死者に祈りを、兵には讃歌を   作:兎坂

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地の下にも死は遍く

「さっきのありゃ何だ」

 

 通路はすぐに階段に変わり、より深くへ誘うように暗い口を開けるそこに差し掛かったとき、クラヴィスが全員の心中を代弁するように疑問を投げた。

 

「あの四つん這いおばけのことか」

 

 ジョエルがわずかにM4の筒先を下ろし、クラヴィスに肩越しの視線を投げかける。ヴラッドは前方へ集中したまま、その会話に耳を傾けた。

 

「歩き回ってるボケナスどもはゾンビ。あの四つん這いは……なんだろうな」

「新種の生き物だ、命名の名誉は我らが班長、頼れる軍曹に譲るべきじゃないか」

 

 首をかしげるマディソンの後を、ジョエルが引き継いだ。どうぞ軍曹と背後でジョエルがささやく。ヴラッドは前方にうすらと見え始めたドアを意識した。

 

くそったれの(Fuckin’)爪カエル野郎(ネイルフロッグ)

「カエルはあんなにデカくないし、変な爪生やしてないぜ?」

 

 クラヴィスがヴラッドの命名に思わずと言った様子で吹き出し、快活に笑った。他の二人も、彼ほどではないにしろ各々笑い声を漏らすのが肩越しに感じられる。

 

「訓練生時代に野外演習で飯が切れてね。そのとき、とっ捕まえて皮を剥いたカエルの足が、ちょうどあいつのでっかい手足にそっくりで」

 

 お前たちもフィールドワークでカエルくらい捌いたことがあるだろう、と足を止めて背後を振り返る。ライトが壁に反射して生み出す薄ぼんやりとした明かりの中に、歴戦の兵士たちのごつい輪郭が見えた。

 

「言われてみれば、地面にへばったあいつの格好はカエルに似ていると言えなくもないが」

「顔は随分可愛げがなかったがな。歯がサメみたいだったじゃないか」

「それよりあの舌だ、飛び道具持ちってのが厄介だな」

 

 マディソンが肩をすくめて頷くと、それにクラヴィスとジョエルが続く。歩みを進め、地下鉄の路線へと続いているはずのドアに取り付くと、ヴラッドは背後を振り返って部下を見た。全員会話は愉快げだが、顔はすでに危険地域を制圧する心構えができているのか、しっかりと引き締まっている。

 

「それで、ネイルフロッグで構わんな」

「ああ、もちろん。くそったれの(Fuckin’)爪カエル野郎(ネイルフロッグ)で。二度と呼ばずに済むことを祈るがね」

 

 マディソンが背後の二人をみやり、沈黙により同意を示したことを確認すると口の端に笑みを浮かべて頷いた。ヴラッドはそれを見、重厚な鉄扉のノブへ手をかけ、ゆっくりと押し込んだ。

 

 入ったとき同様、ドアはひどく重く硬かった。ほとんど使われることがないためだろう。メンテナンスもおざなりなのか、あちこちにサビが浮いている。ヴラッドはそれを脚で力任せに押しのけた。

 

 ぎぃ、と長く間延びするきしみを上げて扉が口を開く。

 

 扉が開くと、分遣隊はほとんどタイムラグを作らずその先へと飛び出した。ヴラッドが右、マディソンが左へ銃口を突き出し、後続の二人が交互に左右へ分散して銃口を巡らせる。

 

 閉所における対人戦闘は、出入り口の消化がネックとなる。ほとんど同時に左右へ、出来る限り多くの人員と火力を展開することが制圧を有利にする基本だが、銃を撃つ歩兵ではなく、歩く死人が敵となるこの状況では、単に染み付いた習性にすぎない。

 

「クリア」

「線路か。さて、ここからどうする」

「降下地点からみると、ラクーンステーションからアクセスを試みたはずだ。駅の方へ向かう。あとは出たとこ勝負。どちらにせよ、ここから研究施設へのルートは不明だからな」

 

