死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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死病の根へと至る道

 ラクーン病院の直ぐ側に建つアンブレラ社の施設が、指定された進入路だった。

 

 配布された地図上での表記は、UMBRELLA Head Quartersとなっている。市内におけるアンブレラの各施設の管理などを受け持つハブ施設であり、アンブレラによって栄えるこの街にとっては、ある意味で心臓部と言っていいだろう。

 

 が、かつては小綺麗かつ洗練された社屋だったのだろうそこも、死の臭いからは逃れられなかったらしい。スティーヴンの家を出て、死者の少ない迂回路を選んで一時間。社員用駐車場から通じる職員通路から侵入したヴラッドが最初に見つけたのは、保安職員の無残な遺体だった。

 

 背後、保安スタッフ詰め所では、体力の尽きたシャーロットとリアムが休憩をとっている。ここに至るまでに数え切れないほどの歩く死体に遭遇し、また()()()()()を目の当たりにした二人は、体力だけでなく精神力も相当消耗したようだった。

 

 もちろん、そうなると分かっていたからこそケア人員に二人も割いたのであり、移動経路と所要時間想定もかなり多めにとったわけだ。が、リアムの想像以上の消耗具合を見るに、ここから先は更に時間が掛かると考えるべきかもしれない。

 

 一方で、シャーロットは予想よりも取り乱さず、体力はともかく精神的にはかなり安定しているようだった。女のほうが修羅場にはタフだと、随分と昔父親が言っていたことを思い出す。

 

 開いたままのドア越しにうつむくリアムの背を撫でるシャーロットを見、こちらに気づいたマディソンが小さな手の動きでまだかかることを示す。それに頷き、二人のケアをジョエルとマディソン、フレデリックに委ねると、ヴラッドはクラヴィスを伴って通路の先を検索しに向かった。

 

 通り過ぎざま、壁にもたれかかったまま力尽きた保安職員の遺体を見る。全身ひどい咬創にまみれていたが、当人の死因は頭部への被弾のようだった。それも、握りしめたシグを顎下に押し付け、自分で引き金を引いたと思われる。頭頂部のど真ん中に風穴が空いていた。

 

「しかし、あの坊主大丈夫か」

「それはどういう意味で」

 

 死体を見下ろしたヴラッドに、クラヴィスが問うた。ヴラッドは死体の傍らに膝を付き、血液に触れぬようにしながら身体を漁る。めぼしいものは残されていない。

 

「まんまだよ。家を出たときなんか、死人は俺が始末してやる! って息巻いてたろ」

「だからだろ。新兵でもよくある。初めての戦闘の前は、自分を奮いたたせるためにもそうやって強がるんだ。男の本能だな。喧嘩で嫌なやつをはっ倒す自分を夢想するのと同じ」

「それで?」

「でも現実に直面して、自分の想像と現実の乖離に消沈する。雑に言えばビビっちまう。あとは自己嫌悪に折り合いをつけて、怖いと思うことに慣れるしか無い」

 

 詳しいなと笑うクラヴィスに、何事も先人は居るもんだと返しつつ、ヴラッドは立ち上がった。

 

 ここで自死を選んだ彼は奥からこちらへ逃げてきたらしく、地面に細く伸びた血の跡が続いている。壁には血の手形、出血は相当ひどかったのだろう。そこから少し進むと、頭部を食いちぎられた保安スタッフの遺体のそばに、アンブレラの社員証をつけた女の死体が転がっている。女は頭部を撃ち抜かれていた。

 

 保安スタッフ詰め所のタイムカード表の上では、あの詰め所に最後に出勤した保安スタッフは五名。うち二名はここで死亡。この施設全体で保安スタッフ詰め所、いわゆる警備室は三つあるらしく、それぞれが担当エリアの保全を請け負っている。他のエリアに何人のスタッフが居るかはわからないが、生存はあやしいところだ。

 

 緊急時にはそれぞれの管理エリアごとに封鎖を行えるようになっているらしく、警備室のコンピューターのログでは二四時間以上前にこのエリアの強制封鎖が実行されたらしい。

 

