発砲音と炸裂音が響く。
BAX-4から放たれた機関砲弾が通路の壁に直撃し、炸裂しているのだ。今、通路にいればたちまち蜂の巣になっていることだろう。だが、通路と階段はT字路の形となっており、ほむらはその階段の中に身を隠していた。
ほむらは通路の壁を盾にしながら対抗策を考える。人が乗る程度なら、あれの装甲は戦車程厚くは無いだろう。彼我の距離も近いし、通路は真っ直ぐな一本道。これならば無反動砲を撃ち込めば撃破できるかもしれない。だが、一般的にこのような狭い場所で無反動砲を撃つのはご法度である。
それは砲弾を発射した際の反動を打ち消す為、後方に高温のガスを直接噴射するからである。そして、そのガスが付近の壁等に当たって反射する事によって、近くにいる人どころか発射した当人すら負傷する恐れがあるからなのだ。しかし、ほむらの手持ちの武器にはこの問題を解消した物があった。AT-4 CS、これはガスの代わりに重りとなる塩水を後方に飛ばす事で反動を打ち消す。よって、このような環境下でもある程度安全に砲弾を発射する事が可能だ。幸い、ワルプルギスの夜に備えてか、ストックは大量に確保してあった。問題はどうやって、この無反動砲をBAX-4に命中させるかである。そのまま飛び出せば機関砲弾をたんまりと撃ち込まれる事間違いなし。そこで、ほむらは一つの案を思いつく。
ほむらは盾の中から手榴弾とフラッシュバンを取り出す。そして、それを階段の中から通路のBAX-4に向けて放り投げた。壁で相手が直接見えない為、勘で放り込む。BAX-4はそれに対して反応するだろう。案の定、射線の向きが変わった。飛んできた手榴弾とフラッシュバンに向けて射撃しているようだ。すかさずAT-4 CSを構えて通路に身を乗り出す。勝負は一瞬、相手がこちらに反応するまでに撃つ。ただそれだけだ。狙いやすい胴体ど真ん中を狙う。そして、発射。命中を見届けることも無く、すぐに階段に身を隠す。そして、反射的に空になったAT-4を放り捨てた。AT-4は再使用できない使い捨ての砲であるからだ。そして、その刹那、轟音が鳴り響く。命中したのだろう、成形炸薬弾のメタルジェットがBAX-4の装甲を貫いたはずである。あのAT-4の弾頭はちょっとした装甲程度なら易々と喰い破る程の威力がある。
爆発音の後、通路は静かになった。撃破できただろうか?鏡を使って通路の様子を探る。そこにはBAX-4が立った状態で静止している。人間で言えば腹の辺りに大穴が空いており、そこから赤黒いオイルらしき液体がたれ流れている。見た限り、中身は空洞。やはり無人らしい。あんな大穴が空いていればもう動かないだろう。ほむらはため息をつきながら鏡を盾の中に片づける。だが、駆動音が聞こえた途端に再び機関砲弾が飛んできた。あれでまだ動くのか…もしや、重要部を破壊できていないのだろうか。だが、首等の他の部位を狙うのは難しい。胴体と比較するとどこもサイズが小さいからである。よって、無理に狙えば外れる可能性が大きい。と言っても他に有効打を与える武器はC4等の爆薬しか浮かばないが、あれに肉迫するのは危険極まりない。そもそも、爆薬の爆風で破壊できるか分からない。
ほむらは盾の中を探る。この中には自分の知らないもっと良い武器が入っているかもしれない、その可能性に賭けたのだ。そして、何かを掴んだ。
「これは…黒い弓?でも、こんな物…見覚えが無いわ」
「弓だけですか?」
端末からアイが質問を投げてきた。
「矢は見当たらないわね」
「似たようなものは前の世界で見たことがありますが、やはり魔力を飛ばす感じの武器…でしょうか?」
「多分…そうでしょうね」
あの別の時間軸の禍々しい自分が使った武器であろうか?しかし、弓だけで矢は無いらしい。アイの言う通り、魔力で矢を作り出して放つ方式なのだろう。魔法少女になったまどかが使っていたものと同じように。だが、自分にこれが使えるか?そう考えながら、ふとした軽い好奇心で弓の弦を引いた。すると、途端に変化が起きた。紫色に輝く魔力で出来た矢が現れたのだ。
