捻くれぼっちと拗れボッチ   作:よこちょ

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魔王襲来

 「あ、城ヶ崎君~!こっちこっち~!」

 

 

 なんと素晴らしい光景だろうか。

 

 正に「天国」とも呼べる光景――水着姿の戸塚先輩が、川で遊んでいる光景が広がっていた。俺と水を掛け合い、水鉄砲で撃ち合い、川岸で休んだりする。ふわっと香るいい匂いが鼻腔をくすぐり、幸福が胸を支配する。

 

 

「いっくよ~!それっ!」

 

 

 戸塚先輩が飛ばした水の勢いに身を任せ、川へと倒れ込む。

 あぁ・・・なんて充実した時間なんだろうか。そう思い、上を見上げる。キラキラとした日光が降り注ぐ水面はゆらゆらと揺れ、まるでゆりかごのよう。水が身体を押す心地よい感覚に身を委ね、そのまま深く深くへと沈み込んでいき

 

 

 

・・・ゴンッ!

 

 

「いっ、うごっ!?」

 

 

 あまりの痛みに頭が急上昇。固い物体に頭を強打した。若干涙が浮かぶ目で怨恨を込めて上を見れば、目に入ったのは車窓の上の出っ張り。窓から刺す日光が、起き抜けの目に厳しく刺さる。どうやら本当に頭をぶつけたらしい。思わず零れた苦悶の呻きとぶつけた時の鈍い音は、静かな車内にむなしく響いていた。それと同時に俺の桃源郷もフライアウェイしてしまった。どこの誰だ俺の世界を破壊したやつは・・・おのれディケイド。というか俺の夢の世界に戸塚先輩出てきちゃってたのか・・・。これはもうマジで本格的に戸塚先輩を神を崇める宗教を設立することを視野に入れなければならないかもしれない。勿論教祖兼布教者は俺と比企谷先輩だ。

 

 それはそうと・・・はて、ここはどこだったか。

 

 ああ、思い出した。ここは行きと同じく、平塚先生の車の中だ。昨日はあの後に花火をした後後片付けをして就寝。疲れていた俺は即刻爆睡し、そのまま千葉村でのボランティア活動は終わりを告げたのだった。そして今は、朝に千葉村を後にして千葉へとはるばる帰宅中、という訳である。

 

 

「おや、城ヶ崎。起こしてしまったかね。」

 

 

 運転席から声を掛けるのは、平塚先生。俺が目を覚ましたのに気がついてくれたようだ。かくいう先生もお疲れのようで、少し眠そうな顔をしており、時折くあとあくびをしている。それを見てしまっては、眠ってしまったことへの申し訳なさが生まれてしまう。

 

 

「ああいえ。すみません。いつの間にか寝てしまってたみたいで・・・」

 

「昨日は大活躍したそうだし、無理もない。疲れが取れてないなら寝ててもいいんだぞ?」

 

「活躍っていうほどなにもしてませんよ。目が冴えちゃったんで、大丈夫です。」

 

「そうか。なら私の話し相手になってくれないか。この通り、比企谷は助手席だというのに寝てしまってね。」

 

 

 顎で示す先の助手席には、ぐったりとした様子で眠っている比企谷先輩の姿が。・・・どちらかといえば、手刀か何かで殴打された結果気絶しているように見えるが気のせいだろう。首に見える赤い筋も気のせいだ。ついでに起きたときに聞こえた何かを殴打するような鈍い音も。きっと。めいびー。

 

 

「勿論です。俺でよければ、いくらでも話し相手になりますよ。」

 

 

 せめてもの罪滅ぼしにと、話し相手を買って出ることにした。

 

 

「ノリがいいじゃないか。そういう素直な態度は美徳だ。大事にするといい。」

 

「うっす。ありがとうございます。」

 

 

 やはり、平塚先生は大人の女性という感じがする。対応の仕方や物腰といい、どこか一歩余裕があるような感じがする。あと褒め上手なところとか。なんでこんないい人なのに結婚できないのかな・・・なんて思ってないですすみませんだから手刀をしまってください死んでしまいます。

 

