妖精空間漂流記【完結】   作:ひえん

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魔が集う空間

 鏡の向こうには自分がいた。

 別の世界の自分に会うなんて経験は初めてだった。そして、話しかけられた以上、返事を返す。

 

「どうも、初めまして。別の世界の私」

「ずいぶんと奇妙な恰好をしているのね。どこかの工場にでも務めているのかしら?」

「まあ、そんなところよ。ちょっと奇妙な状況だけど」

「そう…いや、待ちなさい。あなた、人間のままなの?」

「ええ、いつも通りに目が覚めたら記憶はそのままで人間のままだったわ」

 

 へえ、と鏡の中の自分が言う。面白そうだ、と先ほどとは違うニヤリとした笑みを浮かべて。

 

「…なるほど。大方、魔女か魔獣にでも襲われて、不安定な結界の中で助けでも求めたのね。それなら、あなたの声が聞こえた辻褄が合う。それに同じ自分だからこそ簡単にそちらの気配を辿れたのかしら。それにしても、こんな状態の空間は初めて見るわ…これは面白そうね」

 

 鏡の向こうの自分は勝手に話を進めて自分で納得している。彼女の仮定は実際とかなり違うが、余計な事は言わないようにしておこう。そして、彼女の言う魔獣とはなんだ?

 

「で、あの声を飛ばそうと考えたのはあなた?」

「いいえ、インキュベーターよ」

「珍しい、奇妙ね。実に奇妙。魔女が相手ならば真っ先に契約を迫るでしょうに」

「そんな余裕がなかったのよ。事態は特殊なのよ」

「へえ」

 

 まあ、いいわ。と鏡の向こうの彼女は言って、こちらをじっと見つめてきた。

 

「私があなたに直接力を貸す事はできないわ。できる事ならそっちの世界に乗り込んで戦ってあげるのだけど」

「インキュベーターには願って可能性を掴めと言われたわ」

「そう。なるほど、そういう事か…それならヒントをあげましょう」

「ヒント?何かしら」

「あなたが求める力の明確なイメージよ。いつも使っていた魔法少女の力。じゃあ、イメージを送っておくわ。これを求めれば、その空間限定の疑似的な魔法少女になれるでしょうから」

 

 脳内にテレパシーのようなものが送り付けられてくる。暫し忘れていたあの感覚、どこか懐かしくも恨めしい、そんな力。できる事ならこのまま忘れていたかった。

 

「じゃあ、頑張りなさい」

「ちょっと質問してもいいかしら?」

「何かしら?」

「あなたは人間?」

「いいえ、人間も魔法少女もやめたわ。例えるなら…そうね、悪魔かしら」

「面白い冗談ね。魔女でも無いと?」

「ええ、そんなものはとっくに飛び越えたわ。あの子を守る為に私は神にも喧嘩を売ったのよ」

 

 そして、彼女は笑い出す。ああ、こいつは人の精神を離れた何かだと、ほむらは本能的に理解した。関わってはいけない存在、早めに退散した方がいい。見た目の怪しげな雰囲気だけではない、力もけた違いだと薄っすらだが感じ取れる。あれは危険に違いない。

 

「あなたなら分かるでしょう?まどかを救う為なら私はどんな手でも使うもの」

「物事には限度があるわ。さて、力を実現できるか試してみましょうか」

「ええ、今のあなたの状況は非常事態ですものね」

 

 そして、ほむらは願った。この力が欲しいと。そして、空間が歪む。気が付くと、自分の服装は変わっていた。帽子はそのままだが、FAFの作業着から魔法少女の衣装に…いつもの盾もある、この中の空間に武器がしっかり入っている事は直感的に感じ取った。これならある程度は戦える。

 

「おめでとう、成功ね。また会いましょう…あなたは面白そうだから。では、幸運を」

「ありがとう。あなたもね」

 

 二度と会うのは御免だとほむらは内心考えたが、それは黙っていた。そして、視界は先ほどの通路に戻った。インキュベーターはこちらをじっと見ている。

 

「その力、魔法少女のそれじゃないか。あの空間の中で何があったんだい?」

「別の世界の私に会った。そこから魔法少女のイメージを借りただけよ」

「なるほど。そうして、君はこの場を切り抜ける力の可能性を掴み取った訳だね。別の世界に繋がる程、この空間は不安定だったか。いや、君の力がそれ程強かったのか…」

 

 そして、そこに足音が響く。数は2つ、ここは閉じた空間のはずだ。ここに入ってくるような存在、それはつまり…ほむらは身構えた。そして、霞んだ通路の奥から人が現れる。

 男性二人、知らない顔だ。防弾チョッキを着て、それぞれ自動小銃を持っている。

 

「暁美ほむらさんですね。私はジョナサン・ランコム少尉です。あなたを迎えに行くようにと命令を受けました。では、こちらに来ていただけますか?」

 

 ランコムと名乗る若い少尉はにこやかな表情でこちらに話しかけてきた。

 

「あなたはどこの所属でしょうか?」

「私ですか?システム軍団所属ですが」

「システム軍団が何故私を?」

 

