お互いを少しだけ知ったまま、ゆるりと消滅したように見えた関係。
しかし。
終わらせるならば、きっちりとケリを付けておくべきだったのだ。
なあなあで打ち切った関係性は、遅効性の毒として日常を蝕む。
季節というものは早いもので、もうすっかり秋になりつつあった。
「・・・寒いな」
俺は亀のように首を引っ込めながら、小さく呟いた。
登校中に感じる風も肌寒く感じるようになり、行き交う人々もどこかせわしなく見えるこの時期。足早な季節に、なんだか置いて行かれたような気がするのは気のせいだろうか。
辺りを見渡せば、同じく登校中の人たちが姦しく喋っている。
やれ「修学旅行どこ回る~?」だの、「俺、あの子誘ってみっかな~」だの、「希望どこに出した?」だの。それぞれ目前に迫る行事へのアプローチで手一杯のご様子だ。
それもそのはず。二年生は修学旅行、三年生は職場体験とが待っているのだ。体育祭も終わり、残すはビックイベントを残すのみとなったこの時期は、多くの人にとっては忙しい時期だろう。
しかし我ら一年生にとっては、それらは全く関係が無い。強いて挙げるならば、生徒会選挙があるくらいだろうか。まあそれも、見知った人に投票するだけのものなのだが。
よって一年生全体に、どこか弛緩した空気が流れていた。まあ、高校生活初めての大きな行事をクラス一丸となって乗り越えた(※俺を除く)後の空白期間だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
だから、俺の周囲に綺麗に空白地帯ができているのもそのせいなのだ。うん、きっと。
最近・・・もとい文化祭以降、俺の周囲は早めの秋入りを果たしている。
その心当たりがないではないのだが、まあそれは自意識過剰という物だろう。これは、入学当初の状況に戻っただけなのだから。
余計に感じる肌寒さにぶるっと身を震わせ、俺は正門を潜った。・・・門がないのに潜る、というのも変な話だが。
コツコツと耳に響く俺の靴音。それは、俺が緊張して行ってることを示している。それと同時に感じる憂鬱感。・・・また今日も、かな。
俺は覚悟を決め、靴箱を開けた。
果たしてそこには、覚悟していた光景が広がっていた。
「・・・はぁ」
そこに靴の影は見えない。白くて四角い箱が、空虚な口を開けてたたずんでいた。
(・・・やっぱりな)
俺はやれやれと首を振る。そして、いつものように靴箱の上へ手を伸ばした。どうやら最近俺の靴は出張が多いらしい。・・・なんておちゃらけてみても、俺に降りかかっている災難は変わりはしない。
俺は、嫌がらせを受けているのだ。
これが始まったのは、数週間前。
最初は滅茶苦茶驚いた。なにせ昨日入れたはずの靴が忽然と姿を消しているのだから。俺が少し慌てて周りを探すと、靴箱の上にあった。当時の俺は疑問に思ったが、「落ちたのを誰かが拾って上に置いたんだろう」、くらいに捉えていた。しかし、それが一日二日と続き、挙げ句何週間も続いていれば流石に気づいた。「なるほど、俺は嫌がらせを受けているらしい」、と。
イラッときた俺は教師に言って大事にしてやろうかとも思ったのだが、それはそれで面倒くさい。それに、今は靴の場所が移動しているだけだ。騒ぐには規模が小さい。かといって、毎日続くには鬱陶しい。少し悩んだ結果、俺はスルーして自然消滅を待つことにしているのだ。まあスルーした結果まだ続いているわけだが。
(しかしまあ、暇な奴も居るもんだ)
毎日俺より早い時間に登校し、俺の靴箱から靴を取る。その律儀さには脱帽せざるを得ない。その努力をもっと有意義な方向に向けるべきだと思うのは俺だけじゃないはずだ。もっとも、元々早い時間に来る人ならあまり関係ないのかもしれないが。
まあ何にせよ、早いとこ収まって欲しいものだ。
俺は靴を履きながらそう願うばかりだった。
*****
朝から憂鬱な気分であっても、時間は過ぎていく。
面倒くさい午前の授業を終えると、唯一の癒やしである昼食時間になる。
購買で買ったパンを片手にいつものポジションへと移動する俺は、ふと気づいてしまった。
「・・・教室に水筒忘れたな」
いつもは持ってきている水筒を、教室に置き忘れてしまったのだ。
幸いなことに財布はある。小遣いが減るのは痛いが、今更教室に戻るのも気が引ける。ならば出費もやむなし、という精神で自販機へと向かった。そこは俺の昼食場所と程よく近い屋外にあり、滅多に人が来ない場所でもある。
しかし、俺はそれを後悔した。
自販機の前に、一色を見つけてしまったからだ。
俺は、縫い付けられたように足を止めてしまった。
あの文化祭の日以降、俺と一色は一度も話していない。俺が意図的に目を逸らしていることもあり、教室は同じでも会話が成立することはなかったのだ。
だが、ここは教室ではない。もう話すことはない。そう思っていても、出会ってしまってはスルーすることも難しい。見つからないうちに立ち去るべきだ。
だが時既に遅し。買い物を済ませた一色は、既にこちらを振り向いていたのだ。
「あっ」
あちらも俺に気づいてしまったようで、振り返ったままの姿勢で止まっている。お互い、壊れたロボットのように突っ立ったまま数秒が流れた。
気まずい空気を払拭すべく、俺はすっと頭を下げて背を向ける。すなわち、退散したのである。ここを立ち去ってしまえば、会話は生まれないという考えからだった。
そのまま進むこと数歩。俺は腰に大きな衝撃を感じた。
「うおっ!?」
突然の衝撃に驚いた俺はバランスを崩し、前につんのめる。あわや転ぶ寸前だったが、なんとか体勢を整える。もしや一色がぶん殴ってきたんだろうか。正直二、三発殴られるくらい当然だとは思っていたが、急にされると流石に対応できな・・・うん?
