妖精空間漂流記【完結】   作:ひえん

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未知の空へ

 巴マミ達が特殊戦にやって来てから二日目。

 彼女達は食堂の手伝いを始めた。もっとも、テーブルの上を拭いて掃除したり、床を掃き掃除で掃除したりといった簡単な内容であった。特殊戦は変わり者が多いのは事実であるが、食堂などの場は出稼ぎでやって来た軍属の者が多い。そんな彼らはトラブルに巻き込まれてやってきた彼女たちに同情的であった。それもあってか、少なくとも食堂内では過ごしやすそうに見える。

 そして、今日も課題はやって来る。それを前日と同じように学習し、この日は何事もなく平穏無事な気配である。変わった事といえば、ほむらが課題を終えた三人を連れて杏子の勤めるPXへ買い物に行った程度だ。杏子も三人が元気そうでほっとした様子だった。

 一方、ブッカー少佐もフォス大尉と嫌がる零を引き連れてマミ達の様子を見に行った。自由時間の彼女たちはPXで手に入れた菓子類を食べながら談笑していた。

 

「やあ、元気そうでなにより。特に困っている事は無いか?」

 

 例のタブレットが即座に内容を翻訳する。

 

「いえ。今のところは大丈夫です」

「おっちゃん、課題減らしてくれよ。むずい」

「それは駄目だ。勉強は大事だぞ」

「えー」

 

 そして、ブッカー少佐は一つ質問を飛ばした。

 

「そういえば、そのAIの名前は決めたのか?」

「ええ、決めました」

 

 先に名前を決めたさながにこやかにその名前を言った。

 

「AIだからアイちゃんにしました」

「安直だ」

「ああ、確かに…安直だな」

「そんなひどい」

「なんてやつだ、ジャック。女の子を悲しませるなんて」

「零、お前が先に言ったことだろう…すまない、お詫びに何かいい名前を考えようか?」

「いいんですか?」

「やめておけ、ジャックに任せると無駄にややこしくて変な意味の名前を付けてくるぞ。こいつは奇妙な事ばかり知っているんだ」

「ええ…」

 

 結局、AIの名前はさなが出したものに決まったのであった。

 

 

 

 そして、更にその翌日のことである。この日はどこか慌ただしい雰囲気を感じる。食堂では零がいつもよりも足早に朝食を食べていた。

 

「大尉殿。もっとゆっくり食べればいいのに」

「なんだ、ほむらか。これからあの新人を乗せて出撃なんだ、時間が惜しい」

「ああ、今日だったのね。大丈夫なの?」

「必ず帰還するのが俺の任務だ。今日も変わらん」

「そう…気を付けて」

「ああ」

 

 そして、彼は席を立つとそのまま食堂を出て行った。思えば彼が実戦に飛び上がるのを初めて見た気がする。直接見送る事は出来ないが、深井大尉ならばきっとごく普通に帰ってくるだろう。ほむらはそう考えながらマミ達と合流した。

 

「タワーからB-1、離陸を許可する」

「こちらB-1、離陸許可」

 

 雪風は飛び上がる。久々の実戦、機体が変わってから初の通常任務である。後席には新顔のフライトオフィサ、桂城少尉が搭乗している。FAF情報軍出身の彼は素早く仕事をこなす。なるほど、優秀なのは確かなようだ。そして、雪風は悪天候の空を真っ直ぐ飛ぶ。

 目的地はジャムの基地。クッキーというコードネームが付けられた地点だ。現在FAFは総力を挙げてジャムの基地を無力化する作戦を遂行中であった。そして、この作戦は規模の大小はあるものの連日連夜行われ、特殊戦の偵察機も投入され続けた。乗員や機体のローテーションを考えると、雪風を遊ばせておくわけにはいかない。よって、新人の桂城少尉も即座に実戦投入となったのだ。

 

「友軍機接近、2時方向下方。帰還中の攻撃隊、高度差2000。2分後交差する」

「了解」

「周囲にジャムは確認されていない。予定通りのルートを維持」

 

 桂城少尉が零に周辺状況を知らせてくる。離陸後、彼が初めて言葉を発した瞬間だった。そこで零はふと興味が湧いた。フォス大尉が解析した結果だと、彼の精神構造は昔の自分そっくりであるという点だ。淡々と機械のように話す彼も、物事の視点を変えさせれば自己の生存という根底条件以外にも興味を持つかもしれない。

 

「桂城少尉、情報軍ではどんな仕事をしていたんだ?」

「それは今の任務に関係ない」

「いや、ただの世間話だ。暇つぶしだよ。じゃあ、関係ありそうな話に変えよう。君はジャムを見たことがあるか?」

「いや、ない」

「実戦部隊ではないとはいえFAF内の人間でもこれか。地球の連中がジャムの存在を疑うのも無理はないな」

「あなたはジャムの存在を疑っているのか?」

「いや、疑っていない。何度も戦ってきた以上、確実な存在だ。だが、俺が疑っているのはその戦ってきた相手がジャムの本体ではないかもしれないという事だ。あれは分身のような物じゃないかと」

