地球では一人の男性が自室で考え事をしている。ただ、彼はかれこれ数ヶ月悩み続けていたのであった。
今の所、自分の人生はとても順調だ。仕事は好調、キャリアは安泰。家族はほぼほぼ円満、子供たちも優秀だ。再婚した妻も家族に馴染んで明るく暮らしている。
だが、ただ一つだけ問題があった。それは妻が連れてきた娘である。彼女は家族に馴染む事が全く出来ていない。そして、学業もパッとしない。他の家族とは完全に溝が出来ている。このままでは彼女が原因で私達家族に不当な悪評が付く恐れがある。これを解決するには何とか関係を断つしかない。関係修復は不可能だ。養子に出すか?いや、突然そんな事があれば怪しまれる。更にあの年で一人暮らしさせるなんてもっての外だ。
では、どうする。彼がぼんやり本棚を眺めた時だった。一冊の本のタイトルが目に入る。「ジ・インベーダー」世界的ジャーナリスト、リン・ジャクスン著の本だ。この本は確かしばらく前に世間のブームに乗ってつい買ってしまった本だったな…確か、フェアリイ星で戦う人々の話だ、南極上空の通路を超えた先の…ああ、そうだ。これだ。
世間で不要な人間が平気で送り込まれる場所がこの世にはあるではないか、彼女はここに送ってしまおう。だが、彼女一人では怪しまれる事間違いなし。さて、関与を疑われる事を避けるにはどうするか…長らく不安感に襲われていた男性はそんな歪んだ結論を叩き出し、念入りな準備を経てこの案を実行に移した。コネと財力に物を言わせて。
「やあ、暁美ほむら。ちょっと僕と一緒に地球へ行って契約しないかい?」
「帰って。今忙しいの」
暁美ほむらは自室の模様替えを行っていた。病院から持ち込んだ荷物の荷解きを未だ終わらせていなかった為である。そして、バタバタと段ボールを畳んでいると、インキュベーターが突然話しかけてきたのである。可能な限り関わりたくないのであるが…
「まあまあ、ちょっとぐらい話を聞いてくれてもいいじゃないか。これは君への忠告もあるんだから」
「何?揉め事は起こしたくないから話だけは聞く、手短に頼むわ」
「三日前、君はジャムを直接見たね?」
「で、だからどうしたの」
散ったごみを掃除機で片付けながら雑に答える。
「君がジャムを見たあの瞬間のことだ。君の魔法少女としての素質が急に跳ね上がった」
「…何ですって?」
「実に興味深い。こんな現象は初めて見たよ。隣にいた佐倉杏子は何一つ変化が無かったというのに」
ジャムを目撃して私に変化が起きた…これはどういう事だ?
「今の君が契約して願えば…そうだね、星一つの環境ぐらい変えられるぐらいの力があるよ。どうだい?僕と契約してこの戦いを終わらせてみないかい?」
「お断りよ。さあ、帰って頂戴。これから来客があるの」
「分かったよ。望まないのなら仕方がない。でも、一つ忠告だ。君のその力はこれから色んなものを引き付けるよ。良いものも悪いものも…そして、魔女も」
そして、そう言うとインキュベーターは部屋から出て行った。
だが…おかしい、元の時間軸でも私にとてもそんな素質は無いはずだ。それもジャムと出会ってから?はたして何が起こっている?頭の中に疑問符ばかり浮かぶ。そうして考えているとドアがノックされた。来客が来たようだ。
「あら、もう来たの?」
「ああ、約束の時間ぴったりだ」
杏子が袋を抱えながら入ってきた。
「ごめんなさい、掃除に夢中だったもので」
「いや、いいさ。おやおや、この部屋広くて良いな。こっちの物件に引っ越そうかなあ」
「FAFの職員の所で世話になっているんじゃなかったの?」
「ああ、今は一人暮らしだよ。後見人になってもらった人は任期終わって日本に帰っちまった」
「そうなの」
「今も定期的に文通しているぞ。その人は今、日本の宝崎に住んでいてなあ…」
「へえ」
地名を聞いてなんとなく場所は浮かぶ。今までの繰り返しの中で何度か行ったことがあるからだ。そして、杏子が写真を取り出す。その職員の家族だそうだ。仲の良さそうな姉妹が写っている。姉の方にはどこか見覚えがあるような…いや、気のせいか。
「地球に戻ったらいつでもうちに来ていいって言われているんだ。その娘さんたちからも歓迎ムードさ」
「へえ、養子になるのかしら?つまり、名字が変わるわね。この家は環さんだから環杏子…ふむ」
「む、それは考えてなかった。名字そのままって出来ないのか?」
「うちに六法全書は無いわ。専門家に聞いた方がいい」
「だよなあ」
そんな冗談を言いながら笑い合う。先日はあんな事があったが、今日はとても平和だ。しばらく忘れ去っていた日常というものを実感できる。
「あ、そうだ。地図帳なら貰ったわ」
そういえば、地図を見ていなかった。この世界に見滝原は存在しているだろうか、そんな事をほむらはぼんやり考えていた。
「深井大尉、そろそろ休憩したら」
「エディスか、今忙しい」
格納庫では零が雪風のコクピット内で作業を続けていた。新しいフライトオフィサを迎え入れる準備もあったし、ここ最近の情勢変化を雪風と確認する必要もあった。フォス大尉が話しかけてきたが、今は休憩するにも半端なタイミングだ。すると、フォス大尉は雪風の後席に入ってきた。乗り方のコツを掴んだのかするりと座る。
