妖精空間漂流記【完結】   作:ひえん

17 / 31
ジャムの罠

 雪風が離陸した。

 

 その知らせをほむらは端末を見て知った。深井大尉は尋常でない戦況にも臆する事無く、戦場へと飛んだのだ。ブッカー少佐…いや、この場合だとクーリィ准将が決断したのであろう。正しく、特殊戦の全戦力が投入されたのである。そして、雪風は十分な速度と高度を得ると即座にミッションを開始する。深井大尉の目視確認と雪風に搭載された各センサを活用し、フェアリイ基地周辺の飛行物体を識別、不明機が敵か味方かを判別していく。少なくとも、端末上ではそのように表示されている。雪風や各戦隊機が確認した索敵情報が司令センターに送られ、それをSTCや各オペレータがデータとして出力していくといった作業が続いているのである。ほむらは端末の画面でそれを見つつ、イヤホンで無線を聞く。しかし、背後が少し騒がしい。ベッドで寝ていた4人が起きてきたのである。そして、既に起床しているほむらに杏子が聞く。

 

「どうした、ほむら。やけに早いな」

「もう戦闘が始まったのよ」

「なんだって?ここはずいぶん静かなのに」

「地下深くだから、空中や地上の騒ぎなんて届きもしないわ。届いたら大事よ」

「それもそうだな。しかし、できる事と言ったらこの騒ぎが過ぎるのをただ待つだけか…」

「ええ、それしかないわね」

 

 マミはとりあえずと、朝食の支度を始めた。この状況下では今のうちに食べておいた方がよさそうだ。ほむらがそう考えた所でイヤホンに深井大尉の無線が飛び込んできた。

 

「こちらB-1、雪風。ジャック、聞こえるか」

「聞こえるぞ。零、何かあったか?」

「この前のジャムを見つけた。雪風を誘い込んだやつだ」

 

 不可知戦域に誘い込んだジャム。それを聞いたほむらの脳裏に、ジャムが再現したとされるあの見滝原の映像が浮かぶ。一方、オペレータからの無線が更に続く。

 

「雪風の前方、約200キロ下方に不明機。雪風から識別情報。目標はジャムのタイプ7、戦闘攻撃型派生の電子索敵機と思しきタイプだ。B-1へ、こいつがFAF機に幻覚を見せているに違いない。動きは鈍い、中射程AAMで対処可能な筈だ」

「零、逃がすな。念の為だ、AAM二発で仕留めろ」

 

 すると、深井大尉は司令センターに対して返事を飛ばす。だが、それは少し変わった内容だった。

 

「なあ、ジャック。ちょっとやってみたい事があるんだ、今から実行する…雪風からカーミラ、チュンヤン、ズークへ。密集ダイヤモンド体形で編隊を組む。我に続け、遅れるな。目標に接近後、雪風にフライトコントロールを預けろ。タイミングはこちらで指示する」

 

 それを聞き、状況をモニタしていたエーコ中尉が叫ぶ。

 

「深井大尉、何をする気だ。ここでそいつを逃がしては…」

「待て、中尉。これは…あいつはジャムを捕まえるつもりだ」

「少佐、本当ですか?無茶では…」

 

 

 

 ほむらはそれを聞いて耳を疑った。そして、ついうっかりと口に出す。

 

「ジャムを…捕まえるですって?」

 

 フェリシアはそれを聞き逃さなかった。

 

「おい、ほむら。一人で聞くなんてずるいぞ、外はどうなってんだ」

「聞いても面白くないわ。空の上は地獄絵図よ。それにこの端末はイヤホン外すと音が出ないから仕方ないわよ」

「じゃあ、ちょっとだけ聞かせてくれよ」

「悲鳴や断末魔が聞こえてきても知らないわよ」

 

 断っても諦めそうにない。ほむらはイヤホンを外して、フェリシアに渡した。だが、そこで異常が起こる。

 

「なんだ?いきなり音が止まったぞ」

 

 フェリシアが首を傾げる。ほむらは何が起きたのかと端末の画面を見る。すると、そこにはこう書かれていた。

 

<機密情報により、閲覧権限を持つ者のみアクセス可>

 

 それを見てほむらは反射的に周囲を見回した。特殊戦のコンピュータはこの端末が何者に使用されているのかお見通しのようだ。だが、机に端末を置いた状態であり、端末に付いているカメラのレンズは机に密着した状態である。この状態でイヤホンの使用者を把握するのは不可能だろう。では、監視カメラか?室内を一見すると、警備用の赤外線感知式人感センサぐらいしか見当たらない。もしかすると、見えない位置にカメラがあるのかもしれない。だが、そう考えるとあまり気分のいいものではない。相手が機械とはいえ、監視されているようなものであるからだ。

