死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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偵察行

 信用なんかできるわけない。

 

 リアムの言葉がふと脳裏をよぎり、ヴラッドは赤い闇の輪郭を探りながらカービンの筒先を心持ち下げた。

 

 アリッサが拠点とするサウス02エリアを出てすでに三〇分。背後では、爆薬用ロッカーから回収した可塑性爆薬を加工し、簡易的な指向性地雷に作り変えたマディソンが廊下の隅にそれを設置しているところだった。

 

 威力偵察と情報収集のための出撃の直前、アリッサの提供した情報を元に計画を練るこちらへとリアムが投げた言葉。おじさんはあいつらのせいで死んだんだろ、とアリッサの前で臆することなく問いかけた彼の顔を思い出し、ゆっくりと気取られぬようにため息をつく。

 

 確かに彼の言う通り、スティーヴンが、そしてこの町の住人が生ける屍に成り果てたのは、アリッサらアンブレラ研究員にも責任があるのは間違いない。しかし彼らも、地獄を生み出そうと思ってそうしたわけでなし、ヴラッドにはアリッサを責める事はできなかったし、その気もなかった。

 

 そしてそもそも、アンブレラにとって不利益な情報を武力で叩き潰したこともある自分に、そんな権利があるとも思えなかった。たとえそれが任務の一貫であったとしても、そのために人の命を奪ってきた自分は、ともすれば彼女以上の悪人と言える。

 

 もちろん、リアムにそんな事情がわかるわけもない。たとえアンブレラの人間であったとしても危険を押しのけ助けに来た自分たちと、ここで救助を待っていたアリッサの間で評価が別れるのも無理からぬ事ではある。

 

 とはいえ、同じどん詰まりの地獄、はからずも運命共同体に近い自分たちの身の上だ。あからさまな悪感情を抱いたままというのは、好ましい状況ではない。

 

 もちろん、リアムがアリッサに向けた感情は全くもって正当なものであるし、子供でなくともその感情を抑えろというのは無理な話だ。

 

 そして、それは当然アリッサも分かっていた。だからこそ彼女はリアムの言葉に言い訳をすることも、反発することもなく、ただ無言でそれを受け入れた。その時の彼女の目の奥によぎった色は、痛みとも悲しみとも、怒りともつかない複雑な色だ。

 

 ごちゃごちゃと詮無い悩みを並べる思考を断ち切ったのは、マディソンの声だった。

 

「設置完了。起爆装置に接続したが、安全装置は掛けておく。使う時はセーフティを外してからだ」

「それはお前の仕事。俺とクラヴィスは前衛、ジョエルとマディソンは後衛。もしタイラントに接敵した場合、お前たちが先に下がって、俺とクラヴィスはトラップに誘引する。アリッサ、タイラントに動きは」

『搬入路前で門番に勤しんでいるわ。動く気配は無し』

 

 保安オフィスでフレデリックとともに待機し、モニターで敵の動きを伝える役割を担うアリッサが静かな声で報告した。

 

「ぶっ放したらどうかわからんな。周囲にハンターは確認できるか」

『現状カメラの範囲内に姿は確認できないわ。どこかに潜んでいるのなら話は別だけれど、研究室へ向かうなら今のうちよ。ただ、くれぐれも気をつけて、アレは()()()()の』

「了解、移動を開始する」

 

 ヴラッドが振り返ると、底がやや深めの金属トレーに可塑性爆薬を詰め、表面に弾子となり得る物を敷き詰めた簡易指向性対人地雷の向きを調整し終えたマディソンが親指を立てた。やや上向き、膝上から胸のあたりを狙うそれは、起爆すれば無数の金属を猛烈な勢いで叩きつける面制圧兵器となる。

 

「接触した場合、ハンターは火力で叩き潰す。タイラントがこっちに突っ込んできたら、速攻でケツ捲くって逃げるぞ」

 

 了解と三人の部下が頷く。自分たちの目的はタイラントの研究主任のラボ、そして脱出時の不確定要素になり得るハンターの掃討と、タイラントに対する威力偵察だ。

 

