ほむらが紅茶を飲み終えて仮眠をとる。そして、その間に事態は大きく進んでいた。
特殊戦司令センター内では、リンネベルグ少将に対して特殊戦内で考えていた対ジャム戦略を説明する。彼や情報軍全体で共有する対ジャム戦略には欠けている大きな要素があった。それは機械である。
FAFでジャムと戦っているのは人間だけではない、様々なコンピュータが各々の思考を持って対ジャム戦を繰り広げている。そして、そのコンピュータ達はジャムと戦うというおおよそ共通の目的を持っている。そして、機械達は人間よりもジャムの存在を強く認識している。特殊戦のコンピュータ達のように、ジャムから何らかのメッセージを受けたコンピュータもいるはずだ。そんなコンピュータ達はジャムからの影響を特に受けるだろう。反乱部隊の蜂起と同時にジャムが電子的な妨害行為を仕掛けてくる可能性は大だ。その巨大な負荷を人の力で支えねばなるまい、普通ならそう考える。
だが、コンピュータからの人間に対する価値観は個体ごとにバラバラである。雪風のように人間は必要と考えるコンピュータがあれば、逆に非効率な人間はこの戦いに不要と考えるコンピュータもいる。また、どっちつかずな考えを持つものもあるだろう。人間の反乱という未知の事態に直面した時、FAFのコンピュータがどう動くか…人を頼るか、人間を片っ端から敵と判定するか。それも考慮する必要が出てくる。よって、この要素が欠けている状態で今後の展開を安易に想定するのは極めて危険であった。
そして、コンピュータの考えが異なるという事を実証する為に戦術コンピュータ…STCと戦略コンピュータ…SSCに同じ質問を出す。敵とは何だ?…それに対して帰ってきた答えはそれぞれわずかに異なった。STCはまずジャムと断言し、現時点では次にインキュベーターと言ってきた。そして、SSCは自分に対する脅威全てだと答えた。これこそ個体ごとに考え方が異なる事の証明であった。更にフォス大尉が持論を出し、人間と機械の協力…複合生命体として戦っていく事が生き残る鍵だと説明する。これらの内容を聞いたリンネベルグ少将は納得した様子であった。だが、同時に疑問も抱く。
「どうすれば機械が意思を持っている事と、その考えを知ることができるのか?我が情報軍のコンピュータに確認する場合はどうすればいい?」
「それは簡単だ。とにかく質問し続ける事だ、疑問が尽きるまで。情報を聞き出す事は専門分野だろう?だが、コンピュータがあなたを信用しているか次第だ。嫌われていたら苦労するに違いない」
少将の問いにピボット大尉が答える。
「コンピュータは聞いた通りに情報を出すはずだが…嘘をつくとでも?」
「認識が甘いな。人も道具も性格を知り尽くしていないと完璧には使いこなせない。さっきの話はそういう事」
フォス大尉とブッカー少佐も話に加わってきた。
「その性格…個性は大事ですよ。事態に対して多面的に考える事ができます」
「フォス大尉の言う通り。ジャムはそのバラバラな個性というものに疑問を抱いていますから」
「特に情報軍のコンピュータは他とは違う、対人用だ。ジャムに対してどんな考えを持っているかは分からない。だが、特殊な回答をしてくるのは間違いない。戦闘部隊のコンピュータとは見えているものが違うだろう。そうだ、試しにSSCに聞いてみよう。ピボット大尉からSSC、今の会話に関してだ。情報軍のコンピュータが持つジャムの認識がどういうものか分かるか?」
<SSC:不明。厳密にはジャムに対する認識が曖昧である。対象のコンピュータはジャムに対するイメージを構築できていない可能性が高い。これでは戦闘方針も無いだろう。一方、このコンピュータは対諜報戦として不可視の生命体に対する対抗策を重視しているようだ>
