クーリィ准将の命令で特殊戦の隊員達は動く。データリンクにてこれまでに出た案の詳細と追加ミッションの内容を送信、雪風からは受信完了の返答が届く。そして、反論等は飛んでこない。雪風もこの内容を了承したのだろう。すると、その雪風に乗っている深井大尉から無線が飛んできた。
「こちら雪風、空中給油完了」
「こちら司令部、ブッカー少佐。了解だ。それで深井大尉、次のミッションを指示する。いいか?」
「大丈夫だ。早く頼む」
「よろしい。雪風を手動で操縦し、通路へ向かえ。そして、B-13と共に通路に突入せよ。突入後は通路周辺の地球の様子を偵察、そこがどうなっているか確認したらすぐに帰投せよ。その間、雪風に負荷をかけてはいけない…自動操縦の類は一切使用するな。なお、必ず帰還せよ。手段は問わない」
「なんだって?」
零は聞き返す。頭は内容を理解している。だが、本能のような無意識の領域のようなものが納得していない感じがする。ああ、その無意識が先程の内容を言語化する事を求めているのだ。だが、その無意識とはもしかすると雪風かもしれない。これまでの状況から、俺と雪風はそんな深いレベルで情報交換しているような感じがする。そんな事を感じ取れるのはこの特異な空間だからだろう。何にせよ、これからやるべき事は理解している。それこそが最善手である事は無意識に確信を得ていた。そして、そんな結論にたどり着く為に俺と雪風はここまで迷走しながらもやってきたのだろう。
「もっと細かい話が聞きたいか?零」
「ああ、分かりやすく説明してほしい。どうせ、この空間は時間なんて無意味だ。説明を聞くまで現空域で待機するよ」
「了解。こちらでは先程まで緊急の戦略会議を続けていた。そして、その結果からクーリィ准将が先の偵察ミッション実施を決定。今に至る」
「雪風の望む会議…そして、雪風も参加したのか」
「ああ、雪風から異論や反論は出ていない。了解したという事だろう。会議の上で問題だったのは、これがジャムの望む意図によって起こされた現象なのか、だった。この前提が無ければ相手の動きを読むことができない。そして、戦略も組めない。結局、こちらが動いてその意図を確かめる方針になったんだ。こう話すと簡単だが、この結論が出るまでが長かったよ」
ブッカー少佐の話を聞いた零は言う。
「うーむ…手短に纏まらないか?それに雪風で通路に飛ぶ必要性が分からない。それを説明してほしい。そして、こちらから通告無しに地球に飛び出すのはリスクがある。通路を出た途端、ジャムと認識されて地球にいる艦隊から撃たれるリスクだ。そうなれば、こちらは自衛手段を取る必要があるかもしれない。その様子を見れば、ロンバート大佐は腹を抱えて笑いながら喜ぶだろうな。フェアリイ星と地球が戦うという、彼の宣戦布告通りの展開だ。そのリスクを承知の上か?」
「残念ながら承知以前の話だよ。現状、通路の先がどうなっているか分からない。地球かどうかなんて次元ではない、通路の先があるかどうかという次元だ」
「なんだって?いや、まさか…では、通路の先はどうなっているんだ?」
「未確定…すなわち、未知だ。だから、それを偵察して来いという事だよ。命令上はそうだが、本質的にはこの事態を打開する為の策だ。それを理解してほしい」
「了解だ、話を続けてくれ」
「我々特殊戦は、例えるなら隔離されているような状況だ。だが、この空間がどこで、どのような形で我々が隔離されているのか、そこが不明なんだ。そして、ジャムの狙いについても同じく不明だ。ピボット大尉は通路がトリックの鍵だと言い、雪風も通路に飛び込みたがっている節がある。なにせ、ジャムがあの向こうにいる、とデータリンクで送ってきているんだ。そして、この原因がジャムかどうかはともかく…今の状況に雪風が大きく関わっているのは間違いない。これまでの事象やそれらの意見を組み合わせてそんな結論をなんとかして出した。まあ、時系列も何もないから、どうしても順序良く内容を積み重ねて結論を出す事ができなかったが…もしかすると、直感だけで結論を出したようにも聞こえるかもしれないな。でも、現状ではこうするしかなかった。通路が鍵という結論からの連想で解釈を出したと言ってもいい」
「フムン。よく分かるよ、今の情報量だとそうするしかない、どうしても情報不足だからな。だが、気になる点は通路に飛び込んだ時の成功率だ」
「それも難題だ。よって、最悪の事態は何か、それを考える事から始めた」
それに対して零は言う。
「雪風の未帰還か?通路の中で何かが起こるとか」
「いや、違う。それは個人としては最悪の結果だ。だが、部隊として最悪の結果を考えると…それは空中の戦隊機と地上の我々が通信含めて完全に分断された時だ。個人の生死問わず、それが最悪の事態だよ。こちらもそちらも単独になってしまったら生存は不可能、つまり負けだ」
「なるほどな。そっちと永久に通信不能となった時点で負けか」
「ああ。だが、こちらとしては雪風が未帰還や連絡不能になるとは思っていない。ジャムにその気があるとは思えない、それが理由だ。混乱の中で叩き落すつもりなら、とっくにやっているだろうからな…だから、通路でジャムが回避不能の罠を仕掛ける可能性は低いと思う。そして、相手がそのつもりなら通信手段は維持されると考えている」
「フム」
「さて、話はさっさと済ませたい」
「何故だ、ジャック」
「ロンバート大佐だよ、あいつを先に通路に飛び込ませてはいけないからだ。現在、雪風とレイフを除いた全ての戦隊機で追尾、妨害中。だが、大佐は観測対象だ、良くも悪くも。あれこそ、ジャムが存在しているという指標となるから撃墜はできない。それで、大佐が先に通路に飛び込んだ場合に予想される事態を大雑把に説明する」
