死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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またせたなぁ!!!!!!!!

お待たせいたしました。感想、意見、評価、応援、お待ちしています。はい。



屍を野に晒すとも

 窓の外では、熾烈と言うにはまばらで、散発的と言うには絡み合った銃声が轟いている。

 

 ガルシア・アフォンソ曹長はそれを聞きながら、ランタン以外の灯火が落とされた小隊本部ビルの指揮所フロアを見回した。すでに撤収の準備を終え、ここ数日の仮住まいとして活用されたビルはがらんとしている。

 

 彼が佇む指揮所パーティションの中にしても必要な物品の持ち出しは完了していた。

 

 見れば、階段に影が蠢いていた。撤収のために地階へ下ろした市民らが、経路変更の判断に伴い屋上へ移動しているところだった。ほとんど闇に塗りつぶされて判然としないが、その動きはどことなくせわしない。

 

 理由は単純だ。撤収開始は、敵の本部襲撃に先んじることができなかった。すでに敵が接近しつつあり、彼らはその戦闘騒音に急かされている。

 

 破片飛散養生のためにダクトテープを貼り付けカーテンを閉じた窓の外で、手榴弾の炸裂音が轟いた。それは、第二線の防御を受け持つ部隊が、敵の接近を阻止しようと奮戦している証だ。

 

 ガルシアは、手にしたハンドマイクの送信ボタンを押し込んだ。

 

「後退した三分隊の残員はこちらで回収した。なお小隊は現在敵の襲撃下にある。了解か?」

『了解。なお現在、ノーマッドは小規模の敵と交戦中。撃破ないし離隔したのち、小隊本部に合流する。了解か、送れ』

「状況について了解。一点補足事項、小隊長決定により小隊系周波数を変更する。通達済み変更規則は破棄。“退役軍人の日”、了解であれば変更後呼び出し。送れ」

『……了解、変更する。待て』

 

 簡潔かつ端的に状況を知らせたヴラッドの声は、戦闘高揚の気配すらにじませないフラットなものだったが、ガルシアからの周波数変更通達を受け僅かに濁った。

 

 この程度の内容でも、戦闘の混沌の中でその意図するところを理解できる。優秀な男だ。

 

 そんな男が、現在本隊を離れていることを嘆くべきか、好機と見るべきか。ガルシアは一瞬だけ走らせかけた思考を断ち切った。

 

 言うまでもない。彼が知る限り、ヴラッド・ホーキンスは戦闘下において遺憾ない攻撃性を、恐ろしいほどの冷静さで発揮する男だった。となれば、現在第二線と交戦を開始した敵主力の後方にいるのは都合がいい。

 

 それに、とガルシアはほとんど暗色に沈んだフロアの奥、階段をゆらゆらと上へ向かっていく影の縦列を見た。撤退完了には時間がかかるだろう。そしてノーマッドは、その完了まで拠点を守るという行動制約下で、能力を十分に発揮できまい。

 

 彼らは自由に機動し、敵を噛み砕くための部隊だった。であるならば、自分たちはここで市民の背を守り、時間を稼いでノーマッドが食らいつく余地を確保しなければならない。

 

 しかし、そのために手元に残された戦力は僅少と言わざるを得ず、状況はそれに負けず劣らず劣悪だった。すでに小隊は第二線の放棄を決定し、本部陣地敷地外縁での防御へ移行することを決定していた。

 

 すなわち、撤収作業真っ只中のビルの目と鼻の先で敵を押し返す必要がある。

 

 いつの間にかうすらと汗ばんだ手の中で、ハンドマイクが短い雑音を立てた。

 

『小隊本部、ノーマッド。感明送れ』

「ノーマッド、感明良好」

『変更規則を破棄ということは……』

「軍曹、予断はよせ。ノーマッドは直ちに行動を開始しろ。了解か」

 

 ガルシアはヴラッドの問いを遮った。言わんとすることは理解したが、それに拘らっている場合ではない。そしてガルシアからしてみれば、事前に示した無線周波数の変更規則を破棄する、という通達がその答えそのものだった。

 

『了解。交信終わり』

 

 戦死者から無線を捕獲されたとして、周波数を変えてしまえば通信を傍受される恐れはない。つまり、変更規則を破棄するということは、その変更規則の知識が漏洩している場合を考慮しての処置だった。当然、指し示すものは一つだ。

