死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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手にした希望、誘うは冥府

墓守り(セクストン)から葬儀屋(アンダーテイカー)、はっきり聞こえている』

 

 こちらの問いかけに応じた声は、一年の時間を挟んだせいか、記憶よりいささか落ち着いた――悪く言えば老けたように感じられた。

 

 自分の上司、情報を扱う部署を束ねる軍属の工作員監督者(スパイマスター)。敏腕かつ老獪、狙った目標は決して逃さぬその姿勢と、色素の薄くなった髪を指して()()()と部内で呼び慕われる男。

 

 かつて罪人に成り果てた自分を庇い、その無実を主張までした男の声は自分を送り出した時とおなじく穏やかで、自分を取り巻く状況を忘れそうになるほどに静かだった。

 

葬儀屋(アンダーテイカー)は現在ラクーン市内にてU.B.C.Sの作戦に従事中、外部の状況は」

『すでに州軍が市全域を封鎖した。封鎖段階で保護され、後に“発症”した市民と交戦し数名が死亡、現在各検問の指揮官に発砲権限が委ねられている』

 

 発症の一言で全てを済ませた老人の声には、無駄を省く効率の良さがあったが、先程まで会話していた中隊本部の管理職とは違う人のぬくもりが感じられた。ヴラッドはいまさらになってこみ上げてきた懐かしさを飲み込み、廊下の音へ意識を残しつつ、端的な返事が含む意味を飲み込んだ。

 

 すでに市を封鎖する州兵、ひいては合衆国政府は市内に感染症が蔓延していることを把握していると見るべきだろう。脱出する市民の生殺与奪権を現場に委ねていることからみても、事態をそうとう深刻に受け止めているのは間違いない。

 

「了解、州軍と政府の対応は」

『州知事はさじを政府に投げた。ホワイトハウスの通達で州軍は封鎖止まりだが、すでに陸軍の作戦チーム複数にスタンバイがかかっている。JSOCもこの件で臨時の任務部隊(タスクフォース)を編成、現在仮設司令部で待機中』

 

 統合特殊作戦司令部(JSOC)。通常の特殊作戦よりもより高度かつ重要な任務を行うために組織された。グリーンベレーやSEALチームのような一般に知られる部隊より上位の非公式部隊、ひとまとめに特殊任務部隊(SMU)と呼ばれる部隊を指揮下に収める()()()()()()()()のことである。その中には、最精鋭と名高いデルタフォースやSEAL TEAM6も含まれている。

 

 広い意味で自分の古巣――非公式には現役だが――といえるそれが、国内での作戦実行を視野に臨時とは言えタスクフォースを組織するのは、異例どころの話ではない。この街の状況がまさにそうだが、あってはならない事態が発生していなければありえないことだ。

 

 そもそも軍部隊の国内活動には多くの制約が課せられるものである。本来は州軍の活動の指揮官である州知事がホワイトハウスに全ての権利を投げたことといい、国内で特殊任務部隊に出動の兆しが見られることといい、前代未聞の異常事態というより無い。

 

『そちらは』

 

 状況は外から見ても相当劣悪らしい、と今更の事実を目の前に突きつけられ、これから向かう場所のことを思い出して顔をしかめたヴラッドは、老人の静かで短い問いに応じた。

 

「部隊は分断され、他小隊との連絡は途絶しています。中隊本部から、地下施設への侵入、社の財産の保護を命じられました。それで……“カナリア”から続報は」

 

 ヴラッドは要点だけを抜き出した説明とともに、本題を切り出した。もとより外部との連絡に非常に気を使わねばならない身分。それを可能とする機会とそうする必要があれば、という、念の為に配られたカードでしか無い本部との通信を行ったのは、自分が企業の傭兵などに身をやつさねばならなくなった、その大元の最新情報を欲したがために過ぎない。

 

『救助要請が最後の連絡だ。以後向こうからのコンタクトはなし。露見の可能性を考慮し、こちらからの接触は行っていない』

 

 情報に変化はなし。収穫がない事実に肩を落としつつ、ヴラッドはそうですかと力なく頷いた。

 

 ことの始まりは一年と少し前のこと。アンブレラが極秘裏に開発している新種の兵器に関する情報を水面下で探っていた陸軍の一部署に、内部の人間を名乗る人物から接触があったことに端緒を発する。

 

