死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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Chapter3 Live and let live.
退路なき冥府


「それで、そのTとか言うウイルス、空気感染しないのはわかったが、他はどうなんだ」

「汚染物質を粘膜系に接触させた場合、感染は免れないわ。目や口腔粘膜、そのあたりは危険と思いなさい。特に血液との接触は原則厳禁よ」

 

 ジョエルの質問に答えたアリッサは、そっちの彼が感染しているかどうかは不明だけれど、とフレデリックを示す。彼は肩を縮め、それから左腕の傷を撫でた。

 

「ウイルスの感染確率というものは、その時その場の汚染度合いや接触条件によってアウトラインが変化する。身近なもので言えばエイズがいい例ね。基本的に唾液に含まれるHIVは微量だから、キスでの感染は殆ど無いに等しいと思ってくれていいわ。

 だけれど、血液接触やコンドームなしの性交はリスクが格段に跳ね上がる。これは分泌物ごとに含まれるウイルス量が違うことに起因するの。中でも精液や膣分泌物は高リスクの部類よ。肛門性交による感染がニュースにもなっていたのは記憶にも新しいわ」

「あんたの口からそういうワードが出ると、興奮するべきかげんなりするべきか悩ましいね」

 

 光栄だわ、と茶々を入れたマディソンへアリッサは小さな笑みを向けた。目だけが笑っていないその笑みを受け、おっかねえと小さくつぶやいてマディソンが引き下がる。

 

「それで、Tの場合は」

「感染者と粘膜接触したがる人間が居るとは思えないけれど、どれもアウトね。血液接触だけでなく、キスも性行為もNGよ。とはいっても、βの爪の汚染度合いはわたしにもわからないから、調べるより無いわ」

 

 あとはこれが結果を出すのを待って頂戴と、床に置いた検査キットを示すアリッサ。早く結果を知りたいのは山々だが、機械がこちらの心情を汲み取ってくれるわけもなく、検査が終わるのを待つより無い。

 

「結果が分かり次第撤収、ってところか」

「そうしたいところだけれどね」

「電源の問題だろ? その復旧はどうにかなる」

「それはたしかにクリアすべき課題よ。でもそれ以前に、もっと大きな問題がある」

 

 ヴラッドが怪訝に眉を持ち上げると、アリッサは向きを変え、壁に固定されたモニターの操作パネルに指を走らせる。沈黙したままのカメラとの接続を切り、いくつかのカメラ画面を切り替えた彼女は、これを見てと指を止めモニターを示した。

 

 画面に映るのは、貨物が積み重なる広い空間に佇む血まみれのコート姿。画面越しでもその巨躯の迫力が伝わってくる。両拳を握りしめ、肩幅に開いた脚で地に立つそのさまは、なぜか妙にサマになっている。

 

「タイラントが搬入路を塞いでいるのだけれど、有り難いことにあそこが現状唯一の出入り口でね」

「タイラント? アレの名前か、意味はわからんがずいぶんと大仰なネーミングなのはわかるぜ」

 

 クラヴィスが小さく鼻を鳴らし、灰色の肌を晒す巨人を見やる。最初の接触時は緊張で細部を伺う余裕がなかったが、表情のない顔は肌色と相まってより無機的な雰囲気を醸している。それが今までのバケモノと違い、より一層人間らしい格好をしているのがなんとも言えず不気味だ。

 

「タイラントってのは、古代ギリシャの僭主。暴君のことだ。お似合いの名前だな、血の領土を持つ暴君」

「博識ですこと」

「親父が昔から本を読めとうるさくてね。大学にはいかせてやれないから、その分本を読めと。未だに実家は本の山だ」

「タイラントは、アンブレラが生み出したグロテスクな出来損ないの中では傑作の部類よ。コントロールに難があることを除けば、だけれどね」

「コントロールできない代物が傑作、ね」

 

 だから出来損ないなのよ、とアリッサ。まるで自分がアンブレラの人間ではないような口ぶりだが、その様子から見ればハンターはおろかタイラントとやらも、彼女の美意識的に反しているらしいことはわかる。

 

