「下がるぞ、行け!行け!」
「おとなしく死んでりゃいいものを!」
ヴラッドが叫び、クラヴィスが喚く。
目の前で目まぐるしい速度で変異を始めたタイラント。その様子を観察する必要などない。マクダネルの研究室から引っ張ってきた研究資料の中には、過去の実験で意図的に暴走状態へ追いやられたタイラントの映像も残されていたからだ。
発達した爪、脈打つ心臓。恐ろしい俊敏さと執拗なまでの攻撃性。いままでの比ではない、まさしく暴力の王とでも呼ぶべきその映像を、分遣隊員は事前に確認し終えている。
すでに、今しがた叩き込んだトラップでこちらの手札は殆ど使い果たしたと言っていい。過剰なダメージを受け、自己修復を優先し活動停止へ陥ることに賭けての作戦であるからして、すでにその計画は破綻している。
作戦の成功と失敗は常に表裏一体だ。どんな作戦にも前提条件があり、それが崩れ去ることは珍しいことでもなんでも無い。その結果は、誰かが死という形で贖うのみ。今までに何度もそれを目にし、その渦中に立った身からすれば慌てるようなことではない。
「活動停止に失敗、お前たちは逃げろ」
ヴラッドはそれだけを無線に吹き込み、背中に覆いかぶさる瓦礫の塊へ肘を叩き込むタイラントから距離を取る。向こうがこちらへ突撃を開始しても撤退に転じられるギリギリの距離を維持し、カービンを構えてありったけの火力を叩き込む。
タイラントは弾雨に晒されながら、二度三度と自身を縫い付ける瓦礫へ肘を打ち込む。みるみるうちに巨大な塊にひびが入り、そして砕け散った。
空になった弾倉を入れ替え、煙を立ち上らせる銃身を持ち上げる。想像を絶するエネルギーでぶち抜かれ焼け焦げた下腹の傷口を晒すタイラントは、拳を地面に叩きつけ、ゆっくりと上体を起こすと、こちらに眼差しを据えた。
廊下を銃声が跳ね回り、無意味と知ってなお兵士の本能が銃弾を送り込む。しかし、小銃弾の雨などそよ風とでも言わんばかりの態度で悠然と――気品すら感じるほど堂々とした所作で立ち上がったタイラントは、精一杯の火力を展開するこちらから視線を外し、どこか遠くを見つめるように首を巡らせた。
色のない眼差しの先、煤けた壁の遥か彼方を見通す横顔。そのまま巨人は、こちらの精一杯の抵抗など意に介した様子もなく、眼前を塞ぐ壁をその拳で打ち壊して歩み去る。
「一体何が」
マディソンの困惑をにじませた声。しかしヴラッドには、目の前の敵を無視した理由が瞬時に理解できた。
タイラントにとり、今最優先で叩き潰すべき敵の順位が切り替わったのだ。
「戻るぞ、フレデリックたちを狙う気だ」
「なんであっちの動きがわかった」
ジョエルが呻くように毒づく。その声は苦々しい響きをたっぷりと含んでいた。
「知るか! 急げ!」
計画の失敗、それが意味する絶望的な肉弾戦を前にしたほんの数秒前より、今この瞬間、この状況のほうが恐ろしい。必死に走ったせいで早鐘を打つ心臓が不規則に痙攣して、恐怖が全身へ伝播した。
まばたきの瞬間、瞼の裏に血に沈む兄妹の無残な死体と、ねじれた四肢を投げ出し力尽きたアリッサの幻が浮かぶ。
「フレデリック、聞こえていたら急いで撤収しろ! タイラントがそちらへ向かった!」
全速力で駆け抜ければ、わずか数分の経路。しかしタイラントが壁をぶち抜き、新たな目標へと突き進む恐ろしい破壊音はすでにこちらから離れている。
酸欠に喘ぎ、喘鳴の交じる呼気の合間に吹き込んだ無線。それに対する返答は、不意の接敵を意味するM4カービンのかすれたバースト音だった。
