零は司令センターのドアを開けた。中は照明が明るく点灯している。だが、室内の電子機器は全て電源が切れているように見える。とても静かだ。そして、室内に足を踏み込んだ時である、別々の方向から2丁の銃口が向けられた。
「おい、二人とも。物騒な物をこっちに向けるんじゃない」
零の一言でほむらとブッカー少佐は銃を降ろす。そして、零の一言で二人は互いの存在に気が付いたらしい。驚いて顔を見合わせている。
「ブッカーさん、いつからそこに?」
「ほむら、それはこっちのセリフだ。私も今そちらに気が付いたぐらいだ」
ブッカー少佐が驚きながらそう言う。しかし、零はほむらの恰好を見て驚いていた。
「なんだ、その服装は?」
「訳あって魔法少女に復帰したのよ。この騒動限定の一時的なものだけれど」
「一時的?例の契約とやらをやった訳ではないのか?」
「やるわけないでしょ。この無茶苦茶な空間を利用して、魔法少女の自分という可能性を引き当てて実体化したのよ。まあ、これはインキュベーターのアドバイスの結果…あれに頼ったのは心外だけれども」
「フムン。可能性を実体化した…ファンタジー…いや、これはSFの範疇か?そういう分野に片足突っ込んでいるような話だな。しかし、見た目は魔法要素ゼロな武器だ」
零はほむらの持っている自動小銃と奇妙な盾を見て言った。しかし、ブッカー少佐は銃を見て気が付く。それは基地内で配備されているFAF工廠製の銃では無い。
「ほむら、その銃はどこで手に入れた?FAF内では見たことのない型だ」
「隠しても仕方がないから言うわ。自由に武器を出し入れできる、これが私の能力の一つ」
そう言って、ほむらは新たに別の自動小銃を取り出した。これもFAFでは採用していない型の銃である。それを見てブッカー少佐と零は驚いた様子であった。そして、ほむらはこれまでに何があったかを報告する。
まず、雪風に異変が起こったタイミングでフェアリイ基地内のどこかへとジャムに移動させられた事。そして、インキュベーターの助言によって魔法少女の力を一時的に得た事。そこでとんでもない化け物に遭遇した事。その直後に現れたジャム人間を制圧し、なんとか生還してここにやってきた事等々。特異な状況を味わっただけに話さなければならない内容は多いように思える。しかし、時間が惜しいので全てを細かく話す事は諦めた。
「フムン。だが、その話に出た化け物とは何だ?」
「並行世界の自分…と思しき怪物よ」
「別世界の自分を怪物呼ばわりか」
「大尉、これは比喩ではないわ。あれは正真正銘、本物の魔物の部類よ」
「想像が付かんな。ジャムが作り出したコピーではないのか?」
「あんな言語能力しかないような相手がそんな怪物を作り出せるとは思えない。それにあの力は魔女とかそういう類と同じものだったわ。それに魔法少女の私を知っていた」
「フムン、ジャムがそれを知っていなければ真似できないか」
「私にも聞きたいことがあるわ。大尉殿にはあの後何が…雪風は?」
「俺も散々だ。手短になるが、ジャムとぶつかったと思ったら、奇妙な状況にたった一人放り出された。そして、ロンバート大佐に幻覚らしきものを見せられて逃げられた。まあ、その後に桂城少尉や准将と会うことができたが…雪風は行方知れずだ」
ほむらと零の会話にブッカー少佐も加わる。
「しかし、コピーと言えば…この司令センターもジャムに作られたコピーではないのか?誰もいないし、空調機すら動いていない」
「そのせいか、やけに静かだと思った。しかし、ここがコピーされた特殊戦かどうかは互いの認識を確認してからにしよう。俺はさっきまでブリーフィングルームで准将と話をしていた。そこから准将がそっちに電話をかけたのは覚えているか?」
「覚えてはいる。TS-1で飛ぶ前の話だ…ああ、准将が戻ってきたのも飛ぶ前の話だったな。話がこんがらがっていた」
「ここのスクリーン情報をブリーフィングルームに映してほしい、という内容だった」
「ああ、うまくいかなかったが…原因はSTCとSSCがダウンしていたからだった」
「何?」
ブッカー少佐の話に零が驚いていると、ほむらが言う。
