死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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 書き上がりました。
 納得いかないところもあるけど、普段それでうだうだ悩んで数ヶ月開くのでそれよりは公開したほうが良かろうということで投げます。
 
 というわけで後日微調整入るかもしれませんが許してください。

 なお初見の方向けの説明ですが、妻を追いかけ娘を探すイーサンと本編のイーサンは全く関係ない別人です。


Destruction

 粉塵から拳大、そして人の頭ほどもある破片まで。破砕音から間を置かず襲いかかったそれらは、降りしきる雨のような無遠慮さだったが、破砕物の質量が生み出す威力はその比ではない。

 

 そして当然、それをまともに受けるほどイーサンは間抜けではなかった。

 

 それは周囲の戦闘員らも同じだ。破砕音から間を置かず、頭上で何が発生したかに頓着することなく、全周警戒の陣形を解いて散開している。

 

 しかし、破砕音からわずかに間を置き、先程まで部隊が集結していた空間に落下した――いや、着地した物体を前に、その事実を誇るだけの余裕はない。

 

 砕け散った建材が粉塵となって立ち込める中、それは片膝と拳を地面へ突き立てていた。足元に深々と刻まれたコンクリート床面のひび割れを見るまでもなく、膝立ちでうずくまるそれの、成人男性の身長に迫る体躯を見れば質量は明らかだ。

 

 身にまとった濃緑色のトレンチコートも、禿げ上がった頭に埋め込まれた無機質な瞳も、その巨躯の前には些細なことだ。人の頭ほどもあるブーツ。ボーリング玉のような握りこぶし。

 

 間違いない。ブリーフィングで見せられた映像資料に写っていた、U.B.C.Sの一個小隊を皆殺しにした化け物。

 

 イーサンはカービンを持ち上げた。親指が安全位置に収まっていたセレクターを弾き、一瞬で射撃機構を連射へと入れ替える。

 

 そしてそれはイーサンだけが示した反応ではなかった。退避し、脅威を視認した戦闘員たちは、ほんの僅かな逡巡すら見せず火器を敵に指向している。

 

 精鋭戦闘員たるの資質は何であるか、と数年前に部隊で持ち上がった話題を、イーサンは引鉄を引き絞る僅かの間に思い出した。そして、それに真っ先に答えた男の名とその言葉も同時に。

 

 未知、あるいは不明の脅威や状態を前に、既知の対処フローを即時実施できる人間だと答えたのはヴラッド・ホーキンスだった。戦闘とは力学の世界であると信じる男らしい言葉だ。

 

 相手が未知であれ、まず基本対処を実施する。そしてその結果から対応を決めればいい。悩むような要素は一つもない。戦闘とは意思決定、攻撃、標定、そして再び意思決定のプロセスを巡回する螺旋であるのだから。

 

 そう言い切った男の言葉が真実であるとするならば、タスクフォース・トライデントの戦闘員等の行動は、彼らが精鋭戦闘員であることを明確に示すものだと言えるだろう。

 

「撃て! 射界に注意しろ!」

 

 ドナヒューの声が弾けるより先に、イーサンは引鉄を絞りきっていた。手の中で

M4A1カービンが跳ね、耳をつんざく連射音が弾けた。隣ではM60E4軽機関銃を抱えた海軍兵が網膜に焼き付くほど強烈な発砲炎を撒き散らし、.30口径徹甲弾の火線を巨人へと集中させていた。

 

 トレンチコートの胸元から頭部にかけて一本の線を描くように突き刺さった徹甲弾は、巨人――事前情報ではタイラントと言ったか――の頭部までを一気に引き裂いた。血と肉片が飛び散り、タイラントが忌々しげに腕で頭をかばう。

 

 人間であれば今頃ズタズタの肉袋に変わっているだろう、容赦ない連射だ。しかし、成人男性の倍近くはあるだろうコートの巨人相手に十分な効果がないことは明らかだった。至近距離であれば一五ミリ圧の均質圧延装甲を貫徹できる弾薬であると考えると、恐ろしい硬さだ。