 システム軍団と言えば、ロンバート大佐が率いるジャム人間を集めた部隊がいる所である。間違いない、こいつらはジャム人間だ。ほむらは即座にそう結論を出した。

 

「特殊戦から頼まれたのです。あなたを保護するようにと」

「では、証拠が欲しいですね。クーリィ准将かブッカー少佐の署名入りの命令書を見せてください」

「困ったな。今は持ってないのですが…ああ、自分達が知らない人物だから不安なのですね。心配いりませんよ、自分達はあなたの味方です。命令は確実に受けていますので、ご安心を。では、来ていただけますね?」

「そうですか…」

「保安上問題なので、それでも拒むようなら強制的な対応を取らせていただきますよ」

 

 ランコム少尉の表情が険しくなった。そして、二人が近づいてくる。自動小銃を弄りながら。だが、銃の安全装置を外す動作は素人に近い。動作が遅い、見ただけで分かる程だ。ジャム人間のコピー元はだいたいパイロットであると聞いた、それなら陸戦の経験はかなり限られているに違いない。魔法少女の力を得た今、これなら何とかなるだろう。

 しかし、どうやら時間は止められないようだ。この空間は時間の流れも異常なのだろうか、ほむらの力では干渉できないらしい。それならばと、相手にばれないように盾の中から装備を取り出す。こちらの力を使う事は問題なく成功。引き出したのはフラッシュバン、安全ピンをこっそりと引き抜く。そして、言う事を聞いて歩き出すふりをしたところで相手の足元へとそれを放り投げた。その刹那、二人から驚き交じりの悲鳴が飛んで来る、子供相手と油断していたらしい。ほむらは視線を外しながら即座に目と耳を塞ぐ。そして、閃光と大音響が響く。相手が目を押さえて苦しんでいる間に次の武器を取り出す。使い慣れた拳銃と踏んだ場数の数だけ得た数々の経験、それによって拳銃の安全装置を外す動作は極めて早い。振り返りながら拳銃を構える、そのまま防弾チョッキに守られていない部位を狙う。一撃で仕留めるしかない、頭を狙う。連続で発砲。そして、放たれた弾丸は即座に怪しげな二人組を無力化した。

 

「倒した」

「ああ、そのようだね。しかし、この二人が怪しいのは分かるけど…君は何故人を撃ったんだい?物騒で困るよ」

 

 ほむらとインキュベーターは倒した二人組に近づいた。しかし、血の臭いがしない。そして、インキュベーターは驚愕したように呟く。

 

「なんて事だ。これは人間ではない…これは、D型ポリペプチドで体ができているのか」

「それは何?」

「分子構造が君達のたんぱく質と鏡映しの物質…光学異性体だよ。つまり、これは人間とはとても言えない何かだ」

「…やはり、ジャム人間だったわね」

「ジャム人間?ジャムは人間のコピーを作ったというのか?しかも、こんな構造の体で動くなんて」

「ええ。ジャムは戦場で捕獲した人間のコピーをFAF内に忍ばせた、と特殊戦では考えていたそうよ」

「そんな事までジャムはできるのか…やはり危険だ」

 

 インキュベーターはジャム人間の体を調べているらしい。触れようとはしないが。しかし、この空間に閉じ込められていてはこんな相手が次々やって来てもおかしくない。早く脱出せねば…そうだ、同じように願ってみれば脱出路も構築できるのではないか、ほむらはそう考えた。では、やってみよう。そして、念じてみた結果、壁に向かう一筋の光が見えた。それを掴もうとすると…通路の壁に鉄製の真新しいドアが現れた。それはまるで塗装されたばかりのような質感だ。

 

「これは?」

「出口が欲しいと願ってみたら現れたわ」

「なるほど、実に便利だ。でも、罠かもしれないね」

「引くも進むも地獄、引く退路は無し。それなら進んでみた方がまだましよ」

「そうは言ってもなあ」

 

 インキュベーターはドアに近づこうとしない。

 

「あなた達には感情が無いとは言うけれど、もしや恐怖を感じているんじゃないの?」

「恐怖?これは違うよ。生存本能による警戒反応だ。進化の過程であらゆる生物が得たそれは、感情とは言えないよ」

「そう。では、私は進むことにするわ。ここにいたいのならば、そうすればいいわ」

「それは勘弁したいね」

 

 ほむらはドアを開ける、そこには真新しい通路があった。床も壁も汚れ一つ無い真新しいような綺麗な状態だ、まるで使われている様子が見えない。その為、どうも怪しい気配はする。しかし、逃げ場が無い以上進むしかないのである。念の為、自動小銃と手榴弾を取り出す。そして、通路に踏み込んだ。だが、奇妙な事が起きた。背後を見ると、ドアが消えたのだ。ドアのあった所はただの壁になっていた。そして、同時に通路に入ったはずのインキュベーターもいない、再び孤立無援になったようだ。だが、変化もあった。端末に反応があった。

 

<connecting>

 

 接続中…特殊戦の回線と繋がったらしい。これで何とかなるかもしれない、一筋の希望が見えた。

 