ピボット大尉はその回答を聞いて呆れ気味だ。一方、桂城少尉はSSCの回答を聞いてニヤリと笑った。
「まあ、無理もない。戦場から遠いコンピュータだ。ジャムが飛んできてもそれが何か分からないだろうな」
「餅は餅屋という事だよ、ピボット大尉。僕はあれを扱った事があるからなんとなく分かるよ。まあ、見事にあのコンピュータの不得意分野を覗いてしまった訳だ。しかし、あのヘンテコ宇宙人をスパイの類として見ているのか。情報軍のコンピュータもなかなか面白い発想をするもんだ。そして、その発想が的確なのだから凄い」
そして、リンネベルグ少将はこの一連の流れを見てため息をつきながら言った。
「我が軍のコンピュータに対する干渉はやめて欲しいのだが。私の仕事は情報軍の独立性を守る事でもある。干渉されたらそれが崩れかねない」
「分かりました、少将。しかし、今の回答で対ジャム戦の支援が必要ではないかと考えたのですが」
「少佐。申し出はありがたいが、今話した私の仕事に影響を与えかねん。遠慮する」
クーリィ准将はそれを聞いて言った。
「では、我が特殊戦も直接支援する余力無し。それぞれ独自に最善を尽くし、生き残る。これでいいですね」
「ああ、それが互いの為だ。さて、そろそろ私は帰るとするよ」
「少し待てば戦闘が始まります。下手に出ると道中巻き込まれますよ。それに、指示はここからでも出せますから」
「では、待つとしよう。ここではコーヒーはセルフかね?」
すると、ブッカー少佐が「自分が淹れましょう」と答える。そして、彼はエスプレッソを頼むと椅子にどっしりと座り直した。クーリィ准将の一言によって、ここでこのまま事態を見守る事となったのだ。桂城少尉ももちろん待機である。
「対ジャム戦を開始。全機に知らせ」
そして、クーリィ准将は総員戦闘配置を発令。いよいよ事が始まった。こちらが先に動く事でジャムを誘い出す。何よりも、こちらに戦う意思がある事を見せつけるのだ。
すでに雪風以外の機体は全て飛び上がっている。全方位に警戒網を張り巡らせる。その為、3機編隊を4隊に振り分けて飛ばす、どこで何が起きてもすぐ探知できるようにである。更に、地上の人員に向けて指示が出る。全員が武装して配置につけ、と。一方、空中の戦隊各機に向けてはいつもの命令が出た。
「いつも通り、必ず帰還せよ。これは要望にあらず、命令だ。どんな手を使ってもいい」
その命令を放送で聞いた零は軽く微笑んだ。いつもと同じ、それを聞いて緊張がほぐれた気がする。フォス大尉やブッカー少佐も同じ気持ちだろう。一方、ほむらはどう思うか、想像できない。そう考えながら自室で身支度を整える、こうなると何時呼び出されるか分からない。手早くこなす。だが、ふと視線の先に小さな鏡が映る。髭剃りに付属していたおまけの鏡である。それを見て、桂城少尉に初めて会った時に言った質問を思い出す。
「よく見るとひどい鏡だ。今までよくこんな物を使ってきたもんだ」
司令センターではSTCが警告を飛ばす。ロンバート大佐が暗号文を各所に発信。そして、様々な物が蠢きだす。スクリーン上には大量の情報が表示されていく。再教育部隊とロンバート大佐指揮下の部隊が動いたのだ。そして、FAF六大基地全てで行動が始まった。
「システム軍団で開発中のパワードスーツBAX-4が無許可で起動。計34体。更に各種警備用ロボットの類も多数移動開始、こちらも無許可だ」
「システム軍団所属のファーンが離陸準備中。複座型4機。フライトプラン無し、無許可だ。全機武装している模様」
「基地内、複数の警備システムが警報発報…切れた。いや、切られたといった方がよさそうだ」
オペレータ達が情報を読み上げていく。それに対してブッカー少佐は落ち着いて指示を出す。
