ウルトラマンオーブ 第4.5章 少女の決意 作:ライフォギア
ガイとアスカが訪れた次の街は、街というよりかは村であった。
馬や鶏を飼育し、畑を耕し、平凡で穏やかな日々を送る村。
今までの街を『都会』と表現するのであれば、この村は『田舎』であった。
近隣の街からも随分と離れた辺境にあったその村に、2人はしばらくの間身を寄せる事になる。
2人が初めてこの村に足を踏み入れた時、偶然にも村長に会う事ができた。
簡素な柵で囲まれた村は、北と南に1ヶ所ずつ、出入り口らしき穴が開いていた。
南側から入った彼等を最初に出迎えたのが、偶然にも村の外に出ようとしていた村長だったのだ。
「おお、その出で立ち……旅の方かね?」
「ええ。ちょっと村が見えたもんで、今日の食い物くらい買わせてもらおうかな、と」
「はっはっはっ。こんな辺境の村までよく来たね。
この通り、この村は何かあるわけでもないが、平穏だ。
渡り鳥の羽休めにはもってこいの波止場というわけさ。ゆっくりしていくといい」
「でしたら1日、厄介になっても?」
「なぁに、1日と言わず、しばらくいるといい。此処まで遠かっただろう?」
「え? いや、しかし……」
「はは、旅人が此処を訪れてしばらく休んで行く事は、実はそう珍しくないんだ。
中にはこの村に住み込んでしまう者もいる。
村長としては、村の働き手が増えてくれて大助かりさ」
「ああ、村長さんでしたか。すみません、ご厚意に甘えても? ツレもいるもので」
「そちらの可愛らしいお嬢さんかな? いいとこだよ、此処は」
と、そんな感じで2人はこの村に少しの間、泊まらせてもらうことにしたのだ。
2人は村に1つだけある宿屋の2階に住まう事になった。
ガイは宿代を払おうとしたのだが、村長の一声で無償で住まわせてもらう事になり、宿屋の主人も「そういう事なら」と、快く受け入れてくれた。
村の人々は皆、優しかった。
碌に舗装もされていない、ただ人が歩いて踏み固められただけの村の敷地内を歩けば、村民がにこやかに声をかけてくる。
旅の事や、何処から来たのかとか、分からない事は何でも聞いてねとか、とにかく色々。
例えば、宿屋の隣に住むおばちゃん。
「あらぁ、女の子連れ? しかも結構なべっぴんさんじゃない。
ちょっと小さいけど、良い娘、捕まえてるわね?」
「い、いえ。私はガイの旅に同行させていただいているだけで……」
「いやぁ、俺もそのつもりなんだが、この通りツレなくて困ってんだ、おばちゃん」
「やーん、見せつけてくれるわねぇ。大丈夫、乙女心は複雑なの。照れ隠しよ」
「そうかい? アスカ、素直になってくれて良いぜ?」
「ふ、2人してからかわないでください!」
例えば、商店のお兄さん。
「おっす、旅人のアスカちゃん……だったよな。村の暮らしはなれたかい?」
「は、はい。皆さん優しく出迎えてくださって、本当にありがとうございます」
「いいってことよ、ちっこいのに礼儀正しい子だねぇ。
ほれ、今日は何か買いに来たのかい?」
「あ、えっと、その果実とパンを少々……これで買える分だけ」
「ほいよ。……うおっ!? 結構な大金がお出ましだな!
