死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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Chapter4 when the battle drums beats.
行動後評価


1998年9月28日 日付変更直後

 

 

「それで、なんだ。お前はその、大戦期の日本が作った特攻兵器でデカブツを始末したのか?」

 

 ハリソンが眉根にシワを寄せ、常軌を逸した帰還報告(デブリーフィング)に対して首を傾げた。ヴラッドが不在の間、休まず小隊指揮を取り続けた彼の目元には、いささかどうかと思われる濃いくまが見えた。

 

 無理もないだろう。ヴラッドらが帰還するまでに、負傷していた民間人はすべて発症しやむなく射殺。その後、容態は悪化しつつあるもののいまだ発症には至らぬ隊員らの処遇を巡って、ひと悶着あったとすでに耳にしている。

 

 ヴラッドらの持ち帰った情報により、わずかであっても発症しない可能性にかけるべきという意見が多数派となったため、現在その議論は一応の決着を見た。しかし今後状況が悪化すればどうなるか予想はつかない。

 

「正確に言えば、着想を得た即席火器です。刺突して縫い止め、時限信管で起爆するため、特攻兵器とは言い難いかと」

「壁をぶち壊すバケモノに接近しないと使えない時点で同じだ」

 

 横合いから、同じように報告を耳にしたガルシアが片眉を上げて口を挟む。呆れを隠すことのないその態度からすると、こちらの正気を疑っているに違いない。

 

 本来ヴラッドの予定では、トラップで活動停止に追い込んでからとどめを刺すために使うつもりだった。刺突して標的に固定する使用方法にしたのも、手榴弾の信管の作動時間を詰めて2秒前後に調整したのも、トラップでの活動停止へ持ち込める可能性は決して高くはないと踏んだがゆえの苦肉の策でしかない。

 

 トラップへの誘引に失敗した場合、あるいは活動停止へ追い込めなかった場合に、それでも最後の可能性を手元に残しておきたかったがゆえに、マディソンと頭を捻ってあの構造にしたわけだ。

 

 とはいえ、使用者はタイラントに殴り殺されるか、至近で炸裂する成形爆薬の余波を受けて死ぬ可能性が高いことに変わりはない。アルヴィンがいなければ拳を受けて無残な撲殺体にされていただろうことを考えると、二人の反応は当然のことである。

 

「第一次インドシナ戦争でも類似品が使われた、実績のある火器です」

「御託はいい。任務を欠員なく達成しただけで十分だ。誰にでもできることではない」

 

 やれやれと首を振るハリソンの代わりにガルシアがねぎらったが、最後の一言が二重の意味を持っていることは彼の目を見れば分かった。

 

 確かにあの状況で戦死者もなく帰還するのはほとんど奇跡に近い成果と言えるだろうが、それを可能とした決死の特攻もまた他者に望めるものではない。

 

 というより、そんな方策を思いつく人間は他にいるまい。仮に思い立ったとして、それを実行するかもまた別問題である。

 

 もちろんそれを理解しているからこそ、目の前に立つ上司は揃って優秀さを認める眼差しをこちらへと据えている。が、そこに過分な呆れが混ざっていることにも、ヴラッドは気づいていた。

 

「それで、中隊本部は」

「現在、中隊撤収用のヘリはラクーンシティを封鎖する州軍との調整中のため飛行不能。また、撤退は当初の予定通り時計塔を回収地点とすることに変更はないとのことだ」

 

 真っ赤な嘘だと思いはしても、ヴラッドは口にはしなかった。途中で遭遇したハンターβや、退路なしの研究所についての情報はハリソン、ガルシア両名に伝達済みである。

 

 当然、ラクーンシティの状態をアンブレラ上層部が以前から把握していた可能性が高いこと、そしてハンターβがラクーンシティで生産されていないとするアリッサの情報もその中に含まれている。

 

 その上で中隊本部の対応を見たハリソンの口調には、暗に白々しいと断じる響きが感じられる。すでに彼も、中隊本部、ひいてはアンブレラに対してかなり懐疑的な立場と言える。意外なことに、それはガルシアも同様だった。

 

 報告を受けた直後、最悪の場合中隊本部の支援無しでの撤収方法を模索するべきとまで提案したガルシアは一切の表情を伺わせなかったが、少なくとも現段階においては頼れる下士官のままだ。