「よし、お客さんのお出ましだ。慌てずに対処しろ。STC、フェアリイ基地内のナビゲートシステムに対して電子攻撃開始」
<STC:実行開始>
「STC、雪風に下命。システム軍団内の脅威目標に電子攻撃を許可。STC、雪風の攻撃成功後、FAF内全てのコンピュータシステムに対諜報作戦を実施」
<STC:雪風による電子攻撃成功を確認。脅威と思しきシステム類は完全に破壊。雪風からも攻撃成功の報告。そして、雪風は深井大尉を呼び出し中>
「手助けしてやれ。内容は監視しないでいい。このまま対諜報戦開始。雲隠れだ」
<STC:実行>
特殊戦のコンピュータ達は脅威に対して一斉に攻撃を始めた。だが、反乱部隊はシステム軍団製のパワードスーツBAX-4を使用。これは自律行動ではなく、内部から操縦するタイプの機械である。よって、電子攻撃では阻止不能であった。だが、基地内のナビゲートシステムを妨害した事によって、彼らの行動を阻害する事には成功した。何故ならフェアリイ基地の地下は複雑怪奇、長年の増築と改築の果てに生まれた大迷宮だ。一般の職員や隊員ならナビゲート無しでは行ったことの無い場所にたどり着くことも難しい。ましてや、ジャム人間のオリジナルだった隊員の大部分は別の基地に所属していた者達だ。彼らはこの基地に対する土地勘をほぼ持っていない。それで難易度は更に跳ね上がる。そして、彼らが他の手段で特殊戦を探そうとしても無駄であった。STCが実施した対諜報戦の内容は、FAF内のあらゆるコンピュータからこの特殊戦のシステムをアクセスどころか、探すこともできないように欺瞞することであった。彼らからすれば、特殊戦がFAFから綺麗さっぱり消えてしまったように思える事だろう。
この流れを見ていたリンネベルグ少将も動く。司令センター内のコンソールから配下の情報軍に指示を出した。反乱軍を殲滅せよ、と。そして、特殊戦のコンピュータ達が目標の位置を捉えて、オペレータ達がスクリーンに表示。それを見たリンネベルグ少将は位置を音声のみの通信で目標位置の情報を送る。それを聞いた実働部隊は直ちに動く、彼らは対人戦のエキスパートだ。そして、フェアリイ基地の構造は頭の中に叩き込んでいる。反乱軍とは違って迅速に目標へと動く。
<STC:システム軍団機、離陸開始。全て敵>
「カーミラ隊、指示した目標への攻撃を許可。システム軍団機、数は4。撃墜しろ」
「IFFは無視しろ、ジャム人間が乗っている。機体は旧型だが、武装は最新鋭。目視で目標を確認後、撃墜せよ。システム軍団の派手なカラーリングなら間違いない」
「こちらB-2、了解。各機、降下」
一足遅かった。目標は完全に離陸。だが、B-2…カーミラはそのまま攻撃開始。機長のズボルフスキー中尉がミサイルを撃とうとした瞬間、警戒装置であるRWRが鳴った。脅威となるレーダー波を捉えたのだ。どこかからロックオンされている。操縦桿を引いて、スロットルを押し込む。急加速するも異様な衝撃を感じた。すると、後席のフライトオフィサが状況を報告してくる。
「被弾した。だが、飛行に支障ない。くそ、基地の対空火器か」
すぐに僚機のB-3…チュンヤン、B-4…ズークが撃ってきた対空砲に攻撃、沈黙させる。それから間髪入れずにカーミラ機内で新たな警報が鳴る。問題の敵機が短射程ミサイルを複数発射、ミサイルはカーミラ目がけて突っ込んでくる。そのままカーミラはスロットル全開、機体は凄まじい勢いで加速していく。だが、それでもミサイルを置き去りにすることはできない。だが、目の前にちょうどいいおとりがいる…警戒任務で飛んでいる早期警戒機だ。その機をかすめるように飛ぶ。後ろから飛んで来るミサイルは大きな早期警戒機に吸い込まれていく。そして、炸裂。カーミラはこうしてミサイル回避に成功した。そのまま警戒しつつ反撃しようと旋回するも、既に敵影無し。フライトオフィサの報告にズボルフスキー中尉はぼやきながら司令センターへ報告を飛ばす。