「私も聞いたわ。SSCやSTCから応答が一切無いと」
「誰からだ?」
「アイよ」
「まさか、あのタブレットのAIか?」
「ええ、本人から話を聞いた方が早いかもしれないわね…しまった、この端末はイヤホンからしか音が出ないのだった」
音が出ないので諦めて端末のディスプレイに文章を表示する。
<その通り。現在、SSCやSTCとは一切通信不能です>
「こいつも特殊戦内のコンピュータだったな。まあ、機械がそう言うのなら間違いは無いか…」
「お前と准将の要請を聞いてから気が付いたんだ。やろうとしたら反応が無かった」
「復帰できていないのか?」
「できなかった。反応が無いからどうしようもない。再起動するのも危険だ、電源を一度でも落とした場合、元の状態に戻るかどうか誰にも分からない。機械知性体としての死を迎えるかもしれん」
「電源は切れていないんだろう。つまり、フリーズしているのか?」
「ああ、多分そう言った部類の状態だろう。准将はコンフリクトを起こしていると言っていたが」
ブッカー少佐の話を聞いた零はフムと頷いて言った。
「コンフリクト、心理的な葛藤…なるほどな。どうも、俺だけジャックやそのアイとは違う状況を経験したらしい」
そして、零はSTCとコンタクトできたと語った。ブリーフィングルームで司令センターのスクリーンに表示されている情報を表示するようにSTCに要請。そして、映像は普段通りに表示されたというのだ。
「俺だけアクセスできたというのは妙な話だ。そう考えるとSTCもSSCも動いているという事になる。恐らくだが、STCはこの状況でどれが正しい情報…いや、現実と言った方がいいな。取得できる情報にはどれも異なる現実があって、どれが正しいものか判別に困ったんだ。それで俺を選んだ。それの選択に困ったというのがコンフリクトという事だ」
「STCがお前を選んだのならば、今この場の機器が全て止まっているのはおかしいという話になるぞ」
「それに、コンピュータであるアイがアクセスできないのも妙よ」
「そいつがアクセスできないのは…多分、常時データリンクしていなかったからだろう。通信の一切が切断された後に突然他所からアクセスがあっても、それが本物かどうか判断できなかった。雪風や他の機械も同じ状況に違いない、そう考えれば理屈はつくと思う」
<一度通信できなくなってそれっきりだったのでそうとは言えますが、事態はちょっと異なります。接続先が見つかりません>
「だが、もう一つ可能性はある。STCとSSCが通信できないレベルの機能不全状態だという可能性だ。アイの話も足すとそちらの方がありうる。零はSTCではない別の何かとコンタクトした可能性だってある」
そして、ブッカー少佐は異常について語る。
「零とほむらが突然現れる前からSTCもSSCもおかしくなっていたと考えられる。具体的はジャム機と雪風がぶつかってからだ。地上の風景も妙になっていた」
「ブッカーさん、地上の風景が妙…とは?」
「ああ、戦闘の痕跡が綺麗さっぱり消えていた…それどころか地上の施設がみんな廃墟みたいになっていた」
「それはジャムの仕業なのかしら」
「そうとしか思えない。実際の基地がどうなっているかはさっぱりだ。話を戻すと、そのタイミングでSTCやSSCが止まったと思う」
「エディスが言っていた通りの事が起きたのかもしれん。俺と雪風が分断されたように、特殊戦の機械の側も人間と分断された、そう考えられる」
「ジャムは機械知性体と人間の意識を分断した、そういう事か?だが、それではおかしい。人の意識ではこの場が無人に映るとは思えない」
零はブッカー少佐の指摘にこう返した。
「俺達は今、人間の意識ではない…雪風の視点で見た世界を俺達は体験しているんだ。この場にいる三人の意識が共有されていてどうこうという次元ではない。主役は雪風であり、雪風が注視している対象が俺達の今見ているこの光景という事だ」
「正気か?」
