死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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入れるタイミングを見失ったのでここに突っ込みます。
大した話じゃないです。


Interval
Briefing


 州兵に包囲された町並み。

 

 遥か頭上を飛ぶ偵察機が撮影した、高解像度の航空写真。そこが映し出す地表の眺めは、燃え盛る家屋と車が詰め込まれて機能不全に陥った道路、散らばる死体の山に塗りつぶされている。

 

 さながら戦闘地域真っ只中の市街地。この場に詰める全員にとり、見慣れた光景ではあったが、今までに目にしてきたものとはあまりに大きすぎる違いがあった。

 

 これは内地の、つい少し前まで平和だった街だ。合衆国の片田舎にある、戦闘とは無縁のはずの企業城下町。

 

 そこがいまや、慣れ親しんだ戦地とおなじ光景に塗り替えられている。

 

 それを前にした兵士たちの反応は静かだったが、戦場を渡り歩いたその顔には無言の緊張感が漲っている。国内に置ける作戦経験――それも戦闘が想定されるような作戦を経験した人員は、この中には存在しない。

 

 おそらく、そんな人間は米軍全体を探しても居ないだろう。世界を股にかける特殊作戦部隊であっても、米国内での軍事活動はその担当範囲外だからだ。

 

「これは州兵展開直後の市内の様子だ。そしてそれから六時間毎の市内の状況推移になる」

 

 スクリーンの航空写真が切り替わり、上がる火の手と道路上に散らばる死体の数が増えていく。しかしそれも数枚の間だけで、ある時点から、死体は街路上から数を減らし始めた。

 

 むろん、それはまだ住人が生きている、ということではない。彼らは死人であり、悪魔のいたずらでただ肉を求め起き上がったに過ぎない。

 

「現在がこれ。発電所はオートメーションされており、まだ電力は通っているが、警察組織はすでに機能を喪失していると見ていい」

 

 情報を説明する准将は、統合特殊作戦司令部(JSOC)零下の作戦要員たちを見回し、スクリーンを操作する。周囲に見張りを立て、外部への情報漏えいを避けてテントを二重に張った仮設のブリーフィングルームに、青白い光が複雑な模様を描いた。

 

 第一次投入に参加する一八名は、ただ無言で死の底に沈んだ街の写真を見つめている。

 

 彼らは皆、精鋭と名高い特殊部隊の中でも更に選りすぐられた人間たちだ。第一階層(Tier1)の戦闘人員。この地球上に存在する数十億の人間の中のほんの一握り。並ならぬ克己心と、戦闘下における忍耐、冷静さを兼ね備えた超人たち。

 

 海軍のSEAL Team6、そして陸軍の第一特殊作戦D分遣隊(デルタフォース)の戦闘員らは、これから自分たちが向かう地獄の様子を前に、どこかリラックスしているようにすら見える。

 

「すでに説明を受けている通り、市内に蔓延している未知の感染症の感染者は死後、自我を失い活動を再開する。現在、我々の手元にワクチンは存在しない。よって、感染した場合の対処方法はただひとつ。中枢神経の破壊だ」

 

 何人かの隊員が、それを聞いてヒソヒソとささやきあう。B級ホラー映画と同じだなと笑うもの。頭に銃を向ける仕草をするもの。そして嫌悪感をあらわにするもの。

 

 それらを見回し、概要説明を受け持つ准将はなにか質問はと問いかけた。

 

「感染症の発生源、そして感染経路の詳細は」

「その点に関しては、統合情報支援活動部(ISA)のレイモンド大佐から」

 

 JSOCの副司令である准将が、モニターの脇で待機していた男を示した。部内では灰色狐と呼ばれる男――レイモンド・ケンドリクスは、誰かが小さな声でトーンヴィクターと囁いた声を聞きながら、スクリーンに投影された光の中へ立ち入った。

 