 

 そしてそれは、もはや可能性を懸念しての対応、という領域を飛び越えていた。

 

 警戒線内側から現出した敵。そして生死不明の分隊長。その二点を前にして判断を悩む男であれば、自分は今頃、路傍をさまよう活性死者になっていただろう。

 

「曹長、ノーマッドの状況は」

 

 そして、ヴラッドに関してもその点に不安はない。そこを理解し、そうであると飲み込めるからこそ、あの男は通信を切り上げて行動を開始している。少なくともガルシアは、自分では生存すら怪しい環境を生き延びた僚友に、不要な疑念を向ける習性を持たなかった。

 

 だからこそ、それ以上の思考を割くこともしない。闇の中をうごめく人の列から分離した影を認め、こちらに歩み寄るそれに向き直ると、ガルシアは影の投げた問いにこたえた。

 

「現在、小規模の敵と接触中。撃破ののち合流を目指す模様。撤収作業の進捗は?」

「先遣が二軒先のビル地階を押さえた。市民の移送を開始する。曹長には先遣の指揮を任せたい」

 

 影が言った。

 

 訓練を受け経験を積んだ将校らしい、落ち着き払った、しかしどこか押さえつけるような声だった。ハリソンの掘りの深い面差しの半分は闇に溶けきり、もう半分はランタンの薄明りをうけて橙色に揺れている。

 

 その顔に、喜怒哀楽に該当する感情の気配はなかった。あるのは、興奮と緊張とないまぜになった、無表情ともつかない能面のようなあいまいさだけだ。

 

 カービンを携え、自身の分の背嚢を背負ったハリソンに、ガルシアは片眉を持ち上げて問うた。

 

「先遣は大尉が監督すべきでは」

 

 素直な感想だった。

 

 現状、最も生存率が高いのは先遣部隊だった。先遣部隊の第一の任務は、屋上伝いに離脱した先を確保し、撤収完了までその場を維持することだ。こちらを殲滅しようと銃を手に突っ込んでくる戦闘員を相手取るのは本隊の仕事だった。

 

 そして避難民を監督し、予備陣地まで誘導するのも先遣だ。指揮官に求められる役割、そして先遣に与えられた任務の内容から考えて、小隊指揮官は先遣に帯同するべきだった。少なくとも、ガルシアはそう考えた。

 

「予備陣地までの経路を下見したのは君の分隊だ。私は報告で受けた以上の地形、経路情報を持っていない。また、小隊全体の状況を把握するためにも、私は本隊の指揮を執るべきであると考える」

 

 しかし、ハリソンの返答はきっぱりと確信に満ちたものだった。断言する声音もその態度も、決定事項であると端的に示している。

 

 たしかに、ハリソンの言葉にも頷ける点はあった。予備陣地として示された地点を偵察したのはガルシアの分隊であったし、そこまでの経路を確認したのも同様だった。また、先遣に加わってしまえば、小隊本隊やノーマッドの状況に気を配る余裕はなくなる。

 

 先遣は市民の離脱完了までその場を維持し、移動開始となれば進路を切り開くことにある。当然、本隊やノーマッドに意識を向けるのは困難だ。

 

「……了解、先遣の指揮を執ります。お気をつけて、大尉」

「本部ビルからの市民の離脱が完了し次第、ノーマッドの合流にかかわらず本隊も後退を開始する。急いでくれ、曹長。じきに敵が取り付く」

 

 ハリソンが言った。

 

 彼は自分のカービンを肩から下ろし、小隊本部人員に指名された無線手と衛生兵だけを従えている。そのうち、無線手がガルシアへ歩み寄った。中隊系無線(マンパック・ラジオ)は無線手が引き継ぐ手はずだった。

 

 ガルシアはデスクに置いたそれを無線手へ引き渡した。

 

 将校の判断に下士官が疑義をさしはさめる余地は、思われているよりも少ない。そして将校が、選択のリスクを把握したうえで方針を決定しているのであれば、ガルシアから言えることは何もなかった。

 

 合理性が認められるのであればなおさらだ。下士官の仕事とは、将校——すなわち指揮官が決断を下すための材料を提供するところまでだった。

 

「先遣は移動を開始します」

「幸運を、曹長」

 

