死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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久しぶりの更新です。
感想へのお返事は明日以降になります。

スランプ(?)というか、自分で書いていて読みにくいようなそうでないような。
読んでいて感じることありましたら、教えていただければ幸いです。


混戦

 ノーマッドが本部陣地を離れ、殺気立った陣地内巡察班の見送りを受けて薄闇の支配する路地に踏み入ってすぐのことだった。

 

 三点射(バースト)の発砲音が数セット。紛れもないM4カービンの残響を追うように、部隊火器と異なる銃声が連続する。

 

 戦闘だ。それを理解した瞬間、ヴラッドは肩にくくりつけた小隊系無線の送信ボタンを押し込んでいる。接触第一報(コンタクトレポート)は送達されていないが、突発的な交戦開始から、その報告を上げる余裕もなく全滅することはままある話だ。

 

 それを避けるために、無線を送って強引に報告へ意識を向けさせようという判断だった。もちろん、受信側にその余裕がなければ返答がない可能性もあるし、戦闘中の部隊に報告を急かすのは時に悪手だが、部隊の脆弱な配置を認識しているヴラッドはそれを無視した。

 

 何もわからないまま全滅されるよりはいい。

 

「三分隊、こちらノーマッド。現在位置と敵の規模知らせ。送れ」

『ノーマッドこちら三分隊B班(3-B)! 現在第一警戒線南東角で敵と接触。詳細規模不明なるも一個分隊程度と交戦中送れ!』

 

 はじかれた様に返事を投げたのは、第三分隊長であるマルコフの声ではなかった。一個射撃班(FT)を委ねられている三分隊の副長だ。

 

 ヴラッドはカービンを片手で握ったまま、刻々と銃声の数が増えつつある方向へと五指を揃えて前進指示を出した。そのまま、握りこぶしを顔の横に掲げて二度上下させる。急行の合図だ。

 

「了解、ノーマッドは現在急行中。分隊長の所在は把握しているか」

『呼び出したが応答なし。なお敵についてはこちらの警戒線内から現出。送話一時断(ブレイク)

 

 ヴラッドの指示を受け、ノーマッドは直ちに駆け足で移動を開始した。すでに、銃声は敵味方の判別が難しいほどに入り乱れている。

 

 ヴラッドは瞬時に思案した。三分隊二班長の報告は細切れだが、敵が警戒線の内側から出現したということはすでにそのラインを保持する意味を喪失していると考えて良い。三分隊長(マルコフ)が音信不通である以上、不意を打たれて殺害されたと考えるのが自然だろうか。

 

 しかし、本当にそうだろうかと思考の隅で疑問が首をもたげたが、ヴラッドはそれを脇に追いやった。ヴェトナム戦争末期を軍事顧問として暗躍し、チェチェン紛争を生き延びた男が、隣接する警戒員にすら察知されず一方的に殺されるとは考えづらかったが、現実の状況はそう受け取るより無い。

 

 目に見える事実と、そこから推測できる仮定だけが現実だ。

 

送話再開する(ブレイク・ブレイク)! こちらは現在掌握三名、残員四名は第二線への後退を指示した! 敵がこちらの建屋に取り付きやがった。脱出不能だ!』

 

 接触中の敵は判明している範囲で一個分隊。U.S.Sの平均的な編成に照らすと一〇名と少し。不明の敵まで考慮するなら、四~五名の一個班でどうにかなる人数差ではない。

 

 そして、そこに自分を含む手持ち五名を突っ込んでも同じことだが、しかし見捨てるわけにもいかなかった。

 

 ヴラッドを追い越し、マディソンが前に出た。無線通信を継続しているヴラッドよりも、手隙の人間が前衛を務めるほうが安全だと判断したのだ。ヴラッドはカービンを片手にその背を追いながら、声を張り上げた。

 

「侵入を阻止して固守しろ。地階にとりついた分はこちらで排除する。了解か、送れ」

三分隊B班(3-B)、了解! 急いでくれ』

 

 ブラッドは返答を返さなかった。すでに彼の思考は戦闘にシフトし、敵は現段階で警戒線を通過し部隊を送り込んでくるだろうかと考えている。部隊の頭数が十二分であれば、接触し押し込まれた三分隊B班には一部を貼り付けておき、それをすりつぶすまでの間に主力がさらに前進する可能性は否定できない。

