【疾走騎士】ゴブリンスレイヤーRTA ドヤ顔W盾チャート   作:もふもふ尻尾

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パート14 裏 前編 『魔術師ちゃんは働きたい』

 窓から差し込む朝の日光に照らされて目が覚める。寝ぼけ眼を擦りながら、私は枕元に置いていた眼鏡を手に取った。

 

「ふぁ……おはよ、疾走騎士」

 

 小さく欠伸をして、隣のベッドに居た疾走騎士に声を掛ける。彼もまた目覚めたばかりの様子で、すぐに兜を被ってから私に挨拶を返した。

 

「おはようございます」

 

 一切のメリハリが無く棒読みとしか思えない彼の声。それを聞きながら私は体を起こし、眼鏡を掛けて、身支度を整えるためにベッドから立ち上がろうとした。すると──。

 

「痛っ……」

 

 ふくらはぎから太ももにかけて鈍い痛みが走り、うまく力も入らない。……しかしそれでも何とか気合いを入れて立ち上がる。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫……だと思うわ」

 

 私は何度か足踏みを繰り返す。……うん、動く。多分大丈夫ね。

 

「…………」

 

 そんな私の様子を無言で見つめる彼は、異常に気付いている様子だった。

 ……気まずくなった私は目を逸らしつつ、自身の状況を正直に話す。

 

「……足がちょっと痛むかしら」

「成る程、失礼しますね」

「え? ちょ、ちょっと!? きゃっ!」

 

 すると彼は突然片膝をついて、おもむろに私の足へと手を伸ばした。私は反射的に避けようとするも、バランスを崩して自身のベッドに背中から倒れてしまう。

 

「んあっ!?」

 

 そのまま左足をガッチリと掴まれたかと思えば、彼はなんと私の太ももやふくらはぎを揉みだしたのだ。

 彼の指に力が込められると、痛みを感じていたはずの足にゾクゾクとした快感が走る。

 抵抗しようにもこの快感に抗う事はできず、私の足は揉みほぐされていく。

 

「ふむ、筋肉痛でしょうね。ここ暫く動きっぱなしでしたから」

「んくぅっ! わ、分かって……るわよそんな事っ! ひぁっ! も、もういいから……は、離してぇっ!」

 

 そして左足の次は右足へ──待ってこれヤバい! ホントにヤバい! 来る! なにかがすぐそこまで来ちゃってる! 

 

「……なら、次からはすぐにちゃんと話して下さい。自分達は一党なんですよね?」

 

 そこでパッと手を離され、ようやく解放。

 はー、はー、……あ、危ないところだった。あのまま続けられてたら色んな意味でお嫁に行けなくなるところだった……。

 

「あの、聞いてますか?」

「……へ? あっ、も、もちろん聞いてたわよ!?」

 

 グッタリと寝そべった状態から慌てて立ち上がる。

 すると先程まで感じていた足の痛みが若干和らいでいる事に気付いた。

 もしかして今のマッサージの効果だろうか?

 確かに気持ち良かったけど……。 

 

 

「ふむ。取り敢えず、今日は休むべきでしょうね」

「…………え?」

 

 彼から告げられた突然の宣告。私は全身から血の気が引いたのを感じた。

 真っ赤になっていた私の顔は、一気に青ざめた事だろう。

 

「ま、待って! 別に歩けない訳じゃないし、魔法ならちゃんと唱えられるわよ!?」

 

 後方から魔法で援護を行うのが私の役割だ。

 たかが足が痛む程度であれば、その役割を全うするのに支障はないはず。

 そう必死に取り繕うが、彼はそれを認めない。

 

「万全で無い状態で冒険へ向かう。これがどれほど危険な事か、お分かりですよね?」

「っ! それはそうだけど! ……でも、それだとアンタは一人で行く事になるじゃない」

 

 それでも、引き下がりたくはなかった。

 私は彼に置いてきぼりにされるのが恐い。

 彼が一人で行ってしまうのが恐い。

 もし彼が一人で、この前のような悪魔(デーモン)と遭遇してしまったら?