「おや、これは…この弓の使い方が分かったのですか?」
「いえ、試しに弓を引いてみたら勝手に…なんて魔力の矢なの」
その輝く矢は凄まじい魔力を有していた。
元の時間軸の自分ではとてもこんな代物を作り出す事なんて不可能に違いない。しかし、これならばBAX-4に効くかもしれない。だが、問題も生じた。両手は弓と矢を握っている為に塞がっている。これでは他の装備を取り出す事ができない為、先程と同じ手は使えない。そして、もしもこの弓矢から手を離したらせっかく手に入れたこの矢がどうなってしまうか分からない。よって、無防備になろうとも矢を放つしかない。これは腹を括るしかないか、このまま飛び出して攻撃する覚悟を決めようとした時である。足元にある物が転がっている事に気が付く。それは先程捨てた使用済のAT-4であった。
「そうだ、これだ…なんとかなればいいけども」
そう呟きながら足でAT-4を通路に蹴り飛ばす。音を立てて通路の壁にAT-4がぶつかった。すると、BAX-4の機関砲が反射的にそちらへ向けて砲火を放つ。再びうまく釣れた。相手は試作の無人機であり、戦闘経験の不足か何かでこの手のフェイントに不慣れだったのかもしれない。もっとも、それを確かめる術はないが。しかし、偶然でも隙ができたのは幸運である事に違いない。
この隙に通路に躍り出る。そして、そのまま弓を引き絞るが…弓の引き方はうろ覚えの見様見真似、フォームも何も滅茶苦茶だ。構えの姿勢は格好悪いへっぴり腰のような状態かもしれないが、気にしてなどいられない。相手よりも先に当てる、ただそれだけ。だが、視線の先ではBAX-4の砲口が真っ直ぐにこちらを向いているのが見える。しかし、構うものかとそのまま矢を放った。その刹那、機関砲の砲口が光ったような気がした。だが、放たれた矢の閃光はそれをはるかに上回る。紫色の強烈な閃光はこちらに飛んで来るはずだった機関砲弾を文字通り消し飛ばし、そのまま通路とBAX-4を飲み込んだ。そして、光が消えた後に残るのは胴体の半分から上が消し飛んだBAX-4の残骸であった。
「なんて威力…これで流石にもう動かないでしょうね」
ほむらはその残骸に軽く蹴りを入れた。反応はない、完全に破壊したようだ。
「先に進みましょう。長居は危険かと」
「そうね、急ぎましょうか。深井大尉がこれに遭遇したとして、勝つ姿を想像できないし」
そして、ほむらは通路を走り出す。この状況を変える為の切り札を守るべく。
ブッカー少佐はパンドラの箱をあけてしまったのさ。二人とも、落ち込むことは無い。何故なら私は人類最後の希望なのだから。君はこの深刻さにすぐ気付いたね、深井大尉。当然だ、今の君と私は同一の存在だからな。
ここはトロル基地の戦闘情報司令室の入口、ロンバート大佐を探す零とブッカー少佐は既に司令室の入り口まで到着していた。だが、そこでは異変が起きていた。扉が開くとそこにBAX-4がいた、厳密にはBAX-4が入口の扉を中からこじ開けたのである。もっとも、今はその状態で静止しているが。
そして、二人の耳にロンバート大佐の声が突然響いてきたのである。
「零、今のが聞こえたか。大佐の声だ」
「ああ、ジャック…どうやら、開けてはいけない扉を開けてしまったらしい」
そう言いながら零はBAX-4の下を潜り抜けて室内に入る。階段状の構造で中央に巨大なスクリーンが設置された広い部屋、まるで劇場か講堂のようだ。観客席のような配置の座席にはそれぞれコンソールがずらりと並んでいる。そして、その中央の大きなスクリーンの下に人影が見える。まるで司会か役者のような態度で一人の男が立っている。ロンバート大佐だ。あのスクリーンで上映会か発表会でも始める気かもしれない。
「ようこそ、深井大尉。BAX-4に臆する事無く入ってくるとは、勇敢だ」
「アイツの機関砲は腕に付いている。腕で扉をこじ開けたら正面には撃てないよ」