 ヴラッドはライトの先に敵影のないことを確かめると、銃口を心持ち下へとずらした。伸縮ストックは肩に押し付けたまま、なにかあればすぐに射撃へ移れる姿勢で周囲を見回す。

 

 そこは地下を走る鉄道路線のど真ん中だった。中央にコンクリートの柱が規則正しく並び、その左右を線路が奥へと伸びている。壁には塗料印字で方向が示してあり、右がラクーンステーションへと伸びているようだった。

 

 その先、ラクーンシティの中央へ位置する駅のある方角から、遠くかすれてはいるが、低く間延びした、どこか遠吠えを思わせる死者の合唱が流れてくる。無念の声、死せども地に伏すことを許されず、煉獄を彷徨う犠牲者の悲しげなコーラス。

 

「気乗りしないぜ」

 

 クラヴィスが言った。

 

 全く同感だとばかりにマディソンが肩をすくめ、M4の弾倉を確かめる。それはヴラッドにとっても同じだったが、小隊本部の行方がわからないことには今後の方針すら決まらない。それに、野外無線がどうしても必要だ。

 

「俺も気乗りしないが、仕方がない。爆発物は控えろ。弾薬は温存、補充は望めない」

「歩く死体に手榴弾は効きそうにないからな」

 

 四つん這いのネイルフロッグと違い、頭部の位置が高いゾンビに爆発物の効果がどの程度見込めるのかは不明だ。手榴弾は破片によって敵を死傷させる武器であり、統計記録の上では頭部よりも四肢への重大な外傷による死亡者のほうがよほど多い。

 

 それに、手榴弾の加害範囲は思われているより広く、一〇メートルの距離をとろうと安全とは言えない。閉所で使うには不都合な部分が多かった。つい少し前、ネイルフロッグに使ったのは、鉄扉がそれを十分防いでくれる状況だったからだ。

 

 M67は一五メートル程度の加害半径を持つとされている。ヴラッドの経験則から言えば、遮蔽物のない状況での安全距離は二五メートルが最低ラインだ。

 

「捜索範囲は」

「現在地点から駅構内まで。見つからなければ、反対方向も捜索するが……どこかでマルコフに連絡を入れないと。少し待て。ノーマッドから03、聞こえるか」

 

 無線の送信ボタンを押し、安全地帯で待機しているはずのマルコフとの交信を試みる。ノーマッドは出発前に決めた分遣隊の呼び出し符牒だ。数秒待っても応答はなく、それはもう一度無線を送っても同じだった。自分たちがいるのは地下であるから、電波が届かないのは当然のこと、落胆はない。

 

「02から01、小隊本部。聞こえたら応答願う。02から01、聞こえるか」

 

 しかし、同じ地下空間にいれば通信が届く可能性は十分にありえる。それを踏まえ、念の為にハリソンへと無線を送ったが、こちらも応答はなかった。ハンドマイクが返すのは静寂のみだ。

 

「応答なしか。骨を拾わないで済むといいが」

「その前に自分の心配をしろ」

「帰れなきゃ金も貰えん。ロハはきついぜ」

 

 クラヴィスの軽口に各々適当に応じつつ、三人の部下は装備の残数確認をテキパキと済ませた。各自持ち込み弾薬はほぼ満タンで残っている。ジョエルが手榴弾を一つ消費したが、この状況では大した問題ではない。

 

「行くぞ。時間をかけすぎると、全滅とみなされる」

「勝手に死人にされたかない。早いところ結論を出そう、結果がどうあれ、な」

 

 ヴラッドの後をマディソンが引き受けた。彼の言うとおりだった。たとえ、痕跡が見つからなかろうと、全滅していようと、一刻も早く結論を出して、マイケルとの約束を果たさねばならない。

 

 駅へ向かうと、当然ながらというべきか、地下鉄の運行は完全に停止していた。

 

 しかしそれは、市の混乱によって引き起こされたものではなかった。地下鉄を運行すべき人員が、歩く屍になっていたからだ。

 

