ウルトラマンオーブ 第4.5章 少女の決意   作:ライフォギア

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前編:出会い

 とある砂漠の中で1人の青年が歩いていた。

 からりとした風が吹いて、ぼろきれのような灰色のストールが揺れる。

 砂を踏みしめる度に足が埋まり、靴を通して暑さが伝わって来ていた。

 上空から差す光と相まってそれは大層な暑さになるが、青年はそれに動じる様子は無い。

 辺り一面代わり映えのしない黄土色の中で、青年はほんの少しだけ景色の変化を見つけた。

 遠目での判別だが、それは町だった。

 

 

(……行ってみるか)

 

 

 青年は旅人だった。

 目的はあるが、目的地は分からない。そういう旅人だった。

 だから目的を果たす為に当ても無く彷徨っている渡り鳥。

 気が向いた、という理由なだけでしかないが、青年は町であろう方向へ歩を進めた。

 

 

(やっぱり、町か)

 

 

 町の中は立派なもので、石畳が敷かれており、見事な石造建築がなされている。

 町の入口から周囲を見やった後、青年は町へ足を踏み入れた。

 砂漠の暑さから身を守る為か、フード付きのローブを身に纏っている人ばかり。

 暑さから頭を防護する事も無く、ストールだけの青年は何処か浮いていた。

 故になのか、それとも彼自身の雰囲気からか、彼はこの町の人間ではないと誰からも思われていた。

 物珍しいものを見るような目を向ける者もいるが、どうやらこの町はよそ者や異物を嫌う村社会的な概念は希薄なようで、特に青年に危害を加えようという人は見受けられない。

 

 

「ん……?」

 

 

 そんな町を散策する青年の前に、フラリと小さな少女が現れた。

 少女は痩せていた。食べる、という事に縁が無いように見えた。

 少女はボロボロだった。着ている服も、青年のストールより汚れている。

 一言で言えば、みすぼらしい子だった。

 ただ1つ、青年を見つめる『目』だけを除いて。

 

 

(……目だけは、何かに満ちてんな)

 

 

 青年はその『目』を見て、少し驚いていた。

 少女は奴隷だろう。この時代ではよくある話だった。

 青年は優しかった。

 酷い扱いを受けている奴隷の子を見つければ、その世話をしてやった事もあった。

 道端で死んでいる子がいれば、供養してやった事もあった。

 結局、救えた事は極僅かなのだが。

 

 奴隷にも程度の差はあるが、恐らくこの子はかなりひどい扱いを受けているタイプだ。

 見た目からも、そのふらつく足取りからもそれは容易に見て取れる。

 ただ、目から光が死んでいなかった。

 それは今まで見てきたどんな奴隷の子とも違っていた。

 

 

「旅の方、ですか……?」

 

「……ああ。何か用か?」

 

 

 少女の声は掠れていた。

 声を出す覇気すらも失われかかっているのだろうか。

 それでも彼女は膝を折り、地面に頭を擦りつけた。

 かつて『別の世界』にて青年が立ち寄り、後々に青年が『この世界』で立ち寄る事になるとある国で、土下座と言われるものに近い姿勢。

 この時代、この国にその文化は無いが、その常人がするのなら酷く屈辱的な姿勢を持って、少女は青年に懇願した。

 

 

「私を、買ってくださいませんか……?」

 

 

 奴隷の子を見てきた事はあるが、こういう願いを言われたのは初めてだった。

 しかし青年は眉1つ動かさず少女を見つめる。

 周囲の人間が、この少女の事を嘲笑っていた。

 

 奴隷風情が、旅人にまですり寄るのか、無駄な事。

 

 色んな声が聞こえてくる中で、青年が取った行動は。

 

 

「おい、顔上げろ」

 

 

 青年は膝立ちの姿勢になって、顔を上げた少女と同じ目線まで高さを低くした。

 そうして一言、彼女へ告げる。

 

 

「買ってやるよ」

 

 

 そうして青年は優しい笑顔で少女の手を取って、立ち上がらせた。

 少女は戸惑っていた。

 奴隷を買う。それはいい。

 ところがこの青年の態度は奴隷に対して──少なくとも今まで自分が見てきた人間の中で、あまりにも優しい顔だったから。

 立ち上がろうとして、ぐらりとバランスを崩しかける少女。

 そんな少女を慌てて支えた青年は流石にそれを見かねたのか、少女をおぶってやった。

 

 

