「先輩!そっちはどうですか!?」
『いやダメだ。こっちにはいねぇ!』
校内を全力疾走しながら画面の向こうへと言葉を投げる。両者息も絶え絶えではあるが、なんとか会話はできている。
『あーその、なんだ。・・・大丈夫か?』
比企谷先輩の心配するような声が聞こえる。勿論全然万全ではない。だが、行くしかないのだ。
「俺は問題ないです。それより、早く行きましょう!」
それを悟らせぬように、努めて大きな声を出した。
『・・・分かった。よし、三階行くぞ!』
「了解です!一通り探したらかけ直します!」
一旦電話を切り、再び全力疾走を開始した。誰も居ない教室のドアを開け放ち、ぐるっと目を光らせては次の教室へ・・・延々とその作業を繰り返し、一人の生徒を探し続けた。
(ったく。なんでも想い人でもねぇのにこんなに走って探さにゃならんのだ・・・・・・!)
どうせならもっとロマンチックなシチュエーションで女を捜したかったぜコンチクショウ。半分どころかほぼマジギレしながら足を動かすが、見つからぬ探し人。その名は相模南。我らが実行委員の委員長にして、文化祭クライマックスに職務放棄で姿をくらませた困ったちゃんである。
彼女が失踪した、という情報が届いた時、俺達は舞台袖で仕事をしていた。すぐさま生徒会のメンバーが探しに出たり連絡を取ったりしたが、相手からの反応は一切なく。困り果てた俺達は、最終手段に出たのだ。
それすなわち、「時間を稼いでその間に見つけ出す」という手段だ。見つかるかどうかも分からん相手を短い時間で探そうという、半分博打のような作戦である。これを遂行するために、葉山先輩達にもう一曲追加で演奏をお願いし、あの雪ノ下姉までもを動員したのだ。
(あの時の顔・・・くっそ・・・!)
そう。俺が今こうして走っているのも、雪ノ下姉のせいという一面もあるのだ。
思い出すのも腹立たしいが、それに突き動かされて足を動かしている。燃料追加の意味も込め、思い出してみるとしよう。
***
雪ノ下先輩が雪ノ下さんを呼び出し、なんとか協力を取り付けた後。俺と比企谷先輩、そして一色は体育館を出ていた。
「んで、どうします?」
「どうするもなにも、走って探すしかねぇだろ。他に方法ねぇし」
「まあ、それしかないですよねぇ・・・」
俺達に課せられたミッションはただ一つ。稼がれた短い時間で、相模委員長を探し出すこと。人が疎らになった校内を走り回り、なんとかして見つけなければならないのだ。
「はぁ・・・んじゃな一色」
そう言って走り出そうとした俺。既に比企谷先輩は走り出す気満々で、足首を回して準備を済ませていた。両者前傾姿勢となって、そこから爆発的に加速して・・・とは、ならなかった。
「ちょ、ストップです城ヶ崎君!」
グイっと俺の首が後ろに持って行かれ、俺だけスタートダッシュに失敗したのだ。そのせいで、死にかけのガチョウのような音が俺の口から漏れる。
締まった首を庇うように手を当て、何すんねん、という意味を込めた視線を送りつけた。しかしそれを華麗にスルーし、一色は俺へと文句を垂れる。
「私だけ置いてくつもりですか!?」
「ケホッ・・・だってお前あんま走れないだろ?んな人連れて走れるほど時間ないし」
「だからって置いてくのはあんまりじゃないですか?私だって、何かしたいんですけど」
「て言ってもなぁ・・・」
心配そうに俺を振り返る比企谷先輩に、先に行っててくれということを身振りで伝え、一色へと向き直る。
さてどうやって説得したものか。
「いやほら、俺と一色じゃ走る速さが違うだろ?だからアレなんだよ」
「でも二人より三人で探した方が効率よくないです?」
ぐっ、正論だ・・・
しかし、それでもなぁ・・・
「私マネージャーやってるんで、普通の人よりは走れますし、きっと大丈夫です。だから早く一緒に行きましょうよ」
「いや、まあ、あの・・・」
上手い言い訳を考えようと頭を巡らせる。そうだ、校内走ったら危ない。これで行こう。
そう思って口を開こうと思った時。
「連れてってあげればいいじゃん」
後ろから、聞きたくない言葉が。聞きたくない声で聞こえてしまった。