銃声に急かされながらヴラッドは走った。カービンの発砲音はフレデリックがまだ戦闘を継続していることを示したが、それも長くは続かないだろう。
誘導路を走り抜け、ヴラッドは風穴の空いたシャッターを飛び越える。タイラントは背中に食らいつくアルヴィンを投げ飛ばし、今まさに壁際に追い詰めたフレデリックへその腕を振るわんとしているところだった。
暴走の影響か、大きく振りかぶった腕の先、手のひらの皮膚を突き破るようにして鋭利な爪が伸びているのが見える。まだ小振りなそれだが、人を引き裂くのに十分な切れ味であることは疑いようもない。
貨物コンテナの積み重なる搬入路の壁にタイラントの爪痕が刻まれる。寸前でそれを躱したフレデリックが地面を転がって背後へ逃れたが、タイラントは更に追い打ちをかけるべく、肩で風を切って振り返る。
その横合いから、タイラントの顔面へと銃弾が突き刺さった。みれば、ひしゃげて天井から垂れ下がったダクトから転げ落ちたらしいリアムが、背後にシャーロットとアリッサをかばうようにしながらルガーを構えている。
しかし、ライフル弾に遠く及ばぬ豆鉄砲など痛痒とも感じないのか、あるいは子供に興味がないのか、タイラントはそのままフレデリックに歩みを進めた。
投げ飛ばされたアルヴィンが立て直し、リアムとタイラントの間へ飛び出したが、そちらに意識を取られる様子もない。
ヴラッドは脚を止めて走り込む勢いを殺し、そのままカービンを持ち上げてタイラントの顔めがけてカービンを連射した。
「こっちだ、デカブツ!」
搬入路の奥では、最後の隔壁がゆっくりと持ち上がりつつある。ヴラッドの射撃開始にあわせ、攻撃班の3人が再びタイラントへ火線を集中させた。嵐のような銃撃を受けわずかに巨体が揺れる。
たとえ想像を絶するタフさを有するバケモノといえど、成型炸薬のダメージから立て直すのは容易ではないはずだ。鬱陶しい横やりで地を這う無線手への興味を削がれたか、灰色の顔に埋め込まれた眼差しがこちらを見捉えた。
「散開しろ! フレデリック、優先順位通りにやれ」
ヴラッドが叫び、注意がこちらへ逸れたことで追撃を免れたフレデリックが、弾切れの拳銃の引鉄を絞り続けるリアムを脇に抱えて隔壁へ走る。
それを追う白衣の背中がシャーロットを抱きかかえているのを確かめると、後尾を締めるアルヴィンを見送り、ヴラッドはカービンを連射しながらタイラントへ前進した。
ヴラッドを指揮中枢と認めたか、あるいは単に無粋な死に損ないから殺すことに決めたのか。タイラントがこちらへ駆け出す。散らばった部下が弾雨を浴びせる中、地を揺らして跳躍したタイラントが風切り音とともに爪を薙ぐ。
ギリギリまで引きつけて飛び込んだヴラッドは、一瞬前まで自分が立っていた空間もろともコンテナがざっくりと斬りつけられてひしゃげるのを見た。背筋を冷たいものが走り抜けるのを感じながら転がった勢いを利用して起き上がり、距離を取りつつ弾倉の中身を全て送り込む。
またたく間に弾倉の中身を撃ち尽くし、マガジンの固定を外したヴラッドは手首をひねって弾倉を弾き飛ばす。その間に左手が新しい弾倉を引き抜き、瞬きの間に再装填を終えると、着地と同時に踵を軸に向きを変えたタイラントが、腕を頭上へ振り上げて間合いを詰めた。
『脱出する! ヴラッド、急げ!』