 

 しかし、その場合はいくつかの前提が必要となる。第一に、敵がチャーリー小隊の人員数をある程度正確に把握していること。第二に、詳細規模不明の警戒部隊を差し置いての前進が可能な程度の人員を擁していること。そして第三に、U.S.S部隊の保有人員数がチャーリー小隊と比して倍以上、理想的には三倍程度の優位を有することの確信だ。

 

 そうでなければ、敵の一部を背後に残して部隊を前進させるのは無謀だった。もちろん、これは敵の指揮官が常識的かつ必要十分の能力を持っていることが前提だが、ヴラッドはそこに疑問を持っていない。こんな環境下で襲撃を命じられる部隊は、構成人員から指揮官に至るまで経験を積み十分な能力を持っているのが相場だ。

 

 結論は瞬時に出た。確認したローター音から判断できる部隊輸送ヘリの機数、そしてアンブレラが擁する機体の最大積載人数から考えて、投入された人員数はチャーリー小隊を無条件に圧倒できるほどの規模とは考えづらい。

 

 おそらくは——ヴラッドの主観による判断でしかないが——同数から最大でも倍に満たない程度。そしてその部隊規模で、立てこもった敵戦闘員をすりつぶすのに足りるだけの人員を後方に残し、拠点攻撃に足りる人員数を素通りさせるのは蛮勇だ。

 

 降下地点の異変を察知し屋上階層侵入(TLE)を切り捨てる程度に場慣れした指揮官であれば、そのようなことはするまい。

 

「三分隊の残員を救助し、そのまま足止めに移る。マルコフは不通。接触中の敵は一個分隊。他は不明。敵の全数は最低でも増強小隊程度と予想する」

 

 ヴラッドは言った。

 

 先頭を占めるマディソンは、カービンを射撃準備姿勢に保持したままだ。軽機関銃手を拝命したフレデリックがすぐさまその横に並び、二名で進路の警戒を受け持つ。後方はジョエルが受け持った。

 

「敵の主力が素通りしたら」

 

 クラヴィスが問うた。彼もヴラッドと同じ結論を下しているらしいことは、咎める色のない声音でわかる。しかし、同時に懸念を捨てきれなかったからこその純粋な疑問だった。

 

 結局のところ、敵が立てこもる三分隊の一部を後回しにして主力を小隊本部陣地に送り込むことはするまい、という判断は、良くも悪くも敵の常識と能力に期待しすぎている。

 

 敵が本部施設へ直進した場合——敵がヴラッドの見積もりよりも大規模、あるいは残敵の後方残置リスクを軽視、その他どのような理由であれ——防御の手薄な本部陣地が攻撃を受けることになる。

 

「街路遊撃戦闘でかきまわす」

 

 しかしその場合、ヴラッドらは敵の背後に取り残されることになる。それはすなわち、拠点に今しも攻撃をかけようとする敵の死角から攻撃をかける好機でもあった。仮にそう上手くことが進まなかったとしても、今にも拠点攻撃を始めようというときに背後が怪しくなれば、誰だって勇み足というわけにはいくまい。

 

 本当にそうだろうかと、疑問を投げかける自身の懐疑的な部分に付き合うだけの時間はなかった。どれだけ理想的な状況を想定しても、彼我の戦力比数は一対一かそれ以上。その上、こちらには強固な陣地構築による周到防御の用意はない。

 

 必要なのは速力だった。

 

「前方接敵!」

 

 ヴラッドにとり、戦闘の度に内奥から沸き起こる疑念という馴染み深い声は、マディソンの吠えるような警告に吹き散らされた。

 

 一〇メートルほど前方、路地の暗がりから飛び出してきた黒装束が、マディソンの鋭い警告に反射的にこちらへ振り向く。

 

 しかし、その視線と同期された銃口が脅威へと指向されることはなかった。おそらく第三分隊と接触したU.S.Sの交戦音に気を取られたのだろう彼——名も知らぬU.S.S戦闘員——は、銃口を水平に振り上げる勢いのままフレデリックが放ったMINIMI軽機関銃の連射を浴びた。

 

 網膜に突き刺さるマズルフラッシュとともに足から胸まで連続した火線を浴びた男が、振り返ろうと身をよじった勢いのまま倒れこむ。

 

