静かな森の中。たまに小学生達が上げる小さな悲鳴以外に何も音の無い空間で、俺は一人、作戦決行の時間を待っていた。鶴見さん達のグループは、進行役を買って出た小町さんの采配により一番最後に回されている。もう既に結構な数の団体が歩いてきているのを確認できているので、そろそろ作戦決行かもしれない。
そんなことを考えていると、ポケットに入れておいたスマホから振動が聞こえる。取り出してみてみれば、ディスプレイに映っているのは「比企谷八幡」の文字。
「もしもし。作戦決行ですか?」
「おう、そうだ。あと5分くらいでそっちに鶴見達を誘導できる。」
手短に、実行の時間が近いことを知らせてくれた。覚悟こそしているが、どうにも心臓がうるさい。やはり緊張しているんだろうか。
「・・・本当に大丈夫か?なんだったら今からでも俺が」
「いえ、大丈夫です。それに、『このコスプレ衣装』はもう俺が着ちゃってるんで。」
俺が身にまとっているのは、いわゆる改造学生服というやつだ。気分は某奇妙な冒険の主人公。昔懐かしヤンキーの雰囲気を漂わせている、準備されていた衣装の中でも異彩を放っていたこいつを今着装している。厚手の衣装故クソ暑いが、背に腹は代えられない。実際、用意されていた衣装でこれしかそれっぽいやつがなかったのだし、仕方がない。
「まあ、うまくやって見せますよ。それより、葉山先輩達の準備は大丈夫ですか?」
「ああ。そっちは問題ない。手頃なタイミングでいつでも飛び出してくるはずだ。」
「了解です。」
「・・・じゃあな。健闘を祈る。」
「うっす。頑張ります。」
電話を切り、グループの到着を待つ。しかし、月明かりしか無い森というのはどこか神秘的だが、普通に怖い。小学生達が到着する前に俺がびびって終わったりしないといいんだが・・・。
なんて思っていたら、通路から声が聞こえてきた。わいわいとおしゃべりしながら道を歩いてきたのは、予定通りの鶴見さん御一行。全然怖くなかっただの高校生達やる気あるのかだとか散々に言われている。・・・まあ、否定はできないけど。由比ヶ浜先輩とか脅かし方下手すぎて笑われてたしな。お化けの方が恥をかく肝試しという斬新な光景ができあがってて思わず笑ってしまったし。・・・だが、そんなおしゃべりもここまでだ。
「あれ~?またお化け役の人だ~。」
「道の真ん中に立ってても全然怖くないんですけど~?」
「つまんな~い」
そんな声と共に道を歩いてくる小学生達。ギャハハハ、なんて脳天気に笑う姿からは、緊張感なんていうものは微塵も感じられない。
やはり子供――特に小学生は、大人を舐めている節がある。大人に守られ、「子供だから」なんて理由で大抵のことが許されてしまう年齢。対人関係の恐ろしさや人の悪意に多く触れること無く過ごしている純粋さ。それ故に発揮される残酷な悪意。だからそんな幻想を――ぶち壊す。
「あ?誰だよお前ら。」
「・・・えっ?」
不良になりきり、荒々しい声を出す。背筋を少し曲げ、睨み付けるように上から目線で声を出し続けた。
「せっかく俺が張り切って脅かしてやってんのによォ~。なんだその態度は?あ?」
舐めきっていた相手から威嚇され、既に涙目の小学生達。少し心は痛むが、自分で選んだ役目だし仕方ない。大義のための犠牲となれ・・・!