 フェリシアが諦めてイヤホンを放り投げる。そして、ほむらがそれを拾った途端、端末の警告表示は消えた。それを見て、何らかの方法で使用者を把握している事に確信を得た。そして、朝食であるトーストの焼き上がる匂いが漂ってきた。食欲が刺激される。フェリシアの興味はそちらに移ったらしく、特に何も言ってくる様子は無い。そして、イヤホンを付け直す。だが、そこから聞こえてくる無線の話題は既に別のものになっていた。

 

「こちらB-11、レイフのフライトシステムを復旧させた。だが、爆発の影響を受けたせいか、作戦行動のデータが飛んだらしい。作戦行動入力要請を出してきた。だが、このまま自律制御で戦闘空域を飛ばすのは危険であると思われる。この状況下では敵味方の区別が付いているか分からない」

 

 バンシーⅣの爆発に巻き込まれて行方知れずであったレイフが発見され、再起動に成功したという知らせであった。しかし、状態は良くない。

 

「司令部クーリィ准将からB-11、レイフのメモリを調べろ。問題無ければ即時帰投命令を入力しろ。なお、レイフには戦闘を回避させて即時帰還するように命令を出す事。そして、B-11と12…あなた方はレイフを監視しながら共に帰還するように。そして、最初の命令通りに必ず帰還せよ。手段は問わない」

「B-11、了解」

「それと…現在、深井大尉達が包囲しようとしているジャムには手を出すな。捕獲作戦を実施中」

「ジャムを捕獲だって?」

「その通り。詳細はデータリンクで送る」

「了解した。B-11、RTB」

 

 そして、それに続いて司令センター内の報告が聞こえてくる…特殊戦戦隊機の全機無事を確認。その一言を聞いた途端、安心感が湧いてくる。端末に表示される情報でも状況は改善しつつあった。だんだんと敵や不明機の反応が減り、味方機の表示が増えていくのである。目視確認情報が反映された結果だ。そして、状況を知らせる文字情報も共に表示される。ただ、専門的な用語が多数並んでおり、特殊戦の各機が何をやったのかまでは具体的にうまく理解できない。しかし、おおよその内容を読み解くと、特殊戦機の作戦行動は正に効果的であったとの事である。そして、詳細についてはこの後聞こえてきたブッカー少佐とエーコ中尉の会話でおおよその様子を掴む事ができた。この端末はこちらが理解できるように情報を追加してくるようだ、面倒見のいいコンピュータである。しかし、この端末の情報管理をやっているのは雪風やSTCではない気がする。これは確証もなく、直感的ではあるが。

 

「スーパーシルフが自衛の為に使ったECMで味方機のレーダーとIFF、通信がほぼ麻痺したのが予想外の方向でうまく効いたな。味方機も目視確認せざるを得なくなって、そこでやっと同士討ちに気付いたようだ」

「そこまで至らずにミサイル浴びて壊滅した部隊も多々ありますがね。ジャムもどさくさ紛れに撃ってくるし。どうも、反乱側に付いたのか、混乱しているのか分かりませんが…フェアリイ基地を攻撃目標に設定した複数の攻撃隊は未だ健在。命令変更の様子もない」

「困ったもんだ。ロンバート大佐が起こした基地内の混乱も続いていてどの程度の被害が出たのかも分からないのに。この分だとFAFの航空戦力は半分以上消えて無くなるぞ。そして、SSCの報告を見る限り、他部隊の各コンピュータも好き勝手に何かしている気配もある…」

 

 それに対してフォス大尉は言う。

 

「でも、特殊戦は負けていない」

「その通り。我々はやるべき事をやるだけだ」

 

 そして、クーリィ准将はフォス大尉に言う。

 

「フォス大尉、今の状況をMAcProⅡに入力。ジャムが我々の捕獲行動に従うとした場合、相手の目的が何であるかを解析するように」

「懐に忍び込んで情報を得る…でしょうか。雪風がやったように。特殊戦内にあるジャムの欲しがる情報といえば…そう、例えば」

「大尉、あなたの個人的な考えは不要よ。解析結果をすぐに出して」

「了解」

 

 この会話を聞き終えたところで、机にトーストの載った皿が置かれる。ピーナッツバターの瓶がお供に付いてきた。さながスープの入ったカップを運んでくる。さて、朝食にしよう。彼女達を安心させなければなるまい。しかし、ほむら自身には不安が過る。最後の会話でフォス大尉が言っていた事が引っかかるのである。もしも、ジャムが着陸してきたら…興味を持つ存在である自分や深井大尉に何かしてくるのではないか、そんな考えが浮かんだのだ。