 抗弾装備が主要な致命部位(バイタル)を保護していることは、暗がりの中でも一目でわかる着ぶくれした輪郭からして疑いようがない。そもそもU.S.Sは抗弾装備着用が基本運用だ。しかし、先頭を受け持つ二名は倒れこんだ男へのとどめを後回しにした。

 

 単純な話だった。戦闘員が、特別の事情なく単独で動くことはありえない。

 

 ゆえに、フレデリックは敵が飛び出してきた路地にMINIMIの銃口を据え、その奥に続いているだろう敵を火力の餌食にすべく飛び出す。

 

 それに続き、二本の“槍”で路地を満たそうとする彼らの背を追ったヴラッドは、足を小銃弾で粉砕され、半狂乱の悲鳴をあげながらもがく男の胸を踏みつけた。

 

 そのまま頭部に二発。転倒に際して取り落した小銃に代わり慌てて握った拳銃を引き抜くこともかなわず、ケブラーヘルメットもろともに頭部を撃ちぬかれた身体が痙攣する。

 

 その間に、路地の正面に立ったフレデリックとマディソンは反撃の猶予を一切与えず、路地内の人影すべてに火力を叩きこんでいる。小銃弾の雨によって殺戮が詰め込まれたそれをよそに、後衛を受け持ったクラヴィスとジョエルがこちらを追い越して前方警戒に移行した。

 

 すべては一切の指示、伝達なく行われれた。彼らは速度を発揮すべき状況であることを理解していたし、僚友の配置とその状況から、自分が何をすべきかを知りぬいていた。

 

「運のない奴ら。破片手榴弾、投げるぞ(フラグアウト)

 

 軽機関銃の暴力そのものとしか形容しようのない射撃音が途絶え、入れ替わりでマディソンが警告を投げる。路地の敵が何人かは知らないが、あらかた片付いたのだろう。いちいち全員にとどめを刺して回るだけの時間はない。

 

 だからこその破片手榴弾だった。レバーがはじけ飛ぶ甲高い音を背に、ヴラッドらは駆け足で前進する。すでに彼らは敵中に踏み入っていた。それも、規模も配置も不明の敵だ。

 

 そこで、思わずヴラッドは笑った。何もかも不明の敵だが、その目的だけは明確だった。それが救いといえるかどうかは怪しいところだったが。

 

 その気配を感じ取ったか、こちらの隣に並んだマディソンが怪訝なまなざしを投げたが、ヴラッドはそれを無視した。それより気になることがあったからだ。

 

「マディ、さっきの敵」

「不用心すぎるな。先頭が突出しすぎだ。後続も反応が遅い」

 

 さらりと、しかし確信をもって放たれた返事を手榴弾の炸裂音が押し流す。マディソンの答えは、ヴラッドの質問の意図をしっかりと読んでいた。つまり、マディソンもブラッド同様、先ほど接触した敵の練度に疑問を持っている。

 

 まともに訓練を受け、経験を積んでさえいれば、あの状況で先頭が単独で飛び出してくるとは考えづらい。そのうえ、その後の展開をヴラッドらに一方的に握られることもなかったはずだ。

 

意外と向こうも人手不足なのかもしれない。ふと浮かんできた感想はあまりにも呑気なものだったが、そうとしか受け取りようがなかった。アンブレラ保安部(U.S.S)の運用を担う部署が脅威査定をどのように行っているかは知らないが、少なくとも互いに手の内を知悉している戦闘部隊をせん滅するにあたって、十分な戦力投入を怠るとは思えなかった。

 

 もちろん、生物兵器群(B.O.W)と比較して、生身の人間で構成される一個小隊程度、と判断した可能性は否めないが、それにしても想定される敵総数に対して、先ほど接触した小グループは不用心に過ぎる。

 

 それこそ、まるで新兵のようだった。

 

 しかし、仮に相手が本物の未経験の新人だったとして、容赦する理由はない。

 

「前方、路地を抜けたらすぐに交戦ど真ん中だぞ」

 

 先頭を占めるクラヴィスが警告を投げた。向かう先、通りに面した路地の終わりが切れ目のない銃火の明滅を受け瞬いている。街路に面した建物という建物の壁に反射するのは発砲炎だけではない。銃声がごうごうと響き渡り、冷えた夜気を震わせている。