「それが何か?」

「いや、別に。俺はそう思っている、ただそれだけだ。そして、君はどう思っているだろうか、と考えただけだ」

 

 ふむ、と桂城少尉が呟く。やはり話を振れば返ってくる。打てば響くといった感じだ。

 

「ぼくは今までそんな事を考えたことなかった。今まで人間相手の諜報戦しかやってこなかった。人間の敵性組織が使う通信や傍受手段に対する対抗手段の確立や調査だ。電子的な手段を専門に調べてきた。だから、ジャムとは何か、なんて考えた事は無い」

「それでは困る。ここの相手はジャムだ。相手が何か、それを考えないといけない。それに…俺は何が何だか分からない相手に殺されたくはない」

「それはこの雪風も含めて?」

「そうだ。だが、何故雪風の名が出た」

「あなたは雪風に意識のようなものがある、そう考えているのではないか」

「どうしてそう思った。誰かに聞いたのか?」

「いや、座学でレクチャーを受けた時に特殊戦の各機はバラバラに経験を積み、学習してきたからそれぞれ個性があると聞いた」

「なるほど。だが、こいつらに人間とそっくり同じような意識があるとは思っていない。だが、それに相当するものはあると考えている」

「それは単なるプログラム上のシミュレートの結果かもしれない。自己学習の果てにそういうような動きになったとも考えられる。それを意識と呼べるかは微妙だ」

「だが、何かすれば反応は返ってくる。これは事実だ。訳が分からなくとも、コミュニケーションを取らないとそれが何なのかも分からない。それはジャム相手にも言える事だ。しかし、雑談はしてみるものだな、君の考えも知ることができた」

 

 雪風は飛ぶ。この後、空中給油を受けてから偵察地点に到達する予定だ。

 

 

 

 一方、ほむらはフォス大尉の部屋で課題に取り組んでいた。もっとも、部屋の主であるフォス大尉は司令センターで雪風の様子をモニタしており、今は留守である。そして、例の三人とは別に一人だけで勉強している事に理由は特になく、ただそういう気分だっただけである。そして、ノートに計算式を書きこんでいる時であった。フォス大尉が息を切らしながら部屋に駆け込んできたのである。そして、ほむらは驚きながら訪ねる。

 

「どうしたの?」

「雪風がジャムに拉致されて消えたわ」

「なんですって!?つまり撃墜されたと?」

「いえ、不可知戦域に誘い込まれたとブッカー少佐やSTCは言っていた。でも、それが何なのかは私にも分からないわ」

「不可知戦域…?」

 

 聞き馴染みのない単語にほむらは首を傾げた。

 

 

 

 時は遡る。場所はクッキー基地上空。ジャムのその基地はFAFの攻撃でほぼ壊滅状態であった。あちこちの建物の残骸らしきものは黒煙を上げており、地上に無傷で残るのは地下格納庫の出入口と思しき建造物がただ一つと滑走路が一本だけ。それらは意図的に残されている。そして、たまに複数のジャムがその建造物から出てくるのであるが、それらが離陸しようとした瞬間を上からFAF機が叩くという事をここ数日繰り返していた。FAFはそのうち人員を送り込んでこの基地を制圧するのかもしれない、そんな話まで出ていた。

 そして、雪風はその様子を低空に降りて偵察しようとしていた。だが、そこで突如、大型のジャムが格納庫から出てきて離陸を開始。他のFAF機がこれに対して攻撃を開始したものの、クッキー基地が崩落を起こしながら多数の小型ジャムと対空ミサイルを打ち上げた。これによってFAF機は真下から奇襲を喰らって壊滅。だが、雪風は狙われなかった。そして、大型のジャムはギアを降ろし、自らが無害である事をアピールしながら雪風に近づいてくる。

 

「深井大尉!あれはジャムだ、早く攻撃を…」

 

 桂城少尉がそう言ってディスプレイを見ると、雪風からのメッセージが表示された。そこには仰天する内容が書かれていた。自分はあれと接触を図るから攻撃するな、と。

 

「なんだこれは。大尉、あなたがこれを書かせたのか?」

「そんなわけないだろう。そんな暇があると思うか」

 

 真横にはジャムがいる。その機体はただ黒く、光の反射もない。ただ、影のような黒さである。それだけに立体感もない、表面の凹凸すらうまく識別できないのだ。雪風は離されないようについて行けと言ってくる。そして、ジャムの旋回について行くように零は慎重に操縦を行う。高G旋回であり、体が座席に押し付けられる感覚に襲われる。しかし、雪風はこのまま振り切られないように旋回しろ、と言ってくる。何が言いたい、零はそう考えながらも操縦桿を押して雪風の要求に答える。すると、ディスプレイに表示が出た。MAcProⅡを使えというものだ。そして、後席の桂城少尉に言った。

 

「少尉、MAcProⅡというソフトウェアを起動しろ!」

「あった。だが、これは…何のソフトウェアだ?」

「いいから早く!」

 