 ラクーンステーションのホームには、操る者のいなくなった車両が停止していた。ヴラッドらは、そこにたどり着くまでの間に鉄道職員の制服を着た死人を七人ほどあの世に送り返したあとだった。

 

 地下鉄路線には、ひどい混乱の形跡が残されていた。おそらくは初動の段階でここへ逃げ込んだのだろう市民を詰め込んだ車両が一両、地下の線路上で放置されていた。中身は、詰め込まれた元市民たちが互いの肉を貪った結果の阿鼻叫喚。

 

 黒ずんだ血で染まった窓を叩き、新鮮な肉を求める餓鬼共を目にすれば、そこでなにが起こったかなど想像に難くない。

 

 ホームの上では蘇った死者が、ほとんど血と骨になった死体に群がって夢中で死肉を貪っている。街の異常事態を告げる新聞や、雑多なゴミの散らばるホーム上を歩き回る死人の数はそう多くなかったが、散らばった肉のかけらや残された人骨の量からみて、逃げ込んだ市民の相当数が宴のごちそうになったことは容易に理解できた。

 

「下水のがまだマシだな。ひでえ匂いだ」

 

 つい今しがた自身のライフルで新たに四人をあの世へ送り返したクラヴィスが言った。駅構内には、粘度の高い、肌にまとわりつくような血と糞尿の匂いが充満している。並の人間ならとっくに胃の中身をすべて吐き出していておかしくはないが、分遣隊員はいずれも、形は違えども地獄をいくつも渡り歩いてきたベテランだ。

 

 とはいえ、ここまで血なまぐさい環境というのは戦地でもそうあるものではない。昔、アフリカの紛争地で経由地点にした民兵の救護所ですら、ここの噎せ返るような血の匂いには遠く及ばない。

 

「煙草を鼻にねじ込め。マシになる」

 

 マディソンが言ったが、クラヴィスは俺は吸わないんだよと首を振る。それを見、健康第一かよと小さく笑ったマディソンは、ポケットから取り出した煙草を彼に投げつけた。

 

「ちぎって半分にしろ。それを突っ込んどけば多少ごまかせる」

「親切にどうも。しかしまあ……いい気分はしないわな、こんなの」

 

 受け取った煙草を半分にちぎり、フィルターを捨てて鼻に押し込んだクラヴィスが、さきほどまで必死に肉を骨から引き剥がそうとしていた背広の男を小突く。後頭部から撃ち込まれた弾丸は、顔面を根こそぎ吹き飛ばして、煉獄に囚われた死者をあるべきところへ送り返していた。

 

 その骸の下には、胸から下を骨がむき出しになるまで貪り尽くされた、若い女の死体が転がっている。血に塗れた腕を必死に伸ばし、ほとんど白目をむいた苦悶の顔。生前は可愛らしい女性だったのだろうが、その必死の形相は、見るものを立ち止まらせる恐ろしさがある。

 

「俺らが救助するはずだった。そうだろ?」

 

 それを見下ろし、数発を残すのみとなった弾倉を入れ替えたクラヴィスが呟くように言った。ホームの奥では、こちらに気づいていないらしい死者が、ただの血溜まりになった犠牲者の残骸を夢中で漁っていた。まだ制圧を終わらせていないが、階段を登った先の改札フロアも似たような有様だろう。

 

「俺達がついたときには手遅れだった。責任を感じるなら、さっさと小隊長を探し出して本部に連絡をつけることを考えろ。再編すれば、まだ市民の捜索を行うだけの戦力はある」

 

 ヴラッドは眉根を寄せ、息絶えた女性に目を据えたクラヴィスに違うかと問いかける。彼は目を閉じて小さく、ほんの短い黙祷を捧げると、そのとおりだと頷いた。

 

 行くぞと、ヴラッドは言った。カービンをスリングで提げてホームに昇り、グリップを掴み直すとストックを肩に沈める。地上よりよほど死者の数は少ないが、閉所には死角が腐るほど存在する。どこから飛び出してきてもおかしくはない。