……お嬢ちゃん、貴族の娘さんだったりするのかい?」
「い、いえ。それはガイのお金で。私はその使いです」
「ほえー、この金が出せて旅人たぁ珍しい人だ。
……ところでアスカちゃん、何で一緒に旅してんだ?」
「あ、その、それは……」
「……なぁに、人間言い辛い事の1つや2つあらぁな。詮索しないさ。
ほい、貰った金で買えるだけの果物とパンな!」
「あ、ありがとうございます。……? お兄さん、このお肉は……?」
「お嬢ちゃんのお使いへのサービスってやつよ。
狩りたて捌きたての肉さ。あ、生は危ねーからちゃんと焼けよ?」
こんな人達ばかりだった。
1日1日、何事もない平穏な日々が過ぎていくが、彼等彼女等はいつでも優しかった。
奴隷と貴族という制度が息づく世界で生きてきたアスカにとって、この村はあまりにも優しすぎた。
まるで皆がガイであるかのように、自分の素性を隠しているとはいえ、誰も自分を無下にしない。
隠している素性にも詮索はせず、ただ、ありのままを受け入れてくれる。
その平穏に、知らず知らずのうちにアスカも身を預け始めようとしていた。
そしてそれはガイにとっても同じだった。
彼はアスカにすらまだ話していないが、戦いのある世界に身を置いてきた男だ。
だからこそ、この穏やかな毎日がとてもとても素晴らしいものであるように思えた。
(いい村だなぁ……アスカの事も、キチンと受け入れてくれている)
宿屋で1人寝転がるガイ。アスカは買い物に行っている。
最近、彼女は料理に興味を持ち始めたようで、宿屋の調理場を借りて練習しているのだ。
ガイがその旨を宿屋の店主に告げたところ、二つ返事で了承してくれたという経緯がある。
そしてその材料を調達しに、というわけだ。
ガイはアスカと名付けた少女と旅を始めてから、ずっと考えていた事がある。
彼女は酷い環境の中で生きてきた。最初はガイの厚意すらまともに受け入れられない程に。
ガイは彼自身の目的の為に旅をしているが、アスカと共に旅をするようになってからは、『彼女を何処か、奴隷や貴族など関係の無い場所で住まわせてやる』事をもう1つの目的としていた。
放浪生活もかつての奴隷生活に比べればマシだろうが、この世界にはそれよりもよりよい暮らしがあるのだ。
それに、ガイの『旅の目的』を考えれば、アスカにも危険が付きまとう事になる。
あのジャグラーにしてもそう。ガイはアスカに伝えていないだけで、常に危険の渦中にいるのだ。
(……俺の旅に、アイツを巻き込み続けるわけにはいかねぇ)
彼の旅。彼の戦いには危険が付きまとい続ける。
それこそ死の臭いが頻繁に感じられる程。
ガイはふと、普段からずっと首から下げているペンダントに手を掛けた。
(あんなこと、二度と、起こさせるわけにはいかない)
ぎゅっと、何かを祈るように、決意を握るように、ペンダントを掴む。
このペンダントは彼に取ってとてもとても大事なものだった。
彼についてきた旅仲間の形見。
──────そう、『形見』。
失ってしまった、大切な旅仲間から託されたもの。
(……なぁ、ショーティー)
もう二度と、失うものかと決めた。
だからこそアスカといつか別れなければ。
ガイは密かに、この村にアスカを置いて行く事を考えていた。
一方で買い物から帰ろうとするアスカ。
材料となる食物を、木で出来た手提げの桶のような入れ物に入れて、小さい身体でせっせと運んでいる。
自分に持てるだけの量なので運ぶこと自体は苦じゃないが、ちょっと重い。
両手にかかる重圧を余所に、彼女はどうすれば上手く料理ができるかと考えていた。
(私はガイの旅の役には立てていない。せめて身の回りの事くらいは……)
料理、延いては食物の調理方法を学べば、それは間違いなく旅の役に立つ。
アスカは外の世界を知らぬ奴隷であり、まだ幼い少女だ。
故にできる事は限られていた。
