死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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一話に収めようとしたけど無理だったので二分割。
次の話、もうしばらくお待ち下さい。


Interval3
Spearhead


 視界一面を覆う闇が真横に切り裂かれ、光が漏れ出た。

 

 少なくとも、暗視装置を跳ね上げたイーサンにはそのように感じられた。網膜にいきなり飛び込んできた眩しさに目を眇め、イーサンはわずかに持ち上げたマンホールをそっとずらす。

 

 じゃり、とコンクリートと厚い鉄が擦れる音。それにすら神経をとがらせ、数センチ分の隙間を用意すると、イーサンは自分の姿勢を支える装具を確認した。

 

 移動経路に利用している地下の鉄道運搬路。その壁面に設置されたハシゴの頂上にイーサンはいた。両足はステップをしっかりと踏みしめ、ベルトから伸びた墜落防止ランヤードは胸の前のステップに引っ掛けてある。

 

 両足とランヤードの三点支持。姿勢を安定させるに足りる支点に身を委ね、イーサンは口に咥えた点検棒を手に取った。本来は目視できない設備の裏面や、車の底面部を確認するためのそれだが、その特性は用途外でも重用される。

 

 まさに今がそれだった。わざわざマンホールの上へ身を持ち上げるまでもなく、外界の状況を精査できる。似たようなものは戦闘前哨(COP)に始まる軍施設/拠点においても使用されていた。受け入れ車両の仕掛け爆弾捜索がまさにその一つだ。

 

 イーサンは鏡面部を静かに隙間から突き出すと、ゆっくりと角度を変え、外の状況をミラー越しに確かめた。地下を移動し、予定地点にたどり着くたびにマンホールの隙間から点検鏡で外を偵察する作業は、今日すでに何度目だったか。

 

 ラクーン市街地下に張り巡らされた地下経路――下水道や鉄道路線――を移動し、目標地点に通じる地点から外界の偵察を行い、安全と判断できた地点を侵入点とするのが今回の移動に関する規定だった。イーサンがいまここで幾度目かの安全確認を行っているのは、ひとえにここまでの全ての候補地が危険()だったからにほかならない。

 

 地上を確認するたびに、連鎖する活性死者が放つ飢餓の呻きや、得体のしれない化け物の軋るような叫びが連鎖しているのだから、たまったものではない。そのお陰で、イーサンらタスクフォース・トライデントの作戦行程にはすでに大幅な遅れが生じていた。

 

 ここに来るまでに放棄した予定地点は幾つだったか。イーサンは数えた、五箇所だ。そのいずれも、通用口を開けた段階で死者の気配があった。押しのけられる数だと判断した場合でも、出て間もなく壁と言わず天井と言わず跳ね回るビックリおばけカエル(ジャンプスケアリーフロッグ)トカゲ人間()、あるいは顔面ハエ男()の手厚い歓迎を受けている。

 

 それに比べて――。

 

「静かなもんだ」

 

 イーサンはささやくように、吐息に乗せてそう呟いた。

 

 点検鏡の角度を細々(こまごま)と変えて、周囲一面を余すことなく確かめるまでもなく、気配がない。活性死者の長く伸びた悲しげなコーラスはどこからともなく染み出しているが、掠れたその声は互いを隔てる距離を教えていた。

 

 マンホールの上は、どうやら何らかの施設の屋内のようだった。コンクリートむき出しの天井は高く、周囲は頑丈な柱と壁に囲まれている。その空間そのものの広さは、鏡越しに見る限りバスケットコートが余裕ですっぽりと入る程度はあるように思えた。

 

 その広々とした空間の中に敵らしい姿がないことをあらかた確かめた後も、イーサンは気を抜かなかった。一度、安全とみなして地表に出た瞬間、建物のひさしの影からビックリおばけカエル(ジャンプスケアリーフロッグ)が飛び出してきた経験を忘れていない。

 

 今のところ、それらとの戦闘による死傷者は発生していない。それはイーサン等の練度を鑑みれば当然のことであったが、戦闘の音を聞きつけて群がってくる化け物を押しのけて移動するのは現実的ではなかった。