「せっかく女の子に『一緒に行きたい』なんて言われてるのに。一緒に行けばいいじゃないの」
嫌々後ろを振り向く。どうか幻聴であってくれという思い虚しく、さっきまで空気を凍らせていた張本人。雪ノ下陽乃がそこには居た。
「・・・・・・いいんですか、こっちにいて。楽器の調整とか、色々あるんじゃないんですか」
「そんなのもうとっくに終わらせたよ。んで、楽しそうな感じがしたからこっちに来ちゃった」
なんとも悪趣味な女である。というか暗幕下げてあったのに、どうやってこっちの様子知ったんだよこの人。もしかして気配察知スキルとか持ってるのかしら。
「それより、早く行かなくちゃいけないんじゃない?時間なくなっちゃうよ~」
ニヤニヤと、本当に楽しそうな顔で促して来やがる。付き合いは短いが、それでも流石に分かる。夏の車の時と同じ。あの顔は、こちらの弱点を知ってる時。そして、相手をいたぶるときにする顔だ。
「そう思うんなら邪魔しないで欲しいんですけどね。俺は今すぐにでも走れるんですけど」
「ふーん。その一色さん、だっけ。彼女を置いて?」
当然だ、と言おうとした喉が詰まる。そうするつもりなのだが、俺はまだ彼女の説得には成功していないのだ。
「・・・・・・そうするつもりですけど。それが何か」
ああもう、本当に不愉快だ。こちらを見透かされているようなあの顔。その前では、こちらの屁理屈など通用しないことが分かっているが故に。
「そこまで必死にならなくてもいいんじゃない?別に、君がそこまでする理由なんてないんだしさ。何より・・・」
「彼女の気持ち、汲んであげなよ」
氷柱で心臓を刺されたような気がした。
目を背け続けたモノを無理矢理目の前に突きつけられた感覚に、思わず全身が締め付けられる。
「そんなに心配しなくても別に大丈夫でしょ。怪我したとしても、それは自分で選んだ責任よ。君がそこまで心配する必要はない」
俺が言おうとしていた『危ないから』という理由は潰された。まるで詰め将棋のように、一つ一つ潰されていく。そうして逃げ道を無くしてがんじがらめにしてから、彼女は必殺の刃を突きつけるのだ。
「それとも、君がそうする理由が・・・あるのかな?」
今この場において、雪ノ下陽乃だけが知っている俺の過去。俺の罪悪感。
突きつけられた俺は・・・恐怖で何もできなくなる。
そして俺は気づくのだ。
『一色との関係を壊したくない』
そう思ってしまっている、俺の心情に。
「・・・・・・行こう。一色」
「え、あ・・・うん」
俺はそう言い、逃げるようにその場を後にしたのだ。
このとききっと、雪ノ下陽乃は笑っていたことだろう。
「ほんと、『過保護』なんだから」
***
(・・・ああもう、本当に嫌だ)
血走るのではないかという程目を動かし、必死に探す俺と一色。
一色の走れるという発言は本当だったようで、俺にしっかりと追従してきている。というかむしろ俺の方が息が上がってるかも知れない。これでは面目丸つぶれである。
(・・・情けない。こうやって流されて一緒に走ってる俺も)
思い出したせいで、思考がそっちに流れる。
扉を開け放ち、中を見る。やはり誰も居ない教室は、シーンと静まりかえっていた。
(自分から目を背けてた自分も)
それでも、俺は走るしかなかった。
後ろを走る一色も俺も、一言も話さずに走り続けた。扉を開けるときに立ち止まったときに話しかけようと口を開く姿は見えていたが、俺は無視するしかなかった。
(・・・本当に、大嫌いだよ。)
俺は、それしかできないから。自分のトラウマに蓋をするには、それしか知らなかったから。
怖かったのだ。一色から、何かを言われるのが。
「・・・先輩。こっちには居ませんでした。」
『そうか、三階もダメか・・・』
スピーカー状態のスマホからは、苦しそうな比企谷先輩の声が聞こえる。正直俺ももう足が限界に近づいていた。
『なあ、お前が一人になりたい時どこに行く?』
一人になりたいとき、か。最早それは今のことだが、今俺が行きたい場所は・・・
「いつも飯食ってる場所ですかね。あとは・・・屋上とか?」
『そうだな。あとは図書室とか、だな』