「既にチュンヤンが全部落とした」
「いつの間に。邪魔さえなければこちらが喰っていたのに。しかし、基地の防空システムが撃ってくるとはな…予想はしていたが。こちらB-2、敵機全機撃墜。こちらは被弾一発、戦闘行動に支障無し」
カーミラ隊は編隊を組み直して警戒飛行へと戻っていく。しかし、FAF内のコンピュータ達は特殊戦機を不明機と認識しているらしい。そして、不明機に対して即座に攻撃してくる、どうやら不明機をジャムと判断しているらしい。カーミラ機内の二人は異様な状況を実感していた。
一方、司令センターではそれどころではない騒ぎが起きた。システムで監視していたはずのロンバート大佐が突如消えたのだ。どこを探しても見当たらない、どんな手を使ったのかも分からない、まるで幽霊のように消えてしまった。
紅茶を飲んだ後、少しうとうとしていたほむらは目を覚ました。時刻は夜明けを迎える頃だ。起きるには早すぎる。皆は簡易ベッドで寝転がっている。だが、ふと気になって端末の画面を開く。すると、多数の文字情報が一気に表示された。驚きながらもそれらを流し読みする、もう戦闘が始まっている事は明白だった。もっと情報を得ようとイヤホンから音声データを聞く。すると、無線が流れてくる。どうやら空中戦まで始まっている様子だ。すると、画面にメッセージが表示される。
<暁美ほむら、あなたはジャムに狙われている恐れが大いにある。警戒せよ。そして、絶対に特殊戦区画外に出てはならない>
この文章の発信元は分からない。STCか?それとも雪風か?特殊戦のコンピュータである事は間違いないだろう。だが、忠告通り警戒するにもこちらは武器もない。身構える以外に術がない。それにこんな危険な状況で外に出る気など微塵もない。
ほむらはため息をついて、イヤホンから流れる無線の音声を聞いていた。特殊戦戦隊機からの報告は刻一刻と増えていく。
レイフはカーミラ隊とは別方面を警戒していた。監視対象はバンシーⅢ。これはFAFが空に飛ばした巨大な飛行物体であり、空中を飛ぶ航空母艦だ。これはほぼ遠心力だけで飛んでおり、決まった経路から外れる事は無い。今までは同型機であるバンシーⅣも飛んでいたが、しばらく前に失われている。このバンシーⅢは機動力に欠けるものの、補給も整備もできる立派な拠点には違いなく、何かあればここに逃げ込む事も特殊戦内で検討に上がっていた。よって、このバンシーを監視する為に1隊が派遣されたのだった。レイフ以外の機はB-11…ガッターレ、B-12…オニキスの2機。そんな彼らはある異常を見つけた。
「こちらB-11、バンシーⅢがおかしい。近づくのは危険な為、レイフに偵察させる」
「B-12だ。中心部の温度が異様に高い、動力部が暴走しているらしい。乗員が緊急脱出中、艦載機もあらかた飛び出したようだ。くそ、連中がこちらを狙ってやがる」
「この様子だと撃ってくるぞ。更にDゾーン方向にボギー多数捕捉、接近してくる。バンシーの連中、気づいているだろうにそっちには見向きもしない。味方機と誤認しているのか?だが、こちらをジャムだと思っているようだ。一度、退避する」
司令センターの面々はレイフ隊の通信を聞いて驚愕していた。まさかバンシーⅢがこうなるとは誰も予想していなかったのだ。クーリィ准将はすぐに指示を飛ばす。
「レイフの観測データをリアルタイムでこちらに送れ。B-11、12へ、退避せよ。自機の生存の為なら味方機への射撃も許可する。レイフはオートマニューバ・モードで行動させろ」
「こちらB-11、了解。12を連れて退避。だが、レイフはまだ粘っている。そろそろ危うい感じがするが」