「もっとも、このラボはその出来損ないを実用ラインに持っていくことを目的としていたの。アレは本来、まだ出来の良い部類だったのだけれど」

「どうやって制御するつもりだったんだ」

「元来は機械制御を基本方針に。でもあの個体は別よ。調教師(ハンドラー)の命令に従うように調整されていた」

「そこのわんこみたいに?」

 

 ヴラッドの問いに答えたアリッサに、犬を示したフレデリックが問いかけた。アリッサはウルフドッグよと返し、壁際で身じろぎもしないそれを呼び寄せる。

 

「アル。おいで」

 

 主人に呼ばれると、ウルフドッグは迷いなく姿勢を変えて主人に歩み寄る。そのまますぐ隣に腰を下ろすと、顎下を撫でる主人の手に目を眇めた。

 

「この子はウルフドッグとネコ科の遺伝子をかけ合わせた個体よ。唯一、従順に命令を守り知能低下を起こさなかったモデルなの。Tウイルスはその副作用として発症者の知能を大幅に低下させるが故に、制御性に問題がある」

「それで、あいつはどうやってその問題を克服しようと?」

「ウイルス完全適合者のクローンを素体に、人体を端から端までいじくり回す作業に興味があるのなら聞かせてあげるけれど」

「まるでフランケンシュタインの製造会社だな」

 

 心底げんなりした様子で呟くクラヴィス。それを見、非人道的の一言では済まないのだろうB.O.Wの開発風景を思い浮かべたヴラッドは、血なまぐさい光景を脳裏から振り払いつつ口を開く。

 

「フランケンシュタインはバケモノの名前じゃない。ヴィクター・フランケンシュタイン、怪物の生みの親の名前だ。原典では学生だったかな。彼の生み出した怪物には名前がないんだ。だから後に、生みの親であるフランケンシュタインが怪物の名前に取って代わってしまった」

「博識ぶりをどんどん発揮していくね」

「世間一般でのフランケンシュタインの怪物のイメージは、ボリス・カーロフが演じた映画のそれだ。公開は一九三〇年代。親父と見た覚えがある。最後は風車小屋ごと焼かれて火の中に消える」

 

 有名な映画だぞと付け足すと、クラヴィスは肩をすくめ古典は見ないもんでと笑う。他の人間も、どうやらその映画を見たことはないらしい。唯一、アリッサだけは興味深そうに頬杖をついてこちらを見つめている。

 

「人の野心が生み出した悲しい怪物だ。未熟な技術故に制御もままならず、その醜い容姿故に人に馴染むこともできない。原典での怪物はまさに醜い容姿の大男、まさにあんな感じだな」

 

 ヴラッドはモニターを示し、ピクリとも動かない大男を見やる。こめかみの高さをぐるりと一周する外科手術の痕跡、縫い目がより一層、世間に知られる()()()()()()()()()()()()()らしさを演出していた。

 

「だが原典の怪物には人の心があった。最終的には人から拒絶され、悲嘆に暮れて復讐心に駆られるくらいにはね。あいつに、そんな物があるとは思えないが」

「映画が好きなのか、それとも、フランケンシュタインの怪物が好きなのかしら」

「創造主に見放され、自分を愛してくれるものもなく、その希望すら失ったアレはたしかに哀れだとは思う。本を読んだのはもう随分と前の話だが、()()()()()()()()()()()()()には同情するね。興味をそそられるキャラクターなのも認める。だがあいつは別だ、俺を殴り殺しかけた」

「随分と現金な論だこと」

「怪物に同情できるのは、自分が傍観者のときだけだ。命の取り合いとなっちゃそれは無理ってものだろう。俺はまだ棺桶に入れられて葬られる側はゴメンだ。()()()()()()

 

 ライフルで身じろぎもしない相手ならなおのことだよと、殴り倒される寸前に見た眼前に迫った拳を思い出しながら呟く。拳が身体をかすめる寸前、赤い闇の中で覗き込んだタイラントの目は虚無ではなかった。その瞳の奥にある色を思い出し、その意味するところを考え始める前に思考を切り上げる。

 

 怒り、脳裏によぎるその言葉を、ヴラッドは無視した。

 

「それで、その制御不能の傑作が唯一の脱出路を塞いでるわけだろう。なんでだ」

「アレの開発は別の研究者の仕事だったものだから詳細までは知らないわ。ただ、最後に主任と話した時、知能の存在を確認できたと喜んでいた。それが本当なら、大方、こちらの退路が現状一つしか無いことを理解したのね」