「なるほど。改良の余地ありだな」
「改良する気はないのだろう」
「フム、お見通しか。やはり同一の存在だから、隠せない」
「さて、どうかな。言葉で話せば、本音を隠す事ができる。受け取り方で解釈は変わるからな」
零の言葉にロンバート大佐は頷きながら言う。
「なるほど、その通り。今の条件は対等だ、大尉。では、君は私を捕まえたいのだろう?何故、扉を開けた?嫌な予感がしたのだろう、捕まえる気はあるのかね?」
「あなたが誘い込んだからだ、大佐。俺やブッカー少佐に何か伝えたいのだろう。身を危険に晒そうとも、それでも話したいと思っている…駄目だな、直感で感じたものを直接言葉にすると何かが違う気がする」
「私が知りたいのは、君の考えている事だ。私をどうしたいのか」
「あなたの言い残したい事を聞くまでは雪風に手を出させないでおくよ。それが人間である内の最後の遺言かどうか知らんが」
背後からブッカー少佐の声が響く。
「零、お前は人が好過ぎるぞ。その言い残したい事とやらを一生口に出さない場合はどうするんだ」
「やあ、ブッカー少佐。ようこそ」
「なにがようこそだ。まあ…会えて嬉しい、大佐。まだ人間の体で安心したよ」
「怪物扱いは困るな」
「それは失敬」
ロンバート大佐が手を差し出し、ブッカー少佐があいさつ代わりに軽く握る。それが終わるのを見届けて、零は質問を飛ばす。
「で、大佐。誰に閉じ込められたんだ」
「聞かずとも察しが付くだろう。それは、勿論雪風だ」
「では、基地の人間を片っ端から撃ったのはあなたか?」
「いや、私はやってない。ここの機械達だ、彼らは人間が邪魔だったのだろう」
「じゃあ、何故あなたは無傷なのか?」
「面白い事を聞くな、大尉」
その話を聞いていたブッカー少佐が口を開いた。
「大佐がここの親玉だからだろう、零。そうですな、大佐?人間という括りではない、戦闘知性体という存在として」
「いいね。光栄だよ、少佐。でも、せっかくだから人類が築いたこの文明で、という括りにしてほしいな」
いや、待て。と零は言う。
「少佐、それは何かが違う気がする…大佐、あなたは…本当にこの場にいるのか?」
「いい質問だ。だが、この問いに関わるのは君や少佐もだよ。私達の今いる場所はどこだろうな」
「何が言いたいんだ」
「ジャック、悪い予感がする。話を聞かずに退却しよう」
零はロンバート大佐の不気味な笑みを見て後退る。こいつの話を聞いてはならない、そんな予感がしたのだ。
「ジャムはこの世界の真の姿を我々に見せようとしているんだよ。現に君達も超人的な視界を得て、それを味わっただろう?」
「だからどうした?」
「ジャムは真なるリアル世界から人間の世界に侵攻してきたんだ。その世界は時間も位置も空間も関係ない。あらゆるものが動いていないのだ」
それを聞くブッカー少佐は大佐の目を見て言った。
「話が長いのは困る。手短に頼むよ、大佐」
「仕方が無いな、結論を言おう。このフェアリイ星は異なる視点から見た地球そのものという事だ。リアル世界から見た地球がフェアリイ星だ」
「で、それが言いたい事だったのか?その仮説に何の意味がある」
「そうだ。だが、意味もしっかりあるよ。この視点を理解できるという事は、FAFどころか地球を自由に弄る事ができるという事だ。この私が絶対的な観測者に位置する事になるのだから。素晴らしいではないか」
お前は正気か?とブッカー少佐が呟いた時である。ロンバート大佐が何かに気付く。入口の扉から誰かが入ってきたのだ。それに対してロンバート大佐は不機嫌そうに言う。
「誰だ?他に客を招待した覚えはないぞ」
「あなたがロンバート大佐?」
「そうだ」
BAX-4の下を潜り、室内に入ってきたのは暁美ほむらであった。その姿を見た零とブッカー少佐は驚き、ロンバート大佐は目を細めて言う。
「お前は何だ?」
それを聞いたブッカー少佐は言葉の意味に疑問を持つ。ほむらに対して「誰だ」ではなく「何だ」と聞いたのだ。大佐には何が見えているのだ?