 すくなくともその頃にはこの社屋内で死者の抑制が不能と見なされたということだ。ところどころに転がる死体、壁の弾痕と薬莢からみると、戦闘は相当悲惨な状態だったことが伺えた。

 

「どこも閉鎖、閉鎖、閉鎖。まったく、これで本当に地下に降りられるのか?」

 

 巡回を始めて幾つ目かの隔壁に手を触れたクラヴィスが、忌々しいとばかりに鼻を鳴らす。彼の足元には、強制閉鎖を行った隔壁によって腰部から下を切断された死体が転がっている。

 

 その腹からあふれる臓物の臭いを嗅ぎながら、ヴラッドは隔壁の解除端末に中隊本部から与えられたパスコードを幾つか入力してみる。電子音を発するパネルの表示はLOCKEDのままだ。

 

 あの無機的な幹部の言っていたとおり、与えられたパスコードは地下へのアクセスルート以外には使えそうにない。もちろん、中隊本部は隔壁の向こうへ向かわずにすむルートを指定してきているから、単に試してみただけではあるが。

 

 それに仮にロックを開放できたとして、隔壁を上げる気などなかった。向こうから死者に押し込まれても困る。すでにこのエリアで遭遇した死者の殆どは始末した。手間を増やしたくはない。

 

「移動に支障はない、って話だがね。専用のエレベーターがあるらしい。問題は、だ」

 

 ヴラッドはこちらのパスワードを受け付けない端末から手を離し、白を基調としたがゆえに飛び散るどす黒い赤褐色が目立つ廊下を見回した。幅の広い廊下には即席のバリケードに始まり、抵抗の跡が見られた。幾つかの部屋はドアの前にデスクや棚が積み重なって封鎖されている。ドアの向こうがどうなっているかは考えるまでもない。

 

「エレベーターで乗り込むなんざ、ゾッとしないわな」

 

 こちらの言わんとすることを察したクラヴィスが、カービンを構えたまま前進するヴラッドの背後で笑った。そもそも建物内を制圧するにおいて、身動きの取れないエレベーターでの移動は自殺行為だ。待ち伏せの格好の餌食になるからである。

 

 現状、敵は人間ではなくバケモノだが、仮にエレベーター前に複数の死者がいた場合、結果は大して変わらない。逃げ場のない狭く限られた空間、物量で押し込まれたら向かう先は地獄だ。

 

「それで、ヴラッド。プランは」

「ない。だから計画を建てるために俺たち二人で下見に行く」

「そりゃいい。斥候(リコン)()()()仕事だ」

 

 クラヴィスが笑い、ヴラッドは肩をすくめて返す。偵察活動は一般的に精鋭に委ねられがちな任務だ。見聞きした情報を精査し、正確に記録して生還するまでが任務だからである。当然高い技量を求められる分野であり、そこに自身のプライドを見出すものも少なくない。

 

「気負うなよ。見るだけだ」

 

 カービンの筒先を正面へ向けたまま、ヴラッドは肩越しにクラヴィスへ目を向けた。分かってるさと返した彼は、スプリングフィールドの銃口から減音器(サプレッサ)を取り外した。

 

 向かう先が閉所とあっては銃身長が短いにこしたことはないし、何より彼の持つ減音器はかなり酷使されている。再び外に出るときまで温存するつもりだろう。

 

 中隊本部から伝達された地下施設への非常用アクセスルートは、備品倉庫のコンテナに偽装されているらしい。ヴラッドとクラヴィスは途中の死体を一つ一つ生死確認し、未封鎖の領域を丁寧に潰しながら移動した。

 

 仮に撤退が必要になった場合、子供を抱えて二人きりで本部との合流を目指すジョエルとフレデリックのためだ。余裕があるうちに安全を確保しておくにこしたことはない。

 

 死体を始末するのは非常に簡単だった。隔壁による封鎖は完全に手遅れではあったが、すくなくとも自分たちにとって面倒極まりない状況に陥る前に誰かがそれを決断したおかげだ。

 