ようやく大人が這って出られる程度の隙間を開けた隔壁。予め決定した順序に従い脱出したフレデリックの声。迫るタイラント、その身体の向こうでカービンを構えるジョエルへ、一瞬だけ目配せする。
攻撃班の中における脱出の優先順位は衛生担当のジョエルが一番上だ。彼は命のやり取りの最中で自分に向けられた眼差しの意味を過たず理解し、カービンを下ろして隔壁へ走る。
しかし、こちらの目の動きを見ていたのは彼だけではなかった。こちらへ突撃するタイラントが僅かに軌道を変え、ヴラッドの傍らに積み上げられたコンテナを
金属がひしゃげる耳障りな音。恐ろしい勢いで跳ね飛ばされたコンテナが、隔壁の隙間へ飛び込んだジョエルめがけて飛翔する。押しつぶされる寸前、向こう側から鼻先を突っ込んだアルヴィンに袖を引っ張られてジョエルは脱出したが、大質量の直撃を受けて開放途中だった隔壁が歪んだ。
モーターが強引に隔壁を引き上げようとする耳障りな音が搬入路に木霊し、しばらく必死に唸りを上げた後に、隔壁の左右に取り付けられたランプが赤色灯を点灯させた。
隔壁破損、開閉不能。
この状況で、隔壁の隙間へ身を滑り込ませられるほど、タイラントの猛攻は甘くはない。
「冗談きつい」
退路を塞がれ、鼻を鳴らしてそう呟く。その意味を理解しているわけでもあるまいに、タイラントは動作を止めた隔壁を一瞥し、それから自分を取り囲む3人の兵士を見回す。
クラヴィスとマディソンは、遮蔽の代わりに身を寄せたコンテナを軽々と吹き飛ばすタイラントのパワーに絶句していた。
暴君の名に恥じぬ凶暴性、それを支えるパワー。ここから脱出しようと思うのであれば、誰かを生贄にして逃げ出すか、このバケモノを撃破するより無い。
一瞬の沈黙を破ったのは、マディソンの銃撃だった。それにクラヴィスが続き、十字砲火がタイラントを捉える。しかし、暴君の狙いは完全にヴラッドに固定されたようだった。
ほとんど予備動作を見せず、地を蹴り肉薄した巨体が胴の高さを薙ぐ。地面に転がってそれを躱したが、タイラントはそのまま、赤い筋の浮かぶ左拳を高く振り上げた。
しかし、その拳がヴラッドを殴り潰すよりも早く、スプリングフィールドへ銃剣を取り付けたクラヴィスがタイラントへ肉薄している。黒ずんだ肉を脈打たせる傷は背中まで貫通していて、いまだ修復が終わらないのか粘つくものが滴っている。
背後から銃剣をそこへ深々と突き刺したクラヴィスが、フルオートに切り替えたライフルの引き金を絞った。
銃剣が肉を引き裂き、体内奥深くへ埋まった大口径ライフルが容赦ない合金の暴風を腹の中に解き放つ。外皮が銃弾を阻むタイラントと言えど、塞がる前の傷口から直にハラワタを引っ掻き回されてはたまらないのか、喉の奥から肌がしびれるほどの雄叫びを上げた。
ヴラッドも正面から傷口へ銃剣を突き刺し、バーストに切り替えたカービンの引き金をがむしゃらに搾る。前後から挟み込まれ、瞬きの間に膨大な弾数をねじ込まれたタイラントが、苦悶の声とともに身体を激しく振り回した。
「ぁ! くっそ、が」
腰を捻り身体を振り回すタイラントに引きずられ、クラヴィスがライフルもろとも弾き飛ばされる。それはカービンとスリングでつながったヴラッドも同じで、体が吹き飛ばされコンテナに叩きつけられた。
関節が軋み、視界が霞む。それでも迫る足音から逃れるべく立ち上がり、ふらつく脚で距離を取りつつカービンを探る。スリングが切断されたのか、今まで身を守ってくれた愛銃はどこかへ飛んでいったようだった。