「ここはリアル世界の視点なのだ。しかし、お前の存在は異質過ぎる。特にお前の周りに漂う紫色の靄だ、その物体の本質が分からない。私がそれの正体を知らないだけかもしれないが、あまりにも異質としか言いようがない。ついでにお前の背後には影のような靄もある、まるでオカルトの世界の存在だ。興味深いが気に入らない」
「靄?そんなものは無いわ」
「お前の視点ではそうなのだろう。だが、ジャムにも私と同じものが見えている筈だ。ジャムならその靄がどういうものか知っているのだろうか?」
ロンバート大佐はほむらの顔をしかと見た。そして、二度頷いた。
「フム…なるほど、先程BAX-4を破壊した子供か」
「何?大佐、それは本当か」
「そうだ、大尉。この子供がBAX-4の前に飛び出したと思ったら、その途端にBAX-4のセンサ映像と信号がまとめて途絶した。何が起きたのかは分からない。ほんの一瞬で全損した」
その言葉を聞いた零はほむらを見る。彼女の手には黒い弓らしき物がある。不思議とそれが妙に気になった。肝心の矢が無い事も気になるが、どうも弓だけが妙にぼやけて見える。不思議な感覚だ、先程までは注視するとやたらクリアに物が見えたのに。大佐が言う妙なものはこれか?もしかすると、これが司令センターで言っていた魔法とやらだろうか。
「少佐、この子供は何者だ?」
「名前ぐらいはあなたも聞いた事があるだろう、暁美ほむらだ」
「しばらく前に話題になった例の入院患者か。ああ、そういえば少佐が預かっているのだったな…しかし、彼女は一般人のはずだが」
「私もそう聞いているし、そうとしか見えなかった。それ以上の事はさっぱりだ」
「フム…気味が悪い、近寄りたくはない」
ブッカー少佐はほむらの正体を言わなかった。大佐がほむらの事を気味悪がっているのなら、それは都合がいいと考えたのだ。これは大佐に対する牽制の手段となりうる。そう考えたブッカー少佐の注意がほむらに移った時である。零がロンバート大佐の視線に気づいて叫ぶ。
「いかん、仕掛けてくる。伏せろ!BAX-4が撃ってくる」
とっさに三人は物陰に隠れる。そして、部屋の入口に陣取っていたBAX-4は扉から手を離し、腕を上げた。だが、そのまま数歩後退すると、一気に後方へと加速し始める。ついでに大佐の姿も消えている。どういう手を使ったのか分からないが、大佐に逃げられたのは間違いない。
「くそ、フェイントか。深井大尉から雪風へ、ロンバート大佐がBAX-4を着用してCICから逃走。逃がすな」
零が端末に命令を飛ばす。そして、言い終えた途端に彼の視界はわずかに変わる。これまでずっと味わっていた人以外のものと思しき妙な物の見え方から、自分が持つ本来の視界に戻った気がしたのだ。
「逃がさない」
ほむらの声が隣から聞こえた。そちらを見ると、彼女は黒い弓を引いている。今度はその弓の姿がはっきり見える。だが、それはあまりにも現実離れした光景だった。彼女は異質な紫色に輝く矢をつがえているのだ。この矢は何だ?零がそう疑問を抱いた途端である、ほむらはその矢を放つ。眩い光と共に。
そして、猛烈な閃光はそのまま部屋の扉を撃ち抜いた。
これが魔法?いや、レーザー砲かビーム砲か何かの間違いだろう。零は唖然としながらそう呟いた。
零とブッカーを探すほむらはロンバート大佐に遭遇する。
しかし、彼の目にはほむらは異質な物と映った。
機械からほむらはどう見えているのか。そして、ジャムからは…
※ほむらが見つけた黒い弓はアニメ最終話の最後の方に出てきたやつです。