アイと名付けたタブレットの人工知能、急に口調が柔らかくなった気がする、と巴マミは紅茶を淹れながらそう考えていた。これが自己学習による進化なのだろうか?まあ、親しみやすくなったからいいのかもしれない。積極的に遊びも提案してくるようになった。今はさなとフェリシアの二人とゲームで遊んでいる。
しかし、どうにも部隊の様子が慌ただしい。何かあったのだろうか?そんな事を考えていると、食堂のコックから呼ばれた。もう少ししたら作業を手伝ってほしいとの事だ。紅茶を飲む時間が減ってしまった事に少しがっかりしつつ、マミは茶菓子をつまむ。
特殊戦13番機、B-13…レイフはフェアリイ星の空を飛ぶ。目標は未知の気象現象。レイフの前方にはターボプロップエンジンを積んだ非武装の気象観測機が先行する形で飛ぶ。両者の距離はかなり離れており、目標にたどり着くのはこの観測機の方が早いだろう。レイフは無人機であり、乗員はいない。よって、状況を判断するのは全て機体に搭載されたコンピュータである。そして、そのコンピュータはただ淡々と情報をかき集め、任務を遂行するのである。
一方、先行する気象観測機は嵐へと接近する。その機内には各種気象レーダーとセンサ類を積み込んでいる。それらが捉えた情報はコンピュータによって即座にデータ化され、強力な通信アンテナから発信。基地へとリアルタイムで送信されるのである。そして、このコンピュータによって気象専門の乗員は不要となり、必要な乗員数はパイロット二人のみに省力化されている。
「見えた、あれだ」
「ああ、本当にこの雲が通路を超えてきたのか?」
「気象衛星が捉えたんだ、事実だろう。しかし、中に飛び込むのは無理そうだ。周りを飛んで観測しよう」
「了解、観測経路作成中」
気象観測機のパイロットは気象レーダーの情報を見て、観測ルートを検討する。事前に予想していた以上に強力な雷雲であり、下手に中に飛び込むのは危険と判断した。よって、周囲を飛行してレーダーで雲の様子を観測することにしたのである。
そして、レイフは後方からその様子を観察していた。すると、空間受動レーダーが嵐の中に何かを捉えた。大きな反応が宙を浮いている。しかし、場所が雲の中である為、それが何であるのか光学センサで捉える事は出来ない。よって、レイフのコンピュータはこのまま観察を続けることにした。今後の対応を判断するにしても情報が少なすぎるのである。一方、気象観測機は嵐との距離を詰めていた。そして、観測機が緩い旋回を始めた次の瞬間である。観測機は胴体が真っ二つに折れる大きな損傷を受け、火を噴いて分解しながら墜落した。
レイフの空間受動レーダーはその瞬間を全て捉えていた。観測機に不可視の小さな物体が貼り付き、観測機を粉砕したその瞬間を。
<AI:That is witches>
<STC:Are you related to Homura Akemi?>
<AI:I know her>
医務室で桂城少尉の報告を聞いていたブッカー少佐に司令センターから緊急の連絡が飛び込んだ。
「どうした?」
「B-13から急報。気象観測機が撃墜されました」
「撃墜だと!?ジャムでも出たか?」
「いえ、ジャムは未確認。画像を送るのでこれを見てください」
そして、端末に動画が送られてきた。それを再生する。その映像はまさに気象観測機が撃墜される瞬間であった。そして、それに続いて連続した複数枚の画像データも送られてくる。それは先の映像と同じタイミングで記録していた空間受動レーダーのデータであった。そこには、なにやら小さな物体の反応が記録されている。しかし、そのような物体は先の映像には映っていなかった。つまり、これもインキュベーターと同じ不可視の物体であるという事だ。ブッカー少佐はそう結論を出して、隣のテントにいるほむらを呼んだ。
「何かしら?」
「これを見てくれ。君には何が見える?」
「これは…」
ほむらが端末に表示された映像を見る。そして、航空機に何かが飛びついているのが見えた。その影のような物体にほむらは見覚えがあった。
間違いない、こいつは魔女の使い魔だ。しかも、最も厄介な部類の。
「ええ、見えるわ。これは魔女の使い魔よ。これをどこで?」
「通路の近くだ。嵐が地球から通路を超えてやってきた」
嵐…ブッカー少佐のその一言でこの使い魔の主が何であるかを確信することが出来た。
「ブッカーさん、ジャムが再現したあの街の映像だけど」
「ああ、あれか。君が前にいた並行世界の風景…それが何か関係するのか?」
「ええ。あの瓦礫の山を作った魔女がその嵐の中にいるわ」
「魔女…君が戦っていたという相手か?」
「そうよ。その中でも最強の部類」
「フム。街一つ壊す規模か…」