 そして、MAcProⅡが起動。ディスプレイにウインドウが表示された。ソフトの心理分析ツールが立ち上がる。そして、雪風が何かを入力している。恐らく雪風が予想して作成したジャムのPAXコードであろう。つまり、雪風はジャムの行動を予想しようというのか。いや、ソフトを使わずともある程度予想を立てている気がする。そうなると、ソフトを立ち上げさせた理由は乗員である自分たちに自らの意図を人語で伝えたがっているのだ。事実、MAcProⅡを用いて会話したこともある。

 

「雪風、あいつは何がしたいんだ?」

 

<目標機は紫外線変調を使用して信号を発信。旧バージョンによるSSLプロトコルを使った「Follow me」タグを連続で発信中>

 

「バカな、ジャムがSSLの内容を理解して使ったというのか」

 

 桂城少尉が唖然としながら呟く。SSLは特殊戦の暗号通信手段である。しかし、零はさほど驚く様子もない。そのバージョンは旧雪風が使用していたバージョンだ。かつて、偽物の基地に閉じ込められた際にでもコピーしたのだろう。そして、ジャム機の機首付近にあるスリットには紫外線を発する何らかの機構があるというのは以前から知られていた。それを使ってこちらに信号を発信しているのだ。しかし、紫外線であるから目視では確認できない。相手はひたすら旋回を続けている。しかも、だんだん急な勢いになってきた。これ以上、旋回半径を狭めるとGが更に大きくなり、人体が耐えられない。気を失うだろう。そうなれば、雪風はコントロールを奪って旋回を続けるだろうか?そう考えたところで零は雪風に聞く。

 

「雪風、こいつは旋回を続けて何がしたいんだ。分かるか?」

 

<MAcProⅡによる予想では…ターゲットはあなたと直接通話をしたいと望んでいると予想されている。しかし、他のFAF機に聞かれたくないので、どこか干渉を受けない場所へ誘導していると予想中。私もこのMAcProⅡの予測を正しいと判断する>

 

「どこに誘導しようとしている?」

 

<あなたもかつて経験した場所だ…UNKOWABLE WAR AREA>

 

 雪風は言った、不可知戦域と。零の脳内にいくつかの嫌な記憶がよみがえる。

 

「大尉、この文章の意味は…謎の戦域とは何だ?」

「少尉、空間受動レーダーを注視。ジャムの行先に何かが起こると予想される。衝撃に備えろ」

 

 そして、零は続けて雪風にも指示を出す。

 

「目標との電子戦に備えろ。あいつはジャムだ、油断するな」

 

 ディスプレイに表示が出る、「準備万端、負ける気なし。私を信じろ」と。そして、次々と電子戦装備の情報が表示される。更に空間受動レーダーの表示も自動的に出る。桂城少尉には何が何だか理解が追い付かない。しかし、深井大尉と雪風はこれから何かが起こるという確信があるようだ。そして、深井大尉と意思疎通を行い、自動的に次々と用意を進める雪風の動きを見ると、確かにこいつには意識があると言ってもおかしくないような何かを感じる。しかし、彼らに雪風に意思はあるのかという質問を飛ばしても無意味だろう。明確な答えが返ってくる保証がない。だが、自分には深井大尉がこの意思を持つかもしれない機械知性体の言う事を信じ、命を預けるという行為を理解することができない。確証の無いものを信用するのは危険でしかない。けれども、自分はこの後の展開を待つしかない。状況は刻々と変わり、下手に手を出せない。数秒後がどうなるのかも予想できないのだから。

 そんな事を考えながらディスプレイのレーダー表示を見つめる。そして、変化があった。空間に白い輝点が表示されたのだ。爆発のような衝撃波の発生点のように見えたが、それは広がることが無く、ただ一点の反応のままだ。まるでレーダーがフリーズしたように。しかし、他の衝撃波や移動物の反応はしっかり捉えている事からレーダーの動きに問題はない事が分かる。桂城少尉はその謎の反応がある方向を見る。しかし、目視では何ら異常は確認できない。場所は崩壊したクッキー基地の直上だ。再びディスプレイを見る。すると、反応のあった点が動いた、点状から円形に反応が変わったのだ。この空間受動レーダーは大気の動きを捉える。つまり、穴のように空気が押しのけられた空間があるという事だ。その穴は徐々に大きくなっていく。ジャム機はその穴を目指している様子だ。機体がガタガタと振動を始める。とんでもない乱気流に捕まったような感じであり、機体が壊れないかという勢いだ。

 

 桂城少尉はジャムの針路上に目を向ける。そこには目視で確認出来る程の明らかな異常が生じていた。まるで空中に巨大なレンズのような円形の歪みが浮いている。まるで異空間への入り口だ。そして、自らの体がこわばっている事に気が付く、緊張と恐怖感によるものだと彼は気づいた。そして、深井大尉が「くるぞ」と叫ぶ。

 

 正面のジャム機が回転しながら白い靄に包まれるのを見た瞬間、猛烈な衝撃を受けて視界が暗転したのであった。




零に接触を図ったジャムは何を望む…
そして、雪風の行く先には何が待ち受けるのか
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