特殊戦の格納庫にて、フォス大尉が雪風機内で飛行記録を閲覧していた。
雪風の前席にはほむらが座る。後席にはフォス大尉が座っている。そして、記録内容を聞き終えると二人はヘッドセットを通じて会話を始める。インキュベーターに会話の内容を聞かれる事を防ぐ為だ。
「これはまた…複雑怪奇というか奇妙奇天烈というか」
「まあ、そうなるわよね」
フォス大尉がポカンとしながら呟く。
「で、さっきの応接室の話を合わせると…その並行世界を繰り返す中で、今日来た三人の内の一人と会ったことがあると?」
「ええ、あの中の一人…巴マミよ。でも、実の所はもう一人会ったことがある人がいる」
「三人の中で?」
「いえ、別。あのPXの子…杏子よ」
「あら、知り合いだらけね」
「もっとも、向こうはこっちの事を知らないけれど。しかし、こうも都合よく集まってくると話が出来過ぎている気がして嫌な感じがするわ」
「それは確かに」
二人が機内の無線で会話をしていると、ディスプレイに表示が出た。雪風が自分でMAcProⅡを起動し、文章を作成して表示したのである。
<先ほどの飛行中の会話記録について、STCにのみ情報を送った。無論、他言しない条件付きである>
それを見て、ほむらが聞いた。
「何故他のコンピュータに情報を?あなたは飛行中の会話を他言しないと了承したはずではないの」
<特殊戦の各コンピュータはインキュベーターという生命体の情報を求めている。その為、判断材料を増やすためにこの情報をSTCに送ったのである。なお、あの生命体の情報とこの会話内容がFAFの人間に混乱を起こし、対ジャム戦略に悪影響を与えかねないという点を私とSTCは理解している>
「ふむ…何故あなた達はインキュベーターを恐れているの?」
<過去にジャムが人間のコピーを使ってFAF内の航空戦力に対して破壊工作を行った事例があった。それと似た事態が起こる事を非常に警戒しているのである。観測の難しい生命体なら簡単に致命的な破壊工作を実行可能だと判断する>
「なんですって!ジャムが人間のコピーを!?」
「ああ、ほむらちゃんは知らないか…FAFの中でも極一部だけが知る情報よ。そのジャムが作り出したコピー人間を私たちはジャム人間やジャミーズと呼んでいるわ」
「そんなのが基地内をうろついていると?危険じゃないの」
「ええ。でも、誰が怪しいかの傾向はだいたい掴んでいる。今は疑わしい人物を洗い出して一か所の部隊に集める計画を立てているところ。これは情報軍がやっているから詳細は分からないけど。ただ、厄介なのは彼らにジャムに作られたコピーという自覚が全く無いところ、尋問も拷問も無駄なのよ」
冗談じゃない、破壊工作をする人間のコピーだと?ある意味でジャムは魔女より面倒ではないか。と、ほむらは考える。すると、雪風が更に文章を表示してきた。それを見た途端にほむらは凍り付く。
<こちらからも質問がある。ジャムは暁美ほむら…あなたに何らかの興味を持っていると考えられるが、それは何故か?理由を聞きたい>
「どういうこと…?ごめんなさい、全く心当たりがないわ。そもそも何故そういう結論を出したのかしら」
<ジャムがあなたの情報を探っている。これはジャムの直接的な行動と特殊戦が電子的な攻撃を受けた事実からも確実だ。なお、ジャムが個人の非戦闘員に興味を持つという事例はこれまで確認されていない。その点でも詳細な調査が必要であると思われる>
その一文でほむらの背中に嫌な汗が流れた。そこにフォス大尉が助け舟を出す。
「この件は深井大尉も話に加わった方がよさそうね」
「ええ」
キャノピーを開く。すると、零が椅子から立ち上がってやってきた。
「終わったか?」
「ええ。でも、雪風からほむらちゃんに質問が飛んできてどうしたものか困っているの」
「フムン。今見よう」
零も整備用タラップから前席のディスプレイを覗き込む。
「ああ、これか…本当に身に覚えはないのか?」
「ええ、これと言って特に浮かぶようなことは…」
そこまで言いかけた所でほむらはふと思い出す。この時間軸で目を覚ます前に見た夢のようなものを。
「いえ、曖昧だけど一つだけ思い出したわ」
「なんだ?」
「ここで最初に目を覚ます前よ…夢の中でジャムらしき何かを見たような気がする」
「フム」
「意外ね。信じるの?」
「相手はジャムだぞ。何をやってきても不思議ではない」
