死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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 一五ヶ月ぶりくらいの投稿です。
 タイラント戦で微妙に燃え尽きて、そっから忙しくなった結果書き上げるのにめちゃくちゃ時間がかかってしまいました。
 もともと戦闘シーン以外になると筆が詰まるたちなんですが、今回は特に復活に時間がかかってしまい申し訳ありません。

 これの後の話も半分ほど書き上がっているので、次話投稿はそう遠くないと思います。

 また諸般の事情により一部キャラの名前を変更しました。


不穏は影のように

 全てが熱に浮かされた夢の中にあった。

 

 感染者に噛まれて以来不調を強く訴えるようになった身体は、今では全身が火照り、夢と現実の区別がつかぬほどにぼやけた意識が浮き沈みを繰り返す。

 

 誰かが時々様子を見に来ては、何事かを話して立ち去る。見舞いに来た同僚、上官。それが誰であるかを確かめられるほどの明瞭さを失った意識が、あるときふと小さな痛みを拾い上げた。

 

 誰かが目の前にいる。何かを話しかけている。痛みは左の前腕。小さく鋭い、ほんの一瞬の痛み。腕の中に液体が流れ込むような感覚があった。

 

 目の前の人影はしゃがみこんでいるようだった。ひどい気だるさをどうにか振り切って、痛みを感じた腕を引き寄せる。腕時計の文字盤が見えた。まだ早朝のようだが、日付はいつだろうか。

 

 そう考える間に、固く大きな手がこちらの頭を撫でて人影が離れる。

 

 誰にせよ、自分を見舞いに来てくれたのだろう。全身に見えない何かがのしかかっているかのように重いが、わざわざ足を運んでくれた事実が嬉しくて、立ち去る背を見やる。

 

 人影は、フロアの入り口に立った歩哨と話し合っているようだった。全身にかぶさる鉛のような倦怠感がゆっくりと、思考にかかる濃い靄とともに薄れていく。やがて、わずかに潜めた会話の内容を耳が捉えた。

 

 声音は深刻な様子だった。

 

 きっと部隊は厳しい状況にあるはずだ。眠りにつく前、このフロアに運び込まれている負傷者が増えているのを彼は確認していた。

 

 少しずつ全身の不調が退いていく。理由はわからないが、このまま行けば動けるようになるはず。そうすれば部隊のために、小隊長や分隊長のためにまた働ける。

 

 部隊の仲間とともに戦う自分を想像して少し誇らしい気分になったとき、詰まりが取れたようにクリアになった聴覚が、会話の内容を拾い上げた。

 

 感染者、発症前に殺処分、部隊のため、早期に実施するべき。認識できた単語同士をつなぎ合わせ、その意味を考える。まだまったりした思考が結論を出したとき、彼の頭の中には、戦友とともに市民救助に当たる自分の姿はもうなかった。

 

 代わりに背筋を冷たいものが這う。見舞いに来た戦友への感謝と誇りに取って代わったのは、恐怖と悲しみと怒り。

 

 あいつは殺すつもりだ。俺たちを。

 

 それなら、俺は殺される前に、どうすればいい?

 

 

 

 

 

1998年9月28日 0610時 セーフエリア 仮設小隊指揮所

 

「この消費ペースだと、弾薬はもって二日。食料、飲料水の備蓄はある程度余剰がありますが、それでも四日がせいぜい。特に弾薬の補充は急務です」

 

 民間人が作成した備品リストを読み上げたガルシアの声は、数時間前ににじませていた疲労の気配を微塵も感じさせないフラットなものだった。

 

 インスタントコーヒーから立ち上る湯気を見つめていたヴラッドは、会議に遅れてきたマルコフの疲労をにじませた渋面を視界の端に確かめ、それから、仮眠のおかげか僅かだが活力を取り戻したように見えるハリソンへと目を向ける。

 

「弾薬補給のアテは」

「ヴラッドからの報告によれば、地下研究施設で死亡した保安職員の遺体からそれなりの数を補充できる可能性があります。また、マルコフが救助したアルファ、ブラボーの人員からの報告ですが、ラクーン大学付近で陸路投入されたE小隊(エコー)F小隊(フォックストロット)の弾薬運搬車を発見したとの情報が上がっています」