 冷ややかな目線はそのままだが手刀だけでも引っ込めてくれたのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。俺が二列目のシートに座っていることもお構いなしの殺気だったから寿命が縮んだかと思ったぜ。バックミラーに殺意を跳ね返す機能でも付いてるのかと本気で疑ったね。

 

 

「比企谷にも言ったが・・・今回、随分と危ない橋を渡ったそうだな。」

 

「・・・すみません。正直、あれ以上の方法もあったとは思うんですがそれしか思いつかなくって。」

 

 

 こう言われて改めて考えると、やってることはかなり悪どいからな。第三者がいきなり人間関係壊すだけ壊してちょこっとフォローするだけっていう手法だし。イケメン代表葉山先輩グループとの交流が上手く機能したからトラウマを軽減できたからよかったが、褒められたものでないのは確かだ。だが、あの時作戦があれしか思いつかなかったのも事実。実行しないよりはマシな結果が得られたと思うしかない。

 

 

「時間もなかったから、恐らくその中では最善とも呼べる方法だったと私は思っているよ。聞いたぞ。君がリスク軽減を提案したそうじゃないか。」

 

「・・・まあ、そうですね。大筋を考えたのは比企谷先輩なんで、手柄はほぼ比企谷先輩のものですけど。」

 

「だが君がいなければもっとリスクが多かっただろう。そこは君が誇るべきポイントだ。君にも1ポイント進呈しよう。」

 

「なんですかそのポイント。貯めたらなにかと交換できるとか?」

 

「交換はできないが命令ならできるぞ。このポイントを一番貯められた人がなんでも命令できる権利を得るんだ。」

 

「景品が豪華すぎません?それ。」

 

 

 小町さんも比企谷先輩にポイント付けてたけど、最近のレディーの間でポイント制度が流行っているのだろうか。しかもこっちは命令権とかいうとんでもないものが景品になってるし。俺今Tポイントしか持ってないけどこれも加算できたりするのかしら。

 

 

「まあこのポイント加算勝負への参加資格は『奉仕部の部員であること』なんだがな。」

 

「じゃあ俺その1ポイント無駄じゃないですかヤダー。」

 

 

 奉仕部員どころか人生において、あまり団体らしい団体に所属したことない俺には無縁の話だった。ちなみに俺が所属したことがあるのはゲームのギルドだけ。チャット機能とか使うのしんどすぎてすぐ抜けてたけど。そんな俺は人生もソロプレイヤー。黒の剣士もびっくりのソロっぷりである。

 

 

「無駄にはならないさ。君次第だがね。」

 

「・・・?どういうことですかね?」

 

 

 困惑する俺は、さぞかし間抜けな顔だっただろう。それをバックミラー越しに見た先生はクスリと笑い、俺に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部活動の勧誘だよ。君に、奉仕部に入らないかと言っているんだ。」

 

 

 俺は、間抜けな顔が更に間抜けになっていたことだろう。鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこういうことだったのかもしれない。

 

 

「・・・俺に部活動ですか。正気ですか、ってか、本気ですか?」

 

「無論正気で本気だとも。君のそのリスク管理能力や他者を思いやった行動は、この二日間でよく見せてもらった。自主的にこのボランティア活動に参加したことも含め、私は君のことを信用しているんだよ。だからこうして、声を掛けさせてもらったんだ。」

 

 

 耳を疑う言葉がすらすらと出てきたことに困惑を隠せない。こうやって改めて自分がやった行動を褒められたのだから、無理はないと主張したいところだ。

 

 しかし、俺が奉仕部ねぇ。

 

 少し想像してみることにした。比企谷先輩が弄られ、雪ノ下先輩が巧みな毒舌で翻弄し、俺と由比ヶ浜先輩がそれに悪乗りをして場を引っかき回す。それはとても魅力的なものだった。距離感とか、そういったものに捕らわれない関係。俺はそういったものに憧れたんだろう。それはこの二日間で、嫌と言うほど感じた。

 

 

「素敵な提案ですし、俺にとっては願ってもない話ですね・・・・・・だが断る。」

 

 

 だが、それはただの俺の憧れにすぎない。憧れはただの俺の幻想。あの関係性に、俺は入っていける気がしない。あの空間は、多分。

 

 

