捻くれぼっちと拗れボッチ   作:よこちょ

3 / 31
一方からあまりに大きな重みをかけると、友情は破壊される。
―――アドルフ・クニッゲ


*今回でヒロインを明かします


知人の温度

「どうも。また会いましたね。」

 

「ああ。偶然だな。」

 

 

笑う俺へと、先輩がニヤリとした笑みを返す。

こういった感じで、比企谷先輩と昼食をともにした後も交流は続いた。

今期のアニメについて語ったり、時事的なニュースについて軽い議論を交わしたりと、自分にとっては非常に有意義な時間を過ごせたといっていいと思う。まぁこういったことをするのは昼食をともに食べる時くらいのものであるので、たまに会えた時しかできなかったが。先輩は連絡先教えてくれないし、俺も別に教えてないし。だからこんな一昔前のラブコメみたいな偶然を探る逢瀬のようになっているのだが、考えないでおこう。その方が精神衛生上よろしい。

 

しかしそんな会合も俺にとっては嬉しいことこの上なく、できるだけ一緒に食べたいと思えるほどには比企谷先輩のことを好ましく思っていた。

少なくとも大して仲のよくないクラスメイトの居る教室で、ちらちらと目線を向けられながら無言で食べる昼食時間よりは断然好きである。

そして、交流が続くうちに比企谷先輩はこう言っていた。「あまり俺と関わらない方がいい」と。

曰く、「俺は好きでぼっちやってるんだ。ぼっちが好きじゃないなら、関わらない方がいい」らしい。

ろくなことにならんぞ、とは本人の談だが、最初言われたときは何を言っているのか理解できなかったし、ただの冗談かと思っていた。だから「じゃあ、たまに会います」と言っておいたのだが、それに嬉しそうな苦笑いで返されたのはいい思い出だ。

 

それに、前に一度上級生の中でもトップカーストに位置する葉山先輩と三浦先輩と一緒にテニスをしているところを見たことがあったので、本当にただの冗談だと思っていた。由比ヶ浜先輩とも仲が良さそうだったし。

 

しかし。それが冗談などではなく本当のことだと知ったのは、不幸にもクラスメイトから興味の目線を向けられたときだった。

先輩との昼食を終え、その後の5限が終わった休み時間。

思えば、そのときが俺の青春を変化させた大きな分岐点の一つだったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。ちょっといい?」

 

 

興味とは恐ろしいものである。

「好奇心は猫を殺す」という言葉があるように、過剰な興味を持ったが故に身を滅ぼすことだってある。

そして、興味を持った方だけでなくもたれた方だって身を滅ぼされてしまう。

猫の例に習おう。飼い猫に興味を持たれてしまったネズミがいたとする。

そのネズミは必死に逃げようとするが、猫はネズミを捕まえ、殺してしまうのだ。しかも、時には半死半生の状態で弄ばれることだってある。

 

 

「城ヶ崎君ってさ、『あの比企谷先輩』と友達って本当?」

 

 

今の俺の状況は正しくそれだった。

話しかけてきたのは、クラスメイトの女子の集団。そのなかでもその集団を纏める、いわゆるボス猿的な存在だった。

その女子の目に宿っていたのは、完全なる「好奇心」。そして、その目はまるで新しい話題の種になりそうなものを見つけたハンターのそれだった。

そしてハンターの狙いは俺。

クラス内で最弱の地位を欲しいままにする俺はさしずめ弱った鼠であり、到底逆らえそうもない状況だったのは間違いなかった。

 

 

「・・・友人、と言うほどでもないけど交流はあるよ。それで、比企谷先輩がどうかしたの?」

 

 

俺は読んでいた本を置く。そして感情を抑え、顔をあげて答えた。

こういうとき、本来は選択肢を誤ってはいけない。

こいつらは、自分たちを盛り上げる話題さえあればいいだけ。つまり、今の俺がすべき最善手は比企谷先輩の悪口を言うこと。端的に言うと、知人を売るってことだ。

 

 

「だってさぁ~。比企谷先輩って、「あの」比企谷先輩だよ?話聞きたいなって。」

 

「・・・・・・」

 

 

無言でいると、続きを促されたと思ったのか詳細を実に楽しそうにしゃべり立てる。

聞けば、俺が前に目撃したテニス。それをしていた原因が葉山先輩のグループと比企谷先輩が所属する奉仕部なる部活の間にちょっとしたいざこざがあったことらしい。そのいざこざがテニス部が関連したものであったため、テニスで勝負することになったのだとか。勝負の結果は奉仕部の勝利。

だが、結局は葉山先輩の株が上がっただけに終わったらしい。なんじゃそりゃ。

俺が見たテニスにそんな裏話があったとは全く知らなかったのだが、それはいい。

 

 

「で、実際どうなの?」

 

 

・・・問題はそこからだ。

 

それが終わってから少しの間は、葉山先輩を持ち上げる話題でいっぱいだった女子間ネットワーク。だがその熱が冷めるにつれ、話題の転換があったらしい。

転換先は奉仕部。特に、葉山先輩と直接対決をして葉山先輩から一本取った比企谷先輩だった。

葉山先輩といえば学園のアイドル的存在であり、言わずもがなトップカーストの人間だ。

逆に、奉仕部のメンバーは全員がトップ、ないしそれに準ずる何かを持った集団ではなかったのだ。

由比ヶ浜先輩という人は葉山先輩のグループに所属居ているから矛先は向きにくい。

雪ノ下先輩はぼっちだが、それを撥ね除けててなお追撃できるくらいに余裕もあるし、実力もある。

 

