妖精空間漂流記【完結】   作:ひえん

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トリックを破る術

「右旋回、そのまま追跡。あいつはこのまま振り切るつもりだ」

 

 後部座席から桂城少尉の声が飛ぶ。零はその声に合わせて操縦桿を右に倒して引く。グッと強いGが体にのしかかる。ディスプレイにはTYPE7と表示が出ている。そんなジャムのタイプがいただろうか?一瞬そう考えて思い出す。ああ、あいつは不可知戦域に俺達を誘い込み、接触してきたやつだ。そして、先に捕まえようとした相手である。視線の先にいるのはまさにそれだ。夢から覚めたような気分だ、今は捕獲しようとしている最中か?記憶が混濁している、今はどのタイミングなのだ?そして、その混乱から抜け出すべく、後席の桂城少尉へ疑問を飛ばす。

 

「少尉、何故ここにいるんだ?どうやって雪風に乗り込んだんだ?」

「そうですね、いい表現が見つからないけど…わかりやすく言うなら密航ですね。あなたに化けて少佐の乗るTS-1後席に乗ってきたのですよ。おっと、目標加速、追いつけるかな。TS-1は身軽で足が速いから」

「何?あいつは新型のジャム…TYPE7だろう」

「いや、そうでもある。でも、ロンバート大佐が乗り込んだTS-1でもある。つまり、あいつはFAF最新のエンジンであるマークⅪを載せたシルフィードでもあり、ジャム機でもあるのですよ」

 

 その桂城少尉の言葉で今の状況を判断する事ができた。つまり、このジャムはトロル基地から飛び上がったTS-1である。しかし、ロンバート大佐が乗った事で新型のジャム機でもあるのだ。こいつこそ探し求めているロンバート大佐そのものだ。スロットルを押し込んで追いかけようとする。しかし、その操作から加速がつくまでの間、僅かなタイムラグがどうしても生じてしまう。このラグの間にジャム機との距離が広がる。だが、更に問題が起こる。このまま加速しなければならないのにアフターバーナーが点火しない。零は反射的に計器を見る。燃料不足の為、自動的に操作がカットされたらしい。アフターバーナーはエンジンの排気ガスに燃料を噴射し、それを燃焼させる事で爆発的な加速を生み出すことができる。だが、それ故に短時間の使用でも膨大な燃料を消費する。よって、燃料不足の状況下で使用すると燃料切れになる危険が大きいのである。このままでは追いつけない…万事休す、そう考えた瞬間に桂城少尉が後席から言う。

 

「ランヴァボンが目標をレーダーコンタクト、目標追尾を引き継ぐと連絡してきた。大尉、大丈夫ですよ。他の特殊戦機がロンバート大佐を逃がさない」

「では、燃料補給しよう。一番近い給油ポイントを探せ」

「了解」

 

 

 

 暁美ほむらは特殊戦司令センターの中へと入る。司令センター内は先程の無人の状態から一変、人員もすっかり元通りで皆作業に当たっていた。そして、ほむらの存在に気が付いたブッカー少佐がホッとした表情で駆け寄ってきた。

 

「ほむら、よく帰ってきた。安心したよ」

「ごめんなさい。騒動に巻き込まれてしまって…」

「いや、仕方がないさ。不可抗力ってやつだ。まあ、これで無事解決…と言いたいところだが、まだ終わっていない」

「それは…ロンバート大佐かしら」

「ああ、そうだ。我が特殊戦戦隊機が集結して追いかけている」

 

 そう言うと、ブッカー少佐は司令センターのメインスクリーンへと視線を向けた。雪風の表示が見える。そして、そのすぐ近くにはレイフがいる。更にその周囲には点々と特殊戦各機の表示があった。それぞれ散らばって飛び回っているらしい。

 

「深井大尉は無事雪風に乗って飛んでいるようね」

「ああ。だが、無線の様子だと後ろに桂城少尉が乗っている」

「いつの間に…あの妙な移動手段で乗ったのかしら?」

 

 ほむらは驚く。てっきり、雪風後席に最後に乗ったのは自分だと思っていたからである。

 

「いいや、話はもっとシンプルだ。どうやら、TS-1の後席に乗っていたのが桂城少尉だったらしい。私の後ろに乗ってトロル基地に移動したんだ。私が零だと思った同乗者がそれだ」

「なるほど、それで桂城少尉は物理的に移動してトロル基地から雪風に乗ったという事ね」

「そういう事。しかし、雪風はまだ会議を続ける気なのだろう。無線で機内の会話を飛ばしてきている」

 

 ブッカー少佐が言う。よく聞くと、スピーカーからたまに深井大尉と桂城少尉の声が聞こえてくる。今はどうやら空中給油という作業を行う為に移動中らしい。そして、ほむらは首を傾げる。空中でどうやって燃料補給をするのだろうと。

 

「ああ、例の講習では空中給油は未経験だったな。その言葉の通り、空中で燃料を補給するんだ。わかりやすく説明すると…補給を受ける機体と、燃料を満載した給油機との間に燃料パイプのようなものを直接繋いで補給を受ける、一般人からすれば曲芸に思えるかもしれんな」