慌てて背中に回した手は、アルミ棒を見つけられずに虚空を掴む。装備を失ったヴラッドは反射的に拳銃を引き抜き、間に立ちはだかるコンテナの固定ワイヤーを掴んで横へ押しのけたタイラントを見た。
ほとんど弾き飛ばすような勢いで引っ張られた拍子に、赤い筋の浮き上がる手が握った金属ワイヤーが引きちぎられる。そのままタイラントが腕をふるい、長さ数メートルはあるだろうワイヤーがムチのようにしなった。
空気を引き裂く恐ろしい唸りを上げながら肉薄するそれをまともに受ければ、こちらの身体が二分されることになるだろう。
慌てて背中を地面に倒すと、こちらの腰の高さを振り抜かれたそれが隣のコンテナに深々と
9ミリが連続してタイラントの顔へ叩き込まれ、正確な弾着がタイラントの右目へ飛び込む。しかしそれで動きを止められるわけもない。再びこちらを両断すべくタイラントは腕を力任せに振り上げ、コンテナにめり込んだ金属ワイヤーを強引に引き抜く。
引っ張られたコンテナが地を転がり、別のコンテナにぶつかって不愉快な軋みを上げて中身の医療器具を撒き散らした。叩きつけられたダメージから回復しきらぬ重い体を無理やり立ち上がらせ、ありったけの残弾をタイラントに撃ち込みながら、ヴラッドは叫んだ。
「マディ! クラヴィスを連れて逃げろ!」
もう一撃、仮に躱せたとしてその次はあるまい。火器を失った以上、できることは囮になる以外になにもない。いま目の前のバケモノが自分に意識を向けている間に、一人でも多くを逃がすべきだ。
最後の一発を吐き出した拳銃が動作を止め、空の弾倉をはじきとばす。しかし、新しい弾倉を手にすることは許されなかった。タイラントが足元に散らばる破損したコンテナの中身をこちらめがけて蹴り飛ばしたからだ。
モロに機材の雨を受け身体が吹き飛ぶ。背中から外壁へ叩きつけられ、肺の中の呼気が全て押し出された。衝撃で横隔膜が痙攣し、吸うことも吐くこともできずに肺が酸素を求めて熱を帯びる。
呼吸の仕方を忘れたように胸が震え、酸素を失った意識が揺らいだ。しかしそれでも、殺す側であることを求められ続けた身体は震える手で弾倉を入れ替える。目の前に死を運ぶ影が迫っても、白旗を振ってやるつもりはない。
ずっしりと重みを増した腕を奮い立たせ、下腹が痙攣し呼気とも言えない憐れな呻きを漏らしながら拳銃を持ち上げた。へたり込んだ身体を必死に立ち上がらせたそばから脚が笑い、無様に膝をつく。
引鉄を絞る指すら、もはや意志ではなく身体が覚えた動作の反復だった。力のない腕で連射し、残り数秒を目一杯稼ぎきってやろうとあがきを続ける。
誰かが必死に自分を呼ぶ声が聞こえたが、目の前に迫る巨躯の落とす死の影から逃れるには、もはやなにもかもが今更に過ぎる。
最後の弾丸を吐き出し、再び動作を停止した拳銃を力なく垂らす。壁に背を預け照明を遮る巨躯を見上げたヴラッドは、それが手にしたワイヤーを振り上げる一瞬の間に、大きな影が宙を舞うのを見た。
大きな唸り声、目の前の巨影の顔から血しぶきが散る。音もなく着地したしなやかな白いシルエットは、そのままコンテナを蹴って再び跳躍し、鋭利な爪をタイラントの膝へ一閃。
目にも留まらぬ二連撃。一撃目で顔面、そして二撃目で膝をえぐられたタイラントが膝を付き、一時的に視界を失った暴君はやたらめったらに腕を振り回す。
爪がコンテナを引き裂き、握りしめたままのワイヤーが地面を、壁を、その届く範囲にある全てを打ちのめして破壊する。アルヴィンがこちらの襟首を咥え、そのままタイラントの加害範囲外へと投げ出す。
