暗幕が垂れ下げられ、隣人の顔さえ判別が付かないほどに真っ暗な体育館。夏もかくやという程の熱気とざわめきがひしめく理由はただ一つ。本日より、総武高校の文化祭が開催されるからだ。全二日の日程のうち、最初の一日は学内のみの開放となっている。よってこの体育館にいるのはすべて我が校の生徒なのだが・・・こんなに多かったのか。正直結構驚いている。ちなみに俺が今居るのは、体育館後方。先程まで生徒を体育館に誘導する係をやっていたので、そのせいである。
『こちら体育館入り口。誘導並びに扉のクローズ完了しました。』
『了解しました。別命あるまで待機を。間もなくオープンセレモニーを開始します。』
『了解です。』
実行副委員長である雪ノ下先輩の指示で待機継続となった俺は、トランシーバーのスイッチを切って前を見遣る。垂れ幕によってステージの内部は見えないが、雪ノ下先輩の采配によって順調に準備が進んでいることだろう。慌ただしく舞台袖を行ったり来たりする生徒がいるのがその証拠だ。間もなく開始というのもそう遠くはあるまい。このままいけば、順調なスタートを切ることができるだろう。・・・一点の懸念事項を除いて。
舞台袖にチラチラと見え隠れする赤毛の女子生徒を見た俺は、そう思わざるを得なかった。
言わずもがな、相模委員長だ。
彼女の性格は非常にわかりやすかった。それこそ、全く言葉を交わしたことのない俺が推して計れるくらいには。彼女の性格は一言で言えば、「尊大な小物」だ。実力はそこまでだが、肩書きを得るための立候補。実力のある他人にほぼ全権を委譲した結果の、肩身が狭くなった様相。悲しいくらいに分不相応な肩書きに潰された人。
それが、俺が読み取った彼女の性格だ。
果たして今まで何もせずにおどおどし続け、それでもなお縋り続けたかりそめの肩書きの重圧に、今更耐えることができるのだろうか。
『これより、総武高校文化祭オープンセレモニーを開始いたします。』
俺はそんな不安を抱きながら、放送部のアナウンスを聞いていた。
***
城廻先輩の元気な開始の音頭とともに始まった文化祭。一部を除きセレモニーが大成功したこともあって、開始数分しか経っていないのに学校全体はものすごい熱気に包まれていた。あちらこいらから客引きの声が上がり、それを楽しむ人たちの声も響く。なんともまあ文化祭らしい光景が、そこには広がっていた。
そんな光景を前に俺が何をしているのかと聞かれれば、「仕事」である。
記録雑務の部長である俺に割り振られた、というより、ボッチである俺が請け負わざるを得なかった仕事は、撮影だ。この文化祭らしい光景を切り取り、後日広報部や学校新聞などに提供するのが今の俺の使命だった。
というわけで黄色に委員会と書かれた腕章を見につけ、校内をゆるりと観光しながら歩いているわけだ。勿論一人で。仕事の内容が個人向けだからとはいえ、こうも賑やかな中を一人で歩くのもどこかもの悲しくなってくるのは許して欲しい。比企谷先輩でも引っ張ってくるべきだっただろうか。
そんなことを考えつつ歩いていれば、一際賑やかな集団を発見した。なんともカメラ映えしそうなその集団は、言わずもがな。葉山先輩率いるグループだ。三浦先輩や海老名先輩に戸部先輩の他に、クラスメイトらしき人も3人くらい見える。多分、彼らもいつも一緒にいるメンバーなのだろう。
「あーし甘いの食べたいんだよね。」
「それならハニトーとかいいんじゃないかな?丁度ここから近いし。」
「っべーハニトーとか超アガらね?んなら早速行くしかないっしょ!」
夏ぶりに彼らの会話を聞いたが、変わらずパリピな会話だった。俺には眩しすぎてついて行けない世界である。多分前世太陽神とかだったのではないだろうか。
アホな思考はさておき、彼らは間違いなく写真映えする。インスタなる魔界に足を踏み入れたことはないが、多分そこでも映える。そう考えて少し遠目からアップで撮ろうとしたときだった。
「やぁ、城ヶ崎君じゃないか。仕事かい?」
あちらは俺に気がつき、わざわざこっちに来てまで声を掛けてきた。気づかれなければ写真だけ撮って退散しようかと思っていたのだが、そうもいかなくなってしまった。
「どうもです。見ての通り、記録雑務中ですよ。撮っても?」
軽く挨拶を交わし、折角なので正面からの写真を希望してみる。
「勿論さ。みんなもいいかな?」
「別に良いけど・・・えちょ、デジカメ!?あーし普通の写真撮られるの苦手なんだけど・・・」
「まぁまぁ。記念撮影だと思って、ね?」
「っべー。こういうのめっちゃ青春っぽくね?まじアガるわ~」
わちゃわちゃと言いながらも、それぞれポーズを撮ったりしてくれた。言うまでもないが葉山先輩が中心だったし、その隣は三浦先輩だった。もしかしなくても三浦先輩は葉山先輩が好きなんだろうか。
そんなことを思いながらも、スタンバイ中の彼らをパシャリ。きちっと決めてるのもいいが、これはこれで味があるんじゃなかろうか。
「は~い。撮りますね~。はい、チーズ。」
改めて撮った写真は、それはもう楽しそうな笑顔だった。「青春」って題名で写真展に飾られても可笑しくないその写真は、多分後日広報誌なんかに貼られるのだろう。それを見た彼らが楽しそうに談笑している姿が目に浮かぶようだ。
「オッケーです!ご協力ありがとうございました。」
そう言うと、彼らは談笑をしながらこちらへ背を向けた。俺も別の場所に移動して写真を撮ろうと思ったとき。葉山先輩が三浦先輩に二、三言話したかと思えば、こちらへと歩を進めてきたのだ。