「搭乗許可は出してないぞ」
「今更でしょう。もう何度ここに座っている事か」
「まったく、機内サービスは出ないぞ」
「いらないわ。雪風に入れたMAcProⅡの具合がどんなものか確認しないと」
「フム、今はセンサの動作確認中だが…俺も三日前のジャムと謎のステルス生命体について雪風がどういう考えを持っているか聞くつもりだ」
「そう、ならちょうどいいわね」
そう言うとフォス大尉はモニタを操作して雪風にインストールさせたMAcProⅡを起動する。このMAcProⅡには高度な言語処理エンジンが内蔵されている。これによって普段シンプルな雪風の文章も語彙力が増した読みやすい文章として出力されるはずだ。零が質問内容を入力しようとするが、それよりも早く雪風のメッセージが表示される。
<ジャムはある人物を狙っているものと考えられる>
「なんだと…雪風、それは誰だ?」
文章を読んだ零がぽつりと呟く。すると雪風はすぐさま返答した。機内の収音マイクで声を拾って、その内容を理解しているようだ。
<暁美ほむらであると思われる。三日前にB-13が記録したデータから推察した>
三日前にジャムが飛んだルートが地図と共に表示される。そして、別の画像も一枚表示される。光学センサで撮影された画像のようだ。場所はフェアリイ基地内、無人観測飛行隊の格納庫前だ。画像が拡大されると、入口付近に人がいるのが見える…暁美ほむらだ。そして、地図にこの画像の位置がマークされる。そして、ジャムの飛行経路を現した線が地図上に表示される。
「これは…」
「彼女の真上を飛んで行った?でも、ただの偶然じゃ…」
更に飛行経路の線が伸びる。ジャムが左旋回し、基地上空に再び侵入するコースに入ったが、その瞬間にバツ印が付いた。ここでSAMに撃墜されたのだろう。
<この後の予想経路を表示する>
撃墜地点から破線が延びる。すると、再びほむらの真上を通過するコースである。
「フムン。だが、これでも偶然に見える」
<この直後から特殊戦のネットワークに対してかなりの数のアクセスがあった。その内容はほぼ全てが暁美ほむらの情報を探ろうとするものであった。アクセスはFAF各所から行われていたが、すべてブロック済である。恐らくジャムに汚染された端末による攻撃であると思われる>
「なるほど」
「しかし、ジャムから興味を持たれるなんて…彼女はいったい何をしたのかしら?」
<不明。こちらとしても彼女のデータは極めて少ない。彼女は何者か?>
「俺にも分からない。だが、何かを隠しているのは間違いない」
「私も同意見」
その直後である。計器から短い警報音が鳴った。レーダーが何か捉えた時に鳴る音だ。すぐさまディスプレイを注視する。
<unknown object, 2 o'clock low>
未知の物体…あのレイフが見つけた動物か。零とフォス大尉がその文章を読み終えた途端にディスプレイへセンサ画像が表示される。そこには小柄な体に対して大きな耳と尾が付いた生き物らしき物体がおぼろげに映し出されていた。零は顔を上げてその方向を見る。だが、何もいない。
<let's take a closer look...Lt.>
「もっとよく見てごらん」と雪風が言ってきた。すると、薄っすらと輪郭のようなものが見えた気がする。後ろでフォス大尉が驚いたように声を上げる、彼女も何か見えたらしい。じっと見続けるとだんだん形が定まってきた。そして、零はそれに向かって問いを投げかけた。
「そこにいるのは何だ?」
その途端、その輪郭ははっきり浮き上がって色も認識出来るようになった。それは白い動物の様であるが、見たことの無い生き物だ。
「やれやれ、ここの機械は本当にとんでもないな。どんな手を使ったのか分からないけど僕を見つけてしまうなんて…やあ、僕の名前はキュゥべえ。よろしく」
「これは何の冗談だ」
白っぽい謎の生命体がいきなり人語で話し始め、フレンドリーに自己紹介を始めた。現実離れした状況に流石の零も動揺していた。緊張からか背中に嫌な汗が流れる。
「おかしいな。こんな感じで挨拶をすればだいたい場が和やかになるのに」
この状況で雪風はどこかに通信しているらしい。恐らく特殊戦の戦術コンピュータ”STC”であろう。外部供給電力をカットしてAPUが起動している事から機体に積まれた電子機器の大部分は稼働状態なのだろう。零は機内のサバイバルガンにそっと手を伸ばしながら聞く。
「お前はジャムか?」
「いや、僕はジャムとは違う存在さ」
「では、何者だ?」
「君たちの敵ではない、と言える。そうだな…地球で魔法少女のサポートをしているよ」
「こういう状況での冗談は好きじゃない」
「冗談?いや、本当の事さ。魔女と戦う魔法少女をサポートするのが地球上での僕の仕事。大昔からね」
意味が分からない。
まるでアニメか漫画の世界のような話を目の前の生命体が言い出した。だが、待て。こいつは「地球上での」と言った…やたらスケールが大きい。それに大昔からとは?
