「それで、ヴラッド。そろそろ二人きりにした理由を教えてもらえないかしら」
保安オフィスからの通路と違い、非常時対策を視野に入れた保安職員用の火器庫は通常の照明が維持されていた。ドアも電子ロック式のスライドドアではない、通常構造の強化扉だ。
デートのお誘いとは思えないけれど、と内側から施錠した強化扉の脇によりかかったアリッサが続けた。ロッカーの中を一つずつ確かめるヴラッドは、中身がほとんど持ち去られたライフル用ガンロッカーを離れ、EXPLOSIVEの文字が踊る扉に手をかけた。
「この街を出たらぜひとも誘いたいところだ」
「そうね。出られたら考えてあげるわ」
「そりゃいい。仕事のやる気が出るってもの」
金属扉の中身はグレネードの箱、可塑性爆薬のケース。ロッカーの横壁面に止められたボードを手にすると、そこにとめられた書類の中には、緊急時の施設放棄に伴う機密の破壊措置に関する項目があった。
大方、ここにある爆薬の殆どはもしもの際に重要機材を物理的に破壊して機密を守るためのものだろう。グレネードの箱の中には、
使えそうなものは、可塑性爆薬と
「部下を休ませたかった、じゃだめか」
「死にかけたばかりの人間の言葉じゃないわね。落第よ、それじゃ」
「回りくどいのはナシだ。あんたがカナリアだろ」
自分から正体を明かす気はないらしいアリッサの代わりに、ヴラッドが本題を切り出した。当人の意識として、自ら語らずこちらの正体を引き出そうとしたのか、ただからかっているだけなのかは不明だが、前者であれば話題の振り方からして半分以上失敗と言っていい。
「会話を楽しむ余裕くらいは残していてもいいと思うけれど」
「楽しい会話はカフェテリアでしたいね、どうせだ。ここにそんな洒落た物が残っていれば考えたよ」
それで、とヴラッドは付け足し、感情の伺えないアイスブルーの瞳へ振り返る。壁に背を預けゆるく足を組んだ姿からは、うろたえた様子も、緊張も感じられない。
「こちらからも評価点をつけるが、話題の振り方が下手だ」
「あなたにわたしが何者かを隠すつもりはないもの。どう探ってくるかは楽しみだったけれど」
「デートの誘いを楽しみにしてくれたわけじゃないのか。残念だ」
「それはお互いのことをもっとよく知ってから。でもそうね、個人的には、フランケンシュタインの話は楽しめたわ。良いアピールよ」
それはどうもと肩をすくめ、爆薬のケースをロッカーから引き出す。火器保管庫の壁面には隙間なく金属製のロッカーが並べられていて、ヴラッドは残りの中身を一つずつ確かめた。散弾銃、短機関銃、ライフルの類はほとんど出払っている。対応している弾薬も同じだ。
拳銃の類はシグが何丁か残っていたが、こちらに用はない。全てのロッカーを確認したが、案の定というべきか爆発物を撃ち出せる火器は一丁も保管されていないようだった。仮にあったとして、有効な使用方法がこの閉所で見いだせない以上持っていくつもりもないが。
「そもそも、あなたこそ不用心じゃないかしら。寝ていたとはいえ、部下の前でわたしの
「そう考えるなら、そもそもカバーネームを俺が出しただけで信用するべきじゃない。あんたとウチのやりとりだって、絶対に見られていないとは言い切れない。違うか」
「そうね。でもあなたは言った。俺は埋める側だと。あなたのカバーネームは、通信に依らないアナログな方法で交わした情報よ。もちろん、わたしがあなたの上の人間にとって
「陰気な顔してるか、俺は」
「それどころかむしろ真逆ね。負けん気が強そうな顔だわ。少なくとも、アンブレラの好むタイプではないのは確かよ」
「それは今年一番の褒め言葉だ。しかし、俺のカバーネームに気づいてもらえるとは」
「わからないとでも?」
「伝わるかは怪しいところだろうとは。俺の潜入を伝えてあることは知っていたが、どこまで教えてあるかまでは聞かされてなくてね」
