死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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異形は闇に住まう

 1998年9月26日 0715時 ラクーン北西部 地下下水路

 

 

「それで、なんだってそんな捜索任務を」

 

 クラヴィス・カーターの問いかけが、コンクリートで固められた下水道に反射してこだました。

 

 地下は一切の明かりがなく、ライトを点灯させなければ何も見えない。この環境では、仮に暗視装置があったとしても役に立たなかっただろう。世間一般の認識と違い、現行の暗視装置は微光すら差し込まない環境では、イルミネーターなしでは使い物にならない。

 

「俺は爺さん子だったんだ」

 

 ヴラッドの代わりに、マディソンが答えとは言い難い返事を投げた。呆れたと言わんばかりのため息をこぼすクラヴィスを振り返ると、後衛を務める彼とジョエルの背後、遠くの闇に小さな緑の輝きがぼんやりと見える。

 

 地下、経路を見失わぬように、サイリウムをダクトテープで貼り付けておいたのだ。経路の要所にそれを貼り付けておけば、少なくともサイリウムが消えるまでの数時間は帰り道を見失わないで済む。

 

「それで、我らが軍曹殿の答えは」

 

 クラヴィスが、M14の筒先を下げてもう一度問うた。

 

 武器分隊である第三分隊には専門火器が多く配備されていて、クラヴィスの役割は分隊選抜射手に当たる。持ち込んでいるM14は減音器(サプレッサ)が組み込まれていて、彼を呼びつけたのはそれが目当てだった。

 

 やたらめったら、音を響かせないで済む。

 

「泣き落としには弱い。涙もろいんだよ、俺は」

「冷血ヴラッドが? 冗談きついぜ」

 

 クラヴィスがヴラッドの二つ名を口にした。

 

 Cold Bloodとヴラッドの発音をかけたその二つ名。U.B.C.Sに送り込まれて一年が経つが、配属後すぐに経験した作戦……アンブレラの機密を盗んで某国に売り払おうとした元職員を追って、南米で作戦を展開した際につけられた名だ。

 

 二重の情報漏洩があり、作戦中に待ち伏せを受けた際、命令を無視し功を焦った射撃班(FT)の救助を切り捨て、作戦の成功を重視したためだ。結果として孤立した射撃班(FT)は虐殺された。周りはそれを指して冷血ヴラッドと呼び、ヴラッドは上から使える駒として目されることになったが、当の本人からすればいい迷惑だ。

 

 どだい、孤立した射撃班(FT)はその段階ですでに包囲されつつあり、救助のためにその倍の損害を覚悟せねばならない状況だった。見捨てたのではない、すでに彼らの死は決まっていた。

 

 が、当の本人としても、その判断の合理性こそが冷血と呼ばれる所以にふさわしいことは自認している。それに、少なくともその時自分の指揮下にいたマディソンやダニエル、ジョエルは、その判断によって自分の命が守られたことを理解しているが故か、自分に対して信頼を寄せてくれていた。悪いことばかりではない。

 

「キャラに合わないって?」

 

 ライトを点灯させたまま、伸びる薄橙の明かりの先を見つめつつ問いかける。背後で、衛生担当のジョエルが茶化した返しに笑うのが分かった。

 

「お前が優秀なのはよく知ってるさ。だから、なんでそんなリスクを取ったのかと思ってね」

「老人を縛り上げて地図を奪うのは気分が良くない。それに俺たちは市民救助部隊だ」

「だからって、律儀に守ることはないんじゃないか。行っても誰もいませんでした、で済む話だろう」

「男の約束だ、違えたらあの世で親父が俺をぶち殺しかねない。それに、子供だからな。生きていれば、怯えているはずだ」

 

 数秒の間を置いて、お前さん、なんの罪でここに引っこ抜かれたんだっけか、とクラヴィスが苦笑した。

 

「認可の下りていない作戦に参加した。それで村を一つ焼いた。大人も子供もな」

 