「奉仕部の部員は、あの三人だけで十分ですよ。」

 

 

 俺が言えた立場じゃないんですがね、と付け加えて前を向く。バックミラー越しに映るのは、腐った目が瞼に遮られた顔。後ろを見れば、互いに寄り添うようにして眠る仲睦まじい二人組。なんだか急に申し訳ない気持ちになりながら、再び前を向いた。

 

 

「なので、俺は奉仕部には入りませんよ。俺は友人くらいで丁度いいです。」

 

 

 思いのほか、自分の口からすんなりと出てきた言葉に驚く。あれほど毒だと思っていた青春の欠片である『友人』という言葉が、自分の口から流れてきたからだ。

 

 この二日間で、俺は少し変わったのかもしれない。

 

 青春は今でも毒だと思っている。俺が人と関わってもろくなことが起きないなんてのも承知の上だ。だがそれでも、少しくらい友人かそれに類する存在がいたっていいんじゃないか。俺も友人という存在が欲しい。

 そう思えるほどには、俺の考え方は変わっていた。

 それを教えてくれたのは、間違いなく比企谷先輩を筆頭とした奉仕部の面々だろう。勿論、小町さんや戸塚先輩だってそのうちの一人だ。

 我ながら身勝手すぎるきらいはあるが、そこには目をつぶって欲しい。憧れを抱かせてくれた存在の前では、俺のちっぽけな考えなど無力なのだ。

 

 

「・・・そうか。残念だが、君がそう言うなら仕方がないか。」

 

 

 優しげな声音でそう言う先生。その声には、成長を喜ぶ親のような心地よさがあった。

 

 

「だが、君のポイントは保留にしておこう。折角獲得したんだ。私の中にとどめておいたってバチは当たらないだろう?」

 

 

 優しいか表情を浮かべていたかと思えば、その代わりにいたずらっ子のような雰囲気に変貌する。

 まるで手品のように一瞬で変わる表情は魅力的で、不覚にもドキッとしてしまった程だった。・・・ホント、なんで結婚できないんだろうなぁ。この人。いっそ俺がもらってしまおうか。そんな考えなんとかを振り払い前を向けば、道路上の看板に白く輝く千葉の文字が。どうやらそこそこ長い間話していたらしい。

 

 

「そろそろ到着だ。駅で解散だがそれでも構わんかね。」

 

「全然大丈夫ですよ。」

 

 

 ふと携帯を確認すれば、姉からのメッセージが。確認してみると、どうやら俺を迎えに来てくれるらしい。駅に行って待ってるとのことだったので、丁度いい。

 

 ゆるりと進むように感じる車の旅も、そろそろ終わり。また、クソ暑い夏が待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十分。高速を走り抜けて駅へとたどり着いた。車から降りて伸びをすれば、行くときにも感じた日光が目に眩しい。ずっと木々に囲まれた場所にいたこともあり、なんだか久しぶりに感じる眩しさだった。

 

 

「さて、これで解散だが・・・家に帰るまでが合宿だ。各自、気をつけて帰るように。」

 

 

 平塚先生による、お決まりの決めゼリフの号令で解散が決定。これでめでたく、本当にボランティア活動が終了した。

 

 

「そういえば景虎さんは家どの辺なんですか?京葉線だったら一緒に帰りません?兄もいいっていってますし。」

 

「あーすまない。姉が迎えに来るって言ってるんだ。また次の機会に。」

 

「了解です!じゃあまた今度ってことで。」

 

 

 いつの間にやら俺の呼び方が『景虎さん』へと変わった小町さんからのありがたい申し出を断り、姉を待つことにした。

 ・・・ふと思ったんだけど、我が姉は車の免許もってなくね?ここまで迎えに来てくれるのはありがたいけどどうやって帰るんだろうか。しまったな先に聞いておけば良かった。

 

 

「京葉線ですし、雪乃さんも一緒に帰りません?」

 

「そうね・・・では、途中まで。」

 

「んじゃ、あたしとさいちゃんはバスかな。」

 

「うん、そうだね。じゃあ・・・」

 

 