 

 しかし、イーサンの内心に驚きはない。出撃前、情報提供者とやらがよこした映像資料を何度も見返し、このデカブツに.30口径徹甲弾程度が通用するはずはないと結論付けてある。

 

「退避しろ! 撃つぞ!」

 

 だからこそ、トライデントはXM109などという試作品に、ほぼ落第の烙印を押された試作の無炸薬徹甲弾を詰めて持ち込んだのだ。

 

 通常の火器を遥かに上回る運動エネルギーを撃ち込める、炸薬による付随被害の心配のない火器は他にはない。

 

 イーサンが退避勧告に従って後ろに転がると同時に、XM109を抱えるように構えた戦闘員が割り込んでくる。機関銃の斉射が止むや否や、忌々しげに腕を振り払ったタイラントの前に立った選抜射手は、ペイロード・ライフル(XM109)の銃口をコート男の胸へ据えた。

 

 撃発。

 

 ズン、と腹に響く衝撃そのものの発砲音。銃身先端のマズルブレーキから噴出した発射ガスが堆積した微細粒子を巻き上げ、射手の輪郭を濁らせる。

 

 選抜射手はマズルブレーキと内蔵式衝撃吸収機構(リコイルアブソーバ)を持ってしても抑制しきれぬ反動を踏ん張って抑え込むと、そのまま引鉄を連続して引き絞った。

 

 一発ごとにもはや爆発に近いマズルフラッシュが弾け、空間にあるあらゆるものを発砲音の衝撃が大きく揺さぶる。イーサンは空になりかけの弾倉を交換しながら、僅か数メートル先で膨大に過ぎる運動エネルギーの暴力にさらされたタイラントを見た。

 

 曰く、防弾装具であると同時に拘束具でもあるらしいタイラントのコートは、一発目の被弾で完全に大破していた。選抜射手の射撃は正確かつ容赦ない。超大口径の限度を超えた反動をしっかりと抑え込み、弾倉の中身をすべて急所へと叩き込むまでほんの数秒の出来事だ。

 

 最後の一発が吐き出されると、選抜射手はXM109を脇に抱え込み、右手で弾倉を取り外した。直立の姿勢のタイラントから目を離さず速やかに距離を取る選抜射手に代わり、イーサンと数名が前に踏み出して横列を組む。

 

 しかし、彼らが追加の射撃を送り込むことはなかった。

 

 タイラントは完全に沈黙していた。事前に供与された情報に従い、25ミリ低速硬芯徹甲弾は五発すべてが右胸に叩き込まれている。人間の心臓は左寄りだが、タイラントは右にあるという情報は正確だったらしい。

 

 常軌を逸した分厚さの胸筋が大口径弾によって花開き、赤々とした筋繊維と砕け散った肋骨の乳白色の奥から、拍動に合わせて鮮血が吹き出している。

 

 間違いなく、循環器系の根幹である心臓を破壊していた。それどころか、深々と彫り込まれたクレーターのような弾痕は背中まで達しているようだ。傷口の奥から光が僅かに差し込んでいる。

 

 油断なく引鉄を絞る用意を終えたイーサンの前で、タイラントが前のめりに崩折れた。膝をつくことすらなく、仁王立ちの姿勢のまま粉塵を巻き上げて倒れ伏したそれに銃口を向けたまま、イーサンは素早く歩み寄ると頭部に二発叩き込む。

 

「無力化!」

 

 射撃を受けても立ち上がる気配のないタイラントから銃口を外し、イーサンは声を張り上げた。それを受け、周囲の隊員等は再び周辺警戒へ意識を向け直した。

 

 タイラントは強力かつ最も注意するべき敵性存在だ。記録映像の中で、カービンで武装した一個小隊をあっという間に全滅させたヒトガタの戦車とでも言うべき化け物。それを瞬時に無力化するという、ほとんど奇跡的な“戦果”を前にして、隊員等の反応はあまりに淡白に過ぎる。