 

「どうする」

「改札エリアを制圧して、そこから管理設備をチェックする。監視カメラが生きていればログから過去の分の動きが探れるはずだ」

 

 マディソンの問いかけに応じたヴラッドは、ホームの数カ所に設置された監視カメラを示した。外から見る限り、破損している様子もなければ治安対策のダミーのようにも見えない。カメラがあるなら、それをチェックする設備があって道理だろう。

 

「了解、武器使用は」

「近づかれる前に撃て。近距離以外は無視して構わない。前進だ」

 

 奥で食事を楽しんでいた男が、こちらに気づいたらしくのそりと立ち上がる。あれはどうすると問いかけたクラヴィスに、退路を塞がれたら困るなと応えてやると、彼はスプリングフィールド製の古めかしいライフルを持ちあげ、引鉄を絞った。

 

 減殺された銃声に、甲高いボルトの音が続く。頭を吹き飛ばされ前のめりに倒れ込んだそれを無視し、ヴラッドは改札へつながる階段を駆け上がる。

 

 ホームも改札フロアも、血なまぐさいという意味では同じだった。薄汚れ、スプレーの落書きが目立つ壁は飛び散った血で上塗りされている。ところどころに酸素に触れて変色し、オイルのように黒ずんだ血溜まりが見える。

 

 逃げ込んだ市民か、警官が抵抗したのだろう。空薬莢に使い切った弾倉、そしてブローニング拳銃を握りしめたままの手が転がっていた。手の持ち主がどうなったかは考えるまでもない。

 

 ホームからの階段を上がるとすぐ目の前に、職員用通路とプレートを振られた金属製のドアが見えた。ドアにベッタリとついた赤い手形が生々しい。

 

「職員通路、これだ。ロックしてやがる」

 

 マディソンがドアノブをガチャガチャと鳴らしながら苛立たしげに吐き捨てる。

 

「爆薬を使わずに開けられるか」

 

 階段を上がってきた気配に気づいたらしく、改札口にたむろしていた死者がこちらへ狙いを定めて、ずるずると足を引きずるようにしながら接近を始めた。すぐ目の前、ドア脇の自販機にもたれかかっていた男がゆっくりと起き上がり、肉が削げ落ちて軟骨が飛び出た鼻腔からねばつく液体を垂らしながら、濁って黄ばんだ目をこちらへ向ける。

 

 ヴラッドはその頭にカービンを撃ち込んだ。首がのけぞり、掻き乱された頭蓋の中身が逆流して鼻腔から吹き出す。無力化した個体は一顧だにせず、銃口を巡らせて、登ってきたのとは反対側の階段から姿を表した死者へ狙いを定めた。

 

「最後にピッキングしたのはメキシコだぞ」

「国境をまたげば鍵が変わるわけじゃあるまい。ドアをぶっ壊したら、逃げた先が俺たちの棺桶だ」

「ディスクシリンダーだ、二分で済ませる。粘れよ」

「二分だ、聞いたな」

 

 マディソンが捜査官時代にツールを用いての解錠を特技としていたことは、アンブレラがよこした経歴調査書で把握している。彼は小声で何か罵ってから、ツールを取り出して鍵穴にねじ込んだ。

 

 改札機を乗り越えようとした死人の群れがバーでせき止められ、前のめりに倒れ込んだ先頭を乗り越えようと後ろから続く死者がのしかかる。次々と倒れ込む歩く骸ども。仲間を押しつぶし、こちらへと傷まみれで、あるいは腐乱しかかった腕を伸ばすそれらに、怖気を感じずにはいられない。

 

 まさに死者の津波。改札口に出来上がった死人の山の向こう、地上へ繋がる階段から、さらに増援が押し寄せているのが見える。

 

 ヴラッドは立ち上がった個体から優先してカービンを叩き込んだ。ジョエルもそれに加わり、クラヴィスは双方が弾倉を交換する隙を埋めるようにしてM14を撃つ。

 