「バケモノにも思考能力はあるってか」

「本来はそんな高尚な知能はないはずよ。だけれど、正規の出入り口であるメインエントランスのエレベーターもドアごと粉砕されていた。それが偶然でないとすれば、タイラントが搬入路を塞いでいることも納得がいくわ」

 

 クラヴィスの疑問に答え、それに続くフレデリックの問いに、アリッサは溜息だわと小さく首を振る。そもそも、アレは本来自分の活動エリアを巡回する習性を持つのよと、アリッサが付け足した。たしかにそう考えると、一箇所に留まっているのは奇妙だ。

 

「さっき言ってた調教師とやらの言うことは聞くんだろう? そいつはどうなった」

「死んだわ。アルを起こしに向かうときに見かけた。タイラントの保管室で息絶えていたの」

「あいつにやられたわけだ」

「いいえ、銃で撃たれた痕跡を見るに、保安職員の仕業よ。どうしてそうなったのかはわからないけれど」

 

 ざまあないぜと鼻を鳴らすクラヴィスの発言に首を振り、アリッサは傍らのウルフドッグを撫でる。アルと名付けられたその犬の姿をした兵器は随分とおとなしく、主人の命令に従う忠犬のようだったが、大柄には過ぎるものの犬らしさを残すアルとタイラントが根は同種の兵器という事実は未だに飲み込みきれない。

 

「そいつは随分と従順なようだが、どう違うんだ」

「幼体の段階でネコの遺伝子をかけ合わせ、同時に試験段階の抑制剤を投与したの。その分、Tウイルスが持つ変異性は失われたけれど、知能の低下は起こらずに済んだわ。でも他の種ではだめだった。イヌ科を素体にしていれば話は違ったけれど、それでも個体によるばらつきが大きかったわ」

「あんたが開発を?」

「ええ、最初からわたしのプロジェクトよ。まあ、アンブレラからは変異性の低さをして失敗作の烙印を押されたけれど」

 

 あの出来損ないの怪物よりよほどそっちのが出来が良いように見えるがねと、質問の返事に頷いたマディソンがしゃがみ込み、アルに手を伸ばす。が、アルはほんの僅かに鼻先を寄せて匂いを確かめてから首を引き、寄るなとばかりに喉を鳴らした。

 

「噛まれたくないのなら、むやみに触れないのが懸命よ。子供はともかく、大人に容赦するほど優しくはないわ」

「犬には好かれる方なんだが……」

 

 犬、という一言に反応したかのように、アルが低い唸り声のボリュームをあげる。まるでそんなものと一緒にするなと言いたげなその態度は、たしかに知能が低いようには見えない。

 

「もともと、アンブレラの生物兵器を売り込む際の最初の商品として企画と開発がされたの。人間には軍用犬の例がある、ウルフドッグなら身近に置く生体としても受け入れられやすいわ。すくなくともαやβのような文字通りの化け物よりはよほどね」

「それで、ネコの遺伝子を混ぜたのはなぜ」

 

 専門的な医師でないにしろ、医療の世界に片足を突っ込んでいるジョエルが、興味津々の様子でアルに身を寄せる。慎重に距離を保ち、相手が明確な不快感を示さぬラインを確かめ間近で観察する彼の目は好奇心に輝いていた。

 

「ネコは爪を隠して足音を消せるからよ。軍用としてデザインするとき、隠密性を重視しろと上からの指示があってね」

「なるほど。それにウルフドッグは通常の犬種より嗅覚や聴覚が鋭い。たしかに軍用向きか」

 

 距離を詰めたジョエルの脅威度を精査するように、アルが視線を彼へと据える。そのまま無言のにらみ合いを続ける一人と一匹を放置し、ヴラッドはアリッサへ目を向けた。

 

「名前の由来は」

「由来を問われたのは初めてだわ」

「どうせアルフォンスとかアルバートとかじゃないのか。アルフレッドもいいラインだな」

 

 にらめっこの体制に入ったジョエルを見て笑いながらフレデリックが口をはさむ。彼は無線をおろし、地面に座り込むと、そのどれかだろとアリッサへ目を向けた。

 

