「探したんだからね。さ、行こっか?」
教室の中から駆け寄ってきた女子生徒こと一色いろはは、俺に向かってそんなことを言い出した。ニコニコしてはいるが、目が全く笑っていない。どうやったらこんな表情ができるんだろうか。末恐ろしい人である。
それにしても、俺は何か探されるようなことをしていただろうか。もしや葉山先輩と歩いていたことが気にくわなかったのだろうか。はたまた仕事をしていない様子に業を煮やしたのであろうか。・・・いや、言われなくとも分かっている。ただ目の前にあるであろう状況からの現実逃避である。
さて、改めて状況を整理しよう。
俺が呼び止められたのは自教室で、呼び主は一色。なにやら焦っているような一色の様子に、覚えのない「探した」という言葉。
(・・・成程。厄介事か。)
俺は瞬時にそう判断できた。
そう判断してから教室の中を見れば、何やらこちらに不満げな視線を寄越してくる男子生徒が一名見える。周りの数人の生徒もこっちを見ているが、どうやら彼が厄介事の種であるらしい。
「・・・実行委員のシロガサキか。お前が・・・!」
そして何やら俺に対して大変ご立腹であるらしい。その割には名前を間違えて覚えられてはいるが。しかしこの男、どこかで見たような気が・・・・・・
「山田落ち着けって。な?」
周りにいた生徒がなだめているが、彼の怒りは収まりそうもない。山田・・・山田?おお、思い出した。サッカー部の山田か。確か夏休みに一色を夏祭りに誘ってたのも彼だったはずだ。そして、ナンパから助けなかったのも彼であったと記憶している。
「どうも」
相手がクラスメイトなので一応挨拶はしておくが・・・本当にどういう状況なの?ちらりと一色を見遣れば、滅茶苦茶申し訳なさそうな顔をしながら目線を逸らされてしまった。
「どうした?何かあったのか」
ナイスタイミング。葉山先輩が割って入ってきてくれた。どうやら俺が呼ばれたのを見て、教室の前で待っていてくれていたらしい。彼が来てくれたおかげで、心なしか教室内も安堵したムードに包まれつつあった。流石は葉山先輩である。
「葉山先輩。・・・ッス」
突然現われた同じ部活の先輩に驚いた山田は、こちらへの注意を逸らした。
「・・・とりあえず、
「・・・・・・うん。じゃあね、山田君」
なんとなく察した俺は、一色を連れてとりあえずこの場を離れることにした。一瞬目が合った葉山先輩は小さくうなずき、そのまま山田から話を聞くことにしたようだ。マジであざっす先輩。
***
「・・・本当にすみませんでした」
教室を離れたっきり居心地の悪そうにしていた一色は、突然そう言った。
場所は屋上へ続く階段の踊り場。放送機材が設置してある以外は何もなく、人の気配すらしない。「機材の点検があるから」、と言った俺の先導で来たのだ。勿論、本当のことである。喧噪から取り残されたようなこの場所で、一色はいきなり謝ったのだ。
「別に気にしてないからいいって。それより、あれどういう状況だったんだ?」
機材のコードが正しく刺さっているかの点検を済ませながら、俺は先を促す。割とマジで状況がつかめずに困惑していたんだ。せめて説明くらいは欲しいところである。むしろあの状況で一色を引っ張り出せたのは奇跡と言えよう。後で葉山先輩にはありがとうと言っておかねば。
「・・・最初は、山田君に誘われたんですよ。『文化祭一緒に回らないか』って」
ほう。どうやら山田は相当一色にご執心らしい。夏休みに醜態を晒しておいてまだ誘うというのだから。
「最初はそれとなーく断ったんですよね。・・・でも、他の人も一緒だからって言われちゃって」
「なるほどねぇ。そりゃ断りづらい訳だ」
他の人も一緒だから、みんなやってるから。そう言われてしまえば、途端に退路は断ち切られてしまう。合わせないということは、それだけでマイナスの要素となってしまうからだ。しかも誘われたのはいわゆる「イツメン」のサッカー部で同じクラス。これで断るというのも無理な話だ。
「そうなんですよ。で、待ち合わせ場所を決めて渋々了承したんですが・・・来なかったんですよね。他の人が」
「ほう。」
つまり、山田と一色が二人きりになる状況が作られたと言うわけだ。・・・話しが見えてきた気がするが、とりあえず聞こうか。
「どういうことなの、って聞いても『急に都合悪くなったみたい』って言うだけで。・・・それで、たまたま通りかかった城ヶ崎君を逃げる口実に使っちゃいました」
「なるほど。大体分かった」
つまり山田の作ったシナリオはこうだ。