「そんなんじゃ、すぐくたばっちまう。まずは飯食ってからだな」

 

 

 背中に乗っけた凄まじく軽い少女へ横顔を向け、青年は歩き出す。

 奴隷をおぶるなど本来は有り得ない。

 それは言ってしまえば、『奴隷の世話をする主人』という構図に他ならないからだ。

 周囲の人間のザワつき、動揺、戸惑いなど無視して。

 奴隷の少女すらも青年の態度に動揺を隠せない中で、青年は少女を連れて歩き出した。

 

 

 

 

 

 適当な店で青年──『ガイ』は、木の実等々、食料を幾つか購入した。

 店主には奴隷をおぶる青年という時点で驚かれていたが、青年が出してきた大金にも驚いていた様子だ。

 明らかに食料を買うにしては多すぎる金を店主に差し出したガイは、店主に向かって口にした。

 

 

「これとこれとこれ、あとこれもだな。こんだけありゃ、足りるだろ?」

 

 

 それは勿論、と、羽振りの良い客に心を躍らせた店主はいそいそと指定されたものをガイへ差し出していく。

 それをガイの背中越しに見ていた少女は疑問を抱いていた。

 何処かの上流貴族、とまではいかなくとも、明らかに今の大金は普通の買い物で常人が出せる金額ではない。

 一体彼は何者なのか。私を買ってくれるというこの人は、何なのか。

 

 少女は恐怖していた。

 一体私は、どれだけの人物に買ってもらったのだろうか、と。

 

 

 

 食料と水を手に入れたガイは町の外れ、人のいない場所へやって来ていた。

 人目のある場所では彼女がどんな目にあうか分かったものではないからだ。

 無用なトラブルを避けたかったのと、この暑さの中では彼女の体力も持たないだろうと、建物の日陰になっている場所を選んでいた。

 

 

「ほれ、まずは食え」

 

「いや、え、あ……」

 

「……じゃあ、命令するから食えって」

 

 

 木の器に入れられた簡単なスープ。

 木の実や作物を切ったり焼いたりしてできたサラダのような、割と雑な料理。

 それから普通に売っていたパンを数切れ。

 それらを差し出された少女は本気で戸惑っていた。

 今までこれほど多くの食べ物を一気にもらった事が無かった。

 何より、買った本人より先に奴隷が食べる、という事が無かったからだ。

 

 しかし命令とあれば従わないわけにもいかず、少女は恐る恐るスープに口をつけた。

 ガイは適当に木材を使って火を起こしており、それを使って煮たスープだった。

 温まるような感覚を少女は覚える。

 確かにこの町は砂漠に近い事もあって暑いが、そういうのではない、心まで温まるような。

 フッと微笑んだガイは「どんどん食え」と少女へ食を促した。

 

 そうしてガイの言われるがままに食べていった少女は、初めて『満腹』という状態を味わう事ができたのだった。

 

 

「さて、よく食ったな。お、顔色も少し良くなったんじゃないか」

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「貴方は、私に、何を求めるのですか……?」

 

「……あー」

 

 

 頭を掻いてガイは困ったような表情を浮かべていた。

 少女は食にありつかせてくれたガイに感謝こそしていたが、同時に恐怖心が増していたのだ。

 此処までしてくれて、一体どれほど過酷な事をさせる気なのか、と。

 今まで優しくされてこなかった人間が急に優しくされると、反応は大体2パターンに分かれる。

 

 この人はいい人なんじゃないかと、一気に信頼するパターン。

 その逆に、何が目的なのかと深く疑ってしまうパターン。

 少女は後者だった。

 

 

「別に何も求めちゃいない。

 お前を買ったのも、まあ、見てられなかっただけだしな」

 

「え……? いや、しかし……」

 

 

 その返答はあまりにも少女の予想からかけ離れていた。

 少女は納得どころか、言葉の意味を理解できていないような表情だった。

 本当の意味で理解できていないわけではない。

 ただ、あまりにも言われた事のない、言われる筈もない、そんな言葉だったから。

 難しい言葉を次々と羅列された時のような感情に近いだろうか。

 この人は一体、何を言っているんだ、という思い。

 

 

「ま、俺は見ての通りの渡り鳥って奴でな。

 奴隷とか貴族とか、そういうのに縛られちゃいないのさ」

 

「し、しかし、先程の大金は……」

 

「まあ珍しいモンは色々持ってるからな。それ売って、金にして、そんな感じだ」

 

 

