自話からまたヴラッドらに話が戻ります。
大した話じゃないので申し訳ない。
Insertion
1998年9月28日 0220時
ラクーン郊外 統合特殊作戦司令部 仮設陣地
合衆国特殊任務部隊 タスクフォース・トライデント
もう秋だというのにテントの中には汗がにじむほどの熱が籠もっていた。
大人数用とはいえ、一八人の男を詰め込むにはいささか手狭なそこに装備弾薬を持ち込み、各々が投入準備に勤しんでいるからだ。
海軍と陸軍の特殊任務部隊からなる合同部隊。トライデントの名称が与えられた最初の投入チーム。合衆国全軍の中で、類まれなる忍耐と戦士の素質を備えた最高の人材たち。
その中のひとり、イーサン・プライスは自分の弾倉をポイント・ブランク製のAVSアーマーに取り付けたポーチに押し込み、胴体を包み込む防弾装具の固定を確かめた。
前後をソフトアーマーで防護するそれは少なくとも戦場で最も恐ろしい爆発物の破片から身を守ってくれるはずだが、向かう先は感染症に汚染された地獄だ。普段は心強い重みも、今この状況では身体を縛る枷にしかならない。
しかし任務の性質上、武装した敵と交戦する可能性は否定しきれない。だからこそ、ソフトアーマーは最低限の必要防具として判断された。ライフル弾を止めることのできる抗弾プレートは、行動阻害になると判断されて装備から除外されている。
活性死者との戦闘が銃で武装した集団との接触より頻繁かつ危険度が高いと判断されたからだ。その分、予備の弾薬を多く持ち込むことが決定されているから、荷物が軽くなるというわけではないが。
ポーチ類をこれでもかと言うほどにくくりつけた
全てよし。必要とされる個人携行品は揃っている。それを確かめ、右の太ももに吊るしたサファリランドのホルスターに1911が突っ込まれていることを確かめると、イーサンは自分のM4A1をぶら下げてテントの外へ出た。
テントの外は、男の匂いと熱気とは無縁な、木々の青臭さの交じるひんやりとした風が吹いている。日はとっくに落ち、投光器の投げかけるまばゆい光が仮設陣地を照らしていた。
長い影を引き連れ、慌ただしく行き交う支援要員たち。降下地点までの輸送を命ぜられた
みなその背中に緊張をにじませている。
翻って、休憩所とされているスペースに群がり、煙草を吸うなりスナックを楽しむなりしているタスクフォースの兵士らはみな、いつも通りの日常を過ごすかのように落ち着いた様子だ。
これから行く先は、一〇万の敵が跋扈する地獄。このうち何人が死ぬかもわからぬ――ひょっとすると、全滅することもあり得る劣悪な環境だ。
それを理解していないわけでもあるまいに、がやがやとくだらない話に興じる仲間たちの様子は普段と何の変りもない。
それはイーサンも同じことだった。そうでなければ、最も危険で最も重要な任務を負う特殊任務部隊の隊員などつとまらない。ある意味で、どこまでも無神経で鈍感であること。それが必要とされる才能だ。
自分の命、その向かう先にすら意識を向けない。危機を避ける仕事人としての本能を持ち合わせつつ、しかし必要であれば危機に毅然と立ち向かう。生き物としての矛盾、自己の生存への無頓着。
もちろん無頓着なのは目の前にある危険に対してだけではない。世界中に派遣され、必要であれば殺し、あるいは捕らえて連れ去る。任務上必要とされる限り屍の山を無数に築き上げ、血河で大地を染めてやる。そんな行いを繰り返して壊れないというのは、普通の人間には望むべくもない。
しかし、ここに集った男たちにとりそんなことは造作もない。国家が敵といったのだから敵なのだし、敵であるからには無力化しなければならない。そこから先の理由などなく、そこで終われてしまう無神経さを備えた集団。
これから地獄へ降りる男たちはそういう連中だ。
イーサンは煙草を取り出し、それを銜えてライターをまさぐる。横合いから差し出された火が穂先をあぶると、イーサンは掌で風をよけてそれを受け取り、小さくうなずいて見せた。
「準備は」
「もう終わった。後は待つだけだ」
陸軍チームリーダーのドナヒューの問いかけに頷き、イーサンは二度煙を吸い、それをゆっくりと唇の隙間から吐き出す。
たっぷりの白いひげを備えているがゆえに、
ドナヒューはまさにそういう人間だった。自分たちだけの戦場においては、部隊員とは友人であり兄弟であるかのようにふるまう。
そしてそれは特殊戦の世界では珍しい事でも何でもない。一般の部隊からすれば「あり得ない」話であるのは間違いないが。