だが、比企谷先輩だけは違った。

 

比企谷先輩は自他共に認めるぼっちであるのは雪ノ下先輩と同じだ。だが、カースト的に見たら下層に位置する。つまるところ、女子から見れば格好の餌なのだ。

加えて、彼女らには「葉山先輩に仇なすもの」をさらし上げるという免罪符がある。女の嫉妬とは恐ろしいものと再認識させられたよ全く。

ちなみにこの情報をを聞いてもないのにべらべらと得意げにしゃべる女子の声は弾んでおり、まるで楽しい会話をしている時ような無邪気ささえ感じられる。・・・確かに、こいつらにとってはそれが楽しい会話なのかもしれない。弾む声の裏にに「馬鹿にしてやろう」、「ネタにしよう」、「嘲笑ってやろう」という悪意がにじみ出ている、クソみたいな会話が。

 

 

「すまないが、俺はこういったことは得意じゃなくてね。」

 

 

努めて冷静に、震えを押さえて抑揚を押さえた声で切り出す。

俺はこういったことはハッキリ言って嫌いだ。見知らぬ他人をダシにし、下に見ることで相対的に自分の心理的優位性を保とうとするこの手の話なんて反吐が出る。

人の悪意なんて大っ嫌いだ。

 

 

「大っ嫌いなんだよ。そういうの。」

 

 

ふっと、中学時代の記憶が頭を掠める。

向けられる悪意。為す術もなく失ったもの。そして――――――逃げ出した俺。

上がろうとする右口角を意識して釣り上げ、湧いて出てきた悪感情と共に吐き捨てた。

ヒクつきながらもつり上がった口元で、自分の感情を隠して見せないように。

俺はこういった話題は嫌いだが――それ以上に、最善手として先輩を売る手段を少しでも考えてしまった自分が、もっと嫌いだ。

 

仕方のないことだ、と言われるかもしれない。綺麗事だと笑われるかもしれない。これが人間の本能であり、押さえることはできないとわかっているから。

だが、俺には耐えられないのだ。

自分の優位性、劣等感の免罪符、弱みにつけ込む外道な心情。

青春という毒に犯された人間の集大成のような醜さ。

ましてその矛先に自分の唯一と言っていいほどの話し相手だ。

とうてい、耐えきれなかった。

 

 

「・・・は?なによ、それ。」

 

 

シンッ、と教室が静まり返る。

眼前の女の怒りのボルテージがあがるのを肌で感じられ、水を打ったように静かになった教室からはささやき声さえ聞こえない。

やってしまった、とは思わなかった。やってやった、とも思わなかった。

ただ、少しだけの先輩への申し訳なさ。それと自分に対する最大級の嫌悪感だけが胸に張り付いている。

 

 

「・・・それだけだ。」

 

 

捨て台詞のような嫌悪感を置き去りにし、俺は教室から逃げた。

かすかに聞こえる鳴き声混じりの罵倒は、聞かなかったとこにした。

・・・・・・俺はまた、逃げたのだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

sideいろは

 

 

丁度教室に戻ってきたときだった。

私とは違う派閥を作っている女子と、クラスメイトの・・・なんとか君が話しているのを見たのは。

その女子は同じクラスに在籍する自分よりカーストの低そうな人を狙っては自分を持ち上げさせているような人だったから、「また標的ができたのか」くらいにしか思っていなかった。勿論今まで逆らってる人なんて見たことがなかったから、「後で慰めてあげよう」と意識の隅にとどめる位の出来事になるって思ってた。それが私の日常だったし、外れることのないことだったから。

でも、その予想は大きく外れた。

 

 

「大っ嫌いなんだよ。そういうの。」

 

 

彼はまるで、真っ直ぐににナイフを投げるように言い放ったのだ。

その言葉は、全然関係のない私の胸にも届いていた。

 

自慢じゃないが、私は可愛い。だから、寄ってくる男子なんて掃いて捨てるほどいた。一緒に遊びに行った休日は両手どころか両足まで使っても数え切れないし、告白された経験だって何度もある。

 

でも、そのときかけられたどんな愛の言葉よりも。裏に悪意が潜んだ、どんな言葉よりも。

 

こんなに心に届いた言葉は、一度もなかった。

 

真っ直ぐに、感情に裏打ちされた言葉。そんな言葉を、私は初めて聞いた。

 

顔を見ようとすると、私の位置が悪いのか左側しか見えない。

でも、ヒクついている筋肉が何かを押しとどめようとしているのは、なんとなく分かった。

 

 

「・・・それだけだ。」

 

 

そう言って扉に素早く歩いてくる彼。

慌てて扉からどこうとしたときには遅く、危うくぶつかってしまいそうになってしまった。

 

 

「悪い。」

 

 

たった一言言い残して去って行った彼は、枯れ木のように見える背中を見せる。

彼は誰なんだろう。

廊下に一粒だけ残していった透明で綺麗に見える滴は、光の加減のせいで赤くも見えた。

私は興味があっても、その濡れた背中を追うことができなかった。




城ヶ崎景虎は、弱い人間である。
他人を傷つけてしまう汚い自分を容認できない。
城ヶ崎景虎は、強い人間である。
他人を思う優しさがある。
だが・・・城ヶ崎景虎は、なにもかもが下手な人間だった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。