 

「お前は少し休め、軍曹。ノーマッドにはまた働いてもらう。5時間後に指揮官で会議を行う。大尉、あなたも少し休むべきだ。緊急事態の場合は起こします」

「そうさせてもらう。曹長、後は任せた」

 

 目頭を揉んだハリソンはガルシアの提案に頷き、立ち上がって仮設指揮所の壁際に敷き詰めたダンボールに転がる。律儀にブーツを脱ぎ、それを枕元へ置いた彼は、身じろぎをひとつしたきり、小さな寝息を立て始めた。

 

「お疲れですね」

「当たり前だ。他小隊の残存人員との合流、民間人の捜索、物資弾薬の回収。休む暇もなかったからな」

 

 ヴラッドの何気ない一言に頷いたガルシアは、喉から小さな唸りをこぼしつつ椅子に腰掛けた。鉄面皮の下士官だが、彼も彼で相当疲れを溜め込んでいるはずだ。それはローテーションで休みを取りつつ作戦を継続している小隊人員全員に共通することだが、指揮官とは肉体以上に精神をすり減らすものだ。

 

「それで、タイラントは確実に始末したのか」

 

 首から肩にかけてをもみほぐしつつこちらへ問いかけたガルシアは、彫りの深い眼窩に埋め込まれた目をこちらへ向けた。常からそうであるように、ほとんど感情の伺えない眼差しを見つめ返し、ヴラッドはタイラントの死亡に懐疑的な態度を見せるガルシアの前に腰掛けた。

 

「心臓を破壊したのは間違いありません。ですがアリッサの話では……」

「殺しきった確証はない、と」

 

 はいと頷き、ヴラッドは地図を広げ、無線とペンが転がるデスクに肘をついて指を組んだ下士官を見やる。怜悧にして敏腕、常に小隊の作戦を成功へ導いてきた男の顔はピクリとも動かないが、ヴラッドはまっすぐにこちらを見つめる男の態度にある確信を得た。

 

「タイラントのことをすでにご存知だったんですか」

「それは私の一存では答えかねる」

 

 にべもない返事。しかしこちらへ据えられたままの彼の目は、それ自体が答えだと告げていた。それ以上のことは現段階では答えられないし、この場でその話を広げる気はないと。

 

「いずれまた当たる可能性もあると考えろ。その話はまた分隊長会議で議題に出す」

 

 行っていいぞと彼が続け、ひらと手をふる。ヴラッドは敬礼を返して立ち去りながら、ガルシアの問いの意味を考えた。この状況で、他の部隊員が――おそらく小隊長すら――知り得ない情報への知悉を匂わせるその意味はなんだろうか。

 

 考えても答えは出ない。そもそも疲れ切った頭で何かを考えるのは建設的ではないだろう。考えるのは後でだなと目頭をもみ、作戦指揮所にされた会議室を出る。

 

「よう、ヴラッド。よく生きて帰ったな」

 

 会議室の外、湯気立つ使い捨てカップを2つ手にしたマルコフが、口元に薄い笑みを浮かべてこちらを出迎えた。

 

「どうにかこうにか。いまだに自分でも不思議だ、なんで生きてるのか」

「お前が研究施設に向かうって聞いた時、俺が行けばよかったと後悔したぜ」

 

 まあ死なずに帰ってきたのなら、杞憂だったようだがなと、肩をすくめたマルコフがカップを一つこちらに差し出す。それを受け取り、ブラックだと続けた彼に頷くと、熱を手のひらに感じながら口をつけた。

 

 熱いコーヒーが胃に落ち、舌の根に苦味を残して体内を温める。途端に疲労が全身へのしかかり、重くなるまぶたを堪えるように眉根を寄せた。

 

「よっぽど堪えたらしいな、そのタイラントとかいうやつとやり合うのは」

 

 その意味をどう捉えたか、苦笑とともにマルコフが問いかける。それに対してゆるく頷き壁に寄りかかったヴラッドは、コーヒーを啜りながら、湯気が運ぶ香りが無いことに気づいた。

 

 まだ、血と糞尿の臭いで嗅覚が潰れているのだ。

 

