【疾走騎士】ゴブリンスレイヤーRTA ドヤ顔W盾チャート   作:もふもふ尻尾

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パート13 裏 中編 『生き残った冒険者達の特権』

「今回はご迷惑をお掛けしました」

 

 ゴブリンの巣を潰した私達は救出した村娘を新米達に任せ、早々に帰路へ着いていた。

 すると疾走騎士が唐突に謝罪の言葉を口にする。

 

「な、なによ藪から棒に」

「自分の勝手に付き合わせてしまいましたから……謝るべきかなと……」

 

 そういう事ね。私は鼻から溜め息をつき、思った言葉を口にする。

 

「別に、あいつらを助けた事に納得はしてないけど、私はアンタについてくだけよ。それに、最初の冒険ではあの二人を助けられなかったもの……」

 

 そう、納得はしていない。あんなやつら助けるくらいなら、私は……あの二人を助けたかった。

 ちょっと自信過剰だけど、正義感に溢れていた剣士。

 人を助ける為に、自らの拳を振るおうとしていた武闘家。

 たまたま声を掛けられて一党を組んだだけの僅かな付き合いだったが、二人は良いやつらだった。

 私はあの二人が迎えた結末が、よくあることだと今でも納得していない。

 

「というかあいつら何よ! 自分達の力量を理解してると思えないあの物言い! ほんっと不愉快!」

 

 あの自信満々な態度はまるで少し前までの自分のようで、思い出しても腹が立つ。

 今回助けても彼等はまた同じ事を繰り返すのではないだろうか。

 そして疾走騎士も疾走騎士だ。彼はアイツらに村娘達を任せると、引き留める間も無く即座にあの場を立ち去った。

 そこは礼の一つや二つ吹っ掛けて、もう少し痛い目に遭わせてやれば良かったんじゃないかしら? あの戦士が担いでた剣、そこそこ良い値段で売れそうだったし。

 

「すみません」

「そこはアンタが謝る事じゃないでしょ……」

 

 私は肩を落とし、今度は口から大きく息をついた。 

 

「それよりも、さっきみたいに一人で飛び出して行った事の方が問題よ? 前衛が後衛を置いて行ったらどうなるか、私達はもう思い知ったんじゃないの?」

 

 最初の冒険で剣士と武闘家がやられてしまった最大の要因は、二人が孤立した事に他ならない。

 そして、疾走騎士が同じ事にならない保証はどこにも無い。

 それが私にとって、一番恐ろしい事なのだ。

 

「……すみません」

 

 疾走騎士は足を止めないまま、こちらを向いて謝罪を繰り返す。それは、いつも前だけを向いている彼らしくない行動だった。

 

「……ゴメン。そもそもこうやってアンタと一党を組んだのは私の我が儘な訳だし、口出しする資格はないわよね」

「そんな事は……!」

 

 慌てて私の言葉を否定しようとする彼に、悪いことをしてる気分になって……私はつい胸中を吐露してしまう。

 

「さっきの場合はもうゴブリンは殆んど全滅させていたし、そもそもアンタは一人でもゴブリンの群れと戦える。でも、不安なのよ。疾走騎士の戦いを見てると私は……アンタがふと消えてしまうんじゃないかって」

 

 冒険者はいつも死と隣り合わせ。彼等はそれから逃れ、生き延びようと全力を尽くす。

 しかし疾走騎士の場合は、神からの《宣託(ハンドアウト)》によって、敢えて危険な橋を渡っているようにしか見えない。

 放ってはおけない。放っておけばきっと彼は一人で──……それは、それだけは絶対に駄目なのよ。

 

「一体なぜ? そうまでしてアンタは……一体何を成し遂げようとしてるの?」

 

 顔を上げて疾走騎士を見る。彼は改めて前を向いて、尚も歩み続けていた。

 

「…………この世界は、当然の権利のように、我々を絶望へと突き落とします」

「え?」

「出来ない事は、やりません。だから……大丈夫です」

 

 それ以上、私も何も言えなかった。

 町が見えてくる。今日も無事に生きて帰る事が出来た。

 だけど、どうしてか喜ぶ気にはなれなかった……。

 

────────────────

 

「だから私の矢がトドメなんだって!」

「いーや、間違いなく私の《火矢(ファイアボルト)》がトドメだった!」

 

 ゴブリンスレイヤーと共に依頼を終え、ギルドに戻った女神官。彼女が最初に耳にしたのは二人の冒険者による言い争いだった。

 

(あの人達いっつも喧嘩してるけど、一党として大丈夫なんでしょうか……?)