 ただでさえ、厳重な社員の相互監視姿勢と病的な内部への猜疑心が巣食うアンブレラだ。そのうえ政府とアンブレラの癒着は非常に強固である。その機密を探るのは軍にとっても容易ではなく、行き詰まったところに飛び込んできた突破口にたまらず軍は飛びついた。

 

 以後、アンブレラに関する情報活動の一切は部内箝口令が敷かれ、政府高官は愚か大統領にすら隠したまま水面下の接触が続けられている。

 

 まごうことなき越権行為。ともすれば軍規違反かそれ以上の罪を課されてもおかしくない非公認任務だが、そうせざるを得ないほどに、陸軍からみたアンブレラは信用のおけない会社なのだろう。

 

 そんな中で、万が一に備えてという名目でアンブレラの末端へと送り込まれた人間が何人か存在する。

 

 その一人が、ヴラッド・ホーキンス一等軍曹だった。もっとも危険な部署へ送り込まれる人間は、戦闘と工作技能に優れた人間でいなければならないからだ。第一階層(Tier1)の特殊部隊人員であり、工作技能(トレードクラフト)に長けた兵士というのは軍全体で見ても希少種だ。

 

 類する人種は、CIAの特殊活動部に属するパラミリタリーオペレーター、パラミリと呼ばれる準軍事活動人員などが該当するが、情報保全に万全を期すために組織間の連携は一切とっていない。

 

 そういう意味において、()()()()()()()に分遣されて工作員にして特殊部隊員という二足のわらじを履く自分は、これ以上無い適任だったわけだ。もちろん、それは本物の罪状を含めてのことだ。

 

『また、U.B.C.Sの投入前に()()に使った資産(アセット)との連絡が現在不通となっている。そちらの小隊の降下地点と割り振り任務が寸前で変更された点を向こうが勘ぐっているかもしれん』

「俺の身元に繋がる情報は」

『ない。きみの軍法会議記録は本物だからな』

 

 そもそも、最後まで使われない可能性が高かったはずの自分という手札。それが急遽、なんの準備もなく投入されることになったのだ。おそらくは予め中隊幹部の誰かしらの弱みを抑えておき、救助要請に合わせて部隊展開に工作を仕掛けたのだろう。

 

 当然、そういった強引な工作は早晩露見するものであり、資産という無機的な一言で語られる不運な誰かは、いまごろアンブレラの闇の底に沈んでいる可能性が高い。

 

 もちろんそうなった以上、アンブレラの上の人間は現場に潜り込んだネズミを探そうと躍起になっているはずだが、よほどのことがない限りこの作戦期間中にこちらの素性が割れることはあるまい。

 

 なにせ、灰色狐の言う通り自分の軍法会議記録は本物だからだ。その後の有罪とする判決も本物の手続きを経て用意されたものであるからして、簡単に見破られるわけがない。任務完了の暁には全ての名誉回復がなされる手はずだが、それを知るのは灰色狐とその腹心の部下のみだ。

 

「了解。捜索し、仮に発見出来た場合は」

『向こうは保護と引き換えで情報の提供を申し出ている。情報を確認し保護しろ。死亡していた場合、可能な限りの情報を集めて確保してくれ』

「撤収方法は。我が隊はヘリでの撤収を検討していますが」

『可能であれば離脱し、事前伝達どおりにおこなえ。部隊が投入される場合、この周波数で一時間毎に呼びかけさせる。不可能な場合も伝達どおりで構わない。こちらでそっちの撤収ヘリをエスコートさせる』

 

 エスコート、ようは武装ヘリなりなんなりで囲んで強制的に任意の着陸地点へ誘導するということだ。まったくもって原始的かつ確実な方法であり、ヴラッドも過去に何度かエスコートする側に随行したことがある。

 

「了解。以後無線連絡できる可能性は低いと思ってください。小隊本部に合流後、その余裕はありません」

『把握した。葬儀屋(アンダーテイカー)

 

 長距離に無線を飛ばしている以上、通信時間が長引けば長引くほどに傍受される可能性は高まる。下階で保全と装備確認に忙しい部下に疑われる可能性も否定できない。それを熟知しているはずの老人がこちらを呼び止めると、ヴラッドは周波数をもとに戻しかけた手を止めた。

 

幸運を祈る(Godspeed you)交信終わり(Out)

 

 こちらの返答を待たずに切れた無線。赦免と引き換えに危険な任務を命ぜられた自分を前に、済まないと心からの謝罪を見せた男の顔を思い出す。練達の戦士と老練な工作員に共通することがある。どちらも、絶対的に冷酷になりきる必要はないということだ。