「死人が出なかったのは奇跡だ。運が良かった」

「お前はツイてる。誰よりもな」

「そうは思えんが」

「誰も死なせてない。化け物と戦っておきながら」

 

 肩をすくめたマルコフの眼差しがこちらから逸れる。伏目がちなその目に一瞬よぎった感情の色を見定めるより先に、彼が先を続けた。

 

「初動以降、外部に出たチームで死人を出してないのはお前のところだけだ」

「何人やられた」

「ウチは二人、ガルシアのチームは一人」

 

 端的な返答。これで、部隊としての損害は一個分隊に迫りつつある。その事実を噛み締め、視線を横に流す。指揮所のフロアは装備の集積所にされているが、同時に運び込んだ食料の管理を受け持つ民間人も腰を据えている。

 

 本来は短期的な作戦、食料も水も余剰の持ち込みはない。市民捜索とはぐれた友軍の回収のために外に出た仲間が持ち帰った食料類は、いま有志の市民が仕分けを行っているところだ。

 

 古物商店からここまで連れてきた老婦人と若い女性、それに交じって帳簿に何やら書き込んでいる女性陣の背を見、おそらくは戦友が命がけで回収したのだろうコーヒーに目を落とす。

 

「アルファ、ブラボーのはぐれた人員を八名回収。市民は一三名を救助。こっちはそんなところだ」

「上出来だ、この状況じゃ」

「だが二人死なせた」

「犠牲をゼロにはできない」

「だがお前は一人も死なせなかった」

 

 そっちの言う通り運が良かったんだよと、顔を上げたマルコフの方を見ずにかえす。しばしの沈黙の後、そうだなと彼が頷くと、ヴラッドはくしゃくしゃになった煙草のパッケージを取り出し、軽く振ってフィルターを出すとそれをマルコフへ向けた。

 

「だが運もなんとやらだ。特に、命をかける奴らはゲンを担ぎたがる」

「つまり?」

 

 タイラントとの死闘でもみくちゃにされ、ひどくくたびれた煙草を咥えたマルコフへ火を差し出しつつ問う。

 

「研究所に向かったのがお前でなけりゃ、誰も生きて帰らなかった。皆そう思ってるってことだ」

「チームの連中が優秀だった。攻撃部位の選定と必要な対策の考案はジョエルとアリッサ。爆薬運用はマディがいなけりゃ無理だった。クラヴィスとフレデリックがいなけりゃ、俺はとっくに死んでたしな」

「まとめたのはお前だろ。それで、そのタイラントとかいうデカブツ、どうだった」

 

 まとめるのが一番大変なんだと笑ったマルコフが表情を切り替えた。談笑に興じる笑みから、仕事人の生真面目なものへ。瞬間的な意識のスイッチは、戦い慣れた男特有のものだ。

 

「どうもなにも、とんでもない化け物だ。小銃弾はろくに通用しなかった。30口径の徹甲弾で火力網を張るか、50口径を浴びせない限り足止めも厳しいだろうな。それが無理なら対装甲火器じゃないと話にならない」

「よくもまあ、即席の対装甲火器なんぞ思いついたもんだ」

「昔資料で読んだんだ、大戦期に使われた火器の紹介で。くだらないことも覚えておくに越したことはない」

「覚えていたとして、使おうと思い立つのはお前くらいだ」

「同じことを言われたよ、さっき」

 

 そりゃそうだと、呆れ半分、尊敬半分の眼差しでマルコフがかぶりを振る。それを見、何を言う気にもならず残りのコーヒーを飲み干すと、ヴラッドは自分の煙草を取り出して咥えた。

 

「なんにせよ、それだけ頑丈なのはやっかいだな」

「おつむも悪くない。一度お見舞いした即席の対人地雷を覚えてたようだったし、俺達の退路を封鎖しやがったおかげで正面からかち合うしかなかった」

「厄介だな。人型なんだろう? 殴りかかってくるだけか?」

「銃を使える手の大きさじゃないのが救いだがね、メタルワイヤーを鞭みたいにブンブン振り回してきた。コンテナを殴り飛ばして投擲武器にしたりな」

 

 重ねられる問いかけ。やけに気にするんだなと、空の容器を手で弄び、ゆっくりと煙を吸いながら片眉を持ち上げる。同じように残りを飲み干したマルコフは、まあなと曖昧に頷いてみせた。