 

 そんな女神官を余所に、ゴブリンスレイヤーは順番を待っている疾走騎士達を見付け、ずかずかと歩いていく。

 

「終わったか」

 

 声を掛けるゴブリンスレイヤーに気づき、疾走騎士と魔術師の二人が振り向いた。

 

「はい。思ったより早かったですね」

「三十一、うちホブが二、シャーマンが一だ」

「二十三、うちホブとシャーマンがそれぞれ一匹ずつでした」

「……小規模ではなかったのか?」

「詳細な報告は受付でしますので、一緒に聞いてもらえれば」

 

 疾走騎士とゴブリンスレイヤーによる、必要な事だけを話す事務的な会話。するとそこへ割り込むように、女神官が声を上げた。

 

「あ、あのっ! ゴブリン退治に向かった新人の方達はどうなりましたかっ!?」

 

 疾走騎士達二人の他に新人達の姿はない。もしかしたら助けられなかったのではと、彼女は不安を抱いたようだ。

 

「少し危なかったですが、無事救出出来ましたよ。安心してください」

「あぁ良かった! 本当にありがとうございました!」

 

 しかし、それも杞憂だった。女神官は笑顔で安堵した様子を見せる。

 

「お待たせしました! 次の方!」

 

 そして、ようやく順番が回ってきた受付の前へと立った。

 

「ゴブリンスレイヤーさん! お疲れ様でした!」

「あぁ」

「疾走騎士さん……は、大丈夫ですよね? 今回は何も出てきませんでしたよね?」

「ええ、大丈夫ですよ。そんなホイホイと毎回大物が出てきたら、命が幾つあっても足りません」

「で、ですよね! ホッとしました」

 

 恐る恐るといった様子で問いかけた受付嬢は、疾走騎士の答えを聞いて胸を撫で下ろす。

 

「とりあえず報告を始めても?」

「はい、お願いします!」

 

 そして疾走騎士は、新米一党の救出に成功した事。ゴブリンの巣を壊滅させた事。シャーマンが一匹逃げ出したが、なんとか追い付いて始末した事。捕らわれていた村娘達を新米一党に任せた事などを、端的に報告する。

 

「逃げたのはシャーマンだけか?」

「その筈です。他に足跡はありませんでしたから」

「なら、問題はないな」

 

 疾走騎士の報告に、ゴブリンスレイヤーも納得している様子だった。

 ゴブリンについて彼の右に出る物は居ない。

 ゴブリンスレイヤーが納得しているということは、今回の疾走騎士の働きは十分と言える物なのだろう。

 受付嬢はそう判断し、報告書にペンを走らせる。

 それを後ろで聞いていた女神官は、魔術師がどこか浮かない表情をしている事に気付く。

 

「あの、何かあったんですか?」

「……まぁ、ちょっとね」

「そ、そうですか。その……無理はしないでくださいね?」

「ん、ありがと」

 

 苦笑いと共に答えを返す魔術師に対して、きっと彼女も苦労しているのだろうと女神官は察する。

 自身もゴブリンスレイヤーに苦労させられているが故に。

 その後、ゴブリンスレイヤー側の報告も終わり、四人は受付を離れた。

 すると先に報告を終えていた鋼鉄等級一党が彼等の前へとやってくる。

 どうやら疾走騎士達を待っていたようだ。

 

「これから食事を取るところです。ご一緒にどうでしょうか?」

 

 そう言って微笑む自由騎士は女性として容姿端麗。そんな彼女の誘いを受けて断る男など、居ないのではないだろうか。

 

「一緒に……ですか?」

「俺はいい、人を待たせている」

 

 しかし、何事にも例外は存在する。

 疾走騎士は懐疑的に頭を傾げ、ゴブリンスレイヤーに至っては一声で拒否を示し、足早にギルドから去って行ってしまった。

 

「え、えぇ……」

 

 あまりにもあっさりと断られた事に動揺を隠せず、鋼鉄等級一党達は困惑した。

 ゴブリンスレイヤーには決して悪気がないのだが、それが問題なのだ。

 事実、残された者達には若干気まずい雰囲気が流れてしまう。

 

「えと、じゃあ私もこれで……」

 

 そんな空気に耐えられなかったのか、女神官も続いてギルドをあとにする。

 自由騎士は既にショックで白くなってしまっていた。

 

「あ、あー……丁度こちらも食事にしようと思っていましたので、構いませんよ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 疾走騎士の言葉で即座に色を取り戻し、目を輝かせる自由騎士。彼女の後ろに居た他のメンバー達もホッとしている様子だ。

 

