妖精空間漂流記【完結】   作:ひえん

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今回、独自解釈を多分に含みます。その点をご留意いただけると幸いです。


幻影空間

 そこは一面の地獄絵図だった。人々が折り重なるように倒れている。大多数は既に事切れている状態だ。しかし、一部の人は致命的な傷を受けているものの、まだ息がある。そのうちの一人は消え去りそうな意識の中、視界に入った白い物体へと呻きながら手を伸ばす。

 

「助けて…」

「ごめんね。君には僕が見えるみたいだけど、僕には君に何もしてあげる事ができない」

 

 そして、その言葉を発した白い生命体…インキュベーターはその場を離れるべく動き出す。どうしてこのような事態になったのか。こうなっては他の個体と合流して一刻も早く地球に脱出、これまでの情報を送って深く検討する必要がある。その為にもこの危険な状況から脱出せねば…しかし、連絡の取れない個体が次々と増えていく。このFAFで何が起こっているのか、全てはジャムの仕業なのか?

 しかし、そのインキュベーターはそう考えた所で意識が途絶えた。その理由はインキュベーターの体に多数の機銃弾が叩き込まれたからである。

 

 機械の目はその残骸をただ見つめていた。

 

<destroyed the target...>

 

 

 

 暁美ほむらは目を覚ます。ここはどこだ?記憶に靄が掛かったような状態だ。何が起きて今まで寝ていたのか、それが思い出せない。

 

「暁美さん、大丈夫?」

「え、ええ…なんとか」

 

 目の前の巴マミの言葉を聞いて、曖昧な返事を返しながら周りを見回す。近くにはまどか等、いつもの仲間達が周囲を警戒するように立っている。こちらに背を向けている為、彼女たちの顔は見えない。しかし、なんとも気味の悪い空間だ。背景は歪み、あちこちに大量の家電のようなガラクタが転がっている。すると、頭の中で状況を問いかける声が響く。自分の意識はまだ朦朧としている為、状況整理の為に自然と自問自答を始めているのだろうか?

 

 

 

 自分は誰か?

 

 私は暁美ほむら。それは間違いない。

 

 ここはどこか?

 

 ここは…魔女の結界かしら。記憶が曖昧で確証はない。しかし、奇妙な声だ。何故こんなしょうもない質問を自分に聞いているのだろう。この思考に疑問は出るが、自問と思しき声は止まらない。

 

 では、自分が今持っている力はどうやって得たのか?

 

 この力?それは…と、この自問に答えようと考えた所で、ガラクタの山に転がる古ぼけたブラウン管ディスプレイが目についた。何故かそれがやけに気になる。すると、それに突然電源が入った。そして、画面が数度点滅した後、緑色の文字で文章が表示される。

 

<what is the picture?>

 

 この画面の一文は何が言いたいのか。ピクチャー…写真?いや、状況か…つまり、意味は「現在の戦況は?」であろう。これは軍用の航空無線で使うような文章だ、何故か専門的な英文の意味がすらりと思い浮かぶ。そして、画面の表示が変わる。

 

<where are you now?>

 

 今度は実にシンプルな文面だ。「今どこにいるか?」それは魔女の結界に…そう思った瞬間である。画面の表示が更に切り替わる。

 

<...SAF B-1 YUKIKAZE>

 

 この一連の文章の発信者は…そう、特殊戦1番機、雪風。

 

 文章の意味を理解した途端、意識がはっきりする。そして、ハッと目を開く。すると、目の前の風景は一変していた。魔女の結界など存在していない、ここはどこかの通路らしい。一本道の前後には誰もいない。気を失う前の記憶もはっきり思い出す。

 ここはフェアリイ基地のどこかである事は間違いないだろう。しかし、自分は特殊戦の区画内にいたはずだ。何故こんな違う場所で倒れていたのか。そして、先ほどの光景は夢?いや、あんな事があった直後だ。あれはジャムが見せた幻影かもしれない。そう考えると、あの頭の中で響いた声の正体は…そんな想像で思わず肝が冷える。そして、この状況が全てジャムの仕業であるなら事態は最悪だ。手元にあるのは特殊戦のマークが描かれた帽子とあの端末がただ一つ、他には武器も通信機器もない。そして、端末の状態はオフラインと表示されており、孤立無援である。今の服装は何かあった時に動きやすいようにと着ていたFAFの作業着だ、ポケットは空っぽ。視線の先に広がる通路は薄暗い。そして、靄がかかっているような感じで空間がどこかぼんやりとしている。そして、突如声をかけられた。

 

「やあ、起きたのかい?暁美ほむら」

「これはあなたの仕業?」

「おっと、ここからは声を使わずに話してほしい。ここまで魔法少女について色々知っているんだ、できるだろう?他に盗み聞きされて状態を悪化させたくない」

「仕方ないわね」

 

 インキュベーターがそこにいた。

 

「君に何があったかは知らないよ。君が倒れていたのを見かけてこの通路に入った。そしたら、この通路から出られなくなったんだ」

「出られない?」

「その靄の向こうに行っても意味がない。元の場所に戻ってしまう」

 

 ほむらは帽子を被り直して通路の先を見る。確かにある程度の距離以降は靄がかかって何も見えない。

 

「それは、閉じ込められたという事ね」

「君を閉じ込める為に作られた檻のような空間と言えるね。そして、この空間は何もかもが曖昧だ」

「曖昧?」

「そう。あらゆる物が未確定な状態で存在している。君も含めてね」

「未確定とはどういう意味かしら?」

 

 インキュベーターはなんとも分かりにくい言葉で状況を説明し始めた。

 