 

 しかし、それは当たり前の話だ。眼の前の一体を排除してなお、周囲からは地響きのような破砕音と、刻々と近づきつつある重く響く足音が響いている。一体を排除した程度で気を抜けるわけもない。

 

「魔剣はどうだ」

「電圧は正常ですが、加速器の充填が完了しません。発射不能」

「故障か、仕様か。どっちだ」

 

 エリクソンが“魔剣”の射手に問いかけた。射手は忌々しげに、半ば吐き出すような声音で答えた。それに対して重ねられたエリクソンの問に、射手は肩をすくめてみせた。

 

「俺は技術職じゃない」

「やれるだけやれ。そのガラクタすら今は頼らにゃならない」

 

 再び破砕音が響いた。

 

 搬出ヤードの壁面、打ちっぱなしのコンクリートの寒々しいグレーがひび割れ、天井から埃が舞い落ちる。誰が見ても、それは何かが鉄筋コンクリートの壁面を打ち崩そうとしていることが明らかな光景だった。

 

「来るぞ!」

「クソ、左側面もだ!」

 

 壁面のひび割れがみるみるうちに広がり、爆破じみた衝撃音とともに拳がコンクリ壁を打ち抜く。壁から突き出た腕が暴れまわり、さらにその穴を広げる間に、今度は搬出ヤードのシャッターが耳障りな金鳴りとともにひしゃげた。

 

 少なくとも二方向。

 

 イーサンは瞬時に思考を巡らせた。持ち込んだXM109は一挺のみ。二方向から攻撃を受ければ、一方は通常火器のみでの撃破か時間稼ぎが求められる。

 

 それは不可能と言っていい状況だ。

 

対軽装甲火器(LAW)!」

 

 その考えはドナヒューも同じだった。彼は瞬時に二方向との交戦が何を意味するかを理解し、接触しつつある二つの脅威とは別に、未だ接近を続ける振動音の存在を考慮したのだろう。

 

 ドナヒューの命令を受け、陸軍隊員の一人が背中に背負ったオリーブグリーンのチューブを手にした。安全ピンを引き抜き、後部カバーを引きずり出す。運搬状態より三割ほど長くなったそれは、米軍が使用するM72LAW使い捨てランチャーだった。

 

 三〇〇ミリ程度の均質圧延装甲を貫徹可能な火器だが、射撃の際は七〇〇度を超える高温のガスを後方四〇度の範囲に噴出させる。その範囲に入れば、致命傷は免れない。

 

 当然、そんなものを屋内で使用するのは正気とは言いがたかった。後方へ撒き散らされる危険を無視しても、装填された66ミリ径の対装甲炸薬弾(HEAT)は、何も標的だけに被害を叩きつけてくれるわけではない。

 

 しかし、トライデントはそれを理解したうえでM72を持ち込んでいた。用意の間にあったXM109一挺では不足だと考えたからだ。わざわざ部隊付きの火器整備下士官を呼びつけ、弾頭の最低信管作動距離(ミニマムレンジ)を無効化してまで。

 

 その判断は、間違いなく正しかったと言えるだろう。

 

「目標指名、シャッター側の敵性生物!」

「了解!」

「選抜射手は壁面側だ! 入ってきたらぶち込め! 各員LAW後方に立つな! “魔剣”!」

「もうちょっとだ、待ってくれ。最終充填開始!」

 

 慌ただしく命令と応答が行きかい、M72を構えた隊員の背後から人員が退避する。部隊は二方向の敵に対して、L字の配置を取った。“魔剣”の陣取る部屋の隅からは距離を取る。後方の安全範囲を確保するためだ。

 

 壁から生えた太い腕が壁内に埋め込まれた鉄筋コンクリートを掴むと、それもろとも壁を引き崩す。粉塵、そして耳障りな低く伸びた破壊音。自らが生み出した白く濁る塵埃の中から、二体目のタイラントが搬出ヤードへ踏み込んでくる。