それに、知っていたとしてあの一言の意味を拾い上げてもらえるかは微妙なところだろう。本人の連想力と頭の回転に頼ることになる。が、ヴラッドはアリッサを見て、この女性なら知ってさえいれば拾ってくれるだろうと考えた。その読みは当たっていたわけだ。
「それで、脱出の算段はついているのかしら」
「あったら良かったんだけどな。あんたの考え通り全部上の計算ずくなら、迎えをよこしてくれたとしてそれに乗っかるのは気乗りしないね」
「同感だわ」
「どうにかして本部と連絡を取るしか無い。その方法は後で考える。今は、ここを出ることが先決だ」
めぼしいものは爆薬と対応する信管、そして起爆装置程度のものだ。有線接続の起爆装置と、時限信管を収めたケースを取り出し、爆薬のケースと共に抱えあげる。強力な大口径火器、たとえば.50口径の自動式でもないかと祈っては見みたものの、そういう火器を配備する親切心はここの備品を決めた人間にはないようだった。
もちろん、.50口径の火器など屋内での取り回しは劣悪というよりなく、そもそも長射程での運用を前提とした銃器ばかりだ。しかし、仮にも小銃弾を物ともしない巨人を開発し、有事の鎮圧部隊を常駐させるのであれば、それくらいは用意しておくべきだろうに。
ないものねだりの愚痴を垂れ流す思考に自分で溜息をつき、唯一頼るべき爆薬の重さにほのかな安心感を覚える。宛てる先のない不満と手にした凶器にやすらぎを得るのは、追い詰められている人間の心理だ。良くない兆候だぞと自分に釘を差す。
「それで、ソッチはウチのお上に渡すものは手元にあるのか。あんたの身柄の保証は差し出した情報によってだぞ」
「忘れたわけじゃないわ。自分の研究成果はもう回収してある。問題は、ノースエリアをタイラントに押さえられたせいで残りのオマケを拾い損ねたこと」
「それは、絶対に欠かせない情報か」
「そうね、私の身の安全という意味の上でなら必要はない。あなたのボスが、もしアンブレラに圧力を加えるか、潰そうと考えているのなら、あるに越したことはないというだけ」
あとはあなた次第よと、言葉ではなく眼差しでそう語るアリッサにヴラッドは肩をすくめた。潜入前に与えられた任務は、保護と可能な限りの情報収集だ。当然、この状況でもその命令は生きている。
「可能なら拾って帰る。おすすめのメニューは」
「当然、タイラントね。一応は天下のアンブレラ様にとり花形商品の予定だもの。押さえておくに越したことはないわ」
「名物に手を付けずに帰るわけにはいかないな」
他に持っていくべきものがないことを確かめたヴラッドがドアに向かうと、アリッサが強化ドアを開けた。開ききる前に隙間からアルヴィンが外に出て、異常がないことを確かめる。
小脇にケースを抱えたヴラッドがカービンを片手で握ってあとに続くと、アリッサはその後ろ、2歩分のスペースを開けて続いた。アルはその半歩背後に身を寄せ、アリッサに歩調を合わせてついてくる。
ウルフドッグは狼に近い習性を持つ分しつけの難易度が高く、互いに友好関係を築けたとしても主従関係をはっきりと決めねばならないと聞く。一例を挙げれば、食事も主人の後、連れて歩く時はウルフドッグにペースを任せず自分が主導となる必要がある。他の犬種に比べ、信頼と尊敬を勝ち取らなければ上手く付き合うことは難しい。
聞きかじった程度の知識だが、その点においてアリッサはしっかりとアルヴィンの教育を行っているようだった。犬の世話をしたのは幼少の頃だけであり、大事な家族であった愛犬を失ってから犬と付き合うことはなかったが、常に与えられた役割を果たすべく動くアルヴィンを見れば、アリッサが良い主人であることはひと目で分かる。
肩越しに振り返り、赤色灯の灯る通路を僅かな足音すらなく続くアルヴィンを見やる。たしかに犬のように爪が地面に当たる音は一切聞こえない。並の犬では並ぶことすら叶わぬだろう俊敏さ、そしてこの静粛性。軍用犬の延長線として見ればかなり優秀と言える。
「アルが気になる?」