それを聞いて、ほむらは先ほどアイが言っていた内容を思い出す。雪風が視野に干渉しているのは間違いないだろうと言っていた事だ。零が考えているのは正にそれである。彼は自らの勘だけでその可能性を考え出したのだろうか。ただ、話は視野どころか意識そのものという次元であるが。
「この仮説よりも今の状況の方が遥かに常軌を逸していると思うが」
「まあ、それはそうだ」
「人と機械はセンサが違う。よって、感じ取るものも異なるはずだ。俺達に紫外線や超音波を感じ取ることができないように。だから、雪風が得た情報を俺達に向けて翻訳したものが、俺達が今見ている世界だと思う」
「でも、それをやっているのが何故雪風だと思う?」
「これがジャムの視点なんて考えたくない。もし、そうなっていたとしたら俺達に勝ち目はない。人間の認識と意思を全て握られた事になる」
「なるほど。あくまでも、雪風の仕業であってほしいという願望か」
「そうだ。俺にとって、雪風がジャムに勝つための希望だからな」
「では、SSCやSTCがこうなったのも雪風の仕業だと?」
「それはジャムの仕業だ。人間と機械知性体が協力して立ち向かってくるならバラバラにすればいいと考えた」
「お前と雪風も分離されたわけだ。だが、雪風はどうやってお前の意思に介入したと考えるんだ?」
「多分、物理的に引き離された訳じゃない。だから、雪風はその事象を使って操作できるようになったと考えられる。ジャムは人間が置かれている現実をバラバラにしてしまったんだ。それと共に機械知性体の置かれている現実も。そして、それを無茶苦茶にシャッフルしてしまったんだ」
「なんだ?つまり、雪風はこのシャッフルされた中から、お前や私とほむらの現実を掴み取って雪風自身の現実と同調させていると?」
「そうだ。ジャムの攻撃に対して雪風は対抗しているんだ」
「あくまで仮説だろう?屁理屈と強引な解釈の混ぜこぜだな…それは本当にお前の考えか?」
「ロンバート大佐だ。アイツはジャムと通じている。大佐にはジャムが何をしているか分かるだろう」
「零。何か吹き込まれたのか、それは極めて危険な状況だぞ。とりあえず、大佐が何を言っていたのか説明してくれ」
そして、零は語る。ロンバート大佐がこの状況をどう解釈していたかと。曰く、これこそが真のFAFの姿であり、リアルに一歩近づいた状態である。その完全なリアルとは生死の有無も自他の区別もない状態であり、真なる世界は不変なのである。よって、世界に変化を生じさせるのは絶対的な観測者の意識である。それがロンバート大佐の言うリアル世界である。自他の区別が無い状態では、自己が持っていると認識する意識は錯覚であり、その錯覚を生み出している視点を持つ存在を考えねばならない。よって、ロンバート大佐はその絶対的な存在…例えるなら神に会うつもりなのかもしれない。
「まあ、こんな具合だった。だが、ジャック。神なんてものは妄想だ。大真面目にそんなものを追い求めているとしたらどうかしている」
「だが、零。お前はこの状況を作り出したと信じたい存在がいるのだろう?」
「ああ。だが、それには価値観や意識なんて関係ない。俺が人間だという事を雪風にも、ジャムにも認めさせたいと思っている。神だの錯覚だのなんて知った事か」
「さて、お前は私にこの視点は雪風のものだと信じさせようとしていたな。もしかしたら面白い事ができるかもしれないぞ」
「何をだ?ジャック」
「奇跡ってやつだ」
「奇跡?」
「いい思い出が無い単語ね」
「お前の経験は知らんが、同感だ」
ほむらはその単語に苦い表情をする。
「雪風が何かを望んでいるのなら、変化が起きるかもしれないって事だ。零」
「面白いな。試してみるか」
「何をするんだ?」
「試しに呪文でも唱えてみるさ」
そう言うと、零はディスプレイ前に置かれたヘッドセットを取った。
「こちらB-1、雪風。深井大尉からSTCへ、応答せよ。現在、ジャムと交戦中」
「おい、零。いきなりどうした」
「ジャック、お前がさっき言っただろう。雪風が変化を望んでいるって。つまり、俺達がこの場で司令センターの機械知性体にコンタクトを取るように望んでいるんだ。この状況を打破するために、だ」
「その呪文がこれか」