「というか誰だよつまんねぇとか言ったやつ。俺ァ真面目にやってんですけど?」
「・・・ごめんなさい。」
「ごめんじゃねえんだよゴラ!誰だって聞いてんだよ俺は!」
冷え切った空間の中、仲間割れが始まった。誰々ちゃんが言ったとか、誰々の態度が悪かったからこうなったんだとか、とにかく責任を押しつけ合っている。互いの醜い部分を曝け出し、指摘し合い、いっそすがすがしいまでに互いの汚点を吊し上げる姿を見てしまえば、もう関係の修復は不可能だろう。
・・・さて、そろそろ頃合いだろうか。
「おい!何やってんだ!」
ナイスタイミング。みんなのヒーロー役の葉山先輩が大声で割って入る。大声に一瞬ビクッとした小学生達だったが、その声の主が葉山先輩であったことを見て、一気に安堵の表情になった。後ろから駆け足で寄ってくる戸部先輩と三浦先輩も、俺を睨むように顔を向けている。
「ここまですること無いだろ!?」
「脅かせって指示だっただろうが。俺はそれを守っただけだ。」
荒々しく怒りながらも、かばうように小学生達の前に立つ姿は正にナイト。俺が睨んだとおり、適役だったようだ。
「いいから来い!戸部、優美子、みんなを頼む。」
「おう、わかったっしょ!」
「あーしらに任しとき。ほら、行こ。」
戸部先輩と三浦先輩が涙目の小学生達を連れて森の奥へと連れて進み、俺は葉山先輩に連れられて反対に入り口への方向へと連れられていった。すすり泣く小学生達の声が遠ざかり、再び俺の周りには静けさが戻ってくる。葉山先輩も何も言わず、ただただ俺を連れて歩いて行くだけだ。
「・・・どうでしたかね。俺の演技。」
「・・・・・・ああ。完璧だったよ。まるで君が昔そうだったみたいだった。」
「冗談きついっすね。俺は今も昔も一般的な健全男子ですよ。」
「・・・どうだかな。」
連れられて進む夜の林道。
俺より先を行く葉山先輩は少し下を向き、どこか悔しそうな表情を浮かべている。なぜそんな表情をするのだろうか。今回は、それぞれに適切な役割が割り振られたはずだ。
俺は人に好かれないタイプだったから、実行犯の汚れ役。
葉山先輩達はそういったことが似合わない上、フォローの適正もあるから助ける役。
比企谷先輩は、表だって動くことが好きでは無いので裏方。
雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩、戸塚先輩、小町さん、海老名先輩はことが大きくならないように通常のレクリエーション運営。
誰も彼もが適正に配備され、滞りなく進み、無事に終了した。ならばなぜこんな表情をするんだろうか。
「君は、本当に後悔していないのかい?」
「唐突ですね。それに、それ昼間にも聞きませんでした?」
「そうだな。・・・いや、そうじゃない。」
「・・・随分曖昧ですね。何が言いたいんです?」
悔しそうな表情から一変。なにか含みがある表情へと変貌した。だが、出てくる言葉はかなり曖昧。何を指しているのかは分からない。
「・・・いや、やっぱり何でも無い。君が後悔してないならいいんだ。」
「ここまで言っといて何でもないはないでしょ。」
「でも、言う気はないんだろ?」
「・・・少なくとも、今日は後悔してないですよ。それ以上はノーコメントで。」
分からないし、分かりたくも無い。俺が後悔してるかなんてのは、俺が決めることじゃない。
俺はいつだって加害者に回っているし、それが俺の人生の根底に根付いている。きっとこれからの人生、ずっと俺はこうやって生きていくんだろう。これは変えようと思って変えられるものでもないし、今更変えられるとも思っていない。
「まあ、俺は後悔しないように生きるようにしてるんで。これからの人生はそうそう後悔しないですよ。」
「そうか。・・・君は、強いな。」
「強くないですよ。ただ俺がそういう生き物なだけです。」
「それでもだ。俺は君みたいには生きられないから・・・正直、ちょっと羨ましいくらいだ。」
「それ絶対幻覚か何かだと思うので一回病院行った方がいいですよ。」
とんでもないことを口走る葉山先輩。なんやこの人・・・頭でも打ったんか?それか疲れてんのかな。疲れのあまりそのまま黒塗りの高級車にぶつかんなきゃいいけど。でもこの人サッカー部だしなぁ・・・。すべての責任を負ってそのまま免許証取られたりしたら笑ってしまうかもしれない。そういえば三浦先輩もいましたね・・・。なんだこのオンパレードはたまげたなぁ・・・。
大分失礼な方向へと思考が吹っ飛んでいるが、なんだかんだで入り口は近い。あと2,3分もしないうちに出口に到着するだろう。少し疲れた俺は、足を止めることなく落ち葉を踏みしめて歩く。
だが、横を追従していたはずの足音がいつの間にか途切れていた。
後ろを向けば、そう遠くは無い位置に葉山先輩は立ち止まっている。