「アルフォンスはともかく、王政国家の民でもないのにアルフレッドなんて名前は付けないわ。大王様じゃあるまいし。アルバートは論外よ、ありえない」

 

 きっぱりと言い切るアリッサの語気はほんのりと強さを増したように感じられた。発音の癖から、イギリス人でもないのにと小さく指すあたり、腹に据えかねる名前でもあったのだろうか。フレデリックはおっかないとばかりに肩をすくめ、不遜な態度のアリッサにため息を一つ。

 

「じゃあアルベルトとか?」

「それも不正解」

 

 じゃあわからんとフレデリックの隣に腰を下ろしたクラヴィス。ヴラッドは少し考えこみ、真っ白な毛並みのアルをしばし見つめてから口を開いた。

 

「アルビオン」

「惜しいわね。アルヴィンよ」

「語源は同じだな。ラテン語で白」

「なんだ、僕のだって大きく外れたわけじゃないってことか」

 

 残念ながらそれはないわとアリッサがはしゃぐフレデリックを横目に見てバッサリと切り捨てる。アルビオン、ドーバー海峡に面したチョーク層の白い岸壁をして、英国を示す単語として使われることがある。ブリテン島に関して、一般に知られる名称の中で最も古いものでもあった。

 

「よくわかったわね」

「白いからな。半分はヤマ勘」

 

 ジョエルとアルヴィンのにらめっこはいまだに続いているようだった。このまましばらく動きそうにない両者はさておき、ヴラッドにはまだするべきことがある。

 

「それで、どうやってあれを突破するか」

「陽動でもかけてどこかに引っ張り出し、その間にゲートを開けるとか?」

「ベターなのはそれだな。通常火器が通用しない以上、正面戦闘はまず勝ち目がないとみるべきだ」

 

 ヴラッドの問題提起に、マディソンとフレデリックが続く。実際問題、小口径とはいえライフル弾を雨あられと浴びせてひるみもしなかった化け物だ。真っ向勝負で勝てる可能性は少ないし、勝てたとして戦死者が積み上がっては意味がない。

 

 あくまで、状況的な勝利条件は研究施設からの脱出である以上、戦闘は避けるべきと考えるのが妥当だろう。

 

「問題は、陽動の方法。そして見込める拘束時間」

「それに関しては向こうの出方次第ね。唯一の出口を封鎖する程度には知能があると仮定すると、わたしにも判断はつかない」

「ゲートの解放にはどれくらいかかる」

「人が通れる程度に開くまで5分近く。隔壁が三枚あるからその分時間もかかる」

「最高のセキュリティに拍手だな。最低の構造に感激」

「棺桶のふたじゃないんだ、もったいぶらないでほしいもんだが」

 

 朗らかな口調で吐き捨てるクラヴィス、それに続くフレデリック。マディソンは何か考え事をしているのか、顎に手をやったままだったが、しばらくして口を開いた。

 

「この研究施設、実験体の暴走の可能性は想定していたのか?」

「ええ、想定内よ。一応は、だけれど。保安要員に軍用の銃が配られていたから」

「あのタイラントとかいうデカブツに有効な火器の保管はどうなってる」

「タイラントを確実に殺すには、戦車か装甲車が必要になるわ。人間が手にする豆鉄砲程度でどうにかなる相手じゃないもの」

「そんなものを閉所に置くわけもないか。対戦車火器でもあれば楽勝だったんだが」

 

 まいったなと頭を掻くマディソン。確かに、威力面だけを見れば対戦車火器があれば解決できるだろうが、疲労のせいで頭が回らない彼の思考からは重要な部分が抜け落ちているようだった。

 

「仮にあったとして、バックブラストで俺たちまでめちゃくちゃにされちまう」

 

 通常、歩兵が持ち歩ける対戦車火器――つまり世にいうロケットランチャーのたぐいは、後方に高圧ガスを噴射することで反動を相殺する方針をとっている。バックブラストと呼ばれるその高温高圧ガスの加害半径は、ものによるが射手の後方2、30メートル、およそ60度程度の広がりを持つとされていた。

 

 閉所で使っていいものではない。当然、ヘリや車両の中から使用するのも自殺行為だ。噴き出したガスは閉鎖空間にコンマ数秒で充満し、その場にいる人間に平等に牙をむく。

 