「いい犬だ。よく躾けられていて、役割を心得ている。ウルフドッグは教育が難しいって聞くが」
背後で抗議の意思を示すような低い唸りが聞こえ、ヴラッドは悪かったよと笑ってやる。やはりこのウルフドッグ、ある程度人の言葉を理解しているように思えてならない。
「すくなくとも、他の犬と勝手が違うのは確かね。とくにアルはネコ科の遺伝子を混ぜたせいか、時々気ままさというか、ムラが混ざるからなおさらね」
「よく、犬は群れを作り、猫は孤独を好むと言うが、そういう事か?」
「独立心が強い、というわけではないのだけれどね。傍から離れることはないわ。それと、たまに爪とぎしていたり」
「たしかにそれは猫だ。犬の爪とぎなんぞ聞いたこともない」
あなた、犬を飼っていたことがあるのかしら、とアリッサが問うた。思い出すのは、毛並みに走る傷から血を流す姿。最後の呼気を吐き出し、しぼんでいく胸。空っぽになった犬小屋。部屋に飾ったままの首輪。
「ガキの頃に。狩りの途中で死んじまったがね。いい犬だった。ちょっと怒りっぽい老犬で、そのくせやたら遊び回るのが大好きな、かわいいやつだったよ」
「そう。安心なさい、アルはあなた達よりよほど頑丈よ」
「そうだろうな。その分厚い毛じゃ銃弾だってバイタルにとどくまい」
廊下のところどころに、アルヴィンが仕留めたと思われるバケモノが転がっている。感染者の遺体は過半が銃で始末されていたが、ハンターαとアリッサが呼んだ緑の鱗を持つ爬虫男の死体は爪で引き裂かれた痕が見えた。
銃弾を阻む分厚い外皮は、裂けるでもなくすっぱりと切断されている。タイラントの一撃で意識を失う寸前、飛びかかったアルヴィンの爪で顔を切り裂かれたタイラントは目にしたが、間近で犠牲者の傷跡を見ると感動的なまでの
人間のようなヤワな生き物が相手であれば、一撃で重要臓器もろとも切り裂かれてお陀仏だろう。身につけた装備がこの爪を止めてくれるとはとても思えない。
それに、背を向けて居るのもあるだろうが、この至近距離にあって一切の足音が聞こえないというのも、敵として考えた場合は脅威だ。狼犬をベースに、そこから更に身体能力を強化してあるのだろうアルヴィンを見るに、至近に接近されたらほぼ勝ち目はない。
恐ろしく出来の良い生きた兵器、アルヴィンに関してはそう評価するより無い。それに失敗作の烙印を押したアンブレラが花形と見なすタイラントの戦闘力がいかほどのものか。
それを相手しなければ脱出が成功する見込みが薄い、というのは、途方も無く分の悪い勝負と言わざるを得ない。
赤色灯の生み出す赤い薄闇の中、点々と転がる死体を跨ぎながら考える。手持ちの爆薬の残量、残りの弾薬、正攻法では撃破どころか行動阻害すらもままならない。アルヴィンの戦闘力は転がるハンターの死体からみても相当のものだろうが、あのタイラント相手に致命打を入れることは期待できまい。
となると、打てる手はかなり限られてくる。少なくとも、並の攻撃では四肢をもぐこともかなわないだろう相手。必要なのはただ一点、強烈な一撃を叩き込む方策だ。
「これしかないか」
「なにか言ったかしら」
「タイラントを叩きのめす方法。現状一つだけ思いついたのがある」
肩をすくめて応えたヴラッドに、ほんの僅かに目を丸くしたアリッサ。まるで、対処法を考案することに一切の期待を持っていなかったように見える。ヴラッドは細めた眼差しを向け、意外そうだな、と首をかしげた。
「あなたを馬鹿だと思っているわけじゃないけれど、この状況で
「
「現実的ね。嫌いじゃないけれど、一体どんなプランを思いついたというの」
「どうしようもなくバカバカしくて、おそらく唯一の解決策だ。真っ向から当たるならなおのこと」
「まさか、正面に横並びになって撃ちまくる、なんて言わないわよね」
アリッサが怪訝な眼差しを向け、ほんの僅かに目を細める。赤色灯の明かりを反射し、複雑な色合いをみせる瞳を覗き返し、ヴラッドは肩を小さく揺らして笑った。