 

 ヴラッドはちいさな笑みをほんの一瞬口元に刻むと、アンテナを畳んだ野外無線を担いで下へと降りた。

 

 

 

 

「正気じゃないが、ガルシアの名前を出してきた以上、やるしかない」

 

 中隊本部との交信の説明を終えてしばらくの議論を挟んだ後、マディソンがその一言で全てをまとめにかけた。

 

 違うかと、彼が視線を巡らせる。すでに明るくなり始めた外界、バリケードの隙間から差し込む光が部屋の中を薄く照らしている。単独で長時間の逃避行を続けたフレデリックはソファに転がったままだったが、すでに仮眠から目覚めており、そうだなと頷いた。

 

「小隊長も同意見だった」

 

 ヴラッドは自分のポーチから外してやった無線を手に、キッチンの裏に引っ込んで祖父との会話に夢中になっている兄弟を見た。言いつけを守り声のボリュームは潜めているが、かすかに聞こえる弾んだ声音から、相当喜んでいることがわかる。

 

「ヴラッドの話を聞いた限りだと、仮にあの子達を先に送るという選択をした場合、僕らがどう処断されるかはわかったものじゃない」

 

 フレデリックはしっかりと止血された左腕の傷を撫でながら言った。ジョエルの話では、血液などの体液を媒介して感染すると思われるこの感染症だが、噛まれたわけでもない彼が発症するかは不明だという。

 

 この街にはびこる感染症と、クラヴィスがジットフェイスと名付けたあのバケモノやネイルフロッグが無関係とは思えない。よってバケモノも汚染されていると見るべきだが、どのように、どの程度の接触で感染するのかが不明なためだ。

 

 たとえば、HIVウイルスは口腔同士の接触、いわゆるキスで感染する可能性は限りなく低いが、直腸などの吸収器官であればごく少量で感染しうる。同じように、噛まれれば感染するのは現段階で疑いようがないとしても、暫定的推論ながら汚染個体と思われるジットフェイスの爪にどれだけの感染力があるか、こちらには判断しようがない。

 

「それにまあ……研究所の入り口ってのはここから帰路上にあるからな。どっちにせよ途中までは同じルートだ。研究所に入った後は、どうなる。小隊長らがアクセスを試みた搬入路に出られるか」

「おそらく。電源含む施設設備へのアクセスコードはうけとってあるし、内部に侵入さえできれば、電源の再起動は可能だと思う。施設自体が機密漏洩防止のためにロックダウンされているそうだから、電源設備の破損は無いと思われる」

 

 クラヴィスの問いかけに、少し考えてからヴラッドは答えた。

 

 おそらくロックダウンの影響で空調設備と最低限の照明維持用の補助電源へ切り替わり、主電源で動力を賄われていた搬入路は完全にダウンしていたのだろう。分岐路から搬入用路線へのドアだけは別途補助電源が用意されていたが、そもそも機密保持用のロックダウンシステムだ、施設搬入路に独立電源を設ける理由はない。

 

「内部はロックダウンされたんだろう? それなら外の騒ぎとは無縁かもしれないぜ」

「それはわからん。潜伏期間だってまだ正確には掴みようもないし、地下の研究施設に籠もって生活してたわけじゃないだろう、スタッフだって。感染経路すら不明な以上、中が閉鎖された地獄の可能性はある」

 

 続けたクラヴィスの陽気な声に、ジョエルが至極真面目な顔で返した。そりゃまあそうかと肩を落としたクラヴィスが、わしわしと汗と煙にまかれてごわついた髪をかき乱しつつ、ダイニングテーブルに腰を乗せる。

 

「だが、行かないって選択肢は潰されてるわけだ。それに、一〇万の死人がうごめく地上より、閉鎖空間でも限りがある研究施設を通ったほうが、子連れとなるとかえって安全かもしれないぜ」

 

 そう言って、クラヴィスが祖父との会話に興じる二人を示した。方針会議の間、近くをうろつかれても困るということで、ヴラッドが無線を貸してやってからずっとあの調子だ。暫定的な安全地域にいるとはいえ、無線を一台民間人に専有されている様子を、遠巻きににらみつけるガルシアがふと脳裏に浮かんだ。

 