 死人に隔壁をぶち破る力などあるわけもなく、ジットフェイスもネイルフロッグも今の所気配は感じていない。つまり、少数でふらつく死人を始末して回るだけ。すくなくとも、今朝のガソリンスタンドでの短い死闘に比べるとヌルい仕事だ。

 

「マディ、そっちの様子は」

 

 ヴラッドは時間をかけ、丁寧に掃除を済ませてようやくたどり着いた備品倉庫の大きなドアの前に立って無線を送った。スライド式の両開きの扉は分厚そうで、ロックはこちら側からかけられている。

 

『ぼちぼち移動できそうだ。状況は』

「そちらの進路はあらかた掃除した。おそらくもう死人は歩いちゃいない。こちらは現在備品倉庫前、地図で確認してくれ。今から内部を検索して、安全を確保し次第連絡する」

『連絡が途絶えた場合は』

「探さずに帰れよ。骨を拾ってもらう必要はない」

 

 茶化したマディソンの声に鼻で笑って返す。ドアにとりついたクラヴィスがニヤニヤと笑っていた。ヴラッドは肩をすくめ、備品倉庫のドアロックを解除する。

 

 コンソールにパスワードを打ち込むと、LOCKEDの表示が切り替わる。ヴラッドはスプリングフィールドを構えてライトを点灯させたクラヴィスの頷きを受け、スライド式の大きな扉をゆっくりと引っ張った。

 

 開いた扉の向こうへ先行したクラヴィスの進路、それと交差する形でカービンを持ち上げて滑り込む。これまでに通過してきたエリアと違い、備品倉庫の照明は落とされたままなのか真っ暗だ。

 

 ライトを左右に巡らせて直近に危険がないことを確かめ、幅の広い扉の脇、壁に貼り付けられたスイッチを見つけて押し込む。が、照明は沈黙したままだ。

 

 通電していないのか故障か。確かめるだけの価値はない。こちらにはまだまだライトの電池が残っている。

 

 ライトの光軸が備品倉庫に積み上げられた物資を照らし出す。どこにでもあるダンボールの山から、人の背丈よりも大きなロープで縛り上げられた木の箱、あるいは金属製のコンテナまで。ラベルを見る限り、中身は医療用の機器か薬品のたぐいか。

 

 製薬会社たるアンブレラのハブ施設だけあって、物資量はかなりのものだ。それこそ病院が開けそうなほどの荷物が積み上がるそこは、種類ごとに分けられた物資のせいでちょっとした迷路のようにも――。

 

 巡らせたライトが、物資を積み上げた棚の影に人の頭の輪郭を照らし出す。死者、そう判断した身体が銃口を持ち上げ、引鉄に指をかけた。しかし眩いライトの明かりに目を眇めて顔でかばう動作に、絞りかけた指の動きを緩める。

 

 いままでに腐るほどの死者を始末してきたが、ライトを当てても無反応に、ただただ肉を貪ろうと接近してくる以外の動作を見た覚えはない。

 

「おい、お前」

 

 ヴラッドが声をかけようとすると、血で汚れた保安スタッフの制服に身を包んだ男は、立てた人差し指を唇に当てて、小さく開いた口から息を漏らす。

 

 音を立てるなというジェスチャー。こちらの反応に気づいたクラヴィスも物陰で身を潜める男に目を留めた。

 

 男は、ホールドオープンしたシグを手にした右手で、ゆっくりと上を示す。

 

 ヴラッドがライトを静かに上へ巡らせると、光軸の中に動くものが見えた。ヌラリと光る表皮膜の内側、発達した筋肉の赤い筋がうごめいている。膜で覆われただけのむき出しの脳みそ、いともたやすく人間を引き裂くだろう爪。

 

 ネイルフロッグ、そう認識した瞬間に人差し指がトリガーをなぞる。照明が吊るされただけの天井を這い回るそれは、地下で見た個体にくらべるとより一層バケモノらしい見た目をしている。すくなくとも、脳みそが露出する過程で毛髪は一本残らず消えたらしい。

 

 クラヴィスがライトを動かし、同じように天井を這い回る別のネイルフロッグへ照準を据えた。少なくとも二匹。どちらもライトを向けられているというのに、こちらに気づく気配はない。