 

「後方よし、撃つぞ!」

 

 隊列の端に陣取ったM72の射手が叫んだ。

 

 イーサンはそちらを見ることもせず、ひしゃげたシャッターを紙でも引きちぎるように軽々と破壊し、体を屈めて踏み込んでくる三体目へと意識を向けている。

 

「撃て! 撃て! 撃て!」

 

 誰かが怒鳴った。

 

 隊列が一斉に射撃を開始し、カービンや機関銃の火線が一斉に三体目へ指向された。M60に装填された五発に一発の曳光弾が尾を引き、L字陣形の一辺を構成する八名の射撃が三〇メートルほど離れたタイラントに一挙に押し寄せる。猛烈な火線、まして徹甲弾を織り交ぜた分隊の一斉射撃だ。歩兵用の自動小銃のみで編成されていたU.B.C.Sの実験動物(モルモット)小隊とでは、比較にならない火力量を有している。

 

 真正面からの弾雨は強靭な肉体を持つ巨人にとっても無視し難いものだった。肉片と血飛沫を撒き散らし、頭をかばったタイラントの腕部がコート諸共に瞬きの間に削れる。

 

 しかしそれは、無視し難いという程度のものでしかない。到底、耐え難く、また生命の危機に繋がるものではない。

 

 しかし、火線のあとを追った噴煙は別の話だった。66ミリ口径の対装甲用成形炸薬弾頭。今でこそ主力戦車(MBT)に及ばずとも、歩兵戦闘車(IFV)に対しては効果が十分に見込める軽量使い捨てのそれは、発射から一秒と立たず、前方視界を封じられたタイラントの胸に飛び込んだ。

 

 炸裂。炸薬が点火されて爆発、瞬時の途方もないエネルギー量を生み出し、爆風と高温が吹き荒れる。弾頭先端部、すなわちモンロー・ノイマン効果によるメタルジェットの進路にあったタイラントの胴体部は、そのエネルギー量の最も苛烈な部分を受け止めざるを得ない。

 

 塵埃が爆発によって舞い上がり、上体を爆発の噴煙に巻かれたタイラントが膝から崩れ落ちる。そのままゆっくりと突っ伏すように倒れ込んだ事実に、興奮を示すだけの余裕はなかった。

 

 壁面を押し割って、三体目が踏み込み始めたからだけではない。

 

 新たな破砕音とともに、トライデントが搬出ヤードの侵入に用いた両開きの扉が破壊された。もとい、吹き飛んだ。子供が転がる小石を蹴飛ばしたかのように、あまりにも軽々と舞い上がったドア板がくるくると回転し、隊列に飛び込んだ。

 

 一人がそれに巻き込まれ、地面に押し倒された。扉一枚といえど、金属製のそれは軽くない。そんなものの直撃を受ければどうなるか、イーサンは考えなかった。いや、思考をそちらに回すことを避けた。

 

 瞬時に向きを変え、イーサンはドアを前蹴りの一撃で吹き飛ばしたタイラントに正対した。カービンを持ち上げ、通用するはずもない豆鉄砲をその頭部に向ける。

 

 イーサンが標的を視認し射撃を開始するのと、同じ方向、すなわちシャッター側の警戒にあたっていた列が示した反応速度に大きな差はない。彼らは直ちにL字の陣形を解除すると、壁面から侵入してきた一体に対応する列の背を守るように、横列の向きを変換した。

 

 イーサンの背後で、25ミリが連続して轟音を立てた。背後の班が迎撃を開始したのだ。しかし、イーサンの眼前で歪んだ戸口をくぐり、腰を落とした姿勢のまま地を蹴った巨人に叩き込める大口径火器は、手元にはない。

 

「頭だ! 目を潰せ!」

 