 死者の数は膨大だが、手にした火器は三〇発をものの数秒で撃ち尽くす最新鋭の自動式。練達の射手にとり、うごきのとろい死人の頭部など大して難易度の高い標的ではない。ドットを重ね、なめらかに引鉄を搾る。反動を感じながら次の標的を探し、光点を頭に重ねて必殺の銃弾を送り込むのは、ほとんど機械的な動作だった。

 

 ひっきりなしに血に淀んだ空気を揺らす銃声はしかし、ヒステリックさとは対局の、抑制され理性に導かれた暴力の存在を示す。次々と頭蓋を射抜かれ、死者としてのあるべき姿へと送り返された骸が積み上がった。

 

 が、流石に限度というものがある。動きはとろく狙うのは難しくないが、膨大な数となれば抑え込むのに苦労する。すでに、上がってきた階段の方からも数体こちらへ向かっているのが見えた。退路を絶たれている。

 

「手間かけさせやがって。空いた……くそっ」

 

 マディソンの苛立たしげな声に振り向くと、引っ張ったドアの向こうから、土気色の顔をした男が彼に覆いかぶさろうとしていた。唾液か血液か判然としない粘っこいものが糸を引く口を裂けんばかりに広げ、マディソンの喉へかぶりつこうと顔を寄せる。黒い斑点のういた喉を腕で押しのけ、噛みつかれまいとしてマディソンがたたらを踏む。

 

 ヴラッドは残弾の少ないライフルを脇に回し、血に濡れた鉄道職員の制服の襟を掴むと、強引に引き剥がした。そのまま、へし折れているらしいぐにゃりとした腕を掴み、足を払って投げ飛ばす。自由を得たマディソンが、銃を持ち上げ職員通路へ飛び込んで叫んだ。

 

「急いで中へ入れ!」 

 

 投げ飛ばした死人は地面へ叩きつけられると、奇妙で餓えに満ちた呻きを上げ起き上がろうともがいたが、ヴラッドはその背中を踏みつけにした。左手でカービンを支えたまま、右手で拳銃を引き抜いてグリップを握り込む。

 

 スクィズコッカーの名が示すとおり、握り込む(squeeze)ことで撃針をコック状態にする特殊なグリップ。スライド後端からコック状態を示すピンが飛び出て、ヴラッドは引鉄を搾る。

 

 べしゃりと、地面に粘っこいものが散った。後頭部から飛び込んだ銃弾が頭蓋を撃ち抜き、どろりと黒ずんだものが溢れ出す。

 

「ヴラッド!」

 

 直ぐ側まで、死者の列が迫りつつあった。血に汚れて肉片と筋の垂れる腕をこちらへ伸ばし、もごもごと顎を動かす餓鬼共。その汚れ、腐り始めた口が放つ悪臭を感じ取り、ヴラッドはジョエルが開け放ったままにしたドアへと滑り込む。

 

 ドアが閉じると、すぐ背後でこちらを追い求めて金属が引っかかれる音が続いた。それは休みなく、鉄扉の向こうから長く伸びる呻きが染み出してくる。背筋を撫でる冷たい声音、死者の誘い。

 

 ドアをロックして拳銃を革のホルスターへ押し戻し、カービンの残弾を確かめる。マガジンキャッチの掛かる穴から見えるのはスプリングのみだ。もう五、六発程度しか残っているまい。

 

 弾倉を入れ替え、使いかけの弾倉を右側のポーチに押し込む。満タンの弾倉を左側へ持ってくるのは、軍務時代からの癖だ。

 

「帰り道は別に探さにゃならんな」

 

 ドアを揺らし、必死に肉を求める死者の声を聞きながら、ジョエルがぼやいた。彼も彼で使いかけの弾倉を入れ替え、小さく呼吸を整える。

 

