文化祭の日程はつつがなく進み、無事に二日目を迎えた。
出し物の内容が少し違っていたり、列順で小競り合いが発生したりと小さい問題こそあれ、大きな問題が発生することもなく二日目を迎えられたのは、ひとえに実行委員の働きが大きいだろう。
城廻先輩を中心とした生徒会主導の巡回グループは円滑に問題を解決し、その場に潤いをもたらした。城廻先輩のカリスマ性の面目躍如と言ったところか。無論、他の巡回の人もいざこざをしっかりと解決している。俺も微力ながら、その手伝いをさせて貰った。
そんな風に仕事をしていれば時が経つのも早いもので、もう二日目も終盤を迎えようとしていた。
***
裏方。読んで字のごとく「裏の方」にいる人を指す言葉であり、人の目に付かない裏の方で仕事をしている人のことを表している。俳優やパフォーマーのような表に出る人たちを影ながらサポートする仕事柄憧れる人が少ないかも知れないが、それは大きな間違いだ。
撮った映像を編集する裏方がいるからこそ俳優は最大限輝くことができるし、輝く俳優がいるからこそ裏方には仕事が回ってくる。
「光あるところに影あり」、という言葉が指すように、表と裏は表裏一体。どちらかが欠けた瞬間に破綻するのだ。
つまるところ、だ。
「俺が裏方にいることは最大限文化祭を楽しんでるってことだ。うん。」
「いえ、そうはならないと思うんですけど?」
舞台上から流れる軽やかなジャズをバックにした俺の演説は、一色によってばっさりと切り捨てられた。ジト目でこちらを睨む様は、目だけで「何言ってんだコイツ」と雄弁に語ってくる。真の英雄は目で殺すらしいが、もしかして英雄の家系だったりするのかしら。
そんな馬鹿らしい思想を巡らせる俺達がいるのは、体育館にあるステージの横。今正に裏方として働いている真っ最中なのだ。
「俺の中ではなってるからいいんだよ。大体俺は裏方の方が好きなんだし。注目されるの嫌いだし」
言い訳がましく聞こえるかも知れないが、これは事実だ。俺が今裏方にいるのは自分で希望したからだしな。決して他の人がやりたがらなかったからではないし、暇だったのが俺だけだったという訳でもない。内申点欲しいし!
しかし弁解しても一色のジトッとした目線は変わらない。殺されることは無さそうだが、このままでは俺の身が持たん。
「ところであれだ。なんで一色まで来たんだ?お前確かこっち希望してなかったろ」
というわけで、疑問に思っていたことを聞いて話題の転換を図る。
そもそも一色は今日は裏方に仕事が入っていないはずだ。しかし俺が裏方に入ったときには、まるで当然かのようにここにいたのだ。遅いです!なんて言われたので、ついつい謝ってしまったくらいだ。思わず一瞬スルーしかけてしまったくらい自然な溶け込み、俺じゃなきゃ見逃してるね。
「ああー・・・それですか・・・」
目を泳がせ、若干言いにくそうにしている。
その様子から、大体察することができた。
「・・・また山田か」
「・・・そんな感じです。」
まじかよ。
そう思った俺の脳裏に、妄執、という単語がよぎった。
恋は心の病だ、なんて言葉もあるが、ここまで来ると最早本当に病気なのではないかと疑ってしまう。ここまで一色に入れ込んでいるとは・・・流石に懲りてほしいものである。
「・・・・・・ごめんなさい。昨日巻き込んだのに、こんな感じで」
「いや、一色が謝ることじゃないだろ。あれは全面的にあいつが悪いんだからな」
絶句していた俺は、慌ててその謝罪を否定した。どこにいるか分からぬ山田への、頼むからこれ以上に騒ぎを起こしてくれるな、という思いと共に。
「・・・とりあえず、葉山先輩にも話をしてみるよ。あいつ、確かサッカー部だっただろ?」
「う゛ぇ!?」
やはりこういうのは、彼にとっての身近な人からの目線も大切だ。
そう思っての言葉だったのだが・・・なんだ今の声。
俺の見た物が正しければ、とても綺麗とは言えない音は目の前の少女から発せられたモノだった気がするのだが・・・
「い、いや~。その、葉山先輩には言いづらいっていうか?こんなことでっていうか?」
ガクガクと、壊れたパントマイム人形のようなジェスチャーをしながら必死に弁解を始めた。小声でしどろもどろな言い訳をする様子は、正直面白い。舞台袖は暗くて表情までは詳しく分からないが、恐らく超焦った顔をしていることだろう。何それ超見てみたい。
「ていうか・・・そう、迷惑!多分葉山先輩はそういうの多いでしょうし、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないんですよ!!」
「いやまあ、そういう経験あるだろうから聞きにいこうと思ったんだけどね?」
「ええと・・・ほら、お忙しいでしょうし!」
「いうて同じ学生だろ。ちょっと話すだけだし、そこまで負担はないと思うが・・・」
「う~ん・・・ええっと・・・・それから・・・・・・」
うんうん唸りながら必死に意見を捻りだろうとしている。あまりに必死なその様子は微笑ましいが、なにゆえそこまで必死に考えているのだろうか。
そんな様子を見て、俺は一つの結論へたどり着いた。
(はは~ん。さては・・・恋だな?)