「いいですよね?」

「ま、まあ私は別に……」

 

 しかし、魔術師は疾走騎士に素っ気ない返事を返しつつ、内心頭を抱えていた。

 以前から彼女達は疾走騎士に対して熱のこもった視線を向けている。

 今回も何らかの目的があって、疾走騎士への接近を試みている事は明白だ。

 かといって先程の自由騎士はあまりにも気の毒だ。断るのは忍びない。

 ……仕方ない、ここは私が監視しておくべきだろう。と、彼女は結論付けたのだった──。

 

 

──────────────

 

 

 そして私と疾走騎士は鋼鉄等級一党に誘われ、一緒に食事を取ることになった。本当は断りたい所だったけれど今回ばかりは……仕方ないわね。

 圃人野伏が注文をするため、酒場の女給にぶんぶんと手を振る。

 

「ほら座った座った! おーい! おねーさんちゅうもーん!」

「はーいただいまぁー!」(……って、えぇ!? 今度は一気に五人に増えてる!?)

 

 疾走騎士は若干強引気味にテーブルの席へ座らされると、その右隣に圃人野伏、左隣に森人魔術師が座る。ぐぬぬ……あの二人、仲が悪そうに見えて息ぴったりだわ。油断出来ないわね。

 

「では貴女はこちらへどうぞ」

「え……あ、うん」

 

 自由騎士に促され、私は反対側、疾走騎士の向かい側へと座る事になった。

 そして私の右隣に女僧侶、左隣に自由騎士が着席する。

 

「よっしゃ今日は飲むぞぉ!」

「あまり飲み過ぎるなよ。また寝坊とか洒落にならんぞ」

「次寝てたら今度こそ本当に叩き起こしますからね!」

「騒がしくてすみません。うちはいつもこんな感じで……」

「いや、良い一党だと思いますよ」

「まあ仲が悪いよりは良いわよね」

 

 今日まで休みなく依頼漬けの日々を送っていた私達は、冒険者の休息という物を知らない。

 そのせいか、彼女達の喧騒はどこか羨ましく思えて、私は思わず頷いた。

 これが生き残った冒険者達の特権というものなのかしらね……。

 

麦酒(エール)! 麦酒(エール)! 冷えてるか~?」

「ばっちぇー冷えてますよ! ご注文をどうぞ!」

「あ、自分達お酒は飲めないのでミルクで」

「「……ほう?」」

 

 疾走騎士が酒を飲めないと聞いてニヤリと口元を緩める圃人野伏と森人魔術師。

 

「飲酒強要はいけませんよ?」

 

 しかし女僧侶の一声でギクリと身を強ばらせた。

 さっきまで温和な雰囲気を纏わせていた彼女のニッコリとした笑みには影があって……成る程、これは怖いわね。

 

「麦酒が四、ミルクが二……っと! 他には!」

「やっぱ肉っしょ!!」

「サラダも食え。鉱人(ドワーフ)になるぞ」

「ふふっ、耳を引っ張られて森人(エルフ)になって、今度は太って鉱人(ドワーフ)ですか?」

「では肉料理とサラダを人数分、よろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

「ええ、それでお願い」

「はあい! では少々お待ちをー!」

 

 ぱたぱたと厨房へ行く女給を見送って、料理を待つ。

 すると突然自由騎士が姿勢を正し、私達に話を切り出した。

 

「実は、ご相談したいことがあります」

「相談……ですか?」

「本当は銀等級のゴブリンスレイヤーさんにもお話を伺いたかったのですが……」

「って事は冒険絡みよね? 尚更私達よりベテランの人の方が良いと思うけど?」

「それでもです」

 

 冒険者として相談したい事? 等級はこっちの方が下なのに?

 まあ、疾走騎士の場合は話が別かしら。コイツの等級詐欺は今に始まった事じゃあないし。

 ……でも、これが私達を食事に誘った目的って訳ね。

 私は疾走騎士と目を合わせ、いいんじゃない? と、意思表示に肩を竦めてみせた。

 

「まあ、聞くだけなら構いませんが」

「ありがとうございます」

 

 疾走騎士が了承すると、自由騎士は頭を下げ、その内容を話し始める。

 

「私達一党は戦力としてどうでしょうか? 率直な意見をお聞きしたいのです」

 

 一党としての戦力……まあ、一度ゴブリンに遅れを取ったみたいだけれど、あれはただ運が悪かっただけよね。

 

「前衛に騎士一人、援護に弓持ちと呪文使いが居て、回復役の僧侶も居る。十分なんじゃないの?」

 