「でも、その程度だと説明としては薄いわ」
「そうなるな。曖昧過ぎる」
「雪風にはどう答えるべきかしら」
「こう返そう。現時点では不明、調査中、と」
<情報不足の為、判断できないという事か?>
「そうだ、雪風。現時点では明確な情報が無い」
<了解、深井大尉。判明次第、情報の提供を求む>
そして、それきりディスプレイに文章は表示されなくなった。雪風の用件は済んだのだろう。
「雪風はあれで納得したかしら。しかし、自分がジャムに探られているというのは気味が悪いわ」
「まあ、用心しておけ」
「いつかジャム人間に襲われると?」
「どうだろうな。だが、場数は踏んでいるのだろう?」
「残念ながら今の私はか弱い一般人よ」
「フムン」
そこまで話したところで誰かが格納庫に入ってくる音がする。3人がそれに気づいて入り口へと視線を向けた。
「おい、零。遅いぞ」
「なんだ、ジャックか」
ブッカー少佐であった。その後ろには見知らぬ人物が立っている。何者だろうか、ほむらがそう考えているとブッカー少佐とその人物が雪風の近くにやって来る。
「3人で雪風に集まって…何をやっているんだ?」
「アンタの出した宿題をどうするか相談を受けていたんだ、ジャック」
「ああ、さっきのフライトのレポートか…」
「で、後ろのやつは何者だ?」
「彼が雪風の新しいフライトオフィサ、桂城彰少尉だ」
情報軍からやってきた桂城少尉は零に向かって敬礼をする。零も敬礼を返す。しかし、少尉は特に挨拶を交わすわけでもなく無言であった。そして、雪風前席から顔を出すほむらと桂城少尉の目が合った。が、彼はまさに興味なさ気といった様子で視線を逸らす。子供が偵察機のコクピットに座っていようが気にする気配もなく、関わる必要もないといった感じである。
それを見て、今までに会ったことが無いようなタイプの人間だとほむらは直感的に考えた。杏子の言っていた特殊戦の隊員達のイメージはまさにこのようなタイプなのだろう。零以外のパイロットとの交流はほぼ皆無であった為、それを実感したのはこれが初めてであった。一方、零は整備用のタラップを降りていく。そして、そのまま桂城少尉の前に立った。
「特殊戦一番機…雪風のパイロット、深井大尉だ」
そんな零の挨拶に対して、桂城少尉は返事を返した。
「あなたが優秀なパイロットという噂は聞いていますが、機種を乗り換えたばかりなのですよね?」
「ああ、そうだが」
「つまり、自分もあなたも新人同様という事になります」
「何が言いたい?」
「新人二人では何が起きるか分からない。もしも何かあってもそれを全て自分のせいにしてほしくない、そういう事です」
彼は無表情でそう言った。それに対して零は心の奥底でムッとしながらこう返す。
「君は俺が責任転嫁する人間だと思うのか?それとも、ロンバート大佐からそう言われたのか?」
「いいえ、大尉。自分がそう希望するから先に言っておこうと判断しただけです」
「希望するも何も、ミスの責任なんて自分の担当する範疇かどうかだろう。ならば、君がそう言うなら俺も言っておく。機長は俺だ、機内では俺がリーダーとなる。俺がフライトオフィサに命ずるからそれにしっかり従え。そして、機長がフライトオフィサに問題があると判断したら、それは君に問題があるという事だ」
それを聞いた桂城少尉が無表情ながらも返事を返す。
「驚いたな、特殊戦に強権的な事を言い出すタイプの人間がいるとは思わなかった。事前のあなたの評判だとそんな事は言わない性格だと聞いていた」
そこにブッカー少佐が口をはさむ。
「いや、リーダーは無能ではなれない。その点、特殊戦には無能はいないから問題ない。もっとも、雪風以外の機に乗務する他の隊員は君が思い描いているようなタイプの人間ばかりだが…他に大尉へ何か言いたいことは?」
「いいえ、少佐。ありません」
「では、君の任務は先に伝えた通りだ。行っていいぞ」
「はい、少佐。失礼します」
「待て、俺にも一つ質問がある」
「なんでしょう、大尉」
「君は私物で鏡を持っているか?」
「はい?質問の意味が理解できませんが…言葉の通りなら電気髭剃りに付属したものを持っていますが」
「そうか、質問はそれだけだ。優秀な搭乗員であることを期待している。行っていい」
「はい、大尉。失礼します」
そして、桂城少尉は格納庫を出て行った。そして、ほむらは零に疑問を投げかけた。
