「少佐、俺の位置はあそこだ」
そう叫んだ零の視界も急変する。一瞬、視界が歪む。そして、意識をハッと取り戻したと自覚すると、自分はコクピット内のメインディスプレイをじっと見ていた。そして、コクピット内に警告音が鳴る。他機と衝突しそうだという警告音である。零はとっさに背後を振り返る。自機のほぼ背後上空にそれはいた。機種はシルフィード、准将が雪風を探す為に用意したTS-1に間違いない。そして、それに乗っているのはブッカー少佐だろう。そして、零は無線で回避を呼び掛けながら左下へと旋回する。視界の端にトロル基地の滑走路が見えた。
「TS-1、聞こえるか?ブッカー少佐、応答しろ」
無線が返ってくる。その声はブッカー少佐の声である。
「こちらTS-1。雪風、やっと見つけたぞ。なんて場所を飛んでいるんだ」
「見つけたも何も、あんたを誘導したのは雪風だ。それに場所の文句はロンバート大佐に言ってくれ。雪風は奴を追ってきたんだから」
「あそこに降りるつもりか?」
「当然だ。目的地はここなのだから」
雪風とシルフィード…TS-1はトロル基地の滑走路へと機首を向けた。
「ここは…?」
暁美ほむらは意識を取り戻すと、辺りを見回す。先程までいた特殊戦司令センター内とは景色が異なる、ここはどこかの通路らしい。また通路か…と、ほむらは思いながらも小銃の安全装置を外す。どういう仕組や理屈でここに飛ばされたのか、それを考えるだけ無駄であろう。常識は最早通じない。そして、視線動かすとその先には梯子がある。梯子の隣の壁には第5格納庫エレベーター点検口と書かれている。この近くに格納庫があるのだろうか。どうやらここは地下で、あの梯子から上…つまり、地上に出られるようだ。
「無事に到着しましたね。ここがトロル基地です」
端末からアイが話しかけてくる。そのようね、とほむらはそっけないような声で返事を返す。周囲の状況を掴む事に集中しているのである。とりあえず、梯子の先を調べてみる事にした。下から梯子を覗き込むと、その先に照明の明かりが見える。これで上に繋がっている事は確認できた。よって、梯子を登ってみる事にする。とにかく、深井大尉達と合流しなければ話にならないだろう。その為にも上に出なければなるまい。
魔法少女の力によって強化された身体能力で、常人よりもはるかに速い勢いで梯子を駆け上がる。そして、最後の段で一度止まる。外の様子を確かめる為だ。どうやら、梯子の出口の周囲には誰もいないらしい。そして、勢いをつけて出口から飛び出し、近くの物陰にそのまま転がり込む。小銃を構えながら物陰から周囲を探る。地下格納庫から機体を運ぶ為のエレベーターが見える、誰もいない。そこから視線を動かしていく。だが、そこで異常に気が付いた。赤黒い液体が床一面にたまっている。そして、その先を見る。そこには人だった残骸が複数転がっている。それらはどれも大部分が原型をとどめない程に損壊している。爆発等で激しく損傷したものであろうか。更にその先には格納庫の扉がある。彼らは格納庫の内側と外側、どちらから攻撃されたのだろうか。どちらにせよ、この基地には人間を攻撃する敵が存在する事は間違いない。自然と小銃を握る手に力が入る。すると、近くで何かが動くのが見えた。それに対して銃口を向ける。
「暁美ほむら。待ってくれ、僕だ。撃たないでほしい」
動いた物体はインキュベーターであった。あの地下通路にいたインキュベーターと同じ個体だろうか?
「君は無事だったか。僕は今すぐ通路を通って地球に脱出するつもりだ。君も来るかい?」
「どうやって脱出するつもりなのかしら」
「ここは基地だ。そこらに何かしらの飛行機が転がっているだろう。それを頂戴すればいいじゃないか」
「無謀ね、飛び上がっても撃墜されるわよ。そもそも操縦できるの?」
インキュベーターの口調はいつもよりやたら速い。それに対してほむらは違和感を持つ。まるで焦っているように感じたのだ。こいつは感情が無いと自称する生命体であるのに。
「悠長にそんな事を言っている場合じゃないだろう。僕は宇宙全体の危機を早く知らせないといけない」
「ちょっと待ちなさい。あなたはいったい何を言っているの?」
「ジャムの事だよ。あれは脅威だ、この宇宙全ての知的生命体に対しての。だからこそ、僕は仲間達にこの情報を伝えなければいけない。他にそれを伝える事ができる個体はもうこの星にいないんだ」
「あなたはこの前、ジャムは大した脅威じゃないと言っていたような覚えがあるのだけど」
「それは事前の想定を間違えていただけだ。僕達はジャムについて、人類が戦って対抗できる程度の戦力や技術力しかないと考えていた。でも、それは違う。ジャムの力はそんな程度じゃない、あれは明らかに手加減していただけだ。超空間通路を自在に使いこなし、機械や生物のコピーを作成し、空間を操作する正体不明の存在…こんなものは間違いなく全宇宙にとっての脅威だ」
インキュベーターはそう語りながらも周囲を忙しなく警戒し続けている。すると、アイはインキュベーターについてこう考察する。
「おそらく、パニックのような状況…例えるならFAFの機械達と同じ状態になっていると考えられます。正しいかどうか分からない情報のみしかなく、周囲との連絡もできない。しかし、常に脅威は存在すると判断できる…いくらインキュベーターに感情が無いとは言っても、こうなれば機械でも状況判断ができずにエラーを出すでしょう」