 

 手持ちの弾薬は十全とは言えず、また小隊規模の部隊で、総数不明の敵との乱戦から離隔するというのは難易度が高すぎる。そして彼らには明確な目的が付与されていた。それらをいちいちまともに相手していたら、時間と弾薬が湯水のように湧き出ない限り任務達成など夢のまた夢だ。

 

 もちろん、時間は無限ではない。とくに今回の任務は、遅延が続けば命に直結する事態が待ち受けている。

 

 ラクーン市全域への核兵器による滅菌作戦は、現在進行系でその実施準備が行われている。タスクフォース・トライデントが出撃前に受け取った最終情報では、滅菌作戦は一〇月一日の早朝を予定しているとのことだった。具体的な時刻は不明だが、航海薄明時刻(BNMT)に差し掛かる前だろうと、統合特殊作戦司令部(JSOC)の中将が語ったのを覚えている。

 

 時刻に直せば、午前六時半前にこの街は地図から消滅する予定ということになる。

 

 現在時刻は二九日の二二三〇(22:30)時過ぎ。滅菌作戦の実施まで、事前情報通りなら三〇時間と少しだ。そして彼らは侵入からすでに八時間を経過している。

 

 移動だけで八時間。しかもいまだ、彼らは目標であるG生物の研究施設を発見していない。頭の痛い状況だった。G生物研究施設を発見し、サンプルと研究データを奪取する行程にすらまだ手が届かず、それどころか、それとは別にヴラッド・ホーキンスの回収任務が残されている。

 

 ほとんど不可能に近い時程だった。少なくとも、G生物研究施設の詳細な情報がない以上、捜索と回収は切り捨てなければ生還それそのものが難しくなる。

 

 もちろん、施設の捜索と情報収集を命じた男たちも、なにもイーサンらタスクフォース人員を死なせるために命じたわけではない。作戦が立案された段階ではまだ、ラクーン市に対する滅菌作戦は計画されていなかったのだ。

 

 とはいえ、その滅菌作戦の予定刻限が設定され、その未来の爆心地に送り込まれる側としては心中穏やかではない。唯一救いと言い得る物があるとするならば、第一目標の達成が困難と判断される場合はその放棄がJSOC司令(中将)自らの口で認可されていることだった。

 

 なんにせよ、イーサンは焦れていた。どうあっても、残り時間で不明な施設の特定など不可能だと考えている。とはいえ、その焦りを索敵ににじませるほど彼は青くなかった。不安要素を確実に潰し、鏡面が届ける外の景色からは拾えない脅威兆候――すなわち、音や臭気――を十分に吟味すると、彼は判断を下した。

 

 点検棒をたたむと、彼は腰のベルトにくくりつけたサイリウムを一本握り込んだ。そのままへし折り、ベルトとサイリウムをつなぐチェーンから強引に引きちぎって下へ落とす。

 

 グリーンの蛍光色は安全を示す視覚合図だ。イーサンはそれを見送ると、後続の準備を始めた足元の同僚等をよそに、マンホールを静かに、しかし素早く横へと押しのけた。

 

 点検棒の代わりに腰から引き抜いた.四五口径拳銃を外へ突き出し、肩まで身体を露出させると周囲へ銃口を巡らせる。高い天井を支える梁の影にも、だだっ広いそこに放置された車両の影や柱の裏にも、怪しい影はない。

 

 イーサンはそのままステップに引っ掛けたランヤードを外すと、油断なく銃口を巡らせ身体をマンホールの外へ持ち上げた。死者の呻きは相変わらずどこからか染み込んでいるが、距離は遠い。そして、注意を払ってなお消しきれない装具の音を聞きつけて襲いかかってくる化け物もいない。

 

 大柄の体躯に――それも装具で着ぶくれしている――似合わないしなやかな身のこなしで地上に出たイーサンは、背中に回していたカービンを掴んだ。拳銃を腰に収めてカービンに持ち替える間に、先遣を命じられた相方がマンホールから這いずり出ている。

 

「敵は」

「見えんね」

「了解」

 