 

 ヴラッドは鼓膜に刺さるそれに耳を澄ませ、ほかに交戦の気配がないかを探った。いま、この周辺で戦っているのは三分隊B班とその敵だけのようだった。まいったな、と内心につぶやく。敵が銃声めがけて殺到してきたら、ひどいことになる。

 

 しかし、今更どうこうできるものでもない。ヴラッドは無線の送信ボタンを押し込んだ。

 

「三分隊、ノーマッドは間もなくそちらの建屋に面した街路に出る。建屋外に友軍はいるか。送れ」

『ノーマッド、三分隊B班(スリー・ブラヴォー)だ! 建屋外に友軍なし! こちらは現在二階で防御中だが、長く持ちそうに……』

 

 ずん、と銃声を押し流す重い響き。まぎれもない手榴弾の炸裂とともに、無線が途切れる。ヴラッドは送信ボタンを押さなかった。生きていれば、送話を再開する可能性がある。

 

「街路に出たら、建屋外はすべて敵だ。クラヴィス、手榴弾投げろ。行くぞ(ゴー)前進(ゴー)前進(ゴー)!」

 

 送話はない。しかし、ヴラッドはそちらに気を回さなかった。指示を受けたクラヴィスが、ジョエルに前方警戒をゆだねて手榴弾を取り出す。ジョエルが足を止めたのに従い路地を出る手前で停止すると、クラヴィスが銃声の方向へ手榴弾を投げ込んだ。

 

 おそらくは敵のものだろう警告の怒声が爆発音に押しつぶされる。ヴラッドは炸裂までの間にポーチから引っ張り出した発煙筒を路地へ投げ込むと、ジョエルの横へ滑り込んで路地の壁に張り付いた。

 

 それを目視したジョエルが、前方全般への警戒を切り替える。丁字、十字問わず交差路への侵入時は、相互に銃線を交差させ左右を警戒(クロスカバレージ)を実施する。基本の基本が、このチームには染みついている。

 

 ヴラッドは右肩を壁に押し当て、街路の左に目を凝らす。敵は見えない。そう判断し銃口を持ち上げるのと、ジョエルが筒先を上へ向けるのは同時だった。左右の交差警戒、異状がなければ進出合図は銃線の同期だ。

 

 配属からこの方、この部隊でしつこいほど繰り返した街路戦闘の基本動作に従い、ヴラッドは街路へ踏み入る。それはすなわち、交差警戒で目視できない死角、あるいは見落とした脅威へ身を晒すことを意味したが、それはすでに思考にない。

 

 戦闘員とはそういうものだった。危険は承知で、それでもなお火線に身をさらし、敵を撃破するために前進し続ける。それが戦闘員だ。敵弾を浴びて死ぬとしても、この時ヴラッドとジョエルの使命は街路に進出し、脅威を排除することだった。

 

左方敵接触(レフトコンタクト)!」

 

 交差警戒からの進出は、互いに警戒方向が入れ替わる。踏み出すと同時にジョエルに背を向けたヴラッドは、背後で射撃音と同時に発された警告をよそに、自身の正面——すなわち、三分隊B班と敵の交戦方向——を精査する。

 

 連射音と発砲炎がこぼれ出る安アパートの玄関口以外に、敵らしい姿はない。敵は手榴弾を受けて退避したのか、それとも単に外の警戒を立てていないのか。後者であれば不用心だが、そこを気にする意味はない。

 

「フレッド、前衛。後方はジョエルとクラヴィス。行くぞ」

 

 背後を振り向かず、ヴラッドは追加の発煙筒を投げて言った。敵の配置が不明かつ数的不利である以上、視界を遮れるに越したことはない。特に夜間の発煙筒は姿を隠すのに最適だった。問題は僚友を見失いやすくなることだが、そこは相互間隔を詰めて対応することになる。

 

「後方、敵下がった」

「警戒続けろ」

「前出るぞ。ついてこい!」

 

 ジョエルの報告、それを追うようにフレデリックが吠えた。

 

 背後の敵を気にしているだけの余裕はなかった。走り出したフレデリックの背をカービンを構えて追う。前方は最も火力のあるフレデリックが受け持つのであるからして、ヴラッドは銃口を窓や路地へめぐらせた。