 

「俺が当たらないとも限らないからな。経験者の談は聞いておくに限る」

「なんだ、まだ生きてると?」

 

 返ってきた言葉に怪訝に首を傾げる。すでに撃破済みの報告は部隊内に共有済みだからだ。

 

「アンブレラの作ったおもちゃが、一体だけだって証拠はない。この街には他にも研究施設があるんだろ? なら、もういないと断言できる要素は」

「ない、な」

「そういうことだ。俺はそんな化け物と1から手探りでなんて御免こうむるね。お前らがジットフェイスって呼んでるアレですら手こずったんだからな」

「ハンターβか」

「そっちが正式名称だったか? まあいい、あのクソ野郎に一人殺られてる。タイラントなんぞとかち合ったら、そのまま俺もお陀仏しかねん」

 

 小隊本部と合流した後、マルコフとガルシアがそれぞれ部下を率いて市内の捜索へ向かった。ヴラッドらがハンターβと交戦した数時間後、市内中心へ偵察に出たマルコフの分隊がハンターβの群れと接触したことは、すでにハリソンからも知らされている。

 

「邪悪のびっくり箱へようこそ、だ。あの手の化け物が他にどれだけいるか考えるとゾッとしないね」

「新種が出てくる可能性を考えるとなおのことだな。タイラントとの戦闘記録があればよかったんだが」

「あいにく、映像記録装置はなくてね。施設の監視カメラになら何かあるかもしれんがもう一度あそこに潜るのは勘弁願う」

「誰も取りに行けなんて言わんさ。御上の連中(アンブレラ)はどうかわからんが」

 

 とりあえずお前は一度休めと、灰をカップへ落としたマルコフが言った。こちらもこちらで、中程まで吸った煙草をカップの底にうすらと残るコーヒーへ押し付け、こっちで捨てると手を差し出したマルコフへ預ける。

 

「5時間後には分隊長会議だ。それまで寝ろ」

「そうする。後は任せた」

 

 じゃあなと、小さく手を降ったマルコフに笑って返し、カービンを提げた身体の重さに小さくため息をこぼす。短時間の睡眠と激しい戦闘、その繰り返し。十分に休んだとは言えない身体は今すぐにでも眠れと訴えかけてくる。

 

 物資確認に追われる有志の脇を通り、階段を下る。拠点化されたビルは、最上階から負傷者救護所フロア、指揮所フロア、市民フロア、そしてU.B.C.S.隊員フロアに分けられている。

 

 負傷者救護所と銘打たれた感染者隔離エリアが最上階なのは、市民の目につくところで()()せざるを得なくなる可能性を減らすためだ。逆にU.B.C.S.隊員らのフロアが一番下にあるのは、外周と地階を巡回する警戒班が異常を察知した場合、即座に応援を送るためである。

 

「お疲れさまです、軍曹。先程マイケルがあなたを探していました。おそらくは下のフロアに」

 

 階段そばで歩哨に立つ隊員がこちらに気づいて敬礼を投げた。元はヴラッドの部下だった男だ。今は別の班に編入されている。

 

 ありがとうと小さく頷き、ヴラッドは部下の肩を軽く叩いて階段を下った。

 

 

 

 

 隊員用フロアには装備弾薬が振り分けられたチームごとにまとめられ、銃を携えた男たちが散らばっていた。

 

 殆どがカーキのパンツにODの野戦服を身に着けた傭兵たちだったが、その中に数人、違う服装の男の背が見える。

 

 あちこちで拾い集めた市民の中で、特に協力的な男連中だろう。ラクーン市警察(R.P.D.)の人間が2人、有志の民間人が3、4人。それらにU.B.C.S.の作戦手順と交戦規則、銃の取り扱いをレクチャーしているのは、本隊とはぐれたアルファ、ブラボー小隊の人員だ。

 

 周囲を見渡すと、ノーマッドのスペースはすぐに見つかった。

 

 フロアの片隅、下ろした装備品の傍らに丸くなる白い狼犬。隣に腰掛け、M14を抱きかかえるようにして眠りこけるクラヴィスと比較するとその大きさが際立つ。

 