 ガイは少女から見て不思議な青年だった。

 奴隷にも貴族にもいないタイプの、何処か浮世離れしているような青年だった。

 疑念は消えない。

 少女の中には奴隷としての辛い記憶が刷り込まれているから。

 ただ、この時、ほんの少しだけ少女の心は揺れ動いていた。

 

 

「そういえば名乗ってなかったな。俺はガイ」

 

「ガイ、様……」

 

「いや『様』って……流石に様付けは止めてくれよ、な?」

 

「…………」

 

「……まあ、無理にとは言わねぇさ。で、お前の名前は?」

 

「……まだ、無い、です」

 

「成程、な」

 

 

 奴隷の子は名前が無い子が多い。

 正確に言えば、主人が変わるごとに名前も変わる、といった感じだ。

 ガイとしても予想の範疇ではあった。

 うーん、と、腕を組んで思考を巡らせた。

 

 

「名前、名前か……。無いとお前を呼ぶ時困るもんな」

 

「申し訳、ありません……」

 

「謝んなよ、お前のせいじゃない。何かいい名前、考えねぇとな……」

 

 

 ガイはうんうんと唸りながら必死に名前を考えていた。

 少女はその様子を口出しせず、見ている事しかできない。

 

 

「ガイア……いや壮大過ぎるな。アグル、それかダイナ……ちょっと女の子じゃないな。

 コスモス……あ、それっぽいんじゃないか? ジャグ……は絶対ないな」

 

 

 かつて出会った誰かから名前をあやかろうと、ガイは考えていた。

 人に名前を付ける時にどうすればいいかなんて考えた事もなかったからだろう。

 

 

「うーん……あ、『アスカ』ってのはどうだ!」

 

「アス、カ……?」

 

「俺の偉大な先輩の名前からあやかったんだ。

 元は男の人の名前だけど、女性に付ける場合もある。

 飛ぶ鳥とかそういう意味だが、『明日』とか、何か縁起良さそうだろ?」

 

「そ、そんな。ガイ様の先人の方の名前など、私には恐れ多く……」

 

「よし、とりあえず様付け止めてくれ。違和感しかねぇ。

 あと気にするな。折角の名前だ、イイモンつけとくに越したこたぁない」

 

「え、あ……は、はい……」

 

 

 奴隷という立場であるが故に、普通の人間と同じ扱いをされる事に『アスカ』と名付けられた少女は慣れていなかった。

 自分を対等に扱おうとする青年に戸惑ってばかりの少女。

 発言がたどたどしいのは奴隷だから、という理由だけではなく、そういう動揺から来ていた。

 

 

「では、ガイ様の事は何とお呼びすればよろしいでしょうか……?」

 

「? 『ガイ』でいいだろ?」

 

「え、えぇ!?」

 

(……ああ、主人を呼び捨てるって発想がそもそも無いのか……)

 

 

 目上の人を呼び捨てにするという事は普通でもあまりある事ではない。

 しかも彼女の場合は奴隷という立場。

 誰かに仕えるという立場の彼女は、誰かを呼び捨てにするという事に馴染みが無かった。

 それが主人であるならば尚更だ。

 

 

「いいからいいから。俺は今までの連中とは違うって事、何となく分かるだろ?」

 

「え、いや、しかし……」

 

「じゃあこうしよう。呼び捨てにしなきゃ怒るぞ」

 

 

 怒る、という言葉でガイが連想するのは『叱る』レベルの事。

 怒る、という言葉で少女が連想するのは『痛めつける』レベルの事

 そんな想像の摩擦があるせいか、ガイ本人にその気は無くとも少女は半ば脅されたような状態だった。

 少女の受けてきた仕打ちの中には命の危険があった事もザラだ。

 故に、少女は主人の言う事には絶対服従という概念があった。

 

 

「……ガ、ガイ……。も、申し訳ありませんッ!!」

 

「いや謝るなよ……」

 

「申し訳ありません……!!」

 

「頼むからやめてくれ。俺が何か悪い事したみたいだろ……」

 

 

 前途多難だなこりゃ、と、ガイは後ろ髪を掻くのだった。

 

 

 

 

 

 アスカと名付けた少女をガイが買ってから、2人旅が始まった。

 最初に出会った街を出たガイとアスカは次の街、また次の街と転々としていく。

 

 

「あの、ガイ様。私はどのように……」

 

「様付け止めてくれ」

 

「も、申し訳ありません」

 

