃない。あのトロル基地で戦死した従軍神父の娘が」
「ああ…そういえば。前にスコーンのレシピを教えたような…」
「確か、近くのPX(売店)で軍属として働いていたはずよ。身寄りが無くて帰るのが手間だと聞いたわ」
「なるほど、一度会わせてみますか。お互い刺激になるでしょう」
妖精の空に一つの風が吹いた。
奇妙な星に迷い込んだ元魔法少女
彼女には一体どんな運命が待ち構えているのだろうか
時系列は
(グッドラック)昼食会→零が地球から帰還した辺り