 短い会話の間にも、更に二名の隊員が地上へと姿を表した。彼らはそれぞれカービンを手にし、四名でマンホールを囲んで全周警戒を構築すると、マンホール周囲の安全確保に取り掛かった。

 

 とはいっても、周囲を目視し、こちらの気配に引き寄せられる敵性存在がいないことがわかれば十分だ。先遣の四名の中で最も年かさの下士官が安全であると判断したらしく、マンホールの中にライトを数度照射する。

 

 地下へ通じる風穴から、かすかな人の気配が滲み出した。地下で待機していた本隊が合流のために動き出したのだ。イーサンはそれを感じ取ると、最初に上がってきた相方に目配せした。

 

 地上に一個小隊を丸っと出すのであれば、もう少し広い範囲を安全化しおくに越したことはない。本隊に合図を出した下士官がその動きを感じ取り、小さく顎をしゃくって安全化を促した。

 

 イーサンは、広い屋内を見回し、死者の声のする方へ足を向けた。

 

 むき出しのコンクリートに梁鋼と照明がぶら下がる無味乾燥な天井。それに似つかわしく重厚感だけが強調されたドアの並ぶ壁面から、低い呻きが響いていた。

 

 金属製の両開き扉は、人の身長よりもよほど高い。番号が割り振られたそれらの幾つかは開放されたままで、イーサンは相方とともにカービンを構えたまま接近すると、その向こうを覗き込んだ。

 

 金属扉の向こうでは、橙色がかった照明の下に色とりどりのゴミの山々が連なり、その上を活性死者が跋扈している。眼下十数メートル、深々と掘られたそこは、常世の足元遥かに埋められた地獄のミニチュアのようだった。

 

 しかし、当然ながらそこに宗教的な色はない。撹拌された雑多なごみの山のまとまりのない色彩は、聖邪を問わず神秘の対極にあるからだ。おそらくは、搬入されたゴミを一時的に貯留するピットなのだろうそこには、単に口語的で曖昧な悲惨さを示す概念としての“地獄”が封じ込められている。

 

 しかしそれでも、そこが地獄であることに変わりはない。

 

 施設の制服姿の人間の他に、逃げ込んできた民間人らしいぼろぼろの人影を複数認めたイーサンは、ゴミ山の大穴を彷徨う彼らから目を背けた。暗い腹腔をさらけ出し、引き裂けた喉を波打たせ、今にも引きちぎれそうな腕を彷徨わせる彼らから。

 

 市街はおそらく、こんなものでは済まないのだろう。思考の端に潜り込んできたその考えを呼吸一つで吐き捨て、イーサンはカービンを抱えたまま金属扉を離れると、屋内をぐるりと一周した。

 

 敵はいない。少なくとも、直ちに脅威にさらされることはない。そう判断して戻る頃には、地下にいた隊員と背負ってきたガラクタを含む装具の引き上げはすでに終わっていた。

 

 イーサンと相方の背嚢は、閉鎖したマンホールの隣に膝をつき、無線と地図を睨める指揮官の隣に置かれている。

 

「現在位置は廃棄物処理場だ」

 

 イーサンはカービンを下ろし、全周警戒する同僚等の横を通り抜けると、無線のハンドマイクを耳に当てたドナヒュー(サンタ)に言った。隣で地図を広げていた海軍チームのリーダーであるエリクソンは、それを聞くと指先を廃棄物処理施設に這わせる。

 

 地図に添えられた自己位置標定装置(GPS)を見るに、現在位置の取得に苦労しているらしい。屋内ではGPSの電波受信がうまくいかないのはよくある話だ。ましてここは鉄筋コンクリートの建造物だった。

 

「間違いないか」

 

 エリクソンが問うた。イーサンは頷き、背後の金属扉を親指で示してやる。

 

「ゴミの山だ。間違いない」

「そうか。分かった」

 

 地図ペンを走らせ、現在位置である廃棄物処理施設にバツ印を書き込んだエリクソンが頷く。それを受け、ドナヒューは無線の交信先に現在位置の伝達を始めた。彼は腕時計を確認し、メモに伝達された情報を書きまとめる。ほんの僅かにしかめられた横顔が、残された時間の少なさを物語っていた。

