もう一度、君に恋をする。   作:天然水いろはす

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今回、オリキャラは名前しか出ないことを予めご了承ください。


Chapter 3

 無機質な電子音が鳴り響く。

 

 ぼんやりと目を覚ますと、カーテンの隙間から漏れる光が朝であることを知らせてくれる。

 

 日差しの眩しさに目を細めながら、俺は未だに喧しく鳴り続ける目覚まし時計を止めた。

 

 時刻は七時三〇分。

 

 いつもならまだ寝ている時間だが、今日は和泉と一色と奉仕部で出かけることになっている。なんでも和泉が作りたいお菓子をまずは探しに行こうとの話らしい。

 

 どうして土曜日という休日に奉仕部の部員として外出しなければならないのだろうか。

 こと比企谷家では完全週休二日制を採用している。だから、休むといったら休むのだ。ただ、問題は奉仕部が週休二日制であるという点である。完全週休二日制と週休二日制は別物なのだよなぁ。将来働かざるを得ない人は必ず求人情報によく目を通したほうがいいことをお勧めする。つまり、奉仕部的には依頼と言われてしまえば土日だろうと祝日だろうと稼働やむなし感がある。

 

 っつーか、それよく考えてみれば週休二日制でもないじゃねぇか。なんなのこのブラック部活は……。

 

 重い身体に鞭を打って、起き上がるため毛布をめくろうとしたとき、(わず)かに開いた隙間から冬の冷気が侵入した。あまりの寒さに、思わず毛布にかけていた手が離れる。

 

 

「うわっ、さみぃ……」

 

 

 そう零してしまうほどに寒かった。再び毛布を勢いよく頭から被り直し、深く深く潜り込む。

 

 本当に困ったものだ。

 

 この時期の布団って結構ツンデレなんじゃないかと思う。朝とか今みたいに「一緒にいてくれないかな……」って離してくれねぇし、それに夜は布団に入るときなて「もぉっ! 私を一日ほっといた君が悪いんだからねっ!」って感じに冷たい。でも冷たいんだけど、しばらく一緒にいるとすぐに暖かく接してくれるなかなかに可愛い奴なんだ。まぁ、奴といっても相手は無生物なんだけど……。

 

 閑話休題。

 

 たしか千葉駅に一〇時集合だったはずだから、約束の時間までまだ準備し始めるのに余裕がある。どれくらい余裕があるかというと、だいたい三〇分くらいある。

 

 つまり、それくらいの時間を有していれば二度寝を決め込むことができるのだ。

 

 再び夢の世界へ旅立とうと目を閉じかけたとき、枕元にある携帯電話の振動する音がした。俺は仰向けの体勢からぐるんとうつ伏せになって、相手を確認する。

 

 ディスプレイには『☆★ゆい★☆』の文字。由比ヶ浜だ。以前、登録されたときにスパムメールの差出人っぽい名前で一時変えようか迷ったが、結局面倒でずっとそのままにしていたのだ。

 

 それにしてもこんな時間になんだろうか。もしかして、今日の予定は中止になりましたっていう連絡だったり……。

 

 俺は僅かな期待を込めて通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。

 

 

「あ、やっと出た。もう遅いよ!」

「……わ、……りぃな」

 

 

 寝起きのせいか、思うように呂律が回らず(かす)れた声を出してしまうと、電話越しにふふっと小さな笑い声が聞こえてきた。

 

 

「ヒッキー、もしかして今起きたばっかり?」

「ふわぁあ……。まぁな、今日なにも予定がなければ二度寝どころか三度寝、四度寝を決め込んでたんだが」

「もう、それはいくらなんでも寝過ぎだし。ていうか、ヒッキーって平日とか教室来るのよくギリギリだけど朝弱いの?」

「んー、朝が弱いっつーかこの時期の朝がダメで起きれないな。寒すぎて、今も布団にくるまってる」

 

 

 再び出ようとする欠伸を噛み締めてそう答えると、電話の向こうで息を呑む音がした。

 

 けれど、少し間が空いても喋り出す気配がない。

 

 もしかして通話の不調か? と思ったがこんなときの対処方法を俺は心得ていない。誰かと携帯電話で通話することなんて小町以外にあんまりないし、それに小町とだって基本メールのやりとりだ。