言ってから思ったが、いつも飯を食ってる場所に相模委員長が居る訳がないじゃないか。よく考えずに答えてしまったせいで、話がややこしくなっても仕方がない。
・・・落ち着け俺。思考を逸らすな。集中するんだ。
「とりあえず、引き続き総当たりで探していきましょう。残りの場所も少ないですし」
『そうするしかねぇか。なんか手がかりとかあったらまた電話してくれ』
「了解です」
電話を切ると、思わず深いため息が漏れた。
タイムリミットまで、もうそこまで時間が残されていない。急いで探し出して、エンディングセレモニーに駆り出さなくては・・・
「先輩、なんて言ってました?」
「あ、ああ。とりあえず総当たりで探して、手がかりがあったら連絡するって。」
「そうですか。・・・えっと、じゃあ、行きましょうか」
「そうだな」
事務的な会話にすら、どこかぎこちなさを感じでしまう。ちょっと前までなら、ここで軽口の一つでも叩けていたであろう空気感は霧散してしまっている。もしかしたら俺は、もう引き返せないところまで・・・・・・・・・
足を動かす。
悪い考えを振り切るかのように、俺は別のことを考える。
相模南がなぜこのタイミングで姿をくらませたのか、と。
この理由にはすぐ思い至った。
相模南は、逃げたのだ。
超有能な副委員長が隣にいる上でのしかかる、「無能な委員長」という肩書き。
自分がお飾りのまま進行していき、盛り上がりを見せる文化祭。
そして、オープンセレモニーでのスピーチの失敗。
それらの重圧は、「リア充」として生きてきた彼女には絶えきれぬ物だったのだろう。だからすべての責任を放り投げ、クライマックスにして職務放棄をしてしまった・・・といったところか。
正直、俺に彼女を責める権利はどこにもない。それどころか、同類と言える。同類を探しに行く様子は、雪ノ下陽乃にしてみれば相当滑稽に映っただろう。ミイラがミイラを探しに行くなんて、B級ホラー映画だって扱わないだろうしな。
だが、俺は別の理由で彼女を探さねばならない。俺が俺のやり方を貫くために。「文化祭を成功させる」という決めたことを実現させ、俺が俺でいるために。
頭をフル回転させ、彼女の心理に思いを巡らせる。
失敗して、逃げた。しかし、彼女にはプライドがあるはずだ。比企谷先輩曰く、彼女は「成長のために」と言って、文実の補佐を奉仕部に依頼をしたらしい。
彼女にとっての「成長」とは何か。
「・・・『仲間との絆』とか、か。」
失敗した自分が姿を消し、それを友人達が探し出す。そして暖かく迎え入れられた私は、無事に成功者としてハッピーエンド。
なるほど、安い青春ドラマなんかでありそうな展開である。というかこれ結構いい線行ってるのではないだろうか。
そしてこう言うときの定番シチュは・・・屋上か?
「なあ一色・・・」
考えがまとまり、一色に話そうとした時。俺の電話が鳴った。
「すまん・・・もしもし」
『城ヶ崎か?相模の居る位置の見当が付いた』
「奇遇ですね。俺も丁度その件で電話しようとしてたんですよ」
『そうか。それで?』
「屋上、ですよね?」
『ああそうだ。多分そこに居る』
どうやら比企谷先輩も同じ考えに至っていたらしい。
「それで、どっちに行きます?」
『それぞれ近い方に行こう。俺は特別棟に行く』
「了解です。」
電話を切ると、一色は既に準備を終えていた。スピーカーモードのおかげで、話は聞こえていたっぽいな。
「一色、聞こえてたと思うけど」
「屋上、ですよね?」
「ああ。」
必要最低限の会話だけすませ、無言で屋上へと走る俺達。
気まずい空気も置き去りにできればよかったのだが、残念ながらそうはいかないのだ。
こうして沈黙の中、俺達は屋上への階段を駆け上がっていった。
城ヶ崎は、優しい男だ。
しかし、優しさは時に人を傷つける。彼は人と関わる機会が少なかったが故に、それを自覚することなく生きてきた。
そんな男が、自分の優しさのせいで傷ついた人を見たとき。一体どうなるのだろうか。
「ほんと、『過保護』なんだから」
雪ノ下陽乃の言葉が彼に届くとき。それは、もう少し後の話だ。