「一つ、例え話をしようか。道に石が落ちているとする。その石は一秒後に静止したままの状態でいるかどうか?周りには石に干渉しそうな物体は無いとする」

「何もぶつからないのならば動かないでしょう」

「普通に考えたらそうだね。だが、もしかすると万に一つの可能性として、タイミングよく地面が大きく揺れて石が動くかもしれない。それを完全に否定する事は不可能だ、どんなに小さい可能性でも存在している事は確かなのだから」

「そうね。そう考えてみると一秒たって前提条件が終わってみるまで確定はしないわ。でも、それと現状がどう関係するの?」

「可能性は無数と言えるって事さ。そして、この空間はその選択肢が多数重なって存在しているような状態だ。だが、この場の観測者はジャムだけという条件がある。ジャムは前後の辻褄さえ合わせれば、この場の物体をどの可能性の結果にも操作して変える事ができるとも考えられるんだよ。つまり、君を誘導し、都合のいい状態にすることもできたはずだ」

「それはつまり…ジャムにさらわれそうになっていたかもしれない、と?」

 

 インキュベーターの考察を聞いて、ほむらは内心で愕然とする。そして、インキュベーターは更に考察を続けていた。

 

「ああ、そうさ。君はジャムにさらわれかけていたと考えるのが自然だね。だが、ジャムの仕掛けた条件は崩壊したよ。僕がこの場に入ったから観測者の数が増えた。その為、都合のいい辻褄合わせができなくなったんだ」

「あなたに救われるとはね」

「偶然さ。しかし、何故こうなったのかは分からない。それに、何故人間と人間が戦闘しているんだ?」

「助けてくれたついでに教えてあげるわ。ジャムの側についた人間が出たのよ」

「人間がジャムの味方に?訳が分からないよ。価値観すら不明な相手の味方になるメリットなんて全く見当たらない。その人物は何者だい?」

「情報軍のロンバート大佐。私にもその人物が何を考えているのかはさっぱりよ。もっとも、数十年考えても理解できないでしょうけど」

 

 それを聞いたインキュベーターは考え込んだ。

 

「情報軍か、ノーマークだった。ジャムと直接戦わない部署は大した変化を起こさないだろうという検証結果だったはずなのに」

「つまり、直接ジャムと向き合う戦闘部隊であったから特殊戦に興味を持っていたと」

「その通りだよ。実際、深井零という興味深い人物を知る事もできた」

「何故、深井大尉が興味深いの?」

「彼ほど大きく人格が変わった人間は稀だ。あの事象を詳しく調べて、自在に似た事象を起こす事ができればエネルギー回収の術が大きく広がるかもしれない」

「結局はそれなのね」

「いや、これが案外大きな変化になるかもしれない。これによって魔法少女も魔女も必要なくなるかもしれないよ。普通の人間に謝礼を渡して感情変化させるだけで済めば、大きく事態は変わるだろう。犠牲を出す事が無くなるかもしれない」

「人間を使う事に変わりはないわけね」

「それは仕方ない。こんなに感情が大きいのは人間ぐらいなのだから」

 

 ほむらはため息をついた。すると、インキュベーターは言った。

 

「こちらもこの事態を打開できるかもしれない案を一つ提示しよう。色々教えてもらったからお礼代わりだよ」

「案?何かあるの」

「ああ、暁美ほむら。君が“願ってみる”という手だ」

「願う?契約する気はないわよ」

「安心して、君がとにかく嫌う契約ではないよ。ただ、望みを願って求めてみるというだけだ。君ぐらい力がある人物がこのあやふやな空間で強く願ってみれば、何らかの可能性を自ら掴み取って実現できるかもしれない、というだけさ。特に君はワルプルギスの夜まで引き付ける程の力があるんだから」

「願ってみる、ねえ…」

 

 「願う」というのは言うだけなら簡単だ。だが、何を願えばいいというのだ。そこの要領がさっぱり掴めない。だが…とりあえず、やるだけやってみよう。この程度ならやるだけタダなのだから。

 

 まずはシンプルに、この状況を脱する力が欲しい…と念じてみる。すると、早々と変化があった、紫色の光が眼前で輝きだしたのだ。驚きと眩しさのあまりに目を瞑る。そして、インキュベーターはほむらが紫色の光にのみ込まれるその一部始終をはたから見て、こう言った。

 

「この感じは…魔女の結界?いや、違う。まさか、巨大なソウルジェムの殻か…それとも、グリーフシード?いや、どれも違うか…暁美ほむら、君といると本当に飽きないね。こんなものは見たことがないよ」

 

 眩しさが収まった、ほむらは目を開く。眼前の空間は一変していた。先ほど見ていた幻影とも違う、ただ、どす黒い壁に覆われた空間がそこにはあった。そして、目の前には大きな鏡が一つ。それ以外には何もない。魔女の結界に閉じ込められたか?それとも、ジャムの不可知戦域か?そんな事を考えていると声が響いた。聞き覚えのある声だ。

 

「あら、妙な声が聞こえて覗いてみれば…あなたはどこの時間軸の私かしら?」

 

 鏡の向こうには自分がいた。しかし、その様子は大きく異なる。真っ黒なドレス、作ったような不自然な笑み。そして、その不自然な笑みからは怪しげな雰囲気が漂う。

 

 これは本当に自分と同じ存在なのか?これは魔女となってしまった自分か?それとも、これがジャム人間か?ほむらの脳裏には警戒感と共にそんな考えが過っていた。

 




見知らぬ空間。そして、そこにいたのはインキュベーター。
はたして、ほむらは特殊戦に帰還する事ができるのか。
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