 

 どうしたものかと考えてていると、ふとディスプレイの一番右上に表示されるアイコンに目がいく。物は試しだと思い、スピーカーモードに切り替えると同時──。

 

 

「じゃ、じゃあさ。学校ある日はあたしが毎日その……お、起こしてあげよっか?」

「……へ?」

 

 

 予期せぬ言葉に俺は素っ頓狂な声が出た。

 

 

「あ、や、やっぱなんでもない!」

「そ、そうか……」

 

 

 電話越しだから相手の顔は見えないけれど、今頃由比ヶ浜はなにかを誤魔化すようにお団子髪をくしくしと撫でているんだろうな、と勝手ながら思う。

 

 それにしても由比ヶ浜に起こしてもらえたらきっと……。

 

 

『おっはよー! ほーら起きて起きて!』

『…………』

『ちょっと待ってよぉ、どーしてまた寝るのー?』

『あと……五分……』

『もぉ、仕方ないなぁ。五分だけ待ってあげるね』

 

 ──そして五分後。

 

『えっへへへ……やっと起きたね、おはよー』

『……お、おはようさん』

 

 

 うん、ヤバいな。なにがヤバいって、先日アニメ化されたラノベの主人公とヒロインのやりとりを俺と由比ヶ浜で当てはめて妄想している所がもうヤバい。

 

 なんだかむず痒くなり、布団から起き上がってカーテンを開ける。今日は冬晴れのいい天気だな。

 

 

「それで、こんな朝からなんの用だ? もしかして今日の予定は中止になったのか? 中止になったんだろ?」

「なんでそんな嬉しそうに聞いてくるし……。言っておくけど、中止にはなってないからね」

「だったら、なんだよ?」

「え、えっとさ……。ゆきのんといろはちゃんは今日来れないらしいの」

 

 

 由比ヶ浜に事情を訊くと、なんでも雪ノ下は家の用事で、一色は平塚先生に生徒会のことで呼び出されたらしい。

 

 雪ノ下はともかく休みの日まで生徒会長として学校にいかなければいけない一色って結構可哀想だな。

 

 

「てことは、今日は俺と由比ヶ浜と和泉の三人になるってことか?」

「じ、実は……あたしも今日急に親戚の子どもの面倒を見ないといけなくなっちゃって無理なんだ。ほんとごめんっ!」

 

 

 まさかの由比ヶ浜もドタキャン。

 

 雪ノ下も一色も無理で由比ヶ浜も無理。つまり、それが指し示す答えを俺は否応なしに突きつけられる。

 

 

「──あ、思い出した。俺もアレがアレでアレだから行けそうになかったわ、うん」

 

 

 人間誰しも嫌なことから目を背け、回避しようとする。咄嗟に口から出た言葉がそれを如実に物語っていた。

 

 

「……ヒッキーがそう言うときってなにもないときだよね。小町ちゃんからそう聞いてるよ」

 

 

 小町ぃ……。お前なに勝手に人の断り文句をバラしてんだよぉ……。

 

 ため息混じりに俺の逃げ道を塞ぐ由比ヶ浜は、それに、と言葉を続ける。

 

 

「ふうぴょんにもさっき電話して聞いてみたんだけど、今月は今日しか時間が取れないらしいんだって」

「いや、だとしてもだぞ? お菓子作りなんてやったことない俺一人じゃあ絶対役に立たないこと間違いなしだからな?」

「大丈夫。今日一番大事なのは男子からの意見だから、むしろヒッキーにしかできないことだよ。だから頑張ろうよ? ね?」

 

 

 駄々をこねる子どもを(なだ)めるかのような優しい声音に、これ以上間接的に否定の言葉を並べるのは(はばか)られた。

 

 

「……まぁ、依頼だしやるだけやってみるわ」

「ほんとに今日はごめんねヒッキー。それじゃあ、休み明けの月曜日にまたね!」

「おう。またな、由比ヶ浜」

 

 

 言って、向こうが通話を終えたのを確認してから電話を切る。暗くなった画面に薄らと映る瞳は、いつも以上にどんよりと濁らせていた。

 

 