 

 ハリソンの問いに対して淡々と情報を読み上げたガルシアは、会議開始時刻に遅刻したマルコフへ一瞬だけ目を向け、それからクリップボードに留めた弾薬残数表をハリソンへと差し出した。

 

 マルコフは向けられた眼差しに肩をすくめ、タバコを取り出しつつ口を開くと、デスクに広げられた地図に指を這わせた。

 

「可能性が高いのは地下の方でしょう。まあ、死人がどれだけ弾を使ったかはわかりませんが、ヴラッドが持ち出された弾薬の残りを確認済みです。とはいえ、エコー、フォックストロットの連中だって弾薬を下ろすまもなく皆殺しってことは考えづらい」

「私も同感です。が、まとまった数が補充できるのは弾薬運搬車かと。ヴラッドの報告では、地下施設の火器庫の弾薬はほとんどが持ち出されていたようですから、そのうちどの程度が使用されたかは見当もつきません」

 

 もちろん、弾薬運搬車はすべて降ろされてすっからかん、という可能性もありますが、と付け足したガルシアは、弾薬残数表に目を通すハリソンにむけて、更に言葉を重ねた。

 

「ですが、弾薬運搬車に備品が残っていれば、強力な火器を回収できる可能性があります。とくに、ヴラッドが接敵した“タイラント”のような敵と当たる可能性は今後も否定できません。

 現在、我が小隊の保有する対装甲火器は擲弾銃(グレネードランチャー)が二つ、40ミリの多目的榴弾(HEDP)が合計二〇、榴弾(HE)が四〇、あとは使い捨てランチャーが二つのみです」

「小銃弾薬、爆発物のたぐいも不足しているな」

 

 ハリソンの問いかけに、ガルシアははっきりとうなずいてみせた。

 

「はい。現有火器ではタイラントないしそれに類似する敵と再び接触した場合、対応できずに全滅する可能性が否めない。そうでなくとも、小火器弾薬の残数から見て、このままではここの維持すら怪しくなるでしょう」

「ヴラッドは、どう考える」

 

 二人の会話を聞きつつコーヒーを啜っていたヴラッドは、突然投げられたハリソンからの質問にほんの僅かに片眉を持ち上げた。そのまま熱い液体をゆっくりと舌の上で転がし、ようやく機能が回復し始めた鼻の先を親指でゆっくりと擦る。

 

「地下で発見した保安職員の遺体は、ベストのポーチがまだ膨らんでいるものが多かった。小銃弾だけなら、小隊の弾薬残数を多少回復できる程度は見込めると思います」

 

 自分に向けられた三人の指揮官級の視線を受けつつ、ヴラッドはゆっくりと言葉を選びながら続ける。

 

「また、マイケルの息子の家のガンロッカーには民生品の.223のパッケージがまだいくらか。そっちの分だけでもそれなりの補充は出来ますが、高威力の火器が不足しているのは痛手ですね。曹長は、またタイラントと当たる可能性があると?」

「私はそう考えている。マルコフ軍曹も同様だ。違うか?」

 

 こちらから投げた問いに頷いたガルシアは、そのままマルコフへと目を向ける。それを受け、カップをゆるく揺らしていたマルコフは肩をすくめてみせた。

 

「まあ、否定できないでしょうね。報告が確かなら、アンブレラは気色悪い化け物をこの街に送り込んできている。実地性能評価が目的なら、ご自慢の傑作がそのリストにない理由はないんじゃないですかね」

「私も同様の考えだ。そして再び当たるとき、ヴラッドがしたように首尾よく撃破できるとは思えない」

 

 それに、出くわすのが一体だけとも限らないからなと続けたガルシアの声は、その言葉とは裏腹に断定するような響きをまとっていた。それに気づいたハリソンとマルコフが視線をわずかに動かしてガルシアをみやったが、彼の表情から伺えるものはなにもない。

 

「曹長殿は、どうやら我が社の商品カタログをお持ちらしい」

「何が言いたい、マルコフ軍曹」

 

 はん、と鼻を鳴らしたマルコフに応じたガルシアの鉄面皮は、皮肉程度ではゆらぎもしない。それを見、すぐさまハリソンがやめろと釘を刺す。失礼しましたと居住まいをただしたマルコフが、どう思うよと言いたげにこちらに目配せした。