 

 展開したスモークが街灯の薄明りを塗りつぶすように急速に広がる中、数歩先を進むフレデリックがまだ銃撃の応報を続けているらしいアパートの戸口へ銃口をねじ込んだ。

 

「ノーマッドだ! ノーマッド!」

 

 曇天の暗夜。点在する街灯程度で十分な視界は得られない。まして煙幕越しの背中はかすんでいる。しかし、友軍による誤射を避けるために声を張り上げたフレデリックが、手にしたミニミ軽機関銃を撃てば話は別だ。

 

 まばゆい発砲炎が高速でちらつき、こもった、しかし耳に刺さる銃声が飛び散る。銃口から迸るオレンジの火球がフレデリックの輪郭を網膜に焼き付けたが、それも数秒足らずの出来事だった。

 

「三分隊、生きてるか!」

 

 猛烈だが瞬間的な短連射でめぼしい敵を排除したのか、フレデリックはミニミを構えたまま玄関口から踏み入る。ヴラッドもそれに続くと、上階へと続く折り返し階段へ警戒の目を向けたフレデリックの横に立つ。

 

 ポストからなにから、銃弾と手榴弾の破片を受けたらしいそこは、ほとんど廃墟同然のありさまだった。天井の照明は砕けて垂れ下がり、床には黒い戦闘服の死体が二つ転がっている。

 

 報告では接触規模は分隊程度。数が足りない。そう考える間に、外でM4の連射音が轟く。外は外で敵が接近しつつあるらしい。

 

「くそ!」

 

 外を警戒するジョエルらを呼び込むか否か。結論より先に、階段上を警戒していたフレデリックが毒づく。玄関フロアの死角をつぶそうと踏み出していたヴラッドは、図上で弾けた連射音と飛び散る破片を浴びた。

 

 上から撃たれている。フレデリックが身をひるがえし火線から逃れると、後を追うように着弾が続く。ヴラッドは階段わきに膝をつき、真上に銃口を向けると射撃の代わりに大きく呼びかけた。

 

「三分隊、生きていたら応答しろ。こちらは地階、玄関口だ。上階からの射撃は三分隊か!」

 

 ヴラッドの問いかけに対して、再び銃撃が送り込まれる。玄関外での銃撃戦は数秒の間に激しさを増していた。まずい、そう考える間に、上階でひきつった声。

 

 間を置かず、大きく空気が震えた。振動とともに微細な粉塵が降り注ぐ。手榴弾の炸裂なのは疑いようがない。敵が投げそこなったかと指向をめぐらせるより先に、好機と見たフレデリックがヴラッドの肩を叩いた。

 

 前進、そういっているのだ。返事を投げるより先に、フレデリックが上階に短連射を叩きこみつつ階段を駆け上がる。

 

「全員中に入れ!」

 

 ヴラッドは玄関の外を固めるジョエルらにそれだけを叫ぶとフレデリックの後を追い、二階の踊り場に飛び込んだ。

 

「自爆か?」

 

 フレデリックが言った。階段の隣に、U.S.S戦闘員の遺体が二つ。ドイツ製の小銃を手にしたまま倒れ伏したそれは、至近距離で手榴弾の炸裂を受けたようだった。

 

 もし投げそこなって死んだのであれば、あまりにお粗末すぎる。そんな馬鹿なと周囲へ視線を巡らせると、奥の部屋へ引きずった血痕が続いているのが見えた。

 

 カービンのライトでそれを照らし、一歩踏み出す。おもむろに、血と粉塵で汚れた手が開け放たれたドアからひょっこりと突き出された。

 

「撃つな! 撃つな! 三分隊だ! ノーマッドか?」

「そうだ。出てこい、脱出するぞ」

 

 せき込みながら、手の主が尋ねる。ヴラッドは返事を投げはしても油断せず、銃口を戸口に据えたまま中を覗き込んだ。

 

 カービンを床につき、塵埃で黒くくすんだ顔に緊張をにじませた僚友がそこにへたり込んでいた。部屋の奥では、負傷した腕を分隊員に処置させ、銃口をこちらに向けている隊員が見えた。

 

「損耗は」

 