だからガイの旅の中でも、多くの事ができているわけでは無かった。
ガイからすれば洗濯だの既に身の回りの事を色々やってくれているアスカには感謝しているのだが、アスカ自身がそれに満足していなかったのだ。
アスカからすればガイは世界を変えてくれた恩人だ。
何も恩返しができていない。彼女はそんな風に考えていた。
「よぉ」
ところが、彼女の背後に『悪意』が迫っていた。
唐突な声と異様な気配に振り向くアスカ。
そこには以前、ガイの前に現れたジャグラーと呼ばれていた青年が、怪しく笑って立っていた。
「ッ!?」
「ははっ、そう警戒するな。取って食おうというわけじゃあない。
ガイのツレがどんな女か気になってなぁ。ちょっと話さないか?」
「……貴方には、気を付けるように言われています」
「主であるガイに、か? 奴隷根性は流石だな。
……おー、そう怖い顔をするな、折角の美人が台無しですよ?」
何処までも、ジャグラーという青年はふざけた言葉ばかりを返してくる。
神経を逆撫でる事を狙っているような、人を小馬鹿にするような言葉。
そんな彼に好印象など持てる筈がなかった。
アスカは言葉を無視し、踵を返して宿屋へ帰ろうと足を──────
「ガイが旅をしてる理由、知ってるか?」
──────踏み出そうとした時だった。
ピタリ、と、アスカの動きが止まり、再び目線がジャグラーの方を向いた。
「……理由?」
「おや、その様子だと知らないのか。アイツの旅は当てのない旅じゃあない。
ふふはっ、どうやらお前、ガイの事を何も知らないらしいな?」
「……ッ」
「図星か。酷だねぇ、ガイも。いや、それとも『あのガキ』の事がトラウマにでもなったか?」
アスカはガイの事を何も知らなかった。
旅をしている人であるという一点以外、年齢、素性、目的、出身、その全てを。
彼自身が一切自分の事を語らないという事もあったが、主人のあれこれを詮索するという事をアスカもしてこなかったのだ。
何より旅の中で、ガイ本人がその話題を避けていたフシもある。
ジャグラーは薄気味悪い男だ。
しかし『ガイの事を知ってる』という事実に、ほんの少しだけ興味が惹かれてしまって。
だからこの場に残ってしまった。そして、ジャグラーの言葉を聞いてしまった。
「なぁ、お前はガイの何なんだ?」
「私は……ガイの……『旅仲間』、です」
「ほぉ? 奴隷と自称しないのはガイの教育の影響かな?
だが俺から見ればお前は、ガイの『足手纏い』だ」
「……足手、纏い…………?」
「そう。お前はガイが何故旅をしているのかを知らない。
アイツに課せられた使命も。その使命に、奴の旅に、お前は何か役立ってるか?」
「……ッ、それは……」
「つまり奴は、お前の事にかかりきりになってるという事だ。
俺はそれを、足手纏い以外に表現の仕方を知らないんだが、どうだァ?」
役に立ちたいという思いは、裏を返せば『今、自分は役に立っていない』という思いを抱いているという事。
平たく言えば、『自分は足手纏いだ』と、自分自身を評価しているという事。
だからか、アスカの胸にジャグラーの言葉は、深く突き刺さる。
「お前の存在が重荷になってる。そう考えられないか?
……果たしてガイはお前といて、幸せなのか?」
「それ、は……」
「……くくくっ、まあ、通りすがりの戯言だ。
なぁに、帰ればガイはいつも通りお前を待ってくれているだろうさ。
邪魔したな、お嬢ちゃん」
ジャグラーは以前の時のように、瞬時にその場から消えた。
超常の動きにアスカは驚くものの、その驚きに長く構っていられない程に、彼女の心には強い楔が打ち込まれていた。
(足手、纏い……。私は、ガイの……)
ガイに何もしていない自分。ガイに与えられてばかりの自分。
自分の無力さを改めて突きつけられて。
彼女の心は、酷い動揺に満ちていた。
その日の夜。