腕をついて起き上がると、目の前にスリングの千切れたアルミ棒が転がっていた。
「……は……っ、お前」
地面に転がり、みぞおちに拳を押し当てて無理矢理大きく息を吸い込む。こちらを見下ろす白い狼犬――タイラントと同じアンブレラの生み出した猛獣は、ほんの一瞬こちらを見下ろしてから鼻先で転がる棒を示すと、そのまま踵を返して走り去る。
物陰に隠れた小賢しい抵抗者を始末するべくタイラントがコンテナを蹴り飛ばす音に、再び挑みかかったアルヴィンの低い唸りが重なった。それを背中で聞きながら、ヴラッドは全くもって常軌を逸したアイディアを象徴する、長さ1メートル半のアルミ棒を握りしめる。
もとは特攻兵器とすら謗られる珍品。棒と成形爆薬を組み合わせただけの粗雑な火器をありあわせで再現したものに過ぎない。
それに頼らざるを得ない我が身を笑い、こうなる可能性を考慮した自分の読みを――そして危険を犯してもここまで自分を引きずったアルヴィンの献身を讃える。
――全く素晴らしい判断じゃないか、えぇ?
小さな自嘲を含んだ笑い声が、本当に自分の上げた声なのか、高ぶりすぎた精神の生み出した幻聴なのかももはやわからない。ヴラッドはようやく呼吸が整い始めた身体を起こし、パイプを握りしめてよろめきながら立ち上がる。
目の前でコンテナが吹き飛び、数度の斬撃を浴びせ顔へ食らいついたアルヴィンが拳を受けて弾かれる。それにもめげず再度肉薄した狼犬は、人であれば一撃で両断されてもおかしくない前肢の猛攻をタイラントへ浴びせた。
狙いは脚部、またたく間に防護衣に守られた下肢が引き裂かれて血が吹き出すが、傷口はすぐに塞がっていく。腹部の傷はいまだ赤黒い大穴を空けていたが、それでも斬撃程度では活動停止に追い込むこともままならない。
驚くべき生命力。一撃で致命傷を叩き込まねば、勝利は望めまい。
こちらが立て直すまでの時間稼ぎに徹したアルヴィンが、ワイヤーを握る腕への一撃と引き換えに左拳の直撃を受けて跳ねる。ワイヤーを握りしめた指を細切れにした代償は、拳の一撃に続く鋭い蹴り。
大きな体が宙を舞い、崩れたコンテナの山へと突っ込む。血を吐き、なんとか起き上がろうともがくアルヴィンにもはや立て直すだけの余裕はあるまい。
「こっちだ、クソッタレ。犬っころ相手じゃつまらんだろう」
それへ歩み寄らんとする暴君はこちらの声におもむろに足を止めると、何度死にかけても性懲りもなく立ちはだかる男へゆっくりと首を巡らせる。
一瞬、互いの視線が交差した。かたや、いまだ倒れる気配のない巨人。かたや、膝が震えるほどの手負い。
全く不利だなと笑い、何かを考える前にヴラッドはブーツで地面を踏みしめ、前へと身体を押し出した。
目指すはタイラントの内懐、狙うは右胸の心臓。前触れなしに突撃へ転じたヴラッドを見、常軌を逸したその行動を憐れむでもなく、中程が膨らんだ
指を失っていても、飛び出た骨が鋭利な刃となったそれを前にして突撃するなど、正気の判断ではない。十中八九死ぬ。しかし、たとえ拳で胴を撃ち抜かれようと、爪で引き裂かれようと、死ぬ前に手にした火器を突き刺すことくらいはできるだろう。
手榴弾の信管を流用した起爆装置から、安全装置のピンを引き抜く。レバーが弾き飛び導火線に点火。勝負は数秒で決まる。
「ヴラッド! 止めろ!」