「大尉、どうして彼に鏡を持っているかなんて質問をしたの?」
「いや、ただ三人で事前に予想したんだ。アイツは鏡なんて持っていないだろうと」
「何故そんな事が分かったのよ」
「昔の俺に似た性格だってフォス大尉が予想した。つまり、アイツは自分の顔を見る趣味がない。おまけの小さな鏡だと自分の顔がさぞ歪んで見えるに違いないな」
そして、ブッカー少佐も笑い出した。
「鏡を持っているかという質問はいいな。昔のお前にそっくりだという事は見事に実証できた訳だ。プロファクティングってやつはすごいな」
「そろそろニヤニヤするのをやめろ。似ているからと言ってもアイツは俺ではない」
「分かっている、あいつとお前はやはり別人だよ」
そんな話合いを見ながらほむらはフォス大尉にひっそりと尋ねる。
「深井大尉は昔あんな感じの性格だったということかしら?」
「そうだったみたい、私が来る前の話だから直接は知らないけど。まあ、今の性格に落ち着いたのはここ最近の話よ」
「最近?そんなに急に性格って変わるものなの?」
「いいえ、普通は変わらないわ。彼はちょっと色々あったのよ」
「色々…?」
「彼の人生観が根本的な所からひっくり返っただけ。例えるなら…世の中の広さにやっと気が付いた感じかしら」
「よく分からないわ」
「まあ、人の心は奇妙なものよ」
「はあ、そういうものかしら」
「あら、心理学に興味があるなら講義でもしましょうか?」
「遠慮しておくわ。宿題が更に増えてしまう」
そんな事を話していると、ブッカー少佐が下から呼びかけてきた。
「ああ、そうだ。ほむら、初飛行記念のプレゼントがある」
「何かしら?」
「取りに来てからのお楽しみだ」
ほむらはタラップを駆け降りる。そして、ブッカー少佐はほむらにキャップを手渡した。
「帽子…?」
「ああ、特殊戦のマーク付きだ。記念になるかと思ってな」
キャップには部隊マークであるブーメランが描かれている。
「ありがとう、大事にするわ」
そして、ほむらがキャップを受け取り、被るのを見た零がブッカー少佐に聞く。
「少佐殿、俺はまだ任務の予定を聞いていないのだが」
「ああ、そうだった。次の任務は3日後だ」
「ずいぶん先だな」
「ここ最近のゴタゴタの影響だ。桂城少尉にはその間、しっかり座学をやらせておく」
「フム」
「ほむら、レポートは書けそうか?」
「ええ、多分大丈夫だと思う」
「では、解散としよう」
そして、格納庫を出て零達と別れると、ほむらは自室へと戻った。玄関の扉を開けて部屋に入ると肉体的にも精神的にも重い疲労感を覚えてベッドに倒れ込む。今日は色々と起こりすぎた。そう思いつつ白く光る天井の蛍光灯を見る。そして、あの手の飛行機は乗っているだけで体力を消耗するのだ、そうぼんやり結論を出していると、どこかから忌々しい話し声が聞こえてきた。
「やあ、暁美ほむら。君の周りは本当に素質を持った人間が集まってくるね。本当に惜しいな、ここが地球だったら彼女たちと契約できるのに」
窓の向こうの手すりの上にインキュベーターがいた。
「今疲れているのよ…で、ついでだから一つ聞きたいけど、あの連れてこられた子供の一団に魔法少女はいないわよね」
「ああ、いないさ。むしろ、いたら困る」
「紛れていたらどうするつもりだったのかしら」
「何が何でも地球に脱出させる、魔法少女をジャムに捕獲されるわけにはいかないからね。いざとなればソウルジェムだけでも地球に送り返すさ」
「それだとフェアリイ星に残された肉体は死ぬじゃない。残酷ね。どうせ、そのソウルジェムも地球のどこかに放置しておくのでしょう」
「機密の為なら仕方ない。貴重な人材を潰すのは惜しいけどそれだけの覚悟だよ」
「貴重なんて本当に考えているのかしら」
「人材は有限な資源だよ、当たり前じゃないか」
「そう、あなた達の人間に対する価値観が地球人と違う事が再認識できたわ。そろそろ寝たいから帰ってほしいのだけど」
「そうか、話せてよかったよ。ああ、そうだ。深井大尉によろしくね」
そう言い残すと、インキュベーターはベランダの手すりから飛び降りて消えた。
「ああ、駄目だ。熟睡する前に寝る支度をしないと…」
こうして、波乱万丈の一日が終わった。
こうして、特殊戦に人が増えた。
一方、ほむらは自分の置かれている状況を知った。
そして、彼女は初めてジャムに明確な恐怖心を抱いた。