そして、司令センターのスクリーンにレイフからの映像が飛び込んだ。朝焼けに照らされたバンシーⅢが映る。だが、その胴体中心部はまるで溶けた鉄のように赤く変色している。見るからに異常だ。そして、その巨体からパーツが落下し始め、変色した個所から溶けた鉄のような粘性の物体が飛び散った。その瞬間である、バンシーⅢが白く光った。そして、それから映像は途絶。バンシーⅢが爆発した、と無線からも報告が飛ぶ。恐らく、レイフはその爆発に巻き込まれたのだろう。通信を回復しようとしているが、うまくいかない。墜落した可能性も出てくる。
「この様子だと自爆か?しかし、レイフが巻き込まれてしまった…」
<STC:ジャム機が広範囲に多数出現。しかし、この情報が正確か不明である。ジャムによる欺瞞の可能性を否定できない。戦隊各機による目視情報の提供を求む。至急対応されたし>
STCは人の助けを必要としていた。電子情報の信頼性が著しく低下していたからである。それを見たブッカー少佐とオペレータ達は迅速に動く。だが、スクリーンに表示された情報に皆は圧倒される。全ての戦域でジャムを示す赤い反応が大量に表示され、それらはここ目がけて移動中である事を示していた。リンネベルグ少将はそれを見て言う。
「これが事実ならば…対抗することは不可能だ。だが、ロンバートは逃げ延びるだろう。彼を絶対に逃がしてはならない。クーリィ准将」
「ええ、閣下。しかし、一つ質問が。彼は戦闘機を飛ばす事ができますか?」
「可能だ」
「それは問題だ。ブッカー少佐、フェアリイ基地から一機も飛び上がれないように対応するように。STC、他部隊のコンピュータに介入し、航空機の出撃中止命令を出させろ」
<STC:実行開始。しかし、FAF内のコンピュータは大部分が正常に動作しているか怪しい。パニック状態と言える。状況を監視しているが、それぞれが何を処理しているのかもよく分からない。状況をどう判断するか迷っているのだろう。よって、これでは部隊管理もできていない>
「准将。封鎖はいいが、撃墜は困る。大佐は生かしておく必要がある。君らは優秀だ、撃墜なら先ほどのようにすぐできるだろう。だが、我々に必要なのは大佐がこれからどう動くかを知る事なのだ。大佐を叩き落としたら何も得られない」
「では、閣下。大佐をこの基地から探し出してください」
「無論だ。情報軍を信じろ。今、皆がやっている」
各方面から無線が流れ込む。どうやらFAF機は味方同士で撃ち合いを始めたらしい。双方、味方機を敵と認識しているようだ。機体が電子的な攻撃を受けているのか、搭乗員が幻を見ているのか。いずれにせよ、正常な状態とは程遠い。だが、それを監視する特殊戦機はその両方から敵と見られているらしい。おまけに本物のジャムまで集まりだした。FAF機はそのジャムに手を出そうとはしない。その存在が見えていないのか、それとも味方と表示されているのか。いずれにせよ、そのただ中を飛ぶ特殊戦機は孤立無援の状態であった。更に各FAF基地からフェアリイ基地へ向けて攻撃隊が飛び上がっているとの報告も出てきた。傍受した無線内容から、フェアリイ基地がジャムの新兵器である目に見えない怪物に襲われて制圧されたといった情報が飛び交っているようだ。そして、フェアリイ基地の戦闘機隊はその攻撃隊を敵と認識して迎撃戦を始める様相である。このような状況である為、前線付近に展開した特殊戦の各隊はどれも情報収集と自己を守るべく電子戦を開始。無線通信を遮断した。一気に通信は静まりかえる。そして、一人の声が響く。
「鬱憤晴らしみたいに見えてきたな。他所の連中がたまりにたまった特殊戦への恨みつらみをぶつけているようなもんだ…FAFどころかジャムからも、だな」