「よし」

 

 

 基本的にはこんなやり取りが続いた。

 最初の頃はガイに何をすればいいのか、何かさせないのかとしきりに聞いて来たアスカだったが、ガイは別に何かをさせる気は無かった。

 『何もさせない』という意味ではなく、『好きなようにすればいい』、と。

 そして、旅を初めて半年ほど経った頃、とある街で。

 

 

「何か興味がある事とかないか? あるなら、いい加減教えてくれないか」

 

「……勉学に、興味が。しかし、私には……」

 

「勉学? ……そういやお前、読み書きできるんだよな? 珍しいとは思っていたが……」

 

 

 半年かけて少し心を開いてくれたのか、ようやくアスカは話してくれた。

 

 例えば、この世界の遥か未来に存在する日本という国。

 そこでは殆どの子供達が当たり前のように勉強ができる。

 しかしアスカが生きる時代や未来を問わず、貧しい身の上であるが故に勉学に励めない子供は溢れかえるほど存在しているのだ。

 それこそ、文字の読み書きや簡単な計算すらできないほどに。

 勉強が好き、あるいは興味があるという前提はつくが、やろうと思えば勉強ができる環境というのは非常に恵まれているのだ。

 

 アスカは奴隷である。

 当然、勉強などできる環境にいた事は無い。

 にも拘らずアスカは読み書きができるし簡単な計算もできた。

 それは奴隷として非常に稀有であるのだ。

 

 

「……以前にお仕えした貴族様の中に、私に読み書きを教えてくれた方がいらっしゃいました」

 

「へぇ、珍しい主人もいたんだな」

 

「褥を共にした際の、些細な戯れのようなものでしたが……」

 

「……そうか」

 

 

 褥を共にする、という言葉の意味は直接的な表現でなくとも分かる。

 この時代では珍しい事ではない。

 奴隷の間では珍しい事ではない。

 それでもガイが苦い顔をしてしまうのは、彼が生きてきた価値観に由来するのだろう。

 

 

「勉強か……俺に教えられる事なら教えてやるぜ」

 

「えっ……?」

 

「なぁに、これでもあちこち飛び回ってるから色々知識はある。

 何なら本も買うか? ……まあ、流石に1冊くらいしか買えないと思うが」

 

 

 この時代の本は高級品である。

 単純な話、印刷技術が発達していないのだ。

 印刷できないという事は当然、本は手書き。

 量産するにも数百ページの本を手書きで書き写すのだから時間も膨大にかかる。

 時間も人手も多く必要という事は、コストが凄まじくかかるという事。

 本1冊あれば家が建つ。そういうレベルだった。

 それでも1冊くらいなら買える余裕がある辺り、ガイという人物への疑問はアスカの中でますます深まるのだが。

 とはいえ、そんな疑問以上に、勉強を教えてくれるというガイの言葉にアスカは気を取られていた。

 

 

「そ、そんな! ガイに、そんなお手を煩わせるような事など……!」

 

「様を付けないだけ成長したが、もうちょい親しげでもいいんだぜ?」

 

「いや、え……。し、しかし、ただでさえ普段の食事はおろか、服まで頂いて……」

 

 

 アスカは最初に出会った時のボロ切れのような布とは違い、割としっかりとしたローブのようなものを着ていた。

 本が高価であるのと同じように、この時代の衣服もまた高価である。

 これまた本と同じような理由だが、布を作るのに時間がかかるのだ。

 服装だけでその人間の階級がある程度分かる、というくらいには衣服は高価だった。

 そういう意味で言えばガイのしっかりとした服装は、上流階級の人間であると判断されるような代物である。

 だからこそというべきか、アスカ用の服を買うとなった時にも彼女は凄まじく動揺したのをガイも鮮明に覚えている。

 

 

「気にすんな。前から言ってるが、俺にとってお前は奴隷じゃなくて旅仲間だ」

 

「し、しかし……」

 

「……分かった、じゃあ本は買わない。代わりに知りたい事があったら何でも聞きな。

 お前の知りたい事、俺の知ってる限りだが教えてやるから」

 

 

 結局、ガイの強い推しがあってアスカが根負けした。

 根負け、というよりかは主人の言う事を聞く、という意味合いが強かったが。

 ともあれアスカはガイから様々な知識を得る事になったのだ。

 

 例えば、とある街で夜空を見ていた時。

 

 

「空の光は、一体何なのでしょうか?」

 

「星の事か? 俺達が立ってる此処も星の1つだぜ?」

 

「星……?」

 

「えーっとな、空の向こうには宇宙ってのが広がってて……」

 

 

 例えば、とある街で絵を見た時。

 

 

「絵にも興味があるのか?」

 

「はい。どうしたら、このようなものが描けるのか……」

 

「あー……」

 

「……? ガイ?」

 

「……すまん、芸術は絵の方だとあんましなんだ。音楽じゃダメか?

