ガタンガタンと、規則的な音が響く。揺れる車内は普段と比べて混雑しており、自分のスペースを確保するのに精一杯だった。だが、俺の目の前で座る少女は少し違うようだ。
「・・・なあ、一色。本当に良かったのか?」
「いいんです!」
座席に座っているのは、先程俺がナンパから救助した一色いろは。何故俺が彼女と電車に乗っているのかとかなんで一色は敬語風なのかと色々突っ込みどころはあるだろうが、「何故俺が一緒に居るのか」と聞かれれば、俺は正直にこう答えるしかない。「誘われてしまったから」だと。
一色の手を取って人混みを抜け、そのまま駅へと避難した俺はそのまま人気の少ないところまで誘導。そこで土下座を敢行したのだ。俺としては、特に親しくもない異性から手を引かれたのだから怒っていて当然と思っての行動だったのだが、どうやら一色はお気に召さなかったようで。「普通は土下座ってそう簡単にできるものじゃないと思うんですけど」とドン引きされたのは良い思い出である。そしてそのままなんやかんやで説得をされ、今こうして電車に揺られているわけだ。
行き先は、当然のごとく祭り会場である。
「だって先約があったんだろ?あの・・・山田?ってやつと。」
「逆に聞きますけどあの状態で助けてくれない人と一緒に行きたいと思います?」
「・・・なるほど。」
男避けとして機能しないどころか大事な局面で助けに入らない男など、行動を一緒にしたくないのは当然の感情だ。聞けば納得する理由が返ってきてしまったのだが、果たして本当にいいんだろうか。助けたとは言え、俺という男は今から祭りを一緒に楽しむ相手としてはいささか以上に力不足ではないだろうか。レディのエスコートどころか財布としても機能しないんじゃないだろうか。
「自己評価低すぎじゃないです?それ。」
「残念ながら自分に評価できるポイントがあるとも思えないしな。むしろ高いくらいじゃないか?」
「うわぁ・・・卑屈だ・・・。」
率直な意見を言ったらまたドン引きされてしまった。自分としてはそこまで自己評価が低いとも思っていなかったのだが、端から見た意見は違うのかも知れない。今度姉にでも聞いてみるとしようか。
そんな風に思いながら、電車に揺られること十数分。ついに祭り会場に到着することができた。
***
祭り会場に着いた俺達を最初に待ち受けていたのは、圧倒的な人混みだった。むせかえるような人混みの熱気は、肌にじっとりとした汗をかかせる。だが、その熱気は微かにソースの香りや砂糖の甘い匂いまで運んできている。否応もなく上がるテンションは、やはり祭りの雰囲気のせいだろう。この雰囲気自体はとても楽しいものだ。
「毎年のことながら凄い人でしたね・・・」
「ホントだよ。毎年来る人はよく来ようと思うよな。」
俺の姉とかな。まあ姉はこういうワッショイしたの好きだしな・・・毎年付き合わされる俺の身にもなって欲しい。
「まあ、私もお祭り好きですし。案外、この人混みが大切なのかも知れませんよ?」
「否定はできないな。がらんどうの祭りなんて行きたくないし。」
人混みを抜け、露天を覗きながらの会話。テンションが比較的高いせいか、いつもより饒舌になってしまう。だが、一色はそれを気にもとめず、楽しげに俺と会話してくれていた。普段と違う環境だからか、その事実をすんなり受け入れてしまっている自分にも驚きだ。
「それにしても、屋台ってホントに色々種類があるんだな。」
「ですね~。あ、なにか食べたいものとかあります?お礼ってことで奢りますよ?」
「えぇ・・・。レディに奢らせるのって俺の流儀に反すると言うか・・・」
「あ、そういうのいいんで。むしろ奢らせてくれなきゃ私の気がすまないので。」
一色は結構強引。俺は学んだ。生かされる場面があるかは知らんけどな。
ともかく何か奢ってもらえることになったのだが・・・どうしようか。考えながら歩いていると、綿飴の屋台が目に入った。
「じゃあ、綿飴で。」
「了解で~す。どれにします?」
「じゃあこれで。」
ノータイム選んだのは、某仮面の戦士がプリントされた袋。蛍光色の仮面が光る、バッタのやつである。他にもヒーリングッドでプリティでキュアキュアなやつとかキラメイているレンジャーとかもあったが、俺はニチアサで仮面が一番好きなのだ。次点でプリキュア。
「なんか意外ですね。てっきりもっとがっつりしたもの食べたがると思ってました。」
「まあ甘いもの好きだしな。祭りに来たら必ず買ってるぞ。」
袋が目的の二割くらいを占めてるけど、とは言わない。ちなみに残り八割は、単純に味が好きだからだ。甘いものが好きという言に偽りはない。このフワフワの感覚と、さっと溶ける儚い甘みが大好きなのだ。基本祭りでしか食べないのもプライレスみがあって非常に好ましい。駄菓子として売ってる綿飴はどうも美味しさに欠けると思うのは俺だけじゃないはずだ。
「ホントに甘いもの好きなんですね。」
「まあな。」
綿飴をパクパクと頬張る俺を見た一色は、まるで母親のような微笑み浮かべている。同級生から向けられる慈愛の微笑みは、容易に俺の顔を赤熱させた。気恥ずかしさからそっぽを向く俺は、一色にはどう映っただろうか。変な奴、くらいにとどまってくれてると良いが。
(・・・?)
