レジで支払いを終えたほむらに杏子は言った。
「なあ、外に行かないか?」
「あなた、店はいいの?」
「ああ、それならもうすぐ勤務時間終わりだから問題ないね」
「そう。あっ、先にお遣い終わらせないと」
「あー…まあ、いいや。一緒に行くか?」
「流石に特殊戦の中には入れないと思うわ」
「なーに、外で待つさ」
そして、PXの仕事を終えた杏子を待ってからほむらは特殊戦の区画へと歩き出す。そして、ほむらは買った菓子を持ってブッカー少佐のオフィスへと入った。
「ブッカーさん、買ってきたわ」
「ああ、すまんな。フム…チョコレートか」
「駄目だったかしら?」
「いや、問題ない。さて、紅茶でも淹れようか」
「ああ、それがちょっと人を待たせていて…」
「ん、もしやあのPXの子か?ほう、もう友達になったのか」
「いえ、友達というか…なんか流れで」
ほむらの話にブッカー少佐が軽く驚く。
「まあ、同年代の話し相手が出来るのはいい事さ。楽しんでこい」
「ええ、それでは行ってくるわ」
そして、ほむらを見送ったところでブッカーは気づく。
「そういえば…どこに行くんだろうか?」
そして、そんなブッカーの疑問などつゆ知らず、ほむらは再び外へと出る。区画の入り口前では杏子がベンチで缶ジュースを飲みながら待っていた。
「よう、終わったか?」
「ええ、喜んでいたわ」
「それはよかった。じゃあ、出かけよう」
「で、さっき外って言ってたけどまさか…」
「ああ、もちろん地上さ」
ニヤリと杏子が言う。それを聞いてほむらが頭を抱えた。
「いいの?許可なしで行けるものなのかしら」
「ああ、あたしぐらいになると顔パスさ」
「つまり無許可と」
ブッカー少佐にバレるとまずい事になりそうな予感がするが、杏子はさっさと行ってしまう。軽く走って慌てて追いかける。そこでほむらはふと気づく。今までは魔法少女の魔力で心臓の持病の症状を消していたが、この体は普通の人間である。その状態で運動なんて到底出来ないはずだ。しかし、軽く走ったが全く支障がない。つまり、FAFの医療技術は自分の心臓を完治させたのである。その事実に今更ながら内心仰天していると、杏子が立ち止まる。
「ああ、ここのエレベータだ」
見るからに頑丈そうな扉が付いたエレベータである。恐らく爆撃にも耐えられるように作ってあるのだろう。重々しく扉が開いてエレベータに乗り込む。モーターの回転音が鳴り、エレベータが昇降していく。そして、地上階に着く。扉が開くとそこは格納庫。機体はよく分からないが、小さなプロペラ機が並ぶ。コクピットが見当たらないから無人機だろうか?そんな事を考えていると、杏子は整備員に挨拶を交わした。
「よお、おっちゃん!外出てもいいか?」
「ああ!だが、いつも通り格納庫の入り口までだぞ!」
「分かってるよ!こいつに外を見せてやるだけさ」
「ん?珍しいお客さんだな。どうしたんだ?」
「ほら、あの最近話題になった退院した子さ」
「ああ、なるほど」
どうやら自分の話は「退院した子」で通じるぐらいこの基地内で広まっているらしい。そんな事実に内心で頭を抱えるほむらであった。
「どうだ、この基地は広いだろう?」
「え、ええ。そうね」
杏子の自慢げかつ、にこやかな表情を見ると、数日前にブッカー少佐と共に外に出たという事はとても言えない…無難な反応を返しておく。そして、タイミングを見計らいながらほむらは杏子に疑問を一つ聞いた。
「そういえば…あなたは何故FAFに?」
「ああ…さっき言いそびれたな。まあ、面白くも無い話だけど聞くかい?」
「ええ」
そして、杏子はどういった経緯でここに来たのか話し始めた。
あたしの親は神父でね…FAFが従軍神父を探していると聞いて、二つ返事でフェアリイ星に行くことを決めたんだ。こういう所だから行きたがる人も少なくてね、それでも世の中には信仰心が大事でそれが生活の一部って人もいる。そういう人の為に、ってさ。
で、FAFの人もそういう人材が集まりやすくなるように何か特例を認めてもいいと言ってきたんだ。そしたら、家族も一緒に連れていくという条件を父親が出して、それが認められた。そして、話はとんとん拍子で進んだ。そういう経緯であたしも家族と一緒に来たわけだ。あの南極の通路を超えてこっちの空を見た時は感動したね。でも、その時にはその先どうなるかなんて全く考えてなかった。着いてからは語学の勉強、航空身体検査、FAFのルールとかについての説明を受けたっけ…
このフェアリイ基地に降り立ったしばらく後、他の基地…トロル基地に行くことが決まった。それで輸送機に乗るまではよかった。だけど、搭載物の事情で誰か一人だけ別の便で飛んでほしいと言われたのさ。それであたしが立候補した…まだ小さかったから冒険心みたいなものが出たんだと思う。それにFAFの職員も付き添うと言ったからね。そして、一人だけ自分の手荷物抱えて機体から降りた。そのまま家族の乗る機を手を振って見送った。