「零、来たか。遅かったな」
「せっかくだ。じっくり自分の顔を見ながら髭を剃っていた。初めていい鏡が欲しくなったよ」
「状況は聞いたな。とても飛べそうにない」
「いや、雪風と飛ぶ」
「無理だ。この状況下だと滑走路に入った瞬間、被弾して吹っ飛ぶかもしれないぞ。お前達は特殊戦の切り札なんだ。無茶はさせられない」
「だからだよ。俺達が飛ばないと状況は動かない。ジャムは俺と雪風を待っているんだから」
「何かの主人公にでもなったつもりか?」
「主人公…そいつは面白い表現だ。だが、それが似合いそうなやつは他にいるだろう、ジャック。いつもクールを装ったアイツが。まあいいさ、俺はやりたい事をやりにいくだけだ」
「まるで格好つけているように見えるぞ。何をする気だ?」
「特殊戦の意思を知る者を誰でもいいから生き残らせる。一人でもいい。一人でも生き残れば先に続くから俺達の勝ちだ」
そして、フォス大尉が発言する。ジャムは雪風を待っているという考えは案外その通りかもしれないと、そう言ったところで無線が更に飛び込む。
「B-7、ランヴァボンから司令センターへ。ジャムやFAF機と交戦中、余裕がないので増槽を投棄する。このままだと燃料不足になる。補給ポイントを指示してくれ」
「B-7、TAB-16に降りろ。そして、地上の人間に直接補給要請を出せ。いいか、基地のコンピュータは信用するな。状況を纏めたデータを送る。参考にしろ」
「了解。これは報告だが、戦闘中に他の二機とはぐれた。応答も無いし、見当たらない。通信状況やデータリンクの状態を確認する余裕がない。最悪の事態に備えてくれ。これからジャミングを開始する。通信不能になるのでよろしく」
「了解、幸運を」
行方不明機が出たという悪い知らせに司令センターの空気は沈む。カーミラからもFAF機同士の空戦が発生している一報が届く。まるでフェアリイ基地と他の基地とで戦争しているような有様であった。その状況にSSCが状況を考察する。
<SSC:FAFの各コンピュータがクーデターという今までにない事態に混乱していると思われる。そして、クーデターの発生源であるフェアリイ基地を他の基地コンピュータは敵と判断。一方、フェアリイ基地のコンピュータは自衛の為に他の基地を敵と判断しているという考え方もできる。FAFの人間達はコンピュータのその判断に巻き込まれて戦闘せざるを得ない状況に追い込まれている。彼らの判断材料は恐らく少ない。コンピュータの判断を飲み込むしかないだろう。それにジャムだけでなく、インキュベーターという宇宙生命体の存在も各コンピュータにとっては負荷の原因となっているだろう。大部分のFAFコンピュータがあの不可視の生命体を重大な脅威と判定していると思われる。それが混乱に乗じて何かしてくると警戒を更に高めている。よって、かなりのリソースを注ぎ込んで警戒と対処を実施しているに違いない>
それを聞いたリンネベルグ少将は典型的なパニックの起こし方だと言った。デマや噂を飛ばし、どれが真実か分からないようにする。そして、かねてからの疑念や不満を使って騒動をうまく誘導する。この方法に人間だけでなく、コンピュータも引っかかったのだ。こうなると、必要なのはとにかく正確な情報だ。SSCもSTCも特殊戦機からの目視による観測情報を欲していた。特殊戦コンピュータにとって、それしか味方と敵を確実に見分ける術がないのである。そして、クーリィ准将は決断した。
「雪風を出す。カーミラ隊に下命、フェアリイ基地内の他部隊機を牽制。雪風をなんとしても守り抜け。邪魔する機は撃破せよ」
「飛ばす気ですか!?この状況下で?」
ブッカー少佐は敵だらけのスクリーンを睨みながら言った。
「もちろん飛ばす気よ、少佐。深井大尉、目視にて敵味方を判別。リアルタイムでその情報を司令センターに送れ」