村から離れた崖の上で、夜闇に紛れてジャグラーは怪しく笑う。
(さぁ、後はコイツをぶつけられて、どうするかな……)
闇の中で、赤い輪が不気味な光を放っている。
赤い輪はジャグラーの手が握っており、その輪に通す様に、1枚の紙を通した。
────
「遊ぼうぜぇ……ガァイ」
ニタリとした笑みを一時も崩さぬジャグラーの目の前に、悪魔の如き巨体が現出した。
一瞬の強い揺れが起きたのを境に、村の人間が一斉に目を覚ました。
揺れは地震のように一定時間長く続くものではなく、何故か一定の間隔で起こっていた。
揺れる。収まる。また揺れて、収まる。
巨大な何かが闊歩しているようなそれ。
そうして村の人間達が外に出て見つけたのは、およそこの世のものとは思えない光景だった。
村のあちこちにある街灯代わりの灯火に、想像を絶する姿が照らし出される。
凶暴な顔つき。悪魔のような禍々しく捻れた角。
そして、どんな動物よりも大きな、未来の尺度で言えば50m以上に及ぶ巨体。
「か……かい、ぶつ……怪物だぁぁぁぁぁぁ!!」
誰かの声が響いたと同時に村民全てがパニックに陥っていた。
逃げ惑うもの、泣き叫ぶもの、腰を抜かしてその場にへたり込むもの。
「……あんな、ものが、この世のものだと……!?」
アスカもまた、瞳孔を開かんばかりに開いた目で怪物の姿を見やっていた。
馬鹿みたいな巨体は真っ直ぐ村を目指し、その足を前に前に突き出し続けていく。
歩くたびに発生する地響きは、近づく絶望と死を暗示しているかのようであった。
何をすれば、どうすれば、そんな意味を含めた目線を、隣に立つガイに向けるアスカ。
「…………自然発生か、それとも……」
ガイの顔はこの村の誰とも違っていた。
逃げ惑う? まるでその気はない。
泣き叫ぶ? 真逆と言えるほどに冷静。
腰を抜かす? むしろ今にも走り出さんばかりの表情。
だからこそ、アスカは戸惑った。
この常軌を逸した瞬間を前に、何故そこまで落ち着いた振る舞いができるのかと。
「アスカ、お前はアイツから逃げろ。村のみんなも避難させるんだ」
「ガ、ガイ!?」
「なぁに、アイツを村の中に入れやしないさ。ま、ちょっと行ってくる」
「意味が分かりません! 死にに行くようなものですよ!?
およそ真っ当な人間に歯向かえるものだとは……!!」
「……『真っ当な人間』じゃ、ないからな」
「え……?」
「……いつか言おうとは思ってたんだ。今が、その時って事だ!」
一目散に怪物へ向けて駆け出すガイ。
その超常を超えた走力は、まるで光が走っているかのようにすら思えた。
ガイの背を見ていたはずのアスカは一瞬でその姿を見失い。
「ガイ……? ガーイッ!!?」
村民の悲鳴に紛れて幼い少女の叫びが木霊した。
──────そして、光が溢れる。
「え……?」
アスカだけではない。誰もが呆気に取られていた。
まるで真昼のような光。まるで太陽のように暖かい光。
突如、怪物の足元より発生した光の中から、『何か』が現れた。
──────怪物に比肩するほどの巨体。それでいて、人型の『光』。
以前にガイから聞いた御伽噺がアスカの脳裏をよぎった。
まるでその話に登場する様な、神の如き存在。
「……『光の、巨人』……?」
赤と黒と銀を基調とした体色に、暖かい光を放つ眼光を宿す、光の巨人。
右手に握られた赤い大剣を構え、巨人は怪物に斬りかかった。
(私は、何を、見ているの……?)
巨人と怪物が競り合う壮絶な戦い。
まるでこの世の終わりであるかのような、人間などちっぽけに見えてくる争い。
怪物が角から真夜中を照らす雷を放つが、巨人は大剣でそれを振り払う。
怪物が殴りかかって来れば、大剣を用いて真っ向から迎え撃つ。
いずれにせよ、その一挙手一投足が世界を揺らしていた。
(そうだ、ガイ……ガイは何処に? 巨人……? え……?)