 ヴラッドは、端的に説明する自分の鼻腔を、村が焼け落ち、人が黒焦げになっていく形容しがたい悪臭が満たしていくのを感じた。倒れ伏した人々、自分でとどめを刺した老人。たしかにあれは俺がやった。俺たちが殺った。でもそれは俺のせいじゃない。だって、作戦指令書があったじゃないか……たとえ偽物だったとしても。

 

 ふとした問いかけに、記憶の奥に押し込めた、しかしまだ色褪せない光景が滲み出すのを感じて、ヴラッドは記憶の元栓を締め直した。集中をかき乱す過去に付き合っていたら、ここでは一時間と持たない。

 

「罪滅ぼしか?」

「南部人だからって、感傷に浸るななんて法はあるまい」

 

 こちらの返事に控えめな問を重ねたクラヴィスは、短い、しかし湿った感情を含んだ返答になにかしらの納得を得たようだった。

 

「ま、いいさ。人でなしじゃないだけ信頼できるってもんだ」

「そっちも、お喋り以外の特技を披露してくれ」

 

 了解、と気を引き締め直した返事が帰ってくると、ヴラッドは銃口をゆったりと巡らせ、中央を流れる汚水の放つ臭いに眉根を寄せた。

 

 地下道は幅一メートル足らずの汚水路を挟むようにコンクリートで固めた足場が続いている。各水路の合流部分は金属の格子がはめ込まれて足場になっており、直径は二メートル半から三メートルほどか。

 

 老人――マイケルの言う通り、外に比べて随分と静か……というよりはほとんど無音に近い。自分たちの息遣い、ブーツの音が響き、嫌に大きく聞こえる。

 

 悪臭がひどいことを除けば、死者の音楽が届かない分心落ち着く空間だが、長居すれば電池がいくつあっても足りはしない。持ち込んでいるライトのランタイムは何時間も持つようなものではないからだ。

 

 水路の角には、格子状に広がる広大な水路の“目”の位置を示す記号と番号が振られていた。格子状の水路はどの方向にも自由に進めるというわけではなく、ところどころ、半円状の水路を塞ぐように鉄格子がはめ込まれて進路を塞いでいる。

 

 最短迂回路はすでにマイケルが地図に記していた。あとは要所にサイリウムを貼り付け、帰途の印を残しながら進めばいい。簡単な話だ。

 

 目的地までたどり着いたら、下水路から地下鉄の管理用通路へつながるドアを開け、そこから小隊長を捜索する。仮に本人が見つからなくとも、その痕跡さえ見つかればそこから次の方針を立てられる。

 

 頭の中に筋道を立てやるべきことを確認したヴラッドの耳が、ほんの僅かな異音を拾い上げた。

 

 同時に、背後で同じ音を耳にしたらしい部下が姿勢を落とす。後衛の二人が背後にライトを向け、ヴラッドとマディソンはM4にくくりつけたライトの光軸を、これから進むべき方向へと据える。

 

 甲高い、しかしかすれた音。何かの鳴き声のように聞こえた。地上を闊歩する死者どもの、低く悲しげな声音とはまた違うものだ。

 

 姿勢を落としてしばらく息を潜めたが、闇の奥に動作はない。自然光に比べれば随分と心もとない光の先、まばゆい輝きを残さず飲み干す貪欲な黒に目を凝らし、ヴラッドは前進を再開した。

 

 ソレを見つけたのは、経路の半分を消化し終えて少ししてからのことだった。

 

 水路の脇、コンクリートの歩行路の上に転がるシルエットをフラッシュライトの光軸がなぞり、地面にこびりつく影を生み出す。停止したヴラッドは、慎重にそれに歩み寄り、ヒトガタのそれにただの死人かと静かに胸をなでおろしたが、それは至近に寄って詳細を目にするまでの話だった。

 

「なんだ、これ」

 

 それは確かに人の形をしていた。ボロボロの衣服、傍らに転がる擦り切れたバッグと中身のガラクタを見るに、地下に住み着いていたホームレスの成れの果てかなにかなのだろう。

 