それで次の連絡機を待っている時だった。その職員が血相を変えて飛んできたんだ。そして、あたしの手を引きながら「急いであの機に乗って飛んでくれ」と言ってきた。彼が指さす先には戦闘機…シルフィードがあった。何事かよく分からなったけど、いきなり3Dプリンタか何かで作った急ごしらえのごつい宇宙服みたいな与圧服を着せられて、後部座席に乗せられた。子供をなんとか戦闘機に乗せようとして慌てて作ったんだろうな。そして、後はそのままテイクオフ。
「タワーからコブラ21へ、離陸許可。離陸後は5000まで上昇後、ルナに接続せよ」
「コブラ21、離陸許可」
初めての戦闘機…何事かと思いつつ、内心とてもワクワクしていたね。
「ルナよりコブラ21、方位125。他機は後回しにしてある。最優先で飛行可能」
「コブラ21了解。方位125、超音速で飛行したい」
「コブラ21へ、超音速飛行を許可する」
「お嬢ちゃん、揺れるけどちょっと頑張ってくれよ」
パイロットがそう一言言った途端にシルフィードはグッと加速した。アフターバーナーの轟音と衝撃に目を白黒させている内にいつの間にか目的地に着陸。キャノピーが開くと整備員が急いで機体から降ろしてくれた。そして、与圧服を脱いで、その時やっと外を見たんだ。
そしたら、エプロンにあったんだ…さっき見送った輸送機が黒焦げの状態で。呆然としたよ…家族はみんな死んじまった。何があったか泣きながら聞いた。そしたらジャムの奇襲攻撃を受けたって。まあ、そういう経緯で天涯孤独になっちまったのさ。
杏子の口からは壮絶な話が続く。ほむらはその強烈な内容をただ黙って聞いた。どの時間軸でも彼女の人生は壮絶だった。それはこの時間軸でもそうであったのだ。ただ、方向性は違った。彼女は魔法少女にならず、普通の人間のままだ。
「ごめんなさい。辛い話をさせてしまって…」
「いいさ。こっちだけがそっちの事情知っているのも不公平だろ?」
「そうは言っても私は入院していただけだから…しかし、地球に帰ろうとは思わなかったの?」
「ああ、向こうにはろくに親戚もいないからな…行っても扱いなんてたかが知れてる。そういう事情もあってそのままFAFの職員が後見人になってくれた。で、今に至るのさ」
「そう…」
「だが、不満はないね。働いて給料は貰えるし、勉強も教えてもらえる」
「ここって学校あるの?」
この体の入院中の記憶を手繰ると、家庭教師のような人や医者と看護師に勉強を見てもらったぐらいであった。学校があるイメージは浮かばない。
「まあ、ここは世界中からいろんなやつが来る。特に多いのは何かトラブル起こして社会から不要と言われるような類。そういうやつだとまともに勉強出来てないこともよくある。そういう連中に勉強を教えるような所があるのさ」
「なるほど」
ガラが悪そうだと思いながら空を見ていると、サイレンが鳴った。
「空襲警報だ!」
杏子が叫んだ。そして、ほむらは空に何かを見た。
影を切り抜いたような黒、一切の反射も明暗の変化もない。そんな物体が空を高速で駆け抜けていった。そして、それは左旋回して戻ってくる。旋回を終えてその物体の正面がこちらを向く。そして、その瞬間、ほむらは心臓を掴まれるような感覚に襲われた。あれと似たようなものをどこかで見た。間違いない、この感覚はどこかで…そして、思い出す。こちらで目を覚ます前に見た夢の中、そこで見た靄のかかった黒い物体。それと同じ存在に違いない、幾多の戦いを経験したほむらの直感がそう警告を鳴らす。
「ジャム…」
杏子がそう呟きながらほむらの手を引いて走り出そうとする。その刹那、ジャムは弾け飛んだ。基地防空システムのミサイルを浴びて撃墜されたのだ。
「あれが…ジャム」
何か嫌なものと目が合った気分を味わった。
時間軸は少し遡る。
特殊戦の司令部たる指令センターではブッカー少佐と深井零大尉、軍医のエディス・フォス大尉が話し合っていた。雪風のフライトオフィサ、零の相棒となる人物についてである。その人物とはFAF情報軍に籍を置く人物、桂城彰少尉であった。問題はこの情報軍という組織である。諜報を専門とした部署であり、内外に情報網を張り巡らせ、FAFに敵対する勢力に対抗している。そこのボス…ロンバート大佐は特に曲者だ。その為、怪しまれている。特殊戦に入り込んでスパイとして動くのではないかと。その為に打ち合わせをしていた。
フォス大尉のシミュレートでは桂城少尉は命令に忠実な性格であって、特殊戦の指揮下にあって命令さえ与えればそれに従うだろうとの見立てであり、万が一使えないなら早々にお帰り願えばいいだけという結論に落ち着いた。