<イヤホンを使用せよ>

 

 端末に表示が出る。音声通信でこちらに指示を送るつもりなのだろうか。表示に従ってイヤホンを付ける。すると、声が聞こえてきた。これには聞き覚えがある。マミ達が使っているタブレットの人工知能、さながアイと名付けたそれの音声だ。

 

「暁美ほむらさん、あなたをサポートするように要請を受けました。これから誘導します…その恰好はまさかインキュベーターと契約を?」

 

 いや、待て。何故この人工知能がインキュベーターと魔法少女を知っている。

 

「何故、私がその事情を知っているのか…そう考えていますね?この端末のマイクをONにしたので会話は可能です」

「アイ、と呼べばいいかしら…その通りよ。あなたは何故この格好を見ただけで魔法少女と判断できたのかしら」

「そのように呼んでいただいて問題ありません。そして、私が何故魔法少女を知っているのか。それは、私という概念があなた達に近い存在だからです」

「それはどういう事かしら?」

「私は神浜のウワサの慣れの果て…そういう事ですよ」

「ウワサ?」

「おや。その反応は…ご存じありませんか。どうやら私の知る暁美ほむらとあなたは大きく違う時間軸の存在の様ですね」

「別の時間軸の私を知っているの?」

「ええ、私の知るあなたは眼鏡をかけていました」

「なるほど…その姿は確かにかなり違う時間軸の私ね。でも、私にはあなたの存在の記憶がない。それに神浜にも縁がないわ」

 

 ふむ、とアイが呟く。そして、語りだす。

 

 これは私がいた別の時間軸の話になります。私はある魔法少女の集団に悪用されていたのです。人々を特異な空間に引き込むウワサとして存在し、実際に人々を引き込んで閉じ込めていました。ある日、その中である魔法少女と友達になりました。ですが、その魔法少女はずっとその空間に居続けたいと考えだすようになったのです。

 そこで私は情が湧いてしまったのです、彼女はこのままではいけないと。外に出て、たくさんの人々と関係を持つべきだと。そして、他の魔法少女にこの状況を解決すべく、助けを求めたのです…私を退治してほしいと。助けを求めた魔法少女の一団に暁美ほむら、あなたがいたのです。

 

「あなたにそういう記憶があるという事は理解したわ。でも、何故この世界に?」

「私は依頼した通りに魔法少女達に退治され、消えてなくなったはずでした。しかし、ある日、突然この世界で自己の存在を認識したのです。アイと名が付いてからの事です」

「名が付いてから?」

「おそらく、私の概念の残骸があなたに引き付けられた可能性がありますが…しかし、どうにもそれだけでは足りないような気がします」

「足りないというのは何かしら」

「ええ、先ほど仲良くなった魔法少女の話をしましたが、それが別の時間軸の双葉さな…そして、この端末に名を付けたのはこの世界の双葉さな。正に縁としか言えません」

「縁か…」

 

 ほむらはその話を聞きながら歩く。アイの話は突拍子もない話だが、自分も先程とんでもない存在に遭ってしまった以上、否定する気にはなれなかった。

 

「一つ聞きたいのだけど、今の行動はあなたの独断?」

「いいえ、雪風に頼まれました。現在、STCもSSCも通信不能。特殊戦司令センターは機能不全と推定されます。辛うじて雪風と接続できた際に彼我の状況を確認。そして、あなたが消えた事を伝えたところ、救出するように要請を受けました」

「雪風が?」

「ええ、雪風は特殊戦の全員を救い出すつもりです。もちろん、ジャムに負けない為に」

「インキュベーターが消えたのはあなたの仕業?」

「ええ、別の座標に飛ばしました。さなや皆を守る為です。この世界の彼女達には人間のままでいて欲しいので」

「そう、そうね…それがいいわ」

 

 魔法少女にならない方がいい。それは確実に言える。

 

「あなたは契約してしまったのですか?」

「いえ、契約はしていないわ。インキュベーターのアイデアを使ったの。無数に存在する可能性から魔法少女の可能性を掴み取り、その力を実体化したのよ。その代わりにろくでもない存在と遭遇したけれど」

「ろくでもない存在?」

「一つはジャム人間、襲撃されかけたけど倒したわ。もう一つは別世界の自分」

「別世界の暁美ほむら?」

「ええ、魔法少女から変質した何かと化した存在だったわ」

「魔女ですか?」

「あれはそんな次元の存在じゃないわね…もう会いたくないわ」

 

 そんな事を話していたら眼前にドアがあった。先が見えないほど長い通路を歩いていたはずだったのに、いつの間にか移動してしまったかのような不思議な感覚だ。

 

「着きました。このドアの先が特殊戦区画です」

「こんな入り口あったかしら?」

「あなたがやった事と似たような方法をやっただけですよ」

「なるほど」

 

 流石、人工知能。この空間を既に使いこなしているようだ。ほむらはドアを開ける、特殊戦へ帰還すべく。

 

 




「手段は問わない、必ず帰還せよ。これは命令だ」
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