「忘れ物だけはしてくれるなよ」
「そんなへまをやらかす奴はレンジャーに送り返されてるさ。それより、あの押し付けられたガラクタはどうにかならないのか」
「
イーサンのため息にドナヒューが問うた。それにうなずきで返し、すぐそばのテントにあわただしく出入りする技術者連中を見やる。
「どこが作ったのやら。レールキャノンだとかなんだとか、小難しい説明はさておいて、あのデカブツを持ち歩いて市内を移動しろとはまた」
「俺たちの仕事をピクニックと勘違いしてるらしい」
お手上げだよとばかりにドナヒューが肩をすくめる。ブリーフィング後に突然現れた技術将校が自信満々の様子で押し付けてきた試作の最新鋭兵器、それがパラケルススの魔剣だった。
が、運用説明を担当する技術将校のあふれんばかりの自信とは裏腹に、現場へ赴く兵士らはすでにそれをガラクタと呼び始めている。
それも当然だろう。火薬による火器がいまだ主流の今この時代において、突然そんなものを持って行けと言い出したのだ。しかも、分解して持ち歩いても一人当たりの負担は18キロ。それも6人で分担して、である。
「のんきなもんだ、外部バッテリー式の固定火器を持って行けとは。技術畑の馬鹿には一度火薬のありがたみを教えてやったほうがいい」
こちらの軽口に言ってやるなよとドナヒューが笑う。日に焼けた肌にしわが刻まれ、穏やかに見えて鋭い眼光を宿す眼差しがこちらにひたと据えられる。こういう目を向けてくるときは、何か気になる話題を抱えているときだ。
普段であればそれは隊員や装備の状況だとか、敵の動向だとか、そういった話題であることが多い。作戦上、自分の考えと部下の考えのすり合わせを指揮官が必要とするのはままあることだ。
が、今回はそういったありきたりな話ではないと、イーサンの直感が告げていた。
そして、この状況でこの男が知りたがることなどそう多くない。十中八九、かつて同じチームの戦友だったアイスマン――ヴラッドのことだろうとあたりをつける。
「ヴラッドだったか、前に組んだことがあるんだろう?」
「最初のチームで一緒だった。お互い選抜を通ったばかりの新入りで」
「どんなやつだ」
短い問いかけ。それを受け、ゆっくりと煙を舌の上で転がしながらイーサンは考える。
どんな軍でも、同じチームにいれば親しくなる。特殊戦の世界においてチームメイトは兄弟同然だ。少数精鋭、限られた人員で極限状態に身を置くのであるからして、そうでなければやっていけない。
当然それはドナヒューも理解していることだろう。よほどそりが合わない人間でもない限り、帰ってくるのは好意的な意見ばかりだ。もちろん、それが聞きたいわけでもあるまい。
「不器用な奴だった。うまく立ち回る才能がない。腕はいいし、頭も切れる。でも上には行けない、その気もない。そういう奴」
「根っからの兵隊か」
「あれはカウボーイのたぐいだよ。納得できるかどうかが尺度で、あとのことはどうでもいい。自分の命ですら、自分が納得するためには投げ出しちまう」
「なるほど」
ドナヒューが微かに笑う。髭に覆いつくされた口元に浮かぶ微かな笑み。それを見、片眉を吊り上げたイーサンは、煙草を指に挟んだドナヒューが口を開くのを待つ。
「腕の立つ奴だとは聞いていたが」
「墜落したヘリパイを助けに降りた話は?」
「聞いたことがある」
イーサンの問いにドナヒューが頷く。
「ある夜間作戦でヘリが落ちた。パイロットはまだ生きていて、俺のチームはその救援に向かったが、最悪のタイミングで敵が食いついてきやがった。俺たちのヘリは着陸寸前で地上からハチの巣にされかけたわけだ」
そこまで言って、ゆるくすぼめた唇から煙を吐き出しつつ視線を隣に向ける。ドナヒューは無言でその先を促した。気づけば、同じように休憩に興じていた隊員たちもそれとなくこちらの会話に耳を傾けている。
「機長はすぐに着陸は無理だと判断して機を上昇させた。地上じゃパイロットが包囲されかけてたが、こっちまで落ちるわけにはいかないからな。ところが、あいつはヘリから山中に飛び降りた。本人は後になって急機動で安全装具が破損して落ちたって報告してたが、俺は見てた。あいつはランヤードを引っぺがして飛び降りたんだ」
今でも思い出せる、と肩をすくめてイーサンは笑った。
上昇する機体、地上では負傷したパイロットが応戦する銃火。闇の中から飛び出してきた曳光弾がこちらを叩き落さんと乱舞する中で、セーフティランヤードを外した戦友の背中。