その会話を聞いていた桂城少尉が質問してくる。
「君の話はまだちゃんと聞けてないけれど…その魔女というのはどういう相手なんだ?」
「魔女はろくでもない存在よ。人間の精神に悪影響を撒き散らし、結界と呼ばれる空間に人を誘い込んで糧とする。そして、放置すると使い魔が魔女に成長して増えていく」
「なるほど、ホラー映画の悪霊とか悪魔みたいなものか。君が魔法少女と聞いたが、どうも夢溢れるファンタジーではなさそうだ」
「ええ、アニメや漫画とは大違い。そして、魔法少女の慣れの果てが…魔女よ」
「ほう。つまり、その怪物は人間だった…と。そいつは救いが無いな」
そこにブッカー少佐が口を挟む。
「二人とも、司令センターに行くぞ。話はその後だ」
「了解」
ほむらは先日貰った帽子をかぶって準備を整える。そして、三人は医務室を飛び出して司令センターへと駆け出した。
司令センターでは中央の大型ディスプレイにレイフから送られてくる情報が次々と表示されていく。そして、ブッカー少佐達が司令センターに駆け込んだ時である、ディスプレイから短い警告音が鳴った。また何かが起こったのだ。
「今度は何があった?」
オペレーターにブッカー少佐が尋ねる。
「B-13から警報、ジャムです!突然現れました。タイプ1が24機、問題の嵐に向けて高速接近中」
「連中もこの嵐が普通じゃない事に気づいたのか。B-13は距離を離して
飛んでいるか?」
「ええ。光学センサで観測可能な限界距離に貼り付いています。この嵐の予想針路は…参ったな、フェアリイ基地か」
「そいつは厄介だな」
「早期警戒網もジャムを探知。各基地にスクランブル、迎撃機がそれぞれ離陸準備中」
ディスプレイを見たほむらが呟く。
「いくらFAFやジャムでもアイツを倒せるかしら…」
「この魔女はそんなに強いのか?」
「分かりやすく説明するなら…以前戦った時に地対艦ミサイルを何発か撃ち込んだけど、効果無しだった」
ほむらの衝撃の一言にブッカー少佐と桂城少尉はぽかんと口を開ける。
「ほむら…どこかの軍に魔女の退治でも頼んだのか?」
「いえ、頼んでないわ。ちょっと借りただけよ」
「対艦ミサイルなんてそこらには置いてないと思うんだけど…君は何をしたんだ?」
「桂城少尉、魔法の力よ。魔法少女だからできたのよ」
「夢も希望も無いような話された後に魔法の力とか言われても説得力がないな」
「まあ…それぐらい強い相手という事よ」
桂城少尉からミサイルの出所を探られたほむらは露骨に話を誤魔化す。方法が方法だけに、どうやって手に入れたかなんて口が裂けても言えない。白い目で見られかねない。そして、話の流れを変えるべく、軽く咳払いをしてブッカー少佐はほむらに聞く。
「で、この魔女に名前はあるのか?」
「通称だけどワルプルギスの夜と呼ばれているわ」
「北欧の春を迎える祭の名か。魔女の儀式が由来という…らしいと言えばらしい名前だな」
「少佐、よくご存じで」
桂城少尉がブッカー少佐の知識の深さに驚く。
「色々と本を読んでいる内に知っただけさ。で…ほむら、こいつを倒すことは可能か?」
「正直言って厳しいわ。こいつは規格外よ。結界も出さないし、災害のような規模で暴れまわる。まず、武器や弾薬で倒せる保証がないわ。凄腕の魔法少女を大量に用意できるのならばともかく」
「それは経験則か?」
「ええ、数えきれないぐらい戦ったもの。普通の魔女なら物理的な攻撃で倒せるけども、アイツは…」
「さて、どうしたものか」
ブッカー少佐はディスプレイを見ながら考え込む。
レイフはなおも偵察任務を続けていた。ジャムの編隊は嵐へと次々押し寄せる。まるで巣穴に飛び込んだ異物に群がる蟻の大群のようだ。しかし、ジャムはその周辺で旋回を始めた、この謎の嵐を様子見しているらしい。はたして、ジャムに魔女は見えているのだろうか、それとも見えていないのだろうか…逆もまた然りである。奇妙な静寂が場を包んでいた。だが、その静寂は突如破られた。ジャムのタイプ1が3機、火を噴いて墜落したのだ。それをレイフは見逃さない。やはり、先ほどと同じく不可視の物体によるものである。この小型の物体がジャムに飛びついて破壊したのだ。
攻撃を受けてジャムも動く。嵐の内部に向けてミサイルを次々と撃ち込む。人の目で見たらただ単にジャムが嵐に向かって攻撃しているように見えるだろう。だが、空間受動レーダーはそうではない。ジャムのミサイルが嵐の中にいる魔女に次々命中する様子を確かに捉えていた。ミサイルが炸裂した衝撃でその魔女は嵐の中心から弾き出される。しかし、魔女は何事も無かったかのように再び浮き上がった。そして、お返しと言わんばかりに不可視の物体…使い魔がジャムに襲い掛かる。こうして、化け物によるドッグファイトが始まった。