 ドナヒューが叫んだ。イーサンもほとんどそれに被せるように、頭だと腹の奥から声を絞り出していた。部隊員の射撃は、突撃姿勢を取ったタイラントの頭部に集中した。曳光弾が突き刺さり、それの何倍もの鉄量が一気呵成につるりとしたハゲ頭に突き刺さる。

 

 効果は劇的だった。重心を前に倒し、勢いを乗せた吶喊に移りかけたタイラントは、一秒足らずの間に顔面へ集中した数十――あるいは数百の銃弾によって、顔面の表皮をずたずたに引き裂かれていた。

 

 当然、眼球も例外ではない。銃弾で破壊されたか、あるいは流れ出た血で塞がれたか。タイラントは榴弾の炸裂を思わせる音圧の咆哮を放ち、片手で顔を覆い隠し、もう片手をがむしゃらに振り回す。

 

 徹甲弾であっても重要臓器に損傷を届けることは叶わないが、ヒトガタである以上、むき出しの眼球は如何ともし難い。当たり前の話だった。そしてその当たり前を組み上げ、戦闘下での対処フローに組み込むことがいかに難しいか。

 

 しかし、ここにいる戦闘員はそれができる人材ばかりだ。

 

 隊列は各人距離を広く取ると、タイラントを半包囲する形をとった。そのまま射撃を数名ずつで頭部に集中させる。見れば、頭部に叩き込まれた銃弾の猛威は恐ろしいほどの速度でふさがりつつあるが、自動火器の連射を凌駕するほどではない。

 

 このまま押し続ければ、あるいはXM109に頼らずとも頭部を削りきって殺せるのではないか。イーサンは内心の何処かに顔を出した、無責任なほどに楽観的な願望を飲み下した。

 

 頭蓋の中身、中枢神経を含む脳機能の完全破壊は間違いなくこの化け物を殺すだろうが、その前に機関銃が銃身過熱(オーバーヒート)する。

 

「射線開けろ! 撃つぞ!」

 

 三本の弾倉を撃ち切り、銃身から白く煙をたなびかせるM4に再装填したイーサンは、横合いから響いた声に視線を向けた。

 

 海軍班は、壁を突き破ったタイラントに小銃弾と25ミリを叩き込んでいる最中だった。そうかからず無力化を終えるだろうが、今この瞬間ではない。

 

 声の主は、“パラケルススの魔剣”に取り付いた射手だった。彼は人の背丈よりも長い加速器の砲身を、顔を覆う指の間から血を滴らせ、憤怒を露わに身を捩るタイラントへと向けていた。

 

「アルファ退避しろ!」

「アルファ退避!」

「射線開けろ!」

 

 隊員等は瞬時に行動した。相互に声を上げ、“魔剣”の砲身線から退避する。突如として途切れた銃撃、それを好機と見たか、タイラントが顔をかばう腕を振り払い、小銃弾でほとんど骨と筋繊維で構成されたガラクタに成り下がったそれを握り込む。

 

 が、傍目にも堂々たる、ある種の威風すら漂わせるその仕草も、そこまでだった。

 

 “魔剣”の射手は砲身線の左右、三〇〇ミル、概ね一六度の範囲から戦闘員が退避したことを確認した瞬間、充填されたエネルギーを開放していたからだ。

 

 瞬間、大気が大きく揺らいだ。超高速でタングステン弾芯が飛翔し、進路上の大気を圧迫したことによる気圧の急速な変化。その後に残るのは、戦車砲弾の擦過にも匹敵する風圧の猛威と、弾体飛翔経路上の瞬間的な急速減圧に対する揺り戻しだ。

 

 錆びた蝶板のきしみと言うにはあまりに大きすぎ、長く尾を引く高音域の不協和音がどうでもよく思えるほどの破砕音が轟いた。

 

 技術者曰く、理論上“魔剣”の最高初速は米軍主力戦車(M1エイブラムス)の創薬等付き装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)を遥かに凌駕するという。

 