 このエリアの電源は、電力供給と空調システムを管理する施設管理室で制御されているが、すでにそこを制圧して供給システムの再起動を終えてある。後はアリッサの残るサウス02エリアの主電源を再起動すれば、この一帯にも電源が通うはずだ。すでにフレデリックが主電源室で待機している。

 

 主電源の再起動を後回しにしたのは、電源の起動によってタイラントが行動を変える可能性があるからだ。少なくとも情報を回収するまで、向こうにはそのまま門番を続けてもらうに越したことはない。

 

 通路は案の定、タイラントとハンターの乱戦の痕跡が色濃く刻まれていた。壁に走る爪痕、抵抗もできずに殺された無残な死体、奮戦虚しく全滅へ追いやられた保安職員の成れの果て。

 

 死体から流れた血と臓物の中身、散らばる薬莢が足元を不安定にする。ヴラッドは慎重にそれらを押しのけ、もしもの撤収時に備えて足場をクリアにしながら、経路を素早く移動した。生き残りのカメラでこちらの様子をモニターするアリッサが、時たま無線から次の順路を示してくれる。

 

 銃身に取り付けた銃剣、切っ先がかけたそれで闇の先をかき分ける。ライトの光軸が赤い闇を押しのけ、血に淀む通路の惨状を克明に照らし出した。自分たちは精鋭中の精鋭として教育された歩兵だが、たかが四名の分遣隊に過ぎない。下手を打てば、血に沈む犠牲者の仲間入りだ。

 

 その冷静な認識だけが心の奥に巣食う恐怖心を呼び出し、恐怖心は死を遠ざけてくれる。死を恐れぬ心がもたらすのは蛮勇であり、蛮勇は死を招く麻薬でしかない。生還してこそ任務の成功がある以上、恐怖は常に心の奥に抱えていなければならない。

 

 無論、恐怖を飼いならし、そこからすれすれを走り抜ける高揚感を引き出すこともまた、時として必要とされる適性ではあるのだが。

 

 背後を振り返り、分遣隊の後方数メートルに追従する影を見やる。アリッサが念のためにとこちらに同行させたアルヴィンは、一切の足音を立てず、完全に気配を殺してこちらに追従していた。

 

 Tウイルスで強化された狼犬の感覚は鋭敏であり、血と糞尿の臭気で人間の嗅覚が完全に潰れるこの状況にあっても、僅かな標的の匂いを嗅ぎ分けることができるらしい。アルヴィンの様子を見るに、こちらの周囲に敵性存在の気配はないようだ。

 

 それを確かめ、もう少しよと耳の中に流れ込むアリッサの声にしたがって歩みをすすめる。向かう先はタイラント研究主任のラボだが、その目前までたどり着くと、そこは死体が折り重なる血の沼と化していた。

 

 弾倉を詰め込んだベストを身に着けた保安要員の遺体が、折り重なるようにして転がっている。ひしゃげたライフル、一撃で胴を穿たれた身体に、引きちぎられた胴体。粉砕された頭蓋の欠片を踏みつけたブーツの裏で、ぱきりと嫌な音がする。

 

「何人分転がってると思う」

「数えたくないね」

 

 ヴラッドの問いかけに、クラヴィスが顔をしかめて応えた。周囲にはおびただしい量の空薬莢が散らばり、壁に刻まれた弾痕が混乱の様子を物語る。死体を避け、粘つく血を踏みつけにして前進すると、タイラントの研究主任のラボの入り口、ドアがあったはずの場所が粉砕されて大きな口を開けていた。

 

 マディソンとジョエルがこちらを追い越し、通路の奥を警戒する間に、ヴラッドとクラヴィスは研究室の中へ踏み入る。無機的な内装にライトを向け、死角を潰し終えると、ヴラッドはクリアと小さく囁いた。

 

 研究室の中はPCを載せたデスクと、ファイルを詰め込んだラック、そしてこちらには使用用途がわからない電子機器が詰め込まれていた。だが、それより目を引くのは壁際に設置された透明なチューブだ。

 

 チューブとは言うものの、丈は人間の身長よりよほど大きく、直径2メートル以上はあるだろう。円柱状のそれは部屋に面した側が割れていたが、素材はガラスではなく強化樹脂かそれに類するもののようだった。