 そんな事ばかりが頭をよぎる。 

 

「当然ですよ。自分と貴女とでは今まで積み重ねてきた物が全く違うんですから……」

 

 賢者の学院で魔術を学び、優秀な成績で卒業した私と、実戦のなかで任務を遂行し続けた結果、軍を追われた彼。

 私達二人の経歴は、もはや対極と言っても良いだろう。

 つまりその経歴で得た物も、また対極という事。

 彼より先に限界が来るのは当然の事なのだ。

 そんな私が無理をすれば、彼の足を引っ張る結果になる……。

 

「それに、筋肉痛の時にはよく休む方が良いんですよ? 『超回復』って知ってますか?」

「まあ、一応」

 

 確か、運動をした後に十分な休養を取る事で、成長が促されるっていうやつだったかしら……。

 

「なら、今後の為にもゆっくり休むのが最善です。今日はこちらも無理の無い依頼で済ますつもりですから」

 

 彼はまるで子供をあやすように言う。

 そうだ、今の私は駄々をこねる子供と同じなのだ。

 私の我が儘で彼の時間を浪費させるのは……いけない事だ。

 彼の言葉を信じて、今回は素直に従う事にしよう。

 

「……分かったわ。でも取り合えずギルドには付いていくわね。依頼、探すんでしょ?」

 

 そう、彼と私は対極。

 つまり彼の持っている物を私は持っていないという事で、しかしそれは逆に考えると、彼の持っていない物を私は持っているという事だ。

 これまで幾度か彼の求める依頼を確保してあげたりもした。

 冒険に着いて行かずとも、私に出来る事はあるのだ。

 それに、彼がどんな依頼を受けるのか、把握しておきたいという思いもある。

 これくらいは……問題無いわよね?

 

「それは助かりますが、その後はちゃーんと療養してくださいね?」

「もちろんよ!」

 

 良しっ! 彼の返事を聞いた私は心の中でガッツポーズをして、早速準備を始めようとする。

 しかしそこである事に気付いてしまった。

 

「……ゴメン疾走騎士、悪いけどちょっとだけ部屋から出てくれない? 十秒くらいでいいから」

 

 生憎と私が準備をする為には、まず最初に先程のマッサージでダメになってしまった下着を変える必要があった……。

 

 

────────────────

 

 

「あっ、おはようございます! ゆうべは おたのしみでしたね!」

 

 一応ギルドへ向かうのだからといつもの装備を身に付けたあと、彼と共に部屋を出た。

 すると宿の女主人からいつもの挨拶が飛んでくる。

 私は辟易しながらも、それを否定しようとしたが──。

 

「ずっと気になっていましたが、『おたのしみ』って何なんですか?」

 

 え……疾走騎士、もしかして今まで理解してなかったの?

 …………そういえばコイツ元々軍の騎士だったわね。

 規律正しい場に居てたのなら、そんな事知らなくても無理はないか。

 

「とぼけちゃってぇ、今日に至っては朝からお盛んだったじゃないですか。声、聞こえてましたよぉ?」

「……! あぁ、マッサージの事でしたか」

「はい! マッサージ(意味深)の事ですよ!」

 

 もうそれでいいや。なんか勘違いしてくれてるし、無駄な知識を増やす必要は無いでしょ。

 疾走騎士、アナタはそのままのアナタで居てね。

 

「それにしても、新しいお客さん来ませんねぇ。繁盛すればもっと設備を整えられるんですけど……はぁ」

 

 溜め息をつく女主人。

 確かに、あの鋼鉄等級一党も増えたとはいえ、部屋余りまくってるものね……。

 

「回るベッドとか良いですよね! あ、でもその前にこの宿が目立つようにしないと……そうだ! 屋根の上に大きな看板を取り付けるのはどうでしょう!? ハート形の看板とか、絶対目立ちますよ!」

「そんな事したら私達、この宿から出ていくけどいいかしら?」

「えぇーっ! どうしてですか!?」

「当たり前じゃないの!」

 

 夜な夜ないかがわしい宿へしけこむ男女二人の冒険者。

 そんな話が広まってしまえばギルドからの信頼もどうなるか分かったものではない。

 とにかく彼女の提案は却下しておいて、さっさとギルドへ向かいましょう。

 

 余談だけど、宿を出るときに鋼鉄等級一党の部屋から打撃音が聞こえたわ。どうやらあの二人、寝坊したみたいね……。

 

「それで? 今日は何の依頼を請けるつもり?」

 

 細い道を抜けていくそよ風を肌で感じながら、疾走騎士に問いかける。

 少し歩いて路地裏から出ればギルドはすぐ目の前。

 それまでの僅かな時間ではあるが、貴重な時間だ。

 これを有効に活用して、彼の考えを聞いておくべきだろうと私は考えた。

 

「先程も言いましたが、無理をするつもりはありません。下水道での討伐依頼や、溝浚い辺りを請けようかと」

「下水道……確かにあそこならイレギュラーと遭遇する事は無さそうね」

 