「戦力比か火力優越、どっちがそう思った理由だ」
「バカバカしいやり方なんでしょう?」
「ああ、おそろしく。安心してくれ、少なくとも隊伍を組んでぶっ放しまくるなんて俺は願い下げだ。こっちがまるっと一個小隊いるならともかく。5人きりで、そんなアホをやって全滅したら、あの子達はどうなる」
子どもたちを無事にマイケルの元へ送り届ける。それを達し得ない状況こそが、今自分にとっての決定的な敗北だ。その先がどうなるとしても、約束を果たしきれないまま無責任に死ぬ気など無い。
半分以上自分に言い聞かせるような声音だったが、それを耳にしたアリッサは、こんどこそ意外なものを見る眼差しをこちらへ向けた。
「人は見かけによらないとはよく言ったものだけれど。どうりで、アレだけ懐いているわけね」
「何が言いたい」
「シャーロット、だったかしら。あの子があなたにすがりついて泣きじゃくる理由がわかったわ」
「子供を気にかけるようには見えないって?」
「こんなところに連れてくるくらいだもの」
それは確かにそうだなと、ヴラッドは素直に頷いた。自分自身、本部の命令を遵守し研究施設の捜索を優先した自分の判断は間違いだったと思っている。あくまで個人的には、だが。
「上の命令だった。それに、俺達はもう丸一日以上本隊を離れてる。本部にあの子達を送り届けたあとじゃ、ここにあんたを迎えに来るのは全くの別人だったろうな」
「それを気にするように見えるかしら」
「大人の事情は子供には関係ないからな。俺は重罪判決を受けた元軍人、あんたはこの地獄を生んだ会社の社員。あの子達の命と釣り合いがとれるわけもない」
そこまで言い切ると、背後で小さな笑いが聞こえた。それを振り返ることはせず、足元で倒れ伏すハンターの犠牲になった保安職員の死体を踏み越える。ハンターに包囲されて壊滅したのか、周囲には武装した死体が複数転がっていた。
「あなたも罪人なのね。てっきり、でっちあげの罪状で潜り込んだのかと」
「本物の軍法会議を受けた、紛れもない犯罪者だ、俺は」
「罪状を聞いてもいいかしら」
好奇心が半分、残りは純粋に自分の命を預ける人間の値踏み。アリッサの問いかけからはそういう意図が感じられたが、別に不快感はない。それは甘い声音のせいか、自分の人生において今後縁はないだろうたぐいの女だからか、ヴラッド自身にもよくわからない
「今度な。デートのときにでも。話題は残しておかないと」
「残念。でもいいわ、楽しみがあるに越したことはないものね」
愉快げな声が背後から耳朶を揺らす。どことなくくすぐったいその声音に肩をすくめて返し、ヴラッドは帰途を急いだ。
「あなた達、幸運ね」
保安オフィスに戻り、床に広げた地図にペンで書き込みながら偵察の経路と情報回収の順番を練っているヴラッドらに、血液検査キットの結果を確認したアリッサが声をかけた。
「結果は良好ってことか」
「すくなくとも、発症の可能性は
「ココ最近で一番いい知らせだ。フレデリックは死なないで済むってことだろう?」
「そうね。でも、ハンターの爪の汚染度が低い、ということを示すわけでもないわ」
それはどういうことだと、地図を囲んだジョエルが片眉を持ち上げて問いかける。マディソンとフレデリックはまだ仮眠の途中で、つい先程目覚めたリアムは、アリッサから距離を取るように部屋の隅に座り込んで眠っている。シャーロットは目覚めてすぐにぐずった後、ヴラッドの隣に転がって再び眠りに落ちた。
「あなた達の血液に抗体が確認されたわ。確率からして自然発生のものとは思いづらいことを鑑みると、恐らく会社が保管している試験段階のものね。出撃前に予防接種はした?」
「ああ、全員してる。詳細の説明はなかったがね」
「ならそれで間違いないわね」
ヴラッドが頷くと、アリッサは検査キットを片付け始めた。
「じゃあ、俺達は感染しないってことか」