レイフはこの間も離れた位置から偵察を続けていたが、レイフのコンピュータが突如交戦を宣言した。そして、司令センターに空対空戦闘中と現在の情報を送信する。こうなった理由はただ一つ、自機に脅威が迫っているからである。魔女の使い魔がレイフにも接近してきたのだ。
<B-13:ENGAGE>
レイフのコンピュータは探知した目標の高度と速度を即座に導き出すと、中射程空対空ミサイルを三発連続発射。ミサイルのシーカーではこの目標をロックオンできないと判断、レイフが直接誘導する。そして、放たれたミサイルは不可視である目標の未来位置に向けて飛翔、レイフからの自爆コードを受けて信管が作動、炸裂する。そして、その爆炎と破片は肉眼では見えないであろう物体を貫いた。そのまま目標の反応が消える。コンピュータは撃墜と判定。だが、更に新手の反応を探知。一度離れた方がいいとコンピュータは判断し、機体は急加速。高度と速度を一気に上げてその反応を振り切った。
司令センターではこの戦いの様子を静かに見守るしかなかった。状況報告によれば、レイフも戦闘に巻き込まれたようだ。そして、ジャムの数はわずかに減っていた。この魔女との戦いで何機か撃墜されているらしい。比較的性能の低いタイプ1とはいえ、ジャムを叩き落とすというこの魔女の戦闘能力は恐ろしいものである。万が一、この魔女がフェアリイ基地に到達した場合、被害がどの程度になるか見当が付かない。だが、流石に地下施設が破壊されるとは思えないが…ブッカー少佐がそんな事を考えていると、オペレーターはレイフからの追加情報を伝えてきた。
「新手です!タイプ2が4機。嵐に向けて高速接近中」
「ジャムが戦力を追加投入…魔女を脅威として判断したのか?」
「つまり、ジャムはワルプルギスの夜を倒す気だという事?」
「おそらくは、な」
それに対して桂城少尉が呟く。
「しかし、どうやって倒す気だろう?あんなに撃ち込んで効果が無かったというのに」
「もっと強力な兵器を撃ち込む気かもしれないわ」
「どうかな、ジャムは魔女を未知の存在として見ているんじゃないかな。つまり、ぼくが思うにあれをじっくり調べる気かもしれない」
「フム、あり得るな。ほむら、魔女はコミュニケーション可能な存在か?」
「いいえ、まったく。意思疎通は不可能、攻撃性の塊みたいな存在よ」
「なるほど、それに対してジャムはどう出るか。想像できんな」
三人がそう語っていると、警報が鳴った。
<システムが区画内に警戒対象の生命体を探知>
STCがアナウンスを流す。警戒対象の生命体…そう、それはインキュベーターである。導入されたばかりの警戒システムが特殊戦区画内でその姿を捉えたのだ。三人は顔を見合わせる、このタイミングで招かれざる客が来たのだ。そして、ここで問題が起きる。インキュベーターを捕獲すべく、警備担当の人員が動くまではよかった。だが、機械がインキュベーターを捉える事が出来ても、人間の目では直接見る事が出来ないのだ。それはつまり、人の手で捕獲することも攻撃することも困難であった。コンピュータにとっても味方がいる状況では迂闊に手を出せない。もっとも、無人の環境で強引な手を使うのならば話は別であるが。
そして、インキュベーターはすばしっこく動き回り、人々を翻弄しながらあっという間に司令センターの入り口までやって来た。ほむらは入り口に視線を向ける。そして、そこにそれはいた。
「やあ、暁美ほむら。お困りかい?」
「呼んでいないわ。失せなさい」
「まあまあ、落ち着いて話をしよう」
「やめてくれない?まるで周りから私が一人で喋っているように見えるじゃない」
「ああ、人間はそういう事も気にするのか。ごめんね、考えが及ばなかったよ。あれ?深井零はいないのか。これは残念」
インキュベーターがそう言い終えた時である、周囲から驚きの声が上がる。インキュベーターが普通の人間にも見えるように何かしたのだろう。そして、ブッカー少佐が話しかけた。
「お前が…インキュベーターという宇宙人か?」
「そうさ、親しみやすく“キュゥべえ”と呼んでくれてもいいよ」
「いや、遠慮しておこう。私は特殊戦第五飛行戦隊のジェイムズ・ブッカー少佐だ」
「やあ、少佐。初めまして」
「単刀直入に聞くが、お前は何をしにこの部屋に来た?招いた覚えはないが」
「勝手に侵入したことは謝罪しよう。だけど、この状況を変える素晴らしい提案を持ってきたんだ。暁美ほむら、契約して魔法少女になろうよ。そうすれば、ワルプルギスの夜とジャムを消し去る事もできるよ」
それを聞いたほむらは特殊戦の部隊マークが入った帽子をかぶり直すと、ただ一言こう言った。
「お断りよ」
ジャムは魔女と出会う。
そんな最中、特殊戦には招かねざる客がやって来た。