「なあ、君はどう思う。もし君が俺達と同級生で、同じクラスだったとして・・・俺と君は、仲良くできたと思うかい?」
ピタッと、風がやんだ。
「急ですね。」
「ああ。」
黙り込み、無言で続きを促される。冗談かとも思ったが、強い光が灯った目がそうではないことを主張している。この人は本気で、俺に質問してきたのだ。
「早く行かなきゃ、三浦先輩達に追いつかれますよ。」
「ああ、分かってるさ。だが、これだけ聞きたかったんだ。」
しばし、無言が流れる。
強い目の光に押され、俺は口を開く。
「・・・多分、それなりに仲良くはなれたんじゃないですかね。俺は葉山先輩のこと嫌いじゃないですし。」
俺が言ったことは本心だ。葉山先輩は明るく社交的で、みんなに好かれる人気者だ。それは間違いない。気が強そうな三浦先輩や腐女子を隠しきれていない海老名先輩、ウェイウェイいってる戸部先輩といった個性がバラバラな人が仲間内で上手くやれているのがその証拠だ。
「でも、あくまでそれなりでしょうね。俺はそういうのは好きじゃ無いんで。」
だが、俺は思う。友人が多いことは何の慰めにもならないのではないかと。友人が多ければ、抱える問題だって多くなる。削られる時間だって増えるだろう。何度でも言うが、そういった「青春」は一長一短で毒にも薬にもなるのだ。
俺は毒の側面を、葉山先輩は薬の側面を主に見ている。だからこそ、俺と葉山先輩はそれなりの関係にしかなれないのだ。
「そうか。・・・君ならば、と思ったんだがな。」
悲しげな顔を浮かべる葉山先輩。森の影も相まって、余計に暗く見える表情は幼く感じる。
その幼さに隠された期待と落胆は、恐らく、彼の過去に深く関わっている。昨日雪ノ下先輩から言われていた、『貴方には無理』という発言。だとするならば、葉山先輩は一度失敗しているのでは無いか。彼なりのやり方は中途半端な関わり方になってしまい、結果として失敗に終わったのではないだろうか。だからこそ葉山先輩は俺の「しがらみにとらわれないやり方」を羨んだのでは無いだろうか。
そのすべては、推測に過ぎない。だが、目の前の表情がそれの当否を物語っていた。
「その『君ならば』が雪ノ下先輩のことなら、俺では無理ですよ。」
その言葉を受けるのは俺ではない。俺は今回実行犯ではあるが、立案者でないからだ。
立案が無ければ俺がこうして動くことも無かっただろうし、そもそも思いつきすらしなかった。だから、俺だけでは問題の解決はできない。実際、昔の俺は自分だけで立案して実行し、失敗しているのだから。・・・あれを立案と呼ぶべきかは疑問が残るが。
「ほど遠い解決よりも最善の解消を選んだあの人なら、できたかもしれませんよ。」
『俺が初めて憧れた先輩である、比企谷先輩ならできたのではないか。』
そんな小学生みたいな憧れが、俺の答えだった。
「そうか。・・・君のことが少し、分かった気がするよ。悪かったな。変に時間を取らせて。」
そう言うが早いか、きびきびした足取りで歩き始めた。俺を抜き去り、足早に進む歩幅に乱れは無い。どうやら言いたいことを言ったらすっきりしたらしい。
遅ればせながら俺も歩行を再開し、早足で後を追う。森から見えていたキャンプファイヤーまでは、あと少しだ。
その後。小学生達のフォローを無事に終わらせ、すっかりなつかれた様子で森から戻ってきた戸部先輩と三浦先輩を見届けた後に、レクリエーションの終了を宣言。キャンプファイヤーを囲み、小学生達がフォークダンスを踊っている姿をぼぉっと眺めていた。
わいわいと騒ぎながら楽しそうに踊る小学生達の中に、ぎこちなくはあるが自然な笑顔をしたのが数名。言わずもがな、鶴見さんのグループである。
「よう。お疲れさん。ほれ。」
「あぁ、比企谷先輩。どうもっす。」
ただ黙って眺めていると、後ろから比企谷先輩が歩いてきて、マックスコーヒーの缶をくれた。キンキンに冷えたマッ缶のプルタブを上げてゴクッと一気に飲めば、あまーい液体が五臓六腑にしみわたる。今日の疲れが一気に吹き飛ぶような感覚だ。もう全人類マッ缶をエナドリの代わりにすればいいんじゃないかな。身体にもいい(多分)だろうし、カフェインも砂糖も入っててしかも安い。お得すぎてやばいですね!箱買いしなきゃ・・・(洗脳済み)
「比企谷君が人をねぎらうなんて珍しいこともあるものね。明日は槍でも降るのかしら。」
「ばっかお前、俺だって頑張ったら褒めることだってあるし甘やかすことだってあるっつうの。休日の俺とか見てみろ。ねぎらいすぎて一歩も外に出ないまであるぞ。」
「ヒッキー、それただのダメ人間なんじゃ・・・」
どうやら奉仕部全員で俺をねぎらいに来てくれたらしい。やっぱりこの人たち優しいと思うんですけど(名推理)。今日一番やらかしてる俺をわざわざねぎらいに来てくれてるし間違いないですねぇ。
「今日はMVPだったな。」