 なるほど、その説明は嘘ではあるまい。

 

 退避し、非常時に備えてカービンの銃口をタイラントへ向け直そうとしたイーサンは、タイラントに襲いかかった運動エネルギーの猛威を目撃した。

 

 強靭な骨格と筋組織を有する二足歩行の巨人は、文字通りコンマ一秒以下の速度で爆散した。右脇腹から左腋下へ抜ける進路を取ったタングステン弾芯はタイラントの分厚い肉体を意に介さず、徹甲弾の貫通すらままならないその上体を食い破ると、想像を絶するエネルギー量をその体組織に叩き込んだのだ。

 

 銃弾であれば、弾道上の体組織を挫滅させ、運動エネルギーを周囲の構成物――すなわち臓器や筋繊維――に対して発散させながらエネルギーの続く限り前進する。このエネルギー伝達によって体組織が圧排されることにより、銃弾の直径の何十倍もの瞬間空洞を形成して対象を殺傷する事となる。

 

 しかし、そのエネルギー量が対象強度に対して膨大すぎるとどうなるか。その答えが眼前の光景だった。

 

 イーサンは、タイラントの腰部から上が一瞬で内側から膨張し弾け飛ぶのをはっきりと目視した。膨大すぎる運動エネルギー量はタイラントの体内にその衝撃を遠慮なく伝達し、押しのけられた体組織は、ほとんど爆発に近い破壊を受け止めざるを得なかったのだ。

 

 上体がスイカを叩き割るように弾け飛び、骨と筋繊維と内臓の混合物がぶちまけられた。それでなお停止には及ばなかった弾体はそのまま飛翔し、搬出ヤード壁面へ命中。建屋そのものを揺さぶり、鉄筋コンクリートの分厚い壁に大穴を開けて飛び抜けた。

 

 それに対して、歓喜の声は愚かろくな反応を示すことも叶わぬほどの恐るべき威力だ。

 

「アルファ! 報告!」

 

 地を踏みしめた下半身のみとなったタイラントを前にして、放心から最初に立て直したのはドナヒューだった。

 

「目標無力化! 負傷なし!」

 

 イーサンは瞬時にチームメイトを見回し、ほとんど反射的に報告を発した。周囲の僚友等も各々負傷なしを報告し、満足気に頷いたドナヒューが海軍チームの方へ目を向け――そして、彼の目が驚愕に見開かれた。

 

 ドナヒューは冷静沈着な将校だ。陸軍の最精鋭部隊において、少佐の階級を持つ男にふさわしい、いかなる危機、いかなる不足の事態にも動揺しない彼が何に対してそれを示したのか。

 

 イーサンは思考より先に振り返り、壁面を抜け出した姿勢のまま、25ミリと小銃弾の雨でズタボロの肉塊にされたタイラントを包囲する海軍チームに目を転じる。

 

 彼らは、すでに身じろぎもなく崩折れたタイラントの死亡確認を行っているところだった。それだけならば、イーサンはまだ残敵を示す振動音に対しての警戒に戻っただろう。

 

 しかし彼らの背後、粉塵と血に塗れた床面に腕をつき、ゆったりと起き上がった巨躯はそれを許さなかった。

 

 最初に頭上から襲いかかった一体が、再活性していた。

 

 心臓諸共に撃ち抜かれ破壊された胸部は、肉腫のような赤く黒い組織が収縮を繰り返すことで塞がれつつある。そしてそこを中心に肥大化した筋繊維が防弾コートを皮膚諸共に内側から押し広げて引き裂き、ミミズ腫れのような筋が上半身全体へと伝播していく。

 

 瞬きの間にタイラントの上体が不気味な――そして理解不能な肉体の急激な変化に覆い尽くされ、ソレの変異が完了した。

 

 胸から始まった膨張は手の先にまで及び、熱にうなされた悪夢のような理不尽さとともにタイラントの指が急速発達する。砲弾のような指先が引き裂け、骨がむき出しになったと思えば、あっという間に指骨が鋭い爪の形へと生まれ変わった。