「そんな事ができるのね」

 

 少佐の説明を聞いてほむらはイメージを膨らませる。実際、機体に乗って飛んだ経験は大きかったらしい、それでおおよその様子をイメージし、なんとなくだが、空中給油がどういうものかを理解する。

 

「つまり、飛行時間を延ばす事ができると」

「その認識で合っている。雪風はもう燃料が残っていない、地上に降りて補給するよりもこちらの手段の方が早いんだ」

 

 少佐の説明を聞いてほむらが頷く。すると、スピーカーから深井大尉と桂城少尉の会話が聞こえてくる。二人の会話はどうやらロンバート大佐についての話らしい。大佐が地球に向けて宣戦布告のメッセージを書いた手紙を出したというのだ。桂城少尉によると、その時点でフェアリイ基地の様子は一変し、本来ありえない場所…滑走路に郵便ポストがあったというのだ。

 

「…自分にとって、自分とはそれこそ特別な存在だ。ジャムはそれを調べたのだろう」

「どういう事です?」

「雪風は俺達の心の奥底を読んだだろう、これと同じだ。先にそれをやったのはジャムかもしれない」

「そうか、つまり…ジャムは人間を意識単位まで分解、それを解析しているという事なのか。体という物質的なレベルを超えて、もっと徹底的に。なにしろ、心の奥底まで調べるぐらいだ」

「君は大佐に対して、意識とは言葉そのものだと言ったそうだな。ジャムが調べているのはそういった言語意識なのだろうか」

「そうかもしれません。大佐の手紙にもそれと同じような考察が書かれていました。大佐が言うには、人間の言語能力とは人の無意識野での思考を疑似的に再現しているものだそうです。よって、ジャムは言語によって表された人間の意識を調べ、それを辿ることで人間の思考を捉えた。そして、ジャムはそれを解析する事に全力を注いでいるのだろう、と大佐は考えたらしい」

「よし、この考えを司令部に伝えよう。桂城少尉、司令部に繋げ」

「了解。雪風の望んでいる会議ですね。司令部、こちら雪風」

 

 しかし、深井大尉と桂城少尉のその会話は全て司令部に筒抜けであった。ブッカー少佐が無線に言う。

 

「こちら特殊戦司令部、ブッカー少佐だ。今の会話は全てこちらでも聞いている。全部中継されているんだ。つまり、会議はまだ続いているという事だろう」

「なんだって?」

 

 桂城少尉は驚いて言う。

 

「普通じゃありえない。盗聴か?」

「いや、少尉。これは雪風がやっているんだ。雪風は会議に付きっ切りなんだろう、なにしろ操縦は全部こちらに投げているからな」

 

 そう深井大尉が言う。そして、ブッカー少佐が無線を飛ばす。

 

「そうだ。これは現状を把握し、この状況を打破する案を探す作業でもある。こちらでも各コンピュータをフル稼働させている。そちらは警戒を続けろ。雪風は知っての通り、かなりの負荷がかかっている。よって、人の手でその分をカバーする必要がある。そちらの技量の見せ所だぞ。ああそうだ、零。ほむらは無事に帰ってきた、安心して飛んでくれ」

「了解。別に心配はしていないが…後は任せた。アイツも疲れているだろう」

「こちらフォス大尉。深井大尉、気分はどう?」

 

 突然飛んできたフォス大尉の問いに対して、零は言った。

 

「最高、絶好調といった感じだ」

「怖い返事ね。今すぐ地上に降ろしたくなるわ」

「それは冗談だろうな」

「ええ。二人の会話を今まで聞いていたけれど、あなたの精神は任務続行に耐えうる状態と判断できるわ。しかも、冗談を飛ばすぐらいの余裕付き。まったく、どんな神経と根性しているのやら」

「今まで診断するために会話を黙って聞き続けていたのか。悪趣味だ」

「失礼な、そんな気はないわ。全部無線で垂れ流しよ。まあ、結果的にはそうなるけども…簡易的ながら診断させてもらったわ。あと、あなた達だけじゃなく、特殊戦戦隊機の乗員全員に対しても実施したのよ。なんと、恐ろしい事に全員問題なし。地上の人員はかなりのストレス環境下だけど、空を飛んで作戦中のパイロットの方が平常心を保っている。まあ、いつも前線を飛び回っているから慣れていると言えばそれまでだけど、実際に結果を見て驚いたわ」

「お前と同じ人間に驚いてどうする。で、ジャムの思惑については何か掴めたのか?」

「今現在、それを予想するために司令部はフル稼働中。これはまだ多分の段階だけど、ジャムは地球の人間に直接コンタクトしたいのかもしれないと仮説が出ているわ…つまり、FAFを介さずに」

 

 それを聞いた桂城少尉が言う。

 

「ロンバート大佐を使って、という事か。それだとFAFの面目は潰れたようなものだな。事実、大佐の仕業で面子どころか組織も戦力も潰れかけみたいな状況だけど。でも、特殊戦はまだ潰されていない」

