ですが、書いているうちにいろはすの出番が思ったより増えてしまったので分割して投稿しようと思います。
「それでは会議を終了します。各自、作業に移ってください。」
大人数が詰まった会議室は、雪ノ下先輩の声を合図に一斉に騒がしくなった。作業の進捗を確認する者、一心不乱にパソコンに文字を打ち込む者、各部署の連絡に走る者などなど。つい数日前では考えられなかった光景がそこには広がっていた。かくいう俺の担当部署の記録雑務もフル稼働しており、俺の前に積まれていた仕事がどんどん持ち去られていっていた。おかげで仕事は7割減。ぶっ倒れた時とは比べものにならない量だ。
「こんなに変わるものなんですね・・・。もっと早くして欲しかったですが。」
「同感。でもまあ、やらんでくれた時よりは遙かにマシだな。」
俺の隣でパソコンを打つ一色も、この変わりようには驚きしかないようだ。かくいう俺も驚いている。
(流石は比企谷先輩、といったところか。)
俺がちらりと見遣る方向には、一人で黙々と仕事をこなす比企谷先輩が。周りは協力しながら仕事をしているというのに、えらい温度差である。
まあ無理もあるまい。この状況を作ったのは彼なのだから。
「ていうかあの先輩なんなんですか?急に変なこと言い出したかと思えば全部動かしちゃうし。超変な人じゃないです?」
「あれがあの人のやり方なだけだよ。・・・まあ、変な人ではあるけど。」
そう。こうして憎まれ役を作り、時には自分を犠牲にしてでも事態の解消を図るのがあの人のやり方だ。
今回はスローガンと参加していなかったメンバーを遠回しに批判することで自らを全体の的として設定し、「あいつには負けたくない」という意識を煽ることで全体を動かしている。この計画を思いつくことも、そしてそれを実行してしまうことも含め、相当な変わり者であることを再確認させられた。
「じゃあ仕事しますかねぇ。」
とはいえ、俺の仕事が無くなったわけではない。これだけ働いたから休暇の一つでもくれてもいいと思うのだが、残念ながらここは会社ではなく小さな社会。休暇や有給なんてものは存在しない。仕事のおかわりはあるかもしれないが。
とりあえず進捗を報告するために席を立ち、人の間をするすると抜けて前へと移動。報告ついでに追加の資料を持って席へ戻ろうとしていると、声を掛けられた。
「やあ、城ヶ崎。ちょっといいかな。」
「あぁ、葉山先輩ですか。なんです?」
「有志団体関連の書類で分からないところがあってね。聞きにきたんだ。」
振り返ってみれば、声の主はまさかの葉山先輩。
「珍しいですね、俺の方に来るなんて。比企谷先輩とか雪ノ下先輩の方に行くもんだとばかり。」
「あぁ、最初はそうしようと思ったんだけどね。ほら。」
促されて見てみれば、比企谷先輩は雪ノ下さんに絡まれており、雪ノ下先輩は城廻先輩と何やら話し込んでいる。
「成程。確かにあれじゃ無理ですね。」
「だろ?だから君の方に来たのさ。」
「了解です。席に戻って座りながらでも?」
「ああ。そうしてくれると助かる。」
ならば仕方がないと気を取り直し、連れだって席へと戻ることにした。端から見ればかなり異質な組み合わせに見えただろう。
「あ、計算間違ってたんでここに・・・って葉山先輩!?」
現に元々いた一色の反応がとても面白い物になってるし。鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこういう表情を言うのかもしれない。
「やあ、いろは。頑張ってるみたいだね。」
「えぇ~、そんなことないですって。それよりもどうしたんですか?」
「ああ、城ヶ崎に書類のことで相談があってね。悪いけど、少しだけ席を借りるよ。」
「勿論です!少しと言わず心ゆくまでどうぞ!!」
そう言ってちゃっかり自分の隣へと葉山先輩を誘導していた。なかなかどうして強かな女である。苦笑いながらもそこへと腰掛ける葉山先輩。やはりイケメンパワーは恐ろしいものだ。苦笑すらも絵になる。
俺は若干の負のオーラを出しながらも書類のことを教えることになった。
「・・・って感じです。判子は委員長か関係部署の部長から貰ってください。」
「なるほど・・・よし。ありがとう。おかげで完成したよ。」
葉山先輩は持ち前の頭の良さで高速で理解し、手際よく書類を書き上げて行っていた。一応不備がないかのチェックを済ませれば、立派な書類の完成である。
「流石葉山先輩ですね。一発で理解して書き上げるなんて。」
「君の教え方が良かったからさ。じゃあ、俺は出しに行くよ。城ヶ崎もいろはも、お互い頑張ろう。」
そう言ってにっこりと笑い、颯爽と立ち去る葉山先輩。去り際の最後までイケメンであった。
さて、俺は仕事に戻るか・・・と思ったのも束の間。俺はワイシャツの襟を摑まれて横方向にぐいっと引っ張られてしまった。ぐぇっと潰れたアヒルみたいな声にもお構いなしに、耳元でこしょこしょと騒がれる。
「ちょ、城ヶ崎君は葉山先輩と友達だったんですか!?ていうかそれならなんでもっと早く言ってくれなかったんですか!?」
「ちょ、一色、痛い痛いって。死ぬ、俺死んじゃうから!」
なんとか拘束から抜け出して襟を整える。
「夏にボランティア活動で一緒になっただけだよ。友達とかそんなんじゃない。」
「その割には仲よさげだったじゃないですか。なんかあったんですか?」
ない、と即答しようとしたが、森の中で交わした言葉が頭をよぎった。
もし君が俺達と同級生で、同じクラスだったとして・・・俺と君は、仲良くできたと思うかい?