 ガルシアは敬礼をささげた。ハリソンもそれに答礼し、本部人員を引き連れて階段へと向かう。敵を迎え撃つべく、階段を下っていく背中を見送ることはしなかった。刻々と近づきつつある銃声は、残された猶予の少なさを物語っている。

 

 今ガルシアが意識を向けるべきは、一刻も早い退避の完了、ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 レオナルド・カーソンにとって、ラクーンは地獄そのものだった。

 

 彼は、パナマと湾岸戦争を潜り抜けた歴戦の海兵隊員だった。U.B.C.Sに引き抜かれたのは、彼が所属する部隊が長距離の偵察中、遭遇した民間人を口封じのために殺害したとされたからだ。

 

 実際のところ、民間人と遭遇したのは事実だった。問題は、彼らを殺したのはカーソンの部隊ではなかったことだが、裁判の記録の上では別の見解が示され、それが結論とされた。

 

 異議申し立てもなにもあったものではなく、あれよあれよという間に不名誉除隊を強いられた彼にとって、U.B.C.Sリクルーターからのオファーは魅力的だった。

 

 現役時代の倍を超える給与、そして培った技術を発揮できる職場とくれば、身寄りのないカーソンにとってこれ以上の新天地はない。

 

 その結果が、死者が闊歩し、化け物が跳ね回る悪夢の街への降下だったのだから、その時の判断は考えものであるが。

 

 しかし、それはもはやどうでもいいことだった。

 

 彼の掌握する第二分隊はいま、小隊本部陣地を中心に設置された第二防御線を放棄し、小隊本部陣地へ帰還するための必死の撤退戦闘のさなかにあった。

 

 この状況では、自身の命を脅かすのは生命の摂理に反する活性死者でも、子供の悪夢を抜け出してきた肉のお化けでもない。銃弾と戦闘力学だった。すなわち、彼にとってはなじみ深い戦闘状況そのものだ。かつてパナマ、そしてイラクで駆けずり回った戦野と大差はない。

 

 そして、悪夢そのものの化け物どもに数日さいなまれた今とあっては、これ以上に昂る状況は存在しない。少なくとも、彼は今、戦闘員としての使命を自覚し闘志を燃やしている。

 

「ブラヴォー、東側の防御線をさらに一本後退させろ。そちらが位置についたらアルファを後退させる。了解か?」

『アルファ、ブラヴォー。了解、ブラヴォーは路地を一本後退する、交信終わり!』

 

 無線にがなり、それに対しての返答が即座に帰ってくる。

 

 路地をふさぐべく方々から集めた車やコンクリートブロックの隙間から部下が応戦する傍らで、彼は無線のハンドマイクを肩のカラビナにひっかけなおした。

 

 小隊本部陣地まであと三ブロック程度。彼が指揮する二分隊は現在、再編されたニ分隊人員と他小隊の生き残りを併合した増強分隊たった一個で敵の接近を足止めしている最中だった。

 

 東と南の二正面から接近中の敵は、少なくとも増強小隊程度と予想されていた。人員補強を受けてなお一個分隊で相手取るのは骨が折れるという表現でも生ぬるい。一つ間違えば――あるいは、間違いなどなくとも敵が優秀であれば――全滅が視野に入る。

 

 しかし、それは大した問題ではない。

 

 死人に食われ、あるいは二足歩行の爬虫類野郎に首を落とされ地に伏すのに比べれば、まっとうな死に方だ。

 

分隊長(リオ)、敵がバリケードに取りつくぞ」

「手榴弾で叩き潰せ。そのためにたっぷり分配されてるんだ」

 

 バリケードの隙間からM4をたっぷりばらまき、空の弾倉を入れ替えたマッコイが言った。彼とカーソンはもとより第二分隊の人員だった。ヴラッドがノーマッドの指揮を受け持ち、ダニエルが感染によって戦線離脱をしてから、彼らが二分隊を支えてきた。U.B.C.Sでの階級は二人とも伍長だったが、古巣では下士官教育を受けた軍曹の経験がある。

 

 もちろん、ヴラッドやダニエルがいれば、状況はもっと楽だっただろう。

 

 マッコイが手榴弾を投げた。彼の隣でM249をばらまいていたベケットもそれに続き、手榴弾を二個三個と次々バリケードの向こうへ投げつける。悲鳴、そしてそれを爆発音が押し流す。

 