飛び降り際、振り向いた眼差しはいつもとなにも変わらない、平静を示す青をたたえていた。
「あいつは一人で飛び降りて、ヘリに接近する素人のゲリラを一人ずつ撃ち殺した。片っ端からな。こっちのヘリは機関銃でハチの巣にされてコパイロットが負傷。上空支援もできないまま逃げ帰ったよ。逃げ帰る間、うちのボスはカンカンだったね、俺の部下を置いて帰るのかって」
「それでもあいつは生き残った」
「そう。カウボーイのごとく。片っ端から敵を撃ち殺して、ヘリを爆破処分して、パイロットを抱えて山の中を逃げ回ってるところを偵察機が見つけた。あいつはそういう奴だ。とんでもない修羅場に飛び込んでいって、なんでか生き残る。それも仲間を連れて」
だから分遣隊にも引っこ抜かれたんだろう、とイーサンは続けた。
情報支援活動部と呼ばれる組織の、切迫事態における武力的解決装置。稀有な素質を持つ戦士たちの中でもさらに特異な人間を集めた攻撃部隊。たとえ危険な行為であっても、並外れた力量を示しえるものだけが集められた戦闘集団に、あれほどふさわしい人間はそういるまい。
もちろん、ヘリパイロットを助け出したヴラッドが生き残った理由に、説明などいくらでもつけられる。夜間であるが故の暗視装置の優位性。ゲリラと言って差し支えない敵と、訓練を重ねた精鋭の差。
しかしその状況に飛び込み、それを首尾よくこなせるかどうかは全く別の話だ。凡庸な兵士はおろか、特殊作戦人員の中でも、それをこなせる力量と運を持ち合わせる人間はそう多くない。
もちろん、特殊部隊員というのは厳しい訓練を潜り抜け、最新の技術と装備を与えられた精鋭だ。しかしそれは一騎当千を示すわけではない。
普通の兵士たちより体力と忍耐に秀で、過酷な環境でも活動しうるというだけだ。銃撃戦になれば数の優位をあっさり覆せるわけでもなく、まともな火力支援を受けた歩兵部隊や、圧倒的な数的優位を保つ相手と殴り合いになれば、あっさりすりつぶされることもある。
しかし、ときたまそんな状況でもずば抜けた戦果を生み出すものがいる。冷静に、狡猾に、そして並みならぬ攻撃性を遺憾なく発揮し、運に恵まれた兵士が。イーサンにとり、ヴラッド“アイスマン”ホーキンスはまさにそういう男だった。
「もちろん、あとでアイツはこってり絞られたさ。単独で飛び降りて、部隊の秩序を乱し仲間を危険にさらした、ってね。でもボスはあいつを評価してた。だから
「お前はどう思う。本当に無関係だと?」
「器用なまねができる奴じゃない。自分のために無関係な奴を死なせるなら、さっさと頭を撃ちぬいておさらばするか、潔く捕まって終わりにするだろう。隠し事は顔に出るし、自分で納得できないことはしない。でもそのくせ、殺し合いになるとどこまでも冷静で、素早い」
俺が知ってるアイスマンはそういう奴だ、と。イーサンはそこまで言って、ほとんど燃え尽きかけの煙草を捨てた。
「だから、きっと大佐の言った通りなんだろう。俺が悪さをすると決めたなら、あいつはハブにする。でないとこっちの身が危ない」
「あるいは共犯に仕立て上げる」
「そういうこと。ただ、そこで読み違えたんだろうな。あいつは確かにアイスマンだが、自分をナメた奴には容赦しない。外道畜生にも同じ。自分の身の破滅を招こうが、自分が納得できないことはしない。あいつの冷静さは保身のためじゃない。共犯にしたのはミスだ」
「なるほど。よく分かった。愉快な奴だってことがな」
同じように煙草を捨てて踏みしめたドナヒューが頷く。彼は腕時計に視線を落とし、間近に迫りつつある出撃時刻を確かめた。
「最後に一ついいか」
「俺に答えられることなら」
「まだ生きていると思うか」
「あいつが死ぬ状況なら、生き残るやつはいない。俺はそう思うね。俺が知る限りは、一番馬鹿だが一番タフだ」
間を置かずにイーサンが答えると、ドナヒューは快活に笑い、そうかと満足げにうなずいた。
「ならいい。会えるのを楽しみにしておく」
装備をもう一度チェックしておけよと、背中越しに手をひらひらと振ってドナヒューが立ち去る。それを見送ったイーサンは、ライフルを下げてテントへと戻った。
出撃時刻は間近に迫っている。人員18名、対する敵は一〇万の市民と得体のしれない化け物たち。些細なミスが生死を分ける地獄へ降りるのだ。入念に準備を重ねても、し過ぎということはあるまい。
パラケルススの魔剣、無印のほうのはどうやって持ち込んだのかわからんくらいでかいですよね、あれ。