司令センター内ではもちろん通常のミッションを実施中である。大きなモニタには逐一様々な情報が映し出される。そして、試験ミッションに挑む機の情報が映し出された。
「B-13、偵察機材のテスト準備。フェアリイ基地隣のターゲットに向かって侵入中。いや、これは…急報を出してきた!B-13、不明機確認。フェアリイ基地の防空システムに通報中!CAPが向かった」
「何!?」
その一報にブッカー少佐は振り返った。
フェアリイ基地周辺を警戒中のファーンⅠに迎撃命令が下る。
「ペガサス10、11へ。フェアリイ基地に向けて不明機接近、数1。迎撃を許可」
「ペガサス10、コピー。捕捉した。エンゲージ」
「10へ、何かおかしい…っ!?くそ、密集して飛んでいる!数は3、繰り返す、ジャムの数は3!」
ジャムはレーダー上だと1機に見えた。だが、実際は3機が密着するほどに近づいて飛んでいた。その為、レーダー上では1機に見えたのである。そして、3機中2機のジャムが離れ、そのままファーンⅠと空戦を開始する。1機は迎撃機を無視して基地上空に侵入。
だが、それを更に遥か上空から監視する機体が1機…特殊戦13番機、レイフ。知恵の狼を意味する愛称が与えられた特殊戦唯一の無人偵察機である。そして、持ち前の各種高性能センサ類をフル稼働させ、そのジャムの様子を探る。ジャムは基地上空を通過、その後に左旋回。再度基地上空を通過するコースを取った。その刹那、基地防空システムが地対空ミサイルを連続発射、たちまちジャムは被弾。撃墜された。レイフはその間の情報も絶えずかき集める。
「ジャム、撃墜…B-13が緊急で情報を送信してきた」
「なんの情報だ?」
特殊戦機が飛びながら情報を送ってくる事はたまにある。それは乗員が何か必要があると判断した時である。この場合、レイフのコンピュータがそう判断したのであろう。
<unknown object>
未知の物体…この一文と共に各種データが送り付けられた。特殊戦の頭脳たる戦術コンピュータが直ちにデータの処理を行って、モニタに表示させる。
そこにはフェアリイ基地の一角が映されていた。そして、可視光以外の各種センサ情報を合成して撮られたそれには小動物のようなものが写っている。小さな体に大きな耳と尻尾のようなものがある。
「動物…?これがどうした…いや、待て。これは!?」
フェアリイ星には様々な生き物がいる。基地内に小動物が入り込んでも何ら不思議ではない。だが、ブッカー少佐は可視光の画像データを見て驚いた。同タイミングのデータであるにも関わらず、可視光の画像ではその動物は写っていないのだ。これはなんだ?データを見た特殊戦スタッフ一同がそう考えた瞬間であった。そして、零は静かに呟いた。
「フム。少なくとも普通の動物じゃないな」
レイフがその物体を捉えたのは偶然であった。ジャムが基地上空にたまたま侵入、それを観察すべく情報収集活動を開始。そして、特殊戦の機体に載せられた特別なセンサを使用したのである。空間受動レーダー…「凍った眼」と渾名のついたそれは大気の動きを全て捉える。もしも、通常のレーダーや目視で見えずとも大気を押しのける物体がその空間にあれば、動いた大気からその見えない物体を捉える事が可能なのである。
そして、レイフのコンピュータはノイズを排除する中である特異なノイズを見つけた。反応は小さいが他のノイズと違う、対象は連続で動いている。コンピュータでなければ気づかないレベルである。だが、知恵の狼はそれを貪欲に見つけ出すと、直ちに他のセンサで反応のあった個所を重点的に探知。可視光で捉える事が出来なかった為、特異な事象とコンピュータが即座に結論を出した。そして、各センサを複合的に使用、その正体をついに捉えたのであった。
光学的にステルス能力を持つ生命体。当然、脅威となりうる。そうして、レイフは司令部に緊急で情報を送ったのである。
来襲したジャムの狙いが何だったのか、それを一時的に忘れさせるほどの騒ぎとなって。
そして、場面は再び格納庫へと戻る。
「あれが…家族の仇か…」
「もしかして、あなたもジャムは初めて見たの?」
「ああ、いつも地下にいるから見る事は無かったね…」
「しかし…」
実に気味の悪いものを見た。そう考えながら、ほむらと杏子は格納庫のエレベータで地下へと戻っていった。
その遭遇が何を呼ぶか、まだ誰にも分からない。
その遭遇が引き金か、地球ではちょっとした悪意が動き出す。
それは縁か、はたまた偶然か
ということで、次の話でキャラが増えます。
杏子が与圧服着せられて機体に放り込まれたのは話の都合。まあ、子供用Gスーツやヘルメットは流石に無いと思うので…