「・・・いや、なんもなかったな。うん。一緒にカレー食べたくらいだ。」
「絶対嘘だぁ・・・。まあいいです。それで、連絡先とかは・・・?」
「俺がそれを聞けると?」
「ですよね・・・。ちょっとでも期待した私が馬鹿でした。」
「それはそれで俺に失礼じゃないかね?」
「というか一色、葉山先輩の連絡先知らないんだな。てっきり同じ部活だから知ってるもんだと思ってたわ。」
「いや、グループには入ってるんですよ?でも葉山先輩、知らない人からの友達申請全部却下してるらしくって・・・」
「ああ、成程。まああの人ほどになるとそうしてるのかもな・・・」
学内トップのイケメン、サッカー部部長、品行方正の三拍子が揃う葉山先輩は、当然ながらモテる。それは学年内に収まらず、全学年。果ては他校にまでそのファンは存在する。サッカー部のマネージャーは、葉山先輩目当ての女子の間で苛烈な争奪戦が繰り広げられたと風の噂で聞いたことがある、といえばどれ程のものかは察しが付きやすいだろう。そして目の前の一色はその争奪戦を勝ち抜いた猛者でもあるのだ。恐ろあざといレディである。
「というか本人に直接聞けばいいのでは?」
「それで解決できるならこんなに困ってませんって。」
「それもそうか。」
やはりモテる男はガードが堅いようだ。流石サッカー部部長。あの人キーパーじゃないけど。
「まあグループで連絡できるだけいいんですけどね。どっかの記録雑務の部長さんは仕事の連絡取れませんし。」
「殆ど言っちゃってるんだよなぁ・・・それ。もしかしなくても俺のことだろそれ。」
「そうですよ。」
ジト目でこちらを睨んでくる。その睨みは全然怖くなく、むしろ可愛い。というかそれが芯まで染みついているんだろうか。
だがしかし、俺も伊達にボッチな訳ではない。必殺奥義・目逸らしで抵抗することにした。抵抗できてませんねぇ・・・。
「悪かったって。友達居ないしそういう習慣なかったんだよ。」
「え、可哀想。」
ドストレートかつ鋭利な罵倒。俺じゃなきゃ死んでたね(瀕死)。決して高校デビューで友達できるかなーと思って某緑のSNSのアカウントを作った過去を思い出した訳ではない。
「いいだろ別に。今まで困ったことなかったし。」
「でも今回困りますよね?」
「まあな・・・。」
ぐうの音も出ない正論である。だが今のところ誰かと交換する予定もないんだけどなぁ・・・。
「・・・ほら、出してください。」
ちょぎれた涙を引っ込めていると、スマホを出してふりふりしている一色が。どこぞのボケガエルのオープニングよろしく、電波の入りでも悪いんだろうか。
「・・・?なにしてんの?」
「え、もしかして友達の追加の仕方も知らない感じですか?流石に引くんですけど。」
「もう既にドン引きした後だろうが。だから今までやったことないから知らないんだって。」
「本気で言ってんですか・・・。ほら、ここですここ。」
教えてもらいながらも四苦八苦すること数分。なんとか友達登録を完了させることができた。
「おぉ・・・これが連絡先ってやつか・・・。」
友達と書かれた欄に表示される、「いろは」という文字。不覚にも感動してしまった。ちなみに他の友達は親と姉だけである。悲しいなぁ・・・。
「後はグループに誘って、っと。全く、友達追加するだけでこんなに大変なの初めてですよ。」
「いや、悪かったって。」
「じゃあ貸し一つ、ってことで。よろしくお願いしま~す。」
にっこりと微笑む様子はまるで悪魔だ。さっき言った可愛いという言葉は訂正しよう。やっぱこいつはあざといわ。
「えぇ・・・代償重くない・・・?」
「女の子の連絡先はそれだけ重いんです~。あと城ヶ崎君。女子に重いって言ったらダメって知らないんですか?」
「そういう意味じゃないんだよなぁ・・・まあいいけど。」
まあどうせ荷物持ちか何かだろう。腕っ節には自信があるし、それくらいチャラになるなら安いもんだ。
「さ、今度こそ仕事に戻るか。」
「ですね。資料回してください。」
「はいよ。」
資料を回し、一度背伸びをする。さて、さっさと片付けちゃいますかね。
次回こそは陽乃さんに視点を当てます。そして多分荒れます。