 

「“魔剣”!」

 

 ドナヒューが叫び、同じものを目にして固まった射手が魔剣の砲身をタイラントへと向けた。

 

 しかし、射撃は果たせなかった。

 

 再活性した一体目の傍ら、吹き飛ばされたドアの下敷きとなり身じろぎもしない海軍隊員を巻き込むようにして、タイラントが人間の前腕ほどに発達した五指の爪を薙ぎ払ったからだ。

 

 ドアが回転を伴って飛翔し、爪によって粉砕された海軍隊員がいくつかの部品に引き裂かれて飛び散る。彼はまだ生きていたのだろうか、などと考える余裕もなく、ブーメランのように宙を引き裂いたドアが射手に襲いかかった。

 

 射手は即死だった。

 

 目標へ照準し、モニターを覗き込んだ彼の頭部は回転するドアによって切断された。いや、正確にはただ叩き潰されただけだったろうが、下顎から鼻頭までをドアに吹き飛ばされた彼は後ろ向きに倒れ込み、額から上を収めたヘルメットが奇妙なほど軽薄な音を立ててぼてりと胴の横へと転がる。

 

「ベケット! クソ(Fuck)一名死亡(Man down)!」

「タイラントが再活性! 散開!」

 

 隊員等が口々に叫ぶ。

 

 イーサンもそれを復唱し、カービンの筒先をタイラントへ向け引鉄を絞ったが、彼らの火器に再活性し暴走状態へ陥ったタイラントを止める能力はなかった。

 

 第二の犠牲者は海軍班の選抜射手だった。

 

 弾倉を交換し、死亡確認の列に加わった彼は、背後の混乱に瞬時に反応した。そしてその結果、陸軍班の射撃を無視し、自らに襲いかかったタイラントを目視することとなった。

 

 それが彼の最後の光景だっただろう。銃弾を浴びながら跳躍したタイラントは、驚愕や恐怖より先に本能による射撃に転じた選抜射手を、頭上から爪で串刺しにしてすりつぶした。

 

 防弾ヘルメットは爪を前に役に立たず、頭頂部から突き刺さった爪が彼の頭部と顔面を内側から引き裂いた。頭上から串刺しにされた彼は、持ち上げかけたXM109を力なく取り落とす。

 

 タイラントは自分に痛撃を与えた“敵”の殺害を確信したのか、血振りでもするような仕草で腕を払い、大きく裁断され原型を止めない選抜射手の亡骸を放り投げる。

 

 そこからは、完全に混乱と殺戮が場を支配した。

 

 海軍班の退避は叶わなかった。血振りを終えたタイラントの爪がそのまま機関銃手を横薙ぎにし、機関銃も胴体も一緒くたに引き裂かれた機関銃手の胸から上が壁に叩きつけられる。

 

 マズルフラッシュが飛び散り、二方向からの弾を浴びたタイラントは慌てて背中のM72を取り出そうとした海軍隊員を前蹴りで壁に叩きつけてひき肉にすると、そのままエリクソンへと刺突を繰り出そうとした。

 

 イーサンは、それを横目に、投げ捨てられた選抜射手の遺体へ飛びついていた。弾倉交換済みのXM109をひっつかみ、血と汚物に濡れたそれを抱えあげタイラントへ指向する。

 

 引鉄を絞った。M4とは比較にならない轟音と衝撃に、不安定な膝射姿勢を取ったイーサンの体は後ろへ傾いだ。それを筋力で押し返し、背を丸めてライフルを保持する左肘を立てた左膝へと押し当てる。更に発砲、発砲。

 

 今まさにエリクソンを殺そうとしていたタイラントは、横合いからの低速硬芯徹甲弾を浴びてたたらを踏んだ。しかし二射目、三射目をもはや人の胴部ほどにまで肥大化した腕で遮ると、イーサンを新たな高脅威度目標と認識したのか、恐ろしいほどの素早さで地を蹴り瞬時に間合いを詰めた。