痛む腰をさすりながら後ろを向こうとすると、足下に一本のペットボトルが転がっていた。
「それ、あげます」
そう言って、走って行ってしまった。
「・・・なんなんだ?」
純粋な疑問が湧いた。だが、走り去った彼女の姿はどこにも見えない。一緒に走り回ったから分かってはいたが、やはり足が速い。
その場に置いて行かれた俺は、ペットボトルを拾いながら立ち上がる。中身は減っておらず、まだ新品のようだ。ほんのり熱を持ったそれは、じんわりと俺の手を温める。
「紅茶、か。・・・あんま飲んだことないな」
なにもかもに置いて行かれた俺は、一人寂しく零した。
止まっているのは、俺だけかもしれない。
*******
side一色
「はぁ・・・」
寒空の下、私は思わずため息をついてしまった。
サッカー部のマネージャーをしている私は、たまに昼休みに仕事がある。それは放課後に使う道具を倉庫から出しとくことだったり、掃除をしとくことだったり。まあ、雑用が多い。
今日もそんな感じの雑用が昼休みにあって、わざわざ部室に向かっていた。・・・でも今日に限って、水筒を家に忘れてきていたのだ。自分のうっかり加減に嫌になるが、ないものは仕方ない。部室に近い自販機で紅茶を買ったんだけど・・・なんとビックリ。
振り向いたら、城ヶ崎君がいた。
「あっ」
思わず、声が漏れてしまった。・・・別に、彼に会うのが嫌だったわけじゃない。ていうかむしろ、彼には言ってやりたいことがいっぱいあった。
まだ借りも返してもらってないし、買い物に付き合って貰う約束も守ってもらってない。女の子を待たせた罪は大きいし、私はそんなに安い女じゃなかった。
・・・それになにより、彼のことを教えてもらえてなかった。
いろんな感情がごちゃまぜになって、思考がフリーズしてしまった。でも、何か言わなくっちゃ。じゃないと、また行ってしまう。あの日の夕方みたいに、何もなく終わっちゃう。
「あのっ・・・!」
意を決して口を開いた。でも、私の声は届いてないみたい。彼はもうこちらに背を向けて、少し先に行ってしまっていた。
走って行けば、追いつけるかもしれない。そう考えたけど、足が動かなかった。
走って行って、何を言うの?
そもそも、追いかけて良いの?
でも、チャンスは逃したくない。
この次は、いつになるか分かんない
前みたいに、袖を引っ張って止められない
相変わらず、私の考えは滅茶苦茶だ。こんな短時間じゃ、全然まとまりそうにない。
・・・多分、考えすぎて頭がショートしたんだと思う。
私は、唯一今手に持っているもの――紅茶のペットボトルを、彼の背中目掛けて思いっきり投げつけていた。
「やべっ」
そう思ったときにはもう後の祭り。綺麗な直線を描いて飛んでいったペットボトルは、キャップの部分から城ヶ崎君の背中に突き刺さっていた。
「うおっ!?」
予想してなかっただろう一撃は、相当効いたんだろう。彼は思いっきりつんのめって、転びかけてしまった。
・・・やっちゃった。どどどどうしよこれ!?
「そ、それ、あげます!」
急なことにパニックになっちゃった私は、思わずその場から逃げてしまった。
(やばい・・・これ怒られても文句言えない・・・!)
そんなことを思ってた。
でも、いつまでも後ろから声がかかることはなかった。
・・・私は、逃げ切ってしまった。
勿論、これから奉仕部も修学旅行でゴタゴタします。