 が、異様なのはその風体だ。地上では、ひどく損壊した“食いかけ”の死体をいくつも目にしてきたが、これは全くの別物と言っていい。

 

 引き裂け、ほとんど小さな布切れに成り果てた衣服の下から覗く皮膚は、重度の熱傷を負ったかのように赤く色づいている。熱傷でなければ、死に至るほどの炎症だ。まばらではなく、全身くまなく赤く染まったそれは、まるで全身の皮を剥がれたようにすら見える。

 

 というより、皮膚がきれいに消え失せ、その下におさまっていた筋肉が露出した、といったほうが正しいだろう。薄い膜のようになった皮膚らしきものの下には、エレメンタリースクールの備品の人体模型のように、筋肉の筋がはっきりと見て取れた。

 

 しかしそれよりも目を引くのは、頭部と四肢末端の状態だった。毛髪がまばらに残る頭部も皮膚と同じように表皮が膜状になり、頭蓋の下に収まっていたはずの薄灰色の脳みそがその()()の輪郭をのぞかせている。手足の末端は肥大化し、爪が長く太く、より巨大に発達しているように見えた。

 

「わからん……気色悪いバケモンだ。一体なにがなんだか」

 

 マディソンが困惑と嫌悪感の混ざった眼差しを転がる死体へと向けたまま、慎重に銃口でそれの頭を小突いた。分厚いが色素の薄い膜が小さくたわみ、脳髄を保護するべく銃口を押し返す。粘膜の類に近いのか、M4のマズルが液体を絡め取って滑った。

 

「どうする」

「反応はない。死んでると見なしていいだろう。むやみにぶっ放して、変なものを呼び寄せたくはない」

 

 目をそむけたくなる異形、しかしその恐ろしく不気味な姿に視線を釘付けにされながら、ヴラッドはよどみなく返した。そもそも、四人きりの分遣隊、銃弾は温存しておきたい。

 

「歩く死体だけじゃないってことか、この街は。いいね、退屈しない」

「退屈しない代わりにあの世行きじゃないといいがな」

 

 クラヴィスが眉根を寄せたままで鼻を鳴らすと、ジョエルが低く冷静な声音で返す。衛生担当の彼はライフルを脇に避け、ぬめりを帯びて鈍く光るソレの脇にしゃがみこんだ。手にはめたグローブを外し、医療用のラテックス手袋に付け替えると、浮浪者だったのだろう異形の身体に触れた。

 

「熱を帯びてる。高温環境に長時間さらされたか、ひどい炎症……いや、この熱量だと炎症どころじゃないな。とっくに脳みそが煮えててもおかしくはない」

「最近まで生きていた、とか」

「わからん。死人が歩く街じゃ常識なんぞクソと同じだ。確かなのは、人間なら脳の蛋白が凝固してもおかしくはないくらいの体温ってことだ。頭蓋骨は行方不明、切開の痕跡は見当たらないことからみて、人為的なものじゃない。勝手にどこかに消えちまってる。四肢末端の異常形質も、表皮の状態も説明不能、オレにはわからん」

 

 軍務時代には衛生兵として活動し、医学論文をいくつか出しているジョエルの眉が、まるで理解不能だとばかりに歪む。彼にわからないことは、ここにいる誰にも理解不能だろう。

 

「早いところ地下鉄に向かおう。どうやら得体のしれないものがいるかも知れない」

「賛成だ。この状況、閉鎖空間は墓場と同じだからな」

 

 マディソンが頷き、ジョエルがラテックスを外して捨てた。ヴラッドは異形からライトを外し、再び進行方向へ筒先を向ける。

 

 再び闇を進む分遣隊の間に、私語はなかった。当然だ、あの訳の得体のしれない死体を目にして、気が張らないわけがない。ブーツの音、潜めた息遣い。ライトの照射範囲に視線が釘付けになる。良くない兆候だ。

 

 たとえ目視できる部分がライトの照らす範囲だけだとしても、一点に集中しすぎるとトンネルビジョンをもたらす。視野狭窄は高ストレス状況の持続で発生するが、結果として細かな危険の兆候を見落としかねない。