 

 イーサンは射撃姿勢を崩さなかった。いや、崩せなかった。

 

 退避は間に合わないと感じたからだ。弾倉の中の残り二発を、迫る巨躯めがけて一気に送り込む。弾着を確かめることも叶わず、イーサンは動作を止めたXM109を下から爪を振りかぶるタイラントへと投げ捨てた。

 

 衝撃が走った。体が中を舞い、砕けたXM109の破片と目まぐるしく入れ替わる視界がスローモーションになる。

 

 

 

 そして、意識が断絶していた事に気づいた。

 

 射撃音が間断なく続いている。イーサンはふわふわと足元がおぼつかない浮遊感の中、腕を地面について起き上がる。

 

 首を巡らせると、ぼやけた視界のあちこちで発砲炎が瞬いていた。大きな影が二つ、その中を駆け回り、怒声と悲鳴が後を追う。

 

 気絶していた。その事実を飲み込み、スリングでつながったままのカービンをひっつかむ。弾倉を捨て、新しいものを差し込んでふらつく足取りで立ち上がろうとして、彼は崩れ落ちた。

 

 頭と言わず手足と言わず全身が傷んだ。あちこちを強打したのは間違いない。しかしそれでも、部隊はまだ戦闘中だ。焦点の定まらない目を瞬き、遅れてやってきた吐き気にえづく。

 

 そこで、誰かがイーサンの肩を掴んだ。その誰かはイーサンの脇下に腕を入れ、背中に手を回して担ぐと彼を何処かへ引っ張っていく。

 

「おい! おい! しっかりしろ、イーサン!」

 

 耳元でしゃがれた胴間声が呼びかけなければ、それが誰かを認識することはできなかっただろう。

 

ドナヒュー(サンタ)、状況は……」

「作戦は失敗だ、部隊は壊滅する」

「クソ」

 

 イーサンは吐き捨てた。吐き捨てながら、自分を担いだドナヒューが戦闘から遠ざかるように自分を運んでいることに気づく。

 

「いいか、イーサン。お前は副次目標の確保に向かえ」

「あんたは。あんたたちは」

「やつを無力化する。いいか、戻るなよ。お前はヴラッド・ホーキンスを探せ。そして脱出しろ」

 

 何を言うんだと、イーサンは反駁しようとした。部隊はまだ戦闘中だ。そしてイーサンはその部隊の一員だった。しかし再び腹の奥からこみ上げた吐き気でえづき、口腔に溢れた胃酸を地面にぶちまけた。

 

 気づけば、ドナヒューは自分を抱えて搬出ヤードから備品倉庫らしき部屋へと移動していた。彼はイーサンを下ろすと、彼の背嚢の無線横にくくりつけられたM72を二本とも外し、一つを担ぐと、一つの安全ピンを引き抜きチューブを伸ばす。

 

「奴らを無力化したら迎えに来てやる。俺達が戻らなかったら、お前は捜索に向かえ。下手なことを考えるな」

「待て、ドナヒュー(サンタ)。俺も連れて……」

 

 ドナヒューは一方的に指示を終えると、食い下がろうとしたイーサンの前にしゃがみ込む。ドナヒューの目が自分の顔を覗き込んでいた。フル充填のカービンを掴んだまま、イーサンが何かを言おうとして――。

 

 そこで、ドナヒューの拳がイーサンの顎を捉えた。

 

 俺だけ置いていくなんてあんまりだと、言いかけた言葉は意識の断絶に飲み込まれ、足音とともに手の届かぬ漆黒の向こうへと遠ざかっていった。

 




 評価、感想等お待ちしています。
 もらえると筆がノリますので……。

 普段感想をくださる皆様に万感の感謝を込めて。

 感想に関しては手が空いたら返させていただきますのでお待ちください。
 (多忙破滅)

 ではまた次回!
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