 

 ちらりとマルコフを見やったハリソンは、咳払いを挟んで口を開いた。

 

「曹長は社の秘密財産に関わる作戦に従事した経験がある。私たちに開示できない情報を保有していることに対して、何ら不信感も疑問もない。そのうえで曹長、君は再び同型、ないし高い耐久力を持つ生物兵器と当たる可能性をどの程度のものと認識している?」

「ありがとうございます、大尉。私見ですが、ほぼ確実であると判断しています。つまり、対装甲火器の補充は急務です。それなくして、我が小隊の生存はありえません」

 

 我々は、ソレと対峙しデータを生むためにここに降ろされたようですからね、と。そう付け足したガルシアは不動の姿勢のまま、会議室に詰める男たちを見回した。

 

 すくなくとも、彼の意見は小隊長たるハリソンの意見と見ていいだろう。二人の態度からすると、事前にすり合わせをしていることは間違いない。

 

「私も同意見だ。よって、最優先は弾薬の確保。これにはガルシア、マルコフの両名をあてる」

「俺は、なにをすれば」

 

 了解と口を揃えて応答するガルシアとマルコフ。それを尻目に、ヴラッドは指名を受けていないことに首を傾げる。

 

「お前には、ラクーン市警察署へと向かってもらいたい。市警の現状は把握しているか?」

「いいえ」

 

 ヴラッドが首を振ると、ハリソンは静かに、この街ではもはやはありふれたものとなった膨大な死の概要を説明し始めた。

 

 

 

 

 

「二七日夜、ラクーン市警の生き残りはストリート掃討作戦を決行。その結果として壊滅したらしい」

 

 二七日、ヴラッドらが地下に潜っている間に、市警察は特殊火器及び戦術部隊(S.W.A.T.)の残存人員をすべて動員し、大通りの感染者掃討作戦に乗り出した。結果は、有効な殺害方法を発見していなかったこと、そして動員人数に対し感染者があまりに多かったことによる壊滅だ。

 

 動員された警官の人数はおよそ四、五〇人。ラクーンの人口が一〇万であるから、この事態が発生する以前の市警察の総数はおそらく三〇〇未満。混乱が発生して数日が経過し、街中が死者で埋まっていることを考えると、まず間違いなく総力をかけての最後の反攻作戦だったはずだが、その結果は惨憺たる有様だったのだろう。

 

 その情報を持ってきたのは本隊とはぐれ市警察と行動をともにしていたアルファ、ブラボー小隊の生き残りだったそうだが、彼らがマルコフの捜索班に救助される頃には、掃討部隊の殆どはストリートで死人のごちそうになっていたわけだ。

 

 回収されたアルファ、ブラボーの人員によれば、隊列が崩され混戦となった段階で撤退が決定され、生存者は警察署へと逃げ出したそうだが、果たしてそのうち何人が生き残ったのだろうか。

 

 それ以後、ラクーン市警の動向は不明であり、どの程度の戦力を残しているかも同様だった。しかし掃討作戦開始前の段階で市警は多くの生存者を抱えており、ひどい混乱状態ではあったもののかろうじて組織力を残していたとの報告から、現状調査の必要ありというのが、ハリソンとガルシアの下した判断だ。

 

「それで、警察署に生き残りがいると思うか?」

「掃討作戦の段階で感染者に対する有効な対処法を知らなかったとすると、あまり期待はできない。俺はそう考えている」

 

 中折式のHK69A1擲弾銃(グレネードランチャー)と、それに用いる弾薬を詰め込んだバンダリアを装備デスクへと投げ出したヴラッドはマディソンの問いに応えた。

 

 二つのバンダリアに収まっている弾薬は、多目的榴弾(HEDP)が一〇発、榴弾(HE)が二〇発。これらはノーマッドの保有する最大火力であり、無線手の任を解かれて擲弾手に任命されたフレデリックの装備品になる。彼の無線機は小隊本部の備品として、ハリソンが詰める指揮所に据えられることとなったからだ。

 