主人に言われた『避難しろ』という命令を忘れ、呆然と見つめるしかないアスカ。
その思考はいつしかガイに辿り着き、目の前の巨人に行き着いた。
何故、ガイが光の巨人の話を知っていたか。
何故、ガイが走り去ってから光の巨人が現れたか。
そんな荒唐無稽な話があるかと理性が否定する。
しかし、状況と感情が正しいのではと肯定する。
「ガイ……?」
少女の呟きは虚空に消えていく。
彼女の見つめる巨人は剣から光の奔流を放ち、悪魔をこの世から消し去っていた。
一時の悪夢であるかのような現実が過ぎ去ってからしばらくして、ガイは村に戻ってきた。
青年の姿を認識して誰よりも早く駆け寄るアスカは、勢いそのままにガイに飛びつく。
「ガイッ!」
「おっと、アスカ。逃げろって言ったろ?」
「あ、それは……すみません、呆けていました……」
「やれやれ。ま、無事なら何よりだよ」
後ろ髪を掻いて微笑むガイはいつものガイだった。
優しくひょうきんな、飄々とした青年。
けれどもアスカの胸中にある疑問は、口にせずにはいられないものだった。
「……ガイ、あの、先程の巨人は、まさか……」
「ま、そういうこった」
「では、ガイが……以前に話してくださった、ウルトラマン……?」
「……ああ。怖いか?」
不明な素性、空の向こう側の事すらも知る知識量、彼の旅の目的。
きっとそれらは全て、何処かしらで『ウルトラマン』である事に結びつくのだろう。
アスカの中で何かが腑に落ちたようだった。
人間を遥かに超える超常の戦士、光の巨人。
でも、そうであっても、アスカは目の前の青年に恐怖を抱かなかった。
「ガイはガイ、ですよね?」
「ああ、俺は俺だ。ウルトラマンの姿も、こっちの姿も、俺なのは変わらないさ」
「なら、大丈夫です」
ニコリと微笑むアスカの顔に、思わずガイも微笑み返した。
恐怖など抱く筈がない。
アスカはこの旅の中で、ガイをよく知っているから。
ガイという人間の優しさや強さを。
──────ならば、それを知らない人々は。
小石が彼等の足元に飛んできた。
それが村民の1人が投げてきたものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「化物めッ!! 俺は見たぞ、お前があの巨人になるのを!!」
石を投げた張本人と思われる青年が──いつぞやお肉をサービスしてくれた青年が吼える。
その隣に、周囲には、同じく怒りを露わにしたような人々、怯えて一歩下がる人々がいた。
誰も彼もがガイを見つめていた。
まるで、『畏怖の対象』を見るかのような目で。
「ま、待ってください! ガイは、この村の為に……!!」
「うるさい! あの怪物だって、お前達が来たからこの村に来たんじゃないのかッ!!」
同調する声が上がる。村中から怒りが、疑惑が、次々と噴出していた。
「前から怪しいと思ってたんだ……」
「どうりで見慣れない身なりなわけよ」
「さっきのアレは何だ? 俺達をどうしようってんだ?」
好きに勝手に、憶測と猜疑を募らせていく姿。
巨人を見ての畏怖は理解できなくもない感情だった。
あれだけの巨体と力を見て、常人に『怖がるな』、という方が無理だろう。
それを分かっているからかガイは何も言い返さない。表情を変えない。
しかしアスカは違った。
「馬鹿な! 先程の怪物を退治して、その後にガイが何かをしましたか!?
ガイが、先の力を私利私欲で皆さんに振るった事がありましたかッ!!?
命を救う事こそあれど、彼は命や何かを奪ったりしましたかッ!?」
強く訴える。
正しい事をしたはずの人を、何故蔑むのかと。
奴隷の頃からの自分からは考えられない程の自己感情の発露。
彼に恩義があるから、彼が正しいと思うから、彼の優しさを訴える。
「黙れ! 化物を庇うお前は何だ!? お前も化物か、魔女であるとでもいう気か!!」
訴えても、変わってはくれなかった。
人は『自分の領域』を害される事を嫌う。
人は『自分以外の力』を畏怖する。
この2つが合わさった時、人は『自分とそれに同調する者』以外を認めなくなる。
対し、逆もある。
人は『自分の力』が強くなればなるほど、傲慢になる。
人は『自分が多数派』であると、『力を得た』と思う。
今、ガイは『圧倒的力を持つ畏怖の対象』である。
そして同時に、『村の皆から突き放された少数派』でもある。
「そんな……! 私はいいんです! だけど、ならば、ガイは何の為にッ!!」