 ヴラッドが優秀であることは、カーソンもよく知っていた。彼の指揮下で生き延びた経験は、そこに疑義をさしはさむ余地を認めない。無論、ヴラッドが戦闘員の能力に対して多くを要求する人間であることを知っていた。が、それは戦闘を生業とするこの組織にあって、当たり前のことであるとすら思っている。

 

 しかし、その二人はいない。ヴラッドは今、敵の後方へもぐりこみ敵を背後から食い荒らそうとしている。ダニエルはすべてを託して死んでいった。

 

 であるなら、自分たちの仕事は、ヴラッドが敵の背中にとびかかるその時まで時間を稼ぐことだ。それだけは、絶対的な事実だった。そしてその成否は今自分の双肩にかかっている自覚もある。

 

二分隊長(ツー・アクチュアル)、こちらブラヴォー。ブラヴォーは後退完了、送れ!」

「ブラヴォー、アクチュアル。了解、アルファ後退する。終わり。アルファ、街路を一本後退する。後退、後退、後退」

 

 ブラヴォーの報告を受け、カーソンは無線で掌握しているアルファ射撃班の人員に後退を命じた。大声を張り上げて周知するには敵との距離が近すぎたからだ。後退は、たとえ数秒であっても気取られるのを遅らせるべきだった。

 

 ベケットが、こちらの指示を受けることなく発煙弾をバリケードの向こうへ投げ込んだ。マッコイもそれに続き、あっという間に街路を埋めつくそうと膨れ上がる白煙の奥へ、ベケットがM249を連射する。

 

 その銃火を背にカーソンとマッコイは駆け足で後退した。そのまま、退路を埋めつくすように設置された障害物の最後の隙間を飛び越える。これ以上後退すれば、あとは小隊本部陣地となっているビルだけだ。

 

 カーソンはカービンを先ほどまで居座っていたビルの隙間に向けると、戦闘服の裾ポケットに押し込んだホイッスルを取り出して咥える。短音二回、長音二回、後退完了の合図だった。事前に周知した合図をいちいち確認するまでもなく、ベケットが機関銃を抱えて踵を返す。

 

 ベケットの背後で、バリケードが爆発とともに崩れた。取り付いた敵が爆薬を設置したのだろう。流石に、声に出して後退を命じない程度の小細工が長々と通用する相手ではない。

 

 カーソンは走り抜けるベケットの脇からカービンの連射を叩き込んだ。すぐ隣の路地でも、同じように後退したアルファの人員が敵と火力の応酬にもつれ込んでいるらしい。激しい連射の音が轟く。

 

 吹き飛ばされた障害物と路地を満たす白煙の向こうから、応射の銃火。瞬くそれにたっぷりの射撃を送り返す間に、危険な短距離走を走りきったベケットが飛び込んでくる。マッコイが最後の障害物を隙間に押し込んだ。

 

「点火栓と爆薬、用意しろ」

 

 カーソンは言った。

 

 最後の障害物から後退する際には、敵もろとも障害物を吹き飛ばすために爆薬を使用することになっていた。爆薬の担当はマッコイだ。彼は背嚢を下ろし、梱包爆薬と雑多な鉄片を詰め込んだ袋を引きずりだすと、遅発の点火栓に接続した非電気信管を爆薬に差し込む。

 

 それを尻目に、カーソンは敵方へ据えた銃口を逸らさぬまま、空になった弾倉を新しいものに入れ替えた。空の弾倉をポーチに押し戻し、いまだ晴れない発煙弾のもやの向こう、暗い街路の中でも僅かに見える人影のゆらぎに単発の射撃を送り込み続ける。

 

 敵は徐々に徐々にこちらに接近しつつあった。これまでの戦闘で、どれだけの戦闘員を削れたかは判然としない。おそらくはせいぜい数名だろうとカーソンは踏んでいた。少なくとも、十分な損害を与えたとは思えない。

 

 考える間に、敵が発煙弾を投擲した。転がったそれがあっという間に大量の白煙を吐き出し、前方視野を閉ざした。接近防止の一環として発煙弾は有効だが、当然、それは敵にとっても同様だった。

 

 視界を封じてしまえば射撃の効力は下がる。そうなれば、こちらにできるのは場当たり的に射撃を繰り返すだけになってしまうからだ。

 