「地球上と言ったが…お前は地球で生まれた生命体か?」
「鋭いね、答えはノーだよ」
「ああ、エディス。あれの言う事を信じるのならば、こいつは正真正銘の“未知との遭遇”らしい」
「ええ、正直理解が追い付かないけど…ジャムと違って会話はできるみたいね」
会話は可能。と、なればやることはただ一つ。情報収集である。
「つまりお前は宇宙人か」
「そう考えてもらって構わない。人類には観測できないぐらい離れた距離の星から来た」
「フムン。そんな距離をはるばる飛んで地球で何かと戦う奉仕活動なんてしているのか」
「脅威となる魔女を倒すためさ。奉仕ではないよ」
これまでの話を纏めると、キュゥべえと自称するこの謎の生命体は地球で自分たちの脅威となる存在と戦っているらしい。しかし、それなら何故フェアリイ星にいるのだ?零の頭には次々と疑問が浮かぶ。更にフォス大尉も質問を投げかける。
「魔女とはジャム?」
「いや、違う存在だよ。心配しなくていいさ、この星にはいないから」
「では、お前はここに何をしに来た?」
「興味深いからこの戦いを見学しているだけだよ」
「悪趣味だな」
「いけない事かい?まあ、こちらだけ情報を得るのも不公平だよね。という事で、一つ参考になりそうなことを教えてあげよう」
「なんだ?」
「魔女については暁美ほむらに聞くといい」
「どういうことだ」
「彼女はとても詳しい、どこで魔女の知識を得たのかは知らないけど。だから僕は彼女を少し怪しんでいる。初めて会ってからずっと敵視もされているし…おや、ちょっと喋りすぎたかな?そろそろ帰るよ。じゃあ、また会おう。深井零」
「待て!何故俺の名前を知っている?」
「君が特に興味深いからさ」
キュゥべえはそう言い残すとサッと格納庫から飛び出していった。
「エディス、どう思う?」
「分からない、ほむらちゃんに聞くしかないわね」
「そうするしかないか。さて、この状況をジャックにどう説明したものか…」
零が雪風に記録された記録を確認する。だが、それで愕然とした。
「どうしたの?」
「アイツの声が一切記録されていない」
「なんですって?つまり音波以外の方法で会話をしていたと?」
「つまり、テレパシーでも使ったか?ますますファンタジーだ。馬鹿げている」
「相手は宇宙人よ。ジャム並みかそれ以上かもしれない」
「ああ。だが、とりあえずは暁美ほむらに白状させるしかないな」
<B-1:target starts moving>
<STC:now tracking target>
一方、ブッカー少佐はクーリィ准将と共にフェアリイ基地戦術戦闘航空軍団の司令であるライトゥーム中将に報告を行っていた。内容は三日前に発見された光学的に偽装する能力を持った物体である。
「なんてことだ。これはジャムの新兵器か?」
「いえ、この星の動物かもしれません。捕獲して解剖でもしない限りはなんとも言えないでしょう」
「うむ…しかし、どうやって見つける?常に特殊戦機を飛ばすのか?」
「偵察機の情報を基に基地内のセンサを増強中です」
「ふむ。ロンバート大佐が調べているジャム人間の件も動いているし、面倒ばかり増えていく…」
会話の途中で部屋のドアがノックされる。重要な報告中であるのにやって来るとは余程の急を要する要件らしい。秘書官が慌てて入室し、中将にメモを渡しながら耳打ちする。
「何!?どうしてそんな事が?…ああ、分かった。下がっていい」
秘書官が退室する。そして、クーリィ准将が中将に尋ねる。
「何か起きましたか?」
「ああ、もう一つ大きな問題が起きた。だが、例の動物でもジャムでもない。先ほど地球から来た定期便の生鮮食品コンテナから大量の密航者が見つかった」
「密航者…ですか?しかも大勢とは」
「だが、その内容が問題だ。全員子供、国籍も年齢もバラバラ。身分を証明できる物は何一つない。そして、道中薬品か何かで眠らされていたらしく、何人かは昏睡状態で救急搬送される騒ぎだ」
その会話を聞いていたブッカー少佐は心の中で呟く。ああ、これは間違いなく関わりたくない部類のトラブルだ、と。
こうして、フェアリイ基地へ更なる厄介事が降り注いだのである。
謎の生き物からコンタクトを受けた深井零。
そして、FAFは更なるトラブルが転がり込む。
物語は更に動く。坂を転がり落ちるような勢いで。