死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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Chapter1 In to hell.
地獄と知るよしもなく


 1998年9月25日 2130時

 

 

 生きている限り、人は誰しも秘密を抱えることになる。

 

 大なり小なり人によって程度は違うが、ヴラッドは並の人間よりもよほど大きな、責任を伴う秘密を抱えたまま、その時を迎えることになった。

 

 アンブレラの保有する非公式の実戦部隊。アンブレラ生物災害対策部隊(U.B.C.S)の北米支部第一中隊に緊急招集がかかったからだ。

 

 完全にオフムードだった部隊だが、武装受領、点検、作戦概要の説明から出動準備、この全てが2時間とかからずに完了したのは、日頃から訓練を行っている実戦を想定した部隊ならではと言っていい。

 

 アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタの四小隊あわせて一二〇名。これらヘリによる空輸投入とは別に、陸路で侵入する小隊が三個。一個小隊三〇名編成、合計二一〇名余りが送り込まれるというのは、非公式の存在であり、一企業の所有物と言うには度を越した戦力を持つU.B.C.Sの活動としては異例の規模である。

 

 だからこそ、参加する人間は各々、言いしれぬ緊張感を抱えていた。

 

 出撃準備に追われるヘリ、その周囲に小隊ごとで集合する隊員らの力んだ背中を見ればそれは明白だ。

 

 組織の性格上、脛に傷のある連中ばかりで構成された寄せ集めの精鋭部隊。指揮系統を掌握する小隊長と分隊長クラスはいずれも実戦経験に溢れた猛者揃いである。だが彼らとて、市民の残る市街地で戦闘を想定しての救助活動などという、特異事態の経験があるわけもない。

 

 デルタ小隊長のミハイル・ヴィクトールのロシア人らしい彫りの深い顔に浮かぶしかめつらが、基地の投光器の白い光の中に見えた。隣のデルタ小隊は出撃前に作戦計画の再確認に追われているらしい。

 

 アルファは弾薬と装備の確認に余念がなく、ブラボーは粛々と各分隊に作戦計画を伝達、非常時の集結地点、その予備の調整を進めている。

 

 翻ってヴラッドの属するチャーリーはといえば、早々に各種準備を終え、各自自己単位での確認作業へとシフトしている。

 

 三〇名の小隊は分隊ごとに分けられている。ヴラッドのチャーリー小隊第二分隊の人員は、滑走路へと座り込み、時間まで仮眠を取るもの、くだらない噂話に花を咲かせるもの。多種多様だ。

 

 他分隊の列にまでそれとなく視線を投げ、個々人の様子を観察しながら、ヴラッドは支給品のM4カービンを撫でた。

 

 つい四年前に米軍で正式化されたばかりであり、一般部隊には未だ配備されない短銃身のライフル。これまた最新型のエイムポイントCOMP MLドットサイトをのせ、銃身にクランプでライトを固定したそれを数百単位で隊員に配備する予算。

 

 アンブレラの資金力は事前情報以上だなと、今までで何度目かの感想を内心にいだきつつ、弾倉を目一杯詰め込み、爆薬やその他小物で一杯のS.O.Eベストを身に着けた体の重みにため息をつく。

 

 配属された以上は、いつかこのときが来ることはわかっていた。実戦を旨として編成された部隊、今までに幾度か作戦投入は経験していたが、“本命”がこんなにも早く訪れるとは、流石に思ってもいなかった。

 

 そもそもなにか得られれば儲けもの、程度の自分の存在意義。念の為に、と自分を任命した上司が前置きしたことを忘れてはいない。

 

 その念の為が現実になってしまったことが問題であり、今までも何度か経験してきた仕事とは段違いのリスクと後ろめたさに、緊張で固まりそうな自分の無様を小さく笑う。

 

 米国内で武装した私兵を大規模に動員するなど、いかに政界と癒着の強いアンブレラであっても“まともな作戦”ではない。

 

「どうした、ヴラッド。楽しみで仕方ないか」

 

 知らずのうちに浮かんでいた自嘲の笑み、その意味を読み違えたか、小隊長たるハリソン・ホランドがニヤニヤとからかいを含んだ笑みで声をかけてきた。

 

 反射的に周囲を探っていた眼差しをそちらへ移す。任務へ意識が沈みすぎ、無意識に目立ってしまった愚かさを内心でしかりつつ、まさかと口の端に笑みを刻んだ。

 

「逆です。ろくな作戦じゃない」

「幹部連中に聞かれるなよ、仮にも分隊長だ」

 

 こちらの返事に、片眉を持ち上げたハリソンが目の前でかがみ込み声を落とす。すぐ隣で、部下たちが静かに耳をそばだてたのがわかった。

 

「国内事案、あわせて二〇〇の兵員を導入するなんて、よほどのことだ。だってのに、作戦計画では補給、撤収に関する支援の情報が不十分な印象を受けました。それに、俺達は大所帯ですが、それでも人口一〇万の都市に動員する兵力としては不足もいいところだ」

「気に食わないか」

「まともなオツムがあれば、こういう作戦は不安に思うものでしょう」

 

 確かにな、ハリソンが笑う。後ろめたい過去を持ち、アンブレラと取引してそれから逃れた連中が過半を占めるU.B.C.Sのご多分に漏れず、陸軍在籍時代に経済困窮を理由とする備品の大量密売で告訴されたこの男。とはいえ、殺人やら麻薬売買やらの過去を持つ連中とは違い、娘を持つ男らしい柔和な笑みだ。

 