「いいえ、あくまで抵抗力が強いだけよ。汚染濃度が高いものを体内に取り込めば、他の人間と同じように発症する可能性は大いにある。アンブレラが保有する抗体は不完全なのよ」
「完成品はないのか。ワクチンとかそういう類は」
クラヴィスの問いかけにゆるく首を振ったアリッサ。それを見、ヴラッドは素朴な疑問を投げてみたが、アリッサは同じように首を振るだけだ。
「もちろん開発はされているわ。でもこのラボにはない。抑制剤はあるけれど、あれはヒト科の動物に投与すると効果が安定しないの。運が良ければ上手く抑制できるけれけれど、逆に効果を促進してしまうこともある。あなた、賭けは好き?」
「嫌いだね、苦手だから」
「それならよしておくのね。運に身を任せるにはまだ早いわ」
どうしてもというのなら、あげても構わないけれど、と冗談めかした笑みを浮かべる彼女の顔は、どことなく魔女的な神秘の艶を帯びている。それに見惚れる間抜けは犯さず、ヴラッドは肩をすくめて返した。
「やめておく。それで、抗体を持っている人間はどの程度の汚染までなら耐えられるんだ」
「個人差が大きすぎて確たる事は言えないわ。Tウイルスに対する免疫能力は、自然抗体を持たない人間でもばらつきがあるのよ。
Tに対する免疫能力が高く、なおかつこの抗体を投与されていれば、多少噛まれたくらいでは発症しない可能性も否定はできないけれど、かなり低い数字になることは間違いないわ」
噛まれないに越したことはないわねとアリッサは肩をすくめ、検査に使った血液サンプルを箱に押しこんで蓋を閉じる。抗体があるとは言え、噛まれたらアウトになる可能性が高いとなると、やはり気を抜くことは出来ない。
「一つ質問なんだが、Tウイルスが変異する可能性は。空気中の生存時間しかり、感染能力しかり」
「ありえなくはないわ。そもそもウイルスというものは人の体内に入った時点で変異を始めるものなの。ただ、気休め程度にしかならないけれど、今までそういった変異は確認されていないわ。
とはいっても、一〇万単位での感染拡大なんて実験とは比較にならないスケール。どこかで変異していてもおかしくはないわね」
「そもそも、そのTウイルスってのはなんなんだ。どこで見つかった」
「アフリカだと聞いているわ。動物、植物含め様々な生物に感染し得るウイルスよ。そのRNAウイルスを元に、アンブレラは長年改良を加え続けてきたの。その現段階での完成形の一つがTウイルス。人為的な、極小の悪魔ね」
「その悪魔を作り出したのは、あんたたちだろう」
一切の抑揚がない声で説明するアリッサに、不快感をあらわにしたジョエルが毒づく。クラヴィスもなんとも言えない表情で話を聞いているものの、ほんの僅かに持ち上がった眉は好感を示しているわけではあるまい。
「否定はしないわ。わたしが作ったわけではないけれど、その開発に手を貸したのは事実だもの。でも、あなた達U.B.C.Sもその一端を担っている。
アンブレラバイオハザード対策部隊だなんて大仰で高尚な名前を授けられておきながら、クリーンな仕事をした例があるのかしら。対策だなんて笑える、してきたことは尻拭いだけでしょう」
刺すようなジョエルの声に、顔色ひとつ変えずにアリッサが返す。ジョエルは喉を鳴らし黙り込んだ。彼女の言う通り、罪を犯し、刑の免除と引き換えにこの組織に身を置く自分たちに、彼女を批判する権利などない。
振り返れば、過去の作戦はどれも非合法と言っていい内容ばかりである。それに今事実を把握した上で思い返すと、この街の惨劇の手助けをしたと言っても過言ではない。アンブレラの利益を保護するために、幾つの口を封じてきたことか。
「この街がこうなったのはわたしたちの責任よ、それは間違いない。言い逃れする気はないわ。でもそれはあなた達
「たしかにそのとおりだ。俺たちはクソの手助けをした。そのうえでこの肥溜めに叩き込まれて、抜け出す方法もいまだ見当たらない。だが任務は任務だ。やれることをやる」