 もちろん、ハリソンが構わないと言っている以上、彼が不満を口に出すことはないのだろうが。

 

「一か八かの賭け、僕は悪くないんじゃないかと思うが」

「すくなくとも、地上に比べて格段に敵の数が少ないのは間違いない」

「狭い分、敵の移動経路も制限しやすい。あとはこちらの火力上限を超える数がぎっちり詰め込まれていないことを祈るしかない」

 

 フレデリックに同意したマディソン。その後を引き受け、そもそも向かう以外の選択肢がない自分たちの、精一杯の現実逃避を終える。はなから、迂回して後回しにするという選択肢は存在しないのだ。

 

 ヴラッドはテーブルの上に並べた弾倉をそれぞれに分配し、リアムが用意した二つのバッグにカートリッジを収めた箱を詰められるだけ詰め込んだ。幸い、分遣隊員の個人火器の弾薬を補ってあまりあるだけの弾薬がロッカーには収められていた。

 

 爆薬を背負ったマディソン、医療品を受け持つジョエル、そして無線手のフレデリックは余剰弾薬を持つ余裕がないからして、弾薬バッグの受け持ちはヴラッドとクラヴィスになる。

 

 その分、他の三人には缶詰めを始めとした保存食をある程度持ち歩いてもらう。捜索から帰投までどれだけの時間を要するか不明であり、体力も精神的な持久力もない子供を抱えて移動する以上、食料の類は欠かすことが出来ないだろう、というヴラッドの判断だ。

 

 フレデリックはソファから身を起こすと、テーブルに載せた無線のチェックを始めた。病的な機械オタクであり、かつて趣味で組み上げたプログラムを友人に譲った結果、それが政府機関への不正アクセスに利用されて逮捕された過去を持つ。

 

 が、機械オタクであるとしても、小隊長であるハリーの方針で戦闘技術は平均以上だ。軍事組織としての上位部隊を持たないU.B.C.Sにとって、小隊本部は部隊訓練の管理も行う部署であり、チャーリー小隊のモットーは『全員精鋭』だった。

 

「各自、装備の最終点検を済ませろ。三〇分で出る。水分の補充、小便もしばらくお預けだぞ」

 

 了解、と小さな笑いとともに応じた部下に頷いて立ち上がると、ヴラッドは無線を手にした兄妹へ歩み寄る。

 

「リアム」

「なに?」

 

 呼びかけると、リアムは明るい声音とともにこちらを見上げた。父親を失ったいま、唯一の肉親である祖父の声を聞いたことで元気を取り戻したらしい。それはシャーロットも同じだ。

 

「シャーロットの服にズボンはあるか。ジーンズとか、そんな感じの。あとは、長袖のシャツ」

 

 そう言ってワンピースを身につけたシャーロットを示す。こちらの言わんとすることがわからないのか、リアムが首を傾げると、ヴラッドはしゃがみこんだ。

 

「転んで怪我をする可能性もある。頑丈な長袖の上下があると嬉しい」

「ああ、なるほどね。あったはず。もう出るの?」

「三〇分後に移動開始する。地下を経由して、お使いを済ませてからになるが」

「いいよ、分かった。二人っきりで放り出されないだけマシ」

 

 すぐに準備するよと頷いた彼が、シャーロットの手を引いて立ち上がらせる。無線の向こうの祖父にまたねとささやき、無線をこちらへ差し出したシャーロットから金属製の重たいそれを受け取る。

 

「支度をするんだ。教えたとおりに荷物をまとめて、動きやすい服装に着替えてきれくれ。それと……スティーヴンに、お別れを言ったほうがいいな」

 

 そのぐらいの時間はあるはずだと続けると、リアムがありがとうと小さく言った。ヴラッドはいいさと笑ってやり、無線をポーチに押し込んで固定バンドをしっかり留め、イヤホンを耳に押し込む。

 

『聞こえるか……お若いの。ヴラッドだったな、聞こえるかね』

「聞こえています」

 

 マイケルの呼びかけが聞こえ、ヴラッドは接続した送信ボタンを押し込んだ。行動前の最後の休憩を楽しむ部下に目をやり、キッチンの前に立って水道からわずかに水を出す。

 

 行動を開始すれば、安全な場所にたどり着くまで嗜好品はお預けだ。半分以上残っている煙草を取り出して咥え、火をつけた。

 

『ありがとう……本当に。約束を守ってくれてありがとう』

「任務ですから。そちらへの到着はまだかかります。時間はかかりますが、二人は必ず届けます」

 