 名前のない組織。軍属のスパイ。そう囁かれる情報収集のスペシャリスト。統合情報支援活動部(ISA)などと呼ばれることは、こういった場以外では殆どない。今でこそ引き裂かれた勝利(トーンヴィクター)というカバーネームを与えられているが、その呼び名もあと数年で切り替わるだろう。

 

「まず、この件に関して、私が供与する情報はここにいる人間以外に決して口外しないように。あくまで極秘であり、大統領にすら上げていないものも含まれる」

「冗談でしょう?」

 

 にわかに隊員たちがざわつき、何人かはスクリーンの脇に立つ准将へ目を向ける。准将はそれを受けて肩をすくめると、隊員たちへと目を向けたまま言った。

 

「いいや、本当のことだ。これに関しては、われわれ(JSOC)が行ってきた未承認作戦に関わることでもある。彼からの情報は、ここにいる人員以外に漏らすな」

 

 にこりともせず、シワの深く刻まれた口元をへの字に曲げて准将が首をゆっくりと振る。合衆国軍の中でも最も厚い機密のベールに覆われた集団、そのナンバーツーの言葉とあっては、隊員たちも無言で了承せざるを得ない。

 

「まず感染症の発生源だが、市内に存在するアンブレラ社の秘密研究施設から漏洩した新型のウイルスによるものと思われる。感染経路は主に接触感染であり、現段階で空気感染のリスクはほぼないとみていい」

 

 再び、今度はより大きな動揺をにじませたざわつきがテントを満たす。アンブレラは世間的には大規模な製薬会社としてしか知られていないのだから当然だろう。その裏で何が行われているのかを知っているのは、政治家連中とそれを追っている人間、そして同業他社だけだ。

 

「もう一つ、市内の状況は。俺たちだけで降りるとなると、市民救助なんて無理だ」

「その必要はない。現段階で、一〇万人の市民の殆どは死亡していると考えられる」

 

 先程までとは真逆に、テントの中に沈黙が降りた。

 

 封鎖に当たる州兵らよりよほど機密性の高い情報へアクセスできる特殊作戦部隊の彼らであっても、いまだ市内の状況はなにも知らされていないからだ。ラクーン市の一〇万の市民、そのほぼ全員の生存が絶望的などと、一体誰が想像するだろうか。

 

 小さく呻くもの、神へ何事かを祈るもの、目の前に突きつけられた膨大な死の事実に瞑目するもの。反応は十人十色だが、レイモンドはそれに付き合うことはせずに先を続ける。

 

「航空写真の分析の結果、路上で死亡したと思われる市民の九割が活動を再開している。おそらくは、死後発症し、()()()()になったものと思われる」

「活性死者?」

「発症者のことだ。このウイルスは非常に特殊で、感染者の細胞を活性化させて死後に再度活動を再開させる。この活性化状態に陥ると、中枢神経を破壊する以外での無力化は携行火力では困難になる」

「そんなものを、アンブレラが作っていたってことですか」

 

 たっぷりの髭を蓄えた隊員が、眉間に深いシワを寄せながら問うた。レイモンドは頷き、スクリーンの端末を操作して航空写真から映像へ切り替える。

 

 倍速で再生される動画の中では、被検体と思われる男がウイルスを投与され、死亡、発症しその後処理されるまでの様子が映し出されていた。アンブレラの撮影した映像だ。アリッサの手によってこちらへもたらされた、数少ない形のある証拠だった。

 

 スクリーンの中で死亡が確認された男が起き上がり、処理班の銃弾を全身に浴びて倒れ込む。しかしそれでも活動を停止させることは叶わず、最終的に頭部への射撃で頭蓋を撃ち抜かれた男が床に伏すまでがしっかりと記録されていた。

 

「表はクリーンな製薬会社、裏はマッドなクズ野郎ってことですか」

「そうなる。現在アンブレラは市内に実働部隊――U.B.C.Sと呼ばれる私兵集団を展開しているが、彼らもすでに大きな損害を被っているものと思われる。投入された戦力は二〇〇名前後、その過半はすでに戦死したと見ていい」

「そいつらの投入目的は?」

 