ヴラッドはアリッサとジョエルの間に漂う剣呑な空気を断ち切るべく、分かったなと二人に視線を投げた。まずアリッサが頷き、ジョエルも、ややあってから首を縦に振った。
「ここを出たあとで、上が素直に救援をよこしてくれると思うか」
「わからない。それより、向こうが俺たちをどう判断しているかが問題だ」
「つまり」
「知りすぎてる。余計なことをな」
端的な返答、しかしそれだけで意味は通じる。この地獄に降下させられた理由、開発されていた兵器の存在、街を地獄に変貌させたウイルスの開発者。すでに自分たちは、雇い主からすれば危険な存在と言っても差し支えないかもしれない。
「あなた達だけじゃないわ。説明したとおり、数ヶ月前にアークレイ山中から生きて帰ったラクーン市警の特殊部隊は、山中で見たアンブレラの暗部について説いて回った。
その時、それを信じようという人間はほとんど居なかったけれど、はたしてこの状況でもそうかしら」
「つまり、生存者そのものがアンブレラにとっては危険な存在足り得ると」
「わたしがアンブレラならそう考えるわ、真っ先に。米国内で大規模な部隊を送り込む無茶をする会社が、自分たちの手元に不利な証人が運ばれてきたなら、一体どうするかしら」
「消す」
そのとおり、と頷いたアリッサの顔は真剣そのものだ。ヴラッドもジョエルも黙り込み、クラヴィスはやれやれと溜息を零して皮肉な笑みとともに呟いた。
「素直に帰るってのは、博打だな」
「もちろん、大手を振って迎えてくれる可能性もあるけれど」
「どうせそのあとは次の肥溜めの準備期間だろ」
「だが現状、偉大なる雇い主サマに頼らにゃ脱出はできん」
ジョエルがクラヴィスの溜息に押しかぶせ、そうだろうとこちらに視線を投げた。確かに彼の言う通り、U.B.C.Sの隊員にとって現状唯一の脱出路は本部がよこす撤収ヘリのみだ。もちろん、自分にはそのヘリを本部にエスコートさせるというプランが残されているが、それを口に出すわけにはいかない。
そもそも、本部が素直にヘリを送ってくれるとは思えなかった。
「ここで悩んでもしょうが無い。小隊本部に戻ってこの話をしてみろ、ガルシアから大目玉喰らうぞ」
「あいつは戻っても厚遇されそうで羨ましい限りだ。無許可離隊でもするか?」
「したとして、どうやって生き残る」
手持ちの弾薬はまだ補充分が残っているとしても、そう長く持つわけではない。本隊を離れて、あてのない脱出路捜索を続けるのは得策とは言えないだろう。ヴラッドは予想よりもアンブレラに対しての反発感情の強い部下を見やり、このあとどうするかを考える。
すくなくとも、指揮下にある分遣隊の人員はともかく、小隊本部とともに安全地域に待機する仲間を抱き込むのは至難の業だろう。そもそも部隊内にアンブレラ本社の目となる人間が配置されている可能性は否定できず、この分遣隊内ですら自分の真の目的を明かすわけにはいかない。
現状、もっとも確実な手段はどこかの段階で隊を離れてアリッサと二人で脱出を目指す方法だが、まったくもって工作員に不向きな性分ながら、それは良心が咎めた。自分の指揮下で戦う部下のこともそうだが、シャーロットとリアムのことが気にかかる。
「悩んでも仕方がないわ。答えの出ない問答は無意味であり無益よ。あなたたちの本隊がどう動くかはわたしにはわからない。けれど、本部の反応を見てからでもいいんじゃないかしら」
悩む時間なんて後で十二分に取れるはずよ、とこちらへ視線を向けたアリッサの眼差しの奥にはこちらの考えを見透かすような色が伺えた。
「とりあえず、目下の目的はタイラントへの威力偵察、そして情報収集だ」
「人員は」
「フレデリックはここに残す。マディソンは万が一のトラップ担当、クラヴィスとジョエルは俺とちょっかい担当」
あと30分したら二人を起こすぞとヴラッドが続けると、それに頷いた部下二人は各々装備の確認をはじめた。
平和回ほど文章が伸びるのはなんでなのか……。
感想等執筆の励みになります。気の向いた方、いただければ幸いです。