 

 イーサンは自分のバックパックには手をかけず、腰にくくりつけた雑嚢から水筒を取り出し、一口だけ口に含んだ。彼の背負う荷物は個人装具と無線だった。そしてその無線は今、ドナヒューが使用中だ。

 

「第一目標はキャンセルだ」

 

 しばらくの無線交信ののち、背負式無線機(マンパック・ラジオ)のラックにハンドマイクを戻したドナヒューが言った。彼は背負子にくくりつけられた無線をイーサンに突っ返すと、腕時計に視線を向け、たっぷりと蓄えられたあごひげを苛立たしげになでた。

 

「時間が足らない。いまから不明の施設捜索、検索、回収は間に合わない。第二目標に注力する」

 

 短く説明する口調は、自分自身を納得させるためのものだろう。それがどんな任務であれ、計画の不備と他所のしわ寄せで作戦が中止になるのは気分の良いものではない。

 

 それを耳にしたエリクソンも、イーサンも、そして他の隊員等もそれは同じだった。とはいえ、それを態度に出す人間は居ない。それをドナヒューへ向けるのはお門違いだ。それどころか、作戦を認可した統合特殊戦司令部(JSOC)の人間にすら責任はない。

 

 どこかのお偉方が核滅菌を計画していることが全ての問題の端緒だと、ここにいる人員はひとり残らず理解していた。作戦における面倒は、大概の場合背広を着こなす文官連中が持ってくるものだ。

 

「小休止の後、保護対象“ヴラッド・ホーキンス”との合流を図る。彼らの現在位置はJSOCが偵察機で補足している。近隣まで移動し、回収のための偵察を行う」

エリクソンが異議のないことを確かめると、静かな声でそう告げた。イーサンは返却された無線機を背負い、カービンを抱え上げた。

「また二時間ほど前に、市内の時計塔で所属不明機が墜落した。詳細は不明だが、偵察機が捉えた映像から、携行対空ミサイル(MANPADS)によるものだと推測される。事前に報告を受けているアンブレラの傭兵以外の武装集団が現地入りしている可能性がある。接触の場合、排除しろ」

 

 以上だ、とエリクソンが切り上げた。各員が了解の代わりに沈黙を投げる中、イーサンは腕時計に視線を落とした。特別の指定がない限り小休止は五分と定められていた。

 

 小休止の使い道は、水分補給と装具の確認だ。自身の防弾装具の緩み、無線をくくりつけた背嚢(バックパック)の調整を行おうとしたとき、イーサンの背負う無線が音を立てた。

 

 イーサンは半ば反射的に手を回し、受話器型のハンドマイクを手にした。片手で無線の音量ノブを上げ方向へ捻る。

 

『スピアヘッド、こちら戦術作戦司令室(TOC)。報告する。現在所属不明機がそちらの現在地上空へ急行中。送れ』

「TOC、スピアヘッド。不明機の詳細分かるか。送れ」

 

 イーサンは送信ボタンを押し込んで答えた。その間に、ドナヒューが部隊に指示を出している。命令は簡潔だった。全周警戒、接触に留意。

 

『スピアヘッド、TOC。不明だ。こちらに通過通告はなかった。米軍機ではない。またこちらの通信後に進路を変更したことを確認している。何らかの形で情報が漏れたものと思われる。現在の回線を破棄、変更はプロトコルに従え。了解か送れ』

「スピアヘッド、了解」

交信終わり(アウト)

 

 無線を切り上げる間に、遠くからヘリのローター音が接近しつつある。休憩を即時に切り上げた隊員等は、すでに周囲の警戒と移動、そして敵性との接触に備えていた。

 

「ここで囲まれたらひとたまりもないぞ」

 

 エリクソンが言った。歩兵をヘリから投下してくる可能性を考えているのだ。それはイーサンも抱えた懸念だった。車両搬入プラットフォームはだだっ広く、弾丸と爆発物に対する掩蔽となるような物は少ない。

 