 フレデリックは確かに小隊無線担当ではあったが、彼でなければ無線を使えないというわけではない。現在、小隊本部人員はハリソンとわずか数名のみの小さな所帯であり、人員入れ替えをしてまで担当者を置く理由はないというのがハリソンの判断だった。

 

「生き残りの有無よりは、防衛拠点として使えるかの偵察が目的だ。もちろん、生存者がいれば保護する」

「偵察にしては大仰な装備だと思うが」

 

 デスクから擲弾銃を拾い上げたフレデリックが、ラッチを外して薬室を覗き込みながら言った。HK69A1は中折式単発擲弾銃で、射撃のたびに薬室一体型のバレルを前に折り、カートリッジを入れ替える必要がある。当然連射は効かないが、そのぶん炸薬の威力は小銃とは比べ物にならない。

 

「タイラント、ないしそれに類似するB.O.Wと再び接触する可能性が高いと判断された。出会ったときに、豆鉄砲一本でやりあうのはごめんだからな」

多目的榴弾(HEDP)で抜けるかね、あの化け物」

 

 マディはどう思う、とフレデリックが問いを投げた。マディソンは再分配された爆薬を必要サイズに分け、信管と起爆装置の確認をしながら肩をすくめる。

 

「サイズは小さいが、ライナーが入ってるからな。貫徹力だけでいえば、あの手製特攻兵器よかマシだろ」

 

 爆発物の専門家の返答は淡々としていた。

 

 タイラント――T-103S(サブジェクト)の撃破に用いた即席の爆雷槍は、炸薬量こそ40mm多目的榴弾(HEDP)を上回るが、円柱状の炸薬の片面を漏斗状にへこませた炸薬そのものはむき出しの無加工だった。

 

 ロケットランチャーにしろ無反動砲にしろ、モンロー/ノイマン効果を用いる対装甲用途の化学エネルギー弾頭というのは、標的に接触する漏斗面の内側に金属の内張り(ライナー)が仕込まれているものだ。

 

 砲弾底面――すなわち、弾頭先端からして標的の反対側――で発生した信管の起爆により円柱状の炸薬が燃焼、爆発の生み出す超音速の衝撃波がライナーにユゴニオ弾性限界をもたらす。どのような固体であれ、それぞれに定められた圧力限界を超えると塑性変形が生じ、あたかも液体であるかのように振る舞う領域がある。それを数値化したものがユゴニオ弾性限界である。

 

 圧力を受けたライナーが爆轟に導かれて液状化、メタルジェットと化したそれを装甲面へ叩きつけ、標的装甲に超高圧を加えることで攻撃目標の装甲の弾性限界を突破し、ライナーと同じように装甲の液状化をもって貫徹するのが対戦車成形炸薬弾のざっくりとした貫徹原理だ。

 

 サブジェクトへ用いた爆雷槍はモンロー効果をもたらす成形炸薬(シェイプドチャージ)ではあったが、ライナーが存在しなかった。もちろん成形炸薬のみでも爆発物の貫徹力は向上するが、ライナーを用いてノイマン効果を生み出すことでその貫徹力はより強力なものとなる。

 

 炸薬量と直径が貫徹力に大きく影響する化学エネルギー弾であるが、炸薬量任せの手製爆雷槍よりはライナーのある40mm多目的榴弾のほうがまだ効果はある。マディソンはそう言っているのだ。

 

「ま、そうでなくても遠くから撃てるだけマシ、か」

「そりゃそうだ。隊長サマがわざわざ殴り合いをしないですむ」

 

 フレデリックのつぶやきにクラヴィスがかぶせた。彼はボルトを取り外したライフルの銃身と減音器(サプレッサー)の清掃をしている。汚れの染み付いたクリーニングロッドの布を引っ剥がし、新しいものに取り替えながら肩をすくめた。

 

 ヴラッドはそれを尻目に、デスクに広げた地図へ指を這わせた。現在地点から目標である警察署までの距離を見、捜索班が記入した道路封鎖箇所を避けつつ、比較的ラクに到達できるルートを勘案する。

 

 現状、ことはうまく運んでいる。無事に“カナリア(アリッサ)”を救出することにも成功し、本部との連絡も完了している。か細いものではあるが、本部からの一方通信を受ける手立てもある。

 