 年重の海軍下士官が手を上げた。Team6の指揮を受け持つ曹長だ。

 

「現段階では不明。市民救助が表向きの目的だが、おそらくは実地での実戦評価のための対抗戦力として送り込まれたと思われる」

 

 あくまで推論だがねと付け足すと、隊員たちは低いうめきを漏らす。被験体の処理までの映像を見せられた挙げ句に、自分たちの手駒をそんな理由のために地獄へ下ろすような連中が、身近な薬を作っている会社だと知らされているのだから当然の反応といえた。

 

「じゃあ、俺らの敵は、その私兵集団と活性死者とやらってことですか」

「いや、アンブレラはウイルスを用いてB.O.Wと呼ばれる生きた兵器を開発している。この映像を見てほしい」

 

 再び隊員たちの視線がスクリーンに集まった。

 

 映し出されるのは、航空機から撮影された映像だ。火の手の上がる家々、それに囲まれたガソリンスタンドのそばで銃火が瞬き、火の手が投げる明かりの中をずんぐりとしたシルエットが走り回る。

 

 兵士が二人、そして奇妙なシルエットの何かが数匹。互いに走り回り、入り乱れながらの乱戦。相当数の銃弾を浴びせられた奇妙な何かが倒れ込み、新しい一体が飛び込んでくる。

 

 夜間、高空からの撮影とあって画質は良くないが、兵士と交戦している相手が人間ではないことは、容易に察せられる。

 

「詳細は不明だが、これがB.O.Wと呼ばれる兵器の一種ではないかと思われる。州軍の展開後、陸路で侵入したトラックが似たモノを市内へ投入している様子も確認されている」

「どうやって展開後に。道路は全部封鎖されてるはずじゃ」

「アンブレラは政界に深く食い込んでいる。我々には想像もできないほどに深く、な」

 

 レイモンドは肩をすくめた。それ以外に説明に適した言葉がなかった。アンブレラは世界的な大企業であり、その根は世界中のいたる所へ――特にいわゆる高階層へ――張り巡らされている。

 

 実際、少なくとも合衆国においては上院下院含めて、半分以上の議員が直接であれ間接的であれアンブレラとのつながりを持っている。

 

「つまり、なんらかの圧力があった、と」

「そうだ。州軍は否定しているがね。先ほど見せた被験体の映像は我々が協力者を通じて秘密裏に得た映像だ。ここで見たもの、聞いたこと、すべて部外秘となる理由は納得できただろう」

 

 沈黙を守っていた准将が、控えめに問うた陸軍の隊員にうなずいた。

 

 実際、現場で作戦に従事する人員を除けば、ISA――ひいてはJSOCがアンブレラに探りをいれていたことを知るものはほとんど居ない。レイモンド、副司令、司令、そしてごくごく一部のアンブレラに懐疑的な議員たち。

 

 大統領に知らせなかったのは、彼の選挙資金の半分近くがアンブレラの金を根としているからだ。それはいま、ホワイトハウスで会議を開いている首脳陣の過半にも当てはまる。

 

 副司令がそれを最低限の内容に要約して説明する間、レイモンドは隊員たちの表情がゆっくりと険しくなっていくのを眺めつつ、スクリーンを次の説明に備えて航空写真へと切り替える。

 

 再び地獄の俯瞰図がスクリーンに貼り付けられた。この地獄を生み出したのがアンブレラだとするのなら、その手助けをしたのはこの国の首脳陣だ。もちろん、そうと知っていたわけでは無いのだろうが。

 

「当然、我々の投入に関しても上は相当渋ったが、最終的には認可した。君たちの投入目的は大きくわけて二つ。市内におけるアンブレラの研究施設へ侵入し、情報と証拠の収集。そして市内に残っているこちらの要員と情報提供者の救助。後者はJSOC独自の作戦だ。よって、上は前者以外を認可していない」

「つまり、やばい作戦ってことか」

「いつも通りだ。かまやしない」

 

