妖精空間漂流記【完結】   作:ひえん

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情報軍からの客人

 深井大尉やフォス大尉は食事を続けながらジャムについて語り合っている。ジャムは存在するのか、しないのか。観測できるのか、できないのか。哲学のような話の後は量子論のような話をし始める。情報分析担当のピボット大尉が話に加わって、量子論の解説を始めるものの、中学生であるほむらにはついて行けそうにない。フォス大尉ですら難解なその内容に頭を抱えているのだから。

 そんな中、カレーの匂いが漂う。香ばしいスパイスの香りだ。これはブッカー少佐が食べているカレーである。ナンですくって食べる本格的なものだ。そこに酸味の強い辛めのスープ、甘い紅茶付き。その匂いにほむらは尋ねる。

 

「ブッカーさん。そのカレー、美味しそうね」

「ああ、これか。疲れている時に頼むスペシャルメニューだ。もっとも、シェフが変わってから味も変わってしまったのが残念だが…時間のある時にレシピを確認しないと。そうだ、ブッカースペシャルには中華もある。注文するか?」

「またの機会に。今はとても入りそうにないわ」

 

 ほむらはなんとか完食したハンバーガーの皿を指さして答える。そして、クーリィ准将がほむらに言う。

 

「暁美さん、ちょっとこの後来客があるの。あなたの存在を隠しておきたいので、どこかで待機してもらえないかしら」

「来客?この状況で…」

「ええ、情報軍のお偉いさんよ。あなたの存在を知られたら色々厄介な事になりそうなの。ああ、食堂の子達やあなたの友達も同じ部屋に避難させておくように手配するわ」

「というと、いよいよジャムが攻めてくると?」

「先ほどフォス大尉が出した予想ではいつ仕掛けてきてもおかしくない。ついでにジャム人間も基地内で反乱を起こす可能性が大」

「例のロンバートという大佐が主導してかしら?」

「あら、そこまで聞いていたの。ええ、その通りよ」

「事が済むまで大人しくしているわ」

 

 ほむらは食事についてきたチキンブロスを飲み干して、部屋を出る支度を始める。そこに桂城少尉が話しかけてくる。

 

「暁美ほむら。もうちょっと君の話を聞きたかったが、これで恐らくお別れだ。僕はこれから情報軍に移動するつもりだ」

「急ね。それに情報軍って…この騒動の渦中じゃない。いいの?」

「ああ、むしろ好都合だ。僕はロンバート大佐ともう一度話がしたいんだ。もっとも、お偉いさんと交渉してからだけどね」

「そう…好奇心に駆られて、か。じゃあ、気を付けて」

「ああ、またいつか会おう」

「ええ」

 

 そして、ほむらは司令センターを出た。クーリィ准将の呼んだ隊員に案内され、待機場所となる部屋へと入る。司令センターのすぐ近くの部屋であった。

 椅子に座ると、司令センターを出る時にブッカー少佐から渡された端末を開く。これはSTCを介してある程度の情報を受け取れるようになっている。特殊戦の各コンピュータが必要と判断すれば更に細かい情報も送られてくるそうだ。イヤホンを端末に挿す。これで音声データも聞くことが可能だ。

 

「よう、なんか大事が始まるって?」

 

 部屋の扉が開いて声をかけられる。声の主は杏子だ。

 

「ええ、ジャムが攻めてくるらしいわ。今までにない規模で」

 

 ほむらは端末の画面を閉じて返事を返す。そして、更に人が入ってくる。マミ達である。これで予定通りだ。この部屋は隊員達の仮眠室として使われているらしく、シャワーもトイレも完備してあった。フェリシアが冷蔵庫の中を漁る、中には飲み物や食べ物がたんまり入っている。籠城するには十分だ。

 

「これからどうなるんでしょう?」

「分からない。でも、特殊戦の中が一番安全だそうよ」

「信じるしかないわね」

 

 さなとマミは不安げな様子である。しかし、なるようにしかならない以上、事が済むまでただ待つのみであった。すると、アイと名の付いたあのタブレットの人工知能が彼女達を落ち着かせようと会話を始める。タイミングが良い、よく出来た人工知能だ。特殊戦のコンピュータ達並みに性能がいいのかもしれない。

 すると、ほむらの端末に音声が入った。イヤホンから音が聞こえてくる。クーリィ准将の声が聞こえる事から、司令センター内の情報であろう。端末上にウインドウを開き、映像データも表示する。見たことの無い老人が映っている。なるほど、これが例の客人らしい。情報軍の最高責任者である統括長官リンネベルグ少将…端末にはそう表示される。ご丁寧にSTCかどれかの特殊戦コンピュータが解説しているらしい。そして、その客人の第一声が聞こえてきた。

 

「ロンバート大佐に干渉してはならない。彼は我々に必要な人材だ」

「我々とは誰の事でしょうか?情報軍か、FAFか」

 

 椅子に腰掛けるリンネベルグ少将にブッカー少佐は自己紹介もなく聞く。

 

「人類にとって、だよ」

 

 そして、特殊戦の面々とリンネベルグ少将はロンバート大佐に関する対応を話し合い始めた。だが、ロンバート大佐の行動を阻止すべきと主張する特殊戦に対し、リンネベルグ少将は静観すべしの一点張りである。邪魔をするなら特殊戦に実力を行使して対抗するとまで言い出す始末である。どうやら、ロンバート大佐はジャムとコンタクトする為の唯一無二の人材と位置付けているらしい。彼をジャムとのコミュニケーション手段を探るために動かし、現にジャムとの関係を持つまでに至った。このまま泳がせ続けて、ジャムとの正式なパイプ役となるまで監視し続ける。それが情報軍の方針であり、対ジャム戦の戦略であった。