 

 おそらく相当頑丈なはずの円柱の破片が散らばり、その中に一人の男が倒れている。血に濡れた白衣から見るに研究者、アリッサが言っていた調教師(ハンドラー)だろう。

 

「これ、もしかしてタイラントが入ってたんじゃなかろうな」

「もしかしなくてもそうだろ。外の死体、殴り殺されてるぜ」

 

 部屋の中を覗き込んだマディソンが壁面の円柱を見て囁いた。円柱の中には半透明の管やケーブルが置き去りにされていて、それが繋がれていたのだろうなにかはすでにここには居ない。

 

「アリッサ。研究室にたどり着いた」

『了解、PCが死んでいないといいのだけれど』

 

 アリッサの声に、デスクに置かれたPCモニターに目を向ける。部屋の中も何箇所かに弾痕が見受けられたが、PCモニターに被弾した様子はない。ヴラッドはそれに歩み寄り、接続された本体へライトを向けたが、こちらもどうやら無事なようだ。

 

 弾痕の向きと数からするに、部屋の入口から発砲されたようだった。おそらく、アリッサの言う通り標的は調教師(ハンドラー)で、壁の弾痕は貫通した銃弾によるものだろう。

 

「PCは無事だと思う」

『タイラントの保管容器があるお陰で、そこの電源はまだ生きているはず。起動ができるかどうか試して。パスワードはあなたの持つコードで通るわ、それがマスターコードだから』

「了解」

 

 ヴラッドはデスクに腰を下ろし、PCの電源を入れた。起動画面が現れ、立ち上げを始める。暗順応を突き崩そうとするモニターの発光を見るに、アリッサの言う通りここには電気供給が行われているようだ。夜目を失うまいと片目を閉じたままそれを確かめ、リクライニングチェアを引いて腰を下ろす。

 

「こいつ、なんで撃たれたんだと思う」

「わからんね。タイラントでも叩き起こそうとしたんじゃないか」

「なんのために」

「アルヴィンと同じ、身を守るためかも」

 

 クラヴィスの問いに応えながら、ヴラッドは立ち上がったPCのログイン画面にパスワードを打ち込んだ。エンターを押すと、マスターコードを認識したPCがデスクトップを表示する。

 

 並んでいるファイルはそう多くなかった。研究記録、日誌、そしてCAMと表示されたファイル。ヴラッドはPC脇のケースに目を留め、その中に収まる記録ディスクを適当に引っこ抜いた。何枚か差し込み、空のものに研究記録をコピーする。

 

 背後を振り返り、部屋の入り口で警戒に当たるマディソンらを見やる。彼らも、その側で退屈そうにあくびをするアルヴィンも、敵を感知した様子はない。

 

 ヴラッドはそれを確かめ、椅子に腰掛けたまま日誌を開いた。

 

 

 

 

 一月一五日

 

 依然として、既存のタイラントシリーズには多くの問題点が確認されている。

 

 その中でも特に大きな問題点は制御性の低さと知能の低下であり、前者は兵器としての運用面で大きな障害となりうるだろう。

 

 私一個人としては兵器としての性能に興味はないが、本社が要求してきた改善点に盛り込まれている以上、これに対しての対策を講じる必要があるのは間違いない。

 

 

 

 二月一〇日

 

 抑制剤によってTウイルスの副作用である知能の低下を抑え込む方針を試したが、現状において満足の行く成果を上げていない。

 

 アリッサが開発したAL-001Wの作成データを参考にしてみたものの、彼女の言う通りヒト科をベースとした場合、その効果には大きなばらつきが出るようだ。自分自身の身体で実証実験を行った彼女は、相当腹が据わっている。

 

 そもそも、代謝酵素は生き物によって違いがある。狼犬をベースとした兵器開発用に調整した抑制剤をヒト用に再調整したとは言え、自分の体で実験するなどまともとは言い難い行為だ。

 

 彼女は並ならぬ強運の持ち主であるようだ。

 

 少なくとも、私はギャンブルに手を出すつもりはない。

 