 一緒に組んで盗賊を退治した時には良い動きしてたし、特に問題はなさそうだけれど……。

 そんなふうに考えていると、私の向かい側に居る疾走騎士は顎に手を当てて悩んでいた。

 

「貴方はどう思いますか?」

 

 自由騎士が尋ね、暫しの沈黙。

 そして彼は考えがまとまったように頷いて答える。

 

「やはり、後衛三人に前衛一人は厳しいですね」

「そう……ですか」

 

 あ、そっか。確かに四人の一党で前衛一人だとちょっと辛いわね。

 ……あれ? なんで私はその考えに至らなかったのかしら? 普通に考えて守りが薄いわよね。

 

「探索に於いて前衛は二人以上欲しい所さ……です。多方面から攻められた時に手が回りませんから」

「成る程。しかしそちらも前衛は一人ですよね?」

「こちらの場合は後衛も一人ですから。彼女を背にして盾を左右に構えれば、二方向……いや、三方向までなら対応できます」

 

 しかし、その理由はすぐに分かった。

 私にとっての前衛の基準が『疾走騎士』になってしまっているのだ。

 コイツの戦い方に慣れてしまったせいで、自分の感覚がいつの間にかズレている。ハッキリ分かるわね。

 彼は例外で、他と比べるのは間違っている。

 そこはちゃんと認識しておく必要があるだろう。

 気を付けないといけないわ……。

 

「三方向まで……ですか」

「私達もそれで助けられたもんねー」

「あぁ、奴等完全に手出しが出来なくなっていたな」

「曲がり角に陣取って、死角を無くしていましたよね!」

 

 そういえば彼女達を救出した時はそんな感じだったわね。

 ……その後すぐ疾走騎士ぶっ倒れてたけど。

 

「壁を背にして背後から襲え……昔はそう教わったものです」

「それもお祖父様からの教えですか?」

「そうですね。といっても、そう簡単に出来る事ではありませんが」

 

 確か疾走騎士の祖父って斬撃を飛ばしたりする化け物よね? 一体何者なのか、本当に気になるわ。

 そこまでの使い手ならきっと高名な人なんだろうけど。

 

「では、壁が無い場合は?」

「ふむ……彼女を背負って戦うしかないですね」

「ちょっと待ちなさい。なんでそうなるのよ?」

 

 広い場所で四方を囲まれるって絶体絶命のピンチじゃないの。なんでそんな状況で私は疾走騎士におぶわれてるのよ。

 

「壁の無い場所、例えば平野で囲まれたとすれば、そこから脱出するには一点突破しかありません。自分が貴女を背負い、《突風(ブラストウィンド)》で飛ぶ。多分これが一番早いと思います」

「……なるほど、あらゆる状況を想定しているのですね」

 

 いやなに感心してるのよ。コイツ相当頭のおかしい事言ってるわよ?

 そこの森人も、その手があったか! じゃないわよ。アンタ同じ魔術師でしょ。

 《突風(ブラストウィンド)》が人を飛ばすために使う魔法じゃないって事ぐらい分かるでしょ。

 一回やったけどメチャクチャ危ないわよあれ。

 

「迷えば敗れますからね。自分の行うべき事は、予めちゃーんと決めておかないといけません」

 

 そしてお決まりの台詞を口にする疾走騎士は更に意見を述べ続ける。

 

「あとは──斥候役ですかね」

「え、私?」

 

 皆が一斉に圃人野伏を見ると。彼女はキョトンとした顔で自身を指差していた。

 

「確かに、コイツは一党の不安要素だな」

「ぐふっ!」

 

 森人魔術師が断言し、圃人野伏は大きく仰け反る。

 鋼鉄等級一党の斥候役である圃人野伏には、時折不真面目な言動が見られており、それを指摘しているのだと彼女達は思ったようだ。

 

「いや、そういう意味ではなく……」

 

 しかし、疾走騎士は首を横に振る。どうやら違うらしい。

 

「では、どういう意味なのでしょうか?」

圃人(レーア)はどうしても体力が他種族より劣ります。敵の警戒、罠の探知、解除、探索まで役割に咥……加え入れられているとなると。些か負担が大きいのではないかと。冒険での移動も、背の低さはどうしてもハンデになりますからね」

「お……おおー! わかってんじゃん! えへへ~」

 

 嬉しそうにバシバシと疾走騎士の肩を叩く圃人野伏。

 しかし森人の魔術師が腕を組んで不機嫌そうに口を尖らせる。

 

「ふんっ、普段から怠けてるせいじゃないのか?」

「ちょっ! 失礼なっ!」

 