 

 目が見えないらしいと、ヴラッドは直感的にそう判断した。下水道で始末した個体は、眼球がほとんど肉にめり込んでいた。すくなくともこの位置から見る限りでは、恐ろしく長い舌を蛇のように揺らめかせるネイルフロッグの頭部に、眼球らしき器官は見えない。

 

 その時、飛び跳ねて壁に張り付いたネイルフロッグを銃口で追ったクラヴィスが、背中を棚にぶつけた。背負った弾薬バックが鈍い音を立て、それに反応したネイルフロッグが耳障りな叫び声を上げる。

 

「畜生とちりやがって!」

 

 背後で保安スタッフが喚く。クラヴィスめがけて飛びかかった一体は、スプリングフィールドの連射を受けて空中でバランスを崩し、荷物の向こうへと落下した。

 

 ヴラッドが最初に見つけたもう一体が頭に響くけたたましい咆哮を放ち、クラヴィスに狙いを定めて天井を蹴った。それを見、単発にしたカービンの狙いを定めて連射する。小口径弾の連続被弾を受けたネイルフロッグは荷物の上に飛び降り、こちらの射線を切った。

 

「まずったぞ」

「お前がな」

 

 クラヴィスの声に返し、へたり込んだ保安スタッフの襟首を掴む。そのまま引っ張って立たせ扉の外へ逃げようとしたこちらの前に、横にステップしてネイルフロッグが飛び出してくる。

 

 保安スタッフを自分の背後に回し、右手のカービンを片手で持ち上げ肩に押し当てた。そのまま視界に入った銃口の向きで照準し、適当に弾をばらまく。銃弾が床をえぐり、数発がネイルフロッグの筋肉に食らいついたが、小口径弾の一、二発で始末できるはずがない。

 

 わずかに身をかがめたネイルフロッグが跳躍すると、ヴラッドはその爪が自分を薙ぐ前に何事かを喚き散らす保安スタッフの膝裏を蹴って地面へと押し倒す。頭部の高さを薙ぎ払おうとした爪を倒れ込むようにしてギリギリで躱し、その姿勢のままカービンを頭上へ連射。

 

 真上を飛び抜けた影が悲鳴を上げ、バランスを崩して床を転げ回る。それが立て直す前に膝立ちになり、膝で暴れる保安スタッフの背中をしっかり抑え込みつつカービンを連続で叩き込む。

 

 ほとんど自動式(オートマチック)の掃射に近い速射だが、射撃の達人であるヴラッドの照準は揺るがない。ドットが踊り、上体から頭部にかけて血が散る。

 

 かすれた悲鳴とともにへたり込むそれの頭部に追加で数発叩き込んで、再び保安スタッフの襟を掴んで引っ張り上げる。しかし闇の向こうから伸びた長い舌が、その保安スタッフに射られた矢のように伸び、その胸を貫いた。

 

 槍で貫かれたように保安スタッフの身体がのけぞり、背中へ貫通した舌が蛇のように彼の身体に巻き付くと、そのまま闇の向こうへと勢いよく引っ張った。血に溺れたような悲鳴が遠ざかり、ヴラッドはこの倉庫から撤退するためにドアへ走る。

 

 背後で金切り声、振り返る余裕もなく身を捩って突進を躱す。空振りに終わった爪がドアに深々と傷跡を残し、取っ手を吹き飛ばされたドアが大きな音を立てて閉じた。

 

 通路からの明かりを失った闇、ライトのテールをひねって常時点灯に切り替える。ドアの音でこちらを見失ったらしいネイルフロッグが硬質な爪の音とともに周囲を走り回る音に、激しい銃声を聞きつけたマディソンの状況報告を求める声がかぶさった。

 

 音を頼りに獲物を探す敵を前にして返答するわけにもいかず、無線の送信ボタンを何度かプッシュして無事だけを知らせる。爪の音は天井や壁、床を縦横無尽に駆けずり回る。

 