 捜索任務に当たるに際し、リアムはフレデリックが、シャーロットはジョエルがその護衛を受け持つことになっている。どちらも小隊本部の活動に欠かせない人員である。 

 

 複数のバケモノに襲撃を受ける、あるいは地下で対処不能な数の死人に遭遇するなどの事態に陥った場合のこともすでに検討済みだ。残りの三人で退路を開き時間を稼いでいる間に、フレデリックとジョエルは兄妹を連れて本部へと撤収する手はずになっていた。

 

『信じて待つ。なに、老人になれば、待つのは苦にもならなくなるさ』

「羨ましい。俺は待つのが嫌いですからね」

 

 与えられた命令はあくまで即時捜索に向かえ、というものでしかない。損害が拡大しようと捜索を継続せよと厳命されたわけでなし、十分に任務に従事したという名目は立つ。部隊の半数を失った時点で撤収するのが常識というものだ。

 

 それでも上が口うるさく捜索を命じるなら、逃げ帰ったあとで増援を引き連れて向かえばいいだけの話だ。

 

 もちろん、仮にフレデリックとジョエルに子供を任せて撤収せざるを得ない状況に陥ったのであれば、囮と退路構築/維持を受け持つ自分らは十中八九戦死するだろうが……それは仕方のないことだと、自分の中でとっくに割り切っている。

 

 他者から見て、その判断は悲壮というよりないものだったが、もしもの時は自分とともに退路確保に当たるクラヴィスとマディソンもこちらの決定を全面支持した。当然この方針は、リアムとシャーロットには伝えていない。

 

『君たちも無事に戻れるように祈っているよ』

「ありがとうございます」

 

 そんな決断を知ってか知らずか、マイケルはゆっくりとした声音で言った。それはまるで無理をするなと言い聞かせようとしているかのようにも思えたが、ヴラッドはそれを自身の感傷だなと結論づけ、短く応えた。

 

 ハリーとの無線越しの打ち合わせの結果、上の命令がどうあれU.B.C.Sの目的は民間人の保護が主要目標であるという結論づけが済んでいる。損害を出すことになろうとそれだけは完遂しなければならない。

 

 無線を切って少しすると、荷物の準備と義父に別れを告げに向かった二人が降りてくる。シャーロットはワンピースから、子供向けのジーンズと長袖のジャケットに着替え、小さな手袋をはめてリュックを背負っていた。

 

 リアムはと言えば、シューティングレンジで銃の扱いを教えるためにスティーヴンが自作したのだという革のガンベルトを腰に巻き、サムブレイクの革ホルスターにスタームルガーを突っ込んでいた。

 

 シャーロットの頬には垂れた雫の痕が見え、リアムは袖口が僅かに湿っている。それに気づかぬふりをしつつ、ヴラッドはシンクに流れる水に煙草の灰を落とした。

 

「準備は」

「何時でも出れるよ」

「用も足しておけ、何時間かかるかわからん」

 

 ガキ扱いするなよとこちらを睨めつけるリアムの態度に、背後でマディソンが小さく笑う。それに食って掛かるリアムをよそに、シャーロットは素直にトイレへと向かった。

 

「妹と違って可愛げないな」

「男にそんなの、必要ないだろ」

 

 わかってねえなあ、とマディソンがリアムに笑みを向け、眉根を寄せてむすくれる彼へと歩み寄る。もう少しどっしり構えろよと、ニヤつきながらリアムの柔らかな髪をわしわしとかき乱すマディソンを見やり、ヴラッドは外へと目を向けた。

 

 嫌がるリアムと、それをからかって楽しむマディソン。ジョエルとフレデリックは行動前の最後の一服を楽しんでいる。

 

 穏やかな時間はこれで終わり。これから向かう先は、こちらにとっては完全に未知の領域だ。事前情報になかった地下施設、職員の数も構造も分からない場所。軍事的に見て、地勢すらわからぬ場所に乗り込むのは極めて不利と言わざるを得ない。

 

 それでもやるしかない、向かう以外の選択肢を許されていない我が身を呪うべきかしばらく悩んだ後、ヴラッドは根本まで燃え尽きた煙草をシンクへ捨てた。

 

 その結果は、半日とかからずはっきりするだろう。この先がどうあれ、兵士として求められる技能の全てを発揮する以外、できることなど無いのだから。

 

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