我ながら非常に納得のいく答えが出てしまった。
葉山先輩は我が校きってのイケメン。恐らく一色も葉山先輩のことが好きなのだろう。だからこそ、こんなことで悩んでいることを彼に見られたくないのではないか。
うむ。絶対これだな。
「分かった。葉山先輩には言わないよ。」
「それからえっと・・・・・・。え、マジですか!?」
「お、おうマジだ。恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないからな。言わないって。」
こちらがドン引きするくらい食いついて来たが、なんとかこちらの意思を伝えることができた。
「え・・・・・・あ、そう、そうですそうです!」
一瞬呆けたような表情をしたが、すぐに我が意を得たりと言った様子になった。
「やっぱりこういう話題って重くなりがちじゃないですか。そういうのはちょっと乙女的にNGっていうか?そんな感じなんですよ多分」
「ほーん。」
多分て。まあ一色が納得したならなんでもいっか。
「というかそういうの気にするもんなんだな。重いとか軽いとか」
やっぱり乙女的にはなんでも軽い方がいいのだろうか。女子の軽い物信仰は体重だけかと思っていたのだが。いやタピオカとか流行ってたし、あれも手軽って意味なら軽いんだろうか。となると次は麩菓子とか流行りそうですね。手軽だし。知らんけど。ていうかまだタピオカって流行ってんの?
「そりゃ当然気にしますよ。誰だって、好きな人には重いって思われたくないもんです」
「そういうもんか」
「そういうもんです!」
女子がなんたるかを、まるで説教されている気分で聞いていると、何故こんなことになったのかと聞きたくなる。だがまあ、一色が元気ならいっか。
「・・・って、聞いてます?」
「ああうん、聞いてる聞いてる。んで、何の話だっけ。麩菓子?」
「こいつ絶対聞いてねぇ・・・」
もういいです!とすねたようにぷいっとそっぽを向き、暗い中で進行表とにらめっこをし始める一色。若干怒ってはいるものの、その表情は真剣そのもの。今誰が何をしていて、あとどのくらい時間があるのか。そんなことを考えてそうな横顔だ。
その横顔を見て俺は、ふと思ってしまった。「こういうの向いてそうだな~」と。
(いや、ないか。)
その妄想を、頭を振って追い出す。忘れがちだが、彼女はリア充かつスクールカーストの最上位。とてもではないが、そういう裏方の仕事をやるような人種ではない。今こうしてここにいるのは、不運が重なっただけなのだ。俺なんかがこうして隣にいることなど、本来はありえないことだ。
その事実に、一抹の寂しさを覚える。だが、それでいい。本来交わらない二人が、不運にも、少しだけ関係を持っただけ。決して、頼りにされている訳ではない・・・はずだ。やがて、着実に終わりを迎えていくのだから。
***
side一色
「・・・とりあえず、葉山先輩にも話をしてみるよ。あいつ、確かサッカー部だっただろ?」
彼の口からその言葉が出たとき、私はとっさに断ろうとした。でも、私の口から出たのは変な音だけ。とても乙女から出る音ではなかったのは、内緒にしておきたい。
「い、いや~。その、葉山先輩には言いづらいっていうか?こんなことでっていうか?」
なんとか口に出せたのは、あまりにつたない言い訳だった。焦ってるせいで全然説得力がないし、言葉尻だって尻切れトンボな感じだ。案の定、城ヶ崎君は葉山先輩に相談することのメリットを説明してくれている。それをなんとか論破しようと言葉を重ねるが、全く効果はない。当然だ。こんなに説得力のない説得はないと、我ながら思ってしまうくらいなんだから。
そして必死に次の理由を探しているときに、彼はどこか納得したように言ったのだ。『恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないからな。』と。
それを聞いた私は、一瞬思考が止まってしまった。
確かに、私は葉山先輩が好きだ。サッカー部のマネージャーになったのも、彼に少しでも近づきたいと思ったからだった。
でも、城ヶ崎君にそれを話したことはない。なのになんでそれを・・・?
「・・・・・・あ、そう、そうですそうです!」
とはいえ、折角見つけた丁度良い理由だ。これに乗らない手はなかった。
「やっぱりこういう話題って重くなりがちじゃないですか。そういうのはちょっと乙女的にNGっていうか?そんな感じなんですよ多分」
自分で何を言ってるかは分からなかった。でも、その勢いに気圧されたのか彼は納得してくれたようだ。顔が赤くなっていることを自覚しながら、今日ほど体育館の薄暗さに感謝したことはないだろう。
その後も、とりあえず思いついたことをずっと口に出し続けた。その甲斐あってか、段々と感情が落ち着いてきた。落ち着いて目の前を見れば、何故か正座をしながら私の話を聞いている城ヶ崎君がいる。なんでこの人は正座してるんだろうか。
「・・・って、聞いてます?」
「ああうん、聞いてる聞いてる。んで、何の話だっけ。麩菓子?」
「こいつ絶対聞いてねぇ・・・」
なんで麩菓子・・・私そんなこと言ったっけ?
悪態をついてはみたが、多分この人はなんだかんだ言ってちゃんと聞いてるんだろう。そんな様子を微塵も感じさせないのは、彼を知ってるからだろうか。
口では面倒くさいなんて言いながら、いざとなれば誰よりも没頭して一生懸命になる。
自分のことを省みず、誰かのために必死になる。
そうなるのに理由があるけど、話しにくい理由だということ。そして、いつか話してくれると言ってくれたこと。
ぱっと挙げただけでもこれだけ出てきた。誰とも関わろうとしない彼のことを知っていると思うと、少しだけ頬が緩む。
ふと思ったんだけど、城ヶ崎君は重い女の人は嫌いなんだうか・・・って、なんで私がそんなこと考えなきゃいけないの。
そんな気持ちに気づいた私は、そっぽを向くふりをしてプログラムに目を落とす。何も考えずにプログラムに目を走らせていると、やたらと強調された、私が好きなはずの葉山先輩の名前があった。昔の私なら、その名前を見ただけでもキャーッとなっていただろう。ペンでぐるっと囲ってあるのがその証拠だ。
でも。囲ってたはずのその名前は、前よりも色あせて見えてしまった。
でもそれはきっと、薄暗いせいだ。多分。
心理描写難しい