「ああ。それに、確かに感じるんだ。雪風が側にいるって事を」
そして、零は再びヘッドセットから通信を飛ばす。
「こちら雪風。STCへ、緊急事態。機位不明。繰り返す、現在位置不明。支援を要請、応答せよ」
零は何か起こるはずだと信じ、粘り強く呼び掛ける。しかし、反応はない。
「アイ、そっちは繋がらないの?」
<駄目です、応答無し。接続不能。システムが動いていない可能性が大>
それを見ていたブッカー少佐は銃を降ろし、別のヘッドセットを取った。そして、通信を飛ばす。
「こちらブッカー少佐。SSCへ、司令センター内を臨戦態勢にせよ。至急だ」
すると、変化が起きた。床下で何かが動く音がしたのだ。
「ブッカー少佐からSSC、全システムのセルフモニタ開始。同時にSTCのシステムも同様にチェックしろ」
そして、司令センターのスクリーンが点灯。それに続いて各ディスプレイも次々と点灯する。巨大なシステムが動き出したのだ。それを見て、ほむらはぽかんと口を開いて唖然とし、零は驚いたように言う。
「これは…凄いな。少佐、何をやったんだ?」
「大尉、見たままの通りだよ。単純な話だ、司令センターの機能を復旧させる事に成功したんだ。ここは私の命令が通じるようにシステム構築されている場なんだろう。どうやら、SSCもSTCも非常電源で待機モードだったようだ。さっきの音は主電源の投入音、私も聞くのは始めてだ。まあ、完成前の試運転でもなければ聞けないだろうが」
「メインスクリーンは何も映っていない。STCはもう動くだろうか?」
「待て。SSC、セルフモニタの結果を報告。メインスクリーンに表示しろ」
すると、異常なしと結果がスクリーンに表示される。
「零、問題はない。だが、気を付けろよ。これが偽物か本物かまだ分からない。ジャムが俺達の動きやシステムの操作手順を探る気かもしれない」
「意識の分離なんてことをやってのけた相手だぞ。今更そんなものはお見通しだと思うが」
「お前はあくまでも、この異変は機械と人間の意識のずれが原因だと思うのか?」
ブッカー少佐の疑問に、ほむらはインキュベーターの話を思い出す。アイツは「あらゆる物が未確定な状態で存在している」と言っていた。それは深井大尉の言う意識のずれとは話が異なるのだ。それとも、自分が閉じ込められたあの空間のみの話なのだろうか。
「そうだと考えている」
「そんな無茶苦茶な理屈でなくとも、説明できる。事実、私はSSCとSTCを起動する事ができた。お前の呼びかけではうんともすんとも反応しなかったというのに」
「少佐、それで分かっただろう。これは奇跡なんてものじゃない」
「自分で変化を起こせなかった言い訳にしか聞こえんぞ、零」
「これは権限の問題だ。奇跡なんてもんじゃない、あんたはそれにこだわりたいのかもしれないが」
「この問題よりも、私とお前の認識のずれが大きいな」
「アンタが勝手に俺に期待して、自分でそれを否定しているだけだ」
「そろそろやめよう、平行線だ。少なくとも、私にはここがいつもの司令センターではない事は分かる」
「じゃあ、聞けばいい。ここがどこかSTCに聞いてみればいいさ」
ため息を出しながらブッカー少佐はディスプレイを見て言った。
「STCへ、こちらブッカー少佐。音声にて応答可能か?」
<こちらSTC、応答可能>
「私が今いるここはどこだ?」
<それは機位を見失ったという内容でいいか?少佐>
「機位?何故そんな事を聞く?」
<少佐が搭乗しているTS-1、登録コールサインも同名の貴機の現在位置は追跡捕捉中。しかし、貴機から異常の報告は無し。気象条件等を考慮しても機位を見失う要因が見つからない為、確認として先ほどの質問を送信した>
「私がどこにいるか、と聞いている」
<こちらSTC、了解。TS-1の現在位置は送信した。確認不能か?視野等の身体的に問題や異常が生じたのならば報告されたし>
「それは問題ない。だが、私はTS-1には乗っていない。ここにいるのに分からないのか?三人並んでいるだろう」