 それでも決して楽な依頼ではない。

 あそこに出てくる鼠や蟲を相手に、命を落とす者だって居る。

 それに加えて溝浚い……あれは稼ぎも少なく、かなり汚れるので誰も受けたがらない類の依頼だ。

 しかし、危険は少なく堅実に依頼をこなすという点に於いては評価出来る。

 ついでに、という形で請けるには効率が良いのだろう。

 体力に物をいわせて依頼を纏めて消化する、彼らしいやり方だ。

 

「分かったわ。じゃあ前みたいに下水道関連の依頼をかき集めてくれば良い訳ね」

 

 話をしながらギルドの自在扉を開け中に入ると、やはり多くの人だかり。

 冒険者達はこれから始まる依頼の張り出しを待っているのだ。

 

「アンタはどうするの?」

「自分は受付へ行って、張り出される物以外に依頼が無いか、確認して来ます」

「分かったわ。こっちが済んだら向かうわね」

 

 そこで依頼の束を抱えた受付嬢が掲示板へと向かっていくのが見えた。

 結構重そうだけど大丈夫かしら? ギルド職員も楽じゃなさそうね。

 

「はーい! 依頼の張り出しですよ!」

 

 彼女の声がギルド中に響き渡ると、興奮した様子で冒険者達が活気付く。

 むぅ、これは少し激戦になりそうかしら? いや、下水道の依頼を狙うのは新人くらいのはず。

 …………ええい、とにかくやるしかないわ! 私の両足、せめてこれが終わるまではもって頂戴よ!

 

「では、よろしくお願いします」

「任せなさい」

 

 疾走騎士の役に立つ為に。疾走騎士の役に立つ為に! アイツの役に立つ為にっ! イクワヨー! デッデッデデデデ!

 

 

───────────────

 

 

 ぐぬぬ、一枚持っていかれちゃったわ。しょうがない、私も本調子じゃなかったものね。

 因みに持っていった相手は白磁の見習聖女。

 彼女は私の居た位置から一番遠い場所に張られていた依頼を狙ったのだ。

 どうやら私は完全に警戒されている様子だった。

 前回下水道の依頼を独占してしまったのが原因だろう。

 ……その隣に居た新米の戦士がずっと私の方を見てて叩かれていたけれど、ね。

 

 とりあえずさっさと疾走騎士に持っていってあげましょ。

 きっと受付で待ってる筈だし……。

 

 ……あれ? 疾走騎士と話してるのは監督官の人? いつもの受付の人は……あ、成る程。別の冒険者の応対中なのね。

 

「請けますねぇ!」

「ありがとナス!」

 

 なんだかあの二人、妙に息が合ってるのよね。

 まさか……って、そんな訳ないない! 向こうはギルド職員だし!

 

 私がブンブンと頭を横に振るっていると、疾走騎士は私に気付いた様子でこちらを見ていた。

 私は慌てて彼に駆け寄り、確保した数枚の依頼書を手渡す。

 

「お待たせ。取れたのはこれだけよ」

「ありがとうございます。後はこちらに任せて、ゆっくり休んでください」

「うん、そうさせてもらうわね」

 

 すると横で話を聞いていた監督官は、疾走騎士が一人で冒険に出る事を察したようだ。

 

「あれ? 今日は一人なんだ? 大変だねぇ。じゃあこれを貸してあげよう」

 

 彼女がカウンターの下から取り出したのはカンテラだった。

 

「良いんですか?」

「その代わり、ちゃーんと帰って来るんだよ」

「はい、そのつもりです。あとついでに強壮の水薬(スタミナポーション)も買いたいのですが……」

「しょうがないにゃあ」

 

 疾走騎士が監督官からカンテラと強壮の水薬を受けとる。これで準備は出来た。あとは依頼をこなすのみだ。

 

「では、いってきます」

「下水道の鼠や蟲にやられるようなアンタじゃないって分かってるけど、一応言っておくわ。無事に帰って来なさいよ」

「もちろん、無理と感じたらすぐに逃げてきます。自分は臆病者ですから」

 

 そう言うと彼は私達に背を向け、ギルドから出ていく。

 

 ……もう、アンタみたいな臆病者がどこに居るのよ。

 きっと彼なりのジョークという事なのだろう。

 もはや苦笑いしか出来ないが……。

 黙々と為すべき事を為し続ける彼の背中を見送って、私は彼の無事を祈る。

 

「分かるよー、置いてかれる身は寂しいよねー」

 

 そんな私を見て、腕を組みながらうんうんと頷く監督官。

 彼女もギルド職員として多くの冒険者を見送ってきた人間である。

 私の心情も理解できるのだろう。

 

「まあ、しょうがないね。体力の劣る後衛を休ませる。どこの一党もやってる事だし」

 

 確かに、私の師匠である銀等級の魔女も適度に休ませてもらっている様子だった。その暇に、私は呪文を教わっていた訳だが……。

 

「冒険者は体が資本! 休むのも仕事のうちだよ!」

「ええ、そうね」

 

 彼女は人差し指を立てながら激励の言葉を口にする。

 そう、それが今の私に出来る最善なのだ。

 

「でも良かったの?」

「ん? 何がかな?」

「担当じゃないのに対応してくれたり、わざわざランタンまで貸してくれたり」

 

 しかもあのカンテラは明らかにギルドの備品であった。

 冒険者に貸し出しても良い物なのだろうか?