一色から見られること、つまり「視線」を意識したからだろうか。浮かれていた俺の心が、一瞬だが冷静さを取り戻した。そしてその一瞬で、俺は普段向けられることのない視線を感じた。
(なんか俺、見られてる・・・か?)
言わずもがな、ぼっちは視線に敏感だ。敏感であるが故に他者から向けられる嘲笑の目線や悪意ある視線を非常に感じ取りやすいというデメリットスキルではあるが、役立つこともある。それは、「危機回避能力」だ。自分がそういった対象になっていることを感じ取れれば、そこから逃げることができる。これは、敵を作らない上で非常に大事な感覚だ。三十六計逃げるにしかず。逃げればとりあえずの危機回避はできるのだから。問題は逃げれるのか、と言う点だが。
さて、そういうわけだが・・・今回は敵意や悪意のある視線ではない。どちらかと言えば、興味、驚きといった風な視線だ。いわゆる「好奇の視線に晒される」というやつだ。俺が美少女と歩いていることに対する嫉妬の視線ならば理解できるのだが、なぜこんな視線を向けられるんだろうか・・・。
「?どうかした?」
「いや、なんでもない。」
一色が気づいてないなら、そんなに騒ぐほどのことじゃないのかも知れない。一色が普段からこんな目線を向けられているという可能性もある。それに、まだ俺の気のせいという線も捨てきれない。いくら視線に敏感と言っても、その精度は完全とは言えないからだ。そもそもそれが完全に理解できていれば最初からぼっちになどなっていないのだ。
「それより、そろそろ花火の時間だが。トイレ、行っとかなくて大丈夫か?」
「それ面と向かって言うのデリカシーなさ過ぎじゃないです?・・・まあ、行ってきますけど。」
不服そうな顔をされたが、一応行ってくるようだ。手持ち無沙汰になった俺は、スマホを取り出して写真をパシャリ。俺の今日の課題をこなし、巾着へとしまい込んだ。
(・・・まだ視線がある。)
これでハッキリした。視線の狙いは、俺だ。理由は今も分からない。だが、俺が見られていることだけは分かった。一通り理由を考えてはみたが、思い当たる節はない。完全に手詰まりである。
まあ、考えていても仕方がない。とりあえず視線のことは無視して花火を楽しむとしよう。
まだ暗い夜の空には、火薬の匂いが迫っていた。
***
ドーン、ドーン
見上げれば、真っ暗な空に咲く大きな花。輝かしい花弁は数秒と保たず闇に呑まれるが、また別の花が闇を裂く。その光景は毎年恒例というには、あまりにも生き生きとしすぎていた。瞬々必生とはこういうことだろうか。瞬間瞬間を一番の綺麗さで輝き、そして消えていく。だが、俺達の心にその輝きは灯り続ける。
「綺麗ですね。」
「ああ。綺麗だ。」
語彙が消失するが、この輝きの前には些細な問題だろう。俺達はレジャーシートへと腰を下ろし、空を見続けた。互いに言葉はなく、されど響く音だけは共有していた。無言の間に漂う火薬の香りは、毎年嗅いでいるはずなのに新鮮なものに感じられた。
響く輝きは頻度を増し、一層夜を照らした。だが、それは終わりが近いことも意味していて。
一際大きな光の膜ができたかと思えば、もう火薬の匂いがすることはなくなっていた。あたりから自然と拍手が響き、俺も自然とそれに習っていた。隣を見れば、一色もつられて手を叩いていた。
「今年はまた一段と凄かったですね。なんていうか、ドーンって感じで。」
「そうだな。本当にドーンって感じだった。」
語彙が貧弱なわけではないが、これしか表現が思いつかなかった。迫力とか一瞬の美しさとか、そういうのが全部一緒に心にドーンと響いたのだ。最初の方は写真を撮ったりしてたのだが、後半は完全に光に呑まれてしまってそんなことは忘れてしまっていた。
「・・・帰りましょうか。人も少なくなってきましたし。」
「そうだな。駅一緒だろ?送ってくよ。」
「じゃあ、お言葉に甘えます。」
二人でシートから立ち上がり、並んで歩き出した。歩く途中では、露天が店じまいをしている。その光景は、俺の中に夏の終わりと寂しさを去来させる。薄れていく火薬の匂いと、店じまい。これは、俺に見える形で終わりを連れてくるのだ。
「夏もそろそろ終わるな。」
「私からすればやっとかーって感じですけどね。」
「なんだ、夏は嫌いか?」