 そういって、各々が一緒に帰るメンバーを見つけて帰路につこうとした時だった。

 音もなく、まるで滑るように黒塗りのハイヤーが俺達の目の前に横付けしてきたのだ。

 ピシッとした初老の男性が運転席から降りてきて、一礼。その礼儀正しさからは格式の高さがうかがえる。余程の金持ちか高貴な人が乗っていることは、容易に想像できた。

 

 

「金持ってそうなハイヤーだな。」

 

 

 車を眺める比企谷先輩も、ほえーっといった感じである。まさか千葉県内でこんな車を目にすることがあるなんて、正直俺も驚きだ。金ぴかのミニしゃちほこみたいなのも乗っかってるし。

 

 そう思っていると、運転手がピカピカに磨き抜かれたドアを開く。これもまた音もなく開いたドアから姿を表したのは、二人の女性だった。

 

 

「あ、トラ!やっほー!」

 

「ね、姉さん!?」

 

 

 片方は、よく見知った顔の我が姉こと城ヶ崎沙耶。いかにも夏真っ盛りと言ったような薄手の白いワンピースを着用している。

 

 

「えぇ!?あれが景虎さんのお姉さん!?」

 

「すっごい綺麗な人だ・・・」

 

 

 小町さんと由比ヶ浜先輩の反応も仕方がないだろう。なにせ俺と正反対な人が出てきたんだからな。由比ヶ浜先輩の目が心なしかキラキラして見えるのだが、こんな感じの人に憧れてたりするんだろうか?

 

 

「・・・っていうか姉さん、どうしてこんな高そうな車で来たんだ?」

 

「ん?ああ、友達に乗っけてもらったんだよ。ほら、この人。」

 

 

 指を指す方向に見えるのは、俺の知らない人だった。サマードレスというのだろうか、そんな感じの衣装に身を包んで快活な様子で車から降りる様子は、夏の暑さに負けないほどに勢いがいい。だがその一方で、まるで春のような暖かさを感じる女性だった。

 

 

「こちらが雪ノ下陽乃ちゃん。」

 

「はーい、紹介された陽乃でーす。君がトラ君こと景虎君だね?話は聞いてるよ~。」

 

「ど、どうも。城ヶ崎景虎です。」

 

「姉さん・・・」

 

 

 どうやら、雪ノ下先輩の姉らしい。

 

 

「え、ゆきのんの・・・お、お姉さん?」

 

「ほぁー、似てる・・・」

 

 

 確かに、似ているといわれれば似ている。「氷の女王」などと揶揄されている雪ノ下先輩に対し、さながら太陽のような雪ノ下先輩の姉。まるで鏡のようにのように正反対だが、どこか似た雰囲気を漂わせている様子は間違いなく姉妹だった。あと、どことは言わないが胸部装甲も正反対である。神はここでも残酷さを発揮しているらしい。

 

 

「あ、比企谷君だー!やっぱり一緒に遊んでたのか。青春してるね~このこの~!」

 

「またこのパターンですか・・・違うっっつったじゃないですか。」

 

 

 この中で唯一、比企谷先輩だけが雪ノ下さんのことを知っているらしい。一体どういった経緯で知り合ったのかを小一時間ほど問い詰めたいところだが、それはさておき。

 しかしまあ、本当に正反対な人だ。今の状況を見て改めて痛感する。ぐりぐりと比企谷先輩を肘で突っつく姿なんて雪ノ下先輩からじゃ想像できんぞ。俺も姉と正反対なだけに人のことはあまり言えないがな。

 

 だが、間違いなくこの場を支配しているのは雪ノ下さんだった。さっきまでの帰ろうムードを消し去り、一瞬で自分が支配するフィールドに変えてしまった。その点で言うなら本当にそっくりと言うべきだろう。雪ノ下先輩も場の雰囲気変えるの得意だったし。

 

 

「あ、あの!ヒッキー嫌がってますから!」

 

 

 ぐいっという効果音が聞こえそうなほどの勢いで比企谷先輩を引っ張ったのは、由比ヶ浜先輩だった。抗議するような目線を向ける由比ヶ浜先輩は、相当勇気が要ったに違いない。さながら魔王に挑む勇者そのものである。素直に感心していると、急に背筋が凍るような感覚が背筋を走った。

 悪寒の発生源を目で探れば、答えは明白だった。

 