「うるさい! 黙れ、魔女がッ!!」
それでも、と。アスカは訴えるのを止めない。
長く反論してくる事に腹を立てたのか、先程から吼え続ける青年は小石を全力で放った。
「ッ!」
アスカの頬に当たったそれは彼女の肌を傷つけ、僅かばかりに血を流させた。
その時だった、沈黙を続けるガイの目が動いたのは。
「…………!!」
「な、何だよ……ッ!!」
無言の圧力。一朝一夕で養える様な威圧感では無かった。
自分の罵倒を甘んじて受け止め続けていたガイ。
だが、その為に彼女が傷つく事はどうしても許せなくて。
「すまぬの」
青年達を押しのけ、老人が村を背負う様に重い足取りで現れる。
彼がここの村長である事はガイ達もよく知っていた。
「村の総意は、この通りじゃ。できれば、出て行ってくれぬか」
そして、あまりにも無慈悲な言葉が告げられた。
最初に自分達を迎え入れてくれた村長の暖かさなど何処にもなく、何処までも冷淡な言葉。
敵意にも似たそれを肌で感じたアスカは尚も食ってかかろうとするが、あろうことかそれをガイが諌める。
ガイはそっとアスカの頬を撫でて血を拭うと、優しくアスカの右手を握った。
「もういいんだ。行こう、アスカ」
「ガイ!? しかし、貴方は正しい事を……!!」
「いいんだ。……お世話になりました」
アスカの言葉を『いいんだ』という言葉だけで切り捨てて。
未だ冷ややかな目を向ける村長と村民に、あまりにも愚直な律義さで頭を下げて。
──────こうして、旅路は最悪の再開を迎えた。
周囲を見ても村や町は何処にもなく、暗闇を歩き続ける2人。
村から出来るだけ離れた2人は、森の中のある一点で野宿をする事に決めた。
「何故ですか」
ちょこんと大きめの石に腰掛けるアスカの言葉は何処か強い口調だった。
「貴方は間違っていない。怪物を倒し、人を守った。
貴方は正しさを訴えかける事も出来た。それなのに……」
暖を取る為の焚き火に薪をくべるガイの顔が橙色に照らされる。
その顔は何処か物悲しそうながらも、歪にも口角を上げた表情だった。
「だからって、それであの人達は納得しないだろ?」
「……かも、しれません。でも……!!」
「別に称賛が欲しくて戦ったわけじゃない。好きでやった事だ」
それでも貴方は心を痛めているのではないのか。
それは、貴方の強がりではないのか。
アスカの頭に浮かぶのはそんな言葉ばかりだった。
彼は優しい。すり寄る奴隷を見て放っておけずに、長々と面倒を見てしまうほどに。
『優しい貴方こそ、誰かを統べるに相応しい』。
そう言いたくなるほどに、アスカにとってのガイは優しく、強い人だった。
自分には何もできない。ガイの誤解を解く事すら。
これでは本当に足手纏いではないかと、アスカは唇を噛んだ。
「むしろ、すまないなアスカ」
「……え?」
突然の謝罪。
「本当は、あの村ならお前が平和に過ごせるんじゃないかと思ったんだ」
(……え)
そこから続く言葉はガイの悪意の無い本心であった。
「俺の旅は危険な旅だ。命の危険が付きまとう。
今日みたいな事もよくあるかもしれないから、お前を巻き込みたくなかった」
(……何を、言っているのですか?)
彼なりの優しさを込めた言葉だった。
「だから、すまない。お前に折角、平和な場所を与えられると思ったのに」
──────だからこそ、その言葉はあまりにもアスカの心を抉る。
「……え、あ……?」
「……? どうした、アスカ? すまん、気に障ったか?」
今の言葉が彼の優しさであるとアスカもよく分かっていた。
だけど、自分を『足手纏い』だと思い、ジャグラーにすら指摘された彼女の心に、ガイの言葉はあまりにも深く刺さってしまった。
(では、貴方は私の為に、あの村に留まっていたというのですか?)
その為に、彼の『目的』である旅を遅らせてまで。
そのせいで、彼に辛い思いまでさせてしまって。
(なら……だとしたら……)
主人の役に立つ事が奴隷の本分である。
でも、今の彼女に奴隷の心意気はほとんど残っていなかった。
それでも彼女は、『恩ある彼の為に少しでも役に立ちたい』と思っていた。
奴隷で、命の危機があって、恐怖で逆らえないからではない。
自分で考え、自分で感じた上で、役に立ちたいのだと。恩を返したいと。
彼女が心の底から願った、どこまでも純粋で、どこまでも純朴な想い。
(私は本当に、ただの役立たずで……足手纏いでは、ないですか……)
そしてそれは他でもない、恩人からの言葉で粉々に打ち砕かれた。