そして、ブッカー少佐は言う。ロンバート大佐が通路に飛び込んだ場合、通路の出口は大佐の望むリアル世界になる恐れがある。そうなれば、出口にあるはずの地球は消失し、大佐の考えるリアル世界のフェアリイ星に置き換わる。そして、特殊戦は孤立無援になり、敗北するだろう。
「それは…確実なのか?」
「仮説の面が強い。だが、ありえないとは言い切れない。雪風が先に飛び込んで、通路の先を確認する事でこの閉じた空間が解消されるかもしれないという考えも出ている。この空間が大佐の認識による影響を受けているのなら、地球という視点を得て我々の認識にある世界に戻せばいい。その為に通路を超えるんだ」
「不確定性を潰す為か」
そして、後席の桂城少尉が言う。
「可能性を確定させるような話だ。ジャムはもしかすると、大佐を使って競争を煽っているのかも」
「フム…また可能性の話か」
「そうだ、いい事を思いついた」
「どうした、少尉」
「深井大尉。通路で可能性を確定させるのなら、ついでに面白い事ができるかもしれませんよ。ロンバート大佐が通路に飛び込んで自ら望む世界を確定させる事ができるとすると、こちらが通路に飛び込んで我々の望む世界を確定させる事もできるって事です」
「フムン」
「だから、僕は今こう考えた。我々の知る地球に魔女や魔法少女、インキュベーターとかいう宇宙生命体は存在しない。こんな世界を確定させる事が出来るかも、と」
「…なるほど。大佐の無茶を実現できるポテンシャルがあるならそれもできるに違いない。そもそも、俺達の常識にそんな存在はいなかったから好都合だ」
司令センター内で深井大尉と桂城少尉の会話を聞いたほむらはブッカー少佐が使っている無線のマイクの前に飛びつくように移動すると、そのまま無線に叫ぶ。
「無理よ!魔法少女と魔女がいない世界なんて文明が成り立たないわ。インキュベーターの契約によって、人類は発展してきた面があるのよ!もしも、それが無くなったら…」
「契約で発展?ほむら。よく考えろ、それは誰から聞いた?どうせ、あのヘンテコ宇宙生命体だろう。そいつのセールストークを真に受けるのか?」
「それは…」
深井大尉の言葉に対し、ほむらは回答に困る。
「やはりな。それに考えてもみろよ、だいたいの事象や現象は大勢の偉い学者や研究者が何かしら仮説を付けているだろう?よって、その事象や現象が成り立つ可能性は仮説の数だけ色々あるって事だ。それに俺達の習ってきた歴史には、そんなオカルトな存在が教科書や歴史書に出てくる事なんて無い。つまり、インキュベーター抜きでも歴史の流れの辻褄は合うって事だ」
「それは、うまくいけばインキュベーターの存在しない地球が出口にできるという事なのね…待って、うまくいけばジャムも消せないかしら?」
それに対して、隣のブッカー少佐が言った。
「無理だな、私達の常識にジャムの存在は根付いている。それに、ジャムの存在を消したらフェアリイ星まで消えてしまうだろう」
「なるほど」
確かに、ジャムがいなければフェアリイ星に繋がる通路なんて存在しない事になる。それは現状の解決にはなりえないし、特殊戦司令部と雪風が分断されるという最悪の事態にもなるのだ。
「まあ、期待はするな。あくまでも帰りがけの駄賃程度として考えておけ。うまくいけば万々歳…いや、待てよ。そこに可能性を掴み取れる存在がちょうどよくいるじゃないか」
「…大尉殿。つまり、私にまた願って可能性を掴み取れと?」
「ああ、そうだ。祈っておくぐらいはできるだろう?それに、今のフェアリイ星にオカルト的存在はお前とその人工知能しかいない、忍び込んでいたインキュベーターはこの騒動で壊滅したと言っていたな。実にちょうどいい」
ほむらはため息をつきながら言う。
「了解。でも、どんな結果でも必ず帰還するように、これが条件よ」
「そいつは当然だろう、いつもと同じだ。では、司令部へ。B-1、地球への偵察ミッション開始。だが、この位置では通路への進入角度が悪い…一度、一回りしてから通路に入る」
「こちら司令部、了解。グッドラック」
かつてない程の大きな希望が見えた。これでうまくいけばあのひたすら憎い憎い存在が地球上に存在しない世界が実現できるというのだ。ほむらは軽く微笑みながら近くの椅子に座ろうとした。だが、そんなタイミングで異変は起きた。
<司令センター内に未知の反応を探知。暁美ほむらの後方、3mの地点>
SSCからの警告音声が流れ、ほむらは反射的に背後へと振り返った。特殊戦司令センター内の人員もそちらへと視線を向けた。そして、そこにあったのは空中に浮かぶ紫色の靄。それはじわりじわりと広がっている。それを見たブッカー少佐が叫ぶ。
「これは…ジャムか!?」
その靄の塊の中心辺りが窪む。靄が周囲に押し出されるようにして消えているのだ。そこからわずかだが魔力が流れ出ている、ほむらはその流れ出てくる魔力に覚えがあった。この騒動が起きた時、地下で出会った別世界の自分…悪魔を自称していた自分が持つ魔力である。それは、つまり…
「やっと会えたわね、別世界の私」
そんな声が響くと、室内の空気ががらりと変わったような気がした。
<SSC:What is that?>
<STC:Unknown...>
<AI:That is the greatest threat. Immediate action is required...>
零と桂城少尉は一つのアイデアを思いつく。それはほむらを救うかもしれないものであった。
だが、司令センターでは異変が起こる。
さあ、けりを付けよう。