「別に嫌いって程じゃないですけど・・・まあ、苦手です。」
「ほーん。」
まあ、夏は化粧とか大変そうだしな。我が姉もいつも愚痴ってるし。あと夏は薄着になるからそういう意味でも女性には大敵なのかもしれない。俺の憶測だが。
「城ヶ崎君は夏好きなの?」
「俺は好きだぞ。特にこの終わり際がな。」
色々と理由はあるが、俺が夏の終わりが好きな理由はいまいち分かっていない。俺が文系ならばもっと的確な言葉がでてきたかもしれないが、あいにくと俺は理系だ。問題の証明のように、理由や理論に基づいて俺の心を証明したいのだ。だが、今まで一度もそれに成功したことはない。
「夏が終われば秋が来るだろ?涼しくて好きなんだよな~。秋。」
「それ秋が好きなだけだよね!?むしろ夏嫌いなんじゃ・・・」
「・・・さあ?」
だから、ついこうやって適当なことを言ってごまかすのだ。好きな理由も嫌いな理由も、全部泥をかぶせて曖昧に。悪癖だが、そうそう治らないのは困りものだ。
「まあ、心の中の俺にでも聞いてくれ。俺も理由分からんし。」
「どうやって聞くんですかそれ・・・」
いつか、心の中の俺は言葉を発してくれるんだろうか。そんなことを考えていれば、電車が滑り込んでくる。乗り込めば、窮屈な車内にまた十数分だ。まあ、緩みきった俺の心を締めるにはいい薬になるだろう。
***
閑散とした住宅街。祭りの気配など一切ないそこに、からりからりと下駄を引く音だけが二人分。互いにつかず離れずの距離を保ち、並んで歩く。ぽつりぽつりと会話はあるが、言葉を交わさない時間の方が長い。だが、不思議と不快感はなく、むしろ心地良いくらいの静けさが支配していた。
「今日は色々とありがとうございました。」
「いや、こちらこそ悪かった。もっと早く助けに入れてればな・・・」
「いいですって。助けてくれただけでもとってもありがたかったですし。」
そう言われれば俺としてもこれ以上は言えない。せめて、次こうやって助けが必要な状況になったときにもっと早く助けられるようにしよう、と心に誓った。まあ、そんな状況にならないのが一番なんだが。
そうやって歩いていると、一色が「あ、ここです。」と言う。どうやら無事家まで送り届けられたらしい。
「・・・そういえば一つ気になってたんだが。」
「何ですか?」
「それだよ、それ。」
唐突に言われて、何のことか分からずきょとん、とする一色。だが、俺は今日一日ずっと気になっていたことがあるのだ。タイミングが変かもしれないが、言うタイミングを逃してしまったのだ。許して欲しい。
「なんで敬語なの?俺一応同級生なんだけど・・・」
そう。一色は今日ずっと、俺に敬語で話していたのだ。俺が老けて見えたとかおじさん臭いから・・・という理由で敬語ならばいい。全然笑って流せる。だがもし。『
気まずい沈黙が続いた。
「・・・じゃないですか。」
「・・・はい?なんだって?」
「もう、いいです!」
顔を真っ赤にしてしまった一色。どうやら最後の最後に機嫌を損ねてしまったらしい。だが、俺はホッと胸を撫で下ろしていた。あの様子では、少なくとも俺のことを詳しく知っている訳では無さそうだ。
だが、一色をそのまま帰すわけにはいかなかった。今日という日を、悪感情で終わらせてはいけない。その思いが、俺の口から言葉を出させていた。
「一色!言い忘れてたんだけどさ!」
「・・・なんですか?」
大きく息を吸い込み、今日の思ったことを素直に伝えた。こちらも、機会を逃して言えてなかったことだ。
「浴衣、似合ってた。今日はありがとう。すっごい楽しかった!」
「・・・!?」
俺の言葉に驚いた顔をした一色は、更に顔を真っ赤にして家に引っ込んでしまった。
(でも、怒っては無さそう・・・かな?)
なんとなくそう感じた俺は、最後に玄関に向かって軽く手を振り、家に帰ることにした。間違いなく最高の一日だった。そう思いながら。
なお、家に帰ってから姉に根掘り葉掘り聞かれたことについては、またの機会ということで。
沙耶「kwsk」
景虎「嫌じゃぁ!!」
この後全部吐かされた。
次回はようやく二学期へ。文化祭の開催に伴って決められる実行委員。だが、その前に教室では一悶着二悶着あり・・・?そして祭りで受けていた視線の正体も明らかに。
次回、「新学期は今後の分岐点。古事記にもそう書かれている。」