妖精空間漂流記【完結】   作:ひえん

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妖精は魔女を捉えた

「お断りよ」

 

 暁美ほむらのその一言に対して、インキュベーターはこう言った。

 

「何故だい?この状況を解決するとなれば、君が契約して戦況を丸ごと変えてしまうのが一番確実だ。君一人の決断で皆が救われるんだよ。それに、ここには他にも素質のある人間が何人かいるじゃないか。つまり、君一人で不安ならば戦力を集める事もできるよ」

 

 場が静まりかえる。だが、その一言に対してほむら以外の誰かが返事を飛ばしてきた。

 

「我が特殊戦の管理下にある人間を危険に晒す手段は断固として認められない」

 

 声が飛んできた方向に皆が視線を向ける。そこにいたのはクーリィ准将であった。

 

「君は?」

「リディア・クーリィ准将よ。噂の異星人さん」

「将官…つまり、この部隊の責任者という事かい?」

「いいえ、私はここの指揮官ではないわ」

 

 それを聞いてブッカー少佐は思う、物は言いようだと。確かに准将は名目上、副司令という地位でナンバー2だ。だが、実際のところではこの特殊戦を束ねているのは彼女であり、事実上のリーダーである。だが、今は余計な事は言わない方がいい。ブッカー少佐は成り行きを見守っていた。

 

「そうなのか。だけど、少ない被害で最大の成果を出す事が出来る僕の案が現状では最適だ。彼女を説得してはくれないかい?」

「拒否する。特殊戦はあれがジャムを超える脅威とは考えていない。よって、それだけの為に暁美ほむらを犠牲にする必要は無いと判断するわ」

「君たちは魔女の恐ろしさを知らないからそう言えるんだよ。あれを倒せるのは魔法少女だけだ。現に君たちが恐れているジャムが魔女に攻撃しているんだろう、倒せそうかい?」

「さあ、どうかしらね。あなたはFAFやジャムを過小評価しているようね」

「それはそうさ。僕たちは君たちやジャムのような物理的攻撃手段しか持たない勢力ではあの魔女に対抗できないと判断しているからね」

「物理的…ね」

 

 そう言うと、クーリィ准将は大型ディスプレイに視線を向けた。我が特殊戦の知恵の狼は今も戦場を飛んでいるのだ。

 

 

 

 レイフは脅威を回避しながら偵察任務を続ける。

 依然としてジャムのタイプ1と使い魔は互いを追い回し、四方八方を自在に飛び回っていた。そして、レイフのその強力なセンサは魔女に向かって飛ぶジャムのタイプ2の編隊を捉えた。FAFの新鋭機でも苦戦しかねない相手であるタイプ2は使い魔の妨害をあざ笑うが如く易々と潜り抜け、ワルプルギスの夜に迫った。そして、その周りで旋回を始める。有人機には不可能と思えるような勢いで。

 そして、それは起きた。

 

 化け物同士の戦いの結末はあまりにもあっさりとしたものだった。

 

 

 

「レイフから急報!これは…ターゲットが消失!!」

「なんだと!?何が起きた!!」

「雪風が消えた時と同じ事象が発生…つまりこれは…」

 

 オペレータが状況を叫ぶ。その内容からすると、ワルプルギスの夜は突如消えたらしい。しかし、レイフの空間受動レーダーは先の雪風が消えた時と同じような事象を漏らすことなく捉えていた。空間に生じた穴のような反応の中にワルプルギスの夜は落ちていったのだ。そして、ワルプルギスの夜が穴に落ちるとその穴の口は閉じ、完全に消滅したのである。インキュベーターはそれを聞いて呟く。

 

「これは…ワルプルギスの夜が結界を使って、その中に逃げ込んだ?いや、違う…ジャムが空間に穴を開けて、その中にワルプルギスの夜を閉じ込めたというのか。空間操作をやってのけた…あれはただの無人戦闘兵器ではないのか?想定外だ、これはジャムに対する徹底的な調査が必要になる」

 

 それを見たクーリィ准将はインキュベーターに話しかけた。

 

「で、魔女とやらは消えたわ。よって、あなたの案は完全に不要になった訳だ。これでもまだ続ける?」

「この状況では説得力が無くなったね」

 

 それにほむらが発言を重ねる。

 

「ジャムは魔女を知ったわ。これはあなた達にとって脅威ではないの?」

「いや、魔女の魂は人や魔法少女のそれとは変質しきっている。例えジャムが解析しても別の物にしか見えないし、僕たちが関与している事や魔法少女にはたどり着けないよ。これぐらいは許容範囲だ。じゃあ、僕はそろそろ退散するよ」