 ほら、俺が持ってるコレなんだけどな」

 

 

 現代ならば誰もが知っている些細な事から、芸術やオカルト染みた事まで。

 アスカはありとあらゆるものに興味を示し、事あるごとにガイへ質問をしていた。

 勿論、ガイは嫌な気分などにはならず、むしろ喜んで自分の知識をアスカへ教え続けた。

 

 そしてまた1つ、アスカと初めて出会った街など遥か向こうになってしまうほどの長い距離を歩み続けた先の、とある街で。

 街の中を散策していたガイとアスカは日が落ち始めたのを認識し、野宿の予定地に足を向けていた。

 

 

「なぁ、アスカ。もしかしてお前、興味があるどころか勉強に生きる意味を見出してないか?」

 

「え……?」

 

「お前に初めて会った時、他の奴隷の子とは違って目に輝きがあった。

 まるで、何か生きる希望があったみたいにな。俺の気のせいかとも思ったんだが……」

 

「…………」

 

「……嫌な事思い出させちまうかもしれないが、前の主人に文字を教わった時、何かあったのか?」

 

 

 その質問に対し、ピタリとアスカは足を止めてしまった。

 最初の頃こそ遠慮していた風だったが、時を重ねていく内にガイに心を開いていったアスカは、次第に質問の数を増やしていっていた。

 良い意味で遠慮が無くなったという事だろう。

 そして遠慮が無くなったころを境に、アスカの質問の数は倍以上に跳ね上がっていた。

 アスカの知識への欲求は目を見張るものがある。

 純粋にただの疑問として、ガイはアスカに問いかけていた。

 

 

「……私は、奴隷です。奴隷であった母に、とある貴族が戯れで手を出して私が生まれました」

 

「…………」

 

「父は私にも母にも辛く当たり、母が亡くなった時すら、一切の情を見せませんでした。

 ……私は、次の主、また次の主へと、売り飛ばされ続け、ある時に文字を教わりました。

 初めて教養を得た時に、学び続けたいと強く思ったのです」

 

「それは、何故だ?」

 

「……何故、でしょう。ただ、学び続ければ、何かを得られる気がしたのです。

 知識を得て、『上』へ行けたのならば、支配からすらも……」

 

 

 何処か遠くを見据えるアスカの目を見たガイは、彼女の知識欲の根源を垣間見た気がした。

 彼女は奴隷であるが故に、虐げられ続けていた。

 何度も言うがこの時代では珍しい事でもないが、そこに自分の両親が関わっているせいか、より深い傷になってしまっているのだろう。

 支配者の父、支配される側の母、何もできない自分。

 奴隷という虐げられる事が珍しくない身分故にその感情に気付いていないのかもしれないが、彼女は父親へ明確な『怒り』を持っているのだとガイは思った。

 その怒りを糧に、勉学を貪り、自分が上へ行く事を目指していた。

 

 勉学ができるという事は、この時代では即ち上流階級の証とも言える。

 知識があれば職にも困らないし、職に困らなければ金が手に入る。

 希望的観測というのも微温湯い程の確率だが、上流階級に身を置く事もできるかもしれない。

 そうなればアスカは『支配される側』から『支配する側』へと行く事ができる。

 そして『支配される側』の状況を変える事ができるかもしれない。

 『支配』を解き放つ事ができるかもしれない。

 

 

(……自分でも気づいていない『理想』を、持ってんのかもな)

 

 

 ガイとしてもその理想は素晴らしいものであるように感じた。

 支配からの脱却。自分のような人間を生み出さない為の理想。

 アスカの考えている──と言っても自覚していないようだが──理想は、成し遂げられていいと感じたのだ。

 

 

「今度も子守りか? 正義の味方は大変だな、ガイ」

 

 

 突然放たれた第三者の言葉に、2人はそれぞれに反応した。

 アスカは呆気に取られている。

 対し、ガイは驚きの後に敵意を見せ、声の方へ凄まじい速さで振り向いた。

 視線の先にいたのは、貴族のようにしっかりとした衣服に身を包む男性。

 怪しげな笑みを浮かべる彼は、ニタニタとガイの方へ視線を向けている。

 

 

「『ジャグラー』……。何しに来た」

 

「こうして会うのも久々だ。もう少しロマンチックに行こうじゃないか」

 

「どの口が……!」

 

「ふはっ、そう肩を怒らせるな。新しい連れは女か?