 

 経路の残りはほとんど消化した。あとは最後の角を曲がって行けば……。

 

 その時、今までに通過してきた背後の闇の奥から粘りを孕んだ重い音がして、ヴラッドたちは足を止めた。即座に振り返り、ライトを背後へ向ける。

 

「聞こえたか」

「ああ……接近してくるぞ」

 

 暗闇の奥から、ぺたぺたと間の抜けた音に混じって、硬いものを軽くぶつけるような音がかすかに響いている。それは等間隔で間断なく続いていて、徐々にではあるが、接近しているように感じられた。

 

「急げ。アンノウンに追いつかれる前にたどり着くぞ」

 

 ヴラッドは小さく、抑えた声で囁いた。部下が頷き、鉄道路線へのアクセスの際、老朽化したドアの開閉に手間取るようなら爆破する役目を負ったマディソンが先頭を締める。後衛のクラヴィスとヴラッドが位置を入れ替えた。

 

 ヴラッドが拳を頭の脇で二度上下させる。移動速度を上げる合図だ。それに従い、前衛の二人がほとんど走るような速度で前進を開始した。後衛の任務は後方警戒だが、駆け足で移動するとなればその必要はない。ヴラッドもジョエルも、M4を掴んで後を追う。

 

「そこを左だ」

 

 ブーツの音が闇に木霊して、装具が小さな金具の音を立てる。ヴラッドが指示を出し、前衛が左に折れると、背後で甲高く恐ろしげな叫び声が聞こえた。それはまさに、闇の奥に潜むバケモノのそれに相応しい、心臓を鷲掴みにする凶悪さをはらんでいる。

 

「畜生、追跡されてる」

「こいつだ、ドアが見えたぞ!」

 

 マディソンが叫んだ。彼が下水路のコンクリート内壁に設けられた鉄扉に飛びつき、割り振られた番号を確かめた。間違いなく、マイケルの示した通路だ。

 

「オンボロドアめ、錆びてノブが動かん」

「爆破しろ」

 

 ヴラッドは怒鳴り、膝をついて背後へ銃を向ける。物音――もはやヴラッドの本能が、それは足音であると喚き散らしていた――は更に接近していた。奇妙な足音だけではなく、それは濁った高く響き渡る叫び声を上げながら、こちらへ突っ込んできている。

 

「見えたらどうする」

「知るか、ぶっ放して沈めてやる。マディ!」

「待て、信管を用意する」

 

 肩越しに振り返ると、クラヴィスが奥を警戒する横で、マディソンが予め最低限度のサイズに分けて成形した爆薬を取り出しているところだった。円錐状に成形した可塑性爆薬(C4)成形炸薬(シェイプドチャージ)は砲弾の弾頭に用いられる事が多い。効率よく、最小限の爆薬量で最大の効果をもたらすからだ。

 

「急げよ」

「向こうが来る方が先だ、始末しろ」

 

 ヴラッドが急かすと、マディソンが足音の方向を示しつつ即席のケースに収めた爆薬をドアノブへと取り付けた。テープでそれを二重固定し、彼が信管を取り出すのを見届けず、ヴラッドは目前へ迫りつつある足音へ目を向けた。

 

 ソレはこの悪夢の街の闇に住まうバケモノらしく、天井を()()()現れた。最初に見えたのは、ライトの照射範囲に踏み込んだ、大きく発達した前足。太く長い爪は鋭利な光を放ち、ついで、明かりの中に踏み込んできた顔は粘液質にぬらりと光る。肥大化した頭部の内に収まる灰褐色の脳髄がひときわ目を引いた。

 

「おい、ありゃ……」

 

 ジョエルが低く唸るようにうめいた。

 

 先程までまとっていた衣服はどこにも見当たらないが、膜状に変化した頭皮にわずかに残る、粘液を滴らせて垂れ下がった髪は間違いない。生前、ろくに手入れしていなかったのだろう長くまとまりのないそれから垂れる粘液が、汚水に垂れて水音をたてる。バケモノはほとんどめり込んで消えかけた眼球らしきものを、こちらへと据えたようだった。