「了解。ジャック、腕時計は借りていくよ。なに、心配するな。いつも通りだ、必ず帰還せよ…その命令通りに飛んでから返してやるよ」
そう言って、零は司令センターを出て行った。彼は格納庫へと向かう、待っているのは愛機である雪風。その周りで整備員達が忙しなく作業を行っている、普段と違うのは銃器で警戒する隊員の姿がある事だ。そして、何故かフォス大尉までいる。
「エディス、何をしに来た」
「あなたの精神状態を診に来ただけ」
「このまま乗る気じゃあるまいな」
「そっちの方が生き残れそうな気がするわね。でも、准将に駄目だと言われた」
「確かに、俺も雪風の方が安全だと思う」
「むしろ安心と言った方が適切かしら。でも、私は乗らない方がいいわ。あなたと雪風にとっては、私がいたら邪魔に感じかねない」
「フムン、あんたは本当に腕が良い医者だ。俺は未だに気に入らないと感じているからな。機内で口喧嘩なんてしたら雪風も不快かもしれない」
「でしょうね」
零はラダーを登って、コクピットに乗り込む。ディスプレイを操作して、各種点検内容を確認する。そして、コクピットから顔を出してフォス大尉に質問を投げた。
「飛ぶ前に一つ質問。エディスの言っていた複合生命体に関してだ…俺と雪風がお互いを別の個体と認識しながらも、互いに相手を自分の一部のように感じることができる。この状態を構築する根本的な要因はなんだ?」
「極普遍的なものよ。文学的に表すなら日常的によく聞くようなぐらいの単語」
「ほう、それはなんだろうな」
フォス大尉はラダーをよじ登って雪風のコクピットに近づく。そして、問いに答えた。
「恥ずかしいからあんまり言いたくはない。でも、言いましょう…愛よ。あなた、質問する前に自分でおおよそ目星をつけていたでしょう。恥ずかしいから他人に代弁させたかったと見たわ」
「ばれたか、その通り。だが、単純すぎて笑ってしまう」
「機械には縁がなさそうな概念だものね。まあ、愛と言っても色々あるわ。ベースとなるのはきっと信頼だけど」
「その概念が深い信頼なのか愛なのかはまだ議論の余地がありそうだ。哲学か精神医学で解釈は分かれるだろうが、俺には断言できん。どうも曖昧だ」
「ジャムは愛を知らないからこそ、あなた達の関係を理解できないのよ」
「あいつらには持ってほしくない感情だ。見方によって愛は執着でもあるし、悲劇を生む要因にもなる。一方的ならなおさらだ」
「愛憎、表裏一体ね。その念を持って執着されるよりは今の方がましか」
「そういうこと。じゃあ、行ってくる。そうだ、ほむらの所に顔でも出しておけよ。アイツは神経質だ」
「よく知ってる。あの子達に差し入れでも持っていくわ」
「あと、この腕時計をジャックに返しておいてくれ。グッドラック、エディス」
出撃準備を整えた零はフォス大尉に腕時計を投げ渡すと、キャノピーを閉める。借り物は返しそびれる前に返しておく事にした。降りる先がこの基地とは限らないからだ。整備員が機体や武装の安全ピンを引き抜く。そして、機体は動き出し、格納庫から出ていく。外は騒がしい、これではブッカー少佐の言っていた通りに地上で爆散しても不思議ではない。すぐに離陸しないと危ない。
「こちらB-1、雪風。離陸する」
そして、カーミラ隊の援護を受けながら雪風は飛び上がる。
混沌渦巻く妖精の空を目指して。
そして、戦いは始まった。
ジャムはどう動くか、FAFの人間や機械達はそれに対してどう動いていくのか。
そして、魔法少女はこの渦中をどう切り抜けていくのか。
・次回から原作アンブロークンアローの範囲に入ります。ほむら視点が中心になると思います。次回更新をお楽しみに。
さあ、アンブロークンアローを読んで予習しよう!