 

 インキュベーターが帰ろうとすると、クーリィ准将は言う。

 

「自分勝手ね。勝手に侵入して逃がすとでも?」

「やれやれ、物騒で困るね。でも、君たちに僕を捕まえる事はほぼ不可能だ。今からそれを証明してみせよう」

 

 そう言うと、インキュベーターは特殊戦の隊員たちの前から消えた。その姿を捉えているのは暁美ほむらのみ。だが、距離は遠い。とても追いつけそうにない。インキュベーターは困惑して足元を探し回る隊員たちの間を縫うように動き回り、この部屋から脱出していった。ただ、電子の目はそれを追っていたが。

 

<STC:目標追跡中。他の部隊にも情報展開開始>

 

 桂城少尉が驚いた表情をしながらほむらに尋ねる。

 

「気味が悪い生物だ。君はあんなのとやりあっていたのか?」

「ええ。見ての通り、ろくでもない生物よ。それにしても、ジャムはワルプルギスの夜を不可知戦域に引き込んだという事かしら」

「ああ、多分ね。あの空間はジャムが自在に変化させることが出来る。ジャムにその気がなければ脱出させてもくれないだろう」

 

 その二人の会話にブッカー少佐が加わる。

 

「さて、ジャムはあれをどうするつもりだろうな。そのまま閉じ込めて調べ尽くすか、倒せるまで火力を浴びせ続けるか、それとも空間ごと押しつぶして退治するか…」

「調べはすると思う。でも、調べ尽くした後は分からない。FAFの基地上空にいきなり放り出すかもしれない」

「どちらにしても、魔女という未知の脅威は今のところは消えた訳だ。あの空域にいたジャムもスクランブルが到達する前に消えた」

「何の結果も残らずに終わってしまった訳だ」

「いいえ、そうでもないわ。私にとっては最大の敵が消えたという結果が残る」

「なるほど。そういう意味では君には得があった訳か」

 

 そして、深井大尉が司令センターにやってきた。フォス大尉と整備担当の責任者であるエーコ中尉を引き連れて。

 

「なんだ、魔女とやらは消えたのか」

「零、片付いたのか」

「ああ、なんとか交渉してきた。准将もいるならちょうどいい、雪風の件を報告したい」

「いいとも、何があった」

 

 そして、零は雪風の状況を語る。雪風は自らが知る戦死者の名前がFAF内に在籍しているという事実を掴み、それらの謎の人物を脅威と判定して調べ上げていた事。それがジャムであると確証を得た事。そして、それらが集まっている再教育部隊を気にしているような状態である事を伝えた。准将はそれを聞いても驚く様子ではなかった。そして、整備担当のエーコ中尉に指示を出し、雪風を数時間で整備するように命令を出した。そして、各隊員に次々と指示を飛ばす。次の手を打つ為に。それに対して零は言う。

 

「雪風の進言通り、システム軍団内の再教育部隊に対する電子的な攻撃命令を望む」

「いいえ、大尉。その目標の脅威判定と攻撃命令はこちらで判断してから行う。面倒事は山のようにあるわ。あなたはSTCにレポートを入力し、雪風の収集した情報と特殊戦司令部が判断した内容を確認する事。それと、食事がまだならなんでも注文していいわ。今のうちに食べておきなさい、忙しくなる前に。フォス大尉やブッカー少佐も、よ」

「それなら…僕はビフテキがいい。2ポンドのやつ、焼き方はレアにしてくれ」

 

 桂城少尉が即座に注文する。それを見た皆が微笑んで場が和む。だが、それに対してほむらはぽかんとした表情で呟いた。

 

「ステーキをビフテキと呼ぶ人って本当にいるのね。初めて見たわ」

「少なくとも僕の周りはみんなそう呼んでいたよ。なるほど、君の世界の常識と僕らの世界の常識は確かに異なるらしい。こういう些細な事でも分かるものなんだな」

 

 桂城少尉はそう返した。零はそれにフムンと言ってから、料理を頼む。

 

「ハムバンにしてくれ。大きいやつがいい」

 

 それに続いて、ブッカー少佐やフォス大尉も料理を頼む。だが、ほむらは悩む。何にしたものか。大勝負の前の晩餐であるが、とっさに何を食べたいかが浮かばない。それに対してフォス大尉が尋ねてきた。

 