 

「撃て!」

 

 ヴラッドは自分に据えられた眼差しの虚ろな色合いを見、肥大化した肉に埋まりかけのそれが獲物を見定めた瞬間、M4を持ち上げて引鉄を絞った。

 

 下水道に銃声が木霊した。四方を囲まれた空間での銃声は耳に突き刺さるやかましさだ。三連射が突き刺さるや否や、バケモノはけたたましい怒りの咆哮を散らし、異常発達した四肢の爪をコンクリートに付きたてて、恐ろしい速度で横へ跳躍した。

 

「クソボケ、ゾンビだけで十分だっての!」

 

 ジョエルが罵り、M4を連射する。こちらの弾道を見きったか、ソレがさらに跳躍を重ね、ヴラッドめがけて報復の一撃を加えんと飛びかかる。ジョエルの射撃がソレを追い、宙を駆る赤い脇腹へ数発のライフル弾を叩き込んだが、一発は粘膜と筋肉質な体躯の上を滑ってコンクリートへ突き刺さり、残りも変異した大柄の異形を仕留めるには不足。

 

 眼前、右前肢の振るう一撃が駆け抜ける。

 

 ヴラッドは寸前で上体をそらしそれを回避した。目の前で振り抜かれた前足、顔に感じた強烈な風圧は、まともに受ければ首が吹き飛んでいたことを容易に想像させる。

 

 たたらを踏み、至近に踏み込んだそれへ銃口を向ける。狙いは頭部、セレクターを単射から三点射(バースト)へ切り替えると、大きな乱杭歯の口を開けたバケモノの口腔から蛇のように長く細い舌が伸び、M4のバレルを絡め取る。

 

 連射、反射的に引かれた引鉄がハンマーを開放し、シアのかみ合わせで自由を得たスチールの撃鉄が連続してライフル弾を激発させる。

 

 瞬く銃声、しかし舌によって銃口をそらされたM4は蛇のごときそれを撃ち抜いたにすぎない。予想外の反撃を受けて反射的に巻き取られた舌に引っ張られ、M4が手からスッポ抜けた。

 

 怒り狂ったバケモノがこちらの腸をえぐり出そうと前肢を振るう。射角が悪く、貫通弾と跳弾による誤射を意識してジョエルが射撃をためらう様子が視界の端に映る。

 

 死ぬ。

 

 鋭利な爪先が迫るのがスローモーションのようにゆっくりと見えた。引っ張られて落ちたライフルを拾い上げる余裕は愚か、腰の拳銃にアクセスする余裕もない。

 

 それでも反射的に右手で拳銃を掴んだヴラッドの横を、音速をゆうに上回る速度で合金の塊が飛び抜けた。

 

 低く抑制された発砲音、甲高いボルトの動作音はM14のそれだ。大口径弾を受け、こちらの命を刈り取らんとした腕がのけぞり、更に銃声が続く。過たず、前肢の同じ箇所に三発。5.56ミリとは比較にならない反動を持つ、制御の難しい大口径小銃とは思えない、驚くべき手練の射撃。

 

 大口径弾の連続着弾を受け、バケモノの前肢が引きちぎれた。振り抜いた前足、人間であれば肘の部分から先がもがれたそれを理解していないのか、獲物を捉えた感触がないことに怪訝な様子のバケモノの額へ、ヴラッドは引き抜いた拳銃の照準を向けた。

 

 支給品のシグではない、長く愛用する私物のHK P7。セフティを兼ねるスクイズコッカーを握り込み、撃針が後退したそれの引鉄を搾る。なめらかな引鉄の感触、手の中で目覚めた凶器が八度瞬き、分厚い脳膜へ突き刺さった。

 

 ほとんどがむしゃらの連射だが、身体に染み付くほど鍛錬を重ねたヴラッドの射撃は正確無比だった。至近距離であるがゆえに、弾着はほとんど数センチの円に収まるほど。一度に一点へ集中した拳銃弾は、分厚い脳膜を食い破り、そこに収まる灰褐色の脳髄をかき乱した。