 タイラントとの戦闘で大きなダメージを受けたアルヴィンは、丸くなったその体でシャーロットとリアムを包み込むようにして眠っている。白い毛並みに埋もれ寝息を立てる兄妹、それを見、ようやくひと仕事終えたことを実感した。

 

 まだ、地獄から脱出できたわけではない。それでも為すべきことを一つ達成した、その確信が疲労を薄めてくれる。

 

「あなたが来るまでに、随分と話し込んでしまったわ」

 

 アルヴィンの隣でマイケルと談笑していたアリッサが、こちらに目を向けて微笑んだ。

 

 その向かいに座り込んだマイケルがゆっくりと立ち上がり、血と煤で汚れたこちらを振り返る。裂傷を包帯とガーゼで覆った額、打撲で痣の浮かぶ腕。激しい戦闘の痕を一つずつ確かめたマイケルがヴラッドへ歩み寄る。

 

「ありがとう、軍曹。本当に、本当に……ありがとう」

「市民救助が仕事ですから」

「それでも、だ。命をかけてふたりを守ってくれた。ありがとう」

「約束でしたからね。それに、子供を見捨てるわけにもいかんでしょう」

 

 こちらの手を取ったマイケルの、骨ばった指先。シワが深く根を張った褐色の指。記憶の彼方、自分の手を引いた祖父の手を思い出すそれが、自分の手をきつく握りしめた。

 

「息子さんのことは、残念でした」

「スティーヴンは……」

「立派でした。父親として、海兵隊員として」

「そうか。あんたがそう言うのなら、せがれはするべきことをしたんだな」

 

 嫌な仕事を任せてしまったなと、すでにおおよその成り行きを聞かされていたらしいマイケルが目を眇める。何よりも大切な甥っ子夫婦の忘れ形見に生きて再会できた安堵。そのために息子が命を落とした喪失感。

 

 複雑な感情がないまぜになった小さな目は、うすらと湿り気を帯びている。

 

 こちらの手を握ったままほんの僅かにうつむいた老人は、狼犬に包まれるようにして眠る兄妹へ目を向けた。外界の血生臭さも、ここまでに踏み越えてきた地獄も忘れたかのような、あどけない寝顔だ。

 

「彼がいなければ、ふたりとも助からなかったでしょう。立て籠もったのも、ふたりを地下に隠したのも、正しい判断でした。彼の選んだ最期もまた」

「だが、あんたが約束を守ってくれなければ結果は同じだったろう。わたしでは、たどり着くことも叶わなかったさ」

 

 だからありがとう、と重ねられた礼。むず痒くもあり、心地よくもあるそれにヴラッドはゆるく首を振って返した。

 

「まだ街を出られたわけじゃないでしょう。ここを出たらにしてください」

「そうだな。すくなくとも、この子たちだけでも、出してやらにゃあならん」

 

 手を離したマイケルが頷き、眠る兄妹のそばにしゃがみこんで手をのばす。気配を感じ取ったらしいアルヴィンが僅かに目を開けたが、それだけだった。

 

「雑談もいいけれど、あなたは少し休むべきよ」

「お気遣いどうも。もう少ししたらな……ジョエルは?」

 

 目の下、酷いくまよとこちらに目を向けたアリッサに肩をすくめたヴラッドは周囲を見回してから問うた。クラヴィス、マディソン、フレデリックはすでに敷物の上に転がって眠っているが、ジョエルの姿がない。

 マディソンがこちらの気配で目覚めたのか、わずかに警戒心をにじませた動作で上体を起こしたが、こちらに目を留めると再び横になる。

 

「上よ、負傷者フロア。私はすべきことが終わったから、先に戻らせてもらったわ」

 

 アリッサは心持ち潜めた声でそう言って、目の前の床に置かれたPCモニターを示した。おそらくオフィスの備品だったのだろうそれは、素人には理解できそうもないデータが映し出されている。

 

「ダニーは……いや、俺の部下は、どうだ」

「お世辞にも、良い状況とは言えないわ。症状進行はかなりスローペースだけれど、期待はできないわね」

 

 もちろん、どうにかできないか考えてはいるけれど、とアリッサが続ける。彼女が施設から持ち出したのは試作段階の抑制剤が数セット、そして各種研究成果に携行可能な機材がいくつか。