 同じようにライトを常時点灯に切り替えたクラヴィスが、指を口に突っ込んで指笛を吹く。ヴラッドが自殺行為に等しい彼の行動に目をむく間もなく、音を察知したネイルフロッグが備品コンテナの上を飛ぶように移動し、クラヴィスめがけて突っ込んだ。

 

 カービンをバーストへ切り替え、クラヴィスに狙いを定めて弧を描く赤いぬめりへ照準を向ける。が、クラヴィスが荷物用の棚に身を隠し、その柱にライフルを委託して迎え撃つほうが早い。

 

 M4よりも大きく腹に響く銃声が連続でがなり、空中で大口径弾を浴びたネイルフロッグが錐揉みしながらクラヴィスへ突っ込む。そのまま大人の腕ほどもある棚の柱に頭から衝突すると、地面へ仰向けに倒れた。

 

 クラヴィスは悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべてライフル片手に鼻を鳴らし、死にかけの虫のように脚をばたつかせるネイルフロッグの頭部へスプリングフィールドを向け2発。

 

 完全に活動を停止したそれを確かめ、ヴラッドに歩み寄ろうとしたクラヴィスはしかし、首をわずかに巡らせて足を止める。

 

 その意味を問う愚は犯さず、少しの間息を潜めて様子を探ると、ぴたぴたと湿った足音がゆっくりと近づきつつあるのがわかった。まだ一匹、様子をうかがっているのが居るらしい。

 

 こちらへ視線を向けたクラヴィスに手で動かぬように伝え、ヴラッドはBUDの脚のポケットからサイリウムを一本取り出した。足音の様子からすると、乱戦が終わって物音が絶えたため、こちらを完全にロストしているようだった。

 

 静かにへし折り、淡い緑の光を放つそれを少し離れた金属コンテナめがけて投げつけた。案の定、金属にぶつかるサイリウムの音につられて勢いよく飛び出したネイルフロッグが、コンテナに爪を立ててやかましい金切り声で喚く。

 

 ヴラッドはその間抜けな様子を眺めつつ、ポーチから手榴弾を取り出した。誤爆を防ぐためにピンをぐるぐる巻きにしたビニールテープを引き剥がし、忍び足で隣についたクラヴィスがライフルで狙いを定めるのを待ってから投げつける。

 

 ピンが弾け、金属の塊である手榴弾が床に転がる。哀れな盲目の異形は再びそれに飛びかかり――そして、炸薬の爆発が撒き散らした弾子を自身の体でもって受け止めた。

 

 爆発の衝撃が微細な埃を舞い上げ、頭部をひき肉にされたネイルフロッグにまとわりつく。耳を澄まし他に物音がしないことを確かめるのと、慌ただしい足音が備品倉庫のドアにとりつき、ドアを勢いよくスライドさせるのは同時だった。

 

「ヴラッド! クラヴィス!」

「無事だ。もう仕事は残ってないぞ」

「こっちでかっちり始末してやった」

 

 開いたドアから流れ込む光の中に飛び込んできたマディソンの声に二人で返すと、彼は直ぐ側で蜂の巣にされて力尽きたネイルフロッグの死体をつま先で小突いた。外から静止の声が聞こえ、リアムとシャーロットが顔を覗かせると、マディソンは死体の前に立ってその姿を見せまいとした。

 

「おい、危ないだろうが」

「大丈夫だっておっさんが言ってるじゃん」

 

 ジョエルがリアムの襟首をひっつかんで引き止め、どうやら元気を取り戻したらしいリアムがマディソンの後ろの死体に目を留めて眉根を寄せる。同じものを見ようとしたシャーロットの目を隠した彼は、少しの絶句を挟んだ後、遠慮がちに問いかけた。

 

「なに、それ」

「知るもんか、俺はよそ者だぞ。アークレイの固有種かなんかじゃないのか」

 

 弾倉を取り替えたヴラッドの茶化しに、リアムがむすくれた様子で「ンな訳あるか」と即答する。わたしも見たいとリアムの手を引き剥がしたシャーロットが、奇妙な肉の塊にしか見えない死体を見つけ、それから無言でドアの向こうへ引っ込んだ。

 