イツメンとグルになり、一色に文化祭を回る約束を取り付ける。そして当日他の連中は来ないことで二人っきりの状況を作る。後は・・・まあ文化祭の最後に告白でもする予定だったんだろう。
しかしバカな奴だ。そもそも脈があれば最初に誘った時点で喜び勇んで二人っきりの文化祭を了承したはずである。そこを断られた時点で自分に好意が向けられていないことを理解しておけば良かったものを・・・
「なんつーか。あれだな。お前も苦労してるな」
「・・・ありがとうございます。おかげで未然に防げました」
ほっとした顔をしている、と思ったのは俺の錯覚ではないだろう。
「未然に、と言うと」
「まあ、今までも何回かアプローチはされてたんですよね。好きな人はいるか~とか、彼氏はいるのか~とか。」
「それってアプローチなのか?」
「ですよ。あと牽制の意味もあったりします。」
「うわぁめんどくせぇ・・・。」
「そうですよ。女子の友情なんて、そんなんばっかです。まあ楽しい部分は勿論ありますけど。」
ここまで聞いた俺は、ふと思ってしまった。「告られてから振ればいいんじゃないか」と。
そうすれば今後そういった煩わしいこともなくなるし、そっちの方が相手にとってもいいのではないか、と。
しかし俺は、それを言う気にはなれなかった。なぜだかは分からない。なんとなく、言わない方がいい気がしたのだ。
「しかし告白ねぇ。イベント事で告白する奴らは何を考えているんだか。」
モヤッとした気持ちを飲み込みながら、俺はそう思ってしまう。
脈があるならまだしも、ワンチャンに掛けて告るようなやつらは相手のことなど考えていないんだろうと思ってしまう。相手からすれば、楽しかった思い出の日に好きでもない奴から告白される訳だ。あまり良い思い出にはならないんじゃないだろうか。
「そうなんですよね・・・こっちがそれとなく脈ない、って伝えてるのに告ってきたりする人いますし。」
おいお前やめてやれよ。俺もそう思ったけどあえて言わなかったんだから。
「あと一番困るのって全然知らない人から、ってパターンなんですよね。先に脈なしを伝えることもできないから、ちゃんと振らなきゃいけないんですよ。」
やめたげてよぉ!オーバーキル過ぎるだろ!
「やけに堂に入った言葉だな。実体験か?」
「ええ、まあ。そうですけど。」
「やっぱり昔からモテるんだな、お前。」
勿論です、なんて帰ってくるかと思って言った言葉だったが、やけに反応が遅い。もしや期限を機嫌を損ねてしまっただろうか。なんて思っていたら。
「・・・もしかして今口説いてましたかごめんなさいちょっとドキッとしましたけどなんか罪悪感につけ込まれた気がしてなんとなく嫌なので無理です!!」
「お、おう。別に褒めただけだから気にすんな」
相変わらず長文で振られてしまった。というかよくつっかえずにここまで長くしゃべれるもんだと感心してしまったぜ。
「・・・ま、とりあえず今日のことは気にしなくていい。俺は一色に借りがあったしな。これで一個チャラにしといてくれ。」
ちょっとかっこつけてみたが、我ながら情けない話である。なにせまだ借りがもう一個残ってるのだから。
それに、俺は元々好かれない立場だ。俺の悪評一個で一色の充実したスクールライフの障害が一個除かれたなら、安いもんである。
「・・・なんか釈然としないですけど分かりました。でも!ちゃんと今度買い物付き合ってくださいよ!」
「わーってるよ。ちゃんと筋トレしていくらでも荷物持つって。」
「いえそういうことじゃないんですけど・・・まあいいです。楽しみにしときます。」
「りょーかい。」
ったく。俺と買い物行っても楽しくないと思うんだがな・・・まあいい。
「んじゃ、機材の点検も終わったし。とりあえず仕事しますか。」
「え゛!?いや、あの仕事は建前だったというか本当じゃなかったというか・・・」
「いや、普通にあるぞ。ローテ表見てなかったのか?」
ポケットから出した紙を見せれば、しっかりと名前が書かれている。ちなみに俺と一色は同じ班であり、二年生の教室を担当することになっている。確か強制的に入れられたL●NEでも伝えたと思っていたが・・・
「日付勘違いしてました・・・・・・」
どうやら日付と自分の名前だけを見て仕事がないと勘違いしていたらしい。正直いなくても回るとは思うが・・・まあ、折角仕事と言って抜けてきたのだ。少しくらいは仕事をして貰うとしよう。
「そいじゃ行きますかね。各クラスの出し物チェックに。」
「・・・了解でーす。」
うげーっと超嫌そうな顔をしながらだが、俺の横について来た。
とりあえず、もうあんな申し訳なさそうな顔をしてなくてよかった。そう思っておこう。