 職員通路は、外と違って落書きこそ無いものの、照明の程度は似たようなものだ。満足の行く明るさではなく、薄らとオレンジの混じった照明はどことなく薄暗い。死人が跋扈する現状、“らしい”といえばそのとおりだが。

 

 そして、先程ゾンビに成り果てた職員がドアの内側から現れたことからも明らかだが、ここも安全とは言い難いようだった。廊下の壁に、血のついた手を引きずった痕がのこっている。地面にはかすれた赤黒い線が伸びていて、奥へと向かっていた。

 

 が、ヴラッドはその血の跡よりも、少し進んだ先のリノリウムの床に転がる薬莢に目が向いた。

 

 マディソンとジョエルがカービンを構えて奥へ進み、曲がり角の先をチェックする。クラヴィスは、閉所故に減音器(サプレッサ)を取り付けた長いライフルから、支給品のシグに切り替えている。閉所では拳銃のほうが都合がいい。

 

 ヴラッドは彼らの後を追い、地面に転がる薬莢をしゃがんでつまみ上げる。ハンティングによく用いられる.308や30-06より一回り小さいが、ライフル弾特有のボトルネック形状の真鍮ケース。

 

 薬莢底面の打刻は、.223ではなく軍用の5.56ミリであることを示していた。民間人でも手に入らないわけではないが、廊下の角を右に曲がった先、ジョエルの警戒する方向には、自分たちが用いるのと同じM16ファミリー向けの三〇連弾倉が転がっている。

 

「軍用の弾薬、それに弾倉。よっぽどぶっ放したらしい」

「だろうな、死体が向こうに転がってる」

 

 ヴラッドが顔を上げると、マディソンが廊下の先を示した。覗き込めば、頭部を吹き飛ばされた死体が二つ。一つは仰向けに転がり、頭蓋の中身を地面に広げていた。もうひとつは壁によりかかり、上顎から先が殆どなくなった頭部の中身を晒している。両方とも、胸部にも相当数の被弾痕が見受けられた。

 

「小隊本部の誰かか?」

「おそらく。コレを見ろよ」

 

 拾い上げた薬莢を地面に弾いて捨てたヴラッドの声に応じたジョエルが、廊下の先まで警戒しつつ前進し、何かを拾い上げた。それは拳銃の弾倉だった。しかも、見慣れたシグ用のものだ。

 

「カービンが尽きたんだろうな。めちゃくちゃに乱射したらしい、薬莢まみれだ」

 

 足元に散らばる9ミリの薬莢を軽くつま先で小突いてジョエルが弾倉を捨てた。彼の態度から見るに、発砲者の生存を期待していないようだった。それはヴラッドも同じだ。死体の数に対して散らばる薬莢の数が多すぎる。おそらく、パニックに陥ってがむしゃらに銃弾を撃ち込んだのだろう。

 

 壁に刻まれた弾痕も射手の慌てぶりを示していて、平均的な身長からみる頭部の高さよりよほど高い位置に着弾を示す凹みが散見された。それは腰丈より下の高さを見ても同様で、この通路だけで弾倉二本分かそれ以上に消費していると思われた。

 

「おそらく射手は一人。本隊とはぐれたか、唯一の生存者だったか」

「前者であってほしいね。後者となるとどん詰まりだ」

 

 ヴラッドのつぶやきに、うんざりした顔で応じたマディソンは、油断なく銃口とリンクした視線を通路に走らせている。

 

 ヴラッドは弾痕から見る射入角と、薬莢の散らばり具合から、射手の逃げた方向を推測しようとした。少なくともジョエルのいる方向から射撃したのは、血の散り方と弾痕の向きから見て間違いあるまい。

 

「どっちに行ったか……わかるわけもないか」

「総当たりで調べるっきゃ無いだろう。ゾンビだって外に比べたら雀の涙、二手に別れようぜ」

 

 クラヴィスが言った。彼はシグを右手に握り、集合地点はここでいいだろ、と続ける。態度からこの状況に焦れている事がわかった。地下で、先の見えぬ捜索となれば仕方あるまい。