「確かにそうだ、クソ」

「マディ、フレデリック。少し寝ろ。すくなくとも電源を入れるまではこちらでどうにかする」

「悪いが、そうさせてもらう。脳みそが死んでる」

 

 こちらの休憩()()にうなずいたマディソン。僕もそうさせてもらうよとフレデリックが頷き、出入り口をふさがない位置に移動した二人が地面に転がる。

 

 ああでもない、こうでもないとクラヴィスとジョエルを交えて検討を続ける。適宜、アリッサが暫定案の問題となりそうな施設内の状況や敵の情報を与えてくれた。

 

 少なくとも、施設内に放たれたサンプルのハンターαは20体。うち半数はタイラントと交戦してことごとく殺され、数匹はアルヴィンの餌食になったようだが、依然数匹は身を潜めていると思われた。

 

 ネイルフロッグに関しては、アリッサの知る限り該当するB.O.Wに心当たりはないらしい。おそらく、Tウイルスの持つ変異性によって特定条件下で発生する突然変異体のようなもの、とのことだ。ジョエルに言わせれば、そんな短時間で生物の形質に変化を生じさせるウイルスなど人類史上確認された例はないらしい。

 

 施設は中央の連結路を中心に扇状に三分割されており、現状外部への脱出を唯一可能とするノースエリアはタイラントの根城となっているというのがアリッサの談だ。連結路は彼女がコンソールで引き上げており、現状向こうがこちらのエリアに押し入ってくる可能性はほぼゼロとみていいらしい。

 

 アルヴィンが掃討したため、ここサウス02エリアにハンターはいないと思われる。電源供給システムのメインもこのエリアだが、搬入路の起動にはノースエリアの補助電源システムの再起動が必要となる。その場合、経路上でハンターの残党と接触する可能性が考えられた。

 

 そしてこれはアリッサの意見だが、仮に電源システムを回復した場合、タイラントが搬入路を離れる可能性はより低くなると思われた。向こうがこちらの抹殺を目的としていると仮定した場合、最も確実な方法は唯一の退路を塞ぐことだからである。そしてその思考力はあると彼女は考えているようだった。

 

 仮に搬入路の開放を行う場合、攻撃班を編成して正面から戦闘を仕掛け、別のエリアに誘導する間に迂回班がコンソールにアクセスする以外に手立てはない。もちろんその場合、攻撃班はタイラントの追跡を受け続ける。

 

「つまり、正面戦闘の可能性は捨てきれない、というよりほぼ確実ってことか」

「すくなくとも個人的見解としてはそうね」

「ちなみに、その可能性を否定できる要素は」

「現状無いわ。少し前に、そんな高尚な知能はないはずだと言ったでしょう。でもそれだけじゃないのよ」

 

 前置きをするように、ゆっくりとした口調でアリッサが言う。ヴラッドはそう言っていたなと頷き、その先を促すために口を閉じた。

 

「タイラント――T-103は特別な命令を受けていない場合、あるいは命令を認識できなかった場合、さっきも言ったとおり一定のエリアを活動範囲と見なして巡回する特徴が多く見られるの。一方、わたしが知る限り定位置を確保して待機した例はゼロ」

 

 あれは一種の異常行動よと、アリッサがモニターを示す。ピクリとも動かず、頬を掻くことも、首を巡らせることもせずその場にただ佇むタイラント。たしかに他の個体に巡回の習性が見られるのであれば、あの個体の定点固守の姿勢は異常と言えるのかもしれない。

 

「あの場に陣取るようになったのはあなた達が来て以来だけれど、それ以前からある一定の範囲を基本的な縄張りと見なして行動している様子が確認できたわ。あなた達が接触したのは、あのタイラントがハンターの残党を殲滅しに向かったタイミングに鉢合わせたから」

「全くの不運なコンタクトってわけだ。それで、なんであいつらは殺し合いを? 同じバケモノ同士だろう」

「それはわからないわ。単にハンターがタイラントを攻撃したのが原因なのか、はたまたタイラントからして敵と映ったのか。あるいは別の理由か」

 