 

「えーっと、新キャラだねー。あなたは・・・比企谷君の彼女?」

 

 

 原因は、やはりと言うべきか雪ノ下さんだった。一瞬だがまとった雰囲気が変わっていたのを、俺の勘は見逃していない。まるで品定めをするかのような冷たい目線は、たった刹那の出現で場を凍らせたのだ。

 

 

「ちち、違います!ぜ、全然そんなんじゃ!」

 

「なーんだよかったー。雪乃ちゃんの邪魔する人じゃなくてどうしようって思っちゃったよ。私は陽乃。よろしくね。」

 

「あ、ご丁寧にどうも・・・ゆきのんの友達の由比ヶ浜結衣です。」

 

「ふーん。友達、ねぇ・・・」

 

 

 どこか含みのある冷たい声音。いやに冷たい声は、柔らかい膜で覆われてはいるがその棘を隠しきれていない。表情にも、冷たさを押しとどめているような違和感がある。違和感を残しながらも、びっくり箱のキャッチボールみたいな会話が続いた。

 

 

「そっか。雪乃ちゃんにもちゃんと友達が居るんだね。よかった、安心したよ。あ、でも比企谷君に手を出しちゃだめだよ?それは雪乃ちゃんのだから。」

 

「違うわ。」

 

「違ぇっつうの。」

 

「ほらそっくり~」

 

 

 ケラケラと笑う表情。その表情に棘はない。さっきまでの違和感はどこへ行ったのやら。

 

 そこまで思って、俺は気がついた。雪ノ下さんの顔に張り付いた仮面に。

 比企谷先輩を突っついていた時とは違う、違和感のある表情。どこか借り物を貼っ付けたようないびつで完璧な仮面は、擬態するには十分なんだろう。だが、気づいてしまってからだと違和感が残る。本物に近いが故に、どこか嘘くさい。言葉に表しにくいが、そんな表情だった。

 

 

「陽乃。その辺にしておけ。」

 

「久しぶり、静ちゃん。」

 

「その呼び方はやめろ。」

 

 

 ふんとそっぽを向く平塚先生。どうやら二人は知り合いらしい。聞けば、かつての教え子だったとか。

 

 

「まぁ、積もる話はまた改めて、ね。じゃあ雪乃ちゃんも景虎君も乗った乗った!家まで送ってあげましょう~。」

 

 

 雪ノ下さんは俺の背後に回ったかと思いきや、ぐいぐいと背中を押してきた。その後ろをゴーゴー!なんて言いながら腕を上げる姉さんもいる。・・・どうやら逃げ道はないらしい。

 

 

「ちょ、自分で行けますって!す、すみません先生に先輩方に小町さん!また今度機会があれば!さよなら!」

 

 

 手短にせざるを得なかった挨拶を済ませて押されるがままハイヤーの前に立った俺は、初老の運転手に頭を下げる。都筑と名乗った男性は俺の荷物を軽々トランクに詰め込み、扉を開けた。恐る恐る乗り込む俺の後方に、うきうきとする姉さんが続く。緊張からか敏感になっている俺の聴覚は、雪ノ下さんの声をキャッチしてしまった。

 

 

「ほら、雪乃ちゃんも。お母さん、待ってるよ。」

 

 

 それだけが嫌にハッキリと聞こえた。

 

 窓を見れば、こちらに歩いてくる雪ノ下先輩の姿が。その後ろには、あっけにとられたような表情をした比企谷先輩達が見えた。

 その後すぐに、雪ノ下先輩が乗り込んできたのは言うまでもない。透明なガラスみたいな微笑を浮かべたままの雪ノ下先輩には、話しかけることははばかられた。そして最後に雪ノ下さんが助手席に乗り込み、車は音もなく走り出す。

 楽しげに鼻歌を歌う雪ノ下さんと儚い微笑をたたえっぱなしな雪ノ下先輩は、ここでも対照的だった。

 

 俺は何も言えず、窓の外を見る機械と化した。




 強化外骨格の仮面を被り、魔王と呼ばれている陽乃さんは実質我が魔王。
 そんなわけで次回、「慣れない車内で慣れないことはするもんじゃない」。
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