 しかし、一番の問題はそこではない。敵の動向把握が難しくなることが問題だった。

 

 無論、小隊としてそこに手を打っていないわけではない。中隊本部が信頼できないと判断された時点で周辺の陣地化、通路の閉塞準備に並行して、建造物を通路として使用できぬよう障害構築が行われていた。

 

 よって、近隣の建造物は状況に対して無意味なほどに備蓄が余っていた爆薬類――ラクーン大学前に乗り捨てられた陸路部隊の搬入物資――によって通行阻害措置が取られている。具体的に言えば、障害物をどかせば、ワイヤーの先に潜むどでかい爆薬が爆ぜるといったふうに。

 

「後退の合図は」

「抑えきれなくなったらだ」

 

 ベケットの問いに、カーソンは返した。自らの言葉ながら、苦笑するしかないほど曖昧な言葉だった。しかし、そう答えるよりなかった。今すぐこの場を放棄して下がれば、数秒であっても稼げたはずの時間を失うことになる。それは避けたかった。

 

 しかし、同時に何をもってして後退の判断基準とするかは問題だった。少なくとも、二方向を防御する部隊の層は果てしなく薄く、一度破綻の兆しが訪れれば判断を差し挟む余地なく敵がなだれ込んでくる可能性はある。

 

 それは障害閉塞を行った街路を守りきれるかという、正面だけの問題ではなかった。左右を挟む建造物は確かにトラップで通行不能の壁になっているはずだが、それが確実に機能するかどうかは未知数だった。

 

 理屈の上では、戦闘中にそれらをどかして突破するのは不可能に近いはずだった。しかし、絶対ではない。絶対ではない以上、万が一は生じ得る。

 

「敵が撃ってこない」

 

 マッコイが言った。

 

 カーソンは、過熱で白く細い煙をたなびかせるカービンを抱え込み、弾倉を取り外しながら敵方を見た。弾倉の中身はまだ半分ほど残っている。それをカービンに押し戻し、目を凝らす。

 

 確かに、敵の射撃が止んでいる。

 

 嫌な予感がした。カーソンは短く口笛を吹き、周囲の部下の視線を自分に集めると、人差し指を唇に当てた。給弾リンクの入れ替えを行っていたベケットが手を緩め、静かにM249のカバーを閉じた。

 

 僅かに声が聞こえた。カーソンは数秒耳を澄ませ、聞こえた言葉の断片を脳内で整理する。思わず顔がひきつった。

 

「各局、アクチュアル。バリケードから離れろ!」

「なんだって」

「いいから離れろ!」

 

 マッコイの困惑をにじませた問いに、カーソンは怒鳴り声を被せた。すでにベケットは立ち上がって踵を返している。カーソンはそれを追いながら、マッコイの腕を掴んだ。無理やり引っ張り、背中を押し出す。

 

 背後で衝撃が生じたのは、その時だった。

 

 意識が、一瞬だけ途切れていた。そう気づいたのは、爆発による急速かつ局所的な気圧変化で馬鹿になった耳が、途切れなく火力を撒き散らす軽機関銃の銃声を拾ったときだった。

 

 カーソンは立ち上がろうともがきながら、握りしめたままのカービンを抱え込んだ。銃を手放さなかったのは、職業倫理と生存本能だった。腕の感覚はまったくなかった。見れば、破片のせいか爆圧のせいか、腕が血を滴らせている。

 

 どうにかうつ伏せになり、腕をついて体を起こす。視界の中、地面に血が飛び散った。それが自分の吐いたものだと気づくのに数秒。ひざをつき、立ち上がろうとして転ぶ。左足の先に重く響く鈍痛があった。

 

 それを見やり、ぼんやりと足の先を見つめた。ふくらはぎから先が吹き飛んでいた。なんてこったと呟いたつもりだが、激しい耳鳴りのせいで判然としない。先端の失せた足から、リズミカルに鮮血が撒き散らされている。

 

 ベケットが、軽機関銃を盛大にばらまきながら駆け戻ってくる。最大発射速度での射撃(ゴーイングサイクリック)など誰が命じたと小言を言おうとして、再び血を吐いた。おそらく、胴体も手酷くやられている。痛みがないあたりは、だめだろう。

 

 そこまで考えて、ひどく冷静な自分を俯瞰して笑う。しかし、実際にそう評価するようにないように思えた。

 