 

「…何事も無ければいいのだけれど」

「ん、どうした。食わないのか?」

「いいえ、何も。冷める前に食べましょうか」

「ああ、そうしよう」

 

 

 

 ほむらが朝食を食べている頃、フォス大尉はパーソナルコンピュータを起動する。MAcProⅡにデータを入力し、解析作業を実施する為だ。そして、起動するまでの待ち時間に入力内容の精査等、準備を進めている。なお、この作業内容は他のコンピュータから見る事は不可能である。何故なら完全にネットワークと切り離した状態にあるからだ。このコンピュータには必要なデータ類を全て入力済、オフライン環境下でもMAcProⅡを使用するのに不自由がない状態となっている。完全なオフラインというFAF内でも異例な状態でコンピュータを使用する理由、それはフォス大尉の解析結果をジャムに探られないようにする為だ。その為に今まで使っていた特殊戦共有ネットワーク内に構築してあったフォス大尉の仮想コンピュータのデータを、ソフトどころか該当するメモリ類まで全て物理的に破棄する程の徹底ぶりである。ここまでする程、フォス大尉とMAcProⅡの予測は特殊戦内で重要視されていた。現に、予測はこの戦闘でも役立っている。ジャムが偽情報を活用してシステムに負荷をかけてくる…この予測はおおよそ当たり、STCやSSCは大量の敵影という膨大な情報の存在を疑う事ができたのだ。

 そして、フォス大尉は起動したパーソナルコンピュータにデータを入力する。しかし、以前出た一つの解析結果がフォス大尉の心の内に引っかかっていた。それは「ジャムは可能であれば人間に対しても欺瞞を行いたいと考えている」といった内容だ。それは今回FAF機に行ったIFF情報の欺瞞であろうか?しかし、どうにも納得がいかない。この解析結果を以前ブッカー少佐に報告した時、彼はこう考えたのだ。「ジャムがその手段を取る場合、ミステリー小説のように小道具なんかのトリックを仕掛けて、錯覚を見せてくるかもしれない」と。今回の場合、欺瞞情報で錯覚を見せた相手は機械である。MAcProⅡの予測とは差異がある。もし、ジャムが人間相手の欺瞞を仕掛けてくるとしたら…そして、ブッカー少佐の言う内容通りに事が進んでいるとすれば…そのトリックの道具は既に仕掛けられているのかもしれない。今現在、そのような怪しげな存在は、そこまで考えて気が付いた。そうだ、深井大尉が捕まえようとしているジャムがいるではないか、と。この思いついた仮説を加味して入力データを用意した方がよさそうだ。MAcProⅡがこの仮説にどのような予測を出すか、悪い方の結果が出れば大事になりかねない。捕獲作戦の是非に関わる。そんな事を考えていると、背後から声をかけられた。声の主はリンネベルグ少将だ。

 

「どのようにジャムの行動予測をするのか、見てもいいかね?」

「申し訳ありませんが今はちょっと」

 

 そう言いかけた所で、リンネベルグ少将の背後に立っていたクーリィ准将の秘書官が少将に小声でささやいた。

 

「彼は警護役だと思ったが、蓋を開けたら監視役だったようだ。解析作業を見たら暫く情報軍に帰れなくなると言うとは」

 

 秘書官はそう言われても動じる気配は無く、無表情である。フォス大尉はリンネベルグ少将に質問を投げかけた。

 

「反乱軍の鎮圧は終わりましたか?」

「分からん、向こうからの通信はこちらには届かない。特殊戦の電子攻撃によって、アクセス不能になっている。こちらから送った音声通信がちゃんと届いたかの確証もない」

「特殊戦の機材を疑っているとでも?」

「確証が無いと言っただけだ」

「では、外に出て部下の様子を見てきたらどうです?そうすれば確証を得られるでしょう」

「それが確実だ。だが、こんな老人が戦場に行っても仕方ない。それに、特殊戦に興味があるからまだ残るつもりだよ」

「あなたは…まさか、桂城少尉を偵察に送ったのですか?」

 

 いつの間にか、彼の姿が消えている事に気が付いた。

 

「私は彼に即時着任命令を出しただけだよ。着任したら報告するようにとも言ってある」

「通信不能では…伝令や伝書鳩でも使うと?」

「彼はロンバート大佐の部下だった男だ。他の方法を用意するだろう。彼は郵便屋に知り合いでもいるのかね、それとも鳩の飼育でも?」

「彼はそういうものは飼っていません。それに、彼は誰かに飼われている自覚もない」

「それはどういう意味なんだね?」

 