 ヴラッドは問うた。背後では、敵から逃れて玄関内に退避してきたマディソンの怒鳴り声が響いている。突入しようとしてきた敵を射撃で押し返したのか、倒したのか。どちらにせよ、時間を弄すれば自分たちが押し込まれることになる。

 

「一名死亡。負傷三。移動は、まあ可能だ」

「了解。直ちに移動するぞ」

 

 ヴラッドが単刀直入に質問したせいか、三分隊からの礼はなかった。

 

 無論、それで構わない。それに時間を使う余裕はないからだ。階下で爆発音が響いた。クラヴィスの低くしかしよく響く声が、移動を急げとせかしている。

 

 言われるまでもなかった。救助に来た側が、ここで押し込まれて死んだのでは話にならない。ヴラッドが手を差し伸べると、へたり込んだ隊員がそれをつかむ。

 

「急ごう。小隊本部が危ない」

 

 ヴラッドは言った。状況的に見た事実ではあったが、半分は予感だった。敵主力はこちらを素通りしているに違いない。そう確信できる程度には、敵の対応は散発的で薄弱だったからだ。

 

 そうでなければ、ここで倒れ伏して死んでいるのは自分だったに違いない。

 

 

 

 

 

「四分隊、壊滅しますな」

 

 隣に立った副長の声は平坦だった。そして、それに対するベルナルドの反応も同じだ。

 

 しかし、内心はそうもいかない。この短時間で一個分隊が壊滅している事実を前にしたいらだちもそうだが、計画をぶち壊された腹立たしさはいかんともしがたい。

 

 それも、二度ともなればなおさらだ。

 

 一度目は基本計画A号の放棄。そして二度目は、即席のバックアッププランの崩壊だ。

 

 崩壊の原因はシンプルだった。警戒網をすり抜ける算段を立てていたにもかかわらず、経験の浅い若造が経路を誤って敵に発見された結果だった。

 

 そしてそれだけならまだしも、何を思ったのか交戦した敵相手に追撃をしかけ、そこに逆襲を受けて損耗が拡大しているのだから手に負えない。

 

 当人らからすれば、接触した敵を確実に撃破することを目的としたのかもしれないが、いい迷惑だった。おかげで小隊はいまだ攻撃のための配置が完了しておらず、それどころか一個分隊を喪失しつつある。

 

 浸透にそなえて分散した分隊で、半端な攻撃を仕掛けるからこういうことになる。いや、そもそも先んじて敵に発見されている時点で何を論じても仕方ないのだが。

 

 網目のように張り巡らされた路地伝いの銃声も、手榴弾の爆発音が連続したあとは散発的になりつつあった。そうかからず向こうは片付いてしまうのだろうなと、嫌な確信を溜息で押し出す。

 

「どう思う」

「敵の対応、必要十二分に早い。厳しいでしょうな」

 

 大事な手札を無駄にしてくれましたな、と。つづけた副長の言葉は聞き流した。敵の警戒網に穴をあけるところまでは、仕込まれていた資産を使ってうまくこなしていたというのに。

 

「四分隊の言う背後からの奇襲。押し込んだ敵の残りとは別だな。ずいぶんと思い切りがいい。それに獰猛だ。何か知っているか」

 

 しかし、失敗したものを今この段階でどうこうこね回しても意味はない。必要なのは、連続しての計画崩壊からどうやり直すかだ。

 

 だからこそ、ベルナルドは話を振る相手を変えた。

 

 その価値はともかく優位を維持していた四分隊を、あっという間に削り落とした敵の別動隊。数名程度と見込まれる小規模集団であっても、十分に強力な敵であることは間違いない。

 

 それがどのような集団か、知らぬはずもあるまいとベルナルとは首をかしげる。

 

 それを受けた男は、寄りかかったビルの陰に沈んだまま、ゆるくかぶりを振ると口を開いた。

 

「そりゃもう。俺なら敵にはしたくない、そういうやつらだ。ただ、あんたらは運がいい」

 

 最後の一言に、ベルナルドの眉が吊り上がる。それを見、煙草を取り出した男は、もったいぶった手つきで穂先に火をともし、煙を吸いこむ。ゆるい明滅に合わせ、堀の深い顔立ちが闇の中でうっすらと笑っているのが見えた。

 

「一番手ごわい。それが今離れているなら、本丸を詰めるなら今しかない。違うか」

 

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