「あら、ほむらちゃん。どうしたの?考え込んで」

「エディスさん…いえ、こういう時に何を頼めばいいかさっぱり思い浮かばなくて」

「なるほど…そうね、シェフにおまかせしてみましょうか」

「おまかせ…そういう手があったわね。じゃあ、そうしましょう」

 

 准将の秘書官が注文の内容をメモし、食堂へと持っていく。そして、食事が来るまで各々仕事に取りかかるのであった。

 

 そして、しばらくすると食事が持ち込まれた。食堂のスタッフとフェリシア、さなの二人が料理を運んできたのだ。

 

「これは…おまかせは失敗だったかしら」

 

 ほむらが頼んだおまかせメニュー、それはとても大きなハンバーガーであった。ナイフとフォークで切り分けて食べるようなサイズであり、バンズの間には大きなビーフパティとチーズ、ベーコンにトマト等の野菜やピクルスがこれでもかと挟んであった。そして、付け合わせには大量のフライドポテト。正に海外で出てくるような内容であった。ほむらが唖然としているとフェリシアが話しかけてきた。

 

「やっぱり大きいか。これは流石にでかいってシェフに言ったんだけど、食べ盛りだから平気だろうって返されちまってなあ」

「うん、ちょっと…いや、かなり大きいわ。半分食べる?」

「いいのか?じゃあ、ありがたく!おにぎりなら大量に用意したんだが、味気なくてな。いやー、助かった、助かった」

「おにぎり?」

「ああ、あの皿の上のあれさ。さなとマミが非常時になるって聞いたらたくさん作り始めてな。でも、具が無いから塩むすびになっちまった。あれだけだとなにか無いと飽きそうで」

 

 ほむらがナイフでハンバーガーを切り分けていると、フェリシアが配膳用の台車の上を指さした。確かに大量の白いおにぎりが載っていた。見慣れぬおにぎりを見てフォス大尉や他の隊員達は首を傾げている。ブッカー少佐がどういうものか説明している。一方、桂城少尉は喜んでいくつか持っていく。

 

「握り飯か、何年ぶりだろう。しかし、ビフテキに米とはちょうどいいな」

「だが、ハムバンとおにぎりはあまりにも相性が悪い…む?」

 

 さなが零に何かを差し出した。スープである、いい香りがする。

 

「チキンブロスです。どうぞ」

 

 その単語に嫌な記憶が一瞬思い浮かぶ。だが、それを振り払ってチキンブロスを受け取る。パン料理には握り飯よりもこちらの方がちょうどいい。ふと、零とさなの目が合う。目の前の少女の話は前に聞いた、家庭環境に深刻な問題があるという。そんな境遇に心当たりのある零はとっさに話しかけていた。

 

「なあ、君。ちょっといいか」

 

 零は日本語で話しかけた。今までうろ覚えで忘れていたはずだったが、この時は自然と言葉が出てきた。自分でも驚いていた。それに対してさなは緊張した表情で返事を返す。ほぼ話した事が無い相手だからである。

 

「…なんでしょう?」

「君は家族から浮いていると話していたな」

「ええ、もうしばらく家族の誰とも会話をしていません」

「そんな家族を味方だと思えるか?」

「そう聞かれると…味方とは思えないです…」

「ならば、そんな環境はすぐにでも脱するべきだろう」

「それはそうですが…」

「これは…そうだな、俺の知り合いの経験だが、そういう孤立した状況に身を置き続けるのは心身ともによくないと話していた。状況を変えたければ自分の味方を探せ。まあ、判断して決断するのは君自身だが」

「味方を…参考にしてみます」

 

 さなはそれを聞いて少し考え込むと、何かを決心したような表情をする。そして、話を終えて立ち去っていった。すると、フォス大尉がニヤリとしながら背後から話しかけてきた。

 

「あら、珍しい。あなたが他人にアドバイスしようとするなんて。彼女の家庭環境を聞いて昔の自分でも思い浮かんだのかしら」

「うるさい。エディスは日本語なんて分からないから、今の話を聞いても理解できないだろう」

「ほむらちゃんに通訳してもらったわ。しかし、日本語は忘れ気味で怪しいと言っていた割に流暢ね」

「アイツめ…偶然思い出しただけだ」

「まあ、良い変化ね。まるっきりの他人に興味を持って接する事が出来るようになったのだもの」

「避ける事が出来る危機は避けるべきだ。そう思うだろう?」

 

 零はそのまま具沢山のハムバンに齧りついた。

 




ジャムと魔女の戦いは終わった。
だが、特殊戦はジャムの総攻撃に備えて準備を続ける。



・QBがジャムを過小評価していた理由は後程書きます
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