 

「どうにかできるアテが?」

 

 最上階、容態の経過観察役という名目で歩哨付きの隔離状態にある部下の事を考え、ヴラッドはゆっくりと腰を下ろす。節々の痛みに顔をしかめつつ、煙草を取り出した。

 

「現状ナシね。あなた達の摂取した抗体は私の知らないタイプのようだし、彼らの容態をどう判断したらいいかもわからない」

「抗体を摂取していないと仮定した場合、どういう状態にある」

「その前提に立つのなら感染進行は中期ね。血清が無い限りはどうにもならない、ということよ。仮定だけれど」

 

 つまり、このままの状態が続くのであれば負傷者はひとり残らず発症すると言うことだ。咥えた煙草に火を点け、煙を肺に流し込んで疲労で鈍った脳みそを叩き起こす。

 

「その血清は」

「私のいたラボにはないわ。というよりも、正確に言えばもう無い。備蓄は誰かが持ち出そうとして失敗したようだから」

「他に備蓄のあるところは。この街には他にもラボがあるんだろう?」

 

 私がアクセスできるのはあのラボだけよと、アリッサは首から下げたIDカードを示して言った。確かに彼女のパスが使えるのはあのラボだけだろう。おそらくそれは、自分たちが使用したマスターコードも同じはずだ。

 

「打つ手なし、か」

「そうよ。だから寝なさい。あなたの専門は作戦の立案と実行よ。私の分野のことは私がやるわ」

 

 眠れないというのなら、膝でも貸してあげましょうか、と。顔を上げたアリッサがからかうような笑みをこちらへ向ける。

 

 思索にふけりかけた隙間に潜り込む、控えめだが魅力的な笑み。それに見惚れたのも一瞬のこと、結構と鼻を鳴らし、中程まで吸った煙草を灰皿代わりにされた空き缶へねじ込む。

 

「寝るよ。5時間で起こしてくれ。緊急の要件ならそれを待たないでいい」

「ええ、おやすみなさい、ヴラッド。よく眠りなさい。せめて次の戦いまでは」

 

 敷物に転がった身体に染み込むような、ささやくような声音。マイケルが自分の体にブランケットをかけ、何事かをささやきかけたが、そこで意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 「彼」にとって、状況のすべてが想定の範囲外となりつつあった。

 

 そもそもいまだに小隊が組織活動を継続している時点からして、事前計画を大きく逸脱しているといっていいからだ。

 

 アンブレラが監視員(スーパーバイザー)に行ったブリーフィングでは、軍事訓練を受けたU.B.C.S.と言えどラクーンに降下後24時間以内に組織的活動力を失うとみなされていたからである。

 

 実際にアルファ、ブラボー、デルタはすでに壊滅状態にある事もわかっている。

 

 だからこそ、ハリソン率いるチャーリー小隊が未だに戦力の過半を保有し、生存者を取り込んで活動を継続しているのはイレギュラーと言えた。

 

 小隊の指揮官クラスはいずれも健在であるし、自ら小勢を率いて死地に向かうと言うから送り出したヴラッド・ホーキンスに至っては、「彼」の思惑を大きく裏切り、タイラントを撃破して帰還している。

 

 分隊長クラスを一人排除するという計画が失敗した以上、初動の段階で小隊長の()()を諦めたことが悔やまれるが、全ては後の祭りと言えた。

 

 タイムアップまでそう余裕がない。事前計画によれば、おそらく今月いっぱいがリミットと予想されている。それをすぎれば、合衆国政府は最終手段を実行するだろう。

 

 それまでに必要なデータを収集し、任務通り裏切り者(ネズミ)をあぶり出す。そうしなければ望むもの得られないどころか、自分の命すらも失うことになりかねない。

 

 アンブレラにとって、自分の命は情報の付属物でしか無いのだから。

 

 混乱が必要だと、「彼」は一人、行き交う兵士らを眺めながら考える。

 

 民間人と傭兵たちの寄り合い世帯。結びつきは弱く、孤立環境であればなおさらのことだ。

 

 そして幸いにも、混乱の種はすでに手元に用意してある。

 




 なんか書けた(スランプ脱却)
 というわけで久々の更新です。感想、評価等お待ちしています。
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