 

「うーん……さあ?」

「ええ……」

 

 首を傾げる監督官に対し、私は困惑を隠せない。

 思えば彼女の働きぶりはかなり自由な気がする。

 しかし仕事はきちんとこなしているようで、《看破(センス・ライ)》を扱える点も含めればとても優秀なギルド職員だ。

 そんな彼女が言うのなら、問題はないのだろう。……多分。

 

「まあ、私も彼みたいな冒険者はつい手伝いたくなっちゃうんだよねぇ」

 

 ……え、それってどういう──。

 

「すいませぇ~ん、まぁだ時間掛かりそうですかねぇ~?」

 

 後ろに並んでいた冒険者に声を掛けられ振り向くと、そこにあったのは長蛇の列だった。

 

「あ、ご、ゴメンなさい!」

 

 私が慌ててその場から退くと、彼女はにやにやしながら手を振っていた。

 ぐぬぬ……どうやらさっきのはからかわれただけみたいね。

 彼女、掴み所が無くて何を考えてるか全然分からないし苦手だわ……。

 とはいえこれ以上は職務の邪魔をなっちゃうし、離れるしかなさそうね。

 

「ゆっくり休む……か」

 

 そのあとギルド内の酒場へ足を運んだ私は席に座り、女給にグラノーラとミルクを注文しながら今日の予定について思案する。

 休みと言えど、本当に何もしない訳ではない。

 体は休めなければいけないが、頭は別。寧ろ私の専門はそちらなのだ。

 このまま宿に戻って呪文書でも読み漁る?

 でも今持ってる分は全部覚えちゃったやつだし……どうしたものかしらね。

 

「あ、どうも……」

「ん? あ、アナタ神官の……」

 

 考え込んでいる所に声を掛けられ振り向く。

 そこに居たのは女神官だった。

 

「はい、隣、良いでしょうか?」

「ん、もちろん」

 

 隣に座った彼女はトーストと水を注文する。

 質素な朝食、そんな印象も受けるが華奢な彼女には丁度良いのだろう。

 

「今日はお一人ですか?」

「まあ、ちょっと足を痛めちゃって」

「え、大丈夫なのですか?」

「ただの筋肉痛よ。平気平気」

「そうですか。良かった」

 

 女神官は一瞬心配そうな表情を浮かべたものの、すぐにホッと胸を撫で下ろす。

 ホント、人が良いわよね。神官って皆こうなのかしら?

 

「そっちは?」

「えっと、私はその……今日がちょうど『アレ』でして……」

「あぁ……『アレ』ね……」

 

 彼女が言う『アレ』とは、女性特有の病気のようなものだ。勿論私もその例に漏れず、定期的に頭を悩まさせられている。

 私はまだ大丈夫だけど、その時にはまたアイツに迷惑をかけちゃうわね……。

 

「お待たせしましたー! グラノーラとミルクに、トーストとお水です!」

 

 女給が運んできたグラノーラとミルクが私の目の前に並べられる。

 へー、いいじゃないの。こういうのでいいのよ、こういうので。

 早速グラノーラにミルクを掛け、スプーンでかき混ぜたあと口に運ぶ。

 ミルクの甘味とグラノーラの食感が……うん、おいしいわ!

 

「でもただ休むだけっていうのも退屈じゃない? どうしようかなって考えてたのよ」

「それでしたら私の辞典をお貸ししましょうか?」

「辞典?」

「はい、私も今日は怪物辞典(モンスターマニュアル)とか、聖典を読んだりして勉強しようかと思っていたんです」

 

 怪物辞典! そういうのもあるのね。

 確かに冒険で遭遇する怪物の情報を知っていれば対策もしやすいかしら?

 

「なら、いっその事ここで一緒に勉強会ってのはどうかしら?」

「あ、良いですね! そうしましょう!」

 

 トーストを啄むように少しずつ食べていた彼女は、笑顔で私の提案を受け入れる。

 

 こうして私達はギルドの酒場にて勉強会を開く事となった。

 




Q.また魔術師ちゃんがミルク頼んで成長RTAしてる……。

A.そんな成長じゃなくて早く体力伸ばして?

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