 それになにより、小隊の長であるハリソン、――そして内心の実情はともあれ――ガルシアも中隊本部、ひいてはアンブレラそのものに対して懐疑的と言っていい。ガルシアは未知数ではあるが、リアリストでありベテランの傭兵である彼が、素直にアンブレラを信奉し、彼らに跪いているとは考えづらい。

 

 現状、味方には程遠いが、しかし敵と断じて相手をする局面ではない。向こうは何らかの意図で手札をちらつかせているが、アンブレラに頭を垂れる人間であるならば不要な行為だからだ。

 

 もちろん、世の中には意味もなく、同時に自分でもそうと気づかずに手札を見せてくる人間が一定数いるが、そういう馬鹿は銃の世界ではあの歳まで生き残れない。

 

 つまるところ、概ねにおいてこちらに有利。副次案を含めて三つの経路を拾い上げ、それらの概略図と目印となる街区番号を防水紙に書き込みながら、しかし、とヴラッドはため息をこぼす。

 

 順調にすぎる。その一点がかえって気にかかる。

 

 無論、物事の殆どが計画通りに進んだ経験がないわけではない。戦場というのは混沌そのものが吹きすさぶ荒天と言って差し支えないが、それでもときたま、事前に立てた筋道のとおりに推移し、何事もなく終わる事はある。

 

 しかし、ヴラッドはことの最中にそれを信じるほど無垢でも愚かでもなかった。結果としてそのとおりに終わるのならばよし。しかし、疑いなくそれを信じ込み、あとで足元を掬われたのでは話にならない。それは育成に巨額を投じられた戦士にあるまじき、怠惰と無能の証明にほかならないからだ。

 

 アンブレラはまず間違いなくネズミをあぶり出そうとしているはずだ。この状況で、市外に展開する中隊本部と会社が何を企み、どう出てくるかは自分の手の及ぶ範囲の外であるからして後回しにするとしても、身の回りに何が潜んでいるかはわかったものではない。

 

 そして、それは可能性ではなく事実であるとヴラッドは考えていた。かも知れない、ではなく、間違いなく潜んでいる。そういう会社であることを彼は知っていた。過去に部隊から数人ほどひっそりと人が消えた経験がそれを裏付けている。消された先人たちがどこの誰かは知らないが。

 

 ともかくも、それを無視し、楽観に身を浸して突き進むのは彼の趣味ではなかった。意気揚々と歩んだ先で、気づいた頃には首に縄が回っていたのでは話にならない。そんな間抜けは御免こうむる。

 

 ぐるぐるとめぐる思考を断ち切ったのは、マディソンのけだるげな声だった。

 

「で、俺ら以外には誰が出るんだ」

「マルコフとガルシアがそれぞれ班を率いて弾薬回収に向かう」

 

 ヴラッドがそう返すと、マディソンはわずかに眉をひそめた。無理もない。指揮官クラスの殆どが出払うことになるのだ。それが率いる人員を考えると、この拠点の防衛人数は最低限度になる。

 

「どうするんだ、ここの守り。それに、アリッサの警護は」

「ここの防衛は拾ってきた市警官と、元保安官を他小隊の生き残りに預けて実施すると。アリッサは小隊長のそばにつかせる。アルヴィンもいるしな」

 

 俺が口を出せることじゃないからな、とヴラッドは言ってから、整備を終えたライフルを組み上げたマディソンを見た。

 

「気になるか、アリッサのこと」

「そりゃ、この状況でアンブレラ研究員の生き残りだぜ。むしろお前が気にしなさすぎ」

「確かに言えてるな。市民様がどういう目で見てるかはわかったもんじゃない」

 

 逆に怪訝な眼差しをこちらへ向けるマディソンに、クラヴィスが続いた。

 

 周囲の部下の視線が自分に集まる。ヴラッドはそれを受け、ややあってから口を開く。

 

「何が言いたい」

「いや、お前が一番アリッサと仲がいいだろう」

 

 マディソンは半ば呆れたような顔をして言った。

 

「そうか? 向こうに気を許してもらったとは思えんが」

「ああ、うん。まあそりゃそうかもしれんが……」

「マディ、やめとけよ。お前と違ってそいつは唐変木だ」

 