 U.B.C.Sへのリクルートに応じたのも、陸軍特殊部隊の経験を買われ、娘の養育費に十二分な額を提示されたからだと聞く。

 

「上の考えることはわからん。暴動鎮圧で我々を駆り出す意図も、ラクーンの被害規模だってろくに分かっちゃいないが、それでも任務だ、やるしかないぞ、軍曹」

 

 階級でこちらを呼ぶハリソンの声音には、そこで抑えろという優しい叱咤の響きがあった。部下の前で作戦の不満を口にするのは、たしかに分隊程度であっても指揮を受け持つものの態度ではない。

 

 が、ヴラッドにとっては、ハリソンの態度に探りを入れるための愚痴だ。理知的な瞳の奥にほんの僅かな不安を読み取れば、この男も何かを知らされているわけではないと判じて、了解とうなずいてやる。

 

 小隊長クラスですら得体のしれぬ状況となれば、下っ端にとってはまさに未知の宝庫というわけだ。投入されれば最後、手持ちの弾薬と隣に立つ戦友たち以外に頼れるもののない状況。

 

 過去に研究施設の警備で何度か展開したものの、いずれも小規模な漏洩や企業テロの類への対処ばかり。それより大きな作戦でもせいぜい山狩りや追跡行である。街一つが作戦区域となるほどの大きな作戦となれば、なにがどうなるかなど想像もつかない。

 

 と、目の前に煙草が差し出され、ハリソンが吸うかと問いかけた。

 

 給油中のヘリの側での喫煙はご法度。席を外す必要がある。密談の誘いかと瞬時に気付くと、それを受け取って立ち上がり、集結地点を離れる。

 

「私も詳しいことは知らされていない。だがな、街の中はもう死人まみれだ。警察も組織力を残しているかどうか」

「一切不明ですか」

「わからんな。感染者に関する情報は一部の経験者にしか共有されていないが、新種の伝染病が蔓延して、それに起因し市内に暴動が拡がっているらしい。状況はかなり劣悪と思われる」

 

 火気厳禁のエリアを離れ、十分に距離を取ると、わずかに潜めた声でハリソンが言った。ヴラッドはそれを受けつつ、視線を集結地点へさり気なく走らせる。

 

 U.B.C.Sに所属してから、アンブレラという企業の持つ執拗なまでの内部監視体制は肌身にしみていた。唇の動きで会話を読まれる可能性は十分にありえる。

 

 それに、市内で発生している謎の病原菌の感染拡大に関しては、過去に類似案件を担当した経験者以外には共有されていない。とくに若手、新人連中には、ただの暴動としか教えられていないはずだ。アンブレラの城下町での謎の暴動。

 

 わざわざ経験者にのみ先行してブリーフィングを施し、原因不明の伝染病が拡大し、市内で数百人の感染者が出ている事実を共有した理由はは理解不能だ。

 

「ラクーン市警察はすでに沈黙、一切の交信が不能となっている。壊滅したか、機器の破損かは不明だが連携は望めないだろう。作戦地域は我々の投入とほぼ同時に州兵が封鎖を行うらしい。我々以外に動員される戦力は不明だが、事態が掌握不能と判断すれば軍が制圧に出るかもしれんな」

「そうなれば、私設部隊の俺らがいるのは具合が悪いですね」

「上は政府とべったりだ。そうなる前に撤収命令が出るだろうが……いや、希望的観測だな」

「最悪の場合、二〇〇の人員と持ち込む武器弾薬のみで対処、か。一〇万人の都市で?」

「パナマのようにはいかん」

 

 火をつけた煙草のフィルターを強く噛み、ハリソンが鼻を鳴らす。

 

「ミハイルとはすでに、状況が悪化した場合の集結地点と手順を決めてある。東部を担当するアルファ、ブラボーはわからんが……」

「中隊本部からの作戦方針明示は」

「ない。事態は予測不能、臨機応変にやれと。いきあたりばったりだな、陸軍とは大違いだ」

「大規模な兵員投入経験なんぞないですからね、ウチは。だいたい、小回りの効かない小隊三〇名編成、街路制圧戦闘となるとゾッとする」

 

 鼻を鳴らし、陸軍出身者同士、パナマ侵攻から湾岸戦争を経験した猛者としての現状への不満を吐き出す。U.B.C.Sは金に物を言わせて腕利きを集めているが、当然の結果として、ロシア特殊部隊出身者、フランス外人部隊、米各軍、南米やアフリカ、各地から人材を集めた寄せ集めの側面を持つ。

 

 故に組織運用に小隊、ひどい場合は分隊単位での差異があり、しかも中隊本部クラスは社員の中堅幹部が担うために大規模な運用では脆弱さが目立つと言わざるを得ない。

 

 軍事の専門家が運用してこその戦闘部隊だ。小規模な作戦であれば現場の采配が大きなウェイトを占めるが、ここまで規模が膨らめば上の意向を汲まざるを得ない。残りは現場の自助努力、考えれば考えるほど頭の痛い状況だった。

 

 喉に刺さる煙を吐き出し、アスファルトに捨てて踏みしめるのと、出撃命令が下るのはほぼ同時だった。

 

 お喋りを切り上げ、傭兵の意識に切り替えたらしいハリソンがM4をぶら下げて歩き出す。

 

 その後ろに続き、小隊ごとにヘリに乗り込みながら、ヴラッドは言い得ぬ不安感を飲み込んだ。

 

 

 

 思えばこのとき、ずさんな作戦計画の裏にある意図は薄らと見えていた。

 

 もちろん、それに気づいたとして、全ては手遅れだったわけである。

 

 

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