(今日は和泉と二人きりか……)

 

 

 中学の頃ならば学校一の美少女……一部の間で天使と呼ばれていた彼女と二人きりで、ましてやプライベートで出かける展開は学校中の男子全員が一度は望んだことであろう。

 

 勿論のことながら学校中の男子全員という括りに俺も含まれていたが、中学二年の委員会決めで彼女と同じ図書委員になって認識が一変した。

 

 彼女──和泉風花は美少女だ。そこは認める。

 

 ……がしかし、純粋な男子の心を(もてあそ)ぶし、パーソナルスペースという名のぼっちの固有結界をあっさりと破ってくるしで天使と呼ぶには(いささ)か微妙である。天使と呼ぶよりは堕天使、もしくは小悪魔と呼んだほうがしっくりくる。

 

 一年の時を経ても彼女への苦手意識は変わらず、今日の俺は上手くやっていけるだろうかと不安が募るばかり。

 

 とりあえずお腹がぐうぅっと音が立てたので、朝食を取ろうとリビングへ向かうことにした。

 

 扉を開け自室を出ると、ちょうど隣の部屋から小町が寝ぼけ眼を擦って出てきた。

 

 

「ふわぁ〜……あーお兄ちゃん。おはよー」

「おう、おはよう小町。やけに今日は眠そうだな」

「まぁね。ちょっと昨日、数学でわからないところがあって遅くまで勉強してたから……」

 

 

 再び大きな欠伸をする小町の目の周りが、薄黒く隅どられていることに俺は気づいた。

 

 

「……あんまり無理すんなよ? 体調崩したら元も子もないからな」

 

 

 二月一四日は、世間一般でいうバレンタインデー。女の子が好きな男の人にチョコレートを渡して想いを伝える日だ。

 

 しかし、その日は同時に高校入試、小町の試験日なのである。

 

 

「心配してくれてありがとね。でも、お兄ちゃんと同じ学校に行きたいからやっぱり頑張らないと。──あ、今の小町的にポイント高い♪」

「……最後のがなければな」

 

 

 言って俺は所々寝癖が跳ねた小町の頭をわしゃわしゃと撫でた、というよりはかき混ぜた。

 

 

(俺も最後の一年を小町と過ごせたら嬉しいよ)

 

 

 こんなこと口にしたらきっと小町に負担を与えてしまうから、この言葉は胸の奥にそっとしまっておく。

 

 今の俺にできることはせいぜい、なるべく小町に迷惑も心配も気苦労もかけないようにすることぐらいだ。結構多いな、おい。

 

 

「ところで、小町は今から朝飯か?」

「うん、そうだよ」

「それなら昨日の残り物にするか? それともパンにする?」

「う〜ん、朝は軽めがいいからパンにする。……ていうかお兄ちゃんが準備してくれるの?」

 

 

 意外そうな顔で見上げる小町に、俺は撫でていた手を離す。

 

 

「いつも小町がやってくれてるんだから、たまには俺がやったっていいだろ?」

「ほぇー、お兄ちゃんにしては珍しい……」

「そゆわけで先に朝飯の準備しておくから、お前はその酷い寝癖を直してこい。めっちゃ乱れてるから」

「半分はお兄ちゃんにやられたものなんだけどなぁ〜」

 

 

 跳ねた寝癖を確かめるように、小町は髪を押さえながら階段を上がろうとする。

 

 だがその間に。

 

 

「あ、そうだ小町。聞き忘れてたけど飲み物なににする? ちなみに俺はコーヒーだけど」

「それじゃあココアでお願い。それもミルクたっぷりのやつ」

「りょーかい」

 

 

 腹が減っては戦もできぬってよく言うし、俺も腹ごしらえをして万全を期しますか……。

 

 朝飯の準備といってもパンをトースターで焼くだけだし、飲み物に関しては電気ポットでお湯を沸かすだけだから特に大変なことはない。

 

 やはりというべきか、早々に準備が終わり手が空いてしまった。小町は寝癖直しに苦戦しているのかまだ来ない。さすがに先に食べ始めるのはアレなので炬燵(こたつ)に足を突っ込み、テレビの電源を入れる。

 

 