 リンネベルグ少将はこちらを煽って行動予測をさせようとしている。フォス大尉は会話の中でそう考え始めた。厄介だ、むしろこの老人をMAcProⅡで解析したい程である。だが、そんな事にMAcProⅡを使う訳にもいかない。そして、フォス大尉は言った。

 

「彼は今、自分の興味でロンバート大佐に会いに行った。あなたの命令を受けて動いているとは言い難い状態です。その為、報告しようとするならば、特殊戦の電子妨害をすり抜けたり、伝令を走らせたりする手段は選ばないでしょう。自分で見たもの聞いたものを直接ここに報告しにやって来る。これが私の予想する彼の行動です。では、任務があるのでこれで」

 

 そして、一方的に会話を打ち切ると、起動したMAcProⅡにデータを打ち込む。ジャムがこの捕獲作戦にどう動くか。それを予測する為に。

 無線からは深井大尉が言葉を必死で選びながらジャムに呼びかけを行っている。それを聞いて笑いそうになる。あの深井大尉がどんな顔をしながらそんな事を言っているのか、そんな考えが過ったのだ。そして、雪風率いる編隊は他のジャムの接近を阻止しながらフェアリイ基地へと向かっている。いや、捕獲対象のジャム機が他のジャムを排除したと言った方が正しいかもしれない。それらは雪風の放ったミサイルが命中する前に爆発したのだ、自爆かもしれない。

 まもなく、基地上空。着陸準備に入る段階だ。MAcProⅡに質問を入力する。

 

 ジャムはこの後、特殊戦の帰順命令に従って着陸するか?

 

<不明>

 

 何故か?判断に必要なデータが足りないのか?

 

<帰順はしない可能性が大。だが、着陸するかどうかは判断できない>

 

 MAcProⅡの回答が曖昧な為、質問の内容を変える…ジャムは自分が捕獲されようとしている事を理解しているのか?

 

<理解していると予想>

 

 それに対してどのような考えを持っていると予想できるか?

 

<狙い通りの展開だと考えている可能性が高い>

 

 それは、ジャムがこうなると予想していたと?

 

<していたと思われる。その為、深井大尉に因縁のあるあのジャム機を用意したとも考える事が可能だ>

 

 つまり、これはジャムが仕掛けた罠か?

 

<その可能性は否定できない。その場合、こちらの命令には従わないだろう>

 

 ジャムの狙いは?

 

<深井大尉と雪風の分離である可能性が高い。どのような手段かは不明であるが、対象のジャム機を使用する可能性がある>

 

 その場合の脅威度はどの程度か?

 

<最大の脅威と判定。特殊戦がジャムの支配下になる可能性がある。そして、ジャムはその騒ぎに紛れて自分達が得たいと考えているものを確保しようとするだろう>

 

 その回答結果を見た途端、フォス大尉は反射的に叫んでいた。

 

「中止!捕獲作戦は中止!!准将、深井大尉にジャムから離れるように伝えてください」

 

 フォス大尉はそこまで叫んでスクリーンを見た瞬間、言葉を失った。

 

 

 

 朝食を食べ終えたほむらがイヤホンを付け直した時である、フォス大尉の叫び声が聞こえた。そして、端末の画面には滑走路に降り立とうとする見慣れぬ機体…ジャム機とそれを取り囲む特殊戦機が映る、雪風はジャムの後方上空に陣取っている。これは滑走路を映す監視カメラの映像だ。フォス大尉の中止要請に猛烈な危機感を覚えながら画面を見ると、ジャム機と雪風の距離が近づいていく。まるでスローモーションのようにその流れが見える。そして、ジャム機が下から雪風へぶつかるように近づき、重なった瞬間である。ほむらの視界は暗転した。

 そして、杏子が悲鳴のような勢いで叫ぶ。

 

 

「ほむらが…消えた!?」

「え?嘘…何が起きたの」

「私にはさっぱり…それが、本当に一瞬でいなくなってしまって」

「クソッ、扉が開かない!どうなってやがる」

 

 まさか、これはジャムの仕業?

 

 室内の4人がその結論を導き出すまでに大して時間はかからなかった。

 

 

 

 一方、司令センター内も騒然としていた。ジャムが雪風にぶつかった、スクリーンの映像を見ていた皆がそう思った。だが、次の瞬間にはジャム機はそのまま何事もなく滑走路に着陸していた。

 

 問題はそれだけではない、雪風が跡形もなく消えていたのである。




ジャムがフェアリイ基地に降り立った。
そして、それと同時に奇妙な現象が発生する。

はたして、ジャムは何を狙っているのか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。