 随分と幼いが、色目を使う事でも覚えたようだな?」

 

「アスカに手を出すってんなら、容赦する気はないぞ」

 

「アスカ? ハッ、奴隷に『ウルトラマン』の名を付けたのか? お笑いだな」

 

 

 アスカは怯えていた。

 ジャグラーの不穏な雰囲気もそうだが、ガイの今までに見せた事の無い雰囲気にも。

 彼から怒りを、優しくひょうきんな彼からは想像できないくらいの威圧感を感じたのだ。

 ジャグラーなる男性がガイと旧知の仲なのはアスカにも分かる。

 そしてそれが、とても友人と言える様な間柄でない事も。

 

 

「まぁ、久方ぶりの挨拶なだけだ。せいぜい元気に旅を続けるといい」

 

「挨拶でも、お前さんに出てきてほしくは無いな」

 

「随分恨まれたもんだ。……まだ引き摺ってるのかァ?」

 

「貴様……ッ!!」

 

「おお、怖い怖い。今日はこの辺りで失礼しよう。また会おう、ガイ」

 

 

 そうしてジャグラーは闇に溶けるように消えていった。

 瞬時に消えるその行為は、とてもじゃないが人間の動きではない。

 アスカがその光景に驚きを見せる中、ガイの顔は依然として険しいままだった。

 

 ジャグラーのいた場所を、憎しみの目で見つめる彼の顔は、アスカの知っている彼ではない。

 だから、アスカの呼びかける声は震えた。

 今のガイが、とてもとても恐ろしくて。

 

 

「あ、あの、ガイ……」

 

「……ああ。悪いな、アスカ。」

 

 

 アスカに呼びかけられ、その怯え切った顔を見てガイも瞬時に理解した。

 自分がどれ程酷い顔でいたのか。どれほど怒りに囚われていたのかを。

 彼女を安心させるために、ガイはフッと笑いかける。

 

 

「すまん。アイツは昔の知り合いでな、あんまり良い奴じゃないんだ。

 お前も気を付けとけ」

 

「は、はい。あの……」

 

「ん?」

 

「あの人が言っていた、ウルトラマン、とは……?」

 

「……んー」

 

 

 ジャグラーの残して言った言葉は、アスカにとっても気になるものだった。

 アスカという名が、その『ウルトラマン』のものであるということ。

 では、ウルトラマンとは何なのか。

 聞きなれないその言葉について尋ねたのだが、ガイは少しだけ難しそうな顔をした。

 

 

「何つったらいいかな。……光の巨人、なんだ」

 

「光の、巨人?」

 

「宇宙の平和を守る戦士。ざっくり言えばそういう存在さ」

 

「宇宙、というのは以前に教えていただいた、空の向こう側の……?」

 

「ああ。そこを飛び回って、悪い奴等から宇宙を守ってるんだ」

 

 

 ウルトラマン、という存在にもそれぞれに人格がある。

 故にガイの語る括りが全てというわけではないのだが、有り体に言ってしまえばそういう事だと、一先ず彼は簡単な説明で終わらせた。

 話を聞いたアスカは空を見上げ、一言。

 

 

「……そんなまるで、『神』のような」

 

 

 光の巨人。宇宙を守る戦士。

 その言葉から連想されるのは、正しく『神』。

 

 

「それは何処かで伝わる御伽噺なのですか?」

 

 

 そしてアスカは、それを本当の話だとは思っていなかった。

 そんな存在がいる筈がない。そんな存在がいるのなら、世界はもっとよりよい筈だ。

 だから、そんなものは空想上のものでしかない。

 何処かに『ウルトラマン』という御伽噺があって、それを彼等は語ったのだと。

 

 

「……まあ、そんなトコさ」

 

 

 ガイの返答は、何故か煮え切らないものだった。

 

 

 

 翌日、ガイとアスカは次の街へと歩を進めた。

 

 

 

 ──────この時、2人は思いもしていなかった。

 

 ──────次の街が、彼と彼女の分岐点となってしまうという事を。

 

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