 

「いいだろう。ジョエル、クラヴィスと行動しろ。職員エリアから外には出るなよ」

「死にそうになったら無線で伝えてやる」

「遺言も忘れるな。マディ、行くぞ」

 

 あとでな、とクラヴィスが手をひらつかせた。ジョエルは、こちらの返事にニヤニヤと笑いながら肩越しに視線を投げ、M4を構えて通路の奥へと消える。ヴラッドはそれを見送り、立ち上がって肩からぶら下げたカービンのグリップに手を添えた。

 

 職員用エリアは、予想通りホームや改札フロアと比べて死者の数が非常に少なかった。常から鉄道運行の保安上の都合で扉に鍵をかけているためだろう。が、それでも早い段階で逃げ込み、職員が匿った市民らしき死者が散見されるのは、仕方のないことだ。

 

 ドアを開け、中を検索する。死者がいれば銃弾を撃ち込む。撃ち倒した死者の確実な絶命を確かめ、隅から隅まで部隊員がそこにいた痕跡を探し、次の部屋へ。

 

 トイレ、職員の仮眠室、休憩用の座談室。片端から潰し、運行管理室のドアにマディソンが手をかけた瞬間、耳慣れた、しかしくぐもった銃声が破裂した。

 

 カンッ、と軽くピッチの高い音を立て、マディソンの頭のすぐ脇を何かが突き抜けた。ドアを貫通した銃弾の破片が、彼の頬に小さな裂傷を生み、彼が一瞬たじろいだ。それは致命的な隙だ。

 

「来るな! クソッタレの死人ども! ぶっ殺してやる」

 

 マディソンのベストの襟首についたドラッグハンドルを掴み、彼を強引に引き寄せると、そのまま銃弾が続きドアに風穴を追加する。反応が遅れれば自分がそれに貫かれていた事実に、マディソンが顔をしかめて小さく礼をよこしたが、ヴラッドはドアの向こうから聞こえた、苦しげでかすれかけた聞き覚えのある声に意識を向けた。

 

「撃つな! こっちは生きた生身の人間だ、ボケナス。ルーベンス、聞こえているか!」

 

 ヴラッドは怒鳴りつつ、マディソンの頬の傷を親指でほんの僅かに広げて確かめる。大した深さはない。破片がかすめただけのことだ。大事はないと判じて手を離すと、カービンの筒先をドアへと向けた。仲間であっても、正気を失っていれば何をするかわからない。

 

「くそ……ヴラッドか? 冷血がお迎えとはな……畜生」

「入るぞ、撃つなよ」

 

 数秒の沈黙の後、こちらの声で誰かを察したらしいルーベンスが咳き込みながら返事をよこすと、ヴラッドはノブに手を伸ばしてドアを開けた。そのまま、まず手を突き出し、ゆっくりと中を覗き込む。

 

 運行管理室の中は、死体が一つと、負傷した同僚以外に見るべきものはなかった。鉄道運行を管理するパネルは電源が入っており、路線の状況を示すモニター上で、いくつかの箇所が赤く警告灯を点けている。

 

 ヴラッドは、シグを握ったルーベンスがそれを膝の上へ垂らしたのを確認すると、分遣隊内で周波数を共有する分隊無線の送信機を押した。

 

「負傷者を発見、ルーベンスだ。運行管理室に入る」

『了解、こっちは警備室に入った。カメラで過去のログを確認する。終わり次第合流する』

「は……あえて嬉しいよ、ヴラッド。大丈夫か……弾は……」

 

 管理パネルにもたれかかり、腹部と首の付根から血を垂らしたルーベンスが、苦しげに喘ぎながら問いかけた。

 

「謝るなら俺にだ。頭ぶち抜こうとしやがって」

 

 後から続いたマディソンが、部屋に入るなりルーベンスに小言を垂れた。危うく殺されかけたというのに、その声音は朗らかだが、それもルーベンスの負傷を目にするまでだった。

 

 

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