マディソンの叫びとともに銃撃が横合いから襲いかかり、タイラントはほんの一瞬そちらに気を取られたようだった。ヴラッドはそれを見て笑った。クラヴィスを脱出させ、わざわざ戻ったのだろう。
さっさと逃げ出せばいいものを。律儀に上司を守ろうとするその健気さこそ、命をかける価値がある。
マディソンの見せた勇気と自己犠牲の発露。戦場における数少ない美徳と言えるそれが生み出したのはほんの一瞬だが、この特攻兵器を
マディソンの制止はヴラッドの足を止めるには今更すぎた。もはやこれ以外に撃破の方策はない。そしてこんな自爆兵器を、命令をもってして他人に使わせるなど願い下げだ。
迷いなく伸ばされた切っ先が、みぞおちまで届く大穴から斜め上方、心臓めがけて真っ直ぐに突き刺さった。
憤怒の咆哮が至近で弾け、暴君の名を冠した巨人はよろめきつつ、粗末な手製武器で臓腑を突き刺す愚か者を睨めつける。
棒切れで反撃に転じた不遜な者どもを叩き潰さねば、この暴君の気は晴れまい。もはや他の虫けらに気を取られる愚は犯さず、タイラントは浴びせられる銃撃を無視して拳を叩きつけんと振り抜く。
タイラントの放つ熱量を間近に感じながら、ヴラッドはこちらを見下ろす目の奥を見た。色のない瞳の奥、一瞬だけ滲んだ意志の粘つきは紛れもない怒りと憎悪を示している。
ただ身の程知らずをたしなめるものとは違う、怨嗟の重みを含んだ憤怒。
それを塗りつぶすように迫る拳が自分の頭を吹き飛ばす前に、ヴラッドはざまあみろと呟いた。拳で潰されるか、爆発で死ぬか。どちらにしても、結末はもう決まっている。
目標達成、これで俺の勝ちだと笑った瞬間、横合いから飛び込んできた影がヴラッドの身体を勢いよく突き飛ばした。
何が起こったのかもわからずに地面を転がり、重いものが上へのしかかりこちらを抑え込む。そして次の瞬間、仕留めそこねた獲物へ追撃をかけようと雄叫びを上げるタイラントの声が、盛大な炸裂音に塗りつぶされた。
短時間に手ひどく痛めつけられた身体は鉛のように重く、ヴラッドは全身を包み込む気だるさに身を任せたい欲求を飲み込んだ。
せめて結末は見届けねばなるまい。成功したにせよ失敗したにせよ、そうしなければ気がすまない。
手を床につき起き上がろうともがくと、背中にのしかかった重みがどいた。そのまま、立ち上がろうとするヴラッドの肩を白い鼻先がグイグイと押し上げる。
こちらを突き飛ばしたアルヴィンは肩を喘がせて息をするこちらを見上げると、無様を笑う余裕もなくへたりこんで顔の向きを変える。
それにつられゆっくりと首を巡らせると、成型炸薬の生み出すエネルギーの暴風に循環器系の根幹――心臓を吹き飛ばされたタイラントが地面へと倒れ伏していた。
「次は……セラミックの
それ以上何かを言うだけの体力もなく、ヴラッドは膝をついて座り込む。そのままマディソンがジョエルを連れて駆け寄ってくるまで、彼は仕留めた王者の遺骸をじっと見つめていた。
分かりづらいかなと思うので補足説明すると、ヴラッドが使った火器はいわゆる刺突爆雷のリファインです。
着発信管等の準備が出来なかったので手榴弾の信管を再利用しています。その関係で点火と爆発にタイムラグが生まれるため、先端を尖らせ「突き刺して」固定し運用する方式です。
当然、接近戦に発展した場合、着発であろうと時限式であろうと運用者はタイラントに殺されるか爆発で死ぬ可能性が高い自爆兵器になります。
ストックが切れたので次回更新は未定です。しばらくお待ち下さい。
感想等お待ちしています。