 それを聞いた特殊戦の一部の隊員は呆れかえっていた。リンネベルグ少将の言う内容からすると、ジャム人間による反乱とジャムの攻撃でFAFが被害を受けようとも、あるいはロンバート大佐にFAFが乗っ取られても、情報軍にはそれが許容範囲の内であると言っているようなものなのだ。

 ブッカー少佐はリンネベルグ少将に聞く。特殊戦の集めた情報についてはどう考えているのか、と。更に、未知の宇宙生命体もFAF内に潜り込んでいる事実についてもだ。すると、少将は特殊戦の成果を評価していると言ってきた。直接、ジャム本体や未知の宇宙生命体に接触することが出来たのは特殊戦だからできた事だと。そして、ジャムに対する情報とコミュニケーション手段を得る事が出来るのであれば、たとえFAFを失っても構わない。人類がジャムを知ってさえいればFAF以外の戦力が対抗する事が出来るのである、と。

 リンネベルグ少将にジャムへの対抗心がある事を理解した特殊戦の面々は内心ホッとしていた。彼はジャムに降伏する気など無いのだと分かったからだ。そして、クーリィ准将が口を開く。

 

「リンネベルグ少将、あなたにロンバート大佐を抑え込める戦力は持っていますか?それとも、対抗不能ですか?」

「叩き潰すことはできる。だが、先ほど言った通りだ。手出しはしない。それでもやるとならば情報軍は…」

 

 そこに桂城少尉が口を挟む。

 

「僕はロンバート大佐と話がしたい。彼はジャムと接触することが出来るんだろう?僕はもう一度ジャムに会ってみたいんだ」

「君は?」

「桂城彰少尉。雪風のフライトオフィサ、今回ジャムに接触した乗員の内の一人だ。この前までロンバート大佐の部下だった。恐らく特殊戦を探らせたかったんだろうけど、今の僕には関係ないね。僕はもっとジャムを知りたい、その一心だ」

「なるほど」

「で、ロンバート大佐は何をしようとしているんですか?」

「FAF上層部を一掃しようとしている。片っ端から不正をあぶりだし、それをネタに野心溢れる連中を煽っている。要はクーデターだな。だが、彼はしたたかだ。これが一大クーデターだと悟られないようにバラバラに騒動を起こすつもりだ。煽られた側にはそんな大事になるという自覚は無いだろう、出世のチャンスだと思って行動するに違いない」

「なるほど、そいつらが気づいた時には既にジャムと一緒の反乱軍か」

「ああ、本来なら成功率は低い。途中で気が付いて勝手に瓦解しかねない。だが、ジャムも一緒に動く、それがどう影響するか。これは見物だ。ロンバートがどれ程の手腕を発揮するかを観察することもできる」

 

 それを聞いてブッカー少佐は言う。

 

「あなたはロンバート大佐の裏まで読んだ気でいるが、逆に裏をかかれる可能性は考えているのか?」

 

 それに対して桂城少尉は言った。

 

「裏の裏は表になりますよ、少佐。情報戦なんてそんなもんです、覚悟さえあればどうにでもなるんだ」

「ほう…少尉、情報軍に来るかね?クーリィ准将。彼を情報軍に送ってくれるのならば、情報軍は君達を支援しよう」

 

 しかし、クーリィ准将は冷ややかである。

 

「それではまるで取引みたいではないですか。この状況下でそんな圧力を加えてくるような相手を私は信用できない」

「悪かった、准将。そういうつもりはない。改めて言おう、これはお願いだ。彼のような若者は情報軍にとっても必要なんだ」

「分かりました。少尉、情報軍へ戻る事を許可する」

「ありがとうございます、クーリィ准将」

 

 そして、ブッカー少佐はなんとか桂城少尉を引き留めようと言った。

 

「待ってください。彼が行ったら雪風の後席はどうなるんですか。また空になってしまう」

「少佐、事態はそれどころではないわ。それに…万が一、特殊戦が壊滅しても彼が私達の遺言代わりになると思う」

「君の覚悟はそれで十分理解したよ、クーリィ准将。いやはや、ロンバートが君に注視しろと言った理由がよく分かった」

 

 そして、会話はロンバート大佐への話へと戻る。

 

 ほむらはそこで端末の映像を閉じた。今までの人生でほぼ無縁とも言えた政治劇というものを目の当たりにしたのである。もし、あの場に自分がいたらと考えると肝が冷える。あの様子ではもれなくインキュベーターとの交渉材料としてあの老人に狙われかねない。そうならないように対応してくれたクーリィ准将に心の中で感謝しつつ、イヤホンを外した。飲み物でも飲んで休憩しようと考えたからである。すると、机に紅茶が入ったマグカップが置かれた。マミが淹れたのだ。

 

「ちょうどよかった、何か飲みたいと考えていたところよ」

「いえいえ。ごめんなさいね、カップはこれしかなくて…暁美さんは何を見ていたの?」

「これ?ブッカー少佐から預かった端末よ。外の様子がこれである程度分かるって」

「へえ。今はどうなの?」

「今のところは平穏かしら。これからどうなるか分からないけど」

 

 そう言うと、ほむらは紅茶を飲む。久々のマミが淹れた紅茶である、ゆっくり飲むとしよう。それにもう夜も遅い。普通は寝ている時間帯だ。その事を自覚した途端に疲労感が出てきた。これを飲み終えたら少し仮眠しよう、ほむらはそう考えながら紅茶を飲む。

 




事態はついに動き出す。
この先どうなるか、それは機械にも人間にも分からない。
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