 これまでの研究を経て、一つの方策を思いついたが、すでに現段階で失敗作として4体のタイラントシリーズを廃棄処分としている。私の要求に本社が応えてくれるかは、神のみぞ知るところだろう。

 

 どうあれ、こちらの要望が通るにしても数カ月は待つことになりそうだ。

 

 

 

 五月四日

 

 本社に要求していた物が届いた。まだ私の存在価値を認めてくれているということか、あるいは。

 

 どちらにせよ、加工前の素体が届いたのは僥倖だ。クローンとして生み出され、Tウイルスの投与と安定化措置を行った以外には手を加えていないらしい。まさに私の要求通りの素材と言える。

 

 すでにもう一つの素体の手配も始まっているらしい。そちらの用意が整うまでに、この素体との友好関係を築いておくに越したことはない。

 

 AL-001Wの開発、研究を見学しているときに気づいたが、機械的な制御はイレギュラーに対応しきれない可能性がある。形は人のそれであろうと、知能は人には遠く及ばない以上、必要なのはパートナーシップだ。

 

 

 

 五月一五日

 

 『彼』は私のラボの奥、データの保管室で生活させている。どうやら培養機を出て以来、ろくに人間との接触がなかったのか信頼関係を築くのには苦労した。が、すでに私の名前を理解し、日に数時間コミュニケーションをとっている。

 

 しかし、本当に私の希望通りの素体で助かった。移植を手順に組み込んでいる以上、身体は可能な限り発育していることが好ましい。培養機で育ったがゆえに知能、自我共に幼子と同程度だが、それは教育でどうにかなるだろう。

 

 それに、『彼』の発育速度は目覚ましいものがある。すでに言語によるやり取りが可能であり、空間把握能力や運動機能も問題ない。

 

 しかし、私一人では教育に十分な時間をとることは難しい。

 

 アリッサを引き込むことには失敗した。明日、レイラに話を持ちかけてみよう。

 

 

 

 六月一七日

 

 『彼』が望んだため、時間を作って下層の実証実験用エリアへ連れて行った。レイラは彼の教育を手伝うことを随分と渋ったが、最終的には協力してくれた。『彼』も随分と我々に懐いている。

 

 しかし、T-103に加工する前だと言うのに『彼』の身体能力はずば抜けている。これが完全適合者の遺伝子の為せる技であるとすれば、これから先、そういった優れた遺伝子を持つ人間が世界のあり方に大きな影響を与えるかもしれない。

 

 ヨーロッパの支部が寄生生物を植え付けたT-103の派生型の開発を開始したとの噂を耳にした。計画を急ぐ必要がある。

 

 

 

 八月二日

 

 アークレイ研究所で漏洩があったという話は耳にしていたが、どうやら保管されていたタイラントが撃破されたらしい。ラクーン市警の特殊救助部隊が相手だったと言う話だが、警察の部隊に撃破されるとなれば、今後更に改良要求が届くのは間違いない。

 

 少なくとも、兵器として売り込むつもりがあるのなら、より強靭でより制御性に優れたものでなくてはなるまい。現在の性能では、兵器として以前にモノとして美しくない。

 

 ヨーロッパの支部では寄生生物を利用したより高度の安定性を持つ個体の開発が実証段階へと進んでいると聞く。

 

 本体の脳とは別に制御系を用意する考え方は前から噂程度に聞いていたが、このままでは私の立場が危うくなる。計画の実行を急がねばならない。

 

 

 

 八月一一日

 

 かねてより、『彼』とのコミュニケーションには最新の注意を払ってきた。

 

 ただパートナーシップを結ぶだけでは関係性に不安点が残るため、参考書と専門家に意見を仰いで方向づけを行ってみたが、上手くいっているらしい。レイラはこれを洗脳だと非難したが、単に『彼』が協力してくれるようにこちらが環境を整えただけだ。

 

 それにしても最近の彼女は精神的に落ち着きがない。助手としてこれでは困る。代役を用意するべきだろうか。

 

 

 

 八月一三日

 