「ネイルフロッグだ。それも三匹。全部死んでる。こいつらは頭をふっとばさないでもくたばるらしい」

「命がけの貴重なデータどうも」

 

 外へ出ると、ジョエルが呆れを隠しもしない顔で返した。彼は制止を無視して真っ先に中へ入ろうとしたリアムの頭を大きな手で掴み、叱るようにぐりぐりと力を込めている。リアムは身を捩って逃げ出そうともがいたが、大人の力には敵いそうもない。

 

「一人助けそこなった」

「生存者がいたのか」

「保安スタッフがな。ネイルフロッグの舌に胸をぐさり。そのまま連れて行かれたよ」

「舌で? 冗談だろう」

「伸びて絡みつくだけじゃないらしい。子供の悪夢のおばけみたいなやつだ、まったく」

 

 ジョエルの問いかけに目頭を揉んで応えると、マディソンが奥を検索してくると言い残して、クラヴィスを伴って闇へ消えた。それを見送り、恐怖に怖気づいたのかフレデリックのベストを掴むシャーロットを見やる。

 

 深夜番組のホラーを見てしまった子供のようにフレデリックにしがみつくさまに、意味もなく浮かびかけた笑顔を引っ込める。ヴラッドは小さく咳払いして、戦闘をこなし大きくなった声音を落ち着けつつ言った。

 

「危ないから、だめだと言われたらおとなしく待つんだ」

「わかった。ヴラッドおじさんがいいって言うまで待つ」

 

 分かったと何度も頷くシャーロット。それに満足したヴラッドはリアムに目を留め、ジョエルの手を払い除けた彼の頭をがしりと掴んだ。

 

「リアム、君もだ。生きてマイケルに会いたいなら、その強がりをやめろ。俺たちの命も危ない」

「いいじゃんか、見るくらい。倒したんだろ?」

「まだ生きてる可能性もある」

 

 言った途端、倉庫の中で銃声が轟く。スプリングフィールドの二連射だ。それっきり銃声がしないことから見るに、おそらくは死にぞこないにとどめをさしたのだろうが、反駁したリアムの文句を抑え込むには十分だった。

 

「わかったけど、アレは何なんだよ」

「言ったろう、俺は知らない。下水道でも一度遭遇してるし、ガソリンスタンドじゃ別種と交戦した。敵以上のことは分からない」

「何体もいるの?」

「地面から生えてくるわけじゃなかろうが、これでおしまいなんてことはないだろう」

 

 お仲間の数を死体に聞くわけにもいかないからなとフレデリックが肩をすくめる。ジョークのつもりかと眉を上げたジョエルに苦笑しつつ、ヴラッドは安全確認を終えて戻ったマディソンに中はどうだと問いかけた。

 

「生存者なし。しぶといカエルのおばけを一匹始末した。それと、見てほしいものがある」

「なにかいいものでも?」

「ギークの好みそうなものじゃない」

 

 オタク扱いしないでくれよと、マディソンの返しにため息をつくフレデリック。口の端に笑みを刻んだマディソンは、そりゃ失敬と悪びれない態度のまま、スリングをかけたまま肩を巡らせて疲労をにじませた呻きをこぼす。

 

「中はひどいもんだ。おそらく逃げ込んだ奴らの誰かが噛まれてたんだろうな。血の海、死体まみれ。死体は数えただけで一二人分ってとこか」

「アレに喰われたか」

「わからん、ぐちゃぐちゃの血溜まりと骨だけじゃな。銃撃戦の痕もあった。仲間割れでもしたのか知らんが、照明のケーブルも撃ち抜かれてやがる」

 

 あんな暗闇でバケモノのご馳走にはなりたくないね、とマディソンが誰に宛てるでもなく小さく呟く。ヴラッドの仮眠時間を長くするために、ほんの数時間の睡眠だけとって連続稼働を続けるマディソンは、装具の重みで凝り固まった肩が痛むのか、顔をしかめて首を左右に傾ける。

 

「どっちにせよ、生き残りはいそうもないな。それで、見てほしいものって」

「こいよ、見たほうが早い」

 