 そこに関しては情報サンプル不足ねと肩をすくめたアリッサは、幾つかの仮説はあるけれどどれも憶測の域を出ないのと続ける。そのまま彼女は脚を組み、話を戻していいかしらとばかりに首を傾げる。ヴラッドはそれに頷いた。

 

「もし仮に、単なる縄張り意識に基づいているなら、あなた達をロストした時点で自分の縄張りに戻るはず。にもかかわらず、タイラントは待機位置を搬入路へと変更した。この事から、明確な目的意識がタイラントに芽生えたとわたしは考えている」

「そうなった原因が、さっき言ってた制御方式の違いの影響?」

「おそらく。既存のタイラントは植え付けられた行動指針に従うだけの存在で、それも外部からの入力であるがゆえに行動時間が伸びるごとに薄れていく。自己判断による行動変更は未だ不可能とされているわ。だからアレは異常なのよ」

 

 複雑な敵味方識別は不能、武装の有無による攻撃/非攻撃判断や、作戦計画に合わせた行動選択などもってのほか。そういった、通常のタイラントにはできないことをアリッサが列挙していく。破壊力と耐久性は並外れているが、知能の低さからくる制御性の低さは開発者の頭を大いに悩ませたことだろう。同情する気にはならないが。

 

「このラボでは、その問題打開のために様々なプランが試行されたの。アルと同じように抑制剤を用いたケースは、ヒトとイヌでは効果の差がありすぎて、Tの活性能力自体が許容レベル以下に低下して失敗。特定の代謝酵素を利用した抑制剤の弱点ね。機械的制御はある程度の成果を出したけれど、状況が複雑かつ過酷になると制御不能に」

 

 ここから先の詳細は部外者のわたしには知らされていないけれど、とアリッサは前置きをした。その声はごく自然で滑らかだったが、彼女の目を盗み見たヴラッドは、嘘ではないが真実を語るわけでもない人間の、取り澄ました眼差しを見て取った。

 

「おそらく脳に対する外科的なアプローチがあったと推測されるわ。頭部の縫合痕は他のモデルには見られないことから、一度頭蓋骨を開いて中身をいじった、と考えるのが自然ね」

「一応聞いておくが、あれは生きてるんだよな。外の死人どもと違って」

「ええ、紛れもなくアレは生きている。追加の質問の手間を省くのなら、つまりは生きたまま頭を切開して脳をいじった、ということになるわね」

 

 狂気的(マッド)どころじゃねえぞ、とクラヴィスがひきつった笑みを浮かべる。ジョエルもその光景を想像したのか、絶句したままゆるく首を振った。医療行為ならともかく、兵器としての性能を向上するために生きたものの脳みそをかき回すというのは、生中な精神でできることではない。

 

「アルは、そういったことは」

「わたしがあの子にそんな惨いことをするとでも? そもそも、アンブレラの社員ではあるけれどB.O.Wの存在意義に関してわたしは懐疑派よ」

「安心した。すごくね」

 

 きっぱりと言い切ったアリッサの声に頷くヴラッドに、アリッサは犬猫はだめとでも言いたげねと片眉を上げて見せる。棘のある態度だが、そういう仕草が様になるのは、並外れた美人の特権だろう。

 

「ウルフドッグにネコの遺伝子を掛け合わせる。人間の頭蓋骨を切り開くよりましに思えるかもしれないけれど、どちらにせよ悪趣味であることに変わりはない。兵器として作るというのなら、なおさらよ」

 

 それはまるで、こんな会社でなければそんなことをしないで済んだ、とでも言いたげな口調に感じられた。主人の言葉がわかるわけでもないだろうが、彼女の傍らに座り込んだアルがアリッサへ顔を向け、鼻先でスキニージーンズに包まれた太ももを撫でるように擦る。

 

 業務が嫌ならやめればいい、世間一般ではそういうことになるのだろうが、アンブレラは大規模な私兵を保有し、重武装を施して米国内で展開させるような企業だ。合衆国軍の情報部署はおろか、古くから諜報活動を続ける組織ですらその実態と全容を把握できない裏の稼業に触れた時点で、そんな月並みな言葉で断じることができるわけもない。

 

 脛に傷を持つ前科者ばかりを集めたU.B.C.Sの自分たちと同じ、自己意志でやめるという選択肢が突然絶たれたことは想像に難くない。

 