「特殊戦機、雪風を含めた機械知性体が飛び回ったおかげで私達の意識の分裂を阻止している。こちらではそういう予測も出ているわ。手持ちの情報やあなた達の話からピボット大尉が色々仮説を並べている。曰く、ジャムが雪風と同じように私達の心の奥底を探って解析しているのならば、我々が今置かれている状況は理解できる…下手をすれば、我々は無数の並行世界に散らばっていた可能性だってあった、と」

 

 その話を聞いた零は内容をうまく読み込めずに軽く唸る。

 

「どういう事だ」

「これはほむらちゃんの話と重なる部分が多いわね。ピボット大尉曰く…並行宇宙、この理論を使う…この理論では矛盾点が生じるとその時点で世界は分岐すると考えられる。例えば、くじを引いて当たった世界と外れた世界、こんな具合にね。で、今回の場合にこの考えを当てはめると、存在する可能性の数だけ自己が無数に分裂していたかもしれない…現状ではそうはなっていないけど、そうなってしまう事を機械知性体が阻止したのだとピボット大尉は考えているみたい。もし、阻止に失敗していたらどうなっていたかなんて私にはさっぱり想像できないわ」

「フムン。場所とか存在なんて規模では済まない話だな」

 

 そして、桂城少尉が言う。

 

「つまり、雪風が危険な不確定性を全て潰したって事でしょうね。検証はできない、でも考えとしては面白い。検証のしようが無いから役に立たないだろうけど」

「少尉、これは役に立つかもしれん。俺達はそんなおかしな状況にいるんだ、検証できてしまうかもしれないぞ。エディス、聞いたか」

「ええ、聞いたわ。こちらは検討を継続する…少佐から伝言よ。そちらは空中給油を実施、完了後に再度連絡せよ」

「了解」

「大尉。では、頑張ってね」

「頑張れ、と言われてもな…まあ、いい。給油に向かう」

 

 そして、雪風からの無線が止まる。彼らは空中給油に集中するようだ。そして、ブッカー少佐がヘッドセットを外しながら言った。

 

「さて、諸君。この事態を打破する為の解決策を考えねばなるまい。何か案のある者は?」

 

 ピボット大尉がそれに対して意見を言う。

 

「この空間は閉じているからこそ、このような曖昧な状態を維持できていると思う。当事者の他に観測者がいないからだ。つまり、この空間の異常をどうにかするにはこの空間の出口を探す事。そして、空間外にいる第三者の視点により、我々が観測される事ではないかと思う」

「つまり、フェアリイ星以外から我々の存在が観測される事が必要だと?」

「そうです、少佐。そうすれば、我々の存在が確定するでしょう。つまり、地球だ。地球という第三者からの視点が必要なんだ…つまり、この状況を解決する鍵は通路にある」

「通路か…しかし、その先が本当に地球かどうか、それは分からないだろう」

「ええ、それが問題です。もしかすると異次元に繋がっているかもしれないし、出口が存在せず、壁になっているかもしれない。しかし、それは我々には分からない。でも、ロンバート大佐が先に飛び込めば通路の存在は彼の理想通りになるかもしれない…つまり、その先がリアル世界とやらに確定してしまう恐れがある。現在、通路の先がどうなっているのか誰にも分からない…つまり、未確定という事だ。そして、出口がどうなっているかという可能性は無数にある。最初に通路を通った者の選択次第で、その通路の出口がどこに通じているかという可能性を確定できるとも考えられる。しかも、大佐はジャムの側だ。それが思い通りになる可能性はとても高いと自分は思う」

 

 それを聞いたブッカー少佐は考え込む。そして、言った。

 

「雪風は我々の存在を確定させたんだ。ジャムと同じ事ができるのなら、それこそ雪風が通路の出口を確定する事もできるか…フム、このトリックを破る鍵はそれか」

 

 そして、フォス大尉が口を開いた。

 

「つまり…雪風を通路に飛ばす、と」

「そうなる。しかも、迷っている時間はあまりない。ロンバート大佐が先に飛び込んだら負けだ。通路の先はリアル世界となって、我々の知る地球は消える。そうなれば、我々は完全に孤立してしまう。そうならない為にも、雪風を誰よりも先に通路へ飛ばす必要がある」

 

 ピボット大尉が更に案を追加する。

 

「それに雪風が一度地球に飛んでから帰ってくれば、彼らこそが我々の確定に必要な観測者となるかもしれない」

 

 そして、この会話を聞いたクーリィ准将が決定を下す。

 

「雪風に地球への偵察ミッションを与える。内容は通路の状況と地球の状況確認。直ちに雪風にデータリンクにて先の会話の内容を送信。深井大尉には空中給油を終えた後、無線にて状況と予測を説明し、追加の偵察命令を送れ」

 




ほむらは無事にフェアリイ基地に帰還した。
一方、特殊戦司令部は事態解決の術を探すべく検討を続けていく。

そして、雪風の行く先は定まった。



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