 視界の端から駆け寄ってくるマッコイに、カービンを投げた。震える手でどうにか弾倉を引き抜き、それも投げつける。

 

 弾薬は、生きている人間に必要だった。自分はもうどうにもならないだろう。その確信だけは、衝撃に吹き飛ばされて混乱する意識の中で、確信と言って差し支えないものだった。

 

「リオ、逃げるぞ」

「点火装置をおいていけ」

 

 マッコイが怒鳴り、カーソンは首を振った。駆け寄ってきたマッコイが、自分を見て絶句したのがわかった。眼の前にかがみ込んだマッコイの顔を見上げるのも億劫だった。ベケットが手榴弾を手当たり次第に投擲し、敵を押し返そうとしている。それも長くは持つまい。

 

「バカを言うな。下がるぞ」

「無理だ。点火装置を。いいから」

「リオ!」

「あとはお前が引き継げ。点火装置をくれ、もう時間がない」

 

 マッコイが手をかけ、カーソンはそれを振り払った。痛みが戻りつつあった。どう負傷したのか知らないが、マッコイの手を払い除けた自分の腕がぐにゃりと曲がり、そこからじくじくと神経を喰い荒らす痛みが這い上がる。

 

「マッコイ! 敵が突入してくる!」

 

 ベケットが怒鳴った。いま装填されている分のリンクを使い切れば、彼らの撤退も怪しい。マッコイが、一瞬だけ黙り込んだ。重く、思ったように動かない首を持ち上げる。数メートル後方、携行ランチャーの類で吹き飛ばされた障害物の奥で、敵が前進の準備をしているらしい声がする。

 

 マッコイがその脇に残置された爆薬を見た。点火装置も、その脇に転がっているのが見えた。

 

「いけよ。俺は先にいってる」

 

 カーソンは身を地面へ投げ出した。

 

 痛み以外の感覚のない腕を伸ばし、地面を掴んで身体を引っ張る。背後で、マッコイが何事かを叫んだ。走り去る足音、小火器の連射音。そうだ、それでいいと笑う。再び、吐血。

 

 カーソンは必死に這いずった。背後の連射音は、マッコイとベケットが射撃支援を続けていることを示していた。カーソンの死の前進には、それだけの価値がある。

 

 ほんの数メートルはしかし永遠にも感じられたが、ついにカーソンは点火装置を掴んだ。

 

 かすかな気配。射撃が止んでいる。マッコイとベケットは逃げ切れただろうか。考えながら点火装置を両手で握りしめて仰向けに転がるのと、黒尽くめの戦闘員が障害を飛び越えてくるのはほとんど同時だった。

 

 U.S.Sの戦闘員は、こちらを認めると瞬時に銃を指向した。迷いのない、素早く機械的な動作だった。カーソンが最期に見たのは、向けられた銃口から生じた発砲炎だった。

 

 

 

 突入してきたU.S.S戦闘員の放った銃弾はカーソンの下顎から額にかけてを連続して射抜いた。それは当然、頚椎や脳の主要な部分を瞬時に吹き飛ばし、爆発で全身に破片を浴びていたカーソンを即座に死に至らしめたが、ある一点においては手遅れというよりなかった。

 

 カーソンは、射殺される寸前、手にした点火装置の点火リングを引ききっていたからだ。

 

 

 生じた爆発は、先遣として障害物を突破したU.S.S戦闘員の三名を粉々に吹き飛ばした。それのみならず、膨大な爆薬量がもたらした爆発は、隣接するビルの壁面に大穴を開け、半世紀も前に建造されたビルのバランスを著しく失わせる結果となった。

 

 支えを失って崩れ落ちるビルが粉塵を巻き上げ、ラクーン中に爆発と倒壊の騒音を撒き散らす。その下、今際の際に自己犠牲を選んだ男の肉体は跡形も残らなかったが、それはこの戦闘において生じた戦死者の中で、もっとも人並みの死に方だったと言える。

 

 少なくとも、第二防御線から本部陣地へ撤収する中で戦死した三名の小隊員と数名のU.S.S隊員のうち、野ざらしとなり死者の餌食にならずにすんだのは、カーソンただ一人だった。

 




感想、意見、評価等お待ちしております。
続きはもう半分くらい書きました。頑張るぞい(白目)
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