 アルヴィンの戦闘力は、こちらに追い打ちをかけようとしたタイラントに飛びかかったあの動きを見ればわかる。しかしアリッサがこの人の手で生み出された最強の猟犬を起こしたのは、ただ護身のためだけではないのだろう。おそらくは愛着、そして兵器としての命を生み出した罪悪感からくる責任感。

 

 この地下に置いたまま、自分ひとりだけ出ていくという選択肢は取り得なかった。氷のような美貌の女だが、その根は他人と同じ。ただの人間でしか無い。

 

 甘えるようなじゃれ方を見せるアルヴィン、それを慈しむように撫でるアリッサ。ヴラッドはそれを見、小さく咳払いをして本題へと戻る。

 

「アリッサの説明通りなら、現状ではタイラントとの交戦は避け得ないと考えざるを得ないとして、偵察を行うに越したことはないんじゃないか」

「それは、遠くから見るやつか、ちょっかいを出すやつか。どっちだ」

「威力偵察だ。こちらのアクションに対し、どう食いつくかを見たい。それ次第でこちらも出方を変える」

 

 クラヴィスの問いに、ヴラッドはあくまで基本通りの方針を示した。敵の情報を収集し、それをもとに対処を行うのは軍事のみならずあらゆる行動の根幹である。

 

「まあ戦力評価をしておくに越したことはないわな」

「問題は、向こうが勢いよく食いついてきた場合だ。どうする。現有装備で撃破は厳しいんだろう」

 

 クラヴィスとジョエルが揃って腕を組み考え込む。たしかに、ちょっかいを掛けて程々で済めばいいが、仮に思い切り食いつかれた場合は大問題となる。撤収どころではなくなる可能性もありえた。

 

「足を止めるものが必要だな。指向性対人地雷(クレイモア)は、置いてきたんだったか」

「そもそも陣地防衛の可能性をそこまで真剣に考える作戦じゃなかったからな。持ち込みすら無いんじゃないか」

 

 俺は見た覚えはないぞ、とジョエルが肩をすくめる。現状、ライフル弾で止められない相手を足止めするとなると爆発物に頼るより無い。が、手持ちの破片手榴弾では威力不足だ。破片手榴弾の主要な殺傷方法である破片、もとい弾子の貫通力は概ね拳銃弾以下であり、ライフルをものともしないあの巨躯に通用する見込みは殆どない。

 

 もちろん、クレイモアも内包するベアリングの運動エネルギー自体は大したものではないが、面に対して数百の鉄球を叩きつけるため、足止めに絞ればまだマシな効果が見込める可能性がある。

 

「アリッサ、ここの火器保管庫は、これだけか」

 

 ヴラッドは数秒の思考の後、壁に固定されたガンロッカーを示した。幅と高さから見るに、せいぜい五丁程度のライフル類と同数の拳銃を収めるのがせいぜいのロッカーだが、施設の広さを見るに保管されている武器がこれだけというのは考えにくい。

 

「いいえ、このエリアに一箇所専用のロッカールームがあったはずよ。中身は確かめていないけれど」

「案内を頼めるか。このあたりの安全は確保済みなんだろう?」

「もちろん。でなければ、アルがこんなに落ち着いているわけが無いもの」

「ならいい。クラヴィス、ジョエル。念の為にここで待機。俺が見に行ってくる」

 

 了解、と二人が応じる。なんなら休憩にしてくれて構わないぞと付け足すと、クラヴィスは遠慮なくバックパックを枕にして床に寝転んだ。ジョエルは一人で大丈夫かと問いかけてきたが、ヴラッドは問題ないと頷いてやる。

 

「案内するわ」

「レディファーストのほうがいいか? それとも、男にリードさせるクチ?」

「死にかけておいてなお減らず口が達者なようね。おまかせするわ、お好きなように」

 

 脱がされた野戦服に袖を通し、ベルトを締めてS.O.Eベストを身に着けたヴラッドは、自分のカービンを手に問いかけた。アリッサは呆れと感心半分の顔でやれやれとかぶりをふり、アルヴィンを手招きで呼び寄せる。

 

「それじゃお先に」

「どうぞ、仕切りたがり屋さん」

 

 

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