「それは立案者の先輩でしょ。俺はただただ脅かし方変えただけなんで。職員の人にはちょっと怒られちゃいましたが。」
思わず苦笑いが零れた。
結局、何故か高校生達と一緒に出てきた小学生達を訝しんだ職員達に事情説明を求められたのだ。脅かしすぎたという旨を伝えたところ、軽く注意をされてしまったというオチだ。
これだけ脅かしておいて注意一つで済んだのは、平塚先生の力あってこそだろう。先生がいなければ、俺は今頃パトカーの中でうなだれていたに違いない。そんな姿を見せずに済んでありがたい限りである。
「・・・鶴見のグループは確認したか。」
「ええ。一応はですが。」
「そうか。」
視界の先で踊る影を捉え、背中が曲がる。
結果から言えば・・・恐らく、成功はしている。
鶴見さんが所属していたグループのメンバーは互いを避け、距離を開けていた。あの様子では、もう関係の修復は不可能に近いだろう。当初の目的自体は達成されたのだ。
鶴見さんを取り巻く人間関係を完膚なきまでに破壊し、孤立させたまでは良かった。これで多分、現状を打開させることはできただろう。依頼は一応達成したと言っても過言では無い。
だが、完全な誤算が生じた。
確かに人間関係はバラバラになった。だが、そうなった原因である心の醜悪さを知っているのはあの場に居合わせた数名だけ。葉山先輩達や俺を除けば、脅かされた小学生達しか知らないことだ。
そして、小学生の間にもカーストは存在する。鶴見さんのグループにいる女子の中には、ひときわクラス内でのカーストが強い人間が存在した。強い人間が孤立し、フリーとなった結果どうなったか。
それは、「新たなグループの形成」である。
まだ自分の醜い部分を晒してない人間で回りを固め、新しいグループを作ってしまったのだ。新たなグループリーダーの女子は、美男美女の葉山先輩グループに介抱されながら森から出てきた。そこで起こった事件や葉山先輩に近しくなった存在という自分を餌とし、一時とはいえ自分の地位を守り抜いたのである。自分を悲劇のヒロインよろしく脚色して。
「・・・すみません。俺が余計なことしたせいで中途半端な結果になって。」
多分、比企谷先輩が出した案そのままで行けば、こうなることはなかっただろう。小学生達達は恐怖が心にこびり付いたままレクリエーションを終え、新たな手を打つ余裕も無く今日を終えていたはずだ。
俺が余計な案を出してしまったせいで、中途半端に終わってしまった。
「中途半端に関わるのは嫌だ」なんていいながら、結局足を引っ張って中途半端にしてしまった。これほど情けない話があるだろうか。
「これは全員で決めて実行したことよ。貴方だけの責任ではないわ。」
「そうだよ!城ヶ崎君頑張ってたし、全然大丈夫だって。」
「まあ、最初の立案は俺だしな。むしろリスクを減らせてよかったまであるぞ。」
口々に掛けられる励ましの言葉。それを言われただけでなんだか救われた気がする俺の心の、なんと単純なことか。だが、なんとなく悪い気はしなかった。
「そうね。比企谷君が立案したのだし、ここは一度責任を負うべきでは無いかしら。」
「さっき自分で一人の責任じゃ無いって言ってなかった?なに、俺はノーカウントなの?」
「ノーカウントというよりノーヒューマンじゃないかしら。その目の腐り具合とか、人間を越えているもの。」
「俺は吸血鬼か何かですかね。石仮面とかかぶってないんだけど。」
「だ、大丈夫!ヒッキーはちゃんと人間だって。」
「そこフォローされると余計悲しいんだけど・・・」
この夏の二日間だけで、何度も見た光景。
比企谷先輩が弄られ、雪ノ下先輩が毒舌を言い、由比ヶ浜先輩がフォローしたりノッたりする、暖かい会話。普通に見ればただただ比企谷先輩が罵倒されているだけなのに、暖かさを含んだ空間は、どこか洗練されたような優しさに溢れていた。
(・・・羨ましい限りだぜ。)
そんなものを持たぬ俺は、心の中で嫉妬する。
例えそれがどんなものであっても、持たざるものは持つものを羨んでしまうのだ。もう二度と手に入らないものや、一度手放してしまったものならなおさら。
(なら、もしかして。)
森の中で、葉山先輩が俺に言った言葉。「羨ましい」という言葉の意味を、実際に目の当たりにしたことでより理解できた気がした。あの人は多分、俺に「失ったもの」を見たのかもしれない。そう思った、静かな夜だった。
よかれと思ってやったことが想定外どころか想像の範疇を超えて行くこと、ありますよね・・・
さて、これで少しだけですがそれぞれの関係性を出せたのではないかなと思います。城ヶ崎は八幡に憧れ、葉山は城ヶ崎を羨ましく思っています。原作との心境の変化含め、楽しんで頂けたらなーと思っております。
次回は帰宅するだけですので少し短めになるかと思われます。
ということで次回、「魔王襲来」。