 『彼』が私の要望に同意してくれた。渋る可能性も考慮していたが、迷う素振りすらなかった。私のことを父と慕ってくれるだけに、素直に協力してくれることは私としても喜ばしい。どこかの出来損ないとは違う。良い息子だ。実行に関してはレイラの協力を得ることは断念した。私単独で実行することにする。

 

 すでに素体T-103の調整も終了済みであるため、『彼』のバイタルチェックを完了し次第取り掛かるとしよう。残りの調整項目はそう多くない。

 

 

 

 八月一七日

 

 移植は成功した。

 

 『彼』の元の身体は廃棄処分とする。

 

 

 八月一九日

 

 移植から二日が経過。

 

 当初予想されていた移植後の拒絶反応は確認できず。すでに神経系は問題なく接続されているようだ。Tウイルスの効果を最大限引き出せる完全適合者のボディなくして、ここまで至ることは出来なかっただろう。並の人間の脳を移植するのは今現在の技術では不可能と言っていい。

 

 

 

 八月二九日

 

 安定期間を経て彼を起動してみた。

 

 こちらの希望値にこそ届かなかったものの、私のことを認識出来ているらしい。声を発することは現状では不能な模様。またやはり、移植後に知能の低下が起こったのか、以前のような円滑なコミュニケーションは不能らしい。

 

 だが個人を認識し、こちらの言葉やジェスチャーに反応を示すなど、以前のT-103では望むべくもなかった進歩だ。これをもってすれば、アンブレラ本社に私の功績を売り込んでよりよいポストを手に入れるのも夢ではないだろう。

 

 これより、『彼』の開発コードをT-103Sとする。

 

 被検体(Subject)の運動試験は明日以降に実施する。

 

 

 

 九月四日

 

 レイラが被検体(Subject)を発見。彼女には本当に失望させられた。

 

 随分と罵られたが、まあ構うまい。彼女にはこの結果の持つ意味が理解できないのだろう。

 

 しかし、代理の助手探しには随分と難航している。アリッサにももう一度話を持ちかけたが、彼女は私の成果に興味を示さないどころか、その態度からは軽蔑すら感じられる。

 

 全く、女というのは本当に度し難い。妻もそうだったが、なんともまあ難儀な生き物だ。

 

 

 

 九月一六日

 

 被検体(Subject)の状態は良好。

 

 起動後、段階的な知能の低下が見られたが、現段階では安定している。現状のままでも個人識別は可能。また空間把握能力に長け、『敵』の脅威度識別をこちらが教えるまでもなく実行している。驚くべき成果だ。

 

 ハンターの手の届くところに出るのは私としても経験したことのない恐怖ではあったが、実証実験で彼は私を守りつつα6体を殲滅した。記録映像にも残してある。これを本社に送れば、私の成果の偉大さを理解するだろう。

 

 現段階では、Tウイルス抑制剤、促進剤共に使用する必要はないと判断する。ただし、今後暴走状態でのコントロールを実験する場合、意図的に暴走状態に落とし込む必要があるため促進剤のストックは用意した。

 

 タイラントの知能問題の解決には苦労したが、そもそも自律的な兵器にある程度以上の知能を与えるのは、それはそれで問題となりうる。下手に頭が回るより、多少馬鹿でいてもらったほうがなにかと都合がいい。獣と人間の関係性はそうやってバランスを取るものだ。

 

 現にヨーロッパ支社のNE-αは脱走を企てた個体がいると聞いている。

 

 『彼』は私の忠実なしもべだ。

 

 

 

 九月二四日

 

 突然施設がロックダウンされた。私の成果を本社へと送ったばかりだと言うのに!

 

 一体何が起こっているのかわからないが、ロックダウンの際に保管システムに問題が生じたのか、すでにαが保管容器を破壊して脱走したらしい。

 

 またTウイルスに感染した職員も数人確認されており、保安要員らが応戦しているが、状況は芳しくない。外部への脱出は現状かなり困難と言わざるを得ないだろう。

 

 『彼』を起動する必要がある。保安要員と研究員は反対しているが、現段階で安全を確保する方法はこれしかない。

 

 起動後の戦闘データは施設内の監視カメラの映像で十分に足りるはずだ。

 

 

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