 部下のつぶやきに、水兵の曹長がかぶせる。自分たちの立ち位置、そして投入先を取り巻く状況。劣悪な条件を提示されて、それでも任務であるからと飲み込むそのタフさ。それこそが彼らを精鋭たらしめる素質の一つだ。

 

「後者……回収目標の情報は?」

 

 投げられた質問に彼だと返しつつスクリーンを切り替えると、陸軍の何人かが小さくざわついた。アイスマンとそのうちの一人が呟き、チームメイトが知り合いかと問いかける。

 

「前に同じ部隊にいた。でもあいつは……」

「そうだ。彼はデルタの隊員だ。そして現在、偽の罪状でアンブレラの私設部隊に潜り込んでいる」

 

 言葉を濁した隊員のかわりに後を引き継いだレイモンドは、アイスマンと呼ばれる男の写真を見た。スクリーンに映し出された男は、いま死者が歩き回る地獄の中で戦っている。

 

「ヴラッド・ホーキンス一等軍曹。現在デルタから、われわれISA(アクティビティ)へ分遣されている作戦人員だ」

 

 大失敗に終わったイーグルクロー作戦。その反省から、最上位の特殊部隊の運用を統合すべきとして生み出されたのがJSOCであるならば、ISAはそのJSOCの目となり耳となるために生み出された情報組織だ。

 

 そして、その活動が軌道に乗り様々な情報収集にあたる段になって、あるニーズが生まれた。他部隊へ情報を伝達して部隊を派遣する時間的余裕がない場合に、ISAによる直接の作戦実行を可能とする戦力だ。

 

 その試験段階として、陸軍のデルタからいくつかのチームをISAに分遣し実地で運用する計画に参加したうちの一人がヴラッドであり、そして彼の所属するチームのコールサインが葬儀屋(アンダーテイカー)だった。

 

「あいつのチームは全員服役したんじゃなかったのか」

「彼は巻き込まれただけだ。何も知らされていなかった。ただの作戦、そう思って参加した。それだけだ」

 

 アンダーテイカーの迎えた顛末は、母体となるデルタの人員の間ではすでに周知の事実となっていた。チームリーダーを筆頭とする隊員らの闇ビジネス、そして露見を恐れての民間人の虐殺。

 

 証人の口封じまでして身を守ろうとした男たちは階級を奪われ、いまは受刑者として刑務所の中にいる。

 

 それにヴラッドは巻き込まれた。彼が何も知らされていなかったことは、すでに調査で明らかにされている。しかし、その結果として彼は潜入捜査という最も危険な任務につかざるを得なくなったわけだが。

 

「この任務が終了した暁には、彼の罪状は公的に抹消されることとなる。生きて帰れればな」

「本当に何も知らされていなかったんですか」

「事実だ。複数人が証言したからな」

「死んだら罪人のまま、と」

「そうなってほしくはない。私は彼の名誉回復を約束した。彼は私のために任務を引き受けた。彼の情報も必要だが、それ以上に私個人として彼の生還を望んでいる」

 

 直接的にヴラッドを知る者でなくとも、ノーマッドの迎えた結末を知る陸軍の隊員たちは事情を察してかただ無言でうなずいた。海軍の男たちもそれが任務であればやり遂げるだけだと言いたげに椅子に腰掛けたまま、こちらの言葉に耳を傾けている。

 

 それを見、続きを説明しようとレイモンドが口を開いた瞬間、テントの入口から男が飛び込んできた。

 

 部外者立入禁止のテント。それも守衛を外に立たせていたはず。なにごとかと目を向けると、口ひげを蓄えた壮年の男――JSOCを統べる中将が険しい表情でこちらを見据えている。

 

 准将も、そして席に座った隊員たちも一斉に振り返り、なにごとかとざわつき始める。 しかし、口を開いた司令の言葉は、突然の訪問を吹き飛ばすだけの衝撃をもたらした。

 

 

「議会が招集された。ホワイトハウスは、ラクーンへの核滅菌作戦を計画している」

 

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