「ちょっと良いかな?」
「・・・一応仕事中なんですけど。」
「まあ、そう言わずに。忙しいなら歩きながらでも良いからさ。」
そこまで言われては断りづらい。立ち話だと目立って嫌だったので、移動しながら話すことにした。歩いても相当目立つが、そっちの方がマシな気がした。話してる内容も聞かれにくいだろうしね。
***
「なんて言って抜けてきたんですか?」
「ああ。委員会のことで話があるから、って言って来たよ。別に嘘でもないしね。」
「後で文句言われても知らないですよ。」
「ははは。その時はその時さ。」
「さいですか・・・で、結局なんだったんです?そこまでして俺の方に来た用事って。」
葉山先輩は直球だね、と言ってから一拍置き、言いづらそうに切り出した。
「君はこの文化祭、どう見てる?」
「・・・どうって。まあ、委員会の立場でこうやって仕事しながら見ますよ。友人もいないんでね。」
「まあ、それも良いかもね。でもそうやってはぐらかすの、よくないと思うぞ。」
チッ。折角自虐を混ぜて追及を免れようと思ったのに。
葉山先輩が言わんとしてることは分かっている。相模先輩のことだろう。
「・・・まあ、とりあえずは成功するんじゃないですかね。それが『誰にとって』のかは知りませんけど。」
「誰にとっての、か。君はそれが誰だと見てるんだい?」
「そりゃ勿論、『みんな』にとってですよ。」
そう言って周囲を見渡す。
話しながら歩くうちに、俺のクラス周辺まで来てしまっていたらしい。見慣れた風景には、笑顔ばかりが溢れていた。このまま行けば、明日の一般公開も無事に終わって大団円。そう思ってやまないからこそ、絶対に思い至ることのないもの。楽しそうなその笑顔には、運営側の問題なんて一切映っていない。当たり前だ。運営が苦労していることなんて、それこそ運営に関わる人しか知りようがないのだから。
だからこそ、その『みんな』には含まれない人がいる。運営側の、更にその一部。
「知ってる人は不安で仕方ないんじゃないですかね。ね、先輩?」
呼びかけて横を見る。そこには苦し紛れの笑顔を浮かべた葉山先輩が―と思ったのだが。
「まあね。君の言うとおりだ。」
そこにあったのは、すんなりそれを肯定したすまし顔だった。
それを見た俺は、正直かなり驚いた。
てっきり笑顔を浮かび続けるか、そんなことないと否定してくると思っていたからだ。少なくとも『みんなのアイドル』である葉山隼人はそうすると考えていたから。
「・・・そ、そっすか。」
それにやられた俺は、そんな返ししかできなかった。
「・・・・・先輩でもそんなこと言うんですね。」
「正直、自分でも驚いてるよ。まさかこうも本音が出てくるなんてね。」
ならそんなことを言わないで欲しい。心臓に悪すぎる。誰かに聞かれてないか不安で一瞬周りを見てしまったじゃないか。
「・・・覚えてるかい。夏休みに君に言ったこと。」
「ああ、あの世迷い言ですか。何かの冗談だと今でも思ってますよ。」
忘れようがないだろう。あの葉山先輩が俺に「羨ましい」なんて言ってきたのだから。
「あれは世迷い言なんかじゃないさ。俺の本音だし、今でもそう思ってる。」
やはり一度病院で診て貰った方が良いのではないだろうか。あの一瞬だけなら気の迷いと思うこともできたが、ここまで来るとそうも言ってられない気がする。
「だから君の前では、せめて対等でありたい・・・のかもしれないな。」
それに君はそんなの気にしないだろ、と言った先輩は、いたずらが成功した子供のような顔をしている。してやられた、と思ったがもう遅い。
「・・・やっぱ、病院行った方がいいですよ。」
「ははは。君ならそう言うと思ってたよ。」
俺はそう言うことしかできなかった。どうやら相手の方が一枚上手だったらしい。ちょっと出し抜けたと思った瞬間の喜びを返して欲しいくらいだ。
「ってか、これ言うためにわざわざ俺の方来たんですか?」
「いや。俺の用事は前半だけさ。後半は偶々だよ。」
「さいですか・・・」
ったく。まだ午前中だってのにとんでもない爆弾を投げられた気分だ。まだ仕事時間残ってるのに・・・災難だ。
「そうげんなりするなって。なんだったら今度リフレッシュに付き合おうか?」
「余計メンタル破壊されそうなんでお断りしておきます。・・・ってか、原因の張本人が何言ってるんですか。」
「それもそうか。まあ気が向いたら言ってくれ。そういうの抜きで遊びに行きたいんだよ。」
「その件は前向きに善処する方向で検討させて頂きますよ。」
「おっと、これは手厳しい。」
なんとなくフランクな雰囲気な葉山先輩は、さっきまでとは違った笑顔を浮かべている。楽しそうというよりは・・・溌剌としてる?ともかくそんな感じだ。
ともかく、先輩の用事も終わったことだしどこかで切り上げて仕事に戻らなくては・・・そう思い、いざ口を開こうとしていたときだった。
「あ、城ヶ崎君!こんなとこにいたんだ!!」
「・・・?一色?」
どこか慌てた様子の一色が、こちらへ駆け寄ってきていたのだ。ふと見れば自教室の前に俺は立っている。だから一色がここにいることはなんら不思議ではないのだが・・・。
「もう。探したんだからね?さ、行こっか?」
状況は飲み込めないが、一つだけ分かった。どうやら、まだもう少し厄介事は続きそうだ。若干悲鳴を上げる俺の胃も、胃痛を伴って賛成してくれている。