 取り囲まれれば生き残るだけで一苦労だ。そしてヘリが急行しているということは、敵性集団――アンブレラの私兵――が回転翼機による兵員降下(ヘリボーン)を行う可能性が高い。

 

「移動する。ジェット、ヒギンズ、先導しろ。経路は任せるが、副次目標の拠点へ向かう」

 

 ドナヒューが指先で指名した二名は無言で頷くと、直ちに移動を開始した。緊急時の退避や移動は指揮官の命令がない限り、先動員に任されることとなっていた。先導に指名された二人が立ち上がり、部隊は直ちに移動を開始した。

 

 進路は車両プラットフォームから施設内へ通じると思われるドアが選ばれたようだった。プラットフォームの車両ゲートは開放されていたが、その向こうは外だ。ヘリが敵性である場合、こちらの移動経路を把握されるし、機載機銃があれば良い的になる。

 

 移動経路に屋内を選択するのは当然のことだった。もちろん、進路が塞がれている可能性はあったが、大概の障害物は手持ちの資機材でどうとでもなる。

 

 職員通用口と書かれたドアを先導が開け、中へ飛び込んでいく。発砲音に続く安全化の声を聞きながら戸口を潜ろうとしたとき、ヘリの羽音が頭上へ覆いかぶさった。

 

 天井構造物越しに、ヘリのローター音がそのピッチを変えた。回転数が変化しているのだ。やがてそれが一定になり、音源自体の移動がなくなると、イーサンは不明機が頭上でホバリングしていることに気づいた。

 

「兵員降下の可能性がある」

 

 誰かが言った。わかりきった話だったが、笑う者はいなかった。あたり前のことを共有するのも必要な時がある。そして敵が兵員を降下させ始めたのなら、離隔できていないこの状況では接触の可能性がある。

 

 イーサンは眼の前を走る同僚の背中にくくりつけられた、電磁的投射火器の部品を見て思わず鼻を鳴らした。この重しがなければ部隊の機動力と火力はもう少し向上できたはずだ。そうすれば不安要素も減る。

 

 その時だった。ズン、と足元から衝撃が走った。一つ、二つ、三つ。都合五つ。それはたっぷりの爆発物が炸裂したときの地揺れに似ていたが、構造物そのものは振動していない。

 

 地面に大質量の物体が落下したときのそれ。

 

 イーサンはそう判断した。一瞬、ヘリが墜落したかと思ったが、ローター音は相変わらず頭上で取り澄ましたホバリングの音を振りまいているらしい。

 

 不可解だったが、移動する足を止めることはしない。もしかすると、ハードケースに詰め込んだ作戦機材をヘリから投下したのかもしれない。どちらにせよここを離れるのが先決だ。

 

 それは部隊員全員が認識していることだった。先導二名は足を止めず、職員通路から施設の備品保管庫兼車庫らしい空間を抜け、大きな両開きの扉の先へと踏み込んでいる。

 

 そこは最初に出た搬入プラットフォームと投入ピットとよく似た、しかし性格の違う空間だった。高い天井も頑丈な梁や柱もほとんどプラットフォームと代わり映えしないが、頭上には人を数人は載せられるだろうクレーンが水銀灯に囲まれるようにして吊るされている。

 

 なにかしら――おそらくはそれ以上処理しきれない焼却灰など――を埋伏地へ搬出するためのものだろう。数年前、老朽化し解体される予定のごみ処理施設を一時的に借り上げて訓練を行った時、イーサンは似たような空間の制圧に手間取った記憶があった。

 

 搬入途中で業務が中断されたのか、天蓋を開けたコンテナ車が二台、搬出ヤードの中央部に放置されている。

 

「何だ、おい」

 

 それを尻目に先導の後を追おうとした時、どこか遠くから何かが崩れるような崩壊音が、振動を伴って運ばれてきた。音源はくぐもっていて方向が判然としないが、それは一つ二つではない。

 

「囲まれてる。クソ、何が起こってる」

「全員戦闘用意。おい、ガラクタを組み上げろ」

 