 こっちだ、と人差し指でこちらを招く仕草。そのままドアの向こうへ戻ったマディソンへ続く前に、ヴラッドはジョエルとフレデリックに、兄妹の鼻に煙草を詰めるように指示する。

 

「なんだよ、煙草なんて」

「中は臭いが酷い。吐きたくないなら詰めたほうがいいぞ」

 

 鼻に詰めろと差し出された煙草を受け取った兄妹は、流石にためらったようだった。糞便の臭いがキツイと続けると、シャーロットは数秒の迷いを見せた後、こちらが示したとおりに半分にちぎったそれを鼻に詰める。そのまま小さな手で顔を覆った彼女は、ヴラッドの視線から逃れるようにフレデリックの後ろに隠れた。

 

「ヴラッド、レディは自分の無様を見られたくないもんだ」

 

 怪訝な顔をシャーロットへ向けるヴラッドを見、ジョエルが笑いをこらえた顔で肩を震わせながら言う。その間に仕方ないといった顔で煙草を鼻に詰めたリアムは、シャーロットとは逆に鼻から突き出す紙巻きを隠さず、行こうぜと鼻声で促す。

 

 子供と言えど女は女、恥ずかしい姿を見られたくはないのは道理だ。一方年頃の少年らしいプライドと背伸びを見せるリアムは恥じらう姿をこそ嫌うらしい。

 

 違うようで根っこに血の繋がりを感じるその態度に、思わず小さく吹き出す。なんだよとこちらを睨みつけたリアムに肩をすくめて返すと、ヴラッドはマディソンを追って倉庫へと戻った。

 

 倉庫の出入り口から少し奥へ向かうと、至るところにばらばらになった人間の残骸が転がっていた。マディソンの言う通り、向かい合う弾痕から銃撃戦の現場と思われる場所もあり、地面には引きずった血の跡が伸びている。

 

 当然、そんな場所で子供をふらつかせるわけに行かず、ジョエルとフレデリックが二人を抱えることとなった。シャーロットはヴラッドに抱えられることをねだったが、指揮官であり有事の囮担当が手を塞がれるわけにはいかない。

 

 リアムは随分と渋ったが、床に広がる血の海と人の残骸を見て意地を張るのを断念したらしい。それに休憩を挟んだとはいえ子供の足、今のうちに休めておくにこしたことはない。

 

 背後で、鼻に煙草を詰め込まれた兄妹が時々引きつった声をあげる。一方血と糞便の臭いを感じなくなった自分の鼻頭を掻きつつ、先導役のマディソンがこれだと示したコンテナの戸を開けたヴラッドは、空っぽのそれに片眉を上げた。

 

「一番奥、右の角っこのあたりだ。指でなぞればわかる」

 

 マディソンの言うとおりに奥のドア面を指でなぞる。コンテナの反対側の扉にあたる部分に指をゆっくりと這わせると、わずかに継ぎ目らしき感触。それを押し込むと、かちりと音がして、偽装されていたパネルが開く。

 

「良く見つけたな」

「コンテナの奥、壁との接触面があんまりにもぴったり過ぎる。それにこの倉庫、このコンテナを搬入できる入り口なんぞ無いぜ」

 

 言われてみれば、貨物船で運ぶような大きさのこのコンテナを収容するための搬入路らしいものはこの倉庫には見当たらない。ヴラッドらが開けたドアの他に見つかった出入り口は、フォークリフト用の搬入路が一つだけだ。

 

「さすが、元捜査官は目の付け所が違う」

 

 ヴラッドは笑いつつ、コンソールに教えられた通りのパスワードを入力した。小さな電子音とともにモニターが緑のランプを灯し、コンテナのドアが音を立てて奥へとわずかに開く。

 

 その先に広がるのは、コンクリートむき出しの階段と通路。鍾乳洞か忘れ去られた洞窟を思わせるそこの壁には、乾いた血の手形がかすれた赤褐色を晒している。

 




 ヴラッドとクラヴィスが強すぎるな?
 そろそろマディソンやジョエルにも活躍してほしいところですね。

 感想等お待ちしています。お気軽にどうぞ、栄養源です(手招き)
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