『あともう少しでバレンタイン! 女性のみなさんは準備をし始めていますか? 今日はいろいろなチョコレートやレシピを紹介したいと思いますっ‼︎』

 

 

 そんなニュース番組のバレンタイン特集に、思わずチャンネルを変えた。

 

 しかし、チャンネルを変えた先でもバレンタイン特集、バレンタイン特集、バレンタ……ってどの番組も似たようなことしかやってないじゃねぇかっ‼︎

 

 嫌がらせかっとリモコンを投げ捨てようとした。それとほぼ同じタイミングで、がちゃりとリビングのドアが開く音がする。

 

 どうやら小町が来たらしい。

 

 

「どしたの? そんな腐った目でテレビなんか睨みつけたりしてさ」

「いや、なに、世間のみなさんが頭の中ピンク一色すぎてな……」

「あー、たしかにもうそんな時期だもんねぇ。お兄ちゃんは今年誰かにチョコ貰えそうなの?」

 

 

 俺同様に炬燵に足を突っ込んで、小町は出来上がったばかりのパンにジャムを塗ったくりながら聞いてくる。まったく、わかりきったことを首を傾げながら聞くんじゃない。可愛すぎるだろ……。

 

 

「あのな、チョコを貰えるかどうかなんて小町が一番よくわかってるだろ……」

「けど、お兄ちゃん。誰宛かわからないゴディバのチョコを中学三年間貰ってたじゃん」

 

 

 小町の何気ない一言にパンに伸びかけていた手が止まる。

 

 そういえば、そんなことあったな。チョコに詳しくない俺でも知る有名店。高級チョコと聞いて小町と半分こにして食べてたなぁ……。小町も喜んで食べていたし、くれた奴には感謝しているけれど……。

 

 

「まぁ、あれはイタズラかなんかだろ。机の中にあったチョコを見つけたとき俺の反応を、きっと楽しんでいたに違いない」

「……はぁ、お兄ちゃんどうして素直に受け取れないのかなぁ。だいたいイタズラ目的で高級チョコをくれるわけないでしょ、この……ごみいちゃん」

「っておい。炬燵の中で足を蹴るな」

 

 

 文句を言うと、向かい合わせに座る小町は食べる手を止めた。

 

 

「……あのさ、お兄ちゃん。たまには素直になったほうが色々といいことがあると小町思うのですよ」

 

 

 そう言って、小町はいつもより大人びた顔で微笑む。俺を見上げる眼差しはまっすぐで優しくて、温かい。

 

 そんな視線が気恥ずかしく、俺は目を逸らす。すると、小町も照れくさくなったのか勢いよく残りのパンを食べて、ごくごくとココアを飲み干した。

 

 

「それじゃあ、小町はまた勉強してくるであります! それとお兄ちゃん、外へ出かけるようなら帰りにコンビニであのちょっと高いプリンが食べたいなー……なんて」

 

 

 言いたいことだけ言って、小町はがちゃりとドアを開けてたったったと階段を降りていく。

 

 

(素直に、か……)

 

 

 俺は慌しい妹の背中を見送って、再びテレビに視線を移す。

 

 

『第一位はみずがめ座のあなた! 気になるあの人と急接近する出来事が起こるでしょう。そんなあなたの今日のラッキーアイテムは伊達眼鏡。そして最下位はしし──』

 

 

 最後まで見ずにテレビの電源を切り、ぬるくなってしまった甘ったるいコーヒーを苦々しい表情をしながら飲み干した。

 

 ……やっぱり今日はいいことがない気がする。

 




最後まで読んでいただきありがとうございました。

前回の続きで、今回の話で八幡とふうぴょんメインの話を期待していた読者の皆さま誠に申し訳ございません。どーっしても作者が小町ちゃんを登場させたくて書いたお話です。

それにしても、ふうぴょん名前しか出てないのに前回の話より文字数多いとかちょっとびっくりです。一回区切ろうかなと何回か思いましたが、『次回は八幡とふうぴょんのデート回だっ!』と思ってなんとか終わらせた次第です。

不定期更新ですが「面白い」「続きが気になる」っていう方がいましたら、感想・お気に入り・評価をお願いします。

前回の話より感想貰えて励みになりました! ありがとうございます!
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