 エリクソンが罵り、ドナヒューが静かに命じた。何人かが真意を汲みかね、怪訝な眼差しを向けたが、イーサンは瞬時に意味を理解した。同じようにドナヒューの意図するところに思い至った隊員等が、即座に背負った“魔剣”の部品を下ろし始める。

 

「対B.O.W戦闘用意だ。魔剣は部屋の隅に設置しろ。左右射界を取れる位置だ」

「移動すべきじゃないのか」

「時間がない。移動中の無防備なところを得体の知れん化け物に襲われたいか」

 

 海軍隊員の問いに、ドナヒューはニコリともせず答えた。それを受けた海軍隊員はといえば、それもそうかと納得した顔で背負った火器を下ろし、包むように固定された分厚いキャンバス地のカバーを外す。

 

 中から現れたのは大柄の――というより、人が扱うにはいささか大きすぎるライフルだった。

 

 そしてそれに装填されているのは、その見た目にふさわしい弾丸だ。いや、弾丸という表現は正確ではない。二五ミリ径の弾頭はもはや砲弾の領域だ。

 

 XM109と銘打たれた、試験段階の空中炸裂榴弾(エアバースト)ライフルだった。バレット社製の五〇口径モデルをよりずんぐりとさせたような、骨太の見た目にふさわしい弾薬を用いるそれは、軽装甲車両を破壊するために開発された火器だ。

 

 本来ならば炸薬を詰めた弾薬しか存在しないそれには、同じく試験段階の低速硬芯徹甲弾が五発装填されていた。

 

 よく手入れされ、接近戦に備えて当倍率のドットサイト以外を備えていないそれは、技術士官から押し付けられた“パラケルススの魔剣”を信用できなかったタスクフォースのために用意された対G生物用火器だ。

 

 トラディショナルな火器の、それも大口径火器特有のマッシブなフォルムは見るからに凶悪な破壊力を秘めていることを示す。

 

 それに比べて、と。イーサンはため息をこぼしつつ、油断なく周囲を見回していた目を組み立てが開始された試作兵器に向けた。

 

 部品を細部に分割された、いかにもSF映画の架空兵器じみたそれは、人の背丈ほどはあるだろう砲身部を機関部――技術者曰く、加速器らしい――に接続されたところだった。機関部はすでに台座となる三脚部に接続されていて、三脚はその足の先端をアンカーでアスファルトの床に叩き込んで固定されている。

 

 すなわち、この兵器、“パラケルススの魔剣”は移動不能の固定兵器だった。手持ちの自由さの対局にあるのは、作用反作用の法則に従いとんでもない反動が発生するからだそうだが、イーサンからすればその時点で論外と言っていい。

 

 彼らは未知の空間に乗り込み、脅威と正対する部隊だ。移動できない兵器に価値はない。

 

 バッテリーが繋がれ、“パラケルススの魔剣”は射撃準備を整えつつあった。機関部に長い釘のような弾頭が押し込まれ、射手に選抜された隊員が悪態をつきながら機関部横の液晶モニターを睨みつけている。

 

「近づいてきてるぞ」

「方位は」

「わからん。四方から聞こえるように思えるが」

 

 その間にも、部隊は防御の体制を取りつつあった。とはいえ、特別な準備があるわけではない。B.O.Wなる未知の存在を前に、地形地物の利用も何も無いだだっ広い屋内でそれを迎え撃とうというのだ。

 

 選抜射手が肩からスリングで下げたXM109を腰の高さに構え、そのハンドルを勢いよく引ききって薬室に無炸薬徹甲弾を送り込む。

 

 しかし、先程から近づきつつある破砕音と衝撃はその硬質な金属の摩擦音をほとんどかき消していた。

 

 いまや、音はイーサン等を取り囲むように響き渡っている。

 

 本能が警告していた。これはこれ以上ないほどまずい状況だと。しかし、それを飲み込む間もなく、彼らの真上で振動を伴う破砕音が響いた。

 

 イーサンの頭上でまばゆいばかりに輝いていた水銀灯がかき消える。

 

 代わりに降り注いだ大小様々な破片の意味を考えることだけはしなかった。

 

 それが戦闘開始の合図だと、彼は過たず理解していたからだ。

 




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