 

 どさりと、バケモノが地面へ倒れ伏す。ヴラッドはそれを確かめ、ぴくぴくと小刻みに痙攣するバケモノの破れた脳膜へと銃口を据え直し、念の為に二発、叩き込み直す。

 

「ヴラッド」

 

 ジョエルが呼びかけると、ヴラッドは拳銃の使いかけの弾倉を入れ替えてホルスターへと戻した。流石に脳をかき乱されては、この異形とてひとたまりもないらしい。

 

 すぐ目の前に迫っていた死、その事実がひんやりと背筋を撫で上げるのを感じながら、ヴラッドはM4を拾い上げた。

 

「大丈夫だ、なんとも無い。クラヴィス」

「おう、無事で何より」

 

 すぐ背後、信管を爆薬へ突き刺したマディソンの脇から、M14を構えたクラヴィスがにやりと笑うのが見えた。

 

「いい腕だ」

「班長に最初に死なれちゃ困る。人情家ならなおさらだ」

 

 粘液の滴るM4は、汚れていることを除けば破損はないようだった。弾倉にはまだ半分以上弾が残っている。入れ替える必要はない。

 

「セット完了だ。随分鳴らしたからな、急ぐぞ。こいつが一体だけだとはおもえん」

 

 マディソンが信管を起爆装置に接続すると、どこか遠くから今しがた始末したバケモノと同様の叫び声が聞こえてきた。地下で音が反響し、どこでそれが叫んでいるのかは判然としないが、ここに長居すると周囲から襲いかかられる可能が高い。

 

「離れてろ、起爆する(Fire in the hole)

 

 マディソンの合図に応じて、全員が壁に身を寄せ、身をかがめて口を開けた。指を耳へ突っ込み、爆発による急激な気圧変化に備える。間をおかず、起爆信号を受け取った信管が小爆発を起こし、連鎖的に成形爆薬へと点火した。

 

 腹に響く爆発音、振動で肌がじんとしびれる。爆発音を聞きつけたか、闇の奥深くで複数の叫びが連鎖した。ほとんど咆哮と言うべきそれに急かされるように、ヴラッドはノブを吹き飛ばし、固定部を失ったドアを掴んで引っ張る。

 

 ノブ同様、ドアの外枠も錆びついていたが、爆発の衝撃で固着が緩んだようだった。大きく不愉快なきしみを上げて鉄扉が口を開くと、マディソンが間に潜り込み、足で強引にそれを押しのける。

 

「急げ!」

 

 マディソンが飛び込み、後にクラヴィスとジョエルが続いた。コンクリートへ爪を突き立てる足音が急速に近づいていた、ヴラッドもそこへ飛び込み、ドアを引っ張る。すぐ外でバケモノの声が聞こえ、ドアの隙間が頭一つ分まで狭まったとき、横からジョエルが金属の球体を突き出した。

 

 米軍の採用するM67手榴弾。頷いてやると、彼はピンを引き抜き、安全レバーを握りしめたままそれを外へ投げる。二人でドアを引き強引に閉鎖すると、金属扉を力強くひっかく耳障りな音がして、数秒後に爆発音が続いた。

 

「やったか」

「わからん、どちらにせよ、しばらく地下道は通りたくないね」

「行く先にもいないとは限らん、地下鉄だからな」

 

 すれ違うのがやっとといった幅の管理通路の奥へ銃口を向けつつ、マディソンが言った。彼正面、これから向かう先を照らすライトは、長く続く通路を弱々しく照らしている。

 

「その時は、火力の限り叩き潰す。その瞬間を生き延びることを考えろ」

 

 了解、と三人の部下は静かに応じた。どちらにせよ、進む以外に出来ることなど無いのだから。

 




ちなみに、今作中でリッカーという名称は使わないかもしれません。
なんせラクーン市警察の生き残りがつけた名前なので。
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