 疾走騎士を間に挟んで騒ぎだす二人。それを余所に、一党の頭目である自由騎士は深刻そうな表情で考え込んでいるようだ。

 

「今日の冒険でも、彼女は特に疲労していましたね……」

「それで《賦活(バイタリティ)》を使いました。依頼も終えていましたし」

「成る程。普段はなるべく怪我の治療に奇跡を温存しておくべきですからね。奇跡や呪文を無闇に使うのは下策ですし、依頼を完遂してからというのは良い判断だと思います」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 褒められた事が嬉しいのだろう、自由騎士と女僧侶の二人がきらきらと輝いた笑顔を見せる。

 コイツら絶対自分達が先輩だって事忘れてるわよね?

 

「我々が彼女の体力に気を使いつつ、無理のない探索を心掛けるべきですね」

「それが良いでしょう。何事も、命があってこそですし」

 

 結局、そういう結論に至った。

 私達冒険者はいつ命を落としてもおかしくない。故に、無理は禁物なのだ。

 でも疾走騎士、それ自分に言った方が良いわよ。

 

「それにしても……遅いですね、料理」

「ん? あぁ、混んでるわよね。今日は特に」

 

 なかなか料理が運ばれてこない事に不満を口にする疾走騎士。依頼を終えた冒険者達で賑わう時間帯という事もあるのだろう。一人で注文を取り、料理を運ぶ女給は天手古舞いといった状態であった。

 

「ちょっと様子見てくるよ!」

「仕方ない、私も行こう」

「それなら自分も──」

「いーよいーよ座っててよホラホラホラホラ!」

 

 着いていこうと立ち上がった疾走騎士を座り直させ、圃人野伏と森人魔術師は二人して厨房の方へと向かい……すぐに戻って来た。

 ……麦酒(エール)が淹れられたジョッキを人数分手にして。

 

「お待たせ! 麦酒(エール)しか無かったけどいいかな!」

「喉渇か……喉渇かないか?」

「ちょっと! 私達お酒飲めないって言ってるでしょ!?」

 

 私は差し出された麦酒を断固として拒否しようとする。しかし──。

 

「まあまあそう言わずに! 先っちょだけ! 先っちょだけだから!」

「こういう席では先輩に付き合うものだぞ?」

「なによこの酔っ払い!?」

 

 まだ酒を飲んでいないはずだが、彼女達が行っているそれは完全な絡み酒だった。

 私達が頼んだミルクは一体どうしたのよ……?

 

「ちょ、ちょっとお二人とも! 持ってくもの間違えてますよ!」

 

 慌てた様子で女給がミルクを二つ持ってきた。

 私達は助かったと言わんばかりに麦酒を渡し、代わりにミルクを受け取る。

 

「肉料理も今持ってきますのでー!」

「……どうやら料理は出来てるようなので持ってきますね。六人分は大変でしょうから」

「え、ええ。お願いするわ」

 

 目を回しながら走っていく女給を見て、逃げるように疾走騎士が立ち上がる。そんなにお腹が空いたのかしら?

 

「お願い許して! ほ、ホアァーッ!!」

「やめルルォ! 私は二人の為を思って──ンアッー!!」

 

 そしてやはりと言うべきか、圃人野伏と森人魔術師の二人は女僧侶の《聖撃(ホーリー・スマイト)》(物理)で沈黙させられていた。

 

───────────────

 

「あれを待ってるのか」

 

 背後から声を掛けられ、牛飼娘は振り返る。

 そこに居た叔父は、全く……と、呆れたような表情をしていた。

 

「うん、多分そろそろかなって。そんな気がするんだ」

「……そうか。まあ、程々にな」

 

 それだけ言って、叔父は家へと戻る。

 牛飼娘は赤くなった夕日に照らされた、町へと続く道から目を離さない。

 

「! 帰ってきた!」

 

 すると、道の向こうからゆっくりとした足取りで歩く彼の姿が見えた。牛飼娘は彼の下へと走り出す。

 

「……ただいま」

 

 出迎えにやってきた牛飼娘に対し、ゴブリンスレイヤーがぶっきらぼうに言う。

 切らした息を整えて、満面の笑みを浮かべて、その言葉に彼女は答えた。

 

「うん! おかえりなさい!」

 

 これは、一人の騎士によってもたらされた、ほんの少しだけ良くなった物語である──。

 




Q.ゴブリンスレイヤーさんの向かった山側の巣はどうなりましたか?

A.巣の入り口を《聖壁(プロテクション)》で塞いで、パパパッと崩落させて、終わりっ!

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