それを聞いたほむらは、内心でなるほどと納得する。この個体が地下通路以降にどこで何を見聞きしたのかは分からない。だが、孤立した状態でこの場のような状況やジャムの起こした事象を見続け、その脅威を悪い方向に想像すれば妙な結論に至っても不思議では無いと想像できる。異変前に聞いたSSCの考察でもFAF各機械の不調の要因として似たような事を言っていたのだから。
「時間が惜しい、君が来ないのならば僕だけでも行くよ。必ず帰還して情報を届けなければいけないから」
そう言うとインキュベーターは格納庫から飛び出した。ほむらは何も言わずにその動きを目で追った。だが、インキュベーターが走り出したその刹那、格納庫の外で凄まじい閃光と爆風が起こる。とっさにほむらは物陰に転がり込んだ。
そして、物陰から顔を出して様子を確認する。爆発のあった辺りの地面にはインキュベーターの残骸らしき白い物体が転がっている。格納庫の扉や壁には穴や焦げた跡がある。外に飛び出したインキュベーターが何かに撃たれたのは間違いない。そして、あの威力は銃なんて生易しいものではない。間違いなく砲のような規模のものである。そして、視線の先にその犯人と思しきものが見えた。格納庫の外、エプロンを車両が走っている。それは無骨な六輪の車体、そして車体上部には40mmかそれ以上のサイズの砲が一門、更にレーダーや光学センサの類が載っている。この基地の自走対空車両だ、見た限り運転席は見当たらない。無人車両だ。
一目それを見て、再び物陰に引っ込む。こちらに気付いたか?流石にあんな火器をこちらに向けて連射されてはたまったものではない。とはいえ、対抗手段もあるにはある。ただ、爆薬や迫撃砲を除けば歩兵が携行可能な無反動砲の部類のみだ。しかし、これらは無誘導であり、有効射程も短い。自分が時間を止めることができるのならば損害なく、一方的に撃ち込めるだろう。しかし、それはできない。時間停止無しでここから撃てば命中しない可能性が高い。射程や命中精度の問題もあるし、相手が動いて避けるかもしれない。無反動砲の火力で撃破できるのか、それすら不明だ。そして、反撃されるのは間違いない。相手は機械の目で確実にこちらを捉え、FCSで補正しながら正確に炸薬の入った砲弾を撃ち込んでくるだろう。いくら身体能力が高くとも蜂の巣にされるのは確実だ。どうする?入り口に発煙弾を投擲し、スモークで身を隠しながら地下に戻るか?ほむらが取り出した発煙弾を握り締めながらそんな事を考えていると、問題の対空車両が突然吹き飛んだ。そして、響くジェットエンジンの轟音。
「上空に友軍機、B-13 レイフ。捕捉した脅威目標に対して対地攻撃実施」
アイはそう言ってきた。特殊戦唯一の無人機であるレイフが攻撃したらしい。とりあえず、地上の脅威はこれで消えたか?と考えていると、外から何かの射撃音と炸裂音が聞こえてくる。これでは外が安全とはとても思えない。
「アイ、STCに深井大尉達の位置を聞く事はできる?」
「はい。現在こことは別の格納庫にいる模様。この基地の地下を目指しています」
「では、梯子の下に戻った方がいいわね」
そして、ほむらは動く。そのまま梯子を使わずに飛び降りる。この高さなら飛び降りても問題ない。もっとも、常人では着地の衝撃に耐えられないだろうが。そして、何事もなく着地。すぐに立ち上がると、別のルートを探る為に通路を駆ける。フェアリイ基地程ではないが、FAF六大基地の一つというだけもあり、このトロル基地の地下も複雑なように思える。そのまま通路を走っていると壁に貼り付けられた案内図を見つけた。これで現在位置が分かった。そして、その図から深井大尉が目指すだろう場所を探す。すると、それらしい名前の場所を見つけた。CIC、戦闘情報司令室…情報を求めるのならばそこに行くだろう。ここからその部屋に行くには、もう一つ階を降りて、しばらく通路を進む必要があるらしい。とりあえず、手近にあった階段を下りて一つ下の階に出た。ここの通路は上の階より広いようだ。敵がいないか左右を見て、通路の前後を確認する。
すると、通路上に何かがいる。そのシルエットは人型だ。だが、それは機械だった。重量感のある動きで歩いている。全身は装甲のようなもので覆われ、両腕には強靭な機械のアームが付いている。それだけではない、その両腕には機関砲と思しき筒状の物体が付いているのも見える。そして、アイは言う。
「あれは…情報取得完了。システム軍団で試作中のBAX-4です。俗に言うパワードスーツというやつですね」
「パワードスーツ?人が乗っているの?」
「いえ、STCからの情報では無人でも動作可能とのこと。よって、現時点ではあれが有人か無人か不明です」
「味方…ではないわね」
「期待できそうもないですね」
さて、困った。別ルートを探して迂回するか?そんな事を考えていると、BAX-4はこちらを向いた。両腕を上げて、その機関砲をこちらに向けてくる。
「しまった。気づかれた」
「そのようで」
そして、ほむらは射線から逃れる為に階段に引っ込んだ。
深井大尉達はトロル基地へ向かう、目的はロンバート大佐を見つけ出す為。
そして、ほむらもトロル基地に送り込まれる。深井大尉達を護衛する戦力として。