 どう説明したものかと顎に手をやるマディソンに、クラヴィスが押しかぶせた。からかうような響きにヴラッドが僅かに片眉を持ち上げると、クラヴィスはこちらに肩をすくめてみせる。が、そのふざけた態度も、ヴラッドが更に口を開くまでのことだった。

 

「俺よかジョエルのほうだろう。まあ衛生兵と研究員じゃ畑は違うが、お互いそのへん話は合うようだし。最初はどうなるかと思ったが、案外馴染んだようで何より」

 

 今だって二人で医療物資の確認と容態観察中だろ、とヴラッドが親指で上階を示す。上階では今頃二人が作業にあたっているはずだ。

 

 それを受け、今度こそクラヴィスの顔から表情が消え失せた。数秒の沈黙の後、ため息とともに頭を振って抱えたライフルの整備に戻る。

 

「なんだ?」

「突っ込んでやるなよ。お前が悪い」

 

 不可思議なクラヴィスの反応にヴラッドが首を傾げると、げんなりした顔でマディソンが応じた。これ以上は勘弁しろと、ひらりと手を振って彼は話題を打ち切る。

 

 ヴラッドは呆れ果てた様子の二人とそれを尻目に苦笑しているフレデリックをしばらく見つめていたが、どうにも文脈を丁寧に説明する気は無いらしいと理解すると、疑問を飲み込んで自分のライフルを手にした。

 

 サブジェクト戦でちぎれたスリングは、アリッサが切断面を縫い合わせてどうにか使えるように戻してくれていた。動作部分を操作し、使用に問題がないことを確かめてデスクに戻す。

 

「ヴラッド」

 

 背後から声がかかったのは、装備の散らかるデスクに広げたS.O.Eベストの弾倉を確かめ終えたときのことだった。

 

 振り向くと、野戦服の袖をたくし上げてバインダーを手にしたマルコフが立っている。

 

「美人の研究員サマがお呼びだ」

「要件は」

「俺に聞くなよ。あのネーサンに一番気に入られてるのはお前さんだろう」

「お前までそんなことを」

 

 一体何の話だとマルコフが眉根を寄せた。

 

「気にするなよマルコフ。そいつがニブチンだって話をさっきしてたところだ」

「あぁ? ……あー、そうか。まあいい。とりあえず、俺は伝達したぞ」

 

 早くいけよと、マディソンの横やりで勝手に何かを得心したらしいマルコフはぞんざいに親指で上階を示す。そのまま、彼はこちらが口を開く前に自分の班員のもとへと歩き去った。

 

「俺がなにかしたか?」

「いんや。ただ、ただの友情や親愛程度の情でも、機微を理解できないのは問題だって話だな」

 

 でなきゃ膝貸そうかなんて言いやしねえよと、マディソンは鼻を鳴らして顎で階段を示す。さっさと行ってこいと言いたげなその態度に、ヴラッドはため息を一つこぼして階段へ向かった。

 

「軍曹」

「アリッサからの呼び出しなら把握しています」

 

 階段で鉢合わせするなり、ガルシアが口を開いた。上階から降りてきた曹長は、ヴラッドの返答に何の話だと言いたげに目を眇めたが、それだけだった。

 

「いや、違う。出撃前に、ダニエルたちの様子を見てやれ」

「わかりました。曹長は、もう見に行かれましたか」

「顔を出していないのはお前くらいだ。忙しいのはわかるが、部下の様子を見るのは指揮官の責務の一つだ。忘れるなよ」

 

 それだけ言うと、彼は無言ですれ違って隊員フロアへと降りていく。その背中に僅かな緊張感を見たヴラッドは、この状況で副長として部隊を支える男の苦労に思いを馳せた。

 

 部下がいつ発症して食人鬼になるかもわからない環境。自分ならそんな状況で副長など務めたくはない。指揮官は部隊の方針をしめし、その行く先を示すが、部内の調整は下士官のウェイトが重い。その下士官の長ともなれば、苦労は一分隊長である自分やマルコフの比ではない。

 

 その中で、自分にこうして声をかける気配りに敬意を抱きつつ、ヴラッドは指揮所フロアへと足を向けた。

 

 

 

 




感想、評価等お待ちしています。
栄養分ですのでもらえると喜んで続きを書きます。
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