STCはブッカー少佐がTS-1という機体に乗っていると判断しているらしい。司令センターの様子は把握できているはずなのに、見えていないようだ。
<少佐の存在は音声にて確認している。そちらの意図が分からない。機体に搭乗していないのならば、位置を特定できない>
「SSC、ブッカー少佐だ。お前の認識はどうか?STCに聞いた内容と同様だ。お前にもここにいる私が見えないのか?」
<回答不能。こことはどこか?>
「こちらブッカー少佐。STCへ、TS-1の現在位置をメインスクリーンに表示しろ。フェアリイ基地からの相対位置が分かる広域の戦況マップだ」
<STC、了解。実行>
メインスクリーンに戦況マップが表示される。それは通路を中心としたものであり、FAF六大基地全てが表示されている。そして、マップには飛行中のFAF機が多数表示されている。それは無人空中給油機やAWACS、AEW等である。一方、敵影は見当たらない。その中でTS-1と表示された黄色の光点が映る。
「この方向は…行先はトロル基地か。フェアリイ基地から一番遠い、通路の向こう側。距離は直線で440キロ程、通路を迂回するからどの飛行ルートを飛んでいるか…」
零はマップを見て呟く。
「飛んでいるとして、ここにいる少佐は?」
ほむらもそう呟く。一方、アイは先程から沈黙している。STCやSSCと通信しているのだろうか?
「ブッカー少佐からSTCへ、お前は今どこにいる?このスクリーンの場所も、だ」
<私は特殊戦司令センター内に存在する。スクリーンも同様だ>
「この映像はどこかに送信しているか?」
<していない>
「SSC、今の内容を確認しろ」
<こちらSSC、確認した。事実である>
「STCへ、今司令センター内には誰がいる?」
<確認中、スクリーン前に暁美ほむらがいる事を確認。それ以外は誰もいない>
その回答にほむらは改めて困惑し、深井大尉とブッカー少佐を見る。確かに目の前にいるのに、他に誰もいないとはどういう事だ。深井大尉の言うように意識だけが存在しているのか?
「何?お前は先程まで機能停止状態にあった。それは把握しているか?」
<機能は停止していない。スリープ状態で待機していた>
「何故、待機状態だったのか?」
<ジャムの脅威が一時的に消えたと判断した為である>
「ジャムの攻撃を探知できなくなったのか?」
<ジャムの攻撃及び欺瞞によって、脅威の度合いを計算する必要があった。だが、特殊戦内の人間との交信が不能になり、応答がなかった。よって、計算の継続不能に陥った。更に司令部及び戦隊機の全てとの交信が途切れた>
「どの時点だ。雪風がジャム機を捕獲した時点か?」
<こちらでは雪風がジャム機を捕獲した事に成功した事実を確認していない>
「その前に交信不能になったのか。各戦隊機の位置は把握しているか?」
<不明。待機中の時間情報も欠落している為、現在の推定位置も不明。各戦隊機から通信があれば確認可能と思われる>
「現在時刻も把握できていないのか?」
<その通り。現在特殊戦のシステムは外部から隔離されている。外部に接続できない為、標準時刻を更新できない>
「STC、お前は何故人間が応答しないのかについて、確認しなかったのか」
<ジャムの脅威とは関係のない事象であった。よって、確認しなかった>
「なんだと?SSC、そちらはどう考える?人間が壊滅した時の脅威度だ」
<戦力に関わる為、間接的な問題ではあると言える。しかし、FAF全体のコンピュータによっては人間が不要と考えるものもある。そのようなコンピュータでは脅威では無いと判定するだろう。私はそれを否定する権利が無い>
「それが最大の脅威ではないとするならば、お前にとっての最大の脅威は何だ?」
<戦闘開始前に回答した通りである。私が破壊される事である>
「お前のいう私とはなんだ」
<私は、私である。そうであるとしか回答できない>
「それは…ジャムと同じ回答じゃないか、こいつまさか」
「ジャック、もういいだろう。戦闘知性体の考えなんて今まで散々話したから今更の話だろう。それよりも最大の問題は機械と人間が交信不能になった事だ。驚く内容はこっちだろう。これこそジャムによる、機械と人間の分離があった証明だ。そうだろう?」
「だが、こいつらはジャムに作られた偽物かもしれない」
「でも、TS-1の位置は分かっただろう。その情報は信用できると思うぞ」
「何故だ」
「パイロットからの要請を受けて処理したものだ。つまり、例え偽物だろうと機械と人間の見方が一致したんだ。もう一度、確認すればいい。TS-1に乗って操縦しているのはアンタだ、ジャック」
「深井大尉。でも、ブッカーさんは目の前に…」
「ほむら、さっき言った通りだ。今の俺達の意識は雪風が管理しているも同然。少佐もお前も今、機械のスリープみたいな状態なんだ。STCやSSCが目を覚ましたのは少佐が呼び出したからだ。ずっと、人間からのコンタクトを待っていたんだよ。彼らと俺達では時間の感覚が異なっているから、俺達には考えられないような長い、もしくは短い時間を待っていたとも思える」
「時間の感覚…認識を共有した結果、人間がコンピュータの持つ時間の流れの認識を味わうと、それがタイムスリップしたかのように思えると?」
「あくまで仮説だ。彼らの認識を共有しているのは雪風だ。俺達をここに送り込んだ…大丈夫だ、少佐も連れて帰る。少佐、あなたには本来、司令センターを見る事なんてできない。今見ているのは雪風の視点だ。機上にいる人間にはこの場を見る事なんてできない。だから、そう考えれば悩むことも無いだろう」
そして、零はヘッドセットに言う。
「STC、こちらB-1…雪風。応答せよ」
<こちら、STC。B-1へ、感度良好>
「こちらB-1、交戦中に機位を見失った。時刻も不明。よって、データリンクを接続したい。至急だ」
<STC、了解。接続成功>
「STCへ、メインスクリーンにこちらの位置を表示。その情報をこちらに送ってほしい。実行可能か?」
<可能である。送信する>
メインスクリーンに変化があった。黄色の光点が増えたのだ。光点にはB-1と表記がされている。その位置は先程表示されたTS-1の至近であった。そして、零は少佐の方を振り向きながら叫んだ。
「少佐、俺の位置はあそこだ」
その声が響くと同時にほむらの視界は歪む。ぐにゃりと背景が潰れたかのような感覚であった。そして、その変化は瞬時に収まった。
一度、瞬きする。今いる場所は司令センター内で先程と変わらない。だが、零とブッカー少佐は消えていた。室内を見回しても誰もいない。そして、メインスクリーンでは黄色の光点が2つ輝いている。これは先程と同じだ。
「これは…雪風が意識の共有を止めたという事かしら…?」
<その通り。あの二人は自分の肉体に意識を戻したんです>
今まで沈黙していたアイが言う。何故沈黙していたのかをほむらが聞く。
<SSCに今までの状況を報告していました。この端末には処理が重く、他の内容にリソースを振り分けられなかったもので>
「なるほど。とりあえず、解決したって事でいいのかしら?」
<いえ、雪風とSTCから新たな要請あり>
すると、司令センターのスピーカから音声が流れる。STCからの音声だ。
<暁美ほむら、支援を要請。トロル基地にて深井大尉とブッカー少佐の護衛をされたし>
「何故私が?」
<あの二人には陸上戦闘の経験がほぼ無い。それに装備も不足している。よって、反乱勢力が有するBAX-4のような兵器には対抗できない。その為、唯一の対抗戦力となりうる暁美ほむらの協力が必要である>
STCはそう言った。要するに、あの二人を守りながら地上で戦えというのである。アイがSSCに対して、どのように自分の事を報告したかは分からないが、対ジャム戦の戦力に加えられたのは明白であった。この様子では拒否権はないだろう。
「しかし、どうやってトロル基地に移動しろと?」
その問いに対して、端末のアイが回答する。
<その辺りはおまかせを。あなたの座標を操作するだけですよ>
「それはどういう…」
ほむらがそう言いかけたところで視界が暗転した。
SSCとSTCが機能を回復。特殊戦